アナザーワールドトリガー 3人目のすごいチビ   作:亀川ダイブ

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 みなさんこんばんは。亀川です。
 今回は我が女神・木虎さま大活躍の第三回目ということで、作者も気合が入っております。壁にめりこんだりはしません。
 原作ではプライドの高さと意外と詰めの甘いチャーミングな一面が出てイルガーに後れを取ってしまった木虎さまですが、拙作ではどのような展開になるのか……どうぞお楽しみください。


第8話 「木虎 藍③」

「あの近界民(ネイバー)は、私が始末するわ」

 

 戦闘態勢に入った木虎お姉さまは、華麗なおみ足に力を籠め、ぴょいんと河川敷をひとっ跳び。ゆっくりと空を泳ぐイルガーたちを追って、市街地に突入していきました。

 私としてはもう少し木虎お姉さまの勇姿(主に、ややぴっちりめのジャージ越しに見える引き締まりつつも柔らかさを感じさせるアスリート体形のお尻からふともものラインがハァハァ)を眺めていたかったのですが、そんな気の抜けた私を怒鳴りつけるように、轟音が大気を震わせます。音の出所に目を向ければ、崩れ落ちるビル、そして悲鳴、逃げ惑う市民の皆さん。ついに爆撃が始まったようです。

 

「くっ……急がないと!」

 

 三雲先輩はぐっと拳を握り、走り出しました。私もそれに遅れまいと、重く大きく邪魔になるレイガストシールドを背負って走り出します。しかしこのレイガストシールド、どうやって背中にくっついているのでしょうか。全く見当もつきませんが、背負えば走る邪魔にはならないのでボーダーの謎技術に感謝です。

 

「オサム。キトラ、行っちまったけど……イルガーの情報、ボーダーは持っているのか。けっこう面倒だぞ、アレ」

「どう面倒なんだ?」

 

 なぜか当然のようについて来ている空閑先輩に、三雲先輩は生真面目に聞き返します。いやしかし三雲先輩、このヒト、トリオン体の私たちの全力疾走に平然とついて来ているのですが。そこへのツッコミはナシなのでしょうか。

 

「爆撃だけじゃない、近づいてもヤバい。中途半端に殺そうとすると、もっとヤバい」

『近接防衛システムを有し、迂闊に取りつくと、光線砲(トリオンビーム)装備の触手で迎撃される。また、大きなダメージを受けると、体内の全トリオンを使って自爆する。その際、最も人的被害が大きくなる地点に落下するようプログラムされている』

 

 空閑先輩の端的すぎてよくわからん説明を、レプリカ先生が言い直してくれます……ってそれ木虎お姉さまが危ないということでは!? こんなことをしている場合ではありません、今すぐにお姉さまをお助けに向かわなければ。トリオン属性のビームとあらば、同じくトリオン製のボディであるボーダーの戦闘体はダメージを受けてしまいます。しかも触手だと!? 木虎お姉さまの赤い隊服ジャージもきっとボロボロに……そして触手に捕らわれ、あられもない姿が、姿が……! いいい今すぐ堪能、いや見学、いやお助けに行かなければなりませんっ!!

 

「ぼくとヤトで街の人を助ける。空閑は木虎に付いてくれ」

 

 お姉さまの下に馳せ参じようとした矢先、三雲先輩が勝手に私を市民救助チームに組み込んでしまいました。いやまあ確かに、冷静に考えて訓練用レイガスト一本きりしか持たない私が、空中の大鯨モドキに何ができるわけもないのですが。でも、だからといって、空閑先輩も学校の時のように三雲先輩のトリガーを借りなければ、何もできないでしょう。いくら近界民(ネイバー)だからといって、生身でトリオン兵と戦うことなど出来はしません。

 

「木虎がもし危ないようなら、おまえのトリガーを使っても構わない。ただ、バレないようにうまくやれよ」

 

 三雲先輩、今、「おまえのトリガー」っていいましたか。空閑先輩、近界民(ネイバー)な上に自前のトリガーまで持ち込んでいるのですか。それ、もしバレたら、知ってて隠していた三雲先輩までけっこうまずいことになるパターンのヤツなのでは……そしてたった今、私も共犯に……嗚呼。

 

「え~~。本人が自分でやるって言ってんだから、放っといてもいいんじゃないの?」

「空閑、頼む」

 

 内心動揺する私などお構いなく、話は進んでいきます。三雲先輩はできるメガネモードの真剣な表情で空閑先輩の目を見ています。空閑先輩は「ふぃー」と長いため息をつき、軽く肩を竦めました。

 

「やれやれ、オサムは面倒見の鬼だな。自分は無鉄砲に突撃するくせに……レプリカ」

『心得た』

 

 空閑先輩の黒い指輪から、うにゅいーんと実体化したレプリカ先生。その黒く丸っこいボディから、まるでパン生地を小さくちぎり取るような形で、小さなレプリカ先生が二体ほど、生成されたではありませんか。ちびレプリカ(仮称)は、レプリカ先生本体のような耳状のパーツこそありませんが、無表情とも半笑いともとれる独特の顔の造形はそっくりです。

 

『持っていけ、オサム、ヤト。私の分身〝子機〟だ。私を介して、ユーマとやりとりできる』

「困ったときはすぐ呼べよ」

「ああ、わかった」

「ヤトも、気をつけてな」

「りょ、りょーかい……です……」

 

 ここまで来たら、乗り掛かった舟です。精々、多くの市民を避難誘導しまくって、せめて学校でのトリガー無断使用だけでも帳消しにしてもらうしかありません。三雲先輩の分も。

 ともあれ私たちは空閑先輩と別れ、三雲先輩と共に市街地に突入します。同時、更なる爆音。またも街に爆弾が投下されたようです。

 

「ヤト、ぼくたちは今、トリオン製の戦闘体だ。一度だけならどんな攻撃を受けても死にはしない。もし、誰かが危ない目にあっていたら……」

「私達が、体を張る。ついでに三雲先輩も、守ってあげてもいいのですが」

 

 背中に回していたレイガストシールドを右腕に構え直しながら、私はニヤリと笑って見せました。嗚呼、話し相手が三雲先輩一人になるだけでこんなにも小粋な会話を楽しめるとは。私のコミュ障が恨めしい。そして私のコミュ障を発動させない三雲先輩、マジできるメガネです。

 しかしまあ、それはそれとして。

 

「よし、行くぞ。人命救助が最優先だ!」

「了解です、先輩」

 

 逃げ惑う人々でごった返す街中に、私と三雲先輩は飛び込んでいくのでした。

 

 

 

 

 

 

(あの巨体なら、きっと装甲も厚い。この距離では弾丸は徹らないわね)

 

 河川敷を駆け抜けながら、木虎は二体のイルガーを観察していた。一体は、川を中心にした長い楕円軌道で市街地上空を周回。市街地の真上に来た時に、生体爆弾らしい有機的なパーツを投下し、爆撃している。そしてやや小型なもう一体は、木虎とは反対側の河川敷を、上流から下流に向けて飛行している。まだ爆撃はしていないようだ。

 

(……あっちは後回しね。まずは、市街地を攻撃してるほうを)

 

 A級隊員として数々の防衛任務を遂行してきた木虎の頭は、瞬時に戦闘プランを弾き出していた。周回軌道のイルガーを、河川上空で撃破。川に墜とす。その後、もう一体を追撃。無駄に時間をかける気もないが、その頃にはボーダーからの部隊も到着していることだろう。

 木虎は自分で自分に頷き、川を横断する鉄橋を駆け上がった。太い鋼鉄製の骨組みの天辺から両足で踏み切り大ジャンプ、愛用の改造拳銃〝モデル・キトラ〟から、細く強靭なトリオン製ワイヤー〝スパイダー〟を射出した。

 

「その巨体で、飛行型なら……!」

 

 鋭い矢じり型になったスパイダーの先端が、イルガーの脇腹に浅く刺さる。ダメージを与えるには遠く及ばないが、専用拳銃(モデル・キトラ)下部のワイヤーリールが猛然と回転、スパイダーを巻き取り、その勢いで木虎はイルガーのさらに上空へと飛び上がった。

 

「やっぱり、上はがら空きねっ!」

 

 木虎は満足げに微笑み、銃口を眼下のイルガーへと向けた。

 

 

 

 

 

 

「あー、上から行くか」

『やはりボーダーは……少なくともキトラは、イルガーの情報を持っていないようだな』

 

 河川敷沿いの遊歩道から、遊真とレプリカは木虎の様子を見上げていた。ワイヤーアンカーのようなもので一気にイルガーに肉薄した木虎だったが、やはり、上を取ってしまった。そして落下しながらハンドガンを連射。近づいた甲斐もあって、銃弾はイルガーの装甲を撃ち抜いてはいるのだが――

 

『イルガー、近接防衛システムを発動。あの距離では避けられないだろう』

 

 突如、イルガーの背部から無数の触手が飛び出した。その先端にはトリオンを高密度に圧縮した結晶体が輝いており、木虎がイルガーの背中に着地するのと同時、目も眩むような閃光が炸裂した。近接防衛用の光線砲(トリオンビーム)だ。

 

「ふぅ、オサムの心配性が大当たりか。行くぞ、レプ……」

『いや、待てユーマ。キトラの反応は健在だ』

「ほほう?」

 

 遊真は右手の指輪を触りかけた手を止め、もう一度、上に目を向けた。閃光が止み、白煙の中から木虎の姿が現れる。

 

「へぇ……こっちのトリガーも、いろいろあるんだな」

 

 

 

 

 

 

「ふふん。この程度?」

 

 ボーダー製防御用トリガー〝シールド〟。シンプルな名前と同様に、その機能も単純明快。トリオン製の防御壁を任意の形状で展開し、あらゆる攻撃を防ぐというものだ。木虎はシールドを多角形のテント状に展開し、高エネルギーの光線砲(トリオンビーム)を防いでいたのだ。

 

「図体ばかりで、私の敵ではないわね」

 

 木虎は余裕の表情でシールドを解除、右手のスコーピオンで周囲の触手群を切り払った。続いて、流れるような連撃でイルガーの装甲を切断。露出したどす黒い体内に、モデル・キトラの弾丸を次々と撃ち込んだ。

 ドン、ドン、ドン、ドン……! 威力重視の通常弾頭〝アステロイド〟がイルガーの体内で暴れまわり、トリオン体内部を破壊していく。ほどなくして、イルガーは傷口から真っ黒なトリオンの血煙を噴き上げ、飛行高度を落とし始めた。

 

「こんなもの? 拍子抜けね」

 

 木虎は自慢げに言い捨て、愛銃をホルスターに収める。

 

「さて、もう一体は……!? 何!?」

 

 ――ごぅん。イルガーから飛び降りようとした木虎の足元で、不穏な音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

「キトラ、思ったよりやるな。イルガー墜としたぞ」

『しかし、そうなるとまずいな』

「うん、まずい……自爆モードだ」

 

 高密度トリオンで作られた制御棒が、イルガーの背に露出。偶然だろうが、ちょうど背に乗った木虎を取り囲むような形だ。さらにトリオン兵共通の弱点である目玉(コア)が、歯のようなシャッターで閉鎖される。

 イルガーは巨体をくねらせて、進路を急変更。今までの楕円軌道から外れ、河川上空から徐々に高度を下げながら、じわじわと市街地へ降下していく。

 

『市民の避難はまだ不完全だ。街に墜ちれば、被害は甚大なものになる』

「だろうな。んじゃまあ、行くかレプリカ。オサムの頼みだ!」

『承知した』

 

 遊真の声にレプリカが答え、そして遊真は変身した。

 紫電を纏って実体化される、近未来的なデザインのボディスーツ。漆黒の戦闘装具に身を包んだ遊真の左腕に、レプリカがとけ込むように同化した。

 

『イルガーを破壊すれば、ユーマ固有のトリオン反応が残る。撃破は避けるべきだ』

「壊さずに、バレずに、木虎と街の人を守れ……本当、オサムは面倒見の鬼だな!」

 

 言い捨てる遊真の表情は、どことなく楽しそうだった。そして遊真は両足に思いっきり力を籠め、イルガーに向かって飛び出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「まさかこいつ……このまま街に墜ちるつもり!?」

 

 この巨体ならただ落下するだけでも甚大な被害が出るだろうが、鈍く発光する棒状の器官も気になる。

 木虎はスコーピオンを一閃、棒状の器官を斬り付けた。しかし、一体どれほどのトリオンを圧縮してあるのか、掠り傷の一つすらつかない。続いてモデル・キトラを連射するが、銃弾は器官表面で空しく弾かれるばかりだ。

 

(硬い……なんなのこのトリオン密度……!)

 

 今の装備では、破壊は不可能。頬を伝う冷たい汗を手の甲で拭い、木虎はぐるりと周囲を見回した。

 

(壊せないなら、せめて街に墜ちるのだけは……!)

 

 先ほど駆け上がってきた鉄橋が、下流側百メートルほどの所に見えた。スパイダーで鉄橋とイルガーを繋いで、無理やり進路を曲げるか。川に引き摺り落とせば、被害を最小限に……いや、鉄橋の上に逃げ遅れた市民がいる。逃げようとして事故を起こしたのだろう、横転した乗用車に親子連れが閉じ込められていた。もし川に落とせば、その余波であの親子がどうなってしまうか……街には落とせない、川にも落とせない。

 木虎は、自分の顔が青ざめていくのをはっきりと感じた。

 

「くっ……止まれっ、止まりなさいっ!」

 

 モデル・キトラを連射、連射、連射。スコーピオンを何度も何度も振り回す。しかし、先ほどまでは容易に切り裂けていた装甲すら、まともに傷もつかなくなっていた。爆撃機能も航行機能も捨て自爆モードに入ったイルガーは、確実に自爆攻撃を遂行するため、装甲強度が大幅に向上するのだ。

 

(そうだった、イルガーは追いつめられると自爆を……! C級のとき、座学で! 私のバカっ、迂闊、浅薄、考えなしっ!)

 

 木虎はひたすらに銃弾を撃ち続けながら、後悔していた。

 かつての第一次侵攻から四年半、ボーダーには膨大な量の戦闘記録が集積されている。その中に、確かにあったのだ。イルガーとの戦闘記録が。そして木虎は、入隊間もないC級隊員の時にその記録映像を見ていた。生体爆弾による爆撃、そして自爆モードへの移行……一撃でその巨体を両断して見せた、現在では個人第一位攻撃手(アタッカー)となったA級隊員・太刀川慶の〝旋空弧月〟。それは言い換えれば、木虎のスコーピオンでは今のイルガーは斬れないということだ。

 

 木虎は、強く、唇を噛んだ。

 

 正直に言って、功を焦る気持ちはあった。自分を慕ってくれる後輩(ヤト)の前で、出来る先輩でありたかった。軽々に隊務規定違反をするC級隊員(オサム)の前で、A級として舐められるわけにはいかなかった。しかし、そのせいで……!

 もし生身であれば血が出るほどに唇を噛み、木虎は両手で銃を構えた。持てるトリオンの全てを注ぎ込み、ひたすらにイルガーを撃ち続ける。

 

「止まれ、止まれっ……お願いっ、止まって……っ!」

 

 木虎の言葉は、ほとんど悲鳴のようになっていた。しかしイルガーは、トリオンの血煙を噴き上げながらも、市街地へとゆっくり、ゆっくり墜落していく。

 あと、200メートル。180メートル。160、150、140……その時だった。

 

『キトラ、衝撃に備えろ』

 

 やけに機械的な、耳慣れない声。ほぼ同時、市街地へ突入するイルガーの進路をふさぐように、巨大な円形の紋様のようなものが展開された。

 

「なっ、何!? 誰よ!?」

『おれ? おれは、あー……仮面トリガーだ。そう、仮面トリガー・クーガ。さて、警告はしたぞ。三秒前。二、一……』

 

 突然の出来事に面食らいながらも、木虎はその場にしゃがみ込んだ。

 直後、衝撃。足元から突き上げるような、天地が逆転するほどの衝撃が木虎を襲った。次の瞬間、木虎は猛烈な勢いで空中に放り出されていた。目まぐるしく回転する景色、ぐるぐる回る空と街と川。その中で、木虎はそれ(・・)を見た。

 ビルの屋上に一人立つ、真っ黒なボディスーツに身を包んだ仮面の男、いや小柄な少年を。

 そして、上空数百メートルの高さまで打ち上げられたイルガーが、まるで大輪の花火のように爆散する光景を。

 

 

 

 

 

 

『弾』印(バウンド)五重(クィンティ)

 

 手ごろなビルの屋上に駆け上がった遊真は、迫り来るイルガーに向けて左の掌をかざしていた。その掌を中心に、漢字のようにも見える複雑な刻印が宙に刻まれ、光り輝く。その刻印を取り囲むように、円形の刻印が五重に展開された。

 遊真が所有する、遊馬専用トリガーの能力の一つ、〝『弾』印(バウンド)〟。この刻印に触れたものは、それがどんなに巨大なモノであれ、凄まじい反発力で弾き飛ばされる。遊真がよく使う〝印〟だ。

 

『ユーマ。避難が完了していない以上、イルガーを上空で自爆させるのは良案だ。だが……』

「ん、なんだレプリカ?」

『その仮面はなんだ』

 

 黒いアームカバー付きの、近未来的な黒いボディスーツ。そして、フルフェイスヘルメットのような、黒い仮面。レプリカは遊真の言うままにトリオン体の外見を調整したのだが、そんな注文を受けたのは初めてだった。

 

「ふふふ……カッコイイだろ? これでオサムとの約束も守れる」

 

 遊真は楽し気に微笑みながら、〝『弾』印(バウンド)〟の角度を調整している。仮面に隠されて見えないが、きっと得意げな顔をしているに違いない。こんな時の遊真には、何を言っても聞いても無駄だ。レプリカは早々に諦め、トリオンの操作に集中することにした。

 イルガーとの距離は、200メートル少々。墜落まではあと十秒ほどだろう。

 

「レプリカ、キトラに通信を。声変えて。できるか?」

『承知した』

 

 こちらの世界のトリガー技術は、近界の様々なトリガーとは少しばかり勝手が違う。純粋なトリオン操作だけでなく、〝科学技術〟と複雑に絡み合った技術体系となっている。しかし、こちらの世界に来て早や数日。近界でも最高クラスに優秀な自立型トリオン兵であるレプリカは、ある程度、こちらの世界のトリガー技術を解析できていた。

 

『通信回線への割り込みを完了した』

「さんきゅー、レプリカ。……キトラ、衝撃に備えろ」

『なっ、何!? 誰よ!?』

「おれ? おれは、あー……仮面トリガーだ。そう、仮面トリガー・クーガ。さて、警告はしたぞ。三秒前。二、一……」

 

 ――直撃。瞬間、大鯨が跳ねた。

 舞い踊る衝撃波に乗り、砕け散ったトリオン粒子が撒き散らされる。〝『弾』印(バウンド)〟に弾かれたイルガーは、一瞬にして遥か空の彼方。それから約二秒の間を置いて、三門市上空に巨大な火球が膨れ上がった。

 

「おぉー。びゅーてぃほー」

『……キトラの反応が、川に落ちたぞ』

「そのぐらいは自分で何とかするだろ。謎のヒーローは人知れず撤退だ。次、行くぞ」

『もう一体のイルガーは、河川下流方向に1200メートルだ』

 

 遊真は花火見物もそこそこに、ビルの壁面をほぼ垂直に駆け下りた。人気のない路地裏に音もなく着地し、乗り捨てられた自家用車が散在する川沿いの舗装路を、下流に向かって走り抜ける。

 

「ボーダーの部隊は?」

『半径1500を索敵。強いトリオン反応は、ヤト、キトラ、イルガー。ヤトはイルガーに向かっているようだ』

「……オサムは?」

強い(・・)トリオン反応を索敵した。察してやれ、ユーマ』

「まったく、そんなトリオン能力で人助けばっかり……変なヤツだな、オサムは」

『同意するが、そのオサムとの約束を守ろうと決めたのは、ユーマ自身だ』

「はは、そーだったそーだった!」

 

 600メートルほどを瞬く間に駆け抜け、舗装路から河川敷の草原に跳び下りた。もう少し走れば、戦闘圏内に入る。遊真は相変わらずゆっくりと飛ぶイルガーを見上げ、思案した。

 

「さて、ぶっ壊さずにどうやって止めるか……」

『ユーマ、待て。新たな反応を検知した。ボーダーのトリガーだ』

 

 レプリカの言葉と同時、閃光が天に突き抜けた。

 イルガーの下顎から脳天に向かって、〝目玉(コア)〟を一直線に貫いて。

 一撃で急所を貫通されたイルガーは、自爆モードにもなれずに河川敷へと墜落。河川敷の草原は大きく抉れて茶色い土肌が剥き出しになり、濛々と土煙が上がる。数百メートルも離れた遊真の足元まで地響きが届き、周囲の民家の窓がビシビシと割れんばかりに振動した。

 

「通常モードとはいえ、イルガーを一撃か。すごいな」

『……トリオン反応が、急に一つ増えた。索敵範囲外から、ボーダーの部隊が来たとは考えづらい』

「気になるな。オサムたちと合流するか。一応、仮面はつけたままで」

『承知した』

 

 遊真は落着したイルガーに向かって、再び走り出した。少し近づくと、土煙の向こうに人影が見えてきた――やたらと小さいのはヤト、中学生にしてはやや長身なのが修だろう。

 そして、もう一人。修よりもさらに頭ふたつ分ほども背が高く、肩幅も広く胸板も厚い。ヤトと見比べると、その体格差は三倍ほどにも錯覚してしまうような、大柄な人影がいた。

 オサムたちとああも近い距離で接しているということは、敵ではなさそうだが……

 

(仮面、つけっぱなしにしておいて正解だったな)

 

 遊真は仮面の表面を軽く撫で、ちびレプリカとの通信を繋いだ。

 

「よう、オサム。調子はどうだ」

 

 




☆アナザーワールドトリガーを百倍楽しむ講座☆

《独自設定》
木虎藍専用改造拳銃型トリガー〝モデル・キトラ〟

 木虎が愛用している拳銃型トリガー。〝モデル・キトラ〟は木虎自ら命名した愛称。元々は開発者である志摩いつきによって〝ウルトラキトラ・キティスペシャル〟と命名されボーダーのデータベースに正式登録されかけたが、木虎の必死の抵抗と哀願、懐柔、恫喝、アメと鞭、最終的には三門駅前のクレープ屋さんで女同士の私服デートという条件で命名権を買収した。
 射撃精度や射程、威力などは通常の拳銃型トリガーと変わらないが、銃身下部に強靭なトリオン製ワイヤー〝スパイダー〟の射出・巻取機能が装備されており、木虎の創意工夫によって様々な場面で活躍することができる。さらに、トリオン能力が高いとは言えない木虎のために、弾丸一発当たりの消費トリオン量を軽減する機構が採用されている。ただし、スパイダーが固定装備となっていることで、撃てる弾種は通常弾(アステロイド)一種のみとなっている。
 また、様々な機能を追加しているために、銃本体の消費トリオン量(コスト)は高い。戦闘中に破損すると、木虎はクールに対応策を考えるフリをしながら心の中では涙目になっているので、なるべく武器破壊は狙わないであげてほしい。


次回 アナザーワールドトリガー
第9話「砂井 応司」に――トリガー、起動(オン)





 ちなみに、志摩さんとの私服デートでは対ダメ成人更生用汎用ヒト型女子高生・真木理佐先輩を召還し女三人での女子会という形にもちこみ、事なきを得ました。
 次回は新オリキャラ登場でございます。原作ではささっと話が進んだ対イルガー戦ですが、拙作ではもう少しだけ続きます。どうかお付き合いください。
 感想・批評もお待ちしております。どうぞよろしくお願いします。




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