ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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恐らく一番激しい戦闘回になると思います。


29 意地と意地

 一日の授業が終わり二人の生徒がアリーナへ続く廊下を歩いていた。一人は世界で唯一男性でISを扱える少年、織斑一夏と、その隣にはもう一人の男性でISを扱える少年であるフランスから転校してきたシャルル……改めシャルロット・デュノアだ。

 

 それは昨日、一夏が先に部屋に帰りシャワーを浴びていたシャルロットに無くなっていたボディーソープの代わりを渡しに浴室へ入ったのだが、その際にシャルロットが男性ではなく女性であることが判明してしまったのだ。

 その後シャルロットから身の上話を聞かされたが、彼女がデュノア社の社長の娘ではあるが愛人の娘であること。それから生き別れていたが母親が亡くなったのをきっかけに引き取られるも、親子らしい関係は無かったこと。IS適性があるために半場強制的にIS操縦者にされたこと。そして会社の経営が悪化していた際に一夏がIS学園に入学すると知ると、男性として入学し一夏と親しくなり、白式の情報を入手しろと言われIS学園に入学させられたことを一夏は知ることになった。

 彼女が何故親からそんな扱いをされなければならないのか、と一夏は憤りを覚えずにはいられなかった。

 そして何もかも諦めたような笑顔を浮かべる彼女を見捨てることが出来ず、一夏は突如思い出したIS学園の学生手帳に書かれていた特記事項を挙げた。それはIS学園に所属する学生はありとあらゆる国家・組織・団体に帰属せず、本人の同意が無ければそれらの外的介入は原則として許可されない、というものだ。

 

 気休めにもならないし、もし介入されなくとも三年間しか身の安全を確保できない。だが、逆に考えれば()()()()()保身のための時間を与えられたとも考えられる。

 

 彼女は目的を果たす為に一夏に接近しただけかもしれない。だが彼はたとえ偽りの友情であっても自分と仲良くしてくれた友達を見殺せる程の非情さを持ち合わせていなかった。シャルロットに諦めないでほしいと、そう思っての提案だった。

 それがシャルロットの心をがっちりと掴んでしまった。

 

 僕は君を騙していたのに、何故そこまで優しく出来るの?

 

 僕は君を利用しようとしていたのに、何故そこまで僕を励ましてくれるの?

 

 セシリアが一夏に対して抱いた甘さは間違っていないだろう。だが、彼は優しく情け深く、困っている人を見過ごせない人間なのだろう。そんな彼の人間性に、シャルロットは()()()()()()()()

 一夏の提案と励ましで、この三年間でデュノア社とは違う別の組織へ自らを売り込むという新たな目的をシャルロットは抱き、その傍らで一夏も手に入れてしまおうと考えていた。

 

「一夏、今日も放課後特訓するよね?」

 

 自分の隣を同じペースで歩いてくれる一夏に対してシャルロットは尋ねる。因みにだが、彼女が女性と分かっている一般生徒は一夏しかおらず、それがバレないようにシャルロットは以前と同じ男性用の制服を着ている。そして一夏も思わず本名で呼ばないよう気をつけながらシャルルと呼び続けている。

 

「ああ。そのつもりだぜ。ISの実力は実稼働時間に比例するって言うし、何よりまだ白式の性能を引き出しきれていないからな」

「あはは。実際に使ったことがないから分からないけど、一夏のISを十全に使い切るっていうのは相当難しいと思うよ」

「だよなぁ……」

 

 引き攣った笑みで一夏にシャルロットはそう答え、一夏は彼女も同じことを思っているのかと溜息を吐いた。

 シャルロットは一夏のIS操縦の指導を何度か行ったことがあるが、その際に白式のスペックを見せてもらったが思わず目を見開いてしまった。

 ブレードの『雪片弐型』を運用するためとも言える機体構成。その為のピーキーに仕上げられた基本性能に今まで見たことも無い補助、防衛武装。短期間でIS関連の知識を徹底的に叩きこまれた彼女でも、一夏のISのような汎用性をこれでもかと切り捨てた機体は見たことが無かった。

 

「でも白式に慣れていくしかないさ。ええっと、今日使えるアリーナは――」

「第三アリーナだな」

 

 突然後ろから声を掛けられ一夏とシャルロットは驚いた声を上げながら振り返ってしまう。そこに立っていたのは、箒だった。

 

「な、なんだ? そんなに驚くことなのか?」

「いや、その、いきなりだったもんでさ」

「驚いてごめんなさい、篠ノ之さん。あれ? 篠ノ之さんもアリーナに?」

 

 シャルロットの問いかけに箒は頷く。

 

「ああ。今日は使用人数が少ないと聞いている。空間が開いていれば模擬戦も出来るだろう。どうせなら一緒に訓練でもするか?」

 

 箒はそう言って二人に共に訓練しないかと持ち掛けた。一夏はそんな箒に対して以前より棘がなくなり柔和な印象を抱く。それは罰としての奉仕活動でIS学園の様々な用務員たちとの交流があったからこそ得られたものだろう。

 

「いいな、それ。ISに関しては俺の方が一歩先だろうけど、剣術に関しては箒の方がまだまだ上だからな」

「一夏がそこまで言うなら、僕も一度篠ノ之さんと接近戦の訓練をしておきたいな」

「一夏がどれほど強くなったのか手合わせしたいが、私もデュノアから学ばせてもらいたいところがあるからな。ありがとう」

 

 三人ともそれぞれ合同で訓練することに良い意味があることを言い、箒は提案を受け入れてくれたことに感謝を述べた。

 

「そういえば、篠ノ之さんも優勝を狙っているって本当?」

 

 シャルからの問いかけに箒はビクッと身体を震わせる。箒はそのまま俯き顔を見られないようにしたが、背の高さが同じくらいのシャルロットはバッチリと赤く染まった彼女の顔を見てしまった。そんな彼女を見てシャルロットは箒も()()()を信じている生徒どころか、一夏のことが好きなのだと分かってしまう。

 しかしシャルロットは箒のことをバカにはしない。何故なら……

 

「僕知っているよ。篠ノ之さんが山田先生に特訓してもらっていること」

「えっ、そうなのか、箒?」

 

 箒が自分の知らないところで努力していることを聞き、一夏は驚きながら尋ねる。箒はそれに対して大きくわざとらしい咳き込みをした。

 

「私だって、優勝したいのだ。本当は織斑先生に頼んだのだが忙しいと断られてしまってな。代わりに山田先生を紹介してもらったのだ」

 

 もしも千冬に指導してもらっていたら、元々持っている剣術のセンスに更に磨きがかかって恐ろしい操縦者になっていただろう。一夏は一瞬そう思ってしまうが、鈴とセシリアを手玉にした山田先生の実力を実習で目の当たりにしていたため、そんな彼女の指導を受けた以上どの道手ごわい操縦者になっているのではないかと思った。

 

「……なあ、なんか騒がしくないか?」

 

 そんなことを考えながらアリーナに向かっていると、近づくにつれて慌ただしい様子を一夏は感じ取る。それは他の二人も同じらしくその問いかけに頷いた。

 

「何かしているのか?」

 

 歩いている三人を追い抜くように、他の生徒たちが走りながらアリーナへと向かってく様を見て箒はそう呟いた。

 

「一年生の専用機持ち三人が、アリーナで模擬戦をしているって!」

 

 箒の呟きにアリーナへ向かっている生徒がそう答えた。

 

「一年生の専用機持ちだと?」

「僕ら以外だと、オルコットさんに凰さん。それに……」

「ラウラ……。嫌な予感がする!」

 

 一夏は誰が模擬戦をしているのかが分かり、アリーナへと駆け出した。それを見たシャルロットと箒もつられて走り出す。

 

 一足先にアリーナの観客席に到着した一夏は、グランドが砂埃と煙で満ちているのを目の当たりにする。ふと周りの生徒たちを見ると、皆気軽な気持ちではなく酷く真剣な表情でグランドを見ていた。

 

(どうなっているんだ?)

 

 一夏がそう思っていると轟音と共に煙が吹き飛ばされ、視界が開かれる。そして彼の目に映ったのは、試合を通り越した『戦闘』だった。

 

 

 

 

 金属と金属が叩きつけられ合う甲高い音が何度も響き、その度に火花が散る。

 ISの駆動音とスラスターからエネルギーが放出される音が空気を振動させ、スラスターから発せられる光が、まるで光るリボンのような光跡を描く。

 昼であるにもかかわらず幻想的な光景であるが、それは戦闘という名の暴力によって生み出されていた。

 

「クッ!」

「ただのオンボロではなさそうだな!」

 

 双天牙月を分裂させ二刀流の構えをする鈴に対して、ラウラは手刀からプラズマ状の刃を生成し飛びかかる。

 鈴が持つ武器は巨大な青龍刀だ。武器自体の重量に加えてISのパワーアシストによる斬撃は、下手な鋼鉄をクッキーのように砕くことすら容易だ。しかし、今はその重量が欠点となっていた。

 

(捌くので精一杯なのよ!)

 

 ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンはプラズマブレード発生装置を手部分に装備しているため、腕を武器として使用することが出来る。超近接戦に持ち込まれてしまっては取り回しの点では圧倒的にラウラに分があり、鈴は双天牙月でそれらの攻撃をいなすので精一杯だ。

 

「やるな! だが何時になったら攻撃するつもりだ?」

「言われなくたってねぇ!」

 

 鈴はこうなることを分かっていた。だからこそ、反撃の時を待っていた。

 ラウラのひときわ大きな振り下ろしを見ると同時に、いなすのではなく思いっきりその腕を薙ぎ払った。

 

「っ!」

 

 ラウラは腕を弾き飛ばされ胴体ががら空きになる。鈴はそこに片方の双天牙月で突きを放った。しかしラウラは瞬時に身体を捻りその攻撃を躱すと、勢いをそのまま乗せて回し蹴りをした。鈴は双天牙月で防ごうとしたが間に合わず、首筋に蹴りを食らってしまう。

 その衝撃で鈴の動きが止まったのを見てラウラは追撃をしようとしたが、ハイパーセンサーから送られる真後ろの様子を見て即座にその場から逃げた。そしてラウラが居た場所に三本の青い光が照射された。

 

(こうも邪魔をするとは!)

 

 ラウラは尚も追いかけてくるレーザーを避けながら、それを照射し続けるセシリアをハイパーセンサーを通して睨みつけた。

 

(先に奴から潰す!)

 

 それをしようにも先程から鈴が執拗にラウラに食らいつき、セシリアが隙を突いて狙撃とBT兵器で援護してくるのだ。一対一ならば避けることなど造作でもないが、理想的であり的確な攻撃にじわりじわりと装甲とシールドエネルギーを削り取られていた。

 

 だが、今はその邪魔者()の動きが止まっている。

 

 動きだそうとしている鈴を無視してラウラは目標(セシリア)に目を向けることなく、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰めた。

 

「ッ!!」

「もらったぞ!」

 

 驚く顔を浮かべるセシリアに振り下ろされんとするプラズマ手刀。だが、その手刀が当たるよりも先にラウラの神経が痛みと熱を訴えた。

 

「がはっ!?」

「バレバレですわよ?」

 

 ラウラは何が起きたのか混乱する。そして初めてセシリアの姿をよく見ると、狙撃の構えはそのままに、彼女が持つレーザーライフル『スターライトmkⅢ』の銃口からレーザーブレードが発生していた。

 

≪食らえ!≫

 

 レーザーブレードに突き刺さっているラウラに対して、復帰した鈴は内臓マイクロミサイルを撃ち蒔いた。

 広がるように放出されたそれは、やがて収束するようにしてラウラへと狙いを定めて飛翔する。動きが止まっているラウラは右肩のレールカノンを後方へ向け、それを収束しつつあったミサイル群に対して砲撃する。巨大な弾頭がミサイルと接触し爆発を起こすと、他のミサイルもまとめて爆散した。

 

「ええい! ややこしいやつめ!!」

「面倒な貴女に、言われたくありませんわ」

 

 何言ってんだこいつ? という困惑と見下すような目つきでラウラを見ながらセシリアはそう吐いて捨てる。

 もう一度食らいつかんとラウラはショルダーアーマーに格納されているワイヤーブレードを展開する。その軌道はまるで獲物に襲いかからんとする蛇の様な複雑なものだった。そのワイヤーに結ばれた刃が予測をさせぬ生物的な動きでセシリアに襲いかかる。

 

「ふん」

 

 セシリアはその動きを鼻で笑うと、レーザーブレードを駆使して弾きいなす。斬りつけようと襲いかかってくるブレードだけを的確に排除した。

 

「顔真っ赤っ赤のあなたの行動など、ヨチヨチ歩きの赤子と変わりませんわ」

「貴様!」

 

 涼しい顔で更に煽るセシリアに対してラウラはプラズマ手刀で攻撃しようとするが、セシリアが持つスターライトmkⅢのレーザーブレードによって阻まれてしまう。その刃渡りは実に3m近くあり、レーザーライフルの銃身と合わせて『槍』と言っても差し支えないリーチを誇っていた。

 攻撃したくとも間合いに入れさせてもらえず、この距離で有効なワイヤーブレードを全て塞がれると言う事態にラウラのイラつきが更に溜まった。

 

「おのれ、小賢しい真似を!」

「おほほほほ。あんよが上手~、あんよが上手~ですわ!」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンがラウラのバイタルを平常時に戻そうと試みているが、それを許さぬ様にセシリアが絶え間なく煽りを入れる。それはISによってバイタルを戻され冷静な判断をされては困ると思った、セシリアなりの戦術だった。その結果ラウラは頭に血が上り、視野が狭まりつつあった。

 そして視野を狭めてしまったがために、ハイパーセンサーに払う注意を欠くことになってしまった。

 

「うぐっ!?」

 

 突如ラウラの背中を襲う衝撃。打ち付けらるような痺れを伴う痛みが全身に伝わった。

 

≪あたしを忘れられちゃ、困るんだけど!≫

 

 その衝撃で上っていた血が少し下り、ラウラはハイパーセンサーに気を配る。両肩の龍砲を稼働状態にしながら、連結した双天牙月を構えて突撃してくる鈴の姿を捉えた。

 その速度からして今から躱すことは出来ず、しかも軌道もセシリアに接触しないよう計算されたものだった。

 もろに直撃を食らうぐらいならばと、ラウラは接敵し双天牙月を振り下ろそうとしている鈴に腕を伸ばした。

 

「食らえ!」

「無駄だ!」

 

 双天牙月の刃がラウラに当たろうとしたとき、鈴の動きがまるで止まってしまったかのように固定される。そして刃も何かに受け止められているかのようにビクともしなかった。

 

A(アクティブ)I(イナーシャル)C(キャンセラー)!?)

(情報でしか見たことがありませんけれど、まさか完全に停止させてしまうとは……)

 

 AIC。それはドイツがシュヴァルツェア・レーゲンに搭載させた第三世代型兵器であり『慣性停止能力』とも呼ばれている。

 元々ISに搭載されており浮遊、加速、停止を司る機能P(パッシブ)I(イナーシャル)C(キャンセラー)を兵器として転用した空間圧作用兵器であり、理論上であれば今の鈴のように対象を完全に停止させてしまうことが出来ると言われていた。

 鈴もセシリアもこの兵器の情報は知っていたがどれも試作型の物でしかなく、本当の性能を今に至るまで知る機会が無かった。そして二人ともその完成度の高さに舌を巻いていた。

 

(でも、どんな兵器にだって欠陥はある。だって現に――)

(棒立ちですもの!)

 

 見えない壁に捕らえらた鈴を助けるように、セシリアはラウラの周囲にBT兵器を展開する。

 

「させるか!」

 

 BT兵器が火を噴く前にラウラはレールカノンをセシリアに向けて放った。流石のセシリアもそれをいなそうとは考えておらず、レーザーライフルの銃口をラウラに向けたまま一度距離を取り躱す。

 ラウラもセシリアに狙われたままであることを分かっているのか、スラスターにエネルギーを回しAICを解除するのと同時に圧縮されたエネルギーを解放して瞬時に離脱した。

 だが、タダで済まそうとは思っていないラウラは一瞬で次弾装填を終えたレールカノンを、盛大に空振りをしている鈴に向けて放った。

 

「甘いっつーの!」

 

 轟音と共に放たれた砲弾を、鈴は双天牙月をまるでテニスのラケットの様にして弾くという荒業でもって防いだ。

 

≪お見事ですわ≫

「褒めるのは後! それにしても……」

 

 前衛を勤め続けている鈴は若干肩で呼吸をしながら、距離を離したラウラを睨みつける。

 

(2対1なのに、まだ決定打を与えられていないなんて……)

 

 確かにセシリアの援護もあってラウラにダメージを蓄積させてはいる。だが、鈴としては体感的にも結構な時間戦っているにもかかわらず、決着をつける一撃を未だに叩き込めていないことに違和感を覚えていた。

 そしてセシリアも思うところがあった。

 

(わたくしの的確な攻撃がこうも掠りだけになってしまうなんて……)

 

 普通の操縦者相手であればもう既に決着をつけている頃だと言うのに、ラウラにダメージを蓄積させることで精一杯のこの状況に、セシリアは顔にも態度にも出していないが焦りを覚えていた。

 

(それに、オルコットの援護が無かったら、あたし、何回やられているのよ)

 

 先程のAICに捕らわれたことにせよ、その前の近接戦にせよ、明らかにタイマン勝負であれば何度も負けている状態だったと鈴は思う。

 

(凰さんが前衛を務めてくださらなかったら、ここまでダメージを蓄積させることも出来なかったかもしれませんわ)

 

 鈴がラウラと正面でぶつかってくれているおかげで、自分は冷静にBT兵器を操り狙撃をすることが出来ているとセシリアは思う。

 二人ともほぼ同じことを思っており、何よりも自分たち二人を相手にして未だに戦えているラウラの実力の高さに驚きを禁じ得ない。

 

(悔しいけれど、認めなくちゃいけない。あいつの強さは――)

(――わたくしたちよりも、()。即席とはいえ協力をして損ではありませんでしたわ)

 

 互いにタッグを組んでいて良かったと思った。そうでなければあっさりと倒されていた可能性が高い。

 その事実を知った鈴は、身体を震わせてしまう。

 

「凰さん、怖気ついたのでして?」

「怖気つく? 違うわよ。武者震いってやつ!」

 

 鈴はその事実に恐れるどころか、収められない高揚感を覚えていた。

 何故ならば中国では最強とも言われるほどの実力を持つ自分が、協力しなければ戦うことすらできないほどの実力者と初めて出会うことが出来たのだから。

 井の中の蛙にはなりたくない。竜門を上る鯉でありたいと思っていた鈴にとって、これほど幸いなことがあろうか?

 

「オルコット、もう一段ギアを上げなさいよ。あいつ、天狗になってたって聞くし、その鼻へし折ってやろうじゃない」

 

 好戦的な笑みを浮かべながら、鈴は後ろに佇むセシリアにそう提案する。

 セシリアも面倒なやつとしか認識していなかったラウラが、これほどまでに狩り甲斐のある獲物だとは望外も良いところだと思っていた。

 

「よろしいですわ。おふざけも大概にして、そろそろ本気で叩いて差し上げますわ!」

「んじゃ、いくわよ!」

 

 鈴はそう言うと距離を離しているラウラへ飛びかかる。

 

(ふん、馬鹿の一つ覚えか)

 

 多少冷静になったラウラは鈴を撃ち落とさんとレールカノンのトリガーを引いた。

 空気を切り裂く砲弾が鈴に襲い掛かるが、高速機動中であるにもかからわず鈴はヒョイっと躱してしまう。

 

(ならば、これならどうだ!)

 

 今度は先ほどより数が増えたワイヤーブレードを差し向ける。

 だが、柵のように襲い掛かるワイヤーブレードまでも鈴は掻き分ける仕草も見せずに避けてしまう。

 

(なんだと……!?)

 

 まさかの事態にラウラは驚きを覚え、避けられたワイヤーブレードを反転させて後方から鈴を切りつけようとする。

 

≪だから甘いのですわ≫

 

 しかしそれらのワイヤー部分をセシリアはレーザーライフルとBT兵器で焼ききってしまう。残されたのは僅かなワイヤーだけだった。

 

(クソッ! やはり先に潰しておけば!!)

「食らえー!!」

 

 セシリアを先に倒しておけばよかったと後悔していると、双天牙月を振り上げている鈴が眼前に迫っていた。

 

「無駄だと言っている!」

 

 再びAICを展開し攻撃を受け止めようとするラウラ。しかしその瞬間、何か気圧が抜けるような音がすると同時に鈴が視界から消えた。

 

「えっ?」

「この距離なら!」

 

 一瞬の思考の停止が勝敗を分ける場において、ラウラはそれをしてしまった。

 彼女の背後には既にチャージを終えた龍咆を構えている鈴が居た。今更AICを展開しようとも意識を集中させるにはあまりにも時間が足りない。

 

「――ッ!!!」

 

 二つの見えない砲門から撃ち出された圧縮された空間砲弾が、気休め程度に腕を盾にしているラウラに直撃する。その圧縮された空間が炸裂するとISの慣性制御能力ですら相殺できない衝撃が発し、ラウラは吹き飛ばされた。

 

≪これで終わりと思いまして?≫

「ガッ!」

 

 吹き飛ばされ宙を舞うラウラに、BT兵器がまるでピラニアの様に群がり食らいつく。そしてそこにセシリア自身のレーザーライフルの狙撃も加わり、今まで以上のダメージをラウラに与えることが出来た。

 

「さっきから……ウザいんだよ!!」

 

 最早怒りを抑えることもせず、ラウラはプラズマ手刀を展開すると再びセシリアへ向かって瞬時加速を使って襲い掛かった。それを予期していたセシリアは、先ほどと同じようにレーザーブレードを発生させ迎撃しようとする。

 

「はっ! 私も同じ手に引っかかると思うな!」

 

 ラウラはプラズマ手刀を振り下ろす瞬間に後方へ向かってスラスターを吹かし、レーザーブレードが届かない程度にセシリアと距離を取る。そしてレーザーブレードを展開しているために狙撃は出来まいと思ったラウラは、その距離からレールカノンの砲門をセシリアに向けた。

 

≪オルコット!≫

 

 今から向かおうとしても間に合わない。そう思った鈴の悲鳴がオープン・チャネルで響き渡った。

 その悲鳴を聞き満足したのか、ラウラは歪な笑みを浮かべてレールカノンを撃ち出そうとした。

 

「さっさと撃てばよいものを」

 

 その瞬間、セシリアが握っているスターライトmkⅢからマズルフラッシュが発生した。

 

「何!?」

 

 突如シュヴァルツェア・レーゲンのシールドバリアーに連続して火花が飛び散ったことに、ラウラは驚きを隠せない。

 

(本国の連中に無理を通して開発許可を下させたのは、正解でしたわ)

 

 そう思いながらセシリアはトリガーを引き続ける。

 セシリアが思い描く一つの武器に複数の武装と機能を持たせる『複合武装化計画』の一環で彼女の手によって徹底的に改造されたスターライトmkⅢは、レーザーライフルとしての機能は勿論、ライフルとしての機能は停止してしまうが緊急時の接近戦対策として銃口にエネルギーを収束させることで発生させるレーザーブレード、そして今使っているレーザーブレードと併用可能な内蔵式マシンガンを備えていた。

 そのマシンガンは内蔵式であるため装弾数こそ少な目であるが、その性能はラファール・リヴァイヴの標準武装のマシンガンと同等の性能であるため緊急時の武装としては申し分ない威力を持っている。

 ラウラはその攻撃の正体が分かると、たまらずセシリアから距離をとってしまう。それを狙っていたかのようにBT兵器の群れが再び彼女に襲い掛かってきた。

 

(なんて厄介な武装を!)

 

 ラウラは忌々しいものを見るような眼でセシリアを睨みつけながら、次々と照射される青い閃光を複合機動でもって回避し続ける。だがそこにハイパーセンサーがアラートを鳴らした。

 鈴はラウラに接近しながらマイクロミサルを撃ち放ったのだ。ミサイルの大群と混ざりながらラウラへと襲い掛かる。やがてミサイルの群れがさらに加速し、鈴に先駆けて壁を形成しながらラウラを押し潰さんと迫りかかった。

 ラウラは多少BT兵器の攻撃を受けてもかまわないと、背に腹は代えられない気持でAICを展開する。いくらミサイルの壁と言えどもAICという最強の盾の前では土塊と変わりなく、崩れるようにして爆発してしまう。その身体が痺れてしまうほどの轟音と爆風が生じるが、ラウラはそんな中でも平然とAICを展開し続けた。

 

「まだだあああぁ!」

 

 鈴は双天牙月を格納すると中国から持ち帰ってきた突撃銃を両手に持ち、爆風の中に隠れているラウラに対して龍咆も加えた掃射を行う。ただその場に構えての攻撃ではない。AICを展開して動けなくなっているラウラを中心に周回するような高速機動で翻弄しながらの攻撃だ。

 鈴の攻撃の全てはラウラのAICによって無効化されてしまっている。だがそれは無駄な事ではない。鈴は今している攻撃でラウラの動きを止めて、有効打を持つセシリアの攻撃に託しているのだ。

 

≪凰さん。斬撃の用意をしてください≫

 

 そう思っていると突如プライベート・チャンネルでセシリアが鈴に対してそう指示を出した。

 

≪AICを解除させますわ。それと、()()にご注意くださいまし≫

 

 セシリアはそう告げると、スラーライトmkⅢの銃口の下にある武器を展開する。それは銃身に装着させるタイプのグレネードランチャーだった。セシリアはそれに榴弾を一個装填すると、ラウラに対して投擲した。

 

(無駄な事だ)

 

 ラウラはそう思いながらAICでその榴弾を受け止めようとする。だが、ラウラはこの時考えてもいなかった。何故セシリアはAICを貫通できる光学兵器を持っているにもかかわらず、わざわざ榴弾で攻撃してきたのか、という単純な疑問を。

 その慢心は、榴弾が炸裂すると同時に思い知らされることになった。

 榴弾はAICに接触すると同時にその信管が作動し、爆発を起こす。だが、その爆発は――

 

「ぎゃっ!?」

 

 極めて大きく周波数も高く、一時的に視覚を奪い取るほどの強烈な光を伴うものだった。

 スタングレネード。またはフラッシュバンと呼ばれる特殊塔敵弾。その性能を徹底的に向上させたものをセシリアは使用したのだ。

 

(やはり第三世代型を相手するならば、これが有効ですわ)

 

 セシリアは突然の激しい光と爆音で器官を刺激され悶えているラウラを見えてほくそ笑みながらそう思った。

 第三世代型ISは、イメージ・インターフェイスを用いた操縦者の大量の集中力を必要とする強力な兵器を搭載しているものが多い。だからこそセシリアは、相手操縦者の集中力を掻き乱すことを目的にスタングレネードを搭載していたが、その結果が大成功であったため嬉しさを抑えられなかった。

 

「凰さん! いまですわ!」

≪面白いこと考えたわね! でも、ありがと!≫

 

 ISの生体補助機能によってラウラの視覚と聴覚が戻る前に一気に畳み込まんと鈴は突撃銃を格納し再び双天牙月を握り、動きが止まりAICが解除されているラウラへ突撃する。

 まずは龍咆。その空間を圧縮した砲弾がラウラに直撃し彼女のバランスを崩す。無防備な状態になった彼女に対して鈴は双天牙月を分裂させるとまずは左手に握る方で袈裟切り、右手で握る方で薙ぎ、その勢いを殺すことなく回転しながら再び結合させトドメにラウラの頭部に叩きつけるように唐竹を放った。

 その攻撃を防御することなくもろに食らったラウラは、機体の制御をすることも出来ずにグランドに叩きつけられてしまった。

 

≪どう? 今なら白旗上げて降参すれば許してあげるけど?≫

 

 鈴は地面に突っ伏しているラウラに対して降伏勧告をする。

 

≪あら、凰さん。そこは『考えてもいい』と言うべきではございませんこと? シュヴァルツェ()フェルケル(子豚)にはそれ位で丁度良いですわ。まあわたくしは考えて差し上げるだけで、許すと言うつもりはございませんけれども≫

 

 セシリアは相変わらずラウラに対して挑発を続ける。

 どちらもオープン・チャネルを使用した、わざとらしい侮辱だった。

 

「……」

 

 そのどちらもしっかりと脳みそに刻みこんだラウラは、ゆっくりと起き上がる。視力は回復しきっていないにもかかわらず、その血の様に赤い眼が上空の二人を捉えた。

 

「貴様ら……」

 

 わなわなと震えが止まらない。最早ラウラが許容できる怒りの量は、当の昔に超えてしまっていた。

 

「下等存在どもが……」

 

 ラウラは右目に付けている眼帯に手を伸ばした。そして留め具を外すということすら忘れるほどの怒りを込めて、それを引っ張り無理やり引きちぎった。

 露わにされた右目は傷がついているわけでもなく、失明しているわけでもない。ゆっくりとその瞼が開かれると、太陽のような金色の瞳が明確な殺意を伴って二人を見定める。

 

(オッドアイ?)

(しかし、ならばなぜ隠す必要が)

 

 ハイパーセンサーでラウラの瞳を見た鈴とセシリアは互いにそう思う。

 

「私を愚弄するなああぁ!!」

 

 その瞬間、ラウラの姿が()()()。次の瞬間にはセシリアはとてつもない嘔吐感を覚える。

 鈴はセシリアの方を見ると、消えたラウラがセシリアの腹部にニー・キックを放っている姿を捉えた。

 

(あの一瞬でここまで!?)

 

 先程の瞬時加速とは比較にもならない精度。それに鈴は驚愕する。

 セシリアは胃から込み上げてくるモノに違和感を覚えている隙にラウラはセシリアの後ろ髪を乱雑に鷲掴みし、スラーライトmkⅢを握る腕をもう片方の手で掴み上げた。

 ラウラはセシリアを動けぬ様に拘束すると、その姿勢のまま瞬時加速を使いアリーナの観客席へと突撃する。彼女は瞬時加速による殺人的な速度のまま、セシリアの額を観客席に展開されている特殊なバリアに打ちつけるように激突させた。

 ISの絶対防御でも防ぎきれない衝撃がセシリアの額を傷つけ観客席のバリアに血を塗し、その光景を見た生徒たちが悲鳴を上げる。ラウラがセシリアを手放すと、脳震盪を起こした彼女は抵抗を見せることなくずるずると血を塗りつけながらグランドへ落ちて行った。

 

「オルコット!!」

≪次は貴様だ≫

 

 冷酷な宣言が熱くなっていた鈴の頭を冷やす。気が付くと眼前にラウラの姿があった。

 

「生きて帰れると思うな!」

 

 ラウラは威嚇の咆哮を上げながらプラズマ手刀で鈴に斬りに掛かる。

 

(ウソッ! 何よこいつ!?)

 

 鈴はその攻撃を受け流そうとするが、彼女の許容速度を超えた素早さでラウラは攻撃してきた。それは先ほどまでの攻防が子供のチャンバラのように思えてしまうほど、苛烈で的確な物だった。

 

(リミッターでも外したっていうの!? ……まさか、あの目がそれなの?)

 

 鈴はラウラが眼帯を外したことでリミッターを解除したのではないかと考える。だが、そんなことを推測している場合ではなかった。

 

「甘いっ!」

 

 ラウラは一瞬の隙を見せた鈴の首に、刃が切り落とされてもまだ使用出来るワイヤーを巻き付けた。

 

「がはっ!?」

 

 突然首を絞めつけられ血の巡りが悪くなり、肺に空気を入れるための呼吸が困難になる。鈴は首に巻き付けられたワイヤーを取り外そうと手を回すが、ビクともしなかった。

 

「たっぷり礼を返してやる!」

 

 ラウラはそう言うと、ワイヤーに巻き付けた鈴を振り子の様に宙を舞わせその勢いを保ったままグランドへ叩きつけた。

 

「きゃあっ!」

 

 凄まじい衝撃が鈴の背中に襲い掛かる。だが次の瞬間には再び宙を舞っていた。

 

「終わったと思うな!」

 

 ラウラはワイヤーを操作して鈴を持ち上げてたのだ。そしてもう一度鈴を地面に叩きつける。また持ち上げ、叩きつける。

 持ち上げ、叩きつける。

 

 持ち上げ、叩きつける。

 

 何度も、何度も……

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 甲龍の装甲がボロボロになるまでラウラは止めなかった。

 

 ラウラはボロボロになった鈴にトドメを刺さんと彼女を振り回し、ハンマー投げの様に鈴を投げ飛ばした。

 

「げふっ!」

 

 アリーナのバリアーに打ちつけられ、その衝撃で鈴の身体から勝手に声が発せられる。

 

「これで終いだ!」

 

 そしてそんな彼女にラウラはトドメの一撃とレールカノンを放った。

 着弾時の衝撃がグランドを揺らす。

 そして鈴もセシリアと同じく気絶し、アリーナのバリアーを伝うようにしてグランドへ落ちて行った。

 

「セシリア! 鈴!」

 

 ラウラのあまりにも残酷で暴虐な攻撃を受けた二人に対して、観客席に居た一夏は声を張り上げてしまう。だが、その声は観客席に届くことは無い。

 ラウラは動かなくなった鈴に興味を無くすと、未だに寝ているセシリアに追撃を入れんと彼女へ迫った。

 一歩一歩、ラウラは歩きながらセシリアに近づくと寝転んでいる彼女を蹴り上げる。

 ボールの様に何度も蹴りアリーナの壁にぶつかると、彼女の髪を乱雑に掴み無理やり立たせた。

 

「何時まで寝ている気だ?」

 

 そう言いながらラウラはセシリアの顔を殴る。

 

「――ッ!?」

 

 だが次の瞬間、彼女の腹部に衝撃が伝わった。

 

「ええ。お陰様で……今、起きましたわ!」

 

 セシリアは額から流れる血で視界が若干遮られていたが、ラウラの腹部にフックを叩き込んでいた。一瞬悶えるラウラに対して更にアッパーを繰り出し、そのまま彼女の頭部をがっちりと両手で掴んだ。

 

「さっきのは流石に、痛かったですわ!」

 

 そしてそのままラウラの顔面に対して膝蹴りをかました。かなり深く突き刺さったのか、ラウラの鼻から血が流れだす。

 

「死ね」

 

 セシリアはそう言うと右腕を振り上げる。そしてその手に実体ブレードのインターセプターを握らせた。

 

「ッ!?」

 

 振り下ろされる前にラウラもプラズマ手刀を展開し、それを受け止める。

 

「ほう?」

 

 セシリアは受け止められたことに対して驚くことはなく、そう呟くとスラスターを使用し急に身体を捻らせる。そして受け止める姿勢のままのラウラに対して強烈な回し蹴りを放った。

 余程の威力があったのだ、ラウラは蹴られた場所から滑るように突き飛ばされてしまう。

 

≪貴女が二人目ですわ。わたくしの顔に、傷をつけたのは≫

 

 インターセプタ―を握り『アルバー』と呼ばれる剣術の構えをしながら、セシリアはラウラに対してそう告げる。

 

「ふん……。ならばもっと醜い顔にしてやる!」

 

 ラウラはそう言うと再びプラズマ手刀でセシリアに斬りかかろうとした。

 

「やめろおおおおぉ!」

 

 その直前、観客席の方からガラスが割れるような音と共に、雄叫びがグランドに響き渡った。

 

「織斑さん!?」

「うおおおおおお!!」

 

 一夏はこれ以上ラウラの暴挙を見過ごすことは出来なくなり、雪片で無理やりシールドバリアーを突き破ってグランドに乱入したのだ。

 そしてそのままラウラへ雪片を振り下ろす。

 だが、ラウラはAICでは抑えられないそのエネルギー状のブレードではなく、彼の腕そのものを受け止めることで止めてしまった。

 

「何!?」

「雑魚が……」

 

 一夏のことなど眼中になく有象無象としか思っていないラウラは、動きが止まっている彼に対してレールカノンを構えた。

 

≪させないよ!≫

 

 そんな彼を助けんと、今度はシャルロットが専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを身に纏い、両手に銃火器を握りそれをラウラに向けて撃った。

 

「ちっ!」

 

 消耗している以上、無駄な被弾は避けるべきだとラウラは判断すると、AICを解除しシャルロットの攻撃を避けた。

 

「ふん。死にぞこないに今更ルーキーとロートルが加わったとしても、この私の前では風の前の塵と同じだ」

 

 ラウラは三人に対してそう言い、紅と金色の瞳で睨みつける。

 

≪なら、やってみなさいよ!≫

 

 その声にラウラはハッと後ろを振り返る。するといつの間にか起き上がっていた鈴が双天牙月をラウラに向かって投げつけた。

 

「貴様、いつの間に!?」

 

 ラウラはAICで槍の様に投擲されたそれを受け止める。

 

≪ほら、また止まった!≫

 

 すると鈴は甲龍のスラスターに溜め込んでいたエネルギーを放出し、勢いよく跳躍した。そしてラウラの頭上に陣取ると、ミサイルの雨と龍の咆哮を彼女に向けて放つ。

 ラウラはたまらずもう一方の腕を伸ばしてAICの展開範囲を拡大し、龍咆とミサイルを受け止めた。

 

「馬鹿なっ!? あれ程損傷していると言うのに、まだ動くのか!?」

 

 ラウラが驚くのも無理はない。何故ならアリーナに居る者たち全てが、ボロボロのスクラップ寸前にになっている甲龍がまるでそんなの関係ないと言わんばかりに戦闘が出来ていることに驚きを隠せていないのだから。

 

≪あんた、完成度の高い兵器ってどういうことだと思う?≫

 

 鈴は一夏らの方へ合流するように着地すると、ラウラにそう尋ねた。

 

≪あたしにとって完成度の高い兵器っていうのはね、如何なる環境、如何なる状況。そして、如何なる損傷を負っていても正常に稼働し続ける兵器のことよ。そしてこの甲龍がそれよ!≫

 

 鈴は声高々に、誇るように親指で甲龍を指しながらそう言った。

 

「だが、スクラップ寸前であることには変わりない!」

≪あら? いくら動きが良くなったと言っても、4対1をご所望されると言いますの?≫

「ほざけ雑魚共! 私は、私であるために勝たなければならないのだ!」

 

 突然のラウラの迫真の告白に、一同はその気迫に硬直してしまう。だが、それからいち早く立ち直ったのはセシリアだった。

 

「あら。わたくしも全く同じ。負けるわけにはいかないのですの」

 

 セシリアは額から流れる血を手で拭い取る。

 

「貴女をオルコット家再興の為の礎にして差し上げますわ。光栄に思いなさい」

 

 そしてインターセプタ―を構えなおし、ラウラをあの瞳で睨みながらそう宣言した。

 

≪ぬかせ、没落貴族! 貴様の首を掻っ切って実家に送りつけてやる!!≫

「ならば貴女の皮を剥いで、豚の為のウサギパイにして差し上げますわ! 落ちこぼれ軍人!!」

 

 お互いスラスターを全力で吹かし、ラウラはプラズマ手刀で、セシリアはインターセプターで斬りつけようとする。しかし――

 

「いい加減にしろ、バカ者ども」

 

 その両者の攻撃が当たろうとしたところで、突如間に入った人物が受け止めてしまう。

 

「なっ!?」

「だ、誰ですの!?」

 

 いきなりの乱入者にラウラもセシリアも驚きの声を上げてしまう。

 

「ほう? 担任の顔も忘れたのか?」

 

 間に割って入ったのは、両手に打鉄の標準武装の太刀を握った黒いスーツ姿の女性……

 

「お、織斑先生!?」

「教官!?」

 

 二人とも自分たちの攻撃が片腕で、しかもISを装着せずに生身で受け止めている千冬に驚きを禁じ得ない。

 

「全く。観客席のバリアーが破られたと異常警報が鳴ったと思えば……織斑、後で覚悟しておけよ」

「あ、え……ご、ごめんなさい」

 

 千冬にそう言われた一夏は蛇に睨まれた蛙の様に縮込まってしまう。

 

「試合をするのは結構。ISの実力は実稼働時間と比例するのだからな。だが、貴様らのやっていることは模擬戦でも私闘でもない。ただの暴力だ!」

 

 千冬はその場に居る者たち全てに目線を送りながらそう告げる。全員思うところがあるのか、あのラウラまで俯いてしまう。

 

「この場での戦いの決着は学年別トーナメントという正式な場で、公正なルールの下で行ってもらう。いいな?」

「教官がそう、仰られるのであれば」

 

 いち早くISを解除したのはラウラだった。

 

「ふぅ……ならば、わたくしも矛を収めますわ」

 

 次に解除したのはセシリア。

 そして残りの面々も彼女らに続いてISを解除していった。

 全員がISを解除したのを確認すると、千冬はアリーナにいる生徒たちにも視線を送った。

 

「学年別トーナメントまで一切の私闘を禁ずる。それと、模擬戦をする場合も許可制とする。異論は認めん。解散!」

 

 千冬は大きく手を叩き、そう言った。まるで銃声の様に乾いた音がアリーナに響き渡る。それを合図にアリーナに居た生徒たちが次々とその場から立ち去って行く。ラウラも他の四人に視線を送ることなく、その場から立ち去って行った。

 

「オルコット。保健室に行け。ISの生体補助機能で止血されているとは思うが、大事に至らぬ為にな」

 

 セシリアの状態を見て千冬は早く保健室に行くように促した。

 

「御心配いりませんわ。元々、そのつもりでしたので」

 

 セシリアはそう言い返すと歩いて立ち去ろうとした。だが、思ったよりも出血していたのか、その足取りは悪い。

 

「オルコット!」

「セシリア!」

 

 すかさず先程まで共に戦っていた鈴と、操縦の指導もしてくれる友達が危ないと一夏がセシリアに肩を貸した。

 

「無茶し過ぎだよ、オルコットさん」

 

 二人に支えられているセシリアの額に、シャルロットは気休めではあるもののハンカチを当てる。

 

「……噂は、本当かもしれませんわ」

 

 突然セシリアの口からそのような言葉が発せられる。

 

「噂?」

「噂って、なんのことなの?」

 

 それが気になるシャルロットがセシリアに尋ねる。

 

「彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑千冬の弟子であるという噂ですわ」

「千冬姉の、弟子?」

 

 一夏の訊き返しにセシリアは頷いた。

 

「先程の白兵戦で確信しましたわ。あの動き方といい、間の取り方。あれは織斑先生の現役時代の物に限りなく近いものですわ」

 

 その言葉に全員納得出来てしまう。だからこそラウラはあそこまで末恐ろしい強さを持っているのだと、思わざるを得なかった。

 

「ふふふ。今度の学年別トーナメント、一筋縄ではいきませんわね。全く、面倒なことになりましたわ……」

 

 だが、セシリアはその事実に恐れおののくどころか、好戦的な笑みを浮かべながらそう呟く。

 その場に居た者たち全員も、彼女の絶対的な実力者を恐れるどころか挑もうとする勇気に奮起され、自然とやる気と決意に満ちた表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「中々に激しい戦闘だったな」

 

 ジャックはアリーナで行われていた戦闘が終わると、まずはそのように呟いた。

 

「しかし織斑千冬と言うのは、恐ろしいです。生身でISの攻撃を防ぐとは……」

 

 クロエは最後の千冬の乱入に対してそう言う。いくら何でも出鱈目もいいところだと彼女は思わずにはいられない。織斑千冬はいったい何者なのだと考えずにはいられなかった。

 

「だが、これで各専用機のデータも採取出来たことだろう」

 

 ジャックは、束が戦闘が始まる前に各機体のデータを観測し始めたことに気が付いていた。そして今回の戦闘で豊富な戦闘データを入手することが出来ただろうと考えながら、束の方を向いた。

 

「……」

 

 しかし彼の予想に反して束はまだお気に入りの椅子に座ったままだった。

 

「博士、どうした?」

 

 何かあったのかと思いジャックは束に近づく。するといきなり近づいてきたジャックの方を、真剣な顔つきで向いた。

 

「ジャックくん。実働準備お願い」

「待て、博士。あの少女を殺せなどという依頼は……」

「ああ、あのチビはどうでもいいよ。でもね、ちょっと許せないわ、これ」

 

 束はそう言いながらジャックとクロエにあるISの観測記録を空間投影ディスプレイで見せた。

 

「すまないが、私はまだ理解しきれていない。クロニクル、何か分かるか」

「お待ちください……。こ、これは!?」

 

 そのデータを眺めていたクロエは驚きの声を上げてしまう。まだ何がなんだか理解できていないジャックは、束に説明を求めた。

 

「上手く細工したつもり? まぁ、束さんも一目見ただけじゃ分からなかったし、観測して初めて認識できる程度に隠すとは、上手いことやったよね」

 

 束は、シュヴァルツェア・レーゲンのデータを見ながらその相手を褒めた。

 

「VTシステム……。どこまでもちーちゃんをモノ扱いしやがって! 地獄の業火で焼いてやる!!」

 

 普段の束らしくない、怒りに満ちた表情でその相手に対して死の宣告を行った。

 

 

 

 

 IS学園のアリーナ。

 もう日も暮れ、月と星が夜空を彩る頃。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

 グランドに二機のISが佇んでいた。

 一機は箒が搭乗する打鉄。もう一機は山田真耶が搭乗するラファール・リヴァイヴだ。

 

「篠ノ之さん。もうそろそろ終わりにしましょう」

「駄目です! まだ、まだ終わりに出来ません!」

 

 真耶が訓練の終わりを告げるも、箒は肩で呼吸しながらも首を大きく振りながら訓練の続行を希望した。

 

「駄目なんです、先生。今のままでは、私はあいつらに勝てない!」

 

 放課後のアリーナで行われた戦闘。それは、箒にとってあまりにも強い衝撃を受けるものだった。

 専用機と自分たち一般生徒との壁が、これ程にも厚く、そして高い物であるということを、あの時思い知らされたのだ。

 

 今のままで優勝?

 

 夢を見るのも大概にしろ、と箒は自分自身を叱咤し、今日の真耶との特訓はいつも以上にハードなメニューにしてもらったのだ。

 

「だから、だから……。お願いします、先生!」

「駄目です、篠ノ之さん」

 

 箒は頭を下げ真耶に頼み込むが、真耶はそれをキッパリと断った。

 

「そんな……っ」

「何故なら篠ノ之さん。貴方はここの学生なんです。最終下校前のチャイムが鳴りましたよ? 今日はここまでにしてゆっくり休んで、明日また頑張りましょう」

 

 真耶にそう言われてハイパーセンサーの時刻を見ると、確かにアリーナの最終使用時間が間近に迫っていることに初めて気が付いた。

 

「あ、すみません。遅くまで」

「フフ、いいんですよ。ここまで熱心に訓練をしてくれるなんて、私もとてもうれしいです」

 

 謝る箒に対して真耶は嬉しそうにそう告げる。

 

「先生。私は、学年別トーナメントで優勝することが出来るでしょうか?」

 

 箒は武装を格納し帰ろうとするが、その前にどうしてもそれだけは聞いておきたいと思い真耶に尋ねた。

 

「……はっきりと言うのであれば、それはとても厳しいことです」

「……」

 

 分かっていたことだ。分かりきっていたことだ。

 だが実際に言われるとなると、箒にとってそれはとても心苦しいことだった。

 確かに最初は優勝して一夏と付き合うという私利的な理由で特訓を申し込んだ。だが、何日も訓練を積み重ねるうちにISに乗る楽しさや、己が磨き上げられていく達成感に似た快感を覚えるようになっていった。

 だからこそ、学年別トーナメントで勝ちたい、勝ち上がって優勝したいという純粋な勝利への渇望を抱くようになったのだ。

 それ故、分かっていたとはいえ真耶から優勝することは難しいと言われ、箒は気分を落としてしまったのだ。

 

「でも、篠ノ之さんは良い操縦者になれますよ」

 

 落ち込み俯く箒に近づきならが真耶はそう告げた。その言葉に箒はハッと顔を上げる。

 

「私が……良い操縦者に?」

 

 恐る恐る尋ねる箒に対して真耶は笑顔で頷いた。

 

「本当ですよ。何せこんなに厳しい訓練を、文句の一つも言わずにじっと耐えてこなしているんですから。それも才能の一つですよ」

「……そうでしょうか?」

 

 箒は照れ臭そうにそっぽを向き、頰を指で掻きながら尋ねる。

 

「そうですよ! 確かに一年生の間では代表候補生たちに勝つことは出来ないかもしれません。でも、篠ノ之さんの訓練に対する忍耐力があれば、二年生や三年生になった時には彼女たちに劣らない、それどころか代表候補生になることだって夢じゃないですよ」

「私が、代表候補生に……?」

 

 箒はその直前まで自分と代表候補生は全く違う世界の人間と思っていた。自分のような一般の生徒が代表候補生になれるなどとは思っていないからだ。

 それだけに真耶の言うことは、そんな箒の常識という壁を打ち砕く鉄球と変わりなかった。

 

「簡単なことじゃないですよ。でも、先生だって元々は一般の生徒だったんです。ただ、代表候補生止まりでしたけどね」

 

 箒は頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚える。

 実習授業であれだけの操縦技術を披露した真耶が、元々は自分と同じ一般の生徒だったとは思ってもいなかったのだ。

 

「……」

 

 自分だって、訓練を積み重ねれば、あの場に肩を並べることが出来るのだ。箒はそう思うと嬉しさから震えを止めることができなくなった。悔しさから結んでいた口元が緩み、笑みが浮かぶのを抑えることができない。

 

「先生。明日からもよろしくお願いします」

 

 気分を新たに、箒は真耶に頭を下げて今後も訓練を見てもらうことに感謝を示す。

 

「ありがとう、篠ノ之さん。それに、お礼を言うのは私もですよ」

「えっ?」

 

 何を言うのかと、箒は顔を上げた。

 

「さっきも言いましたけど、私、凄く嬉しかったんです。特訓をしてほしいって、私を頼りにしてくれるのが」

「でも、最初は織斑先生に頼もうとしてしまって……」

「それで先輩、あっ、織斑先生から紹介されたんですよね。でも、篠ノ之さんはそれでも嫌な顔一つせず、訓練を受けてくれたじゃないですか」

 

 正直に言ってしまうと、その時の箒は形振り構ってはいられず、訓練をしてくれるのであれば誰でも良いと思っていただけである。なのでそれは告げずに口を閉ざし、真耶の言うことに耳を傾け続けた。

 

「私、色々悩んでいたんです。実習の時まで、生徒たちは友達感覚で接してくることに正直困惑していたんです。でも、嫌われるよりは親しく接してくれる方が良いかなって割り切っていたんです。だから……」

 

 真耶は一度言葉を区切ると箒を見つめる。眼鏡の奥の眼には心なしか涙が溜まっているように見えた。

 

「だから、私のことを()()として尊敬して接してくれることが、凄く嬉しくてたまらなかったんです」

「先生……」

 

 そう言って眼鏡を少しずらして涙を指で拭う真耶の姿に、箒は先生も思い悩んでいることがあったのかと思い知った。

 

「私にとって、先生は尊敬出来る人です」

「ッ! ……ありがとう、篠ノ之さん」

 

 涙目ながらも笑顔を浮かべながら真耶は箒にそうお礼を言った。

 

「それじゃあ篠ノ之さん。身体に疲れを残さないようにしっかりとケアをして、明日の訓練も頑張りましょう」

「はい! 先生!」

 

 若い新米教師と一人の生徒の間に、確かな信頼関係が芽生えた瞬間だった。




どんな素晴らしい教師だって、最初はヘッポコ。でも、教師だって人間だから、生徒と同じように、もしくは共に成長するものだと思う。

一つ悲報ですが、これだけやっておきながら学年別トーナメントの描写はカットする方向です・・・

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