ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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サバ缶おいしいですよね。
ジャックがひたすら食べるだけの話


06 そして新しい家族が

 無事に依頼を遂行しカモフラージュのスクリーンが消滅する前にジャックはフォックスアイを潜水艦へと向かわせる。スクリーンの投影範囲ぎりぎりのリアス式海岸に到達するとコックピットから潜水艦の操作を行い作動させていた光学迷彩を停止させ、格納庫を開けた。

 ジャックは地面に着地することなくまるで航空機の様にそのまま格納庫内へフォックスアイを着艦させ格納庫を閉じさせた。

 コックピットからの操作で潜水艦を発艦させ自動操縦で束のラボへ戻る算段になっているのでジャックは後の事は潜水艦に任せ、まずはフォックスアイの左腕に抱えている重要な物をそっと床に置き、適当な資材でカプセルが倒れたり転がったりしないよう固定してから、ジャックはフォックスアイを座らせコックピットハッチを開ける。

 ACのコックピットハッチは背中にある。その為仰向けの姿勢ではパイロットが出ることは不可能だ。

 座ったフォックスアイの背中の高さにはちょうどタラップがあり、ジャックは接続プラグを体から引き抜きフォックスアイから降りるとタラップに足を降ろし束に報告を行うべく通信室へと向かった。

 その右手にはフォックスアイの稼働データがたっぷりと詰まった大容量デバイスを握ったまま。

 通信室へ到着するとパネルを操作し通信機を起動させ束を呼び出す。するとすぐさまディスプレイに束の顔が映り通信がつながった事を示した。

『流石レイヴン。手際の良さにはこの束さんも驚きだよ! 無人機なんかよりよっぽど便利だよ!』

「褒め言葉として受け取っておこう」

 ジャックの受け流すような反応に束はニヤニヤし「照れちゃって~、素直じゃないな」とおどけて言い、ジャックはそれに対して鼻で笑った。

「それよりも、博士が欲しいのはこれではないのか?」

 ジャックはそう言いディスプレイに付いているカメラに向かって右手に収められている大容量メディアを映した。それを見た束はまだ受け取っていないにも関わらず恍惚とした表情を浮かべてしまう。

 

『流石! でもそれは帰ってきてから受け取ることにするよ』

「ほぅ。何故だ?」

 

 ジャックは束が直ぐにでもデータを転送しろと言うとばっかり思っていたため帰って来てから受け取るという反応に少しだけ意外だと思った。

『だって、ほんっとに、もしもデータを傍受されたりしたら嫌だし、ジャックくんの事だから偽のデータを送ってくるかもしれないでしょ?』

 

 束の用心深い対応にジャックは昨日とは打って変わって世界を牛耳る支配者らしくなってきたことに警戒心を抱く。

 束の成長速度は異常だ。ある意味彼女は『ドミナント』なのかもしれないと下らない思考がジャックの頭の中を過るが、もしこのままの速さで成長されたらすぐにでも自分は用済みにされ追い出されるか抹殺されるかもしれない、と油断しすぎたことを悔やんだ。

 

『ジャックくん、怖い顔しているけど、どうかしたの?』

 

 当の本人である束はそんなことなどいざ知らず、ジャックの表情を見て心配していた。

 

「いや、考え事をしていた」

『そう? じゃあ絶対に帰ってくるんだよ。楽しみに待っているから!』

 

 そう言うとあちらから通信が切られてしまう。

 ジャックは消えたディスプレイを暫く見つめ少ししてから椅子から立ち上がった。

「彼女が何を考えているのか、より慎重にならなくてはな……」

 ジャックは独り言を呟き戦闘による空腹を癒しに通信室から出た。

 通信室から出たジャックは食糧庫、改め小さな物置へと向かう。物置の扉を開けると研究所から持ってきた缶詰が幾つかあった。

 本来であればフォックスアイに装備させてあるレーションを食べようかとも考えたが急造の潜水艦である故調理室は備わっていないため火を起こせない。そのままでも食べられなくはないが、出来る事なら温めてから食べたいと思い今回は見送ることにした。

 余談ではあるが企業が支配するあの世界において各社が使用する兵器とは異なりレーションは殆ど統一規格の合成食品の詰め合わせである。その為味もあまりよろしくは無いが高級レーションとなると話は変わりそれぞれ内容が異なった天然食品を使用している。

 たとえばクレスト社のレーションは、この世界でいうロシアやドイツのそれに似ており質実剛健、肉をメインにしたモノであり、ミラージュ社のレーションはイタリアのそれに似て非常に美味な物である。

 しかし一際異彩を放つのがやはりキサラギ社のレーションだ。低価格のレーションであっても必ず『栄養補充パッチ』というものが包装されており、これは人が活動するのに必要な栄養素が塗布されたパッチを二の腕に貼り付けるだけで一食分の栄養を摂取することが出来るのだ。

 しかし空腹でありながら満腹の状態になるというのは通常であればあり得ないことであり研究者たちにとっては構わないだろうが、兵士にとっては例えガムを噛んでいようとあまりいい気分になれず士気の低下にも繋がることがある。

 その為兵士たちの為にちゃんとした食料を開発したのだが、これは日本のものと非常に似ており味も良好でキサラギとしては非常に珍しく万人受けの傑作レーションでもある。因みにだがライウンはこのレーションに内装されていた味噌汁をジャックに与えた。

 ジャックは物置から『サバの水煮』と流動食のゼリーを取り出しその場に座り込んで食べ始める。

 慣れた手つきで缶詰をナイフで開けるとまずはサバにナイフを刺し口に運ぶ。温めずそのまま食べても問題ないタイプの缶詰であったため味も良い物である。むしろジャックにとってこの世界の食べ物は全てが美味しい物である。

 しっかりと漬かったサバの柔らかい肉を噛むたびに、サバの脂と塩の良い風味が口の中に広がる。魚肉に骨が混じっているがそれも食べられるほど柔らかくなっていたので問題なくそのままジャックは食べ続ける。スパムやコンビーフと違ってしつこさの無い塩加減だ。食べていても全く飽きない味付けだとジャックは思う。

 そうこうして残った汁も飲みあっさりと缶詰を食べ終えるとプラスチック製の飲み口から直接飲むタイプの飲料ゼリーに手を伸ばし、キャップを外して飲み始める。アミノ酸とローヤルゼリー配合のものらしく蜂蜜にも似た甘い味が口の中に広がる。しかし量はそこまで多い訳ではなくこれも直ぐに無くなってしまった。

 だが、仮眠をする分には十分腹に物を詰めたとジャックは判断すると残ったゴミを片付け休憩室へと向かった。

 これも簡単な構造でジャックが一人寝るためだけを目的にしており簡易折り畳み式の素朴なベッドが一つあるだけの部屋だ。しかしそのベッドのサイズは、体の大きいジャックでも充分休める大きさであるし、あの狭いACのコックピットの中で寝るよりは遥かに贅沢であるとジャックは判断すると、パイロットスーツを脱ぎ捨て体を楽にさせ目的地に到着したら起きるようにナノマシンを設定してから眠ることにした。

 パイロットスーツの下にもちゃんと服を着ているので全く問題は無い。

 因みにだがパイロットスーツはかなり丈夫な素材で出来ており、少々体を圧迫されるようになっている。言いかえるのであれば女性の胸部、即ち乳房が圧迫され本来のサイズよりも小さく見えてしまう。これは男性にとっては全く関係のない話ではあるが……

 

(何事も起こらなければいいが……)

 

 ジャックは眠りにつく直前にカプセルの少女の事を思い出し、何事も起こる事無く束の研究所に戻れることを祈った。

 

 

 

 

 ジャックの祈りが通じたのか何事も起こらず研究所に戻ることが出来た。

 潜水艦は束の研究所が存在する太平洋の孤島の洞窟に入り、そのまま研究所の着艦所に到着する。ここもつい先日束が急増した新しいスペースである。

 ジャックは到着前に既に起きておりフォックスアイに乗り込み少女が入ったカプセルを予めフォックスアイに抱えさせておく。やがて潜水艦が固定されると格納庫のハッチが開きジャックはフォックスアイを潜水艦から外に出させた。

 

「おかえり~ジャックくん!」

 

 わざわざ出迎えに来ていた束をフォックスアイのコックピットから眺めていたジャックは、それに応えるかのようにフォックスアイの右手親指を立たせる。

 

「博士、カプセルはどこに置けばいい?」

 

 すると束は用意しておいた大型の台車に置くようにと指示する。

 ジャックは言われた通りにカプセルを縦に置くと、台車から出てきたアームによってカプセルが落ちないようにしっかりと固定される。更にその台車は自動式なのかそのまま開いた扉の中に消えていった。

 ジャックはそこまで見届けるとタラップの傍にフォックスアイを立たせコックピットブロックを開放する。

 解放したコックピットブロックから出てきたジャックがタラップの上に足を置くと、束が上機嫌そうにジャックの所に駆け寄る。ジャックは寄って来た束に無言でフォックスアイの稼働データをコピーした大容量メディアを渡す。

 

「用意周到だね、本当に」

 

 束はジャックが既に稼働データのコピーを用意しておいた事に対して素直に褒める。

 束の中ではジャックが偽のデータを渡すことは無いと確信していた。

 今のジャックはこの研究所しか行き場所が無く居候をしている身、もし自分の気を損なう行動をとった場合この研究所から追い出されると思っていると束は予想している。事実ジャックも束の気を損なわすわけにはいかないと思い、素直に全ての稼働データをコピーした。

 彼女としては手放す気は今の所ない。これほど優秀すぎて手綱を握りきれない手駒を手放せばすぐにでもその牙が自分の方へ振り向き、自分を苦しめることになるだろう。

 だから束はフォックスアイの中に稼働データのマスターデータを残していることに対して妥協することにするし、例えフォックスアイの解析が終了したとしてもジャックを手放す気など微塵もない。

 

「博士、あのカプセルの人体をどうするつもりだ?」

 

 ジャックは回収したカプセルを束がどのように扱うのか、それだけが気になってしょうがなかった。

 その話を振られた束はメディアを受け取り恍惚とした表情からすこし寂しそうな表情へと変える。

 

「うーん、あまり言いたくないけど……」

 

 そこで束は口を閉じ、言うことを躊躇うが

 

「最初で最後の禁忌を犯すってとこかな」

 

 その一言で束が何をしようとしているのかジャックは理解すると、これ以上追及する必要はないと判断し、フォックスアイを格納庫へと戻すべくコックピットブロックへと向かう。

 

「あー、それと、束さんが入っていいって言うまで研究室には入らないでね。ご飯の時間になってもだよ」

 

 束の忠告を頭の片隅に置き、ジャックはフォックスアイを起動させ格納庫へと戻しに向かった。

 

 

 

 

「KARASAWA-MkⅡの性能は全ての武装を凌駕するっと言ったところか……」

 

 格納庫に戻ったジャックはフォックスアイの稼働データを周辺機器に挿入し、KARASAWA-MkⅡの性能を解析した結果を口にする。

 KARASAWA-MkⅡは威力としても並の背部武装を越しており装弾数も中々、エネルギー武装にも関わらず射撃時の消費エネルギー量が少なく、しかも連射が出来る。

 威力は背部武装に。

 消費量はパルスライフルに。

 発射間隔はマシンガンに。

 それぞれ特化された武装には劣るが、全ての性能を考慮するとハイレベルで纏まった正に傑作ライフルと言っても可笑しくはない代物だった。

 何故こんなものを自分が手にする事になったのかジャックは訳がわからなくなる。しかし、そんな事よりもジャックが気にしなければならない事がある。

 

「やはり機体消耗率は無視できないか……」

 

 先程の任務ではより詳細な稼働データを採取しなければならなかったため、フォックスアイの全ての機能を使用し尚且つ大胆に動かすようにと束に釘を刺されていた。

 その結果機体の消耗率が通常の依頼の時よりも大幅に上がり、今の手持ちの部品による代替では賄いきれないという状態になってしまったのだ。

 ACとて所詮は工業製品、所詮は機械。整備なしでは思うとおりに動かせず、唯の鉄屑に成り下がってしまう。

 特に強化人間たちは整備には細心の注意を払う。

 彼らはACと入力コネクタで結びつき限りなく人体と同じ様な滑らかで細かい動作を可能にしている。ACの整備を怠るということは自分の体が故障した状態で戦場に出る事と同義だ。そんな状態で出撃すればどうなるかなど考える必要もない。

 このままではあと数回も出撃できないだろう。ジャックはそう思うと後で稼働データを基に予備パーツを生産するよう束に申請することにした。

 今のジャックの姿はパイロットスーツではなく偶々存在したオレンジ色の作業服だ。よく自分の体に合うサイズの作業服があったものだとジャックは思い返す。

 ジャックの体は世界の平均的な体系よりも大柄だ。と言うよりも筋骨隆々と言った方がいい。

 機動戦を行うフォックスアイに耐えられるように鍛え上げた結果このような体つきになったのだが、おかげで束の研究所にある服の殆どが彼の体に合わず、辛うじて着られたのがこの作業服だった。

 以前だったら決して着ることのなかったであろう作業服を着ているジャックは、どこか落ち着きの無い心境だった。それでも整備の手を休めることは無い。

 フォックスアイの格納庫は束が不要だと思ったものを押し込んでおくための倉庫だった。

 そのいらないモノの中から予備のパーツとして使えそうな物を探り出し代用していく。本来であれば純正品を使いたいのだがこの世界には存在しない。

 

(他に使えそうなパーツは……)

 

 ジャックは焦ってもいた。

 まず代替品になりそうなパーツすら少なくその使えそうなパーツも規格が合わず使えないというものが大半だったが、それでもジャックは諦めきれず、最低限度でも整備を続けることにした。

 ACに限らず殆どの工業製品の整備にはなくてはならない工業用潤滑油がこの研究所にあった事は幸いだろう。何故か潤滑油の種類も結構豊富だったため関節部分の整備だけは比較的まともな整備が出来た。

 ジャックは脚部パーツの関節部分に油をさしおえると一度狭いスペースから出て額ににじみ出た汗を袖でふき取る。

 しかし拭き終えたジャックは袖が油で汚れていることに気が付き、恐る恐るフォックスアイの装甲に映されている自分の顔を除くと案の定額が油によって汚れてしまっていた。

 こんな初歩的なドジを踏んだ事を自省しつつ一旦整備を止め休憩がてら顔を洗いに洗面所へ向かう。

 洗面所へはさして離れておらず直ぐに到着できるのが嬉しいことでもある。これが遠く離れているのであればジャックは整備を休むこともせず面倒くさく思いそのまま続けていただろう。

 洗面所に着きジャックは改めてしっかりと鏡に映し出されている自分の顔を見る。

 額だけでなく無意識に掻いた頬も黒く汚れた何とも情けない顔だった。まるで新人の整備士のようだった。それに作業服を着ている自分の姿もなんとも不釣り合いでおかしく思ってしまう。

 少なくとも一週間前まで自分がこんな姿になるとは思ってもみなかった。

 そう下らない事を考え始めたジャックは我に返り水道の蛇口を開く。

 水道から流れ出る綺麗で冷たい水、それをジャックは両手を器にし、一杯になるまで満たし自分の汚れた顔を洗い流す。しかししつこく汚れた油はなかなか落ちずジャックは仕方なく洗顔剤も使い油を落としにかかる。

 両手で洗剤を広げ、十分泡立たせた洗剤を顔に着けしっかりと洗う。文字通り時間を掛けしっかりと洗うとジャックは再び蛇口を開き、顔を洗剤ごと洗い流した。

 やがて洗剤が流れ落ちるとジャックは壁に掛けてある綺麗なタオルで顔から水をふき取り、もう一度自分の顔を見る。

 油が落ち、むしろ整備前よりもずっと綺麗になった自分の顔がそこにあった。

 

(これが、私の顔か……?)

 

 これほど綺麗になった自分の顔をジャックはいままで一度も見たことがなかった。

 それは汚れが落ちただけではない、何か別の事もあって綺麗に見えてしまう。その事に違和感を覚えずにはいられなかった。

 しかし油を洗い流すという目的を達成した以上ここに留まる理由も無くなり、洗面所を後にする。洗面所を後にしたジャックはそのまま格納庫へ戻ってもよかったのだが軽い空腹を覚えていることに気がつく。

 端末の時計を見ると何時もなら食事をしている時間をとっくに過ぎていた。

 このまま食事の支度をしてもいいのだが束の呼びかけが無くては研究室に入る事を許されていないし、二回も料理をするのは流石のジャックも面倒くさく思ってしまう。

 仕方なく小腹を満たす間食をとる為に厨房へと向かう。ジャックは厨房に着くと食器棚の中からティーカップと電気ポットを取り出し、取り出した電気ポットに水を満たして部屋を出た。

 格納庫へ戻ったジャックは電気ポットのコンセントを刺しお湯を沸かしティーカップを机の上に置いてからフォックスアイのコックピットへと向かう。

 フォックスアイのコックピットブロックを開放してシートの裏側の狭い収納スペースを開け、その中から既に開封済みのミラージュ製レーションと本を取り出す。残っているのはビスケットやチョコレート等の間食の物ばかり本格的な食糧は残ってはいない。

 そのレーションを取り出しティーカップやポットを置いておいた机に戻ると、ポットの中の水が沸騰しお湯になっていることを告げていた。

 ジャックはレーションの中から粉末状の紅茶を取り出しカップの中に入れるとお湯をそのまま注ぎ込む。インスタントスープと同じくこの紅茶は茶漉しのような物を必要とせず、お湯を注ぎスプーンなどでかき混ぜるだけで紅茶として飲めるようになっている。

 お湯をある程度注ぎ込むとジャックは予め用意しておいたスプーンで粉末がちゃんと溶けるようにかき混ぜる。インスタント製の紅茶だがいい香りがカップの中から漂い始めるとレーションの中から余っていたビスケットを取り出す。ビスケットの包装紙には『フルーツビスケット』と表記されている。

 ジャックはそこからビスケットを一枚取り出し口に運ぶ。軍用品であるためか市販のビスケットと比べ固めになっている。ビスケットと言うより煎餅に近い硬さだ。

 咥えたビスケットを歯でしっかりと噛み、欠片を奥歯でしっかりと噛み砕く。ビスケットには細かく刻んだドライフルーツやレーズン、木の実が焼きこまれておりそれらがお互いに邪魔し合うことなく上手く口の中で甘さを広げている。

 しかしこの甘さは通常の状態であれば甘すぎても可笑しくは無いのかもしれない。戦場で緊急の糖分補給としてならばおかしくは無い甘さなのだろう。

 食べかけのビスケットを皿の上に置いて冷めないうちに紅茶を飲むことにする。

 この紅茶は高級品と言うわけではない。この世界においても一般的な店で売られているような安物の紅茶に近い香ばしいタイプのものだ。しかし今のジャックにはこういう紅茶の方が良いと思っている。

 もしこの紅茶も甘いものだったら甘ったるくて仕方なかっただろう。

 これだけ甘いビスケットを数枚食べればある程度の空腹を誤魔化すことができるだろうと思ったジャックは、椅子に座りコックピットから取り出した本を開く。

 これは元居た世界にあったものではなくこの倉庫に偶々放り捨てられていた小説だが、ジャックにとって興味深い本だった。

 

 

 

 

―――果てしなく長く感じてしまう通路。

 その通路の途中で中破した機動兵器が膝をついている。

 無線が壊れているのか中にいるパイロットとの通信が出来ない。

 気になるのはその兵器が今迄自分と対峙していた者が使っているタイプだということ。

 何故?

 それが彼の頭の中に最初に浮かんだ疑問。

 自分以外に味方がいないこの状況、クーデターの首謀者が待ち受けている最深部へひたすら進むのは自分一人だけだ。

 なのに何故首謀者の右腕がこんなところで膝をついている?

 しかしいくら疑問を抱いてもそれは解決には繋がらない。

 彼は中破した敵を脇目に最深部の扉へとひたすら進む。

 ひたすらにブースターを吹かし進み続ける。

 暗く冷たい通路を、輝きを纏いながらただ首謀者を討つためだけに進み続ける。

 首謀者を生かしていては、世界は嘗て起こった戦争と同じく世界は再び混乱に満ちてしまう。

 しかし彼は傭兵。彼は正義感ではなく依頼を遂行する為に進む。

 やがて現れた一つのゲート。

 その先からコックピットを越して感じる重圧感。

 しかし彼は臆することは無い。

 コンソールパネルを操作しゲートを開放する。

 二つに割れた扉。

 その先にあるのは一つの空間と、一つの異形の兵器だった。

 それはとてもじゃないが人が作り出したようには見えない。大型ブースターによってその巨体は浮遊していた。

 

「我々はいつも誤りを犯す。そうとは思わないか?」

 

 その異形に搭乗しているクーデターの首謀者が待ちわびたという風に現れた彼に向かってそう語りかける。

 怒りをぶつけるように、しかし穏やかにまるで懐かしむように。

 

「我々には管理する存在が必要だ。我々は我々だけで生きるべきではないのだよ」

 

 それが確固たる彼の信念なのだろうか、その声色は何者の異論を受け付けない固さが嫌でも感じ取れる。

 

「傭兵だけの国。私はそれほど愚か者ではない」

 

 首謀者の声色がさらに変わる。彼はその先に何が待っているのか瞬時に理解する。

 機体の戦闘プログラムを極限にまで効率化する。

 恐らくこれから先に待っているのが最後の戦いだと分かったからだ。

 

「すべては理想のため、復活のため……」

 

 そして異形から、首謀者からある一つの感情が彼に襲いかかった。

 それは、明確な“殺意”……

 

「消えろ、イレギュラー!!」

 

 

 

 

≪ジャックく~ん、ちょっと研究室に来てくれない?≫

 

 せっかくいい所まで読み進めていたというのに中断させられるジャックはいささか不機嫌になる。

 栞を今読み進めている頁に挟み食べかけのビスケットを口に放り込み紅茶を飲み干す。ビスケットの甘さで多少は不機嫌さを和らげることはできるが、根本的な解決にはなっていない。所謂ごまかし程度だ。

 ジャックはあの小説を読んだ時から何故か親近感を覚えた。と言うよりもあの小説に出てくる傭兵たちが元居た世界の『レイヴン』と非常によく似ているのだ。多額の報酬を貰い機動兵器を駆り依頼を遂行する。最早レイヴンと置き換えても変わりがない。そして何よりジャックは小説に出てくるクーデターの首謀者に興味を抱いた。

 嘗て自分もバーテックスを設立しクーデターを起こした。しかしそれはレイヴンによる新たな秩序という建前に過ぎず、ドミナントを探す為だけに多くの仲間を裏切った。

 一方この首謀者はどうだろうか?

 彼は本気で新たな秩序を生み出す為にクーデターを起こしたのだろうか?

 もしも。もしもだが、インターネサインが存在せず自分が本気でレイヴンによる新たな秩序を生み出すためにクーデターを起こしたらどうなったのだろうか?

 アークの粛清を行ったことはあるが、あれはレイヴンズアークに限った話、世界規模ではない。

 思い返してみるとつくづく自分は多くの仲間を裏切ってしまった事を思い知る。

 多くの者たちが企業によって追いやられた者たちだった。特にンジャムジは企業の圧力によって苦しむ人々を助けたいという思いもあり快く協力してくれた。

 

(しかし、私は……)

 

 そんな部下たちの思いを、未来を救うという漠然とした目的の為に無残にも裏切ってしまった。その負い目が今になってじわりじわりとジャックを苦しみ始めていることも事実である。

 あの小説で書かれていた通路とはこのような物なのか、束の研究室へと続く廊下が、唯でさえ薄暗いのにさらに暗く、そして果てしなく長く感じる。そしてやっと研究室の扉の前に到着する。

 ジャックは扉を軽くノックすると扉が開く。しかしその前に立っていたのは束ではなかった。

 

「……」

「……」

 

互いに何も言わない。

 ジャックは目の前に居る銀髪の少女が、あの培養液に浸かっていた少女だと瞬時に思い出す。

 そして研究室の中を見ると、意味深な手術台とその傍に立っている束の姿を確認する。

 

 

「博士、どういうことだ?」

 

 ジャックは思わず束に問い詰める。しかし束は何も言わない。

 

「ジャック様、どうか束様を責めないでください。束様は私の命の恩人です」

 

 代わりに口を開いたのは目の前の少女だった。

 

「ジャックくんには叱られるけれど、あの技術を応用して彼女を蘇えらせたんだよ」

 

 あの技術とは恐らく強化人間技術の事だろう。あれだけ嫌がっていたのにそれを使うということは何か束にも考えがあるということだろう。

 ジャックは目の前の少女の事もあり束を責めるのは止めそう自分の中で結論付けた。

 

「ジャック様も私の命の恩人です。あの狭く冷たい空間から救ってくださいましてありがとうございます」

 

 束とは大違いだ。ジャックは目の前で自分に頭を下げる少女を見て思わず笑いそうになってしまう。

 そこでふとあることに気が付く。

 

「博士、彼女の名は何と言うのだ?」

 

 ジャックがそう言うと束は自信満々な顔になる。

 

「くーちゃんだよ」

 

 それだけでは何もわからない。ジャックの頭には漫画の様に“?”が幾つも浮かび上がってしまった。

 

「私の名前はクロエ、クロエ・クロニクルと申します」

 

 束の研究所に新しい家族がやって来た日でもある。

 




クロエの登場。
束がナニをしたのかは次回以降。

実は作者は甘いものが大の苦手。

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