ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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今回は短め+いつもより面白くない内容になっていると思います。
長い間待たせてしまったのですが申し訳ありません。


07 そして2人の勘が

「さて、幾つか訊きたいことがかる」

 

 クロエを研究室から一時的に退室させたジャックは束と二人きりになるとそう言い、束に先程の空白の時間にこの研究室で何をしていたのかを問い詰める。

 しかしジャックの口調に怒りは含まれてはいない。例えるなら機械的に事実確認をするだけ、そんな雰囲気しか醸し出していなかった。

 束もてっきり怒っているのではと思っていたので、ジャックの態度が予想に反していて少し驚く。

 

「意外だね。怒らないなんて」

 

 束は思ったことを口に出す。

 ある意味自分が先程までしていたことはジャックが元々居た世界の人間と同じ事をしていたというのに。

 

「この程度で一々怒りを覚えていてはこちらの身がもたない」

 

 呆れたという風にジャックが言うと束も苦笑いを浮かべ頷いた。

 認めさせてやる。

 そう思って『白騎士事件』を起こし、気に食わないと思っただけで研究施設一つを壊滅させた、企業よりもたちの悪い女と同居するとなると、ジャックはいちいち考える事は無駄だと判断した。

 ジャックも束の言葉から何をしたのかは大体予想が出来る。しかしそれは予想でしかない。だからクロエ、先程まで培養液に満たされたカプセルの中に入っていた少女と今後共に生活するとなると彼女の詳細が欲しかった。

 因みにだがジャックが怒りを全く覚えていないとなれば嘘になる。小説の盛り上がり所で中断させられたことを少なからず根に持っている。

 

「訊かせてもらうが、彼女、クロニクルに何をした?」

 

 ジャックは雰囲気を一度整えてから改めて束に尋ねる。

 

「ほぇ? 訊きたいのはそっち?」

 

 束はジャックの質問が予想外のものだったため間の抜けた声を出してしまう。

 ジャックとしてはクロエのことなどあの研究施設から回収したのだから容易に予想が付く。しかし重要なのはそっちではない。

 ジャックが束に訊いたのは彼女、クロエが何者なのかではなく、クロエに対して何を施したのかだ。

 

「えーっと、くーちゃんに施した内容は……」

 

 束はそう言いながら空間投影パネルを操作し手術内容のカルテを検索する。そして見つけ出したカルテを紙に印刷しジャックに手渡すと、ジャックは素早く受け取り目を通した。

 カルテにはクロエから直接訊いたのか、どこから入手したのか彼女の履歴まで記されている。

 嘗てドイツ軍が極秘に進めていた遺伝子強化兵開発計画。クロエはその計画の初期段階に生み出されたシリーズの一人だったらしい。しかしこの遺伝子強化技術は当時全く新しい技術だったためそれらのノウハウを回収するため多くの被験体が生み出され“処分”されていった。

 クロエも幼児期こそ計画通りのスペックを持っていたが、成長するにつれて要求されていたスペックを満たせなくなり、更に一部の身体能力が弱まってしまったという理由で“処分”されることになった。

 しかし初期シリーズの中では比較的高い水準を持っていた彼女を“処分”するのはもったいないと判断した軍部は彼女を“眠り”に付かせ、遺伝子のサンプルとして培養液浸けにすることにした。そうして彼女は眠らされあのカプセルの中に閉じ込められ体の時間を止められてしまったらしい。

 そして時は経ち、クロエの細胞をベースとするより彼女よりも高いレベルの“妹”達が生み出されるとクロエは用済みとなり、今度こそ処分されそうになる。

 しかし丁度その時、北欧のとある組織がどこから情報を入手したのか遺伝子強化試験体を要求してきたのだ。

 ドイツ軍部は丁度処分する予定であったクロエをその組織に売却、そしてジャックが破壊したあの研究施設の残骸の中から回収され束の手によって蘇生させられたという経緯らしい。

 

(成程、この世界にも中々の者達が居るではないか)

 

 人命を完全に物や材料として扱う者達が居る事にジャックは少し裏の世界に親近感を覚えてしまう。

 履歴の項目を読み終え手術内容に目を通すとやはり予想通り束はクロエに対して一部だが強化人間技術を使用していた。しかしそれはほんの一部であり、他の項目は強化人間技術とはまた違う技術を使用した形跡が記されていた。

 

「困った顔をしているね、説明が欲しい?」

 

 カルテの解読に四苦八苦していたジャックに対して束はそう声を掛ける。ジャックはカルテから視線を外し束の方へと顔を上げるとニヤニヤとした表情を浮かべている束の姿があった。

 

「……いや、分からない所はこちらから訊くことにする」

 

 別に全てが分からないわけではない。それにいちいち全てを説明されていては時間の無駄になるとジャックは判断し、カルテを読み進めていく。視線の隅に不満そうに口先を尖らせている束が入ったがジャックは無視することにする。

 使用された強化人間技術はジャックに施されたような人間とは思えない身体にするものとは違い、弱っていた身体の部分を補強する為であった。これによって眠らされる前は補助道具が必要だったが、自らの二本の脚で再び歩けることが出来るようになったらしい。

 これだけで済めば人道的な使い方だっただろう。しかしカルテには続きが記されている。

 まず彼女の体内に存在していたナノマシンを抜きだし、全て束製の物へと入れ替えている。

 因みにこのナノマシンはどうやらジャックの治療をした際に使用したものを、ジャックが元居た世界の技術を模倣し改良を加えたもののようだ。ナノマシンを全て抜き出したならクロエはまだ普通の少女に戻れていたかもしれない。しかし束はそうはしなかった。

 

「……!?」

 

 ジャックはカルテを読み進めページを捲り新しい項目に目を通した時驚愕の表情を浮かべてしまう。何故ならそこには『ISコア生体同期化』と記されていたのだ。

 ジャックはカルテを読み進めていき詳細を確かめていく。

 

「中々やるものだな、博士」

 

 皮肉とも称賛ともとれる言葉をジャックは束に対して贈る。

 

「だって強化人間技術だけじゃくーちゃんを蘇えらせることは出来なかったんだもん」

 

 束は手術当初はISの生体同期化を行おうとは思ってはいなかった。

 しかし強化人間技術だけでは弱ったクロエの身体を治すことは出来ても生命力を維持することは出来なかった。そこで手を付けたのが予備に製造していた未登録(ノーエントリー)のISコア、まだ魂を吹き込んでいない“抜け殻”の未完成のコア。その瞬間束はこのISコアとクロエを生体同期化させることにした。

 世の中に出回っているISコア全てには深層に独自の意識が存在しているのだが、それは束の特殊な処置を施すことで初めて得ることが出来る。だからクロエに使用した物のように処置が施されていない物も存在していた。

 意識の無いISはコアネットワークや形態移行等の機能を有してはいないが、基本的な機能の殆どは有しているため兵器としての安定性ならばこちらの方が、世界中が喉から手が出る程欲する物である。

 しかし束はそんな理由で抜け殻のISコアを使用した訳ではない。

 束がそれを使用した理由は、もしも完成したISコアとの生体同期によってクロエとISコア、互いの意識がぶつかり合い情緒不安定になる可能性は少なからず存在する。しかし意識の無い未完成のISコアを使用することによってクロエの意識だけが存在し、ISコアの生体維持機能によってクロエの生命力を安定させられると目論んだのだ。

 結果としてクロエは無事に蘇生、今後も異常が起きないかどうか観察を続けていくという形になるとカルテにはそう締めくくられていた。

 

「生体同期型IS、そんなものが公に出されたらどうなるだろうか……」

 

 カルテを読み終えたジャックは皮肉混じりにそう呟きながらカルテを束に返した。

 束はその皮肉が気に入らなかったことから不満そうな表情を浮かべ、そのまま返されたカルテをくしゃくしゃと丸くし、机に備え付けられているダストシュートへ放り込む。どういう設計なのかはわからないが放り込んだ物を即焼却処分する仕組みらしく、ダストシュートの奥から紙が燃える音と赤い炎の光がジャックの目に入った。

 

「実際問題、生体同期したクロニクルはどのような性能なのだ?」

「その言い方はやめてよね。くーちゃんは人間なんだから」

 

 クロエのことを物扱いする様な言い方をしたジャックに束はキツい雰囲気を醸し出しながら忠告を示す。ジャックもその様子を見て軽く謝罪をした。

 

「ISコアをくーちゃんと生体同期化したから勿論ISの装甲を展開させることも出来るし、展開させていなくてもISの能力を使えるよ」

 

 束は口頭でジャックにそう簡単に説明する。

 ISの性能を発揮させるにはISを展開させなくてはいけない。

 それが今の世界の常識であり事実なのだが、生体同期化したクロエにはその必要が無い。それは端から見ればただの少女だがISの特殊な能力を使えるという高い隠密性を持っているということになる。そのような技術、各国が欲しがらない訳がなかった。

 そういうことを踏まえるとジャックの言うとおりクロエはISと言っても過言ではない。

 

「でも、くーちゃん自身のIS適性が低いし、戦闘能力も低いから生命維持装置としての役割が殆どだよ」

 

 つまり束はクロエの生命維持のためだけにISコアを一つ使用した。今の世界から見ればとてもじゃないが、勿体無いとしか言えない使い道だろう。

 束の説明に成る程、とジャックは思う。

 生体同期を施されたとは言えISの機能を発揮しきれないのであれば、単純に補助装置をつけている人間と殆ど変わりがない。だから束はクロエのことを人間扱いするのだろうとジャックは予想した。

 

「それにしても、あれ程強化人間技術を嫌っていたというのに、なぜ自ら使った?」

 

 ジャックはそのままもう一つの疑問を尋ねる。すると束は不思議という感情を露わにした。

 

「あれ? 束さんがその技術を嫌っていること、ジャックくんに話したっけ?」

 

 確かに束は強化人間技術を嫌っている。だがそのことをジャックに告げてはいない筈だ。何時ジャックがそのことを知ったのか疑問に思っていると

 

「博士は確か、手術の前にこう言ったな」

 

―――最初で最後の禁忌を犯す―――

 

 それが束から見た強化人間技術を表す言葉。強化人間を禁忌と言ったこと、今も強化人間技術についてあまり口にしないこと、クロエに対してその技術を使った事を咎められるのではと恐れを抱いていることからわかる。しかし

 

「加えて博士の態度を見ていればそんなことすぐに分かる」

 

 ジャックからしてみれば、束の態度から強化人間技術を嫌っている事など、これらの束の態度を見れば嫌っていることなど一目瞭然だ。と言うよりもジャックから見て束は自分の思っている事を素直に表情に出しているため、分からないと言う方が難しい話である。

 

「やっぱり、怒っている?」

「先ほども口にしたが、この程度で逐一怒りを覚えていればこちらの身が持たない。本当の狂人であれば強化人間技術を使った事に後悔など抱かず、むしろ喜んで成果を話すだろうな」

 

 それに、とジャックは言うと椅子に座っている束の方へと歩み寄る。

 

「そんな私達の様な狂人と比べれば博士などまだ優しい女性だ」

 

 そう言われた束は暫くの間情けなく口を開けてしまう。

 ジャックの口からまさか優しいと言われるとは思ってもみなかった。今日まで束は狂人や天災呼ばわりされることが多く、親友である千冬の口からも肯定的な言葉が出てくることなど殆どなかった。

 漸くジャックの言葉を頭の中に収めると束は苦笑いを浮かべた。

 

「褒めてくれているのかもしれないけど、ジャックくんの世界と比べられると、喜んでいいのか……」

 

 束はこの世界の基準ではなく、ジャックが元居た世界の、束から見ても狂人と言える者達と比べて“優しい”と言われた事に複雑な気持ちを抱いてしまう。

 束は一つ咳払いをすると、話を戻しジャックの質問に答える。

 

「先ずはカルテに書いてあったとおり、くーちゃんを蘇らせる際に肉体を補強する為、もう一つは実際に使用して念のために自分のものにするためだね」

 

 本に書いてあることをただ読んだだけでは自分の身体に覚えさせることは出来ない。だからこそ束は強化人間技術を一部だが実際に使うことで自分の身体に覚えさせた。

 

「念のためというのは、どういう意味だ?」

 

 ジャックは思ったことをそのまま束に告げる。

 

「う~ん……勘かな?」

「勘?」

 

 ジャックは思わず訊き返してしまった。

 

「ジャックくんがこの世界に転移してきたってことは、こういう技術を取り込んでおいた方がいいような気がするの。ほら、『備えあればうれしいな』って言うでしょ?」

「それを言うなら『備えあれば憂なし』だ」

 

 細かい間違いは置いておくとして束はジャックがあの時、倉庫にフォックスアイと共に現れた、からある種の予感を抱いていた。

 これは何かの始まりなのではないか、と。

 そしてジャックから彼が元居た世界に関する情報や技術を得ていくうちに、この強化人間技術を嫌でも身に着けておかなくてはならないということを先見し、嫌々クロエを実験体に技術を取り込むことにしたのだ。たった数日で人が変わったような成長を見せる束にやはりジャックはある種の恐れを抱く。

 しかしそれでもジャックにはまだ疑問が残されていた。クロエを助けた理由だ。

 実験体にする目的だけでクロエを回収したのであれば強化人間技術の全てを彼女に対して施すべきだろう。しかし束はあえてそうはせず一部の技術を使用するだけに留まり、生体同期型ISとして蘇生させても人間としてクロエを扱うのだ。ジャックには束の行動原理が未だに把握しきれずにいた。

 だが、ジャックは助けた理由など聞いたところで自身に対してメリットが無いと判断すると理由を尋ねることは止めた。

 そんな思考をジャックが描いていると盛大に腹の虫が研究室に響き渡った。それはジャックのものではない。目の前に居る束のものだった。

 

「お腹空いちゃったかな~」

 

 先程の感心を帳消しにする間抜けな態度。ジャックは大きな溜息を吐くと夜食の準備に取り掛かることにした。しかし今日はいつもとは違い新しく家族として加わったクロエの分も合わせて3人分作る必要があった。

 

(食糧は足りるのか……?)

 

 研究所の食糧難の足音が少しずつだが近づいている事にジャックは気付き始めていた。

 

 

 

 

 ジャックは研究室を出ると厨房より先にクロエの所へ向かう。脳内のレーダーでクロエが格納庫に居る事が判明するとジャックは格納庫へ足を進める。

 そして格納庫の扉を開けると、クロエが興味津々といった様子でフォックスアイを囲っている周辺機器に目を通していた。こちらの存在を認識していないようだった。

 

「興味があるのか?」

 

 ジャックがそう声を掛けるとクロエは余程夢中になっていたのかハッと顔を上げ漸くジャックが格納庫に入ってきたことに気が付く。

 

「申し訳ありません」

 

 勝手に周辺機器を見ていたことに対してクロエは頭を下げ謝罪する。

 

「別に咎めることはしない。理解できるか?」

 

 ジャックはあえて挑戦的にクロエにそう尋ねるとクロエは首を横に振った。

 

「いえ。束様から少しだけ話を聞かせてもらいましたが、私には理解できるものではありません」

 

 束がACの解析速度を上げていることから他の誰かでも直ぐに解析できるのではと疑問を抱いていたジャックは、やはりACはこの世界においてはオーバーテクノロジーであることを再認識する。

 

「そうか」

 

 そう言ってジャックはクロエに近づき彼女の瞳を覗きこむ。

 その瞳は人間のモノとは違う。クロエの虹彩は鮮やかな金色をしているが白目、強膜の部分が黒色なのだ。それだけで人とは違うということを嫌でも示している。

 

(それは私も同じことか)

 

 ジャックは自分の身の事を考えるとクロエの事を言えないと思い自嘲してしまう。

 

「夕食を作るのだが、食べられそうか?」

 

 手術間もないクロエにも何か食べさせる必要があるとジャックは考えるが、今の体の状況を考えると食べられるものに制約があるのではと思い一応確認を取る。

 

「今は固形の物はダメだそうです」

 

 クロエは手術を終え目覚めて自分の状況を束から知らされた際に、現状では固形の食べ物は食べられないということを伝えられていた。そのことを思い出しジャックに伝えると、ジャックは夕食のメニューをどうするかと悩む。

 

「分かった。お前の状態も考慮して作っておこう」

 

 ジャックはそう言って間食を片付ける為にティーカップの置かれてある机へと向かうと、ある異変に気が付く。机の上からあの小説が消えていたのだ。

 

「クロニクル、この机の上に本が置かれていなかったか?」

 

 ジャックは若干取り乱した様子でクロエに尋ねるが、クロエは見ていないということを伝え、首を横に振った。

 それなら束が犯人か、とジャックは予想するも考えてみれば先ほどまでずっとクロエを手術していたし、ジャックにクロエの様態を伝えていたことを思い出すと束が犯人ではないという結論にたどり着く。

 

(バカな……)

 

 この研究所でのささやかな楽しみでもあった小説を失った事にジャックは落胆を隠せずにはいられなかった。

 ジャックが先ほどとは打って変わって落ち込んだ様子でティーカップを片付け厨房へと向かうその姿は、束からジャックは殆ど表情を変えないと教えられていたため、その本を無くしたことがいかに悲しいことか想像できた。

 それはクロエに合わせて作った夕食、お粥を三人で食べている時も明らかに落ち込んでいることを隠そうともしないジャックを見た束も驚きそして想像できた。

 

 

 

 

 クロエが新しく加わってから数日後のこと。

 

「それじゃ、お願いするよ」

「分かっている。こちらもその依頼を受けなければ生命の危機にもなる」

 

 ジャックの予想通りクロエが加わったことで束の研究所の食糧の消費量が増えたことにより軽い食糧難が起き始めていた。そう言った事からジャックは束の依頼で食糧調達を命じられた。

 依頼を除けばジャックにとっては初めて見るこの世界の街。ジャック一人では問題が無いとは言い切れないので束はクロエを同行させることにした。そのことに対してジャックは特に異論を言うことは無く、束の提案を素直に受け止める。

 しかしクロエの瞳をそのままにして外出させるのは流石にマズイと言うことを伝えると、束はそう言うことを想定してクロエ用の特殊なコンタクトレンズを作っていた。そのコンタクトレンズをクロエの瞳に付けるとあの目立つ黒い強膜が普通の人間と変わらない白目に変わった。一体どんな技術が使われているのかジャックの興味を刺激するのには十分だった。

 これでクロエを連れて行く最初の弊害は取り除かれ、身分証明書も束が適当に作っていたため他の問題も解決されていた。

 

「しかし、『親戚』という関係はどうにか出来ないのか?」

 

 ジャックは唯一の不満を束に漏らす。

 偽造された証明書にはクロエとジャックは親戚、というより従兄妹という関係にされていたのだ。さすがにジャックはこの関係に驚かざるを得ない。

 確かにジャックの外見は強化人間技術により実年齢より若く、20代前半に見えるため、叔父と姪よりは説得力がある。

 しかし、これは束なりの対策でもあった。

 

「だって、他人なのにくーちゃん連れて歩くなんて、ジャックくんロリコン扱いされて豚小屋にぶち込まれるよ?」

 

 ジャックの失念、それはISの登場により極度の女尊男卑の社会となっているということ。

 クロエと他人という関係で出歩けば誘拐犯という理由で逮捕されても可笑しくはない話である。束はその様な事態を見越してジャックに無断で2人をそういう関係にした。

 そういうちゃんとした理由を説明されたジャックは、そう言う理由なら納得だと頷き束製偽造身分証明書を受け取る。

 後は何処へ買い出しに行くかだ。それはまだ決まっていない。

 

「うーん。日本でもいいんだけど、あそこも女尊男卑が強いしね……」

 

 束が悩んでいる隣でジャックはホログラムに映し出されている世界地図を眺めていた。

 ジャックは依然束からこの世界に関する情報を貰っていたのだが、その時からあることが気になっていた。

 それは手元にあったあの世界では数少ない地上世界の世界地図と比べて大陸構成がほぼ変わりないということだった。

 ひょっとしたらこの世界は『大破壊』より遥か昔、自分たちが居た世界より過去の時代なのかもしれないという予想がジャックの頭を過るが、今はそんなことを考える必要はないと思考を一旦放置し世界地図を見渡す。

 

「博士、出来ればアフリカ大陸をこの目で確かめておきたい」

 

 悩み続けている束の隣で世界地図を眺めていたジャックはアフリカ大陸に興味を抱きそう告げた。

 

「アフリカって、ジャックくん。そこ今物凄い治安が悪いんだけど?」

 

 元々中東地域やアフリカ等の男尊女卑の強い地域は、ISの登場によって国際社会全般的に女尊男卑化が進んだことで保守派とIS主義派による衝突が頻繁に起こっている。それは会議の場のみならず武力に発展することも珍しくはない。ISが発表されて10年が経過した今も状況は一向に改善せず治安は悪化の一方をたどり続けている。

 そんな地域の一つであるアフリカに向かいたいというジャックを束はさすがに同意することは出来ず、そんな地域に足を踏み入れて何のメリットがあるのか束には理解できなかった。

 

「何の目的でアフリカに行こうとしているのか、束さんには理解できないよ」

「……似ているのだ。あの場所と、私が死ぬ直前までいた場所と」

 

―――似ている―――

 束はいまいちジャックの言葉の意味を理解できていないが、ジャックにとってアフリカ大陸はあの激戦と狂言の舞台に非常に似ているのだ。

 ひょっとしたら何か元の世界と関係があるのかもしれないと予想してジャックはそう提案したのだ。

 そのことを束に伝えると、

 

「つまり、ジャックくんがこの世界にやって来た原因があるかもしれないから、試しに調べてきたいってこと?」

「ま、そう言うことだな」

 

 ジャックの目的を把握した束は暫し思考を描く。

 本当に二人を自分が原因とはいえ治安の悪い地域に行かせてもいいのかと考えるが、クロエは元々遺伝子強化兵士のプロトタイプ、ジャックはAC操縦者であり常人を超越した強化人間。返り討ちにすることも容易いだろうし更に、ジャックが何らかしらの手がかりを得ることが出来ればこちらとしても少ないながらもメリットがあるのではと予測する。

 

「……それじゃ、何らかしら手がかりを得たら必ず束さんにも報告すること、束さんが餓死する前には帰ってくること、くーちゃんに傷一つつけないこと、この条件付きでなら構わないよ」

 

 つくづくクロエの事を気に入っているのだなとジャックは心の中で思うと束からの許可が下りたことに安堵する。

 

「それじゃ、潜水艦の用意もしておいてあげるからくーちゃんと荷造りでもしてきたら?」

 

 束にそう促されジャックは研究室を後にする。

 予測が当たるのか、それとも空振りに終わるのかは現地に赴かない事には始まらない。ジャックはそう思うとクロエにアフリカへ赴くことを伝えに廊下を歩くのだった。




束が優しくなっていることに違和感を覚えている作者。
ジャックがこの世界に来てからそんなに日にちは立っていないはずなんですけどねぇ……
先の話になりますがAMIDAの出演を決意しました。

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