私、陸奥里助平は、日本の為、日本国民の為に軍人として日夜真面目に努めてきた。しかし、私も男……人並みの性欲はある。そんな私の下に神の悪戯か? それとも悪魔の所業かは分からないが一冊の本が与えられた。
あれは、いつものように明石に頼み秘密裏に本土から密書の数々を入手した時の話だ。厳重に封のされたその箱には、頼んでおいた密書の数々が納められていたのだがその中に見覚えのない物が一つ。
『誰でもできる簡単催眠術入門編 ~全てはあなたの思うがまま~』
初めは、驚いたものだ。開封された痕跡が無いはずなのに頼んでもいない商品が入っていたのだ。怖くなったので発送元に確認したがそんな物は取り扱っていないと返事が返って来た。とりあえず金銭などは発生しないことに安堵した。だが、これが何かを調べなければいけない。
私は、それを手に取ると早速中身を見て……実践することにした。
全ては、こんな辺境とも言える泊地へと私を送り、一つ屋根の下美しく可愛らしい彼女達と共にしたこの世界が悪いのだ。
♢♢♢♢♢♢
「提督、お茶が入りました」
「ありがとう、榛名。榛名が淹れてくれる緑茶は私の業務にとって最高の助けになるよ」
「……ありがとうございます、提督」
恥ずかしそうに運ぶのに使用したお盆で顔半分を隠している。本日の秘書艦は榛名か。できる限り多くの者に秘書艦を経験してもらおうと当初から日替わり制にしたのが幸運だった。これなら秘書艦となった者達に催眠術を掛けてセクハラができると言うもの。ただ、残念ながら今は秘書艦である榛名はターゲットではない。なに、秘書艦なら慌てる必要が無い。
「榛名、すまないが資材の確認をしてきてくれないか?」
「資材の確認ですか? それならこの前――」
「榛名」
提督の言葉に榛名は姿勢を正す。
「申し訳ありません。すぐに確認して参ります」
「よろしく頼む」
榛名は敬礼をすると足早に司令室から出て行く。上官の命令は絶対。口答えなどはしてはいけないのだ。
「さて――」
榛名が部屋を出て行ったのを確認すると、本日のターゲットに視線を向ける。名を、大淀。私が提督として着任してからの付き合いで海軍本部をはじめ外部との連絡を行ってくれる重要な任に付く艦娘だ。今こうして私がイヤラシイ視線を向けていることも知らずに業務を行っている。
黒く美しい長髪。瞳は、綺麗な地中海のような海色をしている。艦娘と言うのはなぜか美しい、可愛らしいのどちらかの容姿を持って生まれてくる。大淀は、間違いなく美しい部類に入るだろう。
セーラー服を基調とした服に下縁の眼鏡を掛けている姿を見ると、本人の役割と凛とした性格から見てクラスの委員長とでもいうのか、若かりし頃の学生時代を思い出してしまう。
「大淀」
「どうかされましたか、提督」
名を呼ぶとこちらを向いてくれる。
「なに、少し分からない所があるのだが頼まれてくれるか? ここなのだが?」
「わかりました」
大淀は、何の疑いもなくこちらへと足を進める。掛かった。
「どこでしょうか?」
「ここだよ。ここに書いてあるだろ? 『我が虜になれ』……とな」
それが催眠の合図になる。別にこれだけで催眠が掛かるわけではない。実際、ここまで来るのに時間は掛かった。今まで真面目にやって来たおかげで誰も私の行いに疑問を持つ者は居なかった。だから少しずつ催眠に慣らしていった。今では、この『我が虜になれ』を合図にいつでも催眠を掛けられるようにまでなった。
「どうかしたか、大淀?」
「……いえ、なにもありません」
口調は普段と変わらない。しかし、その姿はまるで人形。ただその場に棒立ちとなっている。
「榛名が戻ってくるまでそれほど時間もない……さっそくしてしまうとするか」
目の前に無防備に性欲の獣である私にその身を晒している美女。気分が高揚してくる。
「先ずは、ハグからしようか」
提督は席から立つ。すると、まるで吸い寄せられるかのように大淀は提督の胸に顔を埋める。急に来たので正直ちょっとだけだが驚いたのは内緒だ。軍人は狼狽えない。
「大淀は、可愛いな」
大淀の髪を優しく撫でる。見た目通り綺麗な髪だ。指を櫛のようにして見ればその綺麗さがよくわかる。引っ掛かりなどはなく、まるでシルクのようだ。
「匂いはどうかな?」
せっかく嗅ぎやすい所に大淀が居るのだ、匂いぐらいは当然の権利として嗅いでおく。
「……香水を変えたのか? 個人的には、前の方が好きだったのだが」
「……では、戻しておきます」
返事が返ってくる。視線を大淀の方へと移すと、耳まで赤く染まっているのが分かる。残念ながら表情は胸に埋まるようになってしまっていてよくは見えないが……まぁ、別にいいか。
「しかし、本当に凄いな催眠術とは……あの大淀ですらこうなのだから」
大淀の髪を撫でながら思い出す。大淀は、どちらかと言えばこういった事は嫌いな方だった。それこそ泊地内の大掃除をした時に密書の数々が見つかった時などは見た事もないような冷たい目を向けられたものだ。
「だが、今や大淀……お前は、私のモノだよな?」
「……はい。私は、提督のモノです」
「ふふふっ、本当にたまらない……しかし、ここからどうしたものか?」
実は、催眠術の本には幾つかの注意書きが書かれていた。
1. 催眠術は同時に二人以上に掛ける事はできない。
2. 催眠術を掛けている所を見られてはいけない。
3. 体質的に催眠術の掛からない者も居る。
4. 容量用法は正しく守りましょう。でないと命に関わります。
「すぐに榛名も戻ってくるだろうし、あまりアレコレするのも危険な気が……」
「……よろしいのではないでしょうか? 私は、提督のモノですから」
「そうは言われてもなぁ……注意書きにもあった容量用法がさっぱり分からない。と言うか、催眠術の容量用法とはなんだ?」
そう、コレが分からない。何を正しく守ればいいのかが分からないのだ。
「……キスぐらいなら……大丈夫だったりするのかな? 別にその……口でなくともいいのだ。流石に初めてが催眠術中で記憶がないのはどうかと思うし」
「……そうですね」
「だよな。うん、私もそう思う。じゃあ……おでことか? 大淀、こちらを向くんだ」
「…………」
「大淀?」
「……分かりました」
大淀がこちらを向く。目は固く閉じられ、顔は普段とは比べ物にならないぐらいに赤く染まっている。これは、私の催眠術が不完全なせいだ。本には、催眠術が不完全だと羞恥心から赤面する事があると書かれていた。だが、すまないな、大淀。その表情もまた私を興奮させてくれるのだ。
「いつもありがとう、大淀。大好きだよ」
おでこに口づけする。
「……さて、そろそろ榛名が戻ってくる頃だ。大淀、我が虜となれと書かれた紙を見た時から今に至るまでの事を全て忘れ、業務へと戻れ」
「……わかりました」
そう返事をすると大淀は足早に自分の席へと戻っていく。その顔は、先ほどよりも更に赤く染まっている。
「――失礼します。榛名、ただいま戻りました」
丁度良く榛名が部屋に戻って来る。
「すみません、提督。少し席を外します」
「そうか。わか――」
返事も半ばで、大淀は榛名と入れ替わるように部屋から出て行く。その足取りは物凄く早い。
「……大淀さんどうかしたんですか? なんだかお顔が真っ赤でしたけど?」
「風邪だろ」
「そうですか。提督、こちらが資材の状況になります」
「うむ。……問題はないな。ありがとう、榛名」
「いえ、これも秘書艦としてのお仕事ですから」
「そうか。しかし、私は幸せ者だ。榛名達のような素晴らしい部下を持てて」
「私も提督のような素晴らしい方の下に居られて嬉しいです」
あぁ……なんと健気で美しい笑顔なのだろう。榛名の笑顔に自責の念に押しつぶされそうになる。だが、すまない……もう私は誰にも止められないのだ。
「あの……提督?」
「あぁ、すまない。少し考え事をしていた」
「そうですか」
……どうしたのだろう? 榛名が傍から離れない。もう用はないから自分の席に着けばいいのに。
「どうかしたか?」
「いえ、その……大淀さんはしばらくお戻りにならないのかなぁ……と思いまして」
なるほど心配していたのか。優しい子だな、榛名は。
「あまり時間が掛かるようなら休みを取らせよう。今日の業務はさほど残ってはいない」
「……そうですね。私と提督だけで大丈夫ですよね……提督! 榛名は、今日一日は大丈夫ですから!」
「お、おう……そうか」
榛名はそう言い残し、自分の席へと戻って行った。急に大きな声を出すものだからビックリした。
しかし、これはチャンスかもしれない。大淀を休ませれば、榛名との時間ができる……ふふふっ、やはり全ては思うがままという事か。神か悪魔かは知らないがお前はこの世界に性欲の獣を解き放ってしまったのだ。
榛名、次はお前を性欲のはけ口にしてくれるわ!