演習場所は、泊地から少し離れた沖合で行われる。提督は、神通と共に小型の船に乗りその場所まで向かう。
「既に始まっているな」
提督は、演習が始まっている場所を双眼鏡で見る。演習は、十五対十五で現在行われている。海軍本部との演習では、六隻で一艦隊の計三十隻での大規模で行われる事になっている。尚、潜水艦は使用不可。こちらは要請を受けているために万全の編成ではなく、あちらは前線に居た提督達の下から集めたエース級の者達で編成されている。
「見る限り、翔鶴さんと瑞鶴さんが全体の動きを得ていますね」
翔鶴と瑞鶴が相手にしているのは、赤城と加賀だ。赤城と加賀の二人は、提督が前線に居た時から所属している艦娘の中でも有数の実力者だ。それを相手に戦えているのを見ると今後に期待できる。
「翔鶴と瑞鶴の連携は、赤城と加賀よりも上だからな。ただ、それが良いかは別だが」
翔鶴が赤城に後ろをとられそうになると瑞鶴がすぐに応援へと向かう。瑞鶴が狙われると翔鶴が妨害に入る。広範囲に及ぶ規模で行えているのをみると十分なのだが、問題なのは個々の実力だ。
「赤城さんは、余力を残していますね」
神通の言葉に頷く。
「加賀が囮になり、赤城が敵の情報を集めている。一見すると優勢に見えるが、直に形勢は傾くだろうな」
翔鶴の姿を見る。
(焦るな、翔鶴)
翔鶴の表情は険しい。普段の物静かで優しい翔鶴からは想像できない程だ。
(瑞鶴はどうだ?)
少し離れた所に居る瑞鶴に視線を移す。そこでは、鳳翔から指示を受けている瑞鶴の姿がある。鳳翔は、一線を退いてはいるが確かな目を持っている。既に相手側の思惑を把握しているのだろう。
「司令官」
演習用の演習弾で全身真っ赤に染まっている吹雪が提督達の乗る船に近寄って来る。演習弾はペイント弾になるわけだが見た目がドロドロだ。
「随分とやられたな」
「扶桑さんと山城さんにやられちゃいました」
「あの二人には、射撃訓練を徹底させているからな。あの二人の砲撃から逃れられれば一人前だ。すぐにでも前線で戦える」
「頑張ります。司令官できればなにかアドバイスを頂けると嬉しいんですけど」
アドバイスか。正直に言って何もない。吹雪は、今回のように度々聞きに来るので同じ内容にしかならない。
「私の下での駆逐艦の役割は、相手を攪乱させる事と支援だ。前に話したが毒の無い蜂のように相手を翻弄してほしい。一対一は避けろ。毒が無いと分かれば、冷静に対応され潰される。あたるなら複数で行え。必ず誰かは相手の死角に回り込めるように。そうすれば、駆逐艦以外の毒蜂が敵を殺す。そうなれば、相手は毒の無い蜂にも脅威を感じ始める。死角に居るのがどちらの蜂か分からない以上はな」
駆逐艦にも魚雷と言う強力な武器はある。砲撃も当たる場所によっては致命的な結果に繋げる事もできる。個人戦ではなく、集団戦である。他を活かし、他に活かされる動きをすればいい。
「了解しました! 吹雪、戦闘に復帰します!」
敬礼をすると、吹雪は再び戦場へと戻っていく。
「吹雪さんは、少しずつですが確実に実力を上げています」
「真面目だからな。後は、自信を持つだけだ。その為にも演習と実戦を経験する必要がある」
吹雪も前線に居た時から所属しているが、前線の戦闘には出していなかった。その時から比べると大分成長してきたのだろう。もうそろそろ前線の空気を教える必要があるかもしれない。
「天龍、摩耶、龍田が妙高型と戦っているな。妙高は居ないが、よくやる」
「那智さん、足柄さんはお強いですからね。前線に要請で赴いている妙高さんとで前線では暴れていましたから。羽黒さんも嫌なぐらい痛いところを突くのが上手いですし」
提督の艦娘の中でも戦いを好む部類に入る妙高型に同じく好戦的な三人が戦っている光景は金を払う価値がある。全速力で一気に接近し至近距離で顔面に砲撃を喰らわせている。それに対抗して、天龍が刀型、龍田が薙刀型の武器で応戦。更にその報復でもう一撃。既に演習そっちのけで乱戦状態だ。羽黒が泣きながらも二人の姉の支援をしている姿は何とも言えない気分になる。
「最終的に羽黒が全員を倒すのだろうな」
「泣きながらですけど、狙いは正確ですからね」
「流石の妙高型だな」
せめて高雄型の二人の内の誰かが居れば情勢は変わるのだが、他での戦闘の為に応援は無理だろう。赤城と加賀の護衛の為にその場を動く事が出来ない。島風、夕立をはじめとした駆逐艦隊を相手にするのは面倒そうだ。
「本番での編成はまだ決めていない。派遣先から長門達も戻るはずだしな。できれば、全員に経験させてやりたいんだが。なにせ相手は現在の最高戦力になる。今後を考えると良い経験になる」
本土を守るために前線から無理矢理にかき集めたエース級に最新鋭の艤装を装備させている。最前線に居る戦力に引けをとらない程だ。
「神通は、戦闘面で何か悩みなどはあるか? 決めていないとは言え、まったくではない。神通には、川内と共に参加してもらう予定だ」
「……悩み、ですか」
神通の歯切れの悪い言葉に双眼鏡を外す。
「何かあるのか?」
「いえ、その……確かに悩み事はあります。ですが、戦闘ではなくて……」
先ほどまでとは違いなにをオドオドしているのだ。鍛錬を積み、実戦を経て立派になったというのに未だに変わらぬ部分がある。
「プライベートな事か? あまり深入りをする気はないが、私でよければ力になろう。部下の悩みの相談に乗るのも上官の仕事だからな」
「……申し訳ありません。提督には……言い辛いです」
神通の顔が赤い。なるほど、女性特有の悩みか。
「謝る必要などはない。私と酒を飲んで口を滑らす事の出来る程度の物の時に私の事を思い出してくれればいい」
「……提督とお酒を?」
「昔から酒は人との関わりを良くする潤滑油と言われている。普段言いにくいことも酒の力、責任にして言ってしまえと言うやつだな。なに、私との酒は無礼講だ。嘘だと思うなら隼鷹にでも聞いてみるといい」
提督の言葉に神通は、真剣な表情で考え込む。
「今宵、提督のお部屋にお邪魔してもよろしいですか?」
「別にかまわんが、そうか。では、待っている。いつでも来なさい」
「……ありがとうございます」
神通にお礼を言われたが、これは上手くやったのではないだろうか? 神通を自室に招くことに成功した。なにかあっても相談を受けたといって誤魔化すこともできる。
(神通は催眠術に何度も掛けている、酒でも行けるか?)
前回の件で言えば少し怪しい部分もあるが、結果として今までは成功している。それも身体を洗わせると言う行為を既に経験済みだ。この前の加賀との行為には負けるが、アレも相当な物だろう。
部下からの信頼を利用するのは良心が痛むが、神が与えた力と機会を私は遠慮なく行使する。今夜が楽しみだな。