ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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最新話を投稿するたびに1話から読み返させる拷問スタイル。

本当に御免なさい。


32 答えは分かっているのに

 この日の研究所はいつもとは違う様相を醸し出していた。

 この研究所にとっての日常とは即ち、主である束、その養女であるクロエ、そして用心棒であるジャックの三人が揃っている時、またはジャックやクロエが束からの依頼のためにおらず主である束が果報を待っている時である。

 だが今日だけはその二つに当てはまらず、主である束が外出しておりジャックとクロエが留守番という例外という状態だった。

 口を開けば濁流のように言葉が止め処なく溢れ出す主を欠いた研究所は、不気味なほどに静寂に包まれており軽い物音ですら妙に響き渡るほどであった。

 そのいつもの煩い兎の居ない研究所では、留守番をしているジャックとクロエが朝食を取っている最中だった。

 食卓の上には主不在のため二人分のみ。クロエ特性の目玉焼きにベーコンの燻製、研究所付近の海で養殖している海藻を中心としたサラダ、飲み物に紅茶、そして束に内緒でこっそり材料を集めて作ったパンケーキだった。

 

「……お母さん、大丈夫でしょうか?」

 

 温かく良い焼き色が付いたパンケーキにメープルシロップをかけながらクロエは呟く。

 

「どうした? 博士の食事については予め持たせておいた。心配は無用だぞ」

 

 ジャックはクロエの呟きに対してそう答える。

 彼が言う通り束には日持ちするように調理したものでお弁当を作り彼女に持たせていた。それは束からの要望で作ったわけだが、それを受け取った束が

「愛妻弁当ってやつだね!」

 という失言を零してしてしまったがために脳天にフライパンが落ちてきたのは言わずもがな。

 

「いえ、その点については心配無用です。そうではなく、本当に計画通りに事は進んでいるのでしょうか?」

 

 クロエは束のことは信頼している。普段の任務であったら特にこれと言って束の行動に対して懐疑的になることはなかっただろう。

 では何故、ここまで懐疑的にになってしまうのか?

 

「……言わんとすることは分かるぞ、クロニクル。博士が妹に現を抜かしていないか、だろ?」

 

 それは束のあまりもの妹バカっぷりがあるからだ。現に何度もその様にクロエは閉口してしまっている。時として大事な準備期間であるにもかかわらず、監視という名の盗撮で箒の様子を何回も見ている姿を見せられては、いざご対面した時にどのような態度を取るのか、不安で仕方なかった。

 

「……はい」

「それに関しては博士を信じてみてはどうだ? 今回はただ可愛がりに行くわけではない。(紅椿)と試練を与えるために向かっているのだ。流石に放り投げているなどとは考え辛い」

 

 ジャックは今回の計画の内容を考えれば束といえど現を抜かすことは無いと判断していた。

 この計画は大切な妹に覚悟を持たせるための試練を与えるものだ。妹のためならばと行動する束が肝心な内容をすっぽぬかすとは考え辛かった。

 

「……そう、ですね」

 

 そう諭されては最早反論の余地も無くなり、クロエはメープルシロップがかかったパンケーキをナイフで切ると、フォークでそれを刺し口へ運ぶ。しっとりとした温かさとほんのりとした甘さが口の中に広がるが、彼女の心は晴れなかった。

 

(いけない。このままでは、()()……)

 

 クロエは何故このような気持ちになるのか納得はせずとも理解出来ていた。

 なんということはない。彼女は叔母()に嫉妬しているからだ。とは言ってもそれは深刻なものではなく、例えるならば母親からの愛情が他の兄弟姉妹に向けられしまった子供が抱く()()()()のそれである。

 微笑ましいと言えば微笑ましい感情ではあるが、鉄の子宮から生まれ、兵器として扱われた過去がある分、自身のことを無条件で受け入れてくれる束の存在はクロエからすれば余りにも大きすぎた。無償の愛に酔いしれているからこそ、どれだけ義娘として愛情を注がれていようとも、義母がその肉親を溺愛している様子を見せられては嫉妬しない方が無理という話だ。

 

(やはり懸念材料はそこか……)

 

 以前よりも思考を表情に出さないようには出来るようになったもののジャックを騙すにはまだまだヒヨッコであり、クロエの思考はジャックにすらすらと読み解かれていた。

 ジャックはこの計画における不安材料の一つにクロエの精神状態を上げていた。

 あのクラス代表戦での一件以来、ジャックはクロエを姿こそ少女と変わらないが精神は幼子のような脆弱性があると認識を改めており、今回は特に束の身内と接触するということもあり冷静さを欠くという危険性は十分に孕んでいる。

 

(博士はクロニクルの意思を尊重すると言い切った以上、私がどうのこうの言う余地は無いがな)

 

 束はクロエが初めて己の意思で参加を表明したことを受けて、ジャックには「何がなんでもクロエを参加させる」と強く言っていた。ジャックとしてもそろそろクロエには精神的な脆弱性を克服してもらおうと考えていたため両者の思惑が一致、クロエが計画に不参加という未来は消滅することになった。

 

「私からは過度に落ち着こうと意識せず、かといって気張りすぎないようにしろと言っておこう。期待しているぞ、クロニクル」

 

 紅茶を嗜みながらジャックはクロエにそう告げる。すると先ほどまでパンケーキを食べていたクロエが急にフォークとナイフを皿の上に置いた。

 

「どうした?」

「……以前からお尋ねしたいと思っていたことがあります」

 

 やけに真剣な様子で言うクロエに対して、ジャックはカップをソーサーに置き何を言うのかを待った。

 

「ジャック様にとって、私はどのような人物でしょうか?」

 

 ジャックは表情を少し緩めながらその質問に答える。

 

「私にとってクロニクルは、そうだな……初めての弟子といったところか。ここまで手解きをしてやった人物は他には居なかった分、新鮮だ」

 

 そこまで言うと再び紅茶の入ったカップに手を伸ばした。

 

「まだ脆い部分や甘い所もあるが、これからどのようになるのかこちらとしても楽しみだ」

「では、お母さん、束様は?」

 

 突然の新たな質問にジャックは口に付けていたカップの動きを止める。

 

「……以前から気になっていたのです。何故ジャック様は、私たちのことを()()で呼んでくださらないのですか?」

 

 クロエの生活環境は3人で暮らすこの研究所ではあるが、世間知らずではない。親しい者同士ならば姓だけではなく名で呼び合ったりすることも知っていた。それだけに、そこそこ長い間共に生活をしているジャックが未だに自分たちの名を一度も呼んでくれないことに疑問を抱かざるを得ない。

 

 この質問に対してジャックは先ほどと違い、即答することが出来なかった。

 カップをソーサーに置き、目を瞑り束との関係を思い返す。

 

 彼女との関係は、元々お互いの利害が一致したが故の雇い雇われという関係のはずだ。

 ジャックはこの世界での拠点と情報を欲し、束はフォックスアイのデータとジャックの能力を欲した。お互いに必要とするものを提供することで2人は共に居るようになっただけだ。

 仮に束がジャックから利益を見いだせなくなったのであれば、研究所から追い出す可能性が高い。そうなった場合はジャックも潔く立ち去るつもりはある。

 いずれそうなることを見越してジャックは付かず離れずな姿勢を取っているつもりであった。共に暮らす以上険悪な関係にはならないようにせず、かといって親しくなりすぎないように。

 

 

 ならば、そう即答すれば良いではないか。

 

 

 だというのに、ジャックは即答することが出来なかった。

 

 

 

 果たして、束との関係は一体何なのだろうか。

 

 

 

「……ジャック様。私は……私はお母さんとジャック様、お二人のことを、()()を思っています」

 

 家族という単語にジャックは閉口する。

 

「それは、お母さんも同じです。ジャック様のことを便()()()()などとは既に思ってはいません」

 

 クロエはその瞳をジャックから逸らすことなく言葉を繋げていく。

 

「あの時、束様が私のことを義娘として迎え入れてくれて、それはとても幸せなことでした」

 

「ですが、その時から思ってしまうのです。何故ジャック様は私たちに対して一歩引いた姿勢なのだろう、と」

 

「どうしても思ってしまうのです。ジャック様が、私の義父になってくれないだろうかと。お母さん()だけでなくお父さん(ジャック)がいてくれないだろうかと。お母さんの冗談が、本当になってくれないだろうか、と」

 

「ジャック様が私たちを無下に扱っているわけではないことは承知しております。無理に私の願望に答えて下さる必要はありません。ですが……」

 

「ですが……もう少しだけ、私たちを信頼してくれませんか?」

 

 紡ぎ続けた言葉を吐き終えたクロエの瞳は僅かに濡れており、その表情には一抹の悲しさが浮かび上がっていた。

 

 そう言われたジャックは己の記憶を読み返した。

 

 

 果たして()()と呼べる人間と最後に過ごしたのは何時だったか。

 

 

 自分は誰から生まれてきて、育てられたのか。

 

 

 

 

 そもそも自分に両親は居たのか?

 

 

 

 思い返しても、思い返しても、ジャックの脳は両親とも家族とも言える人物を映し出すことが出来なかった。

 

「『家族』という言葉、果たして何時以来聞いたことか……すっかり忘れてしまっていたな」

「ジャック様?」

 

 自嘲するジャックの姿にクロエは不安そうに声をかける。

 

 

――この世界で生きるとしても、元の世界とは大して変わらん。我々は何者にも束縛されぬ自由な存在。すなわち、『好きなように生きて、好きなように死ぬ』。それが我々レイヴンの掟だっただろう?――

 

 コンタクトを取った烏大老から言われた言葉が思い返される。

 

 

――今でも俺はお前のことを信じている。だからこそお前一人で何でもかんでも抱え込んで欲しくはなかった。俺にももっと協力させてくれたってよかっただろ?――

 

 アフリカの地で、絶対にありえない再会を果たした親友の言葉が浮かび上がる。

 

――あんたにゃ、なんにも無かった。それに対してあたしにゃ、帰る場所もありゃ帰りを待ってくれる人も居た。なんにも無かったあんたがあたしに勝てなかったのは、当然の結果だったんだよ――

 

 犬猿の仲であるレイヴンから告げられた事実がふつふつと蘇る。

 

 

――その申し出は魅力的だが、遠慮させてもらおう。何分、気に入っている場所なのでな――

 

 偶然再会した老兵の同志からの勧誘に対する自分の答えが蘇る。

 

 

 おそらく、あの時の答えこそが、この場所(研究所)と2人に対する混じり気の無い本心なのだろうとジャックは理解してしまった。口では否定してしまうが、どうやら自身が思っている以上にこの場所と2人のことが気に入ってしまっていたらしい。

 

(私も烏大老と同じように、変わってしまったものだな)

 

 

――ですが……もう少しだけ、私たちを信頼してくれませんか?――

 

 愛弟子からの懇願で、心が揺らいでしまうくらいには。

 

 

――だから、ありがとう、ジャックくん。きみはやっぱり、束さんが信用できる人だよ――

 

 ここの主が、自分のことをどう思っているのかなど、とっくに分かっていたのに、追い出される可能性など消えているというのに。

 

 

 

 レイヴンでありたいという願望が、それを素直に受け入れることを拒んでいた。

 

 

 

「クロニクルの言うことも分からないわけではないな。だが、それに答えるにはもうしばらく時間をくれないか?」

 

 そう言うジャックの表情は、クロエが今まで見たことが無い、アフリカでンジャムジと再会した時ですら見せたことが無い程、穏やかなものだった。

 自身の提言が受け入れなれなかったものの、少なくともジャックの心には届いてくれた様子だったことにクロエは一先ず安心し、いつかジャックが自分たちのことを名前で呼んでくれる時が来てくれることを願った。

 

 

 

 

 場所は変わり、IS学園の臨海学校が行われている海岸。

 臨海学校は二日目を迎えており、ISの装備試験が行われようとしていた。一方で専用機持ちたちは本国から送られてくる専用パーツを海上でテストすることになっていた。

 一般の生徒たちは班ごとに分かれて装備のテストを行おうとしており、その中には勿論箒も混ざっていた。すると突然彼女は千冬により呼び止められる。

 

「篠ノ之。お前はこっちに来い」

「しかし織斑先生。私は専用機持ちでは――」

「ああ、実はそのことなのだが、今日からお前は――」

 

 千冬は言葉を続けようとしたが、突然崖の方から人影が土煙を巻き起こしながらものすごい勢いで接近している姿が見えたため続けることは叶わなかった。

 

「ちーちゃ~~~~ん!!」

 

 誰もがその光景を理解できずに固まってしまっている中、千冬だけが頭痛を覚えてやれやれと額を手で押さえていた。

 

「とーうっ!!!」

 

 その人物は大きく跳躍した。一回、二回、三回。信じられないほど空中で回転しながら千冬の傍らに綺麗に着地する。それは紛れもなく、篠ノ之束であった。

 

「やぁやぁちーちゃん、久しぶりー! ん? こないだっぷりだっけ? まぁいいか! さあ、ハグハグしよう! そして愛を確かめ――」

「黙れ」

 

 よく回る舌を黙らせるために千冬は束にアイアンクローをきめる。

 

「いだだだだだ! 相変わらず容赦のないアイアンクローだね!」

 

 しかし束はそのアイアンクローからあっさりと抜け出してみせた。すると束は一夏の方へ一瞬にして移動した。

 

「やあ、いっくん! 元気?」

「え、あー、はい、元気です」

「うんうん! 元気なことはいいことだよ! よかったー!」

 

 束の突然の登場に加えていきなりの質問に一夏はドギマギするが素直に答える。どうやら束のお気に召したようでえらく気分がよさそうであった。

 

(あれ? 束さんって、こんなに健康そうだったっけ?)

 

 一夏は己の記憶の中にある束と今の束の姿を照らし合わせる。最後に会った時の束の姿は、それはそれは不健康そうな容貌に目の下に大きな隈を常に作っていた。

 しかし今の束はどうだろうか。ボサボサな髪の毛は艶やかを持ち、血色の悪かった肌は瑞々しさを取り戻し、その顔つきはとても好印象が持てるものに変貌していた。ハッキリ言ってしまえば、知っている人だというのにあの鈍感な一夏が一瞬ドキッとしてしまうくらいの美女になっていたのだ。

 

 そんな一夏のことは置いていくように、束は今度は箒の方へ足を向けた。

 

「やあ箒ちゃん! 元気かな?」

「姉さん……」

 

 箒は知らされてもいない束の登場に激しく動揺していた。

 

 箒にとって束は姉ではあるが、一家の離散を招いた張本人であり、自分の想い人(織斑一夏)と離れる原因になった人物でもあり、消息不明になった後は一度も姿を現したことは無かった無責任な人だと思っていた。

 それでも姉として慕っていたことがあるため嫌いになり切れず、愛憎混じった感情を持つ人物であった。

 本来であれば今すぐにでも殴打してしまいたかった。しかしそうしなかったのは、己の向こう見ずな態度によって命の危機に一度瀕したこと、何より十蔵ら大人たちとの交流により精神的な成長をしていたことが大きい。

 

「何をしに、現れたのですか?」

「あれ、ちーちゃんから伝えられてはいなかったの? まーいっかー!」

 

 束は答えになっていないことをごちる。

 

「束、自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが混乱している」

「え? 今するの? 本題にさっさと入ろうとしていたのにー」

 

 千冬にそう言われてしまっては仕方がないと束はコホンッと軽く咳をすると、自分に注目しているIS学園の生徒たちに向かって声を張った。

 

「耳をかっぽじって眼を開けい! 我こそは世界の天災、篠ノ之束さんであるぞ! どうだ、悔しいか~アーハッハッハッハ――」

「貴様もまともな自己紹介が出来んのか」

 

 千冬のハンマーのような拳が束の後頭部に直撃すると束は「へぶっ!」という情けない声を上げながら地面とキスをした。

 

「痛いな~ちーちゃん。はい、自己紹介終わり。それじゃあ本題に移ろうか!」

 

 周囲の人間などお構いなしという風に、束は再び箒と相対した。

 

「さっきの箒ちゃんへの答えなんだけど、誕生日、もうすぐでしょ? だから、誕生日プレゼントがてら、()を授けようと思ってね」

()?」

「うん! さあ、大空をご覧あれ!」

 

 束が空に向かって指を刺すと、何かがこちらに向かって凄まじい速度で落下して来る。それに気づいた生徒たちは慌てて落下範囲から避難すると、その物体が地面に大きな衝撃を伴いながら突き刺さった。それは、八面体の巨大なクリスタルのようなものであった。

 

「見るがよい! これこそ箒ちゃん専用IS『紅椿(あかつばき)』! 現存するISを凌駕するmade in 私のISだよ~!」

 

 その言葉を合図にクリスタルがISへと姿を変える。その名に恥じない真紅の装甲を纏い、箒が使うことを想定したのか、両脇に太刀が装備されている。

 

「わ、私にISを!?」

 

 突然の贈り物に周囲の生徒のみならず、箒すら驚愕の叫び声をあげてしまう。

 

「何故です!? 何故私にISなど――」

「箒ちゃん。束さんは……お姉ちゃんはちゃ~んと見ていたよ。強者に食らいつこうとする努力を。絶対に諦めない姿を。」

 

 それは学年別タッグトーナメントのことを指していた。

 ラウラのVTシステム暴走により中止となってしまったが、箒は当日まで真耶に直接指導をもらっていた。そしてその指導の成果として、結果的に負けてしまったもののフランス代表候補生でもあるシャルロットに一太刀を浴びせるという偉業を成し遂げていた。これにはその一撃を受けたシャルロットだけでなく、多くの者たちがその時の光景に驚きを隠せず、真耶は自分の教え子が大きく成長していたことに喜びを覚えていた。

 

「今なら、今の箒ちゃんになら、この力(紅椿)を授けても大丈夫かなって」

「姉さん……」

 

 ずっとほったらかしにされていたと思っていた。

 でも実は、ちゃんと自分が頑張っている姿を見ていてくれた。

 

 そのことに箒は、なんだか無性に嬉しく思ってしまった。

 

 箒はそう思うと紅椿に手を伸ばそうとする。

 

()()はあるかい?」

 

 突然、トーンが変わった束の声に箒は伸ばそうとしていた手を引っ込めてしまう。

 振り返ると先ほどまでのふやけた微笑みが嘘のように引っ込み、固い、真剣な表情をした束がそこにいた。

 

「授けると言ったけれども、その力(紅椿)を手にする()()はあるかい?」

「覚悟……」

「そう、覚悟。箒ちゃんにはこれを手に取らないという選択肢もあるよ。そうなれば他の方法でしか専用機は手に入らなくなるけど、まだ平穏な生活に戻るチャンスは残されている。もし、その力(紅椿)を手に取れば、箒ちゃんは『ただの篠ノ之束の妹』としての篠ノ之箒じゃなくなるし、もう元の平穏な生活に戻ることは出来なくなる。どちらを選ぶのも、箒ちゃんの自由だけど、その覚悟は見せてほしいかなって」

 

 そこまで言われてから箒は今一度、紅椿を見た。

 

 触らずとも分かる、絶対的な力。だが、その代償として自分はもう二度と唯の少女として生きていくことが出来なくなると言われてしまえば、怯まざるを得ない。

 

(また私を愚弄する気ですか?)

 

 恨みを込めた目で束を見るも、束は何時もの飄々とした態度ではなく、箒の感情を受け止めているように真剣な眼差しを向けていた。

 それを見た箒は、束はおちょくるためにここに来たわけではなさそうだということを理解した。

 

(私は……)

 

 箒は紅椿ではなく、他の専用機持ちたちを見る。

 

 何故自分は手を伸ばそうとしたのか?

 一夏のそばにいたいから? 否、そんな単純な思いではない。

 

(私は、何もすることが出来なかった)

 

 箒は思う。IS学園で起こった事件を。

 その全ての事件が専用機持ちたちによって解決しており、一端の生徒でしかなかった自分はただ守られているだけで、ある時は妨害どころか命を落としかねない場面にも遭遇していた。

 その事件の後、奉仕活動の一環で学園で勤務する多くの大人たちと交流していた。それが箒にIS学園に対して愛着を持たせる切欠になっていた。

 ただ守られているだけはもう御免だった。

 

――自分が好きになったIS学園を、そこで出会った人たちを守る力が、私は欲しい――

 

「……姉さん。ありがとう。私は、これを受け取る」

「いいの? 本当に、大丈夫?」

 

 心配そうな声で確認する束に対して、箒は鋭い顔つきで振り返った。

 

「ああ。私も、戦う力が欲しい」

 

 束はその答えを聞くと満足そうに頷き、いつものふやけた笑みを浮かべた。

 

「うんうん! 箒ちゃんの気持ちは分かったよ! それじゃあ、フィッティングとパーソナライズを始めようか! じゃあ早速、紅椿に搭乗して」

 

 言われるままに箒は紅椿に歩み、その身体を新しい相棒に預ける。

 

 

 この時の箒はまだ理解していなかった。

 束の言う覚悟が、彼女が思っているよりも遥かに大きなものだということを……

 

 

 

 

 その後のことは語るまでもない。

 天災と言われるだけの知能を持つ束は、IS関係者を絶句させる程の速度で作業を進め、たった3分で終わらせてしまった。

 そしてその直後に行われた軽いテストで、紅椿が持つ性能の片鱗だけで並みのISが足元にも及ばないことを知らしめ、その場にいる者たちから言葉を奪う。

 

 静寂と呆然で包まれたその場に再び言葉が蘇ったのは、真耶によって緊急事態が知らされからだった。

 

 真耶の報告を受けた千冬は直ぐに束の方を見ると、親友である彼女は先ほどと同じにへら顔を浮かべていた。

 

 しかし千冬は見逃さなかった。

 

 その薄っすらと空いた瞼から覗く瞳には、千冬ですら見たことが無い『決意』が宿っていることを。




正直この作品の一番の盛り上がり所は、セシリア&鈴VSラウラなんじゃないかなと思い始めた

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