アナザーワールドトリガー 3人目のすごいチビ   作:亀川ダイブ

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 みなさんおはようございます。そしてお久しぶりです。亀川です。
 三月はリアル労働が修羅場ってまして、少々更新間隔ががががg……さらには今回は我が女神・木虎さまの登場シーンも、誠に遺憾ながら、ありませんので筆もなかなか進まず。
 それはともかく、オリキャラ・砂井応司の登場回です。世界観を壊さない範囲になるよう気をつけながら、オリジナルトリガーも出してみました。どうぞご覧ください。


第9話 「砂井 応司」

 ズン、ズズゥン……。

 腹の底まで震わせるような重低音が、三門の市街地に響き渡ります。先ほどまで周回軌道で爆撃を繰り返していたイルガーは、恐らく木虎お姉さまが抑え込んでいるのでしょう、今はもう市街地上空に姿は見えません。しかし爆撃の爪跡は既に深く、ビル群から剥がれ落ちた壁面などの巨大な瓦礫が、次々とアスファルトに叩き付けられているのです。

 

「そこの人たちと早く逃げなさい! ママは大丈夫だから!」

「いやだぁ、ママもいっしょがいいのぉ!」

「バカ! 言うことを……っ!?」

「危ないっ!」

 

 瓦礫に閉じ込められた母親、泣き叫ぶ女児、降り注ぐ瓦礫。そして、飛び出す三雲先輩。先輩は女児を抱きかかえて走り抜けようとしますが、どう見ても間に合いません。しかも、数か所から鉄筋の突き出したコンクリート塊が、よりにもよって三雲先輩の直上に。

 

「三雲せんぱぁいっ!」

 

 一歩出遅れてしまった私は、せめてその凶悪な形状のコンクリ塊だけでもどうにかしようと、レイガストシールドを投げ槍(ジャベリン)のような円錐形に変形。そして〝強化平衡感覚(バランサー)〟を調整、身体の安定をあえて捨て去り、ほとんど顔面から地面に倒れ込むような動きで投擲しました。重たいレイガストをぶん投げるには足りない腕力を、体重・重心移動と遠心力で補った形です。

 

(うほげっ!?)

 

 顔面から倒れる私、でも悲鳴は我慢。生身だったら鼻血では済まないレベルの衝撃が、私の顔面を襲いました。胸部に引き続き顔面まで平面化してしまったら、私、一人の少女として絶望してしまいます。まあ、今の私はトリオン製の戦闘体なので、そんなことはないのですが。

 そんなことを考えつつ何とか顔を上げれば、そこには幾片かの瓦礫を背に受けてはいるものの、無事に女児を抱きかかえている三雲先輩。そして母親の感謝と安堵の声。私のレイガストシールド――否、レイガストジャベリンは、落下してきたコンクリ塊を打ち砕くには足りなかったものの、軌道を逸らすことには成功していたようです。うまくいってよかった。私はストンと胸を撫で下ろし……いや、ストンってなんですかストンて。いや確かに私の胸には引っかかるような膨らみなど皆無なのですが。

 

「大丈夫? けがは?」

「ううん、大丈夫。あの、お兄ちゃん、ママが……!」

「任せてくれ。ちょっと下がってて」

 

 私がへたり込んでいる間にも、三雲先輩は涙目の女児を気遣いつつ、ビルの非常口を塞ぐ巨大な瓦礫を押し退けようと奮起します。

 

「ふっ……んぎぎぎ……」

「わ、私も手伝います」

 

 肩を押し当て、十メートル以上もあろうかという巨大な柱を押す三雲先輩。私もいそいそとレイガストを拾い、先輩の横について柱を押すのですが……私のサイドエフェクトが、感知しました。この柱は、このやり方では動きません。

 重量。傾き。重心の位置。押し当てた掌から、私の〝強化平衡感覚(バランサー)〟はそれらの情報を読み取っていました。このままこの柱の根元を二人掛かりで押し続けても、絶対に動かすことはできないでしょう。動かすためには――

 

「三雲先輩。踏み台になってください」

「え? ふ、踏み台?」

「ほら、先輩が手を組んで、私が足をかけて、私を放り投げるヤツです」

 

 アクション映画やゲームの2P協力プレイなんかで、高い段差を乗り越える時とかによくあるアレです。三雲先輩の筋力にはやや不安を感じますが、まあそこはボーダーの戦闘体の性能を信用しましょう。私は三雲先輩から少々距離を取り、助走の態勢に入ります。

 

「あ、ああ! 来い、ヤト!」

 

 流石は、ボーダー帰りのゲーセンや休日のネットゲーム対戦で私との協力プレイに慣れている三雲先輩。私の意図をちゃんと読み取ってくれたようです。三雲先輩は私と相対して腰を落とし、両手を組んで腰の前で構えました。

 

「……行きます!」

 

 私はぐっと息を詰めて、走り出しました。先輩の組んだ手をステップにして足をかけ、先輩が私を押し上げると同時に思いっきりジャンプ。戦闘体の身体能力も相まって、傾いた柱のほぼ頂点近くまで跳び上がることに成功します。

そして、

 

(重量、傾き、重心の位置……ここですっ!)

 

 がこぉんっ!

 レイガストシールドで、思いっきり殴りつけました。するとどうでしょう、二人掛かりでもびくともしなかった巨大な柱が、まるでドミノのように反対側へと倒れてしまいました。

 三雲先輩が、目を瞠っています。少し気分がいいのですが、これは別に私のパワーが急激に増した訳ではありません。〝強化平衡感覚(バランサー)〟の恩恵により、私には、手に触れた対象のバランスを〝崩す〟ポイントが、文字通り、手に取るようにわかるのです。

 

(……計画通り!)

 

 にたりと、新世界の神にでもなったかのような笑みが、私の顔に浮かびます。いやいや、だめだめ、こんな表情をしているからまた誤解されるのです。私はいつもの無表情を努めて維持しながら、華麗な着地をキメます。ちなみにこの着地も〝強化平衡感覚(バランサー)〟の恩恵です。生粋のインドア派であるこの私に、体操選手のような着地のセンスなんてあるはずもないのです。

 

「あ、ありがとうボーダーの人! 」

「助かったよ、感謝してる! 本当にありがとう!」

 

 嗚呼、避難していく人々がかけてくれる言葉の何と温かいことか。ボーダーに入る前はただひたすらに寝不足の原因でしかなかったこのサイドエフェクトも、きっと人助けのために神様が……

 

「まだ小学生なのにすごいわね。がんばってね!」

 

 中二ですが! 十四才ですが!

 

「ママー、あのお姉ちゃん顔が怖いー」

「こらっ、命の恩人に何てこと言うの! ごめんなさい、気を悪くしないでね。助けてくれてありがとう!」

 

 ええ、良いのですよ。別に。どうせ私なんて、所詮は絶対眼つき悪いことで人生損するマシーンなのです……しくしくしく……

 

「どうしたんだヤト。平気か?」

「え、ええ……」

 

 心で泣いていた私の肩を、三雲先輩がポンと叩きます。できるメガネ先輩は、額の汗を手の甲で軽く拭い、ぐるりと周囲を見回しています。

 

「ぼくのレーダーには敵も市民もナシだ、ヤトの方は?」

「はい、私のもナシです。一般市民もですが、ボーダーの増援も、まだ……」

 

 視界の隅にレーダー画面を呼び出し、確認します。ここら辺一帯には、もう逃げ遅れた市民はいないようです。

 しかし、イルガーの出現からすでに十分程度が経過していますが、いまだにボーダーの増援が来ないというのは非常に気がかりです。ボーダーは、三門市内においてかなり高レベルの防衛体制を敷くことができているハズなのですが。

 

「対応が遅れてる……まさかほかにも、イレギュラー門が……ヤト、あれを!」

 

 三雲先輩の汗が、一瞬にして、冷や汗に変わりました。先輩の指さす方に目を向ければ――川沿いを下流に向かうイルガーの腹には、生体爆弾が蟲の卵のようにびっしりと吊り下げられているではありませんか。爆撃準備は整っているようです。

 

「三雲先輩、下流の住宅地の避難は……」

「まだ、終わっていないはずだ……行くぞ、ヤト!」

「は、はいっ」

 

 走り出した三雲先輩に遅れぬよう、私も全速力で駆け出します。

 嗚呼、木虎お姉さま。きっともう一体のイルガーを華麗に撃墜せんと奮戦しておられよう木虎お姉さま。C級最下位の私と、トリオン切れ寸前の三雲先輩では戦力的に不安しかありません。どうか、どうかお早いお助けをお願いいたします。

 そんな祈りを胸中に繰り返しながら、川沿いの舗装路を下流の住宅地へと走る私なのでした。

 

 

 

 

「よぉ、ボウズ。嬢ちゃん。こんなところで何してんだ」

「ひっ!?」

 

 川沿いの住宅地の中にある、小さな児童公園。公園の四隅にある街頭スピーカーからは避難警報が間断なく鳴り響き、周囲の家々に人影はない。すでに避難は進んでいるようだが……その中にあって、小さな子供が、二人。公園の遊具の陰に隠れて、震えながら小さく縮こまっていた。

 

「かくれんぼをするにゃあ、ちょいと状況がシビアだぜ。おじさん、あんまりオススメしないなぁ」

 

 火の消えた咥えタバコに、くたびれたロングコート、グレーのスーツ。灰色の髪に無精髭、肩幅が広く背の高い、中年の男性。男はまるで酒場のバーカウンターの中でも覗き込む様な仕草で、遊具の上から、兄妹らしい子供たちを見下ろしていた。

 

「い、妹とあそんでたら……きゅうに、びーびーって、なって……に、にげようとしたら、こけて……」

 

 十歳ほどに見える、お兄ちゃんが答える。見れば、イヌのぬいぐるみを抱いた妹の右足首は、遠目に見てもわかるほどひどく、紫色に変色していた。男の眼つきが、一瞬、鋭くなる。

 あの様子じゃあ、骨折もあり得る。まず歩けねぇだろうな。異常な発汗、荒い呼吸。発熱してるな。この短時間で? 色白で、手足もやけに細い……入院生活? 持病アリ、か……?

 

「お、おじちゃん、妹をたすけて! ぼくひとりじゃ、はこべなくて……」

「――ボウズ、どうして一人で逃げなかった」

 

 少年の必死の頼みを、男は質問で返した。いかにも子供の相手をするというようなわざとらしい笑顔を作り、猫なで声で問いかける。

 

「そりゃあ、助けてやるさ。おじさん、大人だからね。でもボウズよぉ、おまえが妹ちゃんをここにおいて、助けを呼びに行けばよかったんじゃあねぇのか。おじさんが偶然、ここを通りかからなかったらどうするつもりだったんだ。ただでさえ――」

 

 男は親指で、空を指した。少年の視線が上を向き、そして凍り付く。

 

「ひっ、あっ……!?」

「あんなデカブツが、近づいてるってぇのによ」

 

 重爆撃型トリオン兵、イルガー。体長数十メートルにおよぶ巨大な空飛ぶ鯨が、公園のほぼ真上に迫っていた。その腹部には生体爆弾を鈴なりにぶら下げ、今にも爆撃をはじめそうな雰囲気だ。イルガーの性能など知らない少年も、本能的にその危険を察知したのだろう。怯え、竦み、泣き出し、悲鳴を上げ――そして妹を守るように(・・・・・・・)覆い被さった(・・・・・・)

 

「――気に入ったぜ、ボウズ」

 

 男はニィっと口の端をつり上げて笑い、咥えていたタバコを、ぽいと投げ捨てた。きれいな放物線を描くタバコが、そのままきれいにゴミ箱に入る。同時、男は古ぼけたロングコートの内ポケットから、それ(・・)を引き抜いた。

 

「トリガー、起動(オン)ッ!」

 

 輝く粒子が渦を巻き、男の身体を戦闘体に換装した。黒を基調とした、ミリタリーテイストの強いデザイン。今はもう誰も着用する隊員のいない、旧ボーダー時代の共通隊服だ。

 

「お、おじさん……ボーダーなの……っ!?」

「んー……まあ、だいたいそんなようなモンだ」

 

 少年の目がこれ以上ないぐらいに大きく見開かれ、戸惑いと共に憧れの色が溢れ出す。男は左手でガシガシと乱雑に少年の頭を撫でると、「頭、低くしてろよ」と言いつけて、公園の中心あたりへと歩み出た。無精髭のざらつく顎を軽く撫でながら、目を細めて上空のイルガーを睨みつける。

 

「死ぬほど久しぶりだが……まあイルガーぐらいなら何とかなるだろ」

 

 すっと自然にかざした男の右手に、トリオン粒子が収束する。武装の実体化――大きい。長い。形状的には、銃型トリガーのようだが……

 

「〝試作重狙撃銃(プロトアイビス)起動(オン)

 

 それは、狙撃手用銃型トリガーの中でも最も大きく、そして破壊力も強大なトリガー、アイビスによく似ていた。しかし、アイビスよりも大きかった。生身のままでは、いかに男が鍛えていたとしてもまず抱えられないであろう、長大な巨砲。それを男は片手で持ちあげ、ほぼ真上に銃口を向けた。

 

弾種選択(ローディング)……〝対装甲貫徹弾(ギムレット)〟でいくか」

 

 銃の機関部にある回転式弾倉(リボルバー)が、ゴトリと重い音を立てて回る。それと同時、なにか銃全体に力がみなぎった様な、目に見えない波がトリガー表面に迸った。

 男の視界に表示された十字線(レティクル)の中心に、イルガーの頭が重なる。引き金に指がかかり、男の口元に野性的な笑みが浮かぶ。まるで肉食獣のようなその笑みは、灰色の髪と相まって、まるで銀色の狼にも見えた。

 

「ざっと四年ぶりの一発だ。遠慮なく持っていけ……っ!」

 

 轟音が、大気を震わせた。それもはや、銃声をこえて砲声。一直線に天に駆け上った対装甲貫徹弾(ギムレット)は、イルガーの分厚い装甲を、コアごと一撃で貫通した。

 赤黒い、トリオンの血煙を上げてゆっくりと墜落していくイルガー。白い巨体が河川敷の草原に落着し、茶色い土塊が巻き上げられ、飛び散る。一拍遅れて、地面が大きく揺れた。

 

「お、おじさん……すごい……!」

 

 数秒続いた揺れが収まると、少年が遊具の影から顔を出した。男はプロトアイビスを解除、トリオン粒子に換えて宙に散らす。そして笑顔の質を変え、子供好きのする優しい顔で頷いた。

 

「もう大丈夫だぜ、ボウズ。嬢ちゃんを病院まで連れて行こう――ボーダーの少年少女も、到着したみたいだしな」

「大丈夫ですか! 逃げ遅れた人は!?」

「ちっちゃい子、と……おじさん……?」

 

 公園に駆け込んでくる、やや長身の男子と、非常に小柄な女子。二人とも、C級隊員用の白い隊服だ。ボーダー本隊の動きが遅いとは思っていたが、まさか見習い隊員が救助活動に当たっているとは。どうやら今の三門市には何か、不測の事態が起きているらしい。

 男は胸ポケットからタバコを取り出そうとして、自分が戦闘体であったことを思い出し、ふぅとため息をついた。

 

「よう、ボーダーのボウスと嬢ちゃん。こっちでチビッ子が救助を待ってるぜ。連れて行ってやりな」

「ありがとうございます。ヤト、あっちの子たちを頼む……ところで、あなたは……?」

 

 男が軽く手を挙げて挨拶をすると、いかにも真面目そうなメガネの男子は怪訝そうに聞き返してきた。男は無精髭を掌で撫でながら、男子を見返す。

 落ち着いた雰囲気だが、まだ中学生ぐらいか。あっちのお嬢ちゃんはそれより小さい……きっとまだ小学生だろう。若い方がトリオン器官の成長度が高いとはいえ、子供を戦わせるのは気が進まない……まあ、兎も角。その年ならば、自分を知らないのも無理はない。

 男は戦闘体を解除し、元のスーツとロングコート姿に戻った。そして今度こそ、胸ポケットからタバコを取り出して、慣れた手つきで火をつけた。

 

「ボーダー特別軍事顧問、砂井応司だ。……〝元〟だがね」

「特別、軍事顧問……ですか?」

 

 その肩書を聞いてもピンと来ない様子のメガネの少年に苦笑いしながら、砂井は味の薄い紫煙をゆっくりと吸い、ゆっくりと吐いた。

 

(くくくっ、年はとりたくねぇもんだなあ。城戸の野郎、俺の功績をちゃんと若人に伝えやがれってんだ)

 

 つい一服だけはしてしまったが、子供の前でタバコなど吸い続けるものでもない。砂井はまだほとんど吸っていない吸殻を、首から下げた細長い携帯灰皿に放り込むのだった。

 

 




☆アナザーワールドトリガーを百倍楽しむ講座☆

《独自設定》
 試作重狙撃銃型トリガー〝プロトアイビス〟

 砂井応司が使用する、特別製の銃型トリガー。
 現在では狙撃手用トリガーとなっている〝アイビス〟と似た外見を持つが、機関部に回転式弾倉を備え、銃身は太く長い直方体、よりSF的なシルエットとなっている。これは、銃型トリガーを開発していくうえで様々な改造を重ねてきた結果であり、現在の回転式弾倉と箱型銃身を備えたプロトアイビスは、正確には7代目プロトアイビスとでもいうべきもの。砂井が特別軍事顧問としてボーダーに参加していた最後の時期に実験中だった「合成弾を銃型トリガーで使用する」ためのセッティングが施されている。回転式弾倉にあらかじめ仕込んでおいた合成弾(最大六発)しか射撃できないが、合成の手間と時間的ロスなしで強力な合成弾を速射・連射できる。




次回 アナザーワールドトリガー
第10話「砂井 応司②」に――トリガー、起動(オン)




 ……以上、第九話でした。次こそ川に落ちた木虎さまには上陸していただき、キリっとした顔で補償だ賠償だと騒ぐ市民共を薙ぎ払っていただきたいと思います。
 感想・批評もお待ちしております。どうぞよろしくお願いします!

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