ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

30 / 32
最近あった誤字報告で、『具材』を『具罪』と間違えていたというものが。
何よ、自分でもなんでそうなったのかワケが分からん。
*10/23 描写の追加と修正。あと登場人物の一人の性別を修正ごめんなさい。


30 レイヴン

 針葉樹が生い茂る暗闇の中を、パイロットスーツの上から防寒用のマントを羽織るジャックは空を見上げ溜息を吐いた。彼の口から吐き出される息が、肌に刺さるような冷たさの外気によって水滴に変わり白く可視化する。

 見上げた先には夜空に散りばめられた星が大小、強弱様々ながらも光り輝いていた。周囲にはあかりとなる物も無いため、普段見ることのできない星まで肉眼ではっきりと見える程に輝いていた。

 

(幻想的だ。私の一世代前まではこんな素晴らしい光景を見ることも出来なかったのか)

 

 ジャックはその感動的な夜空を前に、地下世界で一生を過ごして人々はこれを知ることも出来なかったのかと思っていた。

 地下世界には昼夜が存在するが、それは所詮プログラミングされた人工的なものでしかなくその空には星も存在していない。

 

(成る程。博士があれに魅了されるのも、分かる気がする)

 

 彼は束が何故ISを作ったのか、何故宇宙に行きたいと思っているのかを何となく理解することが出来た。

 確かにジャックの世代では地上は解放されており、宇宙に行く術も勿論存在している。やろうと思えば、ACなら宇宙空間で戦闘することも出来るぐらいには技術も発展していた。

 しかし、こんな素晴らしい光景を実際に目の当たりにすると、あの中へと飛び込みたいという気持ちを持つのも仕方がないのではないかと思う。そしてそんなことを思いつき、そのための道具を作ってしまったのが束なのだ。

 

(博士の行動原理は正に、思ったが吉日なのだろうな)

 

 ジャックはそう思いながらアルコールランプの火にかけている『イブリック』というひしゃく型の器具を弄る。その中に注がれている焦げ茶色の液体をスプーンでかき混ぜながら少しずつ温めていた。イブリックの中の液体が温められたことで泡立ち始める。ジャックはそれを火から降ろしスプーンで中の液体をかき混ぜた。そして再びイブリックを火にかける。

 この作業は既に数回行っていた。そしてこれが最後の一回なのだろう。ジャックは煮出した液体の入ったイブリックを片手に、彼の傍らに置かれてあったケースからコーヒーカップを取り出す。取り出したカップをなるべく平面な場所に置くと、煮出した液体を注いでいく。その液体の中には粉も混じっているが問題はない。彼が作っていたのはトルココーヒーなのだから。

 注がれたコーヒーとコーヒーの粉が混じったそれを、ジャックは直ぐには飲まない。コーヒーの粉がカップの底に沈殿するのを待った。コーヒーカップから湯気が立ち込め、それと共にトルココーヒー独特の香りが漂いジャックの嗅覚をくすぐる。

 粉が沈みきる頃になるとジャックはカップを手に取った。指ぬきタイプの手袋を着けているため、よほど下手な持ち方をしない限りコーヒーカップの熱で指を火傷する恐れは無いだろう。それに加えて厳しい寒さが自然とコーヒーを飲むに適す温度にまで下げていた。

 ジャックは手に取ったカップを口元に運び、コーヒーの上澄みを飲んだ。

 

(うむ。俺ではあいつ(ンジャムジ)には敵わぬか)

 

 他人にそのトルココーヒーを飲ませたのであれば、十中八九美味しいと言える程の出来栄えだろう。だが彼からすれば今作ったこれは、親友が作るものと比べて劣るものだと評価してしまう。

 しかしそれは決して不味くはない。むしろ美味しいのだ。加えて強化人間と雖も、厳しい寒さに覆われた環境に置かれているのであれば、何か体を温める物が欲しくなっても仕方がない。

 しかし今飲んでいるこれは親友が作ってくれるものと比べて、何か寂しいような物足りなさがあった。

 

(もう一度、あいつのトルココーヒーが飲みたいな……出来れば作り方も直伝してもらいたいものだ)

 

 ある程度コーヒーを飲むとカップから口を離し、満足したように大きく息を吐いた。暖められた身体から吐き出された息は、心なしか先程吐いた時よりもハッキリと見える湯気になった。

 

(そろそろ、指示を出してもらってもよい頃なのだがな)

 

 ジャックはそう思いながら頭につけているヘッドセットに手を当てつつ、ある方を向いた。そちらには、木とカバーでカモフラージュして寝かしているフォックスアイが居た。

 

(親友を道具扱したことに対する報復として、施設を消滅して来い、か。中々にハードだな)

 

 束から出された依頼内容を思い出しながら、ヘッドセットにその行動開始の合図が入ってくるのを待ちつつトルココーヒーを煽り続けた。

 

 

 

 

「VTシステム……。どこまでもちーちゃんをモノ扱いしやがって! 地獄の業火で焼いてやる!!」

 

 研究室で束が怒りのあまり咆哮を上げる。床や壁がその振動でビリビリと震えた。

 

「博士。私には博士の目的をはっきりと理解しかねる。納得のいく説明を求める」

 

 フー、フーと息を荒くしている束の姿に動揺することなく、ジャックは何時もの表情、何時もの態度で説明を求めた。怒りが収まっていない束は鋭い眼光で彼を睨みつけるが、それでも態度を崩さず動じない姿に彼女も徐々に落ち着きを取り戻していった。数回の深い呼吸の後、口を開き彼の要求に応える。

 

「VTシステム。Valkyrie(ヴァルキリー) Trace(トレース) Systemの略だよ」

「ヴァルキリー……。ISの国際大会の部門優勝者に授与される称号と同じ。更にトレースということは、その部門優勝者の動きを疑似的に再現するシステム、というものか?」

 

 そう推測するジャックに対して束は微笑みを浮かべる。たった一言教えただけで、彼は持ち合わせているすべての情報を参照し、限りなく答えに近づいてしまうのだから。

 

「その通り。ほぼ100点だよ、ジャックくん」

 

 束は称賛と拍手でもってジャックの疑問に答えた。クロエも彼が一瞬で答えに近づいてしまったことに感嘆の声を上げてしまう。

 

「先人から学ぶものは多い。動きを再現するというのは頷けるが……。そこまで怒るということはまた別の理由がありそうだな」

「そこまで推測できるのなら、話は早いよ。ジャックくん」

 

 束は一呼吸入れると、ジャックにその理由を語り始めた。

 

「VTシステムはジャックくんの言った通り、モンド・グロッソ部門優勝者の動きを再現するためのシステムだよ。だけどね、そのやり方が束さんの逆鱗に触れたんだよ。何が完全再現だ。ふざけるのも大概にしろ」

 

 また一人愚痴を突き始める彼女の姿に、ジャックはわざとらしい大きな咳払いをして脱線しかけた話を戻させようとした。

 

「ごめんごめん、思い出すとついね……。システムって銘打っているけれどソフト面だけじゃないのさ。ISを含めて再現するんだよ」

「ソフトだけではなくISも含めて……。ISがヴァルキリーと同じ物になるとでも?」

 

 ジャックは束の説明を聞くうちに、そのシステムに違和感を抱き始めていた。彼からすれば、この時点でVTシステムが唯の動きを再現するための補助システムでないことは理解していた。

 

「発動と同時にISがヴァルキリーの物に変化。それだけじゃなくて操縦者も取り込んで、ヴァルキリーと同じ姿にするんだよ」

「システムが搭乗者と搭乗機を取り込むのか?」

「信じられない? でもそういう物なんだよ。しかも動きを再現と言っても、搭乗者の意志は反映されない。システムが勝手に攻撃をするんだ」

 

 オートパイロットのようなシステムかと思いきや、操縦者を取り込みそのISを再現機にしてしまうと言うおぞましいものだと言うことを、ジャックはこの時理解する。

 

「更に取り込まれた操縦者は、システムに無理やり動きを合わせられるはずです。未熟な者が扱えば、ヴァルキリーという達人の動きを再現したシステムに身体の負担が耐えられず――」

「最悪の場合、死ぬね」

 

 クロエの説明を受け継ぐように、束はシステムを扱った操縦者の末路をジャックに教えた。

 

「成る程。操縦者を生贄にするシステム、とでも言うべきか?」

「それだけじゃないよ。システムがヴァルキリーたちの動きを再現するんだもん。そこには、ヴァルキリーたちが積み重ねたモノも、ヴァルキリーたちの想いも心も、何も無い。その皮だけを借りて敵を殺すんだから、不愉快極まりないよ」

 

 束はそう言うが彼女にとってのヴァルキリーとは、即ち織斑千冬のことを指しているのだろうとジャックは思う。そして彼女が怒り狂った理由を、漸く理解する。

 

「つまり、博士は親友の力が彼女の想いを全く無視して、形だけの暴力として扱われることが気に食わないと申すのか?」

「ジャックくんだってさぁ、親友が道具の様に扱われていて冷静でいられる?」

 

 束の訊き返しにジャックは「うっ」と言葉を詰まらせてしまう。

 仮にンジャムジが道具として扱われている状況に遭遇したとしたら、自分は冷静でいられるだろうか?

 そう考えると彼は悔しいが、束の思いを理解してしまった。

 

「……確かにな。博士の言うことは分かった。だが、そのシステムが再現しているのが織斑千冬だと分かっているのか?」

「ジャックくん。束さんを侮っちゃ困るよ? じゃなかったら、ふーんって流す程度にしていたよ。あのチビのISを観測して、ちーちゃんの動きを再現するVTシステムだということは判明させてあるよ。それに、詰めが甘いのかな? データを回収するために情報送信機能まで取り付けられていたから、出所はハッキリさせたよ」

 

 束は不敵な笑みを浮かべジャックに向ける。しかしジャックは僅かな時間でそこまで調べ上げた彼女の情報収集能力に対して、当たり前のことをしただけだろうと言う風に鼻で笑った。

 

「攻撃目標も割り出したのだろう。それで、私に何をさせるつもりなのだ、博士?」

「うん。単刀直入で伝えるよ。最優先目標は施設と研究者たちの抹消。可能であればVTシステムの研究データを回収するってところかな」

 

 ジャックは容赦が無いなと束からの依頼を聞いて思う。

 今の彼女の表情は普段と同じ飄々としたものだが、実際は逆鱗を触られた怒りを出したくて仕方ない状態だ。だがジャックに依頼を通達するために、束は怒りを堪えて冷静な態度を取り繕っているのだ。

 

「データの回収ということは、無人機を使うのだな?」

「あくまでも施設の破壊と愚か者の抹消が目的だからね。ジャックくんに直接やらせてまで欲しいわけじゃないし、それはくーちゃんに任せるよ」

 

 束はクロエに視線を向けた。クロエは頼ってもらえるのが嬉しいのか、嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「何度も言うけれど、ここは絶対に潰すし、誰も逃がさないよ。束さんもちょっかい出してサポートするし、無人機も出来るだけ量産して作戦遂行を確実なものにするから。ただ……」

 

 束は突然申し訳なさそうな顔をしながらジャックを見た。

 

「ジャックくんには申し訳ないけど、フォックスアイの武装の改修は間に合わせられないと思うの」

「珍しいな、博士がそう言うとは」

 

 ジャックがそう言うと束はお手上げのポーズをしながら理由を話した。

 

「束さんが一から作ったものならばちょいだけど、フォックスアイも含めて全く別の技術で作られたものだからね。弾薬の製造にこぎつけたのもつい最近だし、改修案を出してくれたのはこの間。こればかりは申し訳ないよ」

 

 その理由を聞いてジャックも僅かだが納得するが、同時に、ならばその為の準備期間を用意すればいいのではないかと思ってしまう。そのことを伝えたく思うも、彼女が先に詫びたということは強行しなければならない理由があるのだろうと予測し口を閉ざした。

 

「電撃作戦か。微力を尽くそう」

「お~、やる気出してくれるの、ジャックくん?」

 

 束はぱぁっと明るい顔で嬉しそうにジャックに尋ねた。

 

「私は陰謀家と言われようともレイヴンだ。博士に期待以上の成果を持って帰ろう。そう思わないか、クロニクル?」

「はい、ジャック様。お母さん、この任務、お任せてください」

 

 

 

 

 そのようなやり取りがあったのがつい先日。そしてジャックは今、攻撃目標からやや離れた森の中に潜伏していた。その攻撃目標はドイツとは全く関係の無い北欧の辺境にあった。そこは人が住むにはあまりにも過酷な寒さで覆われた世界だ。ジャックはそんな極寒の中、外で平然とトルココーヒーを煽るあたりに強化人間の人間離れした頑丈さが物語られている。

 カップの中にあるコーヒーの残りが僅かになると、彼の頭に装着されているヘッドセットが受信音を鳴らした。ジャックはヘッドセットに取り付けられているボタンを押して、通信主と接続をする。

 

「遅かったじゃないか、博士」

≪いやー、メンゴメンゴ≫

 

 聞き覚えのある声がヘッドセットに鳴り響いた。

 

≪無人機の配置にちょっと時間かかっちゃってさ。とりあえず作戦の確認をしておこうか≫

「ああ、了解した」

 

 ジャックはポケットから小型の端末を取り出した。それはこの世界に転移して束が彼に渡したものだった。そのスイッチを入れて端末の液晶に光を灯すと、束から作戦に関する情報が送られてきた。

 

≪作戦は結構シンプル。この束さん直々に施設に対してクラッキングを施して、機能を掌握するのと同時に無人機を投入するよ。自律型を3機と、くーちゃんの遠隔操作型を1機ね≫

「私はどうすればいい?」

≪うーん。わざわざ現場に行かせておいてあれだけど、ジャックくんは作戦に何らかしらの支障が出た際の保険になってほしいなって≫

 

 束は申し訳なさそうな感じでそう言うが、ジャックは彼女を非難しようとは思わない。

 確かに現地に送っておきながら役目が保険だと伝えられるのは、気分が良くない。しかし作戦が想定通り進むという保証は何処にもない。自信満々で作戦を進めて障害が起こりあたふたされるよりは遥かにマシだと、ジャックは思ったのだ。

 

「ならば私はここからじっくり観察させてもらうことにしよう」

≪確かに、それが一番かもね。でも、一応準備だけはしておいてね≫

「分かっているさ。クロニクルにも万が一の事態が発生した際に備えて、直ぐに2機目の無人機を操作できるように伝えておけ」

 

 フォックスアイの格納ブロックには、以前の襲撃と同じように無人機が入れられてある。これも何かしらの事に備えてだ。

 ジャックは作戦の開始が迫っていると分かると、残っているトルココーヒーを一気に煽った。身体が温まるだけでなく、時間は少しかかるが、それに含まれているカフェインが眠気を吹き飛ばしてくれるだろう。

 

≪ジャックくん、準備はOK?≫

「待て、占いをするところだ」

 

 束はジャックが何をするのかもう一度尋ねたが、彼はそれに構うことなく受け皿を蓋の様にカップに被せ、それらをひっくり返す。今彼がしているのは飲み干したカップに残った粉が、カップの底でそれがどのような模様を描くのか、そしてその模様から占うというものだった。

 少ししてカップに残っていた粉が乾いたのを確認すると、底を覗き込んだ。

 

「……」

≪おーい、ジャックくん。いい加減教えてくれないと、束さん怒っちゃうんだからね≫

 

 ジャックはカップの底に描かれた模様を見て目を細め、眉間を寄せてしまう。

 

「博士、何やら良からぬことが起きそうだ。保険を用意したのは正解かもしれんぞ?」

 

 カップの底に描かれた模様は不吉を意味するものだった。

 

≪あれ? ジャックくんは占いとか、そういう類を信じる口なの?≫

あいつ(ンジャムジ)に教えてもらって以来、嫌に良く当たるのでな……」

 

 ンジャムジにこのコーヒーを教えてもらい、そしてこの占いの模様のこともよく教えてもらった。自分一人で占いの内容が分かるようになって以来、それが本当に良く当たるようになったのだ。だからこそ、今回占った内容も当たると、彼は確信を抱いてしまう。

 

≪……ジャックくんがそこまで言うなら、ちゃんとした準備をお願いね≫

「分かっている。何時でもフォックスアイを出せる状態にしておこう」

 

 彼は飲み干したカップとコーヒーを作るための器具一式をケースにしまいながらそう言う。しまい終えるとケースを持ち上げ、そのまま寝かせてあるフォックスアイのコックピットブロックまで移動しする。そして片腕で身軽そうによじ登り、コックピットへ滑り込むように入り込んだ。

 ヘッドセットを外し、ケースを座席シートの下に放り込むと腕の人工皮膚の一部を剥がしプラグを露出させる。そしてコネクターを挿入し、ジャックはフォックスアイと一つになった。

 素早くコンソールを操作し、通信をヘッドセットからフォックスアイを使ったものに移行させる。そのおかげでモニターに研究所の様子が映し出された。勿論それは束の方も同じであり、彼女の方ではフォックスアイのコックピット内の様子が映し出されているだろう。

 

「博士、こちらは待機状態に移行したぞ」

≪了解。んじゃ、そのまま待っててね≫

 

 そう言って束は空間投影型のコンソールを操作し始める。ジャックは何時も彼女が何かしら操作しているのを見ていただけに、今日の彼女の指捌きが普段以上に素早い事に気が付く。それだけ本気で潰しに掛かろうとしていることが分かった。

 

≪……はぁ?≫

「どうした?」

 

 間抜けな声を出した彼女に、ジャックは何か問題が起きたのではないかと思い尋ねる。

 

≪連中、この束さんの攻撃を受け止めてるんだけど? てか、なんかしぶといと言うか……≫

 

 普段であればとっくにプログラムを制圧し終えるはずだが、予想外のしぶとさを見せる相手に束はイラつきを覚える。

 

≪お母さんのクラッキングを、受け止めているのですか?≫

「厄介な相手だな。それとも、博士が攻撃をしてくるのは想定済みか?」

 

 クロエはそのことに驚き、ジャックは千冬のVTシステムを開発した以上束からの報復があることを想定していてもおかしくはなかったと、この時気付いた。

 

≪あー、もう。防御ガッチガチだね。この束さんに抵抗しようだなんて、生意気も甚だしいんだけど?≫

 

 束は更に操作の速度を上げる。流石天災と呼ばれるだけあって、相手の重厚な防御壁を次々と砕いては剥ぎ取り、敵施設のプログラムの中枢に近づきつつあった。

 

≪一瞬で終わると思っていたけど、やるじゃん。くーちゃん、出撃をお願い≫

≪は、はいっ!≫

 

 ちょっかいを出した時点で作戦は始まっている。そしてその過程は一瞬で終わるものと考えていたが、相手が予想外のしぶとさを見せたのだ。電撃的な襲撃作戦であるため作戦の遅延を許さない束は、このタイミングでクロエと他の自律型無人機を投入することにした。彼女らが施設に到着するのと同時に施設機能を支配すればよいと彼女は考えていたのだ。

 そんな綱渡り的な作戦をジャックはただ見ていた。当初の予定通り敵施設の機能を支配してから襲撃するのも、遅延を取り戻すための作戦変更も、どちらも間違ってはいないと思っていたからだ。ただ、束の選択がどのような結果になるのかを、じっと見守ることにしたのだ。

 

≪自律型無人機の起動を確認。遠隔操作型に異常なし。目標施設に接近。ただ、レーダーで捕捉はされたようです≫

≪そっちは順調そうだね。こっちはあと少しで制圧できるよ≫

 

 ここまでは問題は無く、ジャックは束の選択が良い方向に向かっていると感じる。

 

≪よーし、制圧完了。くーちゃん、思いっきり暴れてちょうだい!≫

≪分かりました、お母さん。目標施設に到着。攻撃、開始≫

 

 クロエがそう言うと、フォックスアイの音響センサーに雷鳴に似た低音が響く。遠く離れているため、もう少しマイクの感度が低ければ音を拾うことすら出来なかっただろう。

 

≪敵SAMを破壊。自律型A(アルファ)、対空機銃を破壊。C(チャーリー)は敵戦闘ヘリを撃破≫

 

 クロエの口から次々と敵施設の破壊情報が入る。しかしジャックはあまりにも順調に敵施設を破壊出来ていることに違和感を覚える。それは彼だけではないようだ。

 

≪結構な重武装だね。ISを出してこないのが不思議だけど≫

「確かにそうだな。VTシステムの開発研究施設なのだろう?」

 

 ISが一機も出てこないことをジャックと束は不思議に思った。もし本当にここがVTシステムの研究施設であれば、試作型だろうが何だろうがそれを使って防衛をしてくるはずだ。なのにいくら施設の被害が拡大しようとも、ISが出てくる気配が無い。

 ジャックはフォックスアイのメインシステムを、待機時の通常モードから高出力の戦闘モードへ切り替える準備を始めていた。

 

≪敵の防衛機能は粗方片づけました。これより、内部に侵入――≫

 

 その瞬間、先程とはまた違う音がフォックスアイのコックピットに鳴り響いた。それは、ジャックが酷く聞き慣れた轟音と同じものだ。

 

≪ウソ……。遠隔操作型、ロスト≫

≪落とされた?≫

 

 一撃で、クロエが操作していた無人機が撃破されたという報告が入り、ジャックは表情を硬くする。

 

≪いったい何が……。B(ブラボー)とAがっ!?≫

 

 自律型のうち2機が撃破された報告が入ると同時に、またしても聞き慣れた轟音がジャックの聴覚を刺激する。

 

≪Cのカメラ映像に切り替えます!≫

≪映してくーちゃん! こ、こいつは……っ!?≫

 

 唯一生き残っていた自律型のカメラから送られてくる映像を見た束は驚きの表情を隠せず、ジャックは自分の推測が間違っていなかったと確信した。

 聞き慣れたそれらの轟音。それは、ジャックが一度死ぬ前の世界で、これでもかと耳にした兵器の発砲音と着弾時の爆音なのだから。

 

≪AC!?≫

≪何でこんな所に!?≫

 

 映像に映るACが、その右腕に装着しているグレネードライフルの銃口を生き残っていた自律機に向けると、強烈なフラッシュと砲撃音が生じる。それも一瞬で次の瞬間にはホワイトノイズが映像を覆いつくした。

 

「博士、出撃するぞ」

≪メインシステム、戦闘モード起動≫

 

 ジャックは直ぐにフォックスアイのシステムを戦闘モードへ切り替え、巡航モードのOBを起動させた。鋼鉄の巨人は起き上がると、背中から露出した4基の大型ブースターの推力を得て暗闇の中を光を纏いながら羽ばたいた。

 

(もし相手が仲間だったとしても、こちらから手を出した以上戦闘は避けられん。ならば……)

 

 レイヴンの掟に従い、命の奪い合いをするまでだ。

 

 

 

 

 フォックスアイのメインカメラがある一点を捉える。その先には朦々と立ち込める黒煙と、光が灯っている。その光とは決して太陽のように輝き照らすものではなく、破壊という名の暴力によって生み出された炎だ。

 ジャックは遠巻きから見ても地上の施設はかなり破壊していることが分かった。ならば何故最初からACを投入しなかったのかが気になる。

 するとコックピットのディスプレイにロックオンの警告が表示された。

 

(長距離兵器。キャノンでも担いでいると見える)

 

 警告が表示されて一秒もせずに敵施設から一筋の光がフォックスアイに迫る。ジャックはそれを見ると、OBを切ることもなく僅かに機体を動かしてそれを躱した。その正体はレーザーキャノンによる砲撃だと彼は理解する。

 しかし相手は彼の到着を待ってくれたりはしない。すかさず次の砲撃がフォックスアイに襲いかかった。

 

(悪くはない腕だ。だが、()()()()で私の相手をしようとでも?)

 

 ジャックは自分に対して攻撃してくる相手の腕前に対して嘲笑を浮かべる。こんな稚拙な攻撃に私が当たるものか、と。

 実はジャックがこうも簡単に攻撃を避けられたのは、憎まれ役を討ち倒しに来たドミナントとの戦いがあったからだということに、彼自身も気付いていなかった。もしもドミナントとの戦いがなければ、今の砲撃にも苦戦していた可能性があった。

 

(やられっぱなしではな。こちらからも行かせてもらうか)

 

 ジャックはカラサワの銃口を砲撃地点に向けると、そのままトリガーを引いた。ロックオンが出来ない距離のため精密な射撃は望めないが、カラサワの威力であれば牽制としては十分過ぎる威力だろう。

 2発ほど牽制としての射撃をすると、一瞬だが砲撃の頻度が落ちた。その隙にジャックはフォックスアイのOBの出力を更に上げ、一気に施設に接近する。

 

(捉えたぞ!)

 

 フォックスアイにカラサワを下ろさせると、背負わせている両肩ミサイルを起動させる。FCSがミサイル用のものに切り替わると、ジャックは敵性中量二脚型ACをロックオンサイトに収める。

 強化人間が操るAC特有の驚異的な情報処理能力により、瞬時にロックオンマーカーが赤色に染まる。それと同時にジャックはトリガーを引いた。

 フォックスアイが背負っている二つのミサイルコンテナから2発ずつ、計4発のミサイルが目標へ向かって飛び出す。しかし相手は肩の装甲を展開すると、内蔵されていたミサイルデコイを発射するとブースターを吹かして機体を滑らせるように移動させた。

 

(ミサイルの無駄になるだけか…)

 

 ジャックはデコイに吸い寄せられ無力化されるミサイルを見ると使用するのをやめて、カラサワ用のFCSに切り替えた。

 今装備しているミサイルは4発同時発射式という瞬間火力を高めたモデルであるが、1発だけ発射するという細かい芸当は出来ない。その豊富な装弾数を使って相手のデコイを切らせるという荒技も出来なくはないが、そんなことをする必要性を彼は感じなかったため、カラサワと左腕のグレネードライフルで仕留めることにした。

 

 無人機によって破壊された瓦礫の上にフォックスアイは着地する。その重量から瓦礫の山が更に押し潰された。

 

≪ジャック・O!≫

 

 相手のACのパイロットが怒りを含んだ叫び声をあげる。

 

≪お前はこの世界でも混乱を起こすつもりか!?≫

 

 しかしジャックはそのレイヴンとは面識がなかった。恨まれる事など幾千もしてきたため敵が多いことは認識していたが、その相手をいちいち覚えている程の余裕はなかった。

 

≪敵ACを確認。バスタード・ワンです≫

 

 フォックスアイのAIが敵ACの名称を伝えると、ジャックは記憶の片隅にあった相手の情報を思い出す。目の前に立つのは彼が起こした戦争の最中に現れたアライアンスに付いていた新人レイヴンだった。そこそこ息は永かったが、最終的にこちらのレイヴンが始末したと記憶している。そしてこのレイヴンがどんな奴だったのかも思い出した。

 

「ふん。正義気取りのルーキーが。非合法組織に組するとは堕ちたものだな。ジャスティーという名が聞いて呆れるな」

≪黙れ! お前だけは許さない!≫

 

 明確な敵意とともにジャスティーというレイヴンは、試作グレネードライフルをフォックスアイに向けた。その攻撃が来る前にジャックは操縦棒を動かしペダルを踏み、回避行動をとる。その直後に今居た場所を榴弾が通過した。

 

(あの試作グレネードライフルは厄介だったな)

 

 今相手しているバスタード・ワンは、アライアンスの試作パーツだけで構成された安定性を無視した歪なACだった。しかしそれらの性能は決して低くない。現に今ジャスティーが使用しているクレスト製試作グレネードライフルは、既存のものの欠点であったロックオン時間が実質的に存在しない程の高速ロックオンを可能にしていた。

 

(加えて威力も肩用とほぼ同じ。弾切れを狙うよりは、武装を破壊する方が賢明か)

 

 ジャックはカラサワの照準をバスタード・ワンの右腕部に合わせるとトリガーを引く。独特の銃声が鳴り響き、青白いエネルギーの塊がグレネードライフルとそれを持つ腕を引き千切らんとした。

 しかし相手もあの戦争を、終盤近くま生き残っただけのことはあった。狙いを定めていた腕を直ぐに引っ込ませると、迫り来るエネルギー弾を跳躍することで回避した。

 

≪そんなデカブツを持っているなら!≫

 

 ジャスティーは.フォックスアイの武装では近接戦は不得意だろうと予測すると。バスタード・ワンをフォックスアイに接近させる。そして左肩に装備させているレーザーキャノンを起動させ、左腕部に持たせているマシンガンを構えた。

 

「貴様も人のことを言えんだろう?」

≪粋がるのも今のうちだ!≫

 

 バスタード・ワンのレーザーキャノンが火を噴く。だがそのエネルギー弾は先程のように収束されたものではなく、拡散したものだった。

 

「!?」

 

 いくら強化人間特有の驚異的な反射神経を持っていても、拡散弾を避けきれるわけがない。全弾命中は避けられたものの、拡散したエネルギー弾がフォックスアイの防御スクリーンを貫通し、その装甲を焼き裂いた。

 そしてバスタード・ワンが左腕部に持つマシンガン『NIX』は、その圧倒的な連射性能と引き換えに威力が落ちているモデルの筈だが、想定以上のダメージを受けていた。

 

(どうやら、私だけが特別ではないようだな)

 

 フォックスアイが強化されていたのだ。他のACが強化されていない筈がない。

 ジャックは冷静にその事実を受け入れた。そして、敵のレーザーキャノンが、エネルギースラッグガンとしても使えるという変化も。

 

(しかし遠距離と近距離を両立出来るエネルギー兵器か。こいつ(フォックスアイ)には不利な相手か)

 

 フォックスアイは実弾武装に対しては堅牢だが、エネルギー系に対しては弱いという欠点を抱えている。それ故に、バスタード・ワンが背負うエネルギースラッグガンはフォックスアイにとって天敵と言っても過言ではなかった。

 接敵を許さんとジャックはグレネードライフルを構える。軽量で取り回しの良いモデルだ。加えてFCSのサイト範囲は狭いが、近距離であればロックオンしきれていなくとも榴弾の信管で誤魔化せると踏み、トリガーを引いた。

 撃ち出された榴弾が光と熱を帯びながら、バスタード・ワンに襲い掛かる。バスタード・ワンは至近距離から放たれたそれを避けることが出来なかった。

 

≪ウグッ≫

 

 爆風と衝撃に煽られジャスティーは苦しさから呻き声を上げる。

 ジャックは相手が動けない隙を突いてOBを起動し、一気に距離を離す。正面からの撃ち合いに持ち込めれば、相手がレーザーキャノンを使っていることを考慮してもフォックスアイに分がある。

 

≪逃がさねえぞ!≫

 

 ジャスティーは逃げるフォックスアイを追うべくブースターを吹かすと、マシンガンの有効射程まで接近する。その異常に伸びる緑色の噴射光は、キサラギ製試作ブースターの『VASUKI』だろうか。そうでなければ、恐ろしい程の加速性能で離れていた距離が一気に詰められる筈がない。

 

(厄介過ぎる……!)

 

 元の世界であればバランスの悪い機体のため、ジャックが苦戦することはなかっただろう。しかし、この世界に転移したことによる()()を受けたのか、バスタード・ワンは恐ろしいACに変貌を遂げていた。

 距離を詰めたバスタード・ワンは再びエネルギースラッグガンとマシンガンを連射し、フォックスアイに憎悪をぶつける。

 

(普通に戦っては苦戦は必須。ならば!)

 

 ジャックは逆転の発想を思い浮かべると、再びOBを起動させた。

 

≪逃がさないって言っているだろ!≫

 

 ジャックはOBが起動すると、その推力を得たフォックスアイを()()()()()()()()へ突撃させた。

 

≪えっ?≫

「ふん。まだまだ青いな、小僧」

 

 突然の行動にフリーズしているジャスティーに対しジャックは嘲笑を浮かべ、バスタード・ワンの直前でフォックスアイの脚部のサブブースターを起動し機体を大きく回転させると、そのまま右側に回し蹴りを放った。フォックスアイの脚部は重量タイプの『JACKAL2』だ。重量タイプの中でも重い部類に入るそれが、OBの推力と回転という運動エネルギーを持って回し蹴りに使われたのだ。

 バスタード・ワンの右腕部はあっさりと折れ、そのままコアに蹴りが直撃する。

 

≪ガハッ!?≫

 

 ACの驚異的なバランサーですら制御しきれない衝撃に、バスタード・ワンは吹き飛ばされ倒れ込んでしまう。

 

「貴様もPlusだろう? ACの四肢を使いこなせない時点で勝ち目があると思うな!」

 

 フォックスアイを飛翔させ、カラサワを倒れ込んでいるバスタード・ワンに向けて放つ。そのエネルギー弾が直撃すると、相手が使っていたエネルギーキャノンなど目じゃない程の威力を発揮した。バスタード・ワンの防御スクリーンをあっさりと打ち砕き、装甲を溶かしてしまう。

 

(AC相手にこの威力だと!?)

 

 その威力に最も驚いていたのは、なんと使っている本人であるジャックだった。

 

(これではACであっても数発で撃破出来るぞ……)

 

 そう思っていると、倒れているバスタード・ワンからミサイルが3発放たれる。ジャックは素早くインサイドを起動させるとデコイを撃ち出し、回避行動を取る。

 放たれたミサイルの内2発がデコイに吸い寄せられる。だが、残りの1発はデコイに吸い寄せられることなくフォックスアイめがけて飛び続けた。その加速性能からジャックは回避しきれず被弾してしまう。

 

「何?」

 

 突如モニターが黒い液体で覆われると次の瞬間には炎が覆い、そしてコックピットに熱暴走のアラートが鳴り響いた。

 

(ナパームミサイルか!)

 

 ジャックの予想通り、フォックスアイの全身を炎が包み込んでいた。グングン上昇する機体温度に対してラジエーターが緊急作動し、必死に機体温度を下げようとしている。

 

「ッ!?」

 

 気を取られていたジャックに衝撃が伝わる。

 

≪コア、損傷≫

 

 フォックスアイのAIが機体損傷の表示と警告を伝える。見ればモニターに表示されているAPが激減していることに気付いた。

 

(情けない。まさかキャノンの直撃を受けるとは……!)

 

 あの時余計なことを考えなければと後悔しつつ、ジャックは操縦棒とコンソールを同時に操作する。まだカメラが元に戻っていないが音響センサーがエネルギー弾独特の砲撃音を響かせ、炎よりも明るい光が脇を通った。

 

(2発続けての被弾は回避か)

 

 ジャックがコンソールを操作し終えると、フォックスアイの自動洗浄機能が作動する。機体に纏わりつく炎と焼夷剤を洗い流していき、鎮火によって視界を取り戻した。

 

「悪くない動きだ。だがな!」

 

 ジャックはミサイルを起動させるとそれを発射する。当然のように相手もデコイを使ってくるが、それは想定の範囲。ミサイルに対する回避行動をとるバスタード・ワンに損傷しているOBを使って上空から接近し、グレネードとカラサワの銃弾を浴びせた。

 

≪うわあああ!?≫

 

 ミサイルに気を取られていたジャスティーは、上空からの2種類の攻撃に対応出来ずに攻撃を貰ってしまった。

 グレネードの爆風と、カラサワの凄まじい衝撃がコックピットに座る彼をシェイクする。次の瞬間、機体の後方から一層強い衝撃が伝わった。

 

「これでキャノンもミサイルも使えないぞ?」

 

 ジャックはカラサワでバスタード・ワンが背負っていた2つの肩武器を撃ち抜くとフォックスアイを着地させ、倒れ込んでいるジャスティーに対して挑発をする。

 

≪……ッ! こいつ――≫

「甘いな」

 

 ジャスティーは残されているマシンガンをフォックスアイに向けるが、ジャックはそれよりも素早くマシンガンを撃ち抜いた。

 

「諦めろ。貴様が私の敵になった時点で、勝ち目はない」

≪黙れ! お前さえいなければ……。また俺の全てを奪うつもりかよ!≫

 

 恨み節を放つ若者独特の声をジャックは煩わしく思い始めていた。

 

≪俺の家族を殺しておいて……、今度は命の恩人たちを殺す気でいて……。お前に血も涙もないのかよ!!≫

 

 ありったけの憎悪を込めてジャスティーは仇であるジャックにそう言い放つ。しかし――

 

「知ったことか」

 

 ジャックはあっさりとそれを受け流した。

 

≪ッ! ジャック・Oオオオオォ!!≫

 

 ジャスティーはバスタード・ワンに残された格納ブレードを左腕に装着させると、レーザーブレードを展開しながら突撃する。

 ジャックはカラサワとグレネードライフルをバスタード・ワンに向けて撃つが、ジャスティーはブースターの加速性能を駆使して躱してみせた。

 

(ほう? この期に及んで……面白いやつめ)

 

 接敵しながら攻撃を回避するという芸当をしたジャスティーを、ジャックは心の中で称賛する。

 

≪死ねえええ!!≫

 

 フォックスアイめがけて振り上げられんとするレーザーブレード。だが、ジャックはそれでも冷静さを崩すことはなかった。

 

「クロニクル、やれ」

≪了解です≫

 

 フォックスアイの格納ブロックが展開し、残されていた遠隔操作型の無人機が発進する。クロエが操作する無人機はビームブレードを収束させると、バスタード・ワンの左腕に装着されているレーザーブレードを切りつけた。

 

≪……は?≫

 

 ブレード発生装置が損傷したことによりレーザーが拡散し、斬撃はただの虚しい空振りに終わる。ジャックはそんながら空きのバスタード・ワンのコアにカラサワを密接させた。

 

「チェックメイト」

 

 ジャックは無慈悲な死刑宣告をするとトリガーを引いた。青白い光の塊が零距離射撃により防御スクリーンも装甲も無視して、バスタード・ワンのコックピットブロックを貫通した。ジャスティーは走馬燈を見る暇もないまま、一瞬で蒸発してしまった。

 機体負担が高まっているのかバスタード・ワンに紫電が走り始めると、ジャックはラリアットの様にその機体の頭部に左腕を絡ませ敵施設に向けて放り投げた。

 施設を押しつぶす様に地に落ちるバスタード・ワン。

 ジャックはトドメと言わんばかりに、威力を高めたカラサワを連射する。その一撃一撃がバスタード・ワンを砕いていき、遂にラジエーターを破壊する。

 暴走したジェネレーターの発熱を抑えるものがなくなり、やがて機体負担が限界を超えたのか小爆発が起き始める。そして一際大きな爆発が起こり、バスタード・ワンは施設を巻き込むようにして四散した。

 

「クロニクル。撃破されたISのコアと、へし折ってやった右腕に残っているグレネードライフルを回収しろ」

≪ジャック様はいかがなさるのですか?≫

「私は――」

 

 ジャックは爆発が起きた施設から逃げ出す人々を視界に捉える。

 

「博士の注文通り、一人として逃がさぬよう始末する」

≪かしこまりました≫

 

 ジャックはそう言うと、無事だろうと負傷していようと、爆発で死んでいようと構わずカラサワを彼らに向けた。先ほどの戦闘を見ていた者が多いのか、跪き懇願する者たちが多い。

 

≪意地汚ぇ!≫

 

 そんな者たちの姿をモニター越しに見ていた束は、思わずそう言ってしまう。だがその声色の中には、元々非合法のシステムの研究をしておいてその程度の覚悟しかなかったのかという驚きの割合が大きい。

 

「こちらも仕事なのでな」

 

 そんな命乞いをする者たちに対してジャックは容赦なくトリガーを引いた。撃ち出されるエネルギー弾が次々とこの施設の者たちを蒸発させていく。更にグレネードを放ち、その爆風でコソコソと逃げていた者たちを炙り出す。

 

「誰一人として、生かして返さんぞ?」

 

 ジャックはそう呟きながら淡々と始末していく。レイヴンとしても生きていた彼からすれば、このような虐殺など慣れっこだった。作業感覚で始末し続ける。

 

≪ジャック様。コアの回収、及び敵の武装の回収が完了しました≫

 

 清掃作業中のジャックのもとにクロエの無人機がやって来る。ISコアは量子化し格納しているため、両手で敵が使っていたグレネードライフルを担いでいた。

 ジャックは一度作業を中断すると、フォックスアイの空いている左手でグレネードライフルを受け取った。

 

「ご苦労だったな」

 

 ジャックはクロエに労いの言葉を投げかけた。

 

≪くーちゃん、嬉しいのは分かるけどもう一仕事あるよ。隠し脱出通路があるみたいだから、後を追ってみて≫

≪了解しました≫

 

 瓦礫を掻き分け破壊された施設に入り込むその様は、まるでゴキブリを連想させる動きだった。

‪ その姿を見送るとジャックは作業の続きを始めた。音響センサーは切ってある。ただ煩くて仕方がないからだ。

 

 

 

 

「面白いことになっているわね」

 

 一人のロシア系女性が大型モニターが映し出す光景を見ながらそう呟く。

 その部屋はただの部屋ではない。多くの機材が入り、大型モニターすら入る程のホール並みの広さを誇っていた。

 そしてそこにいるのは、その女性だけではない。かなりの人数が居り、皆端末を操作しながらモニターの映像の動向を伺っていた。

 

「な、なんだ。あのデタラメな火力は……」

 

 一人の男性がその光景を見ながら声を漏らしている。

 

「ISを一撃で撃破するだと……」

「あの光学兵器もイカれてやがる。施設が一撃であんなに……」

 

 その者たちが見ていたのはフォックスアイとバスタード・ワンの戦闘で、今はフォックスアイによる蹂躙劇を見ている。

 その場に居る者たちのほぼ全員が、あのISが一撃で倒されたこと、ACの圧倒的な戦闘能力の高さに驚きを隠せずにいた。

 

「ははは。篠ノ之束を釣る目的で設立させたエサだったが……、大当たりを引くとはな」

 

 モニターの前に立つ女性は不敵な笑みを浮かべてながら、満足そうに呟く。

 

「まさか兎の下に鴉の皮を被った狐が居たとはな」

 

 女性は篠ノ之束の動向を察知する目的で織斑千冬のVTシステムを開発する研究施設を、上層部に無理やり可決させ設立させたのだ。その結果、篠ノ之束の動向だけではなく、彼女の下にあのジャック・Oが居るという情報まで入手出来たのだ。

 元々使い捨てる予定だった人員だったため金銭的被害以外はゼロ。そして一番厄介なレイヴンの居場所を察知することに成功出来たのだ。大当たり以外の何ものでもない。

 

「いかかがなされますか? この情報を公開しましょうか?」

 

 女性の傍に立つ男が今後どうするのかを尋ねる。

 

「待て。お前もISの権威を地に落としたい気持ちは分かっている」

 

 その男は、否、その部屋にいる男性たち全員がISの登場による煽りを受けて弾かれた者たちだった。

 元々優秀な人材だったにもかかわらずISのせいで理不尽な扱いをされ、職を解かれてしまった。そんな彼らに裏世界の住人たちは誘惑し自らの組織に彼らを誘い込んだのだ。

 

 ISに対して復讐が出来る。

 

 そう思って組織に参画した者たちは絶望しただろう。結局はその組織でもISが重要視されており、自分たちは所詮唯の使いっぱしりでしかなかったのだから。

 嘆こうとしても流れる涙ももう出ない。屍の様に生きる目的も失い、組織にいいように駒にされる毎日を過ごしていた。

 

 しかし、彼女が現れたことで、彼らは生きる目的を取り戻したのだ。

 

 指揮官として現れた彼女は、彼らを誰一人駒として扱わず優秀な部下として扱ってくれたのだ。そして、ISに対する深い憎しみも理解してくれている。それだけで、自分たちを騙した上層部よりも彼女に対して深い忠誠心を誓うのだった。

 

「しかし――」

「我々はまだ、牙を研いでいる最中なのだ。そして食らいつくための相手を、隅々まで調べつくす必要もある。それが天災と謳われる兎であれば、尚の事だ」

 

 抗議しようとした部下を制しながら、その女性は理由を述べた。

 

「今回のこの情報はかなり大きい。相手の戦力を知ることが出来たのだからな。それと、この映像は粗く加工した静止画像にして、ジャーナリストに売りつけろ。動けば篠ノ之束の配下だと確定でき、動かさないための牽制にも出来るぞ」

「畏まりました。では早速作業に取り掛かります」

 

 そう言う男の姿を見た女性は彼に任せると、その部屋から立ち去って行った。

 

 カツン、コツンと足音を廊下に鳴り響かせながら女性は歩いていく。そしてT字の角を曲がると、彼女を待っていたかのように褐色肌の長身の男が壁に背もたれ腕を組みながら立っていた。

 

「何をしているのだ、ディーバ?」

「あんたが戻ってくるのを待っていただけさ、アグラーヤ」

 

 ディーバはそう言いながら壁から背中を離すと、アグラーヤへ歩み寄った。

 

「それで、何か収穫はあったのか?」

「……ジャック・Oがあの兎の下に居る可能性が高い」

「ジャ、ジャック・Oだと!?」

 

 ディーバはまさかあのレイヴンの名前を聞くとは思ってもおらず、驚きの声を上げてしまう。彼女の透き通る、女性歌手の様な声が廊下にこだました。

 

「てことは、あいつも死んだってことか?」

「それは分からん。あいつだけ生きたまま転移した可能性もあるぞ」

 

 アグラーヤはそう言いながらある場所へ向かって足を運ぶ。彼女よりも背が高いディーバも、アグラーヤの歩調に合わせながらある場所へ向かった。

 

「よりにもよってジャック・Oが篠ノ之束の下に、か……。これからの活動に支障が出るんじゃないのか?」

「ああ。一筋縄ではいかんだろうな。お陰でプランを強化する必要が出てきた」

 

 ある部屋の前に到着したアグラーヤとディーバは、その重厚な隔壁の隣に取り付けられた認証端末を操作し始める。

 指紋、網膜、音声認証を終えると、隔壁から気圧が抜ける音が響き斜めに開く。二重の隔壁が開くとアグラーヤとディーバはその中へと入って行った。

 その中に入った途端、重機の金属音に溶接音が彼女らの聴覚を刺激した。もう少し進んでいくと、大きく開けた場所に辿り着く。所謂格納庫といえる場所だった。

 そこには、4体のACが佇んでいた。漆黒のACが2機に常盤色のACと群青色のACが1機ずつだ。

 佇むACを囲むようにタラップが設置されており、壁から重機がACたちに向かって伸びている。そして機体の各所から溶接溶断の火花が散っていた。

 

「改修は進んでいるのか、ディーバ?」

「まあその報告は本人らにさせようじゃないか。おーい!」

 

 ディーバが作業音にもかき消されぬ一流歌手のような透き通った声で呼ぶと、群青色のACと漆黒のACの1機のコックピットから男性が出てくる。二人はタラップを伝ってアグラーヤらの元へ歩いてきた。

 一人は幼い印象が残る青少年で、もう一人は情けない雰囲気を纏う男だった。

 

「改修作業はどうなっている。モリ、ボーイ?」

「進めてはいるけれど、急かすなら少しは手伝ってほしいよ、アグラーヤ」

「こっちは前より良くなっているよ、義母さん!」

 

 愚痴を吐いたのはモリ・カドルというレイヴンであり、アグラーヤを義母と呼ぶのはフライボーイという名のレイヴンだった。

 

「劇的ではないか……。話がある。コーヒーでも飲みながらしよう」

 

 アグラーヤはそう言いながら親指でコーヒーメーカーが設置されている休憩室を指した。三人とも有無をも言わずアグラーヤについて行く。

 休憩室は遮音性の高い壁で覆われており、聴覚をしつこく刺激する作業音を大幅に抑えていた。アグラーヤは紙コップにディーバとモリ・カドル、そしてフライボーイの分のコーヒーを注ぎ三人に手渡した。

 

「それで、わざわざ立ち話にしなかったには理由があるってことだよね?」

 

 モリ・カドルは美味いとも不味いとも言えないコーヒーを一口飲むと、アグラーヤに視線を向けてそう尋ねる。自然とフライボーイもアグラーヤの方を向いた。

 

「まだ断定はできていないが、ジャック・Oが篠ノ之束と行動を共にしている可能性がある」

「ジャック・Oォ!? って、あちち!」

 

 モリ・カドルもディーバと似たような反応をし、驚きのあまり握りしめた紙コップからコーヒーの熱が伝わってしまう。

 

「大丈夫ですか、モリさん? 義母さん、本当にジャック・Oだったの?」

「見間違いはありえん。モリのACのデーターベースに記録されていたフォックスアイと同じだった」

 

 アグラーヤからの報告に三人の顔に深刻さが表れる。

 

「よりにもよって、天災の下に居るのか」

「敵対するのは確実ってことですね」

「アグラーヤ。お前さっきプランを強化する必要があると言っていたな。具体的には、どうするつもりなんだ?」

 

 アグラーヤはコーヒーを飲み干すと紙コップを握りつぶす。

 

「まずは我々のACの強化が先だ。少なくともあのISを相手に蹂躙できる性能は欲しい」

「あのIS……、白騎士のことかい?」

 

 モリ・カドルの問いかけにアグラーヤは頷いた。

 

「だったらもう少しこっちを手伝ってくれよ。俺はお前の様に強化人間じゃないからもう疲れでへとへとなんだけど?」

「だったらこの世界で最初のPlusになるか? なに、理論上は成功するぞ?」

 

 アグラーヤからの脅迫にモリ・カドルはお手上げのポーズを取る。

 

「だがアグラーヤ。モリの言うことにも一理あるぞ? たしかにモリは優秀な技師だ。クレストでテストパイロットを務めていた俺も認められる程の、な。だが、現状だといくら彼に任せてもISを、しかも白騎士を越えることは不可能だ」

「それでもやらねばならんのだ。何のために亡国機業(ファントム・タクス)という組織に居続けていると思っているのだ?」

 

 アグラーヤはそう言うと休憩室の窓に腕を掛け、改修作業中の彼女の愛機『ジオ・ハーツ』を眺めた。

 

「私たちは土壌を作らなければならないのだ。あの人が来るまでに」

「……ジノーヴィーか」

 

 静寂が休憩室を支配する。

 

「モリ。俺はまだ信じられない。あいつが、ジノーヴィーが死んだってことに。行方不明じゃないのか?」

「見間違えるものか。旧ナービス領のペイロードシティに、デュアルフェイスの残骸が佇んでいて、あの中にあいつの死体が残されているのも見たんだから」

「……義父さん」

 

 このメンバーの中で最後に死んだのはモリ・カドルだった。そして彼だけがジノーヴィーの骸をその目でちゃんと見たのだ。それ故に、この世界に転移して合流した彼女らはモリ・カドルからジノーヴィーは死んだという事実を、中々受け入れることが出来なかった。

 

「私たちは皆死んだはずの存在。ならば……、モリが言うことが正しければ、あの人だってこの世界の何処かに居るはずだ」

 

 アグラーヤは確信に満ちた声で呟く。

 

「ディーバ。情報網をもう少し広げてくれ。何としても、あの人と合流するんだ」

「言われなくとも承知している。任せろ。あいつは必ず見つけ出してやるさ」

 

 この場に居る者たちはアグラーヤがジノーヴィーと恋仲どころか、夫婦であることを知っている者たちばかりだった。

 ディーバの言うことにアグラーヤは静かに頷き、モリ・カドルとフライボーイに視線を向けた。

 

「モリ。キツイのは分かっているがそれでもお前の力が不可欠だ。何としてでも、私たちのACの性能の底上げを行ってくれ。ボーイ。あなたはモリの手助けをしてあげて」

「注文キツイな、本当に。まぁ取りあえず、俺のACは実質的に『デュアルフェイス二号機』だからな。あれに残されているクレストの最新技術を吸い出して、皆のACに反映させてみせるよ」

「任せて、義母さん。モリさんのサポートはちゃんとするさ!」

 

 モリ・カドルとフライボーイの返答を聞くとアグラーヤは再び視線を格納庫へ向ける。

 

(モリの言うことが確かであれば……、ジャック・O、容赦はしないぞ)

 

 モリ・カドルから聞いた彼女が死亡した後の世界の話。それはジャックの手によりレイヴンズ・アークが粛清され、アークの本来の姿を取り戻したことによりジノーヴィーの立場が非常に危ういことになったということだ。それによってクレストとの蜜月な関係が露出したジノーヴィーは進退窮まり、碌なサポートを受けることも出来ずにクレスト前線支社の最高戦力として戦い続けるという羽目に遭ったのだ。彼女からすれば、ジャックは間接的にジノーヴィーを殺したと捉えられてしまう。

 

(あの人の仇……、何時かその首、頂くぞ!)

 

 アグラーヤは愛する人の仇を討ち取るため牙を研ぐために、今後のプランを頭の中で練り始めた。

 

(ジノーヴィー……、何処に居るの?)

 

 この世界に居るはずの愛する人が、何処に居るのか、無事なのか。その身を案じながら。




オリジナルレイヴンの名前はオールドタイプさん、
オリジナルACの名前はMr.フレッシュさんのものを採用させていただきました。

クレスト組、亡国機業にin

改変があったレイヴンや、オリジナルレイヴンの情報が欲しい方は活動報告でアンケートを取っていますので、ご意見どうぞ。

NB組解説
・フライボーイ
 ACNBに登場するレイヴン。Gparaというページで「孤児であるところを『高名なレイヴン』に拾われる」+「レイヴンとその恋人に育てられる」+「彼らはクレスト支社側として孤軍奮闘する」+「彼を拾ったレイヴンのACは『漆黒』」等からジノーヴィーとアグラーヤの養子の可能性が高い設定が記載されていた。
 愛機はスピットファイア。大グレ腕にディンゴ2+クレスト軽EOという瞬間火力特化機。

・ディーバ
 同じくACNBに登場するレイヴン。Gparaによると元クレストACテストパイロットのレイヴンであり、「CR-73RS」通称36砂は彼が最初に性能テストした武装という設定が記載されていた。レイヴンネームが「歌姫」を意味していたため女性とうっかり間違えた。
 愛機はララバイ-M。Mは恐らくミラージュのことだろう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。