ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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03 そして鴉は兎に餌付けをする

―――強化人間_Plus―――

 ミラージュ創立以前、少なくとも大破壊以前から存在したと推測される「優秀な兵士」を生み出す為の技術。

 この技術は管理者によって大破壊以前の情報の多くが滅却された中で奇跡的に残っていたモノで、ミラージュがその僅かな情報を復元したことで地下世界の裏社会に広く伝達した。

 しかし最初期の技術は非常に不安定なもので、手術中の死亡率が98%というものであり、たとえ成功したとしてもその中の80%が精神崩壊を起こし廃人同然になってしまうという危険極まりないものであった。

 この結果にミラージュは一時的に強化人間技術の研究を凍結。

 代わりにライバル企業であるクレストind.(インダストリアル)がその当時新型兵器でもありACの雛型でもあるC(コアド)構想を取り入れたCMTのパイロット用の強化手術として特化させることで、精神崩壊の阻止と手術成功率の大幅な向上を成功させ強化人間技術を確立させた。

 それに伴いミラージュはこの事態に凍結していた強化人間技術の研究を再開。

 第三の勢力として頭角を現したキサラギ社と技術協定を結ぶことで、短期間でクレストとの技術差を埋めることに成功する。

 確立された強化内容は

 神経系光化学化:神経系を光ファイバーに置き換えることで反応速度を向上させる。

 

 知覚系直接伝達:肉体に入力コネクタを埋め込みACの操縦、制御系との直結を可能にし、より人体の様に細分化された滑らかな動きを可能にする

 

 肉体強化:薬品等による心肺機能と筋肉組織の強化、一部臓器の人工物への置き換え、骨格を炭素繊維による補強、人工血液の使用による対G特性の向上

 

 脳内センサー:脳内に半径150mまでの探索機能を持った高性能レーダーと、各種高性能センサーを埋め込む

 

 ナノマシン投与:血液内にナノマシンを投与することによる治癒能力の向上、及び人体を常に平常な状態を保たせる。

 

 副産物として外見が実年齢に比べ非常に若く見えるようになる。

 強化技術黎明期では手術に成功したとしても機械のサポートなしでは生きていけない状態であった。それはつまり、企業のサポートと言う名の束縛から逃れられない一生を送ることになるということだ。

 しかし時が経つにつれて技術も向上したことでサポートなしでも問題なく生きていけるようになり、手術の成功率も格段に向上したことによって力を必要とするときには強化手術こそが最適の道と言われるようになる。

 

 

 

 

 束はジャック・Oから渡された、彼の世界に関する情報である『強化人間』の項目を読み終えると、凄まじい嫌悪感と吐き気を催しながらその資料を机に放り投げた。

 

「……やっぱり、えげつないよ。こんなの」

 

 束はジャックを助けた際のカルテを手に取るとそう悲しそうに呟いた。

 束がジャックを助けた時のこと、束は医務室にジャックを運び彼の体をスキャナーに通した時に表示された結果に束は目を疑った。

 ジャックの体で生まれた時から変わらず残されている部分が殆ど無く、体のほぼ全てが人工物に置き換えられていたのだ。

 妙に黒いと思っていた血も人工血液であり、その血液中には大量のナノマシンがひしめいていたのだ。

 

 最早人間ではない。これではサイボーグだ。

 

 それが、束がジャックに対して抱いた最初の印象だった。

 因みにだが束はジャックの人工血液から採取したナノマシンのサンプルを基に、彼女なりに複製し彼の治療に使用した。

 そのことをジャックに告げると最初は顔色を蒼くしたが、束の再検査によって異常は無いと診断されたことでジャックは一先ず安心した。それどころか普段よりも調子が良くなったことに驚いてもいた。

 ナノマシンの技術に関しては束の方が一足進んでいる事を知りジャックは彼女の事を少しだけ信用するようにもなったのはまた別の話。

 篠ノ之束という人間は他人に対してはとことん冷淡だ。興味の無い人間を無視することはざらであり、ジャックと初めて会話した時の様に気に食わない人間には徹底的な罵倒をするような人間だ。

 そして自分がしたいと思った事はたとえ世界を混乱に陥れても強行する自分勝手な人間だ。それに彼女の肉体も通常の人間を遥かに超越している。それも細胞単位で、だ。やろうと思えば屑どもがISに取り付けた装甲をその指で引き裂くことすら容易い。

 しかしだからと言って彼女はその自分とは無縁の人間を使った人体実験をしようなどとは一度も思ったことは無かった。

 それは束の科学力をもってすれば人体実験をする必要が無いということと、もう一つ、親友である織斑千冬によって彼女の中に残っている良心が人体実験を行うことに対する抵抗になっているのだ。だからこそ束は思う。

 

 強化人間技術を研究するような奴らは人間じゃない、と。

 

 こんな技術を長年研究する人間の精神を疑うと同時に、その研究の過程で犠牲になった被験者たちの事を思うと束は無関係な筈にも関わらず怒りが湧いて仕方なかった。

 

「だからと言って、束さんがどうこう出来る話じゃないもんねぇ……」

 

 この世界でそんなことをするような奴なら直ぐにでもブッ飛ばしてやろうと思うが、生憎研究者たちは別の世界の住人。しかもその世界はACというオーバーテクノロジーの塊を『商品』として扱うような世界。

 束の遥か先を行く世界の住人たちだ。自分が何かしら妨害をしようとしても返り討ちに遭うのが落ちだと束は判断した。

 

「それにしても、この世界は救いが無いよねぇ……」

 

 そう言って束は再び資料に手を伸ばすとジャックが居た世界の歴史の項目に再び目を通した。

 数百年前、世界を巻き込む大戦争があった。きっかけや、どのような戦争だったのかは一切不明だが、分かることは核兵器をも超える大量破壊兵器の投入により地上は人が生活出来る環境ではなくなったということだけ。それ程酷い戦争だったらしい。

 勝者無き戦争が終結すると生き残った僅かな人間たちは、汚染され尽くされた地上を見限り人口増加に備えて建設していた地下世界へとその生活空間を替えた。

 地下世界という限られた環境で安全に、そして効率的に生活する為に『管理者』という存在を生み出し、その庇護の下で人々は生活を営んでいた。

 しかし人々が地下世界へ生活の基盤を移し人々の生活も安定したことで第二の支配者が現れる。

 世界最大のシェアを誇るミラージュ。

 その後ミラージュのライバル企業となるクレストind.

 最初は技術者の集まりだったキサラギ。

 それらの三大巨大企業だった。

 企業たちはただひたすらに己の利益のみを追求し、その為には戦闘行動も辞さなかった。それは管理者が破壊されると激化の一途を辿る。

 過激な営利主義、権力の横行、金が全ての世の中、終わることのない争い、救われることのない虐げられる弱者たち。

 束は自分のいる世界ではとても予想出来るものではないと思い、自分のいるこの世界が如何に平和を保っているのかを実感した。と同時にその世界の高い技術水準は延々と行われる争いによってもたらされたものだということも理解する。そのような世界だからこそACのような兵器も生み出せたのだろうと束は予想した。

 

「で、そのACを駆るのが……」

 

―――レイヴン―――

 最強の人型兵器『アーマード・コア』を操り、莫大な報酬と引き換えに依頼を遂行する傭兵。

 支配という名の権力が横行する世界において何者にも与さない自由で気高い例外的な存在。

 何故レイヴンと呼ばれるのかその理由は定かではないが、とある詩人の詩がその理由であるとの通説が一番有力である。

 

―――嗚呼、レイヴン

その翼が黒くなる程血で染めて何を求めるのか?

 

嗚呼、レイヴン

羽ばたく君達は何と気高く美しく、自由に満ち溢れているのだろうか―――

 

この詩にもあるように、レイヴンは多額の報酬と引き換えに様々な依頼をこなす。それがたとえ破壊活動であろうと、大量殺人であろうと。

 レイヴンたちは詩通り翼が黒くなる程に血塗られているのだ。

 更にレイヴンは協定によって独立性を保証されている。その為バックが無くなり非常に脆くなってしまうが、力あるレイヴンは詩通り何者にも支配されない自由を持つ数少ない存在になれるのだ。

 その姿は企業の支配下に置かれている一般人にとっては何とも羨ましいものでもあった。

 

「数少ない自由を持った存在……ね。」

 

 力ある者だけが自由を手にすることが出来る。ジャックが元居た世界は産業革命直後のイギリスの状態をより悪化させた弱肉強食の世界だと束は結論付けた。

 束の研究室のドアが開く。束は資料を持ったまま椅子を回転させ入室者の方へ顔を向ける。そこには数日前に契約を結んだジャック・Oが何の支えも無しに自由に歩いていた。

 

「フォックスアイの追加データを持って来たぞ、博士」

 

 ジャックはそう言うと右手に持っている大容量媒体を机の上に置いた。

 ジャックがこうして何事も無かったかの様に歩けるのも強化人間としての特徴だった。

 彼の体内にあるナノマシンが重症と判断し、その活動を最大にまで上げた為治癒速度が一般の人間では考えられない程早まったのだ。因みにもし彼が普通の人間なら全治8ヶ月だったらしい。

 その異常な治癒速度を見た束は自分の事は棚に上げ、強化人間は最早人であるかどうか疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「解析の作業は……やはり進んではいなさそうだな」

 

 ジャックは束の様子を見ると、相変わらず表情を崩さずそう言った。一方の束は難題に突き当たり中々解けない小学生の如くイライラを顔に出す。

 

「もー! 言われなくたってわかってるよ!」

 

 束は案の定声を大きくしてジャックに当たってしまう。しかしそんな事でジャックの気分が変わる訳が無く、相変わらず涼しい顔で束の鬱憤を受け流していた。

 束がフォックスアイの解析ではなくジャックが居た世界の資料を読み返していたのには理由がある。

 

「まさかACがこんなにオーバーテクノロジーの塊だとは、束さん予想出来なかったよ」

 

 フォックスアイの解析が全くと言っていい程進んでいないからだ。ジャックによってフォックスアイのプロテクトが解除され、ACの技術の一部を吸い出した媒体を解析した束の表情を思い出しジャックは思わず笑ってしまった。

 束は最初、ACの動力は水素電池の類なのではと予想していたが、実際はそんな可愛い物ではなかった。

 ACに搭載されているジェネレーターは常温核融合炉を採用していたのだ。

 たった10m少しの機体に搭載出来る程小型化された常温核融合炉が市販されている事に束は目を点にし、口をだらしなく開けた表情で固まってしまった。

 その後我に返った束は更に構造を調べていくと、信じられない機能を備えている事を思い知らされた。

 ACに搭載されているブースターは推進剤を必要とせず、常温核融合炉から生み出される凄まじいエネルギーを推進剤にすることで点火から最高速度到達まで一秒も掛からない推力を得ていること。

 その高い機動力による圧死を防ぐために未知の技術を用いた対G構造がコックピットブロックに備えられていること。

 いかなる高機動下に置いても決して転倒しない高性能バランサーが全てのACに搭載されているということ。

 ジェネレーターが生み出す余剰エネルギーによって機体装甲の表面に防御スクリーンが発生することによって、空気抵抗を激減させ高い防御力を持っていること。

 それらが現段階でACについて分かっていることであり、それだけでもISを凌駕する性能を持っていることがわかった。

 束はそれらの構造をより詳しく解析しようと試みたが、パーツの一つ一つが既存の技術では再現することが出来ないオーバーテクノロジーで製造されているため解析は難航を極めているのだ。

 そのせいで現段階ではフォックスアイの解析率は2%にも達していない。それでも束が解析を諦めないのは科学者としての性であり、彼女なりの意地があるからだ。

 

「別に慌てる必要はないだろう? 私とフォックスアイは逃げないのだからゆっくりと解析してもいいのではないか?」

 

 束を宥めるようにジャックは言うと束はムッとした表情になる。

 

「それでも束さんはもっと早くこれを解析したいの!」

 

 束はまた声を大きくしてそうジャックに言うと悔しいのか、ふくれっ面になり涙目でジャックを睨んできた。これ以上何か声を掛けても理解し難い対応をとられるのがオチだとジャックは判断すると、研究室から出て行くことにする。

 

「焦って解析にミスが有っては困るだろ? 私はフォックスアイの整備に戻らせてもらうぞ」

 

 ジャックは束にそう告げると研究室から出て薄暗い廊下を歩き、フォックスアイの格納庫代わりの倉庫へ向かった。

 倉庫の扉を開けると、この世界にきた時と変わらずフォックスアイは仰向けのままにされていた。そしてフォックスアイの周りには解析と整備用の機材がずらりと並べられ、届かない所へ行く為のタラップが倉庫に設置されている。

 こうして言うと本格的な設備に聞こえるかもしれないが、此処は元々束が不要と判断した物を押し込んでおく為の倉庫。どれだけ機材を揃えようが施設をそれらしくしようが仮設格納庫に過ぎない。それこそレイヴンたちが使用しているガレージと比べると余りにも粗製だった。

 しかし甘えた事を言えるわけは無く、ジャックはこの粗い仮設格納庫で何とかしてフォックスアイを整備していた。

 パーツ毎がユニット化されているACは破損したパーツは修理するのではなく売却して買い直せと言われる程高い整備性を備えている。少しでもACパーツに関する知識さえ持っていればこうして一人でも最低限の整備が出来るようになっている。

 だがそれは彼が元々居た世界での話。

 全てがオーバーテクノロジーのACを整備するのは、この世界の人間には出来ないだろう。

 

「駆動系、エネルギー伝達……これも異常なし……か」

 

 フォックスアイを整備していてジャックは幾つかの疑問を抱いていた。

 まずフォックスアイの状態が新品同然だということ。それはあの24時間の狂言が全く無かったかの様に、今迄一度もこのACが起動したことが無かったかの様だった。

 この状態を見ていると、果たして自分は本当にあの時ドミナントと戦ったのか、自分がレイヴンと生きてきたのかわからなくなってくる。それとも自分は元々この世界の人間で今迄眠っていたのか、と思ってしまう。だが、ACがオーバーテクノロジーということでそれは否定される。

 もう一つはフォックスアイの性能、正確に言うのであればパーツの性能だ。例えばキサラギ製ジェネレーター「KUJAKU」だが、このパーツは発熱性が他のジェネレーターに比べ非常に高くブースターを吹かしただけで機体温度がたちまち上昇し、熱暴走を起こしかねない。そのためこのパーツを扱いこなせるのは機体制御能力が飛躍的に向上した強化人間だけである。

 しかし整備の際にパーツごとのチェックでKUJAKUを調べるとあの劣悪な発熱性が大幅に抑えられており出力がより強化されているのだ。他にもラジエーターであるキサラギ製「FURUNA」やミラージュ製OBコアパーツ「C04-ATLAS」などのパーツも性能が向上していた。何故性能が向上しているのかは彼にもわからない。

 だがそれ以上に疑問を抱くものがあった。それはフォックスアイの右手に握られているものだった。

 もしフォックスアイが新品同然の姿でこの世界に来たのであればその手に握られているのはWH04HL-KRSWであるべきだ。しかしその手に握られているのはKRSWと似て異なる形状をしたものだ。

 その形状はどう見ても脚部に干渉する、言い換えるのであれば使える脚部が限定されてしまう形状をしていた。先程データ参照したが該当するデータは無くその武装に関する詳細情報すら不明のままだ。ただ分かったことはその銃に刻まれた「KARASAWA-Mk2」というのがそのレーザーライフルの名称だということだけだった。

 

「いったいどれだけの威力があるのか……それすら不明か……」

 

 フォックスアイの周辺に設置されている機材でデータ取りをしようとしても結局測定不能としか表示されなかった。やはり実際に使用してデータを取るしか無いなとジャックは思うと、整備にひと段落が着いたことに気が付き機材の電源を全て切り格納庫を後にした。

 研究所の廊下を歩きながらジャックはフォックスアイのことを考える。

 何故元々居た世界の時よりも性能が向上している?

 何故カラサワが謎のレーザーライフルにその姿を変えた?

 いくらジャックが予想してもこればかりは科学的な根拠が見つからない。それこそ自分がパラレルワールドへ転移したことも合わせて非科学的な現象が起きたとしか理由がつかない。

 だがACの性能が向上した理由としてははっきりしない。転移するだけならば半壊した状態でも全く構わないのだ。あらゆる憶測が彼の頭という名の小宇宙を飛び交っていると

 

「だあああああ!! わっけわかんないよ、こんなの!!」

 

 束の怒鳴り声が研究室から離れているにも関わらず廊下全体にビリビリと響いた。

 イラついているな。

 ジャックはただそう思うと、現在時刻が気になり束から渡された端末を取り出し時刻を調べる。デジタル表示のその端末はその一帯が夜であることを示していた。ふとジャックは空腹を覚えていることに気が付く。

 

「夕食時か……」

 

 ジャックは独りそう呟くと束に案内された簡易調理室へ向かった。

 ジャック・Oという男はその職業に反して食通としての一面を持っている。元を辿ればジャックが陰謀家として活動し始めたことが原因となっている。

 ジャックは陰謀家として活動を始めると瞬く間にその才能を開花させ、元々備えていたカリスマ性との相乗効果で裏世界では彼の名を知らぬ者は居ない程有名となった。

 そうなると必然とジャックを憎む者が現れ、彼を暗殺せんとする者も現れる。ジャックは一度食事に毒を盛られたこともあったが、その時既に彼は強化人間になっていたため体内のナノマシンが毒を中和し無効化し助かった。

 しかし何回も同じことをされるのは正直しんどいし、ナノマシンが中和出来ない程強力な毒を盛られてはたまらないとジャックは思い、それ以降食事は自身で作るようにし始めた。

 最初はただ食べられればいいと思い適当に作っていたが、段々食べるとすれば美味い物にしたいと考え料理の研究も始めてしまったのだ。それからというもの他のレイヴンたちの文化の料理を聞き、独学でその料理を研究し自分自身で調理するようになった。ジャックが作る料理の味は実際に食べた者全てが太鼓判を押したことからその腕前の高さが伺える。

 乱雑に散らかった厨房に着くとジャックは先ずは材料を集めるために大型の冷蔵庫を開ける。しかしその大きさに似合わず中に材料は殆ど無くどれも古くなっていそうな物ばかりだった。

 次に棚を調べると先程とは打って変わり缶詰がビッシリと詰まっていた。この光景を見てジャックは恐らく束は料理をするのが億劫で缶詰で済ましていると予測した。それはフォックスアイを休まず解析をし続ける姿から予測出来た。

 

(しかし、缶詰だけではな……)

 

 ジャックは再び冷蔵庫を開ける。中に残っているのは恐らく牛肉と思われる肉塊と幾つかの野菜、そして調味料だった。

 ジャックはそれらの材料を全て取り出すと今度は缶詰を調べる。粗方取り出して使えそうな缶詰を調べるとスープの素材として使えそうな物がちらほらと見つかる。

 これで一応献立は決まった。

 

(ステーキにするか……)

 

 ジャックはシンクに放置されているフライパンとスープ用の鍋など調理に必要な道具をしっかりと洗い使えるようにする。しっかりと洗ったまな板の上に肉塊を置き、肉斬り包丁でステーキ用にスライスしていく。

 

(天然食品か……)

 

 ジャックの居た世界では地下世界での影響が強い為か食品の殆どが合成食品のままで、地上へ回帰した現在も天然食品は最高級食材でありそれにありつけるのは企業の重鎮か力あるレイヴンだけである。

 合成食品の味はやはり天然食品に劣るが、腐ることがないため保存に困ることは殆どない。因みにだが合成食品の製造は三大企業、ミラージュ、クレスト、キサラギの寡占状態であり企業毎にその味や種類が異なっている。

 ジャックは牛肉を焼く前にフライパンに偶々見つけたバターを伸ばし、冷蔵庫に残っていたニンニクのスライスを焼き始める。ニンニクが焼ける音がし少し経つとニンニク独特の良い香が漂う。ジャックはそこにステーキ肉を敷いた。

 

(ミディアム・レアにするか)

 

 ミディアム・レアとはステーキの焼き方の一つであり表面だけを焼いたレアと、肉の色が完全に変わるが肉汁は生に近い状態のミディアムの中間の焼き方。要は、火は通っているが中は赤い状態の焼き方である。何故この焼き方を選んだかと言うと束に確認をとるのが面倒だったということと、彼はこの焼き方が一番の好みだからだ。

 ジャックは肉を焼く作業と並行して付け合わせの料理を作ることにし、もう一つ別のフライパンを用意すると先程切っておいた人参などの野菜をソテーにする。

 続いてスープを作るが、これは元々あった、温めればいいだけの保存食を使うことにし、パッケージに書かれた説明通りに煮えたぎる熱湯を満たした鍋の中に蓋を開けた缶を入れる。スープの中身はコーンポタージュだった。

 やがて肉が良い感じに焼けるのを確認すると肉を皿に移し、付け合わせの仕上げに取り掛かる。

 肉の隣にソテーにした野菜を起き、スープ用の皿に温まったコーンポタージュを注ぐ。肉はただ塩と胡椒を振りかけただけのシンプルなもの、飲み物も出来ればワインかシャンパンが欲しかったが生憎水しか無かった。

 ジャックは二人分の料理を何故か存在したキッチンワゴンに乗せ、今も尚解析を続けているであろう束がいる研究室へ運ぶ。

 研究室のドアが開くと頭を抱え机に倒れ込みながら解らないイライラからか唸っている束の姿があった。

 

「博士、夕食を作ってやったぞ」

「え? でもいいや。解析まだ進んでいないし」

 

 束は一度ジャックの方を向いたが、食事に興味はなく解析を進めたいということから食事はとらないと言い出した。

 

「しかし、『腹が減っては戦は出来ぬ』という諺があるではないか? 休憩がてらどうだ?」

 

 ジャックはキッチンワゴンを束の方へと近付ける。

 

「うるさいな! 邪魔しないでよ! 束さんは今物凄く忙し……っ!」

 

 束はジャックの方に振り返り怒鳴り散らすと、ジャックはすかさず左手で束の顎と両頬を掴み無理矢理口を開けた状態にする。

 

「熱暴走を起こしている様だな……緊急冷却が必要だ」

 

 そこに予め用意しておいたフォークに刺さったステーキの切れ端を束の口の中に入れる。

 ステーキはまだ暖かく肉汁がたっぷりと滴る。そこでジャックが左手を離すと束はフォークからステーキの切れ端を抜き取り、奥歯でしっかりと噛みその味を堪能する。

 束の記憶が正しければこの肉は冷蔵庫に残っていた安物の牛肉の筈だ。だのに、このステーキはそれが嘘であるかのように柔らかく肉汁が溢れ出し、程よいニンニクの香りと塩胡椒の味付けが束の口の中に広がった

 

「……うん。ジャックくん、きみは束さん専属の調理師になってよ」

 

 そう言う束の顔は幼馴染である織斑千冬すら見たことがない真顔だった。

 ジャックが作ったステーキは束を真顔にしてしまう程美味しかったことを示していた。因みにだがジャックの料理を食べたレイヴンたちはこぞって、彼の合成食品であろうと高級料理並の美味しさに引き上げる料理の腕前に敬意を表し『料理の錬金術士』と呼んでいる、というのはどうでもいい話である。

 ジャックは束が落ち着いたのを確認すると一安心しため息を吐く。

 

「夕食をとる気にはなったか?」

「なったなった! 缶詰なんかよりもずっと美味しいんだもん! 食べたくてしょうがないよ!」

 

 先程とは打って変わった元気ハツラツな様子で束はまるで子供の様にジャックにそう言った。

 

「せっかくだから一緒に食べようか! こっちに来て」

 

 束はそう言うと解析データを保存し空間投影パネルの電源を切り、ジャックを別の部屋へと案内する。ジャックはその後を、キッチンワゴンを押しながらついていく。

 ふと彼は誰か他の者と一緒に何の交渉無しに食事をとるのはいつぶりになるのだろうと思う。記憶を探るとある男の顔が思い浮かぶが、その瞬間ジャックが心の中に封印していた後悔の念が彼の胸を凄まじい力で縛り付けた。

 

「それでこっちに行くと……ジャックくん、どうしたの?」

 

 束はジャックの微かに苦しんでいる顔を見て思わず心配して声をかけた。ジャックは後悔が顔に出ていたことに気が付き思わない失態を晒したなと思ってしまう。

 

「いや、今は関係のないことだ。気にしないでくれ」

 

 束はそれを聞くと深く探るのはまた後にしようと決め案内を続けた。その後ろでジャックはその男のことを思い返していた。

 あの謀略とあらゆる力が横行する世界において愚直な程正々堂々とし他者に信頼を寄せた男。

 自分もその男とはそういった隔たり無く信頼を寄せ、親友とも言える関係だった。

 なのに自分は世界を救う為とはいえ、その親友を謀殺してしまったのだ。

 

(やはり、お前は私を恨んでいるか?)

 

 その男が最期に残した疑問の声を思い出す。

 

(ンジャムジ……)

 

 ジャックはキッチンワゴンを押し黙ったまま束の案内に従いその後をついて行った。




腹が減るという描写をもっと高めたい。
フォックスアイが目覚める時は意外と近いかも

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