次の日アルゴを呼び出したハチマンは、アスナと三人で、戦闘訓練に出かけた。
「それじゃ、やるか。まず最初はソードスキルの速度を上げるところからだな」
そう言うとハチマンは、まずアルゴに、何種類かのソードスキルの発動を指示した。
そしてその後、自分も同じ技を使うので、なんとなくでいいから見比べていてほしいと頼んだ。
アルゴがいくつかのソードスキルを発動した後、続けてハチマンも同じ技を使った。
「どうだ?」
「発動から終わりまでの時間が、かなり短いナ」
「そうだ。ついでに硬直時間も短くなる。システムアシストに頼りきりなのと比べて、
初速とか途中の力加減で、やっぱ差が出てくるんだよな。ほんとよくできたゲームだわ」
「なるほどナ」
「特にアルゴは情報屋だから、ガチの攻略とちょっと色合いが違うだろ?
ダンジョンに調査にいくとしても、基本は一撃離脱スタイルになるはずだ。
アスナも細剣だから、そんな感じだしな。
だから、俺のアドバイスで改善できる余地があるなら、早めに教えておいた方が、
今後のためにもいいと思ったんだよ」
二人が頷くのを確認したハチマンは、レクチャーを始めた。
「最初の溜めは、弓を引き絞る感じカ」
「さすがアルゴは飲み込みが早いな。今までも、普通よりは全然出来てたと思うんだが、
やっぱり職業がら、ずっと戦ってたわけでもないだろうしな」
ハチマンは、二人がうまく発動出来た時は積極的に褒め、そのせいもあったのだろうか、
アルゴで八割、アスナでも半分ほどは成功するようになっていた。
「思ったよりスムーズにものにできたナ」
「私はもうちょっとかな」
「後はひたすら反復練習だな。威力もしっかり上がってるはずだ。
まあ、俺が考えるこれの一番の肝は、硬直時間の短縮なんだけどな」
「確かに前と硬直の感覚が違うな。早く慣れないとだナ」
二人へのレクチャーは、次の段階に入った。
「それじゃ二人とも、武器を左手に持ち変えてくれ。
最低限いつもと違う方の腕でもソードスキルを発動できるようにな」
「それってどういう場面で必要なの?」
「ああ。具体的には例えば、モンスターに手首から先を切り落とされた時だな。
手首を切り落とされても痛いわけじゃないが、武器は持てなくなるだろう?
そういう時とっさに凌ぐための技術だな」
「手首から先が無くなる……」
アスナは自分の右手を見ながら、閉じたり開いたりしてみた。
アルゴも同様に、右手を見ながら何事か考え込んでいる。
「なぁハー坊。それ、別の目論見もあるんじゃないのカ?」
ハチマンはその言葉を受け、逡巡しつつも答えた。
「……なあ、二人とも。例えば今俺が、ふいをついて二人の右手を切り落としたとする、
その時お前ら、俺に対抗する手段って何かあるか?」
アスナは首を横へ振り、アルゴもそういう事かと納得したように首を振った。
「これだけの人数がプレイしていると、そこには必ずおかしな奴が混ざってくる。
プレイヤーキルを楽しむようなサイコ野郎だって必ずいるはずだ。
ピンチになったとして、少しでも余計に耐えられれば、助けも間に合うかもしれない。
他にも想定されるケースはいくつかあるんだろうが、今のとこ俺が考え付くのが、
まずこの方法って事になる。わかってくれるか?」
二人は真剣な顔で頷き、いつもとは逆の手でソードスキルの練習をはじめた。
数回発動に成功したところで、アルゴが街に戻る事になった。
「それじゃオレっちは先に街に戻るぜ。やる事はたくさんあるしナ」
「おう、おつかれさん」
「あとハー坊。リアル情報は絶対表に出すんじゃねえぞ。
オレっちみたいな付き合いの浅い奴にあんなに簡単に喋っちまってたけど。
オレっちが悪意を持ってたら、今頃とんでもない事になってたかもしれないゼ」
その返事に、ハチマンは何故かきょとんとした後、顔を青くした。
「すまん。第一印象で、お前がプロ中のプロの情報屋だと思ったから、
そんな奴がリアル情報なんぞ扱うはずがないと勝手に思い込んじまってた。
付き合いは短いが、お前がそこらへんしっかりしてるのは今でこそちゃんとわかってる。
しかし確かに勘に頼るとかありえない軽率さだったわ。今後気をつける」
アルゴはその言葉に少し驚いた。
「こんな短い時間で、思ったより信頼されてたんだな。
そんだけ信頼されてたなら、やっぱりオレっち達も友達なんじゃないのカ?」
「いや、お前は知り合いだ」
「アーちゃんとの線引きがわからないゾ……」
「うむ、正直俺もよくわからん」
二人は顔を見合わせて、お互いに溜息をついた。
「それじゃ、情報が欲しい時はまた連絡くれヨ」
「ああ、またな」
アルゴはそう言って走り去っていった。
「ハチマン君とアルゴさんって、本当に仲がいいよね」
休んでいたアスナが、微妙な顔つきで話しかけてきた。
「普通に友達に見えるんだけどな」
「あー、なんつーか、キャパシティ低くていきなり複数とかまだ無理っていうかだな…」
「友達は私だけって、嬉しくないわけじゃないけど、なんか複雑」
「すまん、努力する……」
「まあちょっとづつでいいんじゃないかな?無理やり増やすのもちょっと違うと思うしね」
「ああ」
近くの村を拠点にし、二人は武器の強化用素材を手に入れつつ、レベル上げに勤しんだ。
そしてレベルと素材にある程度までめどが立ち、アスナも入浴したがったため、
二人は一度、始まりの街に戻る事となった。
「中々の収穫だったね」
「おう、頑張ったな」
「明日はどうする?」
「そうだな、ここらで一日休みにするか。アスナもこの街の事まだよく知らないだろ?」
「そうだね、それじゃ私は色々まわってこようかな。教会の様子も気になるし」
「俺も俺なりに色々調べとくわ」
二人は別れを告げ、それぞれの宿に向かった。
アスナはベッドに腰掛け、大きく伸びをしたあと、そのま後ろに倒れ込んだ。
体は心地よい疲労感につつまれている。
アスナにとって今までの人生は、ハードルを一つ越えればまた次のハードルが現れる、
ある意味終わりの無い道を延々と歩くようなものであったが、
この世界では努力がきちんと数値に表れる。
目標が目に見えるというのは、かなりモチベーションを保つ効果があるんだな、
等と考えつつ、早めに入浴をすませてしまおうと思い、
アスナは風呂場に向かい、湯船に浸かった。
「短い間に、色々な事があったな……私一人だったら、どうなってたんだろ……」
生活もある程度は落ち着き、アスナは当初よりは、色々考えられる余裕が出てきていた。
そして、何もわからないこの世界に一人で放り出されていたら、
自分はもうこの世にいなかっただんだろうな、と漠然と感じた。
(ハチマン君か……助けてくれた時に私の事を男の子だと思ってたのは間違いないから、
最初からすんなり信頼はできたんだよね。
その後話を聞いて、いなくなったら悲しいと思って友達になったわけだけど、
同情とか依存とか、そういう気持ちがまったく無かったかと言われると自信がない)
アスナは、そんな事を考えつつ、かぶりを振った。
(でもあの時一番強く感じた気持ちは……私は彼の言う、本物が羨ましかった。
今の私はまだ、彼に依存してしまっている。彼の言う本物にはなれていないと思う。
まずは、お互いの背中を守りあえるくらいにはなりたいな……
自分からも思う事をしっかり言えるようになって、そして、
自信をもって、本物だと思える友達になりたい。よし、頑張ろう!)
決意を新たにしたアスナは、今度こそ本当にリラックスし、
明日はどうしようかと予定を立て始めるのであった。
一方その頃ハチマンは、情報交換のため、アルゴと会っていた。
「ここ数日で得られた情報は、これくらいだな」
「ありがとな。それじゃこれ、情報料ダ」
ハチマンはそれを受け取らず、ちょっと待てという感じで手のひらを前に出した。
「あーアルゴすまん、それを受け取る前に一つ情報が欲しい」
「ん?なんダ?」
「一層ボスの種族っつーか、そういう情報はあるか?」
「昔の情報で良ければあるけど、それでもいいカ?」
「ああ、かまわない」
「それじゃ差し引きチャラだな。イルファング・ザ・コボルドロードと、取り巻きだヨ」
「コボルドのでかいやつと、取り巻きって事か?……すまん助かる」
「βから色々変更されてる可能性もあるから、
情報としちゃそこまで価値があるわけじゃないが、いいのカ?」
「ああ。アスナに、対ボス戦用に経験をつませるのに、
どのモンスターを多めに相手にすればいいか、参考にしたかっただけだからな」
その言葉に、アルゴは、なるほどと頷いた。
「やっぱりハー坊は、慎重だナ」
「あともう一つ、どうしても聞きたい事がある。もちろん情報料は払う」
「ああ、それならこっちからも一つ頼みがあるんだよ。ガイドブックが完成したので、
それを外の町や村に配るのを手伝ってくれないカ?」
「明日はオフにするつもりだったんだが、明後日でもかまわないか?
「うん、それで大丈夫だヨ」
「明後日は、北の方に行くつもりだったから、その方面は任されるわ」
「ああ、よろしく頼むな。で、聞きたい事って何ダ?」
「この世界に、コーヒーと練乳はあるか?」
そしてその情報を確認したハチマンは、すぐさま料理スキルを取得した。