ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄 作:バカヤロウ逃げるぞ
AMIDAを出そうと真剣に考えていた時もありました
束に案内された部屋は束の私室……ではなく、普段彼女があまり使っていない部屋だった。
部屋は殺風景という訳ではなく、この研究所としては珍しくそれなりに生活空間として扱えそうな部屋であった。部屋には方形型のテーブルに何冊かの本とそれ以外の物が入れられた本棚が目に入る。
ジャックは何のためにこの部屋を作ったのか束に訊いてみたくなったが、今は料理が冷めて不味くならないうちに食べなくてはと思うと訊くのはまた今度にすることにした。ただジャックが今気になっていることは
「んー、やっぱりこのステーキ美味しいね。あ、スープもいい感じ!」
目の前で行儀の行の字も感じさせない束が、ジャックが作った料理をガツガツと頬張っていることだった。一方のジャックはしっかりとテーブルマナーを守りながら行儀良く食事をとっている。
ジャックにとって食事はテーブルマナーを守りながらとるのも美味しく食べるためものだという認識がある。しかしそのテーブルマナーはそれぞれの文化によって異なる。例えば素手で食べる文化があるしそれ以上に目の前の束はまるで子供の様に邪念の一切無い、料理が美味しくてたまらないといういい顔をしていたためジャックはどうのこうの言うのを諦めた。
「こんだけ美味しく作れるんだから傭兵じゃなくて料理人に転職したら?」
「悪くはない話だな」
束の提案に冗談で応えるとジャックは付け合わせのニンジンのソテーをナイフで切り、フォークで刺すとそれを口に運ぶ。簡単な味付けしかしていなかったがステーキの肉汁が浸っていたためニンジン本来の味が失われていた。
付け合わせの置き方を誤ったか、とジャックは口に出さずに反省する。
次に保存食であったコーンポタージュにスプーンを入れる。今食事をしている部屋に案内されたりしたことから冷めてしまったのではと心配していたがそれは杞憂に終わった。
コーンポタージュからはまだ湯気が上がり出来たてと然程変わらない状態であり、ジャックはスプーンでそれを掬うと、ある程度スプーンの上で掬ったポタージュを冷ましてから音を立てずにそのまま口に運ぶ。
スープを食べる時は皿を持ち上げずスプーンを使い、音を立てずに食べるのがテーブルマナーだ。ジャックは嘗てどのスープもその様に食べるモノだと思っていたため、彼が味噌汁と出会った時の衝撃は今でも忘れられずにいる。
彼に味噌汁の存在を教えたレイヴン『ライウン』に、何故味噌汁は容器を手に持ち音を立てて食べても良いのか尋ねたが、ライウンも理由を知らなかった時は思わず拍子抜けてしまった。
スプーンに掬ったポタージュが口に入ると束の言う通りコーン独特の甘さが口の中に広がる。それはジャックにとってはとてもじゃないが保存食とは思えない美味しさであった。
(贅沢の極みだな)
すべてが天然食品であることにジャックは改めて驚きを隠せず、全てが天然食品でできた料理を食べられる日が来るとは予想だにしていなかった。
ふと束の皿を見ると野菜が残されていることに気が付く。
「博士、野菜が残っているぞ」
ジャックがそのように指摘すると束は何故か体をピクリと動かす。
何事かと束を見るとその肌に汗を浮かべていた。もしや、とジャックは予想すると鎌をかけるよりも直接問いただしてみることにする。
「博士、もしやとは思うが、野菜が嫌いなのか?」
またしてもピクリと反応する束。それに伴って体から湧き出る汗の量も増えていく。
「や、やだなぁ、ジャックくん。そ、そんなわけ、ないよねぇ……」
明らかに動揺しながら応える束を見てジャックは思わず溜息を漏らしてしまう。だが、これだけははっきりと伝えておこうと思い一度ナイフとフォークを皿の上に置く。
「博士、分かっているとは思うが、天然食品にありつけるだけでも幸せなのだぞ? それを残すなど私の居た世界に対する最大の侮辱だ」
食事中に説教をする気はなかったのだがジャックはどうしてもこの事を伝えておきたいと思ってしまった。
束が居るこの世界が勿論紛争地域や貧困層はあるものの、ジャックが元居た世界と比べいかに平和であり、毎日天然食品にありつけるほど裕福であるかと言うことを伝えたかったのだ。
「うぅ……わかりました」
ばつの悪そうに涙を浮かべる束はフォークをニンジンのソテーに突き刺す。
その光景を見ているジャックはウサギを模したカチューシャを付けているくせにニンジンが嫌いとは矛盾しているなと心の中で馬鹿にしていた。
ニンジンを口に運んだ束はそのまま放り込みよく噛み始めた。すると最初は嫌な顔をしていたが、だんだん硬かった表情が解れ柔らかい表情になっていく。
「あれ……? そんなに不味くない」
束が口にしたニンジンのソテーは彼女が今迄食べてきたどのニンジンの料理よりも美味しく仕上がっていた。ニンジンでも調理次第でここまで美味しくできるのかと束は驚きを隠せないでいる。
そんな束の表情を見て何故か知らないがジャックは安心を覚えた。それは自分の料理の腕の高さが認められたからなのかどうかははっきりしなかったが。
「こんなに美味しい野菜だったら束さんも残さず食べるよ!」
束はそう言うと更に残っていた野菜にもフォークを伸ばした。まるで身体だけが成長した子供だ。
ジャックにとって今の食事は新鮮なものであり同時に懐かしさを覚えるものでもある。
目の前に座り野菜のソテーを次々と口に放り込む束は、お世辞など一つもなく自分が作った料理を美味しいと言い食べてくれている。
ジャックはそのことに喜びを感じているのだ。それは親友であるンジャムジと一緒に食事をした時以来に感じるものであった。
(まだ、私は人のままなのか)
いままで散々破壊し、殺し、欺き、心を殺して生きてきたジャックだが、そう言った小さな事に嬉しさを感じるということは心を殺し切れていないという証拠であり、それはまだ彼が人として生きているという証拠にもなっていた。
(だが、悪くはないな……)
その嬉しさは心地悪いものではなくむしろ心地よいものだった。
ふとジャックはそう思っていることが顔に出そうになるのを感じるとコップに注いでおいた水を口に付ける。
水と言っても流石に水道水ではない。あの大型の冷蔵庫に仕舞われていたミネラルウォーターだ。その味はあの世界とはあまり変わらない事にジャックは少し落胆した。
「水だけというのは流石に、な……ワイン、アルコールの類が欲しくなる」
ジャックの愚痴に対して料理をガツガツと食べていた束がその手を一旦止めてジャックの顔を見る。
因みにジャックが居た世界では何故かアルコールの類は一般人でも手に入れられるほど流通している嗜好品である。
しかしワインだけは別。その値段は企業の重鎮の年収以上に相当することもある。
トップクラスのレイヴンであるのであればその莫大な報酬を利用してワインの香りと味を楽しむことも出来なくはないが、何時でもというわけにはいかない程高価なアルコールである。
ジャックも何回かその味と香りを楽しんだことがあり、初めて楽しんだ時からワインの虜になっている。
「あー。でも束さんあまり外に出られないからね。あーあ、束さんもまたお酒が飲みたいなぁ……」
嗜好品と呼べるものが極端に少ないこの研究所の状態に二人は嘆いてしまった。
◆
「あ、そうだ」
ふと束は何か思いついたかのような顔になる。ジャックはそれを見るとコップを置きスプーンを二段重ねになっているスープの皿に置き束が口を開くのを待つ。
「ジャックくんさ、潜伏と言う名目で世界中にお遣いに行ったりしない?」
突然の束の発言の意図が掴めずジャックは首を傾げてしまう。その様子を見た束は流石に分からないかと一人頷くとジャックに説明を続ける。
「なんかこの世界にはさ、その、強化人間とかと同じ位変な技術を研究している馬鹿たちが居るんだけど、その施設の場所は大方目星が付くんだけどね」
そこまで言われて漸くジャックは束が言おうとしていることが理解できた。
「つまり私を現地に派遣しその施設がそこに存在するかどうか確認を取らせる、ということか?」
ジャックは予想を束に言うと束は自分の思惑をジャックが理解していることに大満足の表情を浮かべる。
「いやぁ、流石この束さんが見込んだ人だよ、ジャックくんは」
束にとってこの世界の事などこの研究所から直ぐに見つけることが出来る、まさにこの世界なら神の目を持っていた。
ISのお蔭とはいえ図に乗り悪巧みを企てていた束にとって気に食わない者たちの施設を破壊することなど朝飯前だったのだが、つい最近からそう言ったうざい連中も学習したのか、束の目を欺こうと努力するようになったらしい。
その所為でいままでなら、すんなりと見つけられた組織や施設が中々見つけることが出来なくなってしまったのだ。仮に見つけたとしても本当にその施設が本物なのかすらわからない時もあった。
自分が考えていることを直ぐに察知してくれるジャックに対して束は、彼を手伝いとして雇い取り込んでよかったと今更ながら思う。
「ま、その時はちゃんと頼むけど、現地に派遣した際にその地域の食材とか買い込んでくれないかな?」
「資金と私の身分はどうする? 私はこの世界では一文無しであるし、私と言う存在を証明する物も無いのだぞ?」
ジャックは金と言うものなら一応は持っている。しかしそれはこの世界では通用しない無意味な金、COmpany Assuranced Money、通称
それにジャックは、今は束の研究所に居候をしているため身分証明に困ることは無いが、もし外の世界に滞在するとなると必然的に身分証明書が必要となる。しかしジャックはこの世界の人間ではない。自分という存在を証明する手段が何もないのだ。
ジャックが束の提案に対しての不安を述べると、束は得意げな表情をしフフンッと胸を張った。
「それなら、その辺から拾ってこられるからお金の問題なら心配ご無用。ついでにジャックくんの身分証明書の偽造も任せて」
束にとって情報操作など朝飯前なのだからジャックの身分証明書を偽造することなど容易い。
束がそう言うとジャックは何と手回しの良いことだろうと素直に感心すると同時に、その辺から金を拾うとはどういうことかと思ったが、深いことを訊く必要もないと判断し束には何も訊かなかった。
因みにだが束の収入源はやはりIS関係の技術の提供なのだが、正直言えば彼女は無から有を作り出すことも出来なくはない。だから束はわざわざ他の人間たちに技術を提供して報酬を貰う必要など無いのだが余りにも煩く技術を提供してくれと言ってくる者たちが居たため、流石に我慢の限界が来た束は莫大な報酬と引き換えに僅かながらの技術を提供していた。その金を使う機会など滅多にないため彼女は一般人が一生をかけても手にすることが出来ない程莫大な財産を持っているのだ。
彼女の名誉の為に伝えておくが、断じてクラッキングを仕掛け他人の口座から金を騙し取ったわけではない。
◆
「あー、美味しかった!」
二人とも夕食を食べ終え、ジャックは残った食器をキッチンワゴンに移していた。
「これだけ美味しいご飯ならちゃんと朝昼晩三食食べちゃうもんね」
そう言うのなら片付けぐらい手伝ってくれ、とジャックは心の中で愚痴を吐く。
束の食器を全て片付けるとふとジャックの視界に興味深い物が目に入る。それはこの部屋に設置されている本棚の中に傾き倒れているモノだった。
「チェスか……」
ジャックは片付けの手を一旦止めるとその本棚からチェス盤と駒が入った箱を取り出す。
「ああ。それ、確か拾い物だったやつだよ。ルールは把握しているけど対戦する相手はいなかったから遊ぶ機会はなかったけど」
ジャックが問うよりも先に束がどうしてチェスがこの部屋に置いてあったのかを説明した。
そのチェスはマグネット盤ではなく全て木製で出来ている物だった。
ジャックは今迄プラスチック製の駒とマグネット盤のチェス盤しか触れたことがなかったため、木で出来ているチェスを触るのは初めてであり新鮮な感覚だった。
最後に対局したのは何時だったか?
ジャックはそう思い返したが結局思い出すことが出来なかった。
そこでふとジャックは思う。
「どうだ、博士。一局対戦しないか?」
そういうジャックの表情は束が今迄見たことがない楽しそうな表情だった。その表情につられてか束も一局打ってみようかと思う。ジャックにそのことを告げると
「なら、ハンデを出しておこう」
と言いジャックは
これではチェスとして成り立たないどころかなめられていると束は思い、ハンデを出したことを後悔させてやろうと意気込んでジャックとの対局に臨んだ。ちなみにだが束は先行として白の駒を使うことになった。
◆
「チクショウ、覚えてやがれ!!」
泣き叫び部屋から走り去っていく束をジャックは余裕の表情で見届けた。
対局を終えたチェス盤の上には束の白の駒は王を残して全滅、他は全て黒の、ジャックの駒だった。
(脆すぎる)
それが、ジャックが束に対して抱いた新しい認識だった。
束との対局はジャックにとってあまりにも酷いものだった。
確かに自分はなめていると思われても可笑しくはないハンデを束に出してやった。それは束がルールを把握していても対局自体はそれほどしたことがないと発言していたため初心者として扱ったからだ。
だが、仮にも世界から恐れられて天災と呼ばれている科学者なのだから戦略性や先見性が備わっていても可笑しくはないとジャックは先ほどまで思っていた。
しかし結果はジャックの予想を大きく裏切り、束は正面からゴリ押しとしか言えない戦術をとった。後先を全く考えていない戦術ならば例え駒が少なくても雁字搦めにすることはジャックにとっては十分可能だった。
ジャック・Oは建前とはいえバーテックスの総帥だった男、戦略性と戦況の変化を見極める目はしっかりと備えている。そんな彼の前では束の戦術など幼稚そのものだった。
チェスの片付けをしているジャックは心の中である種の不安が湧きあがっていた。
今世界を牛耳っていると言っても過言ではない束だが、それは彼女が他の人間と比べて身体的にも知識に関しても圧倒的なアドバンテージがあるからこそ有利な立場にいられるのではとジャックは予想する。それは即ち、彼女と同等の人間若しくはそれ以上の存在が現れた場合、束は手も足も出ないという結論にも達していた。
(そう言った事も教えておかなくてはな……)
ジャックはあくまでも己の身の安全の為に、束に戦略性を教える事を決意する。
その為にはまず彼女の狭すぎる視野を広げる必要があるなとジャックは今後の束の教育スケジュールを立てながら、食べ終えた食器を乗せたキッチンワゴンを厨房へと運んでいた。
◆
日付が変わりその一帯が朝を迎えた時刻、ジャックは昨晩と同じように厨房で朝食を作っていた。材料は冷蔵庫を整頓して、出てきた卵と野菜、保存食用のベーコン、それとマフィンだ。
ジャックは目玉焼きとベーコンを二人分同じフライパンで調理し、その間にイングリッシュ・マフィンをオーブンに入れ焼く。手際よく二つの料理を同時に進行させた。
フライパンの上の生卵が徐々に白く染まっていき、厨房の中にはベーコンが焼けた、鼻をくすぐり胃袋の目を覚まさせる良い匂いが充満している。
ある程度目玉焼きが焼けているのを確認するとジャックは素早く目玉焼きを二つともひっくり返す。
本来なら昨晩のうちに束に目玉焼きの焼き加減を訊くつもりだったが、束はチェスに完敗し捨て台詞を残しそのまま逃げ去り、ジャックは片付けを終えるとそのまま疲れ寝てしまった。
なので束の好きな焼き加減が分からないままだったが、ジャックは完熟の目玉焼きを作ることにした。
目玉焼きをひっくり返しただけではジャックの調理の手は休むことはない。同じフライパンに乗っかっているベーコンを片面だけ焼けていない状態にしない為にもこちらも同じようにひっくり返す。
そして焼けていない面を焼いている隙に冷水に浸しておいた野菜を取り出す。そしてそれらをサラダとして盛り合わせるためレタスを引き裂き、トマトを八等分に切り分ける。
完成したサラダを大きな器に盛り合わせ缶詰のコーンの蓋を空けその上に掛ける。これで一応サラダは完成した。ドレッシングはあえて掛けていない。
ジャックはフライパンに戻ると見事に焼けた目玉焼きとベーコンを二つの皿にそれぞれ乗せ、同じくオーブンで焼いたマフィンを付け合わせ主菜も完成させた。
最後にコップと予備の皿、食器等と棚を整理していて出てきた果物系ジュースとドレッシングをキッチンワゴンに乗せこれで朝食は完成。あとは束に知らせるだけになった。束を見つけるついでにキッチンワゴンも一緒に運ぶ。
普通の人間なら束が何処にいるかなど一々部屋を探し周らなくてはならない。だが、ジャックにはその必要はなかった。
何故ジャックには束の居場所がわかるのか?
思い出して欲しいが彼は強化人間だ。彼の脳内には高性能レーダーが埋め込まれている。その範囲は一般的な脳内レーダーより広めの半径200mというAC戦にとっては短い範囲だろうが、対人戦にとっては十分過ぎる程広い範囲だ。この研究所一帯ならカバー出来る範囲でもある。そのお陰で束の位置なら脳内レーダーで探索が可能になっていた。
「博士、朝食が出来たぞ」
ジャックが研究室の扉を開けるとそこには確かに束が居た。寝ていないのか、昨晩と変わらず空間投影パネルを操作して黙々とフォックスアイを解析し続けている姿がそこにあった。
束も朝食の良い香りとジャックの声で彼が部屋に入って来たことに気が付き、作業を止めてジャックの方に振り返る。
「ああ、良い匂い〜」
そう言う束の声には何処か眠たさを含んでいたことにジャックは気が付くと束に近付きその顔色を伺う。
「まさか、徹夜したのか?」
「あはは。チェスした後頭が覚めちゃってね、フォックスアイの解析を頑張っちゃった」
いくら細胞単位で超越した存在である束でも眠たくなる時はなるものだ。同時にジャックはチェスに誘ったことを少しだけ後悔した。
「朝食をとったら寝ろ。話も覚束ないのではこちらが困る」
「うん、そうしようかな」
束に提案を呑ませると二人は昨晩と同じ部屋へ向かう。一応ジャックは既に部屋の場所を把握したため束の案内無しでも辿り着けるようにはなってはいる。
束がテーブルに着くと、ジャックはキッチンワゴンから朝食をテーブルへと移し束に渡していく。ジャックの分もテーブルに移し終えると二人は朝食を食べ始めた。
ジャックはコップにアップルジュースを注ぎそれを飲んでみる。リンゴ独特の甘酸っぱさが口に広がりジュースが喉を通ったことで、食べ物を喉に通り易くする。
次に用意しておいたバターをナイフで取り出し、まだ熱いマフィンに塗る。ある程度バターを塗り終えるとマフィンを手で千切り口に運ぶ。今迄合成食品でしか食べたことがなかったのだが、これもジャックの予想を越す美味しさだった。
ふと目の前の束を見ると、豪快にもマフィンを二つに切りその二つのマフィンに目玉焼きとベーコン、それにサラダも挟みサンドイッチにしがぶりついている。そういう食べ方もあるのかとジャックは素直に関心を抱いていた。
「あ、そうだジャックくん」
束はオレンジジュースで口に入っていた料理を喉に流すとふと何かを思い出したかのように顔をジャックの方に向ける。
「実は頼みたいことがあるんだけど」
「依頼か?」
ジャックは束に訊き返すとシーザードレッシングの掛かったサラダをフォークに刺し口に運ぶ。試しに冷水に野菜を浸していたが、そのお陰でシャクシャクと歯応えがありみずみずしさもあり予想以上の美味しさだった。
「うん。昨日の晩御飯を食べていた時にも少し話したけどさ」
ジャックは昨晩の話となると束の気に召さない組織や施設関連の話だろうかと思い出していた。
束もジャックが話を理解している様子なのを確認すると口を開きそのまま要件だけを伝えようとしたが、突然の睡魔に邪魔をされ要件を忘れてしまうという失態を犯した。
「あれー? 何を頼もうとしたんだっけ?」
突然の束のど忘れにジャックは気が抜けて呆れるしかなかった。
いったいどのような依頼を言い渡されるのか身構えていたためその呆れようも大きかった。ジャックはため息を吐くと今度はグレープジュースをコップに注ぎ飲む。
「やはり寝た方がいいのでは? 依頼内容は博士が起きてから改めて聞こう」
グレープジュースを飲み干したジャックがそう口を開くと束は苦笑しながら申し訳ない気持ちになっていた。
「あははー、やっぱり徹夜はするもんじゃないね」
束は再びマフィンのサンドイッチにかぶりつく。
ジャックも目玉焼きを黄身ごと二つに切り塩を少しだけ振り掛けフォークに刺し口に運ぶ。多少状態が古くなっていたことを少し心配していたが、問題なく食べられる味をしていた。
次にベーコンにフォークを伸ばす。これも保存食なのだがジャックにとってはこれも天然食品、その脂ぎった豚肉も美味しくて仕方がなかった。
◆
(いったいどの様な依頼を言い渡すつもりだったのか……)
厨房で完食し食べ物の無くなった食器を洗いながらジャックは先程の一件を思い出す。
因みにだが束はジャックにきつく言われた通り自室に戻り睡眠をとっている。
ジャックの中には幾つかの予想がある。まずは昨晩の束の提案通り現地に潜伏するというもの。
昨晩の話の続きなのであればこれが現実的な依頼だ。しかし他にも可能性はある。例えばその組織、又は施設にスパイとして侵入しその活動内容に誤りが無いかどうかを確認する依頼であるかもしれないし、それこそ施設の破壊工作を依頼されるかもしれない。
言葉一つでありとあらゆる状況を想定する、それがあの謀殺が横行した世界で生きる者としての性であった。
食器を洗い終えるとジャックの脳裏にはもう一つの予想、あり得なくはない予想が走る。
するとジャックは格納庫へと足を向ける。彼の愛機、フォックスアイの調整をするために。その時が来るのをジャックは少なからず予感していたのかもしれない。
◆
「じゃあ、今朝の話の続きね」
睡眠から覚めた束はジャックを研究室に呼び、今朝伝えられなかった依頼の詳細を伝える為に空間投影ディスプレイを表示する。
この技術もこの世界にとっては最新のもとであるが、ジャックが元居た世界では当たり前のように使われている技術だったため彼は特に驚きもしない。
「今回束さんが目標としている施設はここ」
そう言ってディスプレイを操作しその施設の位置を表示する。
そこは北極海に接する北欧の断崖絶壁に存在していた。険しい土地に囲まれ高緯度特有の厳しい環境に包まれている。どう見ても非道的な研究施設でしかなかった。
しかしジャックはふと思う。
「隠す気が無いのか?」
こんな規模の施設、普通ならキサラギの様にダミーの研究施設を用意するか、地下に研究施設を建設するべきではないのかとジャックが思っていると束が答える。
「普通の衛星とかだったら見つけられないよ。ほら」
束がそう言うと二つの映像が映る。片方は先程まで映っていた施設が綺麗さっぱり消えており、もう片方は施設周辺に設置されている大型装置だった。
「ジャックくんなら予想が付くと思うけど、この特殊な装置のお陰で衛星からは見えなくなっちゃうの。それに、この周辺はよく霧が発生するから目視もし辛いんだよ」
しかし束の言葉に反して映像ではその施設はくっきりと映し出されている。
だが考えてみればジャックの目の前にいるこの女性はこう見えてもこの世界で最高の頭脳を持つ天災であることを考えれば、ジャミングや霧の影響を受けずに録画する技術ぐらい容易いことなのではと頷く。そこでふとジャックはあることを思い出す。
「済まないが、この施設に対して私は何をすればいい?」
ジャックはそろそろ本題に入ってもいいのではと思い束に依頼の目的を訊く。
「この施設が細胞を強化した強化人間を生み出すための研究施設だってことは判明しているの。バカだよねー。そんなことをしてもISでちーちゃんに勝てる奴なんて居ないのに」
ジャックの問いかけに対しての答えになっていないような愚痴を吐く束だが、ジャックはこの施設が何なのか、何をしているのかが分かりスパイとして侵入するという内容ではないことはわかった。
「で、本題だけど」
束はそう言うとディスプレイから目を離しジャックの顔を見つめる。その眼差しと表情は普段の彼女なら決して見せない決意と真剣さを見せていた。
「消してほしいんだ。ジャックくんにこの施設を」
その瞬間、ジャックの目付きは陰謀家のものから
AC3を購入したが、LRやった後だと軽量二脚しか使えない。
皿頭かっこいい