ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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09 そして変りもない日常が

 かれこれどの位銃撃戦を繰り広げているのだろうか。

 ンジャムジの店に入り込んでくるテロリストは勢いを緩める傾向が未だに見えなかった。

 テロリストが撃つ銃弾がカウンターの表板を抉るが、陰に隠れている三人に弾が届くことは無い。ンジャムジは何度も襲撃を受けた経験からカウンターを防弾壁にし、カモフラージュとして板を貼っている。表板が抉れた跡には金属部分が露出していた。そして防弾壁にはいくつもの弾痕が残されている。

 

「少しは休ませろ」

 

 ジャックは愚痴を吐くと愛銃をリロードするついでにンジャムジが作ってくれたトルコ・コーヒーを飲む。冷めかけてしまっているがその独特の良い香りはまだ残っており、甘さも十分舌に伝わってくる。

 

「休んでいる暇はあまりありませんよ、ジャック様」

 

 クロエはそう言うとジャックの弾を予備も含めて実体化し渡す。

 ついでにクロエもコーヒーを口にした。最初飲んでみた時にはその独特の感覚に戸惑ってしまったが、慣れ始めてみるとこの味の虜になってしまいそうだった。

 しかし二人とも呑気にコーヒーを味わっている暇は無い。ジャックはリロードを終えるとすぐさまお出迎えを続ける。クロエも一口飲むもサブマシンガンでなだれ込んで来るテロリストを出迎える。

 店の中は最早地獄絵図だ。床には撃たれ倒れているテロリストと飛び散っている紅い液体、血液と欠損した身体の一部や内臓までもが積み上がっており、それがテロリストたちの侵攻速度を落とす原因となり、ジャックたちにとってはそのおかげで迎撃しやすくなっていた。

 たった三人でここまでテロリストを殺しているが、普通の人間であれば今頃押し込まれていただろう。

 

「相変わらずお情けがあるな、ンジャムジ」

「お前も昔と変わらんが、そこのお嬢さんが一番ヤバいな」

 

 銃撃戦の最中ジャックは突撃銃のトリガーを引き続けているンジャムジにそう言うと、ンジャムジはサブマシンガンを撃ち続けているクロエの方に視線を向けながらそう答える。

 迎撃の仕方は三者三様。まさに三人の撃ち方はそれぞれ違ったものだった。

 ンジャムジはジャックに指摘された通り、テロリストたちを撃ち抜いてはいるがそのどれもが致命弾には至らずあくまでも行動不能になるようにしていた。

 それに比べてジャックとクロエは容赦が無い。

 ジャックは敵の頭部をブチ抜き、クロエは機械の如き精密さでテロリストたちの急所を撃ち抜いていた。

 二人は一発で確実に一人を仕留めていることからンジャムジと比べて弾の消費を格段に抑えていた。

 

「しかし、一向に減る気配がしませんね」

 

 クロエがそう呟くのも無理はない。

 三人が隠れているカウンター裏の床には、その光景を見ただけで長期戦になっていることが分かるほど空になったマガジンケースや薬莢で一杯になっていた。

 それ以上に店の入り口付近には死傷を負ったテロリストたちの山が築かれている。だというのに未だにその勢いが減る気配がしないのだ。

 

「ただのテロリストと言うわけではない。裏で誰かから支援を受けているだろうな」

 

 この世界は女尊男卑による反体制組織など掃いて捨てるほど存在していることをジャックは知っているが、どれも烏合の衆にすぎないものばかりで政府によってある程度鎮圧されるとたちまち崩壊する位のものだ。

 それにどの組織も所詮は民間人の集い、武器が多く流通する世界ではあるが政府を打倒するにはあまりにも力が弱い筈だった。

 しかし今目の前に居るテロリストたちはとてもじゃないが民間組織が揃えられない武装を全員が施しており、先ほどからやられっぱなしではあるが銃の扱いもずぶの素人と比べれば明らかに訓練を受けている形跡が見える。ジャックはあまりものしぶとさと敵の総数、武装を考慮した結果そう導きだした。

 

「それは俺も同感だ。しかし、今日はやたらとしつこいな」

 

 ンジャムジもテロリストたちの様子から何らかしらの支援を受けているのではないかと予想しているらしいが、ここまでしぶとく襲撃してくるとは考えてもいなかったらしい。

 

「心当たりはないのか?」

 

 ジャックはンジャムジにここまでしつこい原因を知っているか聞いた。

 

「何度も迎撃しているからな。敵さんも痺れを切らして俺を殺そうとしてんじゃないのか?」

 

 クソッ、とンジャムジは弾切れになったマガジンを外しながらそう応える。しかしリロードしようとカウンター裏の棚に手を伸ばすとマガジンが残り一つにまで減ってしまっていた。

 

「弾切れ寸前だ。ここを、放棄する」

 

 迎撃しているジャックとクロエにンジャムジはそう告げると、カウンター下のタイルを銃床で思い切り叩きつけた。鈍くタイルが割れる音が銃声によって掻き消され、テロリストたちはンジャムジの行動に気付くことは無かった。

 ンジャムジは割れたタイルを持ち上げ退けると、その下に隠されていたマンホールの蓋を開けた。

 

「こっち、だ」

 

 クロエにも分かるように片言の英語で二人に言い、手招きしマンホールの穴に入るように伝える。

 先にクロエが入ることにし、ンジャムジにサブマシンガンを渡し代わりにンジャムジから懐中電灯を受け取るとスイッチを点け梯子伝いに穴の中へと入って行った。

 

「ジャック、先に行け!」

「すまないな!」

 

 ジャックは残弾数分だけ全て発砲してからマンホールの穴に潜りこむ。その間にンジャムジはサブマシンガンで援護しながら自分が下りる機会を窺った。

 ジャックが完全に下りたのを確認するとカウンター裏に残されていたスタングレネードの安全装置を全て外し、まだ雪崩れ込んで来るテロリストたちに向かって投げた。

 

「閉店だ。さっさと帰りやがれ!」

 

 ンジャムジはそう罵声を浴びせるとスタングレネードが爆発する前に穴に入り、素早くマンホールの蓋を閉めた。

 スタングレネードの凄まじい炸裂音と閃光が店内に広がる。対策も無しに襲撃してきた者達は視覚か聴覚、またはそのどちらも一時的に失い、中には気絶する者も居た。

 しかし迎撃が無くなったことを好機ととらえたテロリストたちは一気にカウンター裏に迫る。

 しかしそこは居る筈の同志の仇がおらず、もぬけの殻になっていた。

 

 あの一瞬で何処に?

 その思考が店内に残っていたテロリストたちの最後の意識となってしまった。

 

 

 

 

 外に居た者達は驚いただろう。

 突然、今迄散々同志を殺してきた喫茶店が丸ごと爆発し吹き飛んだのだから。

 それも半端な爆発ではない。店が跡形もなく、文字通り“木端微塵”に爆発したのだ。

 あの様子ではあの粘り強いマスターと、店に入って行った同志は勿論、その付近に居た者達までもがその爆風にあおられ無事では済まなかった。

 周りに居る無事なテロリストたちは吹き飛ばされ火傷で苦しんでいる同志を助ける為に一時的に攻撃を止める。

 しかしそれによって彼らが気付かずにやって来ていた、鎮圧を目的とした軍隊にとって絶好の攻撃のチャンスになってしまった。

 

 

 

 

「随分と派手に吹き飛ばしたな」

 

 下水道に降りたジャックは、爆発の振動がかなり深い筈の此処にまで響き渡ったことから起爆スイッチを押したンジャムジにそう言った。

 

「俺だって堪忍袋の緒が切れることはある」

 

 ンジャムジはそう言いながら起爆スイッチのケーブルを引き抜きグリップ部分に纏めると下水道へと投げ捨てた。投げ捨てた起爆スイッチは汚れきった水の流れにポチャンといい音を立てながら沈み、流されていった。

 今三人がいるこの下水道は非常に暗かった。誘導灯は一応足元に設置されてはいるがその殆どが中の蛍光灯が切れており、明かりがついている部分も弱々しい光だったため持ってきた懐中電灯だけが頼りとなっている。

 しかも下水が流れているため衛生環境は悪いどころではない。懐中電灯で照らした先にネズミが集まっていることなど当然といった状態だ。

 酷い環境であるがジャックとンジャムジは慣れているため顔色一つ変えずに会話が出来ているがクロエはそうはいかない。この空間に漂う悪臭に耐えられないのか厚めのハンカチで口と鼻を押さえ、外気を直接呼吸しないようにマスク代わりにしていた。

 

「お嬢さん、我慢、してくれ」

 

 ンジャムジはそう言いクロエから懐中電灯を預かると二人を連れて下水道を歩き始めた。

 

「どのくらい歩くのですか?」

 

 ハンカチのせいですこしこもった声でンジャムジに問うと

 

「すまない、だいぶ、歩く」

 

 とクロエにとっては嬉しくない返事が返ってきたのだった。

 

「この先に何があるというのだ?」

 

 道の先にいるネズミたちを追い払いながら歩き続けるンジャムジにたいしてジャックは疑問をそのまま投げる。

 

「まぁ、見れば分かる」

 

 ンジャムジがそう言うとその場で止まり懐中電灯を後ろに居るジャックに渡した。

 ンジャムジが指さした壁を照らすように指示されたのでその通りにする。それだけでジャックはあることを理解した。

 ンジャムジが指さした壁だが、それまで見てきた壁と異なり色がまだ鮮やかだった。つまりその部分だけ新しく塗りなおしたことを意味していた。

 そしてジャックの予想通りンジャムジは小型のバールを取り出し照らしている壁を叩き始めた。

 

「クロエ、何か道具は無いか?」

 

 ジャックはクロエの拡張領域にンジャムジの手伝いが出来そうな道具が無いかどうか尋ねる。

 クロエは少しばかり領域を検索してみると先ほど使った銃のマガジンぐらいしかないとのことだった。

 それだったら下手に手伝うよりは待っている方がマシかとジャックは判断し、ンジャムジの作業が終わるのを待った。

 少ししてバールで叩き続けた壁に穴が開くとそれまでの堅さが嘘の様に壊れ始め、通路を隠すという使命を終えた。

 ンジャムジはジャックから懐中電灯を返してもらうとその狭い隠し通路へと入って行く。クロエとジャックは顔を合わせると先にジャックが隠し通路へと進むことにした。その狭さは体格の大きいジャックにとっては辛いことこの上無かった。

 

「ンジャムジ、まだか?」

 

 先程のクロエと似たような質問を今度はジャックがする羽目になった。

 

「いや、まだ先だ」

 

 そしてその答えも先程と同じであり、ジャックにとってうれしくない答えであった。

 

 

 

 

 そして一向は更に奥へ進み続けると漸く一つの大きな空間が目に入った。

 ジャックは狭い通路から出るとずっと縮こまった姿勢だったので身体を大きく伸ばした。

 そして目を開けるとそこには巨大なモノが横たわっていることに気が付く。

「まさか……」

 ジャックがそう呟くとンジャムジはブレーカーを操作し非常灯しか明かりがなかった空間に大きな光を灯した。そして横たわっているものの正体がはっきりと目に入る。

 

「……これは、AC!?」

 

 そう言ったのはジャックの隣に居たクロエだった。そしてその呟きは当たっている。

 より正確に言うのであればンジャムジが使用していた『病の風』を意味する機体名、ウコンゴ・ワ・ペポが仰向けにされていた。

 

「お前もこいつと一緒にこっちに来たのか?」

 

 ブレーカーを入れこちらに歩いてくるンジャムジにジャックはそう言う。

 

「と言うと、お前もフォックスアイと?」

「ああ……それにしても、すごい所に転移したものだな」

 

 ジャックがそう言うとンジャムジは思わず苦笑してしまう。

 

「全くだ。殺されたと思ったらこんなへんてこりんで暗い空間に現れたからな。誰も居ない場所だったのが不幸中の幸いだったな」

「そうか。俺は研究所の廃棄物格納庫に飛ばされたぞ」

 

 ジャックも苦笑しながらそう言うとンジャムジは不思議そうな表情になる。

 もし研究所に移転したのであれば例え辺境のこの地であってもACとジャックの存在は知れ渡る筈だ。しかし全く音沙汰もなく、偶然再会した。

 

「何処の研究所に飛ばされたんだ? 全く音沙汰もなかったが」

「無くて当たり前だろうな。何と言ってもあの篠ノ之束の研究所だからな」

 

 ジャックがそう答えるとンジャムジの顔が引き攣る。

 この世界の情勢を調べた際に先ずISの存在を知り、そして開発者である篠ノ之束の名前を知った。そして彼女が人格破綻者であるという風に記載されおり、困った天才も居たものだと思うと同時にたった一人で世界のパワーバランスを変えてしまった天災であることを恐れた。そんな科学者の所にジャックが転移し無事でいられたことに驚く。

 

「よく無事でいられたな」

「ACの情報を、涎を垂らすほど欲しがっていたからな。それを餌に何とか交渉して身の安全を確保したわけだ」

 

 ジャックが無事でいられた理由を聞きンジャムジは納得すると同時に、彼の苦労に同情し苦笑いをした。

 

「交渉術ならお前に勝る人間などあまり居ないからな」

「あの時ほど陰謀家として生きていてよかったと思ったことは無い」

 

 そんなスワヒリ語による会話から弾き出されたクロエはウコンゴ・ワ・ペポを観察していた。

 彼女にとってACはフォックスアイしか知らない為全てのパーツがフォックスアイとは違うウコンゴ・ワ・ペポに興味を抱かずにはいられなかった。

 

(……あれ?)

 

 クロエは腕部を見渡しているとその先に付いているはずの手の部分が無いことに首を傾げる。

 クロエが実際に見たロボット等には必ずマニピュレーターがあるはずだ。だのにウコンゴ・ワ・ペポにはそれが無い。最初は転移した際に壊れたのではとも考えたがそれらしい形跡は無く、むしろ最初から無いようだった。

 

「手が無い事に疑問を抱いているのか?」

 

 ウコンゴ・ワ・ペポを観察し首を傾げていたクロエにジャックは声を掛ける。クロエは自分の疑問を言い当てられ首を縦に振った。

 

「このACは腕そのものが武器だ。正確に言うのであればマシンガンだ」

 

 そう言われてクロエは再びACに目を戻す。しかし腕自体が武器になっていては汎用性が無くなってしまうのではないかと考える。

 

「ISと違ってACはパーツごとに組み換えが可能だ。それこそがACの汎用性、武器型腕部というものが存在する理由だ」

 

 ジャックの言葉にクロエは少し驚く。束から話を聞いていないだけなのだが、ACが組み換え可能な人型兵器であるとは思ってもいなかったからだ。

 

「ACの話は研究所に戻ったらしてやる……ンジャムジ」

 

 ジャックはンジャムジに一声掛けると懐に手を伸ばした。

 

「迷惑代だと思って受け取ってくれ。店を吹き飛ばす羽目になったな」

 

 ジャックはそう言うと懐から取り出したかなりの額のドル札束をンジャムジに投げ渡す。ンジャムジは投げ渡されたドル札の束を上手く受け取り、困った表情を浮かべた。

 

「こんなもの、別にいらないのだが」

「貰っておいてくれ。そうしなければ私自身が許せない」

 

 ジャックに強く言われたンジャムジは、仕方なく渡された札束を貰うことにした。

 

「そう言われてもこっちも迷惑をかけてしまったな。何かお詫びの物を渡したい」

 

 ンジャムジとしては銃撃戦に巻き込んでしまった件があり、自分だけが迷惑代を貰う訳にはいかないと思いジャックが欲しがっている物をお詫びの品物として渡したいと思った。

 

「それならば、食材か何かを分けてもらえないか?」

 

 ジャックは冗談でもなく真剣な表情でそう伝える。と言うのも、束に言われていた食材集めが思ったより進んでいなかったことが大きい。

 ンジャムジは、最初は冗談かと思ったがジャックの表情を見て本当に食糧が無いことに困っていると勝手に解釈し、秘密倉庫に蓄えておいた食糧を分け与えることにする。

 

「これでいいか?」

 

 ンジャムジがある程度ジャックに保存食料を渡す。それらと今確保している分を合計すれば研究所に蓄えるには十分な量になる。

 それらをクロエに保管させるとジャックは再び懐に手を伸ばし、札束と、それとは別にクシャクシャになった白紙を取り出した。ジャックはペンを取り出すと白紙に複雑な文字の羅列を書き込んでいく。

 少々長い文字の羅列を書き終えるとそれと札束をンジャムジに渡した。

 

「これは食糧代だ。これも貰ってくれ。それとこれは、フォックスアイのメールアドレスだ」

 

 ジャックが白紙に書き込んだのは、愛機フォックスアイのメールアドレスだった。

 少し話は変わるがA・V戦争の時代ではレイヴンズアークが消滅してしまい、レイヴンのメール機能がほぼ麻痺していた。そこで企業はACのメインコンピュータ―にメール機能を持たせ、この機能によってレイヴンに対して直接メールを送ることを可能にしていた。

 ジャックはこの世界に移転して暫くした後に、このメール機能を改良し使えるようにした。携帯端末の様に電波塔を必要としないメール機能。どういった原理なのかという説明は省略させていただく。

 

「また店を開いたりする場合今日の我々の様にレイヴンと遭遇するかもしれない。もし他のレイヴンと出会ったらメールで伝えてくれ」

「わかった。俺の身の周り程度だが協力させてもらうよ」

 

 ジャックは基本的に束の研究所に閉じこもりっぱなしだ。そのせいで外の世界の情報にあまりにも乏しすぎる。そこでジャックはンジャムジにメールアドレスを教え、自分たち以外のレイヴンがこの世界に転移しているかどうか、ンジャムジに調べさせる気であった。

 ジャックとクロエはもうこのアフリカ大陸にやり残している事が無くなり、研究所に帰ることにした。

 ンジャムジは今居るこの秘密格納庫からまた別の出口へ通ずるルートを教え、ジャックと再会を誓い二人を見送った。因みにだがその道はジャックには狭く少々辛い物であった。

 

 

 

 

「ふーん。つまりジャックくん以外のレイヴンがこの世界にやって来ている可能性がある、で間違いないね?」

 

 アフリカ大陸から帰還したジャックとクロエは、束が待ちくたびれ二人が帰ってくるまでずっと保存食で済ませていたという愚痴をさんざん聞かされ、疲れている二人の事など全く気にせずに束はジャックの手料理が食べたいと催促をした。

 流石にジャックも休ませてほしいと思ったのだが、これで断ればまた愚痴を耳にタコができる程きかされるだろうと思い観念し、アフリカ大陸で手に入れた食材で夕食を作ることにした。

 そして今三人は食卓に着きジャックが作ったケバブサンドを舌に包みながら、アフリカ大陸であったことを束に報告している。

 ついでにだがジャックはケバブサンドを作ったことは無かったらしく、一度食べた物を上手く再現しようと苦労した。結果出来たケバブサンドは上手く焦げ目がついたスパイシーなチキンとビーフ、それを野菜と一緒にピタで綺麗に包んでおり、見た目だけではなく味も非常に美味しく出来上がっていた。

 

「ああ。しかもACとセットでだ。あいつも私もACと一緒にこの世界に転移したのだからな」

 

 そう言われた束は複雑な表情を浮かべる。

 ACの性能はジャックのフォックスアイのデータを調べているため嫌と言う程思い知らされた。端から戦闘目的で生み出され、ISを凌駕する人型兵器。そんなものがこの世界にバンバンやってこられては束としては全然面白くなかった。

 ジャックのフォックスアイだけならばまだ世界に大きな影響を与えることは無いだろう。ジャックに首輪を付け自分の手から離さず、尚且つ手を噛まれないように管理すれば、ACを長いスパンで解析、研究が出来て面白いのだから。

 しかし多数やって来られては自分の手中に収めることが出来ない。しかもISを倒せることがばれてしまっては、世界はISからACに目が移り、価値が下がった自分は好き勝手に行動出来なくなるだろう。まだそれならばいい。だが妹である箒や、親友の千冬にその弟の一夏に何らかしらの事が起きるかもしれない。

 束はそう考えると不機嫌にならざるを得なくなり、しかしジャックに八つ当たりするのは場違いだと思いケバブサンドにがぶり付いた。

 食べれば食べるほど保存食が悲しくなるほどスパイシーで美味しいケバブだ。お土産のお酒も独特の風味がありこれも美味しい。おかげで少し落ち着くことが出来た。

 

「ですが、ACだけあっても予備パーツや弾薬が無ければ稼働率は大幅に下がりませんか?」

 

 クロエが最もな意見を言うが、ジャックも束も安心できない表情だ。

 

「くーちゃん。この世界だって侮れないバカが大勢いるんだよ。そいつらがACのパーツを生産したりなんかしたら、手が付けられなくなるんだよ」

 

 例えばくーちゃんを生み出した組織とか、と束は例えを出してケバブにがぶり付く。

 

「それでは、いったいどうすれば……」

「一応、芽が出る前に種を除去していくしかないね」

 

 クロエの呟きに対して束は今現在考えつく対処方法を口にする。

 簡単に言うがまだこの世界では天災扱い。施設にハッキングを仕掛け地図から消すことも、研究成果を白紙に戻すことも朝飯前だ。

 クロエはそう呟いた束の目を見て、驚き飛び退く。その目は今迄の呑気でマイペースのそれとは違い、獲物を殺さんとする猛禽のそれだった。

 クロエは束の目を見て、余程ジャックの告白で知った現状が気に食わず、本気で対処する気であることを理解させられた。

 

「そうだな。発芽されては色々と面倒なことになる」

 

 ジャックも束の案に今回ばかりは同感だった。

 

(フォックスアイを再び使う機会、そう遠い未来ではないようだな)

 

 レイヴンとしての腕前は最盛期より衰えてしまったが、それでも自身の安全の確保の為に博士を守るため戦わなければならない、とジャックは考えンジャムジから譲り受けた酒を飲む。

 

 

 

 

「あー、美味しかった。中々の腕前ですなぁ、ジャックくんは!」

 

 先程までの真剣さは何処へ行った?

 クロエは夕食をたらふく食べ満足した束を見て呆れてしまう。だが束がそんな雰囲気を醸し出してくれるおかげで、クロエもジャックも少しはリラックスできた。

 ジャックはテーブルの上に置かれてある、役目を終えた食器を集めキッチンワゴンへ載せていく。

 

「あー、そうだ。ジャックくーん」

 

 酒を飲んだことにより酔っているのか、少しろれつが回っていない束は片づけをしているジャックに声を掛ける。ジャックが束の方に振り返ると、束はスカートの中から折り畳み式のチェス盤を取り出す。

 どこにそんな収納スペースがあるのか、と問うと面倒くさくなると思いジャックは何も言わなかった。

 一方クロエは束がスカートの中に手を伸ばしたことから、まさか、と思ったが、出てきた物がチェス盤であったことに安心し、卑猥な発想をしてしまったことを恥ずかしく思った。

 

「リベェンジ、マッチ!」

 

 嘗て初めてジャックと夕食を食べ、その後チェスでボコボコにされたことを、実は束はまだ根に持っていた。

 

「……ハンデを付けてやる」

 

 酔っぱらった状態で何故、とジャックは思うが、言い出した以上何を言っても無駄であることくらいは理解しているため、せめてハンデは付けておいてやろうと優しさを見せる。しかし束はそんなジャックの態度に反発した。

 

「ハンデなんていらないよぉ!」

 

 束はそう言いながら駒を並べ始める。

 

「どうなっても、知らないぞ?」

 

 ジャックは一応の警告をしてから、束との対局に臨んだ。

 

 

 

 

「チェックメイトだ」

 

 盤上には白のジャックの駒だけ残り、束の黒い駒は逃げ場を失ったキングを残して全滅していた。

 

「そんなぁ~」

 

 酔った状態の束は負けた悔しさから机にへばり付く。

 いくら束が天災と呼ばれる頭脳の持ち主であっても、常識的に考えて酔っている状態でまともな判断を下せるわけがない。それにジャックの方がチェスに遊びなれているし、嘗てバーテックスの総帥として指揮した経験を持っている。

 客観的に見れば結果はやる前から分かりきっていた。

 

(動きは前よりも上達している、か)

 

 しかしジャックは束の駒の動かし方が最初に対局した時よりも上達していることに、少し感心した。

 酔っている状態でこれだ。醒めていればもっとましな動かし方が出来ただろう、と予想する。

 

「くーちゃん助けてー。束さん負けちゃったよぉ」

 

 束は隣に座っていたクロエに泣きついた。クロエは束が酔っているとはいえ、抱きついてきたことに驚き、心臓がまるで好きな人に告白された時の様に一瞬飛び跳ねそうになる。

 

「あ、えっと、束、様」

 

 ぎこちない言葉使いになるクロエ。その様子を見て束は悪戯を思いついた悪ガキの様な笑顔を浮かべる。

 

「う~ん。どうしたの、くーちゃん? ママに抱きつかれて恥ずかしいの?」

 

 突然の事を口走る束。その声色は本当に、母親が腹を痛めて生んだ我が子を愛する時の様に、優しく包み込むようなものだった。その声色に、クロエは思わず、涙が出そうになった。

 冷たい鋼鉄の試験官から生まれた自分。親と呼べる存在はおらず、待っているのは過酷な訓練のみ。許された自由時間で読んだ本には、わが子を大切に愛す両親と、愛情を一杯に受けて立派に育つ子供の話が書かれてあった。

 クロエは憧れた。愛情をくれる親という存在を。

 束が冗談で言ったとは言え、包み込む様な優しい声色でそんな事を言われてしまっては、今迄欲しくても手に入れられなかった親という存在に触れられて、うれしくてたまらなくなり、涙が溢れそうになった。

 その様子を見た束は、当初はクロエの慌てふためく姿を想像したが、何となく気持ちを察したのかクロエの頭を優しく撫でた。

酔っているからなのかは分からない。束自身も何故こんな行動に出ているのか理解できていないから。

 

「くーちゃん……束さんがくーちゃんのママになってあげてもいいんだよ」

 

 そう言い束はクロエの顔を覗き込む。クロエも今の一言がトドメとなったのか、あふれ出る涙を抑えられなかった。

 

(餓えていたのだろう、愛情に)

 

 ジャックはクロエと束の様子を横目に片づけをしながら、クロエの心情を察する。兵器として生み出されたとはいえ所詮は10代の少女、子供であることには変わりない。子供は親からの愛情を欲するのは当然だ、と考えると、キッチンワゴンの一番下の段に置いてある古いフライパンを取り出し二人の方へ近づく。

 

「それに、パパもいりっ!?」

 

 待っていましたとばかりに振り下ろされるフライパン。ジャックが振り下ろしたフライパンは束の頭部にクリーンヒットし、良い響きを室内に残した。

 

「何するの、ジャックくん!? くーちゃんが見ている前なんだよ! こんな美人の妻になんで暴力を……」

 

 酔いがまだ残っていることを確認したジャックは、両手でフライパンの柄ではなく両端を掴むと―――

 

 

 

 

 一気に引き伸ばした(・・・・・・)

 

 

 

 

「……」

 

 その間もジャックは表情一つ変えなかった。さも当然と言った感じに鋼鉄の塊であるフライパンを飴の様に引き伸ばし、鉄板へと変えた。そして何も言わず表情も変えず、鉄板となったフライパンを床に落とすと、束に一歩近づく。束はすかさずクロエから離れジャックから距離を離す。

 

「OK、OK。言いたいことは分かるよ、ジャックくん」

 

 束の顔からは過剰とかではなく、本当に滝の様に汗が流れており、服全体を湿らせていた。あまりの恐怖から顔は引きつり、酔いは完全に醒めていた。ジャックと束は食卓を挟んで対峙する。

 暫くの間、静寂が場を支配したが―――

 

「貴様……」

 

 ジャックの静かな怒りが籠ったその言葉を合図に均衡が破られた。

 上手く出口が背中にあるように陣取っていた束は、ジャックが束から見て右側から出て此方に来るのを一瞬で判断すると、幸いにも右側に置きっぱなしになっていたキッチンワゴンで通路を塞ぐ。そして同時に出口へと走った。

 束の瞬発力の高さにクロエは驚かされたが、ジャックも負けてはいない。

 切り返して反対側から束に接近するのに時間が掛ると判断すると、勢いを殺さずに右腕をテーブルの上に乗せ、体を浮き上がらせテーブルを飛び越えた。キッチンワゴンに足をかすめることなく綺麗に着地すると、すかさず束を追いかける。

 

「反省しにちょっと宇宙まで行ってくる!」

 

 束はそう言い残し急いで部屋から出ていき、ジャックは何も言わずに怒りを込め束を追いかけた。

 先程まで温かい分陰気に包まれていた食卓は一瞬にして修羅場に代わり、クロエと食器を乗せたキッチンワゴンを残し誰も居なくなった。

 

「あの、片付け……」

 

 クロエの呟きだけが空しく響き、クロエは仕方なく食器洗いをしようと思いキッチンワゴンを厨房へと向けて押していく。

 

 その日のクロエの日記はこう締めくくられていた。

『こんな日が、毎日続きますように』と。

 

 

 しかしクロエの願いなど知らんとばかりに、世界は一瞬にして混乱に包まれた。

 日本の男性が、ISを起動させた、らしい。


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