アナザーワールドトリガー 3人目のすごいチビ   作:亀川ダイブ

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 おはようございます。亀川です。
 連絡事項が二つほど。
 ひとつ、今回は、前回最後の次回予告からサブタイトルを変更してお送りしております。ご了承ください。
 そしてもう一つ、今回は、我が女神・木虎さまの出番がありません。木虎さまのいない拙作など、鬼怒田さんのいないボーダー開発室のようなものですが、ご了承ください。




第3話 「三雲 修」

 〝C級最下位の寝不足姫〟

 それが私、赤城ヤトに付けられたあだ名です。

 不本意ながら初日の対バムスター戦は制限時間ギリギリの最下位クリアだったので、C級最下位というのは不名誉ながら仕方なく。「寝不足姫」などという言われようも、B級上位やA級の大先輩方にも「弾バカ」だの「槍バカ」だのと呼ばわれる方がいると聞けば、「姫」なんて一字がついているだけ良しというもの。寝不足は事実ですし。

 いやしかし、光陰矢の如しとはよく言ったもので、入隊初日の戦闘訓練から早や三か月。九月入隊の同期たちの中からは、B級に上がってチームを組み、ランク戦や防衛任務に参加するものもちらほらと。

 やれ、ランク戦で何々隊と当たっただの。やれ、防衛任務で誰々先輩と一緒になっただの。食事時ともなれば、本部の食堂ではそんな会話があちらこちらで花咲きます。

 しかして孤高のシングル一匹狼(ロンリーウルフ)ぼっちたる私は、そんなピーチクパーチクに加わることもなく。一人黙々と中々に美味なA級定食(海鮮丼+麻婆豆腐。私、週3はコレです)を平らげつつ、たまに食堂に現れる木虎お姉さまや那須お姉さま、熊谷お姉さま、オペレーターの美人お姉さまがたに熱い視線を送り、そして一人黙々と訓練室で仮想現実(ヴァーチャルリアリティー)を相手にレイガストを振り回す日々なのです。

 はい、私、焦っております。同期からB級昇格者が着々と増えつつあるということは、つまり合同訓練や個人戦で4000ポイントを稼ぎだした者が出てきているということ。そんな中、私の左手の甲のデジタル表示は、まだ3000にも届いていません。……すみません、少し盛りました。2500程度です。

 しかしながら、誤解しないでいただきたいのです。私は決して、訓練をさぼっていたわけではありません。そりゃあたまには徹夜で飛竜の尻尾から紅玉や逆鱗を剥ぎ取ったり美少女アイドルを画面越しにタッチしてパーフェクトコミュニケーションをしたり新規実装の外国艦を求めて溶鉱炉で資源を熔かしたりはしていましたが、私の合同訓練への参加状況や、その他ボーダー隊員としての振る舞いは、まあ合格点といえるでしょう。

 ではではなぜなぜ、こんなにもポイントを稼げないのか。

 理由は明白、誰も個人戦をやってくれないからです。

 所詮はバムスター一匹倒すのに五分もかかるC級最下位だというのに、私との対戦を避けようとする同期の諸氏の多いこと。やはりここでも、私の凶悪過ぎる眼つきはマイナスにしか働かないようです。

 ボーダーに入ってから知り合った、私の唯一の話し相手からの情報によると、「C級最下位の寝不足姫」という異名には、あることないこと様々な噂がついて回っているらしく。

 

 曰く、いつでも倒せるバムスターと時間ギリギリまで遊んでいた。

 曰く、バムスターの両手両足をわざわざ切り刻んでからゆっくりとブッ殺した。

 曰く、A級5位・嵐山隊の木虎藍に、「眠いんだよテメェ」と凶悪な笑みでガンを飛ばした。

 曰く、狂犬・影浦の妹で、彼女もまた狂犬だ。すでに何人か噛み付かれたらしい。

 曰く、彼女のレイガストは剣というにはあまりにも大きすぎた。ぶ厚く重くそして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊であった。

 曰く、曰く、曰く――

 

 えー、私、なんだかとんでもない実力者か戦闘狂のようなキャラ付けを、勝手にされているようなのですが。なんか五つ目の「曰く」とかもうそれ完全に黒い狂戦士のアレなのですが。バムスターの手足は四肢のうち三本しか斬ってないのですが。必死で逃げ回っていただけですが。影浦さんとやらにはお会いしたこともないのですが。実は「に、兄さん!」とかそんな展開ありませんが。一人っ子ですが。狂ってませんが。

 しかして一番有り得ないのは! この私が! 我が女神・木虎お姉さまにガンを飛ばすなどと!

 自他ともに認めるコミュ障たるこの赤城ヤト、かなりガンバって渾身の笑顔を捧げたというのに、ボーダーの有象無象共は眼球を尻にでも付けているのでしょうか。目ん玉かっぽじって塩水で洗って来い。

 

『ま、まあ落ち着いて、ヤト』

 

 ――とまあこんな具合で、グチグチと愚痴をぶちまけていたのですが。タブレット越しに聞いてくれていた、ボーダーで唯一の話し相手・三雲修先輩は苦笑いを浮かべます。

 三雲先輩は、私と同じくC級隊員。入隊は私よりも何期か前で、年齢も一つ上。ランク戦ロビーで一人ぽつんと放置プレイを楽しんでいた私に個人戦を申し込んでくれた、非常にモノ好きな先輩です。ちなみに、三本勝負で2-1、私の勝ち越しでした。

 

『ランク戦なら、また僕とやろう。僕のレイガスト捌きも、少しは上達したんだ』

「でもー、それじゃあ結局、私と先輩でポイントぐるぐる回っているだけですよ。まーた、万年C級メガネなんて言われちゃいますよー」

『うっ……ま、まあ合同訓練は真面目にやってるつもりだから。僕だってもうすぐ……』

 

 へへん、痛いところを突いてやりました。画面の向こうで、三雲先輩が頬に一筋、汗を垂らします。その表情を見て、私は少しばかりの嗜虐心を満たされました。安物のベッドに寝転がって、「にひひ」と悪戯っぽく笑います。

 

「私、B級になったら、三雲先輩ぐらいしかチーム組む相手いないですから。なるべく早く上がってきてくださいね」

『そ、それって僕の方が上がるの遅いってことじゃ……』

 

 同じC級下位でウロウロしているからでしょうか。それとも、ボーダー内で一人ぼっち同士だったからでしょうか。なぜか私のコミュ障は、三雲先輩に対しては発動されません。

 別に、お昼を一緒にするとかはありません。学校でも挨拶はするかな、という程度です。でもなぜか、三雲先輩と一対一でなら、しゃべれます。きっと三雲先輩が、私を色眼鏡で見ることをしないからでしょう。メガネですが。

 

『ん、着信……千佳からだ』

「お、例の可愛いちっちゃい彼女さんですね。ひゅーひゅー!」

 

 会ったことはありませんが、三雲先輩の話によく出てくる女の子、雨取千佳さん。話を聞いているだけでも、彼女を大切に思っていることはリア充爆発しろと叫びたくなるほどに伝ってきます。日曜日の夜ともなれば、三雲先輩も彼女とお話をしたいでしょう。

 

「さすがは三雲先輩、できるメガネですね。スミに置けませんね」

『い、いや、千佳はそんなんじゃないよ。じゃあヤト、また明日』

「はい、先輩。おやすみなさい」

 

 タブレットから三雲先輩が消え、ゲームアプリばかりがずらりと並んだホーム画面が戻ってきます。はー、愚痴を聞いてもらって、少しだけスッキリしました。明日もまた、学校帰りにでも本部に寄って、一人黙々と訓練室に籠れそうです。

 私は就寝前の恒例行事として、微妙にガタついているベッドの足に、折り畳んだ新聞紙を挟み込みました。今日は、右上に八つ折りを二枚。あらためてベッドに寝転がり、目を閉じて私のサイドエフェクト・強化平衡感覚(バランサー)を鋭敏に働かせます。うん、よろしい。完全に水平です。一発で調整完了とは、幸先が良い。今夜は安眠できそうです。明日は月曜日、学校もあることですし、健全な女子中学生としては、早く寝るに限ります。

 

「お父さん。お母さん。おやすみなさい」

 

 ベッドの上に正座をして、写真立ての中の両親にペコリと一礼。布団の中に潜り込みます。

 三門市旧市街地、警戒区域ぎりぎりの安アパート。一人暮らしの一室で私は、久々の安眠の予感に身を委ねるのでした。

 

 

 

 

 

 

 そして目覚めれば、遅刻でした。

 普段の寝不足が祟って、珍しく快眠できたと思ったらザ・ダイナミック遅刻。始業のチャイムに間に合わないなどというレベルではありません。今頃きっと学校では、お腹を空かせた成長期真っ盛りたちが、屋上や中庭でお弁当の包みを広げようとしている頃でしょう。

 こんな時こそトリオン体の身体能力でズババッと通学路を駆け抜けたいものですが、C級隊員の基地施設外でのトリガー使用は隊務規定違反。厳罰に処されてしまいます。

 

「然らば……」

 

 私はどうせバサバサの黒髪に櫛を入れることを諦め、ブレザータイプの制服に袖を通し、愛用の厚手の黒タイツを着用します。吸湿発熱繊維仕様の上等なヤツです。I LOVE 黒タイツ。ニーソ? レギンス? スパッツ? 馬鹿を言うな、冬場のスカートの下がどれほどスースーするかを知らぬのか。そんな輩は毛糸のパンツでも穿いておれ。黒タイツに勝る穿き物はナシ。それがわからぬ者は、地に這い蹲って私の黒タイツのデニール数でも測っておるが良いわ!

 ……話が逸れました。兎にも角にも、一般的な女子中学生の登校スタイルを形作った私は、最後の仕上げに食パンを一枚、口に咥えます。これで「遅刻遅刻ぅ~!」と十字路に突っ込みイケメン転校生と正面衝突すれば新たな恋の予感なのですが、あまりに遅刻がダイナミック過ぎるためにそんなことにもならず。私が無事に食パンを食べ終わる頃には、学校の正門前に到着してしまいました。

 いやしかし、学校の方が無事ではなかったのですが。

 

《ウゥゥゥゥ――――――――――――――――ッッ!》

 

 耳を劈くサイレンの叫び。ポケットに突っ込んだボーダーの携帯端末が、激しく振動します。端末を開くと、そこには真っ赤な漢字四文字が。

 

「……緊急、警報……!?」

 

 ぜいぜいと肩で息をしながら正門に寄りかかる私の頭上で、黒い稲妻が迸りました。まるで世界を、空間を押し退けてこじ開けた様な、真っ黒い光球が上空に出現。

 〝(ゲート)〟です。

 四年前に一斉に、そして現在も散発的に開いては異世界の脅威を吐き出す、この世界と近界(ネイバーフット)とを繋ぐ漆黒の闇。現在では、ボーダー本部の誘導装置により、その発生個所は警戒区域内に限定され、市街地には被害が及ばないようになっているはずなのですが――

 

《緊急警報! 緊急警報! (ゲート)が市街地に発生します。市民の皆様は、直ちに避難してください。繰り返します……》

 

 ――ついに開き切った(ゲート)から、三体のトリオン兵が這い出してきました。

 頑丈そうな甲殻に覆われた、自動車ほどの体躯。四本の脚は昆虫のものに似た形をしており、その先端には見るからに切れそうな湾曲したブレードが、鈍く光ります。

 三体のトリオン兵たちは、特徴的な口の中の目玉をぎょろりと動かして、視線だけで周囲を一舐め。そして、動き出しました。

 

「きゃああああああああっ!」

 

 女子生徒の悲鳴を皮切りに、恐怖と混乱は一気に広まります。思い思いの昼休みを過ごしていた生徒たちの日常が一瞬で非日常へとシフトし、状況も掴めないままに、誰も彼もが我先にと逃げ出します。そんな人間たちに興味はあるのかないのか、三体はそれぞれ違う方向へと走り出しました。校舎へと向かった一体は、そのまま校舎に突撃、建物の内部にかなり強引に侵入していきます。

 

「みんな急いで! 訓練通り地下室(シェルター)へ避難して! 早く!」

 

 こんなぐちゃぐちゃの状況でも、生徒たちを逃がそうと大声を張り上げる先生が一人。たしかあれは、三雲先輩のクラスの水沼先生だったはず。まだ若い女性だというのに、まったく教師の鏡です。子どもを守る大人の姿とは、かく在るべきよなあ、などと考える私。

 ええ、わかっています。こんな状況下で、いったい私は何をしているのだと。逃げるなり、ボーダーに通報するなり、できることがあるだろうと。しかしそう言われましても、今の私はそうやって、現実逃避をするしかないのです。

 

「え、あ、は、はろー……ま、まいねいむ、いず、ヤト・アカギ……」

 

 私の気の利いた自己紹介にも何の興味を示さずに前足の大鎌を振りかざす、一体のトリオン兵という現実から。

 

「でで、ですいす、あ、ぺーん……」

「やめろおぉぉっ!」

 

 聞き慣れた、しかしいつもとは違う声。全身が硬直して身じろぎひとつできなかった私とトリオン兵の間に、C級隊員の白いジャージ姿が割って入りました。

 

「み、くも……先輩っ!?」

「大丈夫か、ヤト!」

 

 連続的に振り下ろされるトリオン兵の左右のブレードを、三雲先輩は高く掲げたレイガストでガード。突然登場したヒーローに、私は驚きその場に棒立ちになってしまいます。

 

「さ、さすがヤトっ、だな! この、状況でっ! そんな、にっ! 落ち着いっ、てるなんてっ!」

 

 ブレードの一撃を受けるたび、三雲先輩の声が苦しそうに途切れます。頑丈なはずのレイガストの刀身も、ガリガリと削られているようです。それもそのはず、私達C級隊員が持たされているのは訓練用トリガー。訓練室の仮想現実ではない、本物のトリオン兵と満足に戦えるはずもありません。

 そして先輩、私のこの無表情は恐怖のあまり固まっているだけで。度胸とか根性とか落ち着きとか、そういうモノとは無縁なのですが。

 いやいや、それよりなにより。

 

「せ、先輩……トリガー、使って……!」

「違反は分かってる! でも、ボーダーが来るっ、までっ! 時間をっ、稼ぐはぁっ!?」

 

 ブレードの峰で横殴りにされ、三雲先輩が吹っ飛びます。先輩は正門の門柱に背中から叩き付けられ、門柱が砕けます。もし生身なら、きっと門柱ではなく背骨の方が砕けていたことでしょう。

 普段から数少ない話し相手としてお世話になっている後輩としては、今すぐ駆け寄って助けに行きたいところ。しかしながらビビリな私の両手足は、竦んでしまって動きやしません。硬く握った拳はぶるぶると小刻みに震え、目を逸らしたいはずなのに眼球ひとつ動かせない。

 怖い。

 だって私は、生身だから。

 

 訓練室の仮想現実(ヴァーチャルリアリティ)とは違って。殺されたら死ぬ(・・・・・・・)から。

 

 なぜかトリオン兵は三雲先輩には興味が無いようで、大口を開いて私を威嚇しています。大きく掲げられた両腕のブレードがギラリと日光を反射し、今にも振り下ろされそうな剣呑さを放ちます。

 どうにも、逃げられそうにはありません。防衛任務中の部隊が来るか、ボーダー本部から迎撃部隊が出るにしても、このブレードが振り下ろされるより早いということはないでしょう。三雲先輩はきっと、また私を助けようと飛び込んできてくれるのでしょうが……でも。だったら。私は一体何のために、訓練を積んできたのでしょう。

 それは、この日のためでしょう。隊務規定違反など、知ったことではありません。自分の身は。命は。自分自身の手で守る。それを超える正義などありますまい。

 

 私は、殺されて死ぬ(・・・・・・)なんて認めない。

 

 私は金縛りを振り切ってブレザーのポケットに手を突っ込みます。そこにあるのは、レイガストただ一つだけが装備された、訓練用トリガー。しかしまあ、私の手汗のひどいこと。自分で若干引くレベルです。その手汗ごと握り潰す勢いでトリガーを掴み、引っ張り出します。

 ガチガチと、歯の根も合わぬほどに震える自分自身を叱咤激励。我が愛用のトリガーをトリオン兵に突きつけ、静かに、けれども力を籠めて!

 

「トリガふっ、オン……」

 

 ……畜生、また噛んだ。

 

 

 




☆アナザーワールドトリガーを百倍楽しむ講座☆

《独自設定》
 二つ名「C級最下位の寝不足姫」

 赤城ヤトのあだ名。
 「C級最下位」の部分は、入隊初日の対近界民(ネイバー)戦闘訓練で、バムスターの撃破に4分59秒98かかるという、ボーダー史上最低(・・)のタイムでクリアしたことに由来する。ちなみに、クリアした者の中で最低のタイムなのであって、三雲修のようにクリアできなかったものもいることを考えると、入隊時の実力が本当にC級最下位だった訳ではないと思われる。また、定期の合同訓練でのヤトの成績は、攻撃手(アタッカー)組の中では中の上程度で安定している。
 「寝不足姫」の部分は、その戦闘訓練終了後に、気遣いから声をかけたA級隊員の木虎藍に対して、凶悪な目付きで睨み付けながら「寝不足だから」と言ってのけたことに由来する。ボーダーの広告塔という役柄上、木虎藍のファンは多く、赤城ヤトはこの一言でボーダー内の木虎ファン全体を敵に回したと言っていい。当初は陰口のように「寝不足女」や「寝不足チビ」などと言われていたようだが、合同訓練への意外と真面目な取り組みが評価されたり、やっぱり眼つきが凶悪すぎて陰口を言う方がビビったりといった理由から、「姫」の一字が付いたという経緯がある。


 次回 アナザーワールドトリガー
 第四話「三雲 修②」に――トリガー、起動(オン)




 ついに登場した原作主人公。きっとメガネ君はコミュ障にも優しいはず。そして万年C級仲間のよしみで、名前で呼び捨てにもしているはず。
 拙作はこのあたりから、原作と同じ時間軸に突入します。世界線は微妙にずれていますが。基地施設外でトリガーを使ってしまったメガネ君と寝不足チビは、まとめて木虎さまに怒られてしまうのか!? ヤトには寧ろご褒美かもしれませんが。
 次回も読んでいただければ幸いです。感想・批評もお待ちしております。

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