ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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08 そして知らされる事実

 アフリカ大陸。そこは人類の源が誕生した大陸と言われている。

 赤道から南の果てまで伸びる形をするその大陸は、同じ大陸であっても地域ごとに全く異なる気候帯びているため一括りにし辛い。

 場所は北アフリカと呼ばれる地帯。そこの砂漠地帯に一台のジープが止まっている。周りには乗っていた一組の人達だけで他には人気が感じられない。砂漠といっても砂だけではなく巨大な岩がさらされている。

 一人の男は砂漠用マントを身に纏い、この暑さをものともしない涼しい顔をしながら、手に収められている小型の端末を操作している。一方の相方、同じく砂漠用マントを身に纏っている少女はこの暑さに慣れていないため応えているのか、若干辛そうな表情を浮かべている。しかしその辛さを顔に出さないと強がっていた。

 

「クロニクル。つらいのであればジープの中に戻っていろ」

 

 その男、ジャック・Oはクロエが暑さにまいっていることに既に気付いており、冷房の効いたジープの中に戻るように促した。

 そのジープというのは此処に滞在することになり現地の人と交渉し借りているモノだ。

 その交渉の際に、ジャックは現地の言葉を予め覚えていたためスムーズに会話を行うことが出来たが、クロエは現地の言語を学んでいなかったために完全にお荷物の状態であった。

 

「いえ、ジャック様のお手伝いを少しでも……」

「お前が倒れられては私が博士にあれこれ言われるのでな」

 

 クロエは何ともないと反論するが、ジャックは出かける前に束に言われた忠告、クロエに傷を一つもつけない、の事を思い出しクロエの反論を封殺しようとする。

 しかしそれでもクロエはジープの中に戻ろうとはしない。

 その様子を見たジャックは表情を変えずにクロエの方へ振り向き口を開いた。

「分かった。だが、倒れそうになったら必ずジープに戻れ」

 

そう言うとクロエは、少しはジャックに認められたと思い、ホッと嬉しい溜息を吐いた。

 二人は束からの食糧調達という依頼をほぼ終えているのだが、ジャックの個人的な思惑から尚もアフリカ大陸に残り、こうしてとある調査を行っている。

 ジャックの手に収められている小型の端末、それにはフォックスアイのメインコンピュータから“とある”データのコピーが記録されていた。そしてその端末をジャックの腕にある接続プラグと繋ぎ、彼の脳内レーダーで辺りに該当する物体が反応するかどうか試していた。

 

(ここにも反応は無い、か……)

 

 ジャックはレーダーに反応が無かったことに普通ならば嘆くのかもしれない。しかし調査している物が物のため嘆く様子はなく寧ろ安堵の表情を浮かべ、ホッとため息を吐いた。

 ジャックが調査している物。それは彼にとって、否、彼が元居た世界の全ての者たちにとって最大の心的外傷(トラウマ)インターネサイン(旧世代の遺物)だった。

 今ジャックがこうしてこの世界に居るということが、他の彼が元居た世界の物がこの世界にあるという可能性を示唆しているのではないかとジャックは予想しており、インターネサインがこの世界に無いとは言い切れない状態だ。だからこそインターネサインが存在した環境と酷似しているこのアフリカ大陸、北アフリカを徹底的に調査しているのだ。

 今の調査で存在すると予測していた地域全てを調査し終えたことで、この北アフリカにはインターネサインは存在しないという結論に導かれ、ジャックは一先ずの安心を得ることが出来た。だからと言ってジャックは完全に安心することははい。

 

(別の大陸に存在する可能性も十分あるな……)

 

 今回調査したのは今居る北アフリカのみ。いくら環境が酷似している地域を調査しただけでは確証を得るには至らないのだ。

 ひょっとすれば全く違うブラジルのアマゾンかもしれないし、大都市の地下に存在するのかもしれない。

 まだまだ確証を得られてはいないが、これ以上この暑い環境に居る必要も無くなったと分かるとジャックは端末にインターネサインは存在しなかったという情報を入力しクロエに声を掛けジープへと足を運んだ。

 

ここ(北アフリカ)には、そのインターネサインというモノは存在しなかったのですか?」

「ああ。だが完全に安心は出来ない。まだ別の大陸に存在するという可能性も捨てきれない」

 

 二人でジープに戻る最中、クロエとジャックはそういう問答を繰り返した。

 

 ジャックは束にインターネサインについて詳細な情報を伝えていなかった。それ故クロエも束を経由して『ジャックが存在することを許さない存在』と言う風にしかインターネサインを捉えていない。

 

(しかし、ジャック様がこれ程までに隈なく調査する必要を持たせるインターネサインとは一体……?)

 

 しかしクロエが尋ねてもジャックは口を割る様子を一切見せなかった。それを見たクロエはジャックが口にしたくない程の存在と解釈を改め、到着したジープのドアを開けエアコンの効いた車内へと入って行った。

 

 

 

 

 ジャックが運転をしている最中に助手席に座っているクロエはジャックに頼まれ今回の調査で得られた結果を纏めていた。

 ジャックとは少し異なるがISと生体同期化したクロエも端末と身体を接続し、ISの高速処理能力を生かして端末のデータを一つの資料に纏めていく。北アフリカ大陸の地図のデータを引き出し、そこに調査結果のデータを記していく。

 揺れるジープの中での作業。普通ならば酔ってしまう可能性が大きいが幸いISの機能によって防いでいるらしく、乗り物酔いに悩まされる事無く作業を行うことが出来た。

 思えば北アフリカの環境になかなか馴染めなかったとクロエは結果を纏めながら思う。ISと生体同期しているのだが身体の温度調整などは一切行われることは無かった。

 それはISの生体維持機能がちゃんと働いていないのか、それともただ単純に自分がこの環境に馴染めなかったのか。

 前者なら束に検査してもらえば構わない。しかし今現在自分が酔わずに作業出来ていることを考えると後者だと思われる。だとすればいかに自分の身体が鈍っているのかがよく分かった。

 

「これでこの地域に居る必要は無くなった。ホテルに戻って夕食を摂り次第研究所に戻るぞ」

 

 ジャックは町が視界に入ったのでクロエにこの後の予定を告げる。当のクロエは自省していたので突然声を掛けられ思わず驚き身体をビクッとさせてしまった。

 

「考え事でもしていたのか? すまなかったな」

「いえ、別に。こちらこそ申し訳ありません」

 

 この後クロエはジープが町に到着し停車するまでジャックに頼まれた作業を続けていた。

 

 

 

 

 ジープに乗った二人が滞在している町に着く頃にはクロエはジャックに頼まれていたデータの整理を終わらせていた。

 町といっても都市のようなものではなく、所々発展している片田舎ともいえる町だ。

 二人はこれ以上使う必要の無くなったジープを現地の人に返したのだが、その際にジャックは予め払っておいた金銭に加えて更に金銭を支払ったことに対してクロエはある疑問を抱いた。

 

「ジャック様。何故追加の謝礼金を払ったのですか?」

 

 クロエには先程のジャックの行動に対する疑問をそのままにする気は無く、ある程度貸出人から離れた所でジャックに聞いてみた。するとジャックは何故そんな事を聞くのかという疑問の表情を浮かべる。

 

「? ……ああ、クロエは何を言っているのか分からなかったのか」

 

 しかし直後にジャックはその原因を理解しクロエに手短に説明する。

 

「口止め料だ。我々がここに来たということと、ジープを貸したということに対してのな」

「しかし、そんなことをすれば逆に怪しまれませんか?」

 

 クロエの疑問は的を射ている。

 まだジャックもクロエも篠ノ之束との繋がりがあるとは世界に知らされてはいない。口止め料など払えば逆に怪しく思われてもおかしくはない。

 クロエがそう思っていると、ジャックは再び口を開いた。

 

「クロニクル、考えてみろ。こんな貧しい辺境の、しかも女尊男卑の影響で治安が著しく悪いこの町に滞在するような観光客がいるか?」

 

 クロエはジャックにそう言われるとおぼろげながらも納得の表情を浮かべる。

 ジャックの言うとおりこんな治安の悪い町に滞在しようとする一般人など居ない筈だ。居るとすればジャックたちのような物好きか、アウトローの類でしかない。

 更にこの町に滞在する者は現地人に対してこうした口止め料等を支払うという暗黙の了解があることを事前に調べておいた事もクロエに伝える。

 そう言った暗黙の了解を知らざる者達は皆禿鷹に啄まれる死肉の如く現地人に身ぐるみ剥ぎ取られてしまう事もジャックは知っていた。

 しかしクロエはまた一つの疑問が頭の中に浮かび上がる。

 

「いくら口止め料を支払っても、ひょっとしたら情報を言い渡したりしませんか?」

 

 クロエはこの町の治安の悪さから、先程の貸出人がそういったことをするのではないかと不安に思うが、ジャックは表情を崩さずそれに答える。

 

「その心配はいらん。あの男はそういう人間ではない。口止め料だけで済ませられる男だ」

 

 そのジャックの答え方には妙な自信が含まれていることにクロエは不思議に思わざるを得ない。

 

「何故そう言いきれるのですか?」

 

 純粋に思った事をクロエは口にする。何度目になる質問に対してもジャックは嫌な様子は見せずにクロエに対して答えた。

 

「伊達に欲望が渦巻く世界で生きてきた訳ではない。その者の喋り方や仕草、僅かな表情の変化で相手の性格を見抜く事など造作もない」

 

 ジャックの答えにクロエは呆然としてしまう。

 ジャックの答えが本当だとすればあのジープの貸出人とは数回しか会話をしていない筈だ。そのたった数回で相手の全てを見抜いたとジャックは言っているのだ。

 そんなことが本当に出来るものか、とクロエは否定したくなってしまうが束の下に付いているということを考慮すると彼の言う事は間違いではないと思った。

 

「まぁ……もしクロニクルの言うように我々の身を売り渡したのであれば、抹殺するまでだ」

 

 非常に陰湿で低い声。

 その見る者の心を凍らせるような暗い笑みを浮かべながらそう言うジャックを隣から見上げたクロエは、その恐ろしさから思わず背中から大量の冷や汗が流れだしてしまう。それに町の中とはいえ砂漠に近い環境、相変わらず暑いというのにまるで真冬の環境に置かれているのではないかと誤解する程、震え血の気が引いてしまう程彼女の体温が失せてしまった。

 クロエは束からジャックの正体についてそこまで知っている訳ではない。

 異世界でACという兵器を駆る傭兵だったという位にしか知らない。

 だが、この人の心を凍らせるようなオーラを醸し出すジャックを見るとただの傭兵だとは到底思うことは出来ない。

 もっと大きな存在だったのでは? とクロエは思わざるを得なかった。

 そう思いふけり、ふと気が付いた時にはジャックが自分から離れている位置を歩いているのを見てクロエはすぐさま彼の後を追いかけていった。

 

 

 

 

 二人が滞在に使った宿泊施設は決して豪華な物とも、立派な物とも言うことが出来ない寂れたホテルだった。しかしそれでも他の宿泊施設よりは部屋の設備はしっかりと機能しており、安全も確保出来ているホテルだったためここに宿泊することにしたのだ。

 二人が宿泊した部屋は狭いくベッドが固く薄暗いものの、シャワールームが取り付けられているため、この辺り一帯のホテルの中では少々高めの値段だった。

 ジャックにとってはベッドがあればとりあえず寝られるため問題なく、クロエにとっては培養液漬けにされるまでも鉄板だけのベッドで寝かされていたため、煎餅布団の様に固いベッドでも安心して寝られるためこちらも問題が無かった。

 二人はホテルの客室へ戻るとこの北アフリカ大陸から去る為に荷物を纏める。

 しかしその前に先程まで砂漠に居たため身体に付いた砂埃や汗を流すためにシャワーを浴びるが、勿論別々に浴びる。間違ってでも二人一緒にということはない。

 クロエがシャワーを浴びている間にジャックは頼んでおいた調査データの纏めに目を通しているが、その纏め方はジャックの期待以上のものだった。

 纏める際に不必要なデータは正確に弾き出し、必要なデータを他の項目と的確に結びつけ関連性を持たせている。おかげであまり苦労せずに今回の調査結果を整理することが出来た。

 

(処理能力も優秀な様だな。博士の助手にも最適か……)

 

 ジャックはクロエのこのレポートの完成度の高さから自分の助手だけではなく、束の助手としても十分にやっていけると内心で評価した。

 シャワー室から水が出る音が止まり、バスローブを見に纏ったクロエが出てくる。

 バスローブを身に纏っているがまだ身体が濡れているためかラインが分かりやすくなっており、ドライヤーが部屋に置きっぱなしにしてあったため、その銀色の長髪には水滴が滴りより一層美しく輝いていた。

 ジャックはそれを尻目に何も言わずに端末の操作を辞めて自身もシャワー室へと向かう。

 

(少しは反応してくださってもいいのに……)

 

 例え試験管から生み出されたと言ってもクロエとて女だ。

 自分の姿を見ても何も反応を示さないジャックを見て、女性としての自信を少なからず失ってしまう。

 彼女の名誉の為に付け加えておくとクロエの体つきは決して貧相なものではない。年齢相応の体つきだ。

 しかしそれは仕方のないことだろう。ジャックは束とクロエには話していないがバーテックスの総帥、その前は一時的ではあったがレイヴンズ・アークの主宰だった。

 そんな地位についていればハニートラップなど日常茶飯事だ。性欲をコントロールすることぐらいジャックにとっては朝飯前だ。

 だが、強化人間であっても生殖機能まで除外している訳ではない。

 その鋼の様な屈強な身体と底の見えない体力でハニートラップを何人も骨抜きにし、逆に情報を吐き出させてきた。そんな経験を幾度も体験してきたジャックにとってクロエは性欲の対象として見るにはあまりにも幼く、彼の倫理的に抱くこと自体に抵抗を覚えざるを得なかった。

 

 

 

 

 シャワーを浴び終えた2人は漸く荷物を纏める。と言っても旅行者ではない為衣服よりも調査用の器材が多く目立つ。

 それらをここに滞在する為に持ってきたケースの中へとしまっていく。

 衣服は勿論スーツケースに、調査用の器材は分解してから頑丈そうとは言い難いプラスチックのケースへと仕舞っていく。

 器材の分解と収納に少々時間が掛ってしまうが、何とか荷物の片付けが終了すると、

 

「では、よろしく頼む」

 

 ジャックがクロエにそう言うとクロエは荷物の取手を手に取る。するとその荷物がまるでそこに無かったかのように量子化されてしまった。

 クロエがISと生体同期化したことによる副産物がこのあらゆる物を量子化することが出来る能力だった。

 クロエに使用したISコアには元々かなり大きい量子化領域が備わっており、尚且つ通常のISとは異なり装甲や戦闘に必要な機能を持たせていないためインストールされていない物を量子化させ拡張領域にしまうことができる、隠密性や移動、輸送効率の面で見れば歩兵が持つとすれば最高のISとも言えるだろう。

 手に持つ必要の無い荷物を量子化させるとジャックとクロエはホテルをチェックアウトし、予定通り夕食を摂りに町へと向かった。

 この町に少し長い間滞在していたためホテル付近の飲食店は行きつくしていたため、まだ寄っていない店を2人は探す。

 

「ん?」

 

 ホテルから離れ、人通りの多い場所に他の飲食店とは少し雰囲気の異なった喫茶店がジャックの目に入る。

 その雰囲気というのは怪しい雰囲気と言うわけではなくどことなく都会にあるような雰囲気を醸し出していた。

 その店に興味を抱いたジャックはクロエにその喫茶店に立ち寄ることを告げ、2人して喫茶店のドアを開ける。

 喫茶店の中は他の飲食店と比べ中々充実した造りになっているが客が一人もおらず、居るのはカウンターの中で二人に背を向け作業をしているマスターだけであった。そのせいで喫茶店の中はどこか寂れたものに見えてしまう。

 だが入ってしまった以上このまま出ていくわけにはいかないと二人は決め、カウンター席に近づき椅子に腰を掛けた。

 

「……ジャック?」

 

 それは突然だった。

 カウンターに置かれてあるメニューを見ていると振り返ったマスターが突然ジャックの名を口にしたのだ。

 この店に来たのはこれが初めて。

 しかもジャックの名が世界に知られていることもあり得ない。マスターの男がジャックの名を口にするなどあり得ない事だ。

 思わず驚いたジャックはメニューから視線を外しマスターの男を見る。

 その瞬間、ジャックはこの世界が異世界であったこと以上に衝撃を受けたのか、目を見開き、だらしなく口を開け、息をすることさえも忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

「ンジャ……ムジ……?」

 

 言葉が詰まってしまうのは、しかたの無いことだろう。

 何故ならこの喫茶店のマスター、ジャックの目の前に居る男こそあの欲望蔓延る世界でジャックの唯一ともいえる親友、ンジャムジだったからだ。

 自分が何をしたか分かっているからこそ、ンジャムジの顔を見てジャックは様々な想いが頭の中で渦巻き言葉が一切出ない、動揺を隠しきれていない状態になってしまう。

 しかし当のンジャムジはそんなジャックの状態などいざ知らず、ジャック本人であることを確信すると驚いた表情が和らいだものへと変わっていく

 

「また会えたな、ジャック」

 

 ンジャムジはスワヒリ語でそう言った。

 ジャックは動揺からハッと目が覚めたかのようにンジャムジの顔を見る。そこには先ほどの言葉には皮肉や恨み等一切含まれていない、純粋に親友と再会できたことに対する喜びを表しているンジャムジの表情があった。

 

(なぜこいつはこうも……)

 

 ジャックにとってンジャムジの表情は普通なら出せないと思う。

 親友から理由もわからず裏切り者扱いされ間接的に殺されたのだ。自分が同じ立場なら死んでも死にきれない、それこそ恨まずにはいられないだろう。

 しかしンジャムジはジャックの予想に反してこのような対応を取った。この愚直さがンジャムジ本人であることを証明していた。

 

「ああ。また会えたな、ンジャムジ」

 

 ジャックもンジャムジに合わせてスワヒリ語でそう答えた。

 その二人のやり取りを隣で見ているクロエはスワヒリ語を習得していない為二人が何を話しているのか全く分からず、完全に蚊帳の外状態になっていた。

 ジャックの対応を見るとンジャムジは和らいだ表情を引き締め真剣な顔つきへと変える。

 

「ジャック、教えてくれ。何故アライアンスに対して蜂起したんだ?」

 

 ンジャムジの質問。それは何故ジャックがンジャムジを切り捨てたのか、ではなく何故アライアンスに対して蜂起したのかについてだった。

 思わぬ質問にジャックは肩透かしを食らった様な表情になるが、ンジャムジへあのA(アライアンス)V(バーテックス)戦争の経緯と結末について話そうとする。

 しかしジャックはまだ自分がバーテックスの総帥であった事をクロエや束に話すつもりはない事と、クロエがスワヒリ語を理解していない事を考慮しスワヒリ語でンジャムジに話し始めた。

 

 

 

 

 全ては旧世代の遺物、インターネサインを破壊し世界を救うためとはいえ、バーテックスが建前のためだけに設立した組織であったこと。

 ジャックが求めるインターネサインを破壊するのにふさわしい存在、ドミナントの力を試す為にンジャムジを生贄に捧げたこと。

 そして世界から完全な悪として扱われるも己の目的を達成し散って行ったこと。

 

「赦せとは言わん……」

 

 全てを語り終えたジャックは俯き、ンジャムジにそう告げた。

 ンジャムジは立ったままジャックの告白を聞き終えると背を向け何やら作業をし始める。

 

「お嬢さん。コーヒーの砂糖、どれ位が、いい?」

 

 ンジャムジは顔をクロエに向け、片言の英語でクロエにそう言う。

 

「えっ? あの……少し多めで」

 

 クロエがそう答えるとンジャムジは笑顔で頷き再び作業に戻った。

 その確認だけでジャックはンジャムジが何をしているのか直ぐに理解する。

 少し時間が経つとカウンターの向こう側からいい香りが漂う。それはジャックにとっては懐かしい香りだった。

 そして作業を終えたンジャムジがクロエとジャックにティーカップを渡す。その中には黒い液体と大きく盛り上がった茶色い泡、そしてカップから漂う独特の良い香り。

 ンジャムジがジャックによく作ってくれていたトルコ・コーヒーだった。

 

「どうして教えてくれなかった?」

 

 多少の怒りがあるのだろうか、ンジャムジの口調は少し荒くなっていた。

 返す言葉も無い。ジャックはそう思いながら熱いカップの中のコーヒーに視線を落とす。

 

「出来ることなら、教えて欲しかった」

 

 ンジャムジが心底そうであって欲しかったという希望の念を込めてそう言うと、ジャックは自分が予想している展開とは異なっていることに思わず顔を上げる。

 

「……恨みは無いのか?」

「くだらない理由で殺されたのであれば一発ぶん殴っていただろうな。だが、そんな理由があるなら殴らずに済むな」

 

 全く予想外のンジャムジの対応。

 目の前の男はジャックの犯した罪に全く恨みを持っていないと言っているようなものだ。お人好しもここまでくれば可笑しいと思ってもいいだろう。

 ジャックが言葉に詰まっているとンジャムジが続けて言った。

 

「今でも俺はお前のことを信じている。だからこそお前一人で何でもかんでも抱え込んで欲しくはなかった。俺にももっと協力させてくれたってよかっただろ?」

 

 あの時。

 バーテックスを設立する際に、ンジャムジに協力を求めた時と変わりない表情。あの時と全く同じ表情で心の表裏無くそう言うンジャムジにジャックはある種の恐怖を抱いてしまった。

 

「何故……お前はそこまで」

「『お人好しなのか』か?」

 

 ジャックが何を言おうとしているのか先読みしたンジャムジがジャックの言葉を遮りそう言う。ジャックも言いたかった事を言われただ頷く。

 するとンジャムジはカウンター越しにジャックの肩に手を置いた。

 

「俺たちは“親友”じゃないのか?」

 

 先程と同じ、見る者全てが清々しく感じる表情でンジャムジはジャックにそう告げ、ジャックはただ黙ってンジャムジから貰ったトルコ・コーヒーを口にする。

 初めて作って貰った時と変わらないジャック好みの甘さ。

 自分で再現しようと何度試しても成功せず、もう二度と味わう事が出来ないと思っていた昔と変わらない味。

 それがジャックの身体の芯から込み上げてくる熱いモノを抑えている箍を外すきっかけとなった。

 

「単純……馬、鹿……が……」

 

 話について来られていなかったクロエは思わずジャックの方を見る。

 ジャックの視線はぼやけ、あらゆるものが滲んで映る。

 そしてその眼からは溢れ出る涙を抑えられずテーブルに小さな水溜りを作り、嗚咽混じりで言葉を途切れ途切れ口にしていた。

 普段のジャックからは想像も出来ない姿。その光景を見たクロエは言葉を口にすることができなかった。

 

「良い友を……どうして、俺は……」

 

 もう二度と会うことの出来ないと思っていた親友。

 この世界に生き返ってから謀殺した後悔の念に押し潰されそうになった事もあった。

 しかしその親友は昔と変わらない自分を信じてくれている親友のままだった。

 

“救われた”

 

 今のジャックはただその事実を噛み締め、今迄堪えていた後悔の念を露わにする。

 ンジャムジもジャックの心情を理解しているのか何も言わずトントンと肩を叩いていた。

 

「ジャック様……」

 

 クロエは漸くと言うべきか、ジャックが己の心情を吐露している様子を見て、ジャックも人間であると思えた。

 同時に言葉は分からなくても二人がどのような関係であるのか察すると。ジャックが今どのような心境なのかが分かり思わずクロエももらい涙をしそうになってしまう。

 しかしそんな感動の再会は小さな銃声と悲鳴によって打ち砕かれた。

 

「なんだ……?」

 

 ジャックは涙を拭き取ると突然の出来事にンジャムジに対して冷静に聞いた。

 

「また来やがったか」

 

 ンジャムジは苛ついた声でそう呟くとカウンターの下に潜り込み何かを取り出す。それはこの世界で今尚も流通している銃、旧ソ連が開発した突撃銃、AK-47だった。

 

「女尊男卑の影響で誕生したテロリストだな。所構わず現れては“世界の浄化”と称して虐殺しまくる過激派集団だ」

 

ンジャムジはそう言いながらマガジンを取り出し銃に装填、安全装置を外しいつでも撃てるようにする。

 そしてジャックが事態をクロエに説明している途中でンジャムジは二人をカウンターの裏側に来るように手招きをした。

 

「成る程……クロニクル」

「はい」

 

 クロエは差し出されたジャックの手をとる。

 するとクロエの手が光りジャックが自決用としてフォックスアイのコックピットに置いておいた拳銃が実体化され。ジャックが受け取ったのを確認してからクロエも自身が使う用のサブマシンガンを実体化した。

 

「なっ!?」

 

 クロエの正体も能力も知らない者からすれば今の現象を見て驚かないわけがない。ンジャムジもその一人だった。

 

「彼女はISと生体同期化している身でな。ああいう機能があるのだ」

 

 ジャックは口が空いたままのンジャムジにそう説明しながら渡された拳銃を即座に点検し発砲可能にする。

 ジャックの持つ拳銃は自動拳銃ではなくリボルバー機構を採用した簡単な作りのモノだ。

 これはバーテックスが反体制組織であることと、特攻兵器の被害によって正規の部品が非常に手に入れにくいことから信頼性を重視した結果だった。

 しかし射程距離や初速、照準精度、威力の面からしてもこの世界のどの拳銃よりも性能面では優れており、更にレーザーサイトやフラッシュ、装弾数の増加、サプレッサー脱着が出来る等の改造が施されている。

 それは最早一目見てリボルバー銃だと判断するのが難しい外見に変貌していた。

 ジャックが点検を終わらせると店の外で爆発音まで響き始める。

 クロエは素早くカウンター裏に隠れ、ジャックは吞み残してあるコーヒーを零さないようにしながらカウンター裏へ移動した。

 

「ほう、中々品揃えは良さそうだな」

 

 カウンター裏は最早武器庫と化していた。

 カウンター裏に設置されている棚には今ンジャムジが手にしている突撃銃だけではなく他にも様々な銃火器があり、弾も籠城するには十分過ぎる程備えられていた。

 

「何度も襲撃をうけていればこれ位は備えるようになる」

 

 ンジャムジはジャックの呟きにそう答えると、いよいよ爆発音や銃声がこの店の間近まで迫ってきているのが分かるほど大きくなっていた。ジャックの脳内に埋め込まれているレーダーには敵対象が“点”ではなく“面”で表示される程多いことを表示していた。

 

「団体様の来客ですね」

 

 クロエは冗談混じりにそう呟くとンジャムジは、まさかこんな少女からそんなジョークが出てくるとは思ってもおらず吹き出してしまう。

 

「うち、予約、取っていない」

 

 ンジャムジは銃口を店の入り口の方に構えながら片言の英語でクロエの冗談に答える。

 その答えにジャックは軽く笑い、クロエも「そうですか」と笑みを浮かべながら一言答え銃を構えた。

 それは普段であればくだらないジョークで済ませられるが状況を考えれば戦場の会話とは思えない程軽い雰囲気の会話だった。

 しかし店のドアを何かで激しく叩きつける音がすると軽い雰囲気は掻き消され緊迫した雰囲気が漂い始める。

 そしてついにドアが破壊され武装化されたテロリストたちが店の中に決壊したダムの水の如く流れ込んでくる。

 

「いらっしゃいませ、クソ虫共が!!」

 

 ンジャムジがそう叫びながら“団体様”へ“挨拶”をすると、ジャックとクロエもすかさず入ってきた“お客様”に向かって“接客”を始めるのだった。


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