泊地内にある運動場。普段は、艦娘達の鍛錬に使われている場所である。戦場は艦装を身に付けた上での海上となるが、基本的な肉体的な鍛錬も必要との事で配備されている。愛宕と別れ、訓練用の衣服を身にまとい運動場へと足を運んだのだがそこに島風が居た。本人も暇そうにしていたので一勝負してみた。
「提督ー! すっごく楽しかったよぉー! またやろうねぇー!」
「あぁ……望む、ところ……だッ……」
島風は健やかな汗を流しながら私を置いて満足気にこの場を後にする。前に駆逐艦達との鬼ごっこに混ざったことがあった。その時に確かに身をもって島風の早さを知った。しかし、一対一で戦ってみて分かった。あれは、化け物だ。全速力からの旋回による機動力。まるで足に羽が付いているかの如く重さを感じない動きで方向を変えていた。こちらは受け身を取るように転がり、早急に体勢を整え追撃するのがやっとであった。艤装を展開していない艦娘の身体能力は、人と変わらないと言うが疑わしく思える。
「もう……」
最後の意地を貫き、島風が立ち去るまでは決して倒れる事はしなかった。しかし、姿が見えなくなった瞬間に膝から崩れ落ちた。
(なんと綺麗な空だ……)
こんなに疲れ果てたのはいつ以来だろうか? 陸軍との訓練に志願をした時か? 確かにあの時は死ぬかと思ったな。
「しっかりしてください、提督!」
顔に水をぶっ掛けられる。気持ちいい。熱が冷たい水に冷やされていくのを感じる。
「失礼します」
身体を抱きかかえられ上体を起こされる。口に触れる感覚、口腔内を通り水が喉の渇きを癒してくれる。
「神通か、情けないところを見せたな」
意識が戻り始めると心配そうな表情を見せる神通の姿がある。
「いえ、提督の勇姿を見せて頂きました」
「勇姿か。私は、虚勢を張る事しかできなかったよ」
「そんなことはありません。島風さんを相手に一時間もお相手をしたのですから」
「……一時間?」
「はい」
あれー? ちょっとのつもりがそんなに? どうしよう大淀と愛宕に怒られそう。いくら正式な勤務時間が無いとはいえ一時間も遅れるとか上官としてどうなんだ? この原因が煩悩とか死んでも言えない。
「すぐに戻らなければ……」
立ち上がろうとするが足が震える。どうやら限界まで酷使したようだ。これでは、しばらくはまともに使い物にならない。
「提督、僭越ながら私の肩をお使い下さい」
「神通……しかし、それではお前を汚してしまう」
今の私は、汗まみれだ。それに加え、土埃と水でもびしょ濡れだ。
「かまいません。失礼します」
神通が躊躇いもなく腕の中へと入る。最も汗臭いであろう場所だと言うのに。
「感謝する」
神通に連れられ、浴場へと赴く。
「此処でお待ちください」
提督を浴場にある更衣室まで連れてきた神通は愛宕達に連絡をするために一度傍から離れる。
「立派になったな、神通」
更衣室にある備え付けの椅子に座り、昔を思い出す。昔の神通は、オドオドした大人しい子だった。個性の強い二人の姉妹に挟まれながらも健気に頑張っていた頃が懐かしい。今では、近代化改修を受けた影響からか率先して敵陣に攻め込むまでに成長した。
「提督、無理しちゃダメですよ。私と大淀さんでやっておきますから休んでいてください。いいですね?」
神通が戻って来た時に愛宕も一緒に来た。その手には、着替えがあったのだが渡される際に怒られた。
「でも、意外と子供っぽいところがあるんですね」
悪戯か? 窘めか? 言い返せないのが辛い。
「それでは、神通さん。提督の事をお願いしますね」
「はい。お任せを」
神通に任せ、愛宕は仕事へと戻っていく。
「神通、私はこれからシャワーでも浴びる。ここで十分だ。よくやってくれたな」
「いえ、最後まで手伝わせてください」
「そうは言ってもだな」
確かに足元はまだ危ない。しかし、シャワーを浴びる以上は裸になる必要がある。流石に恥ずかしい。
「シャワーを浴びるには服を脱がねばならない」
「服を……」
そう呟くと急に神通の顔が赤くなる。どうやら気づいていなかったようだ。おそらくだが忠誠心によるものだろう。神通は、よく慕ってくれていた。軍人としての私を。
「そう言う訳だからな? すまないが外――」
「大丈夫です! ……あっ……いえ、その……大丈夫です。私は、大丈夫ですから」
そんなに顔を真っ赤にされてもそうは思えない。
「無理はしなくていい。神通の忠誠心はよく伝わった。今まで上官として接してきた私としては嬉しい限りだ」
「ですが……私は、愛宕さんと約束しました。提督の事を……任せてほしいと」
ん? 急に顔つきが変わって来た。これは少しまずいことになった。
「しかしだな。嫁入り前の身に男の裸を見せるのはどうかと」
「た、確かに……恥ずかしいです。でも、提督の身に何かあれば一大事です。せめて、御傍に居させて下さい」
昔から一度決めるとなかなか曲げない所がある。近代化改修を行ってからその色が強くなってきたりもする。今の神通に言う事を聞かせるのは、命令として言わない限り難しいだろう。しかし、このような私情で、尚且つ善意から来るものを命令でどうにかするなどは職権濫用もいいところだろう。仕方がない。最後の手段を行使する。
「神通、コレを見るんだ」
着替えとして手渡された軍服の懐の中に緊急用のペンライトが隠してある。コレは、本当の緊急用で蝋燭の代わりだ。神通には今までも催眠術を行使してきたのでコレで行けるはず。
「『我が虜となれ』、神通」
「…………はい。御命令を」
なんだか普段より効果が出るまで長かった気がする。やはり、ペンライトだとこんな物なのか? 本には、お手軽にできますのでオススメと書かれていたのだが。
「これで、神通には此処から――」
なんだ!? 急に背中に寒気が!? 周囲を確認してみる。誰も居ない。此処に居るのは、私と神通だけ。気のせいか?
「ふぅ……今のはなんだったんだ?」
久しぶりに感じた寒気に冷や汗が出る。しかし、冷えた頭である事が浮かぶ。
「この状態なら問題はない? 後で神通の記憶を消せば大丈夫なのか?」
まさに飢えた獣の発想。我ながら恐ろしくなる。
「とは言え、恥ずかしいものは恥ずかしい。シャワーは諦め、身体を濡れタオルで拭いてもらおう。確かに濡れてはいるがそれで十分だ」
そうと決まれば服を脱ぐ。上着を、下を、パンツだけ残して脱ぐ。拭き終わったら神通には流石に更衣室から出て行ってもらい座りながら着替えよう。
「神通、清拭の準備を頼む」
「…………はい……すぐに」
顔を真っ赤にしながら神通は浴場の方へと移動する。なんだか前に催眠術を掛けた時よりも間が空く気がする。大丈夫だよな? 上官として慕ってくれている神通に冷たい目で見られるとか精神的に耐えられそうにないんだけど。
「…………それでは、拭かせて頂きます」
風呂桶にお湯を入れて持ってきた神通は、タオルを濡らして提督の身体を背中から拭き始める。
「…………どうでしょうか?」
「あぁ、悪くない」
流石にすぐに冷めてはしまうがそれでも十分に心地良い。背中とかが終わったら前の方は自分でやろう。最近の出来事と今回のでいろいろと限界のようだ。司令室に行く前に聖域に寄らなければならない。この泊地内で女性が立ち入る事の出来ない男子トイレに。
「ん?」
気のせいか、タオル以外が身体に触れた気がした。あぁ、神通の手か。拭きやすいように支えているのだろう。少しぎこちないが別にしっかりとしてくれてかまわないのに。なんだかさすられているようでくすぐったい。
「神通。拭きにくいならしっかりと支えてくれてもかまわないぞ。遠慮はしなくていい」
「…………は……い」
神通の手の温もりを背中越しに感じる。なんだかなにかのプレイみたいだ。すっごく興奮してきた。
「神通、もういいぞ。後は、私がやる」
「……いえ、このまま……やらせてください」
「いや、これ以上はいい、こちらにも都合がある。事情があってそちらを向けないが、ご苦労だった。神通。お前は、此処から出て行き、愛宕達にすぐに私が戻る……少ししたら戻るように伝えてくれ。そうしたら此処で愛宕と別れてからの記憶は消える、いいな?」
「……了解しました。失礼します」
背中越しにも神通が敬礼をとったのが分かる。
「……行ったか」
神通の足音が遠のいたのを確認して一息つく。
「不幸中の幸いと言うものだな。私にしては随分と頑張ったものだ」
今回は、今までの中で一番欲望に素直になったと思う。これは成長しているという事なのだろう。さて、もう限界なのでサッサと着替えを済ませて静めるとするか。これ以上は身体に悪い。