試練に耐えた提督は、摩耶を連れ食堂まで足を運んだ。
「今日は、チキン南蛮か」
「肉なんてラッキーだな♪」
泊地に置いて肉は貴重品だ。一応、鶏を飼育しているが基本的には冷凍品になる。
「なぁ、提督」
「なんだ?」
「タルタルソース掛け過ぎじゃない?」
提督の皿の上にあるチキン南蛮はその姿を完全に隠している。コレを見て誰がチキン南蛮だと思うのか?
「摩耶。お前は、なにも分かっていない。コレが最高なんだ。わざわざ大盛りで頼んだんだぞ」
「いや~、分かりたくないな。タルタルソースの味しかしないだろ?」
「それのどこが悪い? 私は、タルタルソースが好きなんだ」
ソースとチキンの割合が一対一の割合で食べる。美味い。酸味の効いたタルタルソースに甘辛のタレが鶏肉の美味さを引き出している。
(しかし、どうしたものか……)
提督の視線の先には、赤城と共に食事をする加賀の姿がある。
「付け合わせの小鉢は、加賀さんの好きな肉じゃがですよ」
「気分が高揚します」
好物である肉じゃがに気分を良くした加賀が笑みを零している。もちろん肉じゃがだけが理由ではない。共に食事をしている赤城が加賀にとっては、気兼ねなく感情を表に出せる相手だからだ。
(あの笑顔を手に入れてやる)
今あの笑顔を手にしているのは、赤城を除けば鳳翔のみ。私が三人目となってやる。
「テイトクー! 私も一緒にご飯食べていい?」
自分の分の食事を持っていた金剛が提督の隣に座る。珍しく金剛一人だ。
「他はどうした?」
「まだルームに居るヨ。私は、テイトクが居ると思って先に来たネ。摩耶も一緒なのは驚きましたけど」
「提督の所で本読んでたんだよ。提督の所にしかないのがあっからな」
「うーん。私もたまに借りたりしますけど趣味が少し合わないんだよネ。テイトク、今度私が貸してあげマース」
「少女漫画は微妙だな。良いのもあるが合わない事の方が多い」
娯楽の少ない泊地では物の貸し借りは普通だ。おかげで少女漫画なども知る事ができた。
(金剛で思い出したが……)
既に加賀は何度か催眠術を行っている。実際に効果があるか微妙なところがあるが環境を整えればどうだろうか? たとえば、アロマキャンドルの灯り。それにお酒。食事が終わったら明石の所に行ってみよう。
「金剛。お前のおかげで妙案が浮かんだよ」
「んー、よく分かんないけどテイトクのお役に立てて嬉しいネー!」
これで突破口は見つかった。今は、英気を養うとしよう。
♢♢♢♢♢♢
「提督。加賀です」
「鍵は開いている」
加賀は、提督の言葉に招かれ部屋の扉を開ける。
「……これは?」
「最近の私の趣味だ」
部屋の中には、明石の所で購入したアロマキャンドルが至る所に飾られていた。はっきり言って金剛のを完全にパクった。
「知らなかったわ。提督にこんな趣味があったなんて」
「本当に最近だからな。立ち話もなんだ、座るといい。日本酒もあるぞ」
提督に促され、加賀は辺りを見渡しながらも席に座る。
「相談ではないのかしら?」
「もちろんそうだ。だが、少し飲んだ方が話しやすいだろう?」
わざわざ用意した丸テーブル。真ん中には、アロマキャンドルではない赤い蝋燭が一つ。それらを挟み、提督が加賀の為に用意した酒を杯へと注ぐ。
「……飲みやすい」
「だろう。コレは、貰い物ではあるが辛口の酒なんだ。せっかくだから開けてみた。それと、つまみもある。夕餉の残りだが、肉じゃがとチキン南蛮。それと漬物だ」
部屋にある個人用の冷蔵庫からそれらを取り出す。
「随分と準備が良いのね」
「加賀を招くからな。この程度はさせてもらうよ」
「……提督。そんなに掛けたら身体に悪いと思うのだけど?」
「好きなんだよ、タルタルソースが」
「相も変わらずなのね」
そう口にすると加賀は残りの酒を飲む。余計なお世話だと言ってやりたいが今は我慢だ。今はこのまま加賀に酒を飲ます。そして、意識が混濁した辺りで勝負を仕掛ける。
提督は、適当に話をしながら加賀に酒を注いでいく。返すように加賀も提督に注ぐが、自称酒豪である提督が酔う前に加賀の方が先に限界が来た。加賀の頬が朱に染まり、目が座ってきた気がする。仕掛けるなら今だろう。
「なぁ、加賀。この蝋燭の灯りを見てみろ」
「……灯り?」
「そうだ。どうだ、意識が遠のいて行く気がしないか? だんだんと眠くなってきたりはしないか?」
加賀は、ジッと蝋燭の灯りを凝視している。
「だんだんと意識が遠のく。ほ~ら眠くなってきた」
提督は、加賀に催眠術を掛けていく……掛けていく……。
「……どうだ?」
試しに加賀の目の前で手を振ってみる。普段の加賀なら怒るはずだが反応が無い。
「これは、今までで一番上手くいったのではないか?」
頬っぺたを指でツンツンしてみるがなにもない。これには内心で狂喜乱舞ものである。あの難攻不落とすら思えた加賀に催眠術を掛けられたのだ。
「ふふふっ、これで加賀は私のモノだな」
勝利を確信し笑みが零れる。さて、早めに事を済ますとしよう。提督は、冷凍庫から秘密兵器を取り出す。
「加賀よ、コレが何かわかるか? ひんやりと冷えた間宮アイスだ」
加賀に反応はない。艦娘達の憧れの甘味を前にしても無反応とは。
「加賀よ、これからお前にコレを私が食べさせる」
蓋を開け、スプーンでアイスを掬う。すると、バニラの甘い香りが鼻孔をくすぐる。なんて甘美な香りだ。流石は天下の間宮アイスと言ったところだろう。
「加賀、口を開けろ。アーんだ」
普段の加賀ならまずやらない。仮にやったとしても赤城や鳳翔の前だけだろう。だが、今は違う。目の前に居る加賀は、羞恥心から真っ赤に顔が染まるがそれでも命令通り口を開け、目を閉じ、アイスが口に運ばれるのを待っている。
(可愛いな、おい!)
あのいつも冷静沈着でクールな加賀が顔を真っ赤にして食べ物を待つとか最高だな! このままずっと眺めていたいがそうもいかない。私は、見たいのだ。
「入れるぞ」
ゆっくりと加賀の口にアイスを運ぶ。すると、アイスが口に入った事を理解した加賀は、スプーンから唇と舌でアイスを奪い取る。
「美味いか?」
「……美味しいです」
少しズルいが間宮アイスの力を借り、夢にまで見た加賀の笑みを手に入れた。この笑みを間近で見たかった。
「そうか。まだあるからな」
今度は、少し多めにしてみる。
「……ん……冷たい」
目を閉じている弊害。大きなアイスを完全にはスプーンから奪い取れず僅かに口の端から零してしまうのだが、それを加賀は舌で舐めとる。
(素晴らしい。実に素晴らしい)
舌で零れたアイスを舐めとる妖艶な姿を見ると普段とのギャップで気分が高揚してくる。
それからは早かった。加賀の姿に魅了され、アイスを淡々と口へと運んでしまった。それ故にこの結果は致し方ない。
「無くなってしまったか……」
あっという間だった。もう間宮アイスの入っていた入れ物は空だ。だが……満足できない。もっと見たい。いや、もっと別の形で味わいたい。
(今ならできるのでは?)
欲望が生んだ閃き。それは、一度浮かんでしまったら決して逆らえない魔性を含んでいる。提督は、欲望に動かされ冷凍庫から間宮アイスを。そして、冷蔵庫からとある物を取り出す。
「多くの者は、間宮アイスを前にすると思考が停止する。それは、間宮アイスが貴重であり崇高な物だからだ。だが思い出してみろ? 店で出す間宮アイスはそのままか? いや、違うだろ?」
提督は、間宮アイスの蓋を開け、蓋をひっくり返しそこにアイスを少しだけ置く。
「例えば、パフェを思い出してみろ。アイスだけではなく他にもいろいろとトッピングがしてある。フルーツ。ケーキ。ウエハース。ポッキー。スコーン。他にも様々な物がトッピングされているだろ? だが残念なことに普段はそれに気づく間もなく食べ終えてしまう。しかし、今回のように二個目があれば話は別だ」
流石に私欲のために共用の間宮アイスは使用できない。コレは、この前購入したばかりの二個目のアイスだ。今度の輸送船が来るまで食べる事はできないが、それだけの価値がある。
「見ろ、加賀。私は、今からこの取り分けたアイスにチョコソースを掛ける。どうだ、凶悪だろう? バニラアイスにチョコのトッピングだ。美味いに決まっている」
チョコソースを掛けた部分をスプーンで掬い、加賀の口へと運ぶ。するとどうだ。
「ん……美味しい」
見ろ、この情けない加賀のトロ顔を。完全にこの味に魅了されている。
(これなら行けそうだな)
ここからが本番。上手く行ってくれ。
「では、次に行こう」
緊張する。だが、もう引き返せない。
「今度は――」
覚悟を決めろ。男になれ。
「私の指に付けたのを食べてもらおうか」
言ってしまった。自分で言っておいてなんだが凄く恥ずかしい。思わず顔を手で隠してしまう。ええい、男が一度口にした事を翻せるか。ここで終わるなら本望よ。
提督は、蓋に残るアイスに指を付ける。冷たい。それに少し解けてベタベタしている。
「……行くぞ、加賀」
零れないように蓋と一緒に移動する。
「口を開けるんだ」
提督は、加賀の口の傍まで指を持って行く。指からは、アイスとチョコの混じったものが僅かに垂れながら食されるのを待っている。
「……加賀?」
なかなか加賀の口は開かない。ダメか……いや、仕方がない。流石にこれは――
「頂きます」
加賀の口が提督の指を咥える。
(これは!?)
温かい。それにしっとりとしている。確かにそこは、加賀の口の中。先ほどから指に加賀の唇や舌が触れている。なんと言えばいいのだろう。くすぐったい? 吸われると少し痛い? もうなんだか分かんなくなってきた。
「加賀……お前もなんだな」
提督の指を咥えている加賀の顔が今まで以上に赤い。ここまでくると心配になってくるほどだ。だがそれは加賀だけではない。今この部屋には、顔を真っ赤にした男と女が二人居る。
加賀は、指からアイスを舐めとるとゆっくりと離れていく。加賀の唇から提督の指に掛けての繋がる透明な液体が蝋燭の灯りに照らされ煌いて見える。背徳と羞恥心からなる欲望の輝きだ。
「加賀。後は、好きに食べろ」
提督は、加賀に残りのアイスとスプーンを渡す。
「私は、部屋の外に行く。アイスを食べたら催眠術は解ける。今日、此処であった事は全て忘れるんだ。私が相談をした事も一緒にな」
提督は、恥ずかしさから逃げるように部屋から出て行く。
「……私ったら」
一人取り残された加賀は、今しがたまで提督の指を咥えていた唇に人差し指で触れる。
「これは、あくまでも催眠術によるもの。それだけ」
加賀は、アイスを食べずに蓋を閉め大事に手に持って部屋から出て行く。