「ユイ、ただいま」
「ただいま、ユイちゃん」
「お帰りなさい、パパ、キリトおじさん!」
ALOにインしたハチマンとキリトを、ユイが出迎えた。
ハチマンは何か気になったのか、ユイに尋ねた。
「そういや俺達が落ちてる時、ユイはどういう状態なんだ?
もしかして自由に動き回れたりするのか?」
「この姿になった時点でパパのアカウントに紐付けされたので、
パパが落ちた瞬間に私も意識を失っています。おそらく消えていると思います。
中立フィ-ルドでログアウトした場合、体が残っている間は私も自由に動けるはずです」
「なるほどな。ん?という事は、今はアスナのアカウントからは切り離されているのか?」
「はいパパ。私がママのアカウントと再び繋がるためには、
パパとママがもう一度ここで結婚する必要があるみたいです」
「そうか……まあ何にせよ、ユイが一人寂しくこの場に残ってるわけじゃなくて、良かった」
「パパ!」
ユイはそのハチマンの言葉が嬉しかったのか、ハチマンの周りをふよふよと飛び回った。
「あーところでユイ、仮に俺がユイに高位の管理者IDを教えたら、
例えば壁を抜けてその先にワープしたりする事は可能か?」
「今の私の状態だと、直接その壁に手を触れていれば可能です、パパ」
「やっぱり近距離限定になるのか」
「どこかの壁を抜ける必要があるんですか?」
「そうだな、ママを助けるために必要なんだ」
「ママを助けるため……パパ、絶対にママを助けましょう!」
「ああ。絶対に助けるさ」
「ユイちゃんは、そういえばリズとは面識が無いんだったか」
キリトが不意にそんな事を言った。
「リズさん、ですか?ちょっとわからないです。私が知っているのは、
アルゴおばさんとユリエールさん、後はシンカーさんです。ごめんなさいキリトおじさん」
「だよな。いいんだユイちゃん、気にしないでくれ」
「もしかして、そのリズさんという方もここに捕まっているんですか?」
「この中にいるかどうかはわからないんだが、捕まっているのは確かだな」
「キリトおじさん、絶対にリズさんも助けましょう!」
「おう!」
キリトはユイにそう言われ、改めて気合を入れた。
「ところでユイちゃん、俺の事はそろそろキリトお兄ちゃんって呼んでみないか?」
「何だキリト、お前のお兄ちゃんスキルが疼くのか?さっき妹に会ったせいか?」
「あー、ハチマンだから言うけど、実は直葉は妹じゃなくていとこなんだよ。
直葉は多分今でもその事は知らないんだけどな。
もっとも今じゃすっかり実の妹みたいに感じてるけどな」
「そうだったのか。まあ色々あるよな」
「で、話を戻すけど、実際ユイちゃんにおじさんって呼ばれるのは、まんざらでもないんだ。
だけどなぁ……同時にやっぱり複雑な気分でもあるんだよな……」
キリトはまるで、究極の選択をしているような苦渋の表情をした。
「確か、俺がキリトをおじさんって呼ばせたのは、アルゴのとばっちりだったよな……
よしユイ、今後キリトの事を、キリ兄って呼んでやってくれないか?」
「わかりましたパパ!キリ兄!キリ兄!」
ユイはその呼び方が気に入ったのか、今度はキリトの周りをふよふよと飛び回った。
どうやらキリトもその呼び方を気に入ったようで、
二人はキリ兄、ユイちゃん、と呼び合っていた。
「さてと、それじゃまずは待ち合わせ場所を探すか」
「あんまり長くここにいると、うっかり他のプレイヤーと遭遇して、
余計ないざこざが発生するかもしれないしな」
ハチマンはそのキリトの言葉に頷き、ユイに尋ねた。
「西の森の一番高い木の下でリーファって人と待ち合わせてるんだが、場所はわかるか?」
「今調べてみますね……一番高い木というのはちょっと距離的にわからないですパパ。
でもあっちにそれっぽい森があります!」
「よし、それじゃそっちにいくか」
「おう」
二人はユイが指し示した方角へと向かった。まだ安全地帯が近いためか、
森への道中では敵はまったく出なかった。
そんな中キリトが、思い出したようにハチマンに話しかけた。
「そういえばハチマン、ずっと聞きたかったんだが、何か迷ってないか?」
「……そう見えるのか?」
「ああ。そもそもあの二人に対するガードが甘すぎる。SAOの時とは全然違う気がする」
「二人って、ユキノとユイユイか?」
「まあ、そうだな」
「…………誰にも言うなよ」
「わかった」
「……怖いんだ」
「え?」
ハチマンは、苦しそうに話を続けた。
「あの二人は、人生で始めて俺と正面から向き合ってくれた。
そしてそれは二年もの長い間離れていても変わらなかった。
俺にはアスナがいる。それを理由にあの二人を拒絶するのは簡単だ。
だがそうする事で、あの二人が離れていくかもしれないと思うと、たまらなく怖いんだ……」
「ああ……なるほど」
「だから無意識にあいつらに対してのガードが甘くなる。
そんな俺の気持ちを感じ取ってるのかはわからないが、あいつらも自然と距離を詰めてくる。
それを駄目だと思っても体がすくんじまう。どうすればいいのかわからないんだ……」
キリトはハチマンの言葉を神妙な顔で聞いていた。
そんなキリトが口に出したのは、こんな一言だった。
「ハチマンって、馬鹿だったんだな」
「なっ……」
「いつもはあんなに頭が回るくせに、考えすぎな上に不器用なんだよな。
最初に自分で言ってたじゃないか。二年も離れてたのに何も変わらないって。
そんな二人がハチマンにふられたくらいで離れてくわけないじゃないか。
むしろアスナといい友達になって、一生付き合ってくようになるんじゃないか?」
「…………俺、余計な事を考えすぎてたか?」
「考えを巡らすのはハチマンの長所だと思うけど、
自分の事になると、とたんに思考が駄目になるよな。はっきりいって馬鹿だ」
ハチマンは飛びながらうつむいていたが、やがて顔を上げると、不敵な顔を見せた。
「キリトに馬鹿と言われる日がくるとはな」
「まあ俺くらいしかハチマンにそういう事を言う奴はいないだろうしな」
「サンキューキリト。何か目が覚めたような気分だわ」
「頭のもやもやは取れたのか?」
「ああ、もうふらふらしたりはしない。俺はアスナだけを見てまっすぐ進む。
あいつらの攻撃なんざ、完璧に防いでみせるさ」
「おっ、SAOの時のハチマンと同じ雰囲気になってきたな」
「キリト、心配かけてすまなかった。これからは大船に乗ったつもりでいてくれ。
アスナもリズも必ず俺が、いや、俺達が救う」
「おう!やっぱりハチマンは自信満々じゃないとな!」
「よしいくぞ、森の中にある一番高い木を目指せ!」
それから二人はひたすら飛び続けた。
しばらく進むと、前方にうっそうと茂る森が見えてきた。
「あそこです、パパ」
「森ってのはあれか……どうやら中心あたりに高い木が一本見えるな。
多分あの木が待ち合わせ場所だ。ユイ、あの木の座標を見失わないように出来るか?」
「はいパパ、大丈夫です」
「よし、それじゃ下りるか。どうやら森の上を飛ぶのは高度的に無理っぽい。
かといって木をよけながら中途半端な高さを飛ぶのは効率が悪いしな」
「ついでにちょっとモンスターがいたら殴ってみようぜ。まだ一度も戦ってないしな」
「そういやそうだな。ユイ、この辺りの敵の強さってどのくらいだ?」
「今のパパとキリ兄なら一撃です。それに敵が一定の距離まで近付いたらすぐ分かります」
「索敵も可能なんだな。よし、それじゃ低空飛行といくか。ユイ、先導してくれ」
「はい!」
二人はユイに先導してもらい、目印の木へと向かって飛び続けた。
二人は途中何度か敵と遭遇したが、問題なく一撃で斬り捨てていった。
「あ」
何度目かの戦闘の後、ハチマンが何かに気付いたように声を上げた。
「どうした?」
「なあキリト、状態異常系の魔法あるだろ。今の俺達だと目くらましとか幻を見せるやつ」
「ああ。それがどうかしたか?」
「ここの敵は確かに雑魚だが、初期モンスターと比べたらぜんぜん強いんだよな?ユイ」
「そうですね、パパとキリ兄が強すぎるだけだと思います。
少なくともゲーム開始直後の初期状態で勝てる敵ではありません」
「だよな。負ける要素は無いんだし、これから戦闘の度に積極的に敵に魔法をかけようぜ。
普通スキル制のゲームでスキルを効率よく上げるには、敵に魔法をかけるのが一番だよな?」
「確かにそうだな。よし、次からそうしようぜ」
「それじゃユイ、また先導を頼む」
「はいっ」
その後二人は、積極的に敵に魔法をかけていった。
最初のうちはレジストばかりだったが、体感上は徐々に成功率が上がっているようだ。
二人はその地道な作業を淡々とこなしていった。
単純作業を苦にしないのが二人の強みである。
それはMMORPGで大成するには必須のプレイヤースキルなのだ。
そうこうしているうちに、二人は無事に目的地へと到達する事が出来た。
「さてユイ、近くにプレイヤーの反応はあるか?」
「うーん、感知出来る範囲には誰もいません、パパ」
「そうか。リーファさんが来るとしたらおそらく西からだろうから、
西で雑魚狩りでもしながら待ってようぜ。ユイ、プレイヤーを発見したらすぐ教えてくれ」
「はい!」
そうしてしばらく二人は雑魚狩りをしていた。
一時間ほどたった頃、ユイがプレイヤーを見つけたと言ってきた。
「お、待ち人が来たかな」
「うーん、でもパパ、どうやら複数のプレイヤーがいるみたいです」
「何人くらいだ?」
「全部で六人です」
「ふむ……キリト、どうする?」
「何とか近付いて確認するしかないな。
とりあえず暗視と隠蔽の魔法を使って慎重に近付こうぜ」
「了解だ。ユイ、見つからないように俺の懐に入って案内を頼む」
「はいパパ」
二人は魔法をかけ、ユイの案内に従い慎重に進んでいった。
しばらく進むと、二人の目に魔法のエフェクトが飛び込んできた。
どうやら前方では戦闘が行われているらしい。
「まずいな、もしかしたらリーファさんが襲われているのかもしれない」
「誰かに見つかっても構わないから、とにかく急ごう」
「ああ」
二人は見つかるのを覚悟で速度を上げた。
そして現場に着いた二人が見たものは、一人奮戦するシルフの少女と、
それを襲うサラマンダーのパーティだった。