ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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誰が3ヶ月休んでいいと言った?


27 老兵の思い、クロエの思い

 IS学園で教員たちが血反吐を吐く思いで新しい緊急時対応マニュアルを身体に叩き込んでいる頃、裏の世界では変わった噂が流れていた。

 

 曰く、それらの組織は突如として現れた。

 曰く、その人員全てが身元不明。

 行く、それらの組織では正体不明の巨大機動兵器を保有している。

 

 最初は酔った法螺吹きが流したデタラメだと誰もが思った。しかしそれが事実だと思うようになったのは、朧げなものだがその機動兵器の静止画像が出回ったことが大きい。そして、明らかに通常の兵器やEOS、ISによるものではない戦闘跡が残されている地域が多々見つかったことでより現実味を増していく。

 正体も目的も掴めない組織と開発元が分からない機動兵器。それらの見えざる脅威に裏世界の住人たちは頭を悩まし、各々がそれらに対して行動を行う。

 

 ある者はその正体を暴くため。

 ある者はそれを排除するため。

 ある者はそれを取り込むため。

 

 我先にと裏世界の住人たちは行動を開始する。

 そしてそれは、彼女たちも例外ではなかった。

 とある首都の高層マンションの最上階。

 広々として豪華な造りになっている一方で明かりが点けられておらず暗い。

 その部屋に置かれてある、これまた豪華なソファーにバスローブを身に包んだ美しい容貌と、見るものを魅了する美しい金髪を持つ女性が腰を掛けていた。

 女性の顔が手に持っているタブレットの青白い光によって照らされている。

 

(厄介なものね……)

 

 タブレットが表示している情報を眺めながらその女性――亡国機業(ファントム・タスク)の幹部であり実働部隊「モノクローム・アバター」指揮官、スコール・ミューゼルは眉をひそめた。

 

(私たち以外に、この世界で暴れようとしている者たちがいるようね)

 

 それは亡国機業本部から転送された、各支部が目撃した複数の謎の武装勢力に関する情報だった。

 それがいつものように、彼女らを真似た三流組織の情報であれば対して気にする必要は無かった。そんな出来損ないの組織など、結局は自然と淘汰される運命にあるのだから。

 今表示されている武装勢力は、その規模は大小様々でどれもが独立しているとのことである。しかし、独立しているにもかかわらずそれらの武装勢力は全て一つの共通事項があった。

 

「人を模した巨大機動兵器……」

 

 タブレットを操作し、荒い静止画像におぼろげながらも映るそれをスコールは見る。

 

 一つは情報通り人間の形をしたものに武装が施されている巨大兵器。

 一つは上半身こそ人型であるが、下半身はまるで虫の様な四本の脚を持つもの。

 一つは、これも上半身は人型だが下半身が浮遊するユニットになっているもの。

 一つは、人の腕にあたる部分が巨大な砲になっており、下半身が戦車のようなものを履いている。

 

 そのどれもがISよりも巨大な兵器だった。

 

(戦闘能力に関しては未知数……でも確か、北欧の三流の遺伝子強化兵研究所が襲撃されて跡形も無くなったと聞いたわね)

 

 それがこの巨大人型兵器によるものであれば、その脅威は無視することは出来ないとスコールは考える。

 ISでもやろうと思えば施設を消し飛ばすことは可能だ。しかし彼女がこの兵器の類だと思ったのは、その現場には巨人のような足跡が残されていたと報告を目に通したからだ。

 

(いったい誰がこれを作ったのかしら?)

 

 スコールはあの天災(篠ノ之束)が作ったのではないかと考えるが、それなら何故ISというものを作っておきながらこんな工業製品的兵器を作る必要があるのか、と疑問を抱かずにはいられない。

 もしくは、自分たち以外の組織がこれを作り出したのではないか? とも予想するが、そうだとすれば世界各地に散らばる()()()が察知しない筈がない。

 

(出所が分からない分、一層不気味ね)

 

 スコールはソファーの肘掛に腕を置き、頬杖を突きながら片手で握るタブレットを見つめる。それが表示している画像と文字を頭に流し込みながら、一つのことを思い出した。

 

(武装勢力が湧いて出てきたといえば、欧州支部に風変りな女が加入したわね)

 

 スコールは亡国機業内部で広まりつつある、とある噂を思い出した。

 それは、IS適性が全くない代わりに、非常に優れた戦闘能力と指揮能力を持った女性が欧州支部に配属されたというものだ。

 これだけならば亡国機業の戦力が拡大するとスコールも純粋に喜べたが、問題はその女性が突然現れたということだ。

 第二次世界大戦中に誕生した浅くとも深い歴史を持ち、世界中に勢力を伸ばす組織が、彼女のことを洗いざらい調べてもこの一年以内の経歴しか確認出来ないのだ。

 加えて、最近その女の同志とも言える者たちまで現れ、欧州支部に加入したとのことだ。勿論その者たちの経歴も、つい最近のもの以外全く出てこなかった。

 こんな見るからに怪しい者たちを何故受け入れたのか、とスコールは上層部の方針に疑問を抱いてしまう。

 

(私は嫌よ。エムというドラ猫を抱えたというのにこれ以上面倒になるのは。あら?)

 

 最近彼女の部隊に配属されたエムという扱いの難しい少女のことを考えていると、部屋の扉が開かれ暗かった部屋に明かりが点く。

 

「暗い部屋でそんなものを見ていたら、目が悪くなっちまうぞ、スコール」

「オータム……」

 

 部屋の明かりを点けた女性、オータムはソファーに座るスコールに歩み寄る。

 

「また怖い顔していたぞ? どうしたんだよ?」

「いえ、ちょっとね。上から送られてきた例の情報を見ていたのよ。だから大丈夫よ」

 

 髪をかきあげ微笑みながらスコールはオータムに心配は不要と伝える。

 

「またそうやって嘘を言うのかよ」

 

 オータムは少し悲しそうな表情を浮かべるとスコールの後ろへ回り込む。そしてそっと優しくスコールを両腕で包み込んだ。

 

「私たちは恋人(・・)じゃないのかよ? 私はただお前に守られるだけなのかよ?」

「オータム……」

 

 捨てられた子犬の様に寂しそうな表情をしているオータムの顔を見たスコールは、彼女を包み込んでいるオータムの手にそっと手を重ねた。

 

「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったのよ」

 

 それは上辺の謝罪ではない。自分のことを心配していてくれた愛しい恋人を寂しがらせてしまったことに対する純粋な謝罪だった。しかしその暖かく柔らかい雰囲気は次の瞬間には引き締まったものへと様変わりする。

 

「オータム、欧州支部のあの女には充分気をつけなさい」

「あの女……噂のあいつか」

 

 スコールは真剣な表情を浮かべ、警告を受け取ったオータムは苦虫を噛み潰したような形相になる。

 

「いったい何なんだよ、あの女は! ぽっと出のくせにスコールよりも発言力があるだなんて、おかしいだろ!!」

 

 オータムはその人物に対する鬱憤を晴らすべく目の前にスコールが居ることを忘れたかのように声を荒げてしまう。彼女が怒りを抱かないのは無理があった。

 オータムが言うように、その人物はぽっと出のくせに彼女が愛す人(スコール)よりも強い発言力を持っているのだ。スコールがコツコツと積み上げてきたものをごく僅かな期間で軽々と上回ったのだから。加えて実働部隊指揮官であるスコールよりも上層部から重宝されているらしい。確証はまだ得られていないがここ最近のスコールに対する上層部の態度を見ると、オータムはそう思わずにはいられない。

 オータムからすればそれが面白いわけが無かった。

 誰が愛する人が無下にされてその状況を気に入るだろうか。

 

「そんなに顔を歪ませちゃだめよ、オータム。折角の綺麗な顔が台無しになっちゃうわよ……でも、ありがとう」

「あ、当たり前のこと、言うなよ……」

 

 恥ずかしさから横にぷいっと向いてしまったオータムの姿にスコールはクスクスと笑ってしまう。

 少なくとも彼女にとってこの時は、数少ない癒しの時だった。

 

 

 

 

 無数の小さな宝石を散りばめたかのように星々が輝く夜空。その主役とも言うべき地球の兄弟()は新月のためひっそりと姿を隠している。

 主役が放つ光が無くなっているため人工的な明かりが無ければ暗闇がその周辺を覆い、目先のものすら見えない世界にしてしまうだろう。

 乾燥した空気に大部分が砂と岩で出来ている大地。その大地が盛り上がり裂けて出来た渓谷に、暗闇の中に混じり込む形で一体の巨人が佇んでいた。

 

「さて。博士、目標までかなり近づいたぞ」

≪うんうん。ばっちし確認しているよ、ジャックくん!≫

 

 その鋼鉄の巨人――フォックスアイのコックピットに座るジャックは通信越しに束に報告を入れると、束の方もフォックスアイの状況を研究所から確認しているのか、そのように返答する。

 

≪にしてもやるね。プラン通りとはいえ渓谷に設置された防衛機構に監視システム、その両方を潜り抜けるなんてね≫

「私はレイヴンだ。ACを使った侵入をすることもある」

 

 束からの称賛に対してさも当然という風にジャックは答える。

 

≪でもISならともかく、その巨体でだよ? ある意味驚かされるよ≫

「フォックスアイは私の手足のようなものだ。それを自由自在に扱えぬ方がおかしい」

≪仕事中はお堅いねぇ、ジャックくんは≫

 

 ケタケタと束は笑いながらも空間投影式のディスプレイとコンソールを操作し、ジャックに情報を渡し続ける。

 彼女がジャックに依頼した内容は以前とほぼ変わらず、ある研究施設を襲撃し、その研究内容の調査と破壊というものだった。研究所事態が真っ黒なものなのは把握しているのだが、その研究内容については調査しきれていないためこのような依頼内容になっている。

 研究所に対する襲撃と破壊はACならば容易な事ではあるが、その内部の調査はACで行うことはかなり難しいだろう。

 

≪ジャック様。私の方はいつでも準備出来ています≫

「ご苦労。到着次第、直ちに内部に侵入し、行動を開始してくれ」

 

 通信モニターに映るISを遠隔操作するための機具を装着したクロエに、ジャックは作戦行動に何時でも移ることが出来るように告げる。

 研究所の内部に対する攻撃手段として、束はIS学園襲撃にも使用した遠隔操作型IS、コードネーム<ゴーレム>の改良型を今回も使用することにしていた。そしてその輸送手段としてフォックスアイのコアパーツにある格納機能を利用している。今、フォックスアイのコアパーツの格納ブロックには、待機状態のゴーレムが体育座りの姿勢で仕舞い込まれている。それは何とも言い表せないシュールな光景だとジャックは感じていた。

 ジャックは腕に繋がれたコネクタと操作棒でフォックスアイを動かす。壁から壁へ。束からもたらされた監視システムの隙間を見事に掻い潜りながら、少しずつ少しずつ目標へと接敵する。フォックスアイは重量機に分類されるがそれに合わない軽く素早い足取りで。その巨大な足跡をなるべく残さないように――

 

 

 

 

 渓谷にひっそりと佇むその施設を確認すると、ジャックは束に通信を入れる。その距離はモニターでも目視することが出来る距離にまで近づいていた。

 

「さて、博士。ここまで接敵した以上これ以上の隠密行動は必要ないと感じるが……どうする?」

≪うん。もうコソコソする必要は無いでしょ。せっかくこの時の為に弾薬を製造してあげたんだから、派手にやっちゃって≫

「……了解」

 

 束からのGOサインが出た。最早隠密行動に意味はない。

 

≪メインシステム、戦闘モード起動します≫

 

 ジャックはこの世界に転移する前まで使用していた時と同じ、重武装が施されたフォックスアイのOBに火を入れた。コアパーツの背部の保護カバーが開口し、隠されていた大型ブースターが大きく息を吸い込む。その息は明るい緑色の光として収束していき、塊となるがフッと消えてしまう。次の瞬間には、フォックスアイは二対の光の翼を生やしていた。

 轟音を渓谷に鳴り響かせながらジャックは接近すると、まずは左腕に取り付けられたグレネードライフルを施設の管制塔へ向ける。小型ながら充分な威力を発揮するそれを放つと、榴弾は周囲の空気を急激に温め光を纏いながら管制塔へと襲い掛かった。

 塔は爆風と共に砕け散り、残された部分も衝撃による破損により折れ曲がり、地面へとゆっくり倒れ込んでいった。塔の残骸が地面を激しく揺らす頃に施設全体に緊急事態を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

「今更慌てても、もう遅い!」

 

 フォックスアイの五つの目が戦闘ヘリの格納庫を捉えると、ジャックはそこへすかさずカラサワを流し込む。別に飛ばれてもフォックスアイが倒れるということは考え辛いが、そうなったらそうなったらで対処するのが面倒だったため、飛ばれる前に破壊することにした。

 迎撃体制が整わない施設に対してジャックは容赦なく攻撃を加えていく。束が製造した弾薬の試し撃ちと言わんばかりにグレネードライフルを乱射し、内部侵入予定の棟以外を次々と吹き飛ばしていき、勇敢にも携帯火器で攻撃するものたちにはカラサワを注ぐ。その光のシャワーを浴びた者たちは眩しい光と溶けてしまいそうな熱を感じると一瞬で消えてしまった。

 

(ミサイルが試せていないな)

 

 ジャックは両肩に背負わせたデュアルミサイルをまだ一度も使えていないことを思い出すと、最初にヘリを破壊したのは失敗だったかもしれないと自省した。

 一瞬で施設の半分を破壊してしまうと、相変わらず対物ライフルやらロケットランチャーやらで抵抗してくる歩兵を無視しフォックスアイは中央の棟へと近づいた。

 

「クロニクル、出撃だ」

≪承知致しました≫

 

 フォックスアイの脇腹にある格納ブロックが開かれるとゴーレムがそこから這い出てくる。そしてそのまま目標である施設に向けてスラスターを吹かし、ものすごい勢いで内部へと侵入していった。

 彼女のことは束に任せよう。

 ジャックはそう思うと、束からの依頼である試製した弾薬のテストを続行する。

 

(とは言え、ロックオンできなければ撃てないというのも考え物だな。博士に頼み、FCSを改造してもらうか……)

 

 ミサイルが持ち腐れ状態になっている事にジャックは帰還後、FCSの改造を試みようと考えた。

 ACが装備するミサイルというのは暴発を阻止するために、攻撃目標をロックオンしなければミサイルを発射することが出来ない仕組みになっている。これはAC同士の高速機動戦を展開することを想定し地形や施設をロックせず、攻撃目標に対して確実に発射するために組み込まれたものである。しかし今回のような施設に対する攻撃では、攻撃目標としてのマーカーがそもそも点灯していないためロックオンすることが出来ず、ミサイルを発射することが出来なかった。

 実戦試験にならないとジャックが頭を悩ませているところに、都合よく施設防衛部隊の装甲車が複数台現れた。

 

「フッ。運が付いているな」

 

 ロックオンアラートがコックピットに鳴り響くと装甲車に取り付けられたミサイルが飛びかかって来るが、神経系を光ファイバーに置き換えているジャックからすれば余裕で対処することが出来る速度。肩の装甲を展開し内蔵武装、インサイドのデコイを撃ち出し、フォックスアイ自身はブースターを点火すると大きく飛び上がった。

 装甲車のミサイルの全てがデコイへと吸い込まれ無力化されると、ジャックは両肩のミサイルを起動し素早くその装甲車をFCSサイトに収める。

 

「さて、対処できるかな?」

 

 ロックオンマーカーが赤く染められるとトリガーを引き四発のミサイルを発射した。

 発射されたミサイルが一斉にその一台の装甲車へと襲い掛かり、特に抵抗されることも無く着弾する。攻撃対象にされた装甲車の周囲に居た別のものたちは急ぎ逃げ去るも、一握りは爆風で横転し無力化されてしまっていた。

 

(多数対一は出来ぬか)

 

 忠実に再生させられた両肩ミサイルの性能に、ジャックは首を縦にも横にも振れない何とも言い辛い気分になる。

 

「だが、貴様らが実験対象になることに変わりはない」

 

 ジャックは施設の残骸に隠れた装甲車を一台も逃さんと決めるとブースターを操作し、空中を舞う。いくら上手く隠れようとも、空から襲い掛かるフォックスアイに対して装甲車部隊はあまりにも無力であり、次々とミサイルに串刺しにされるか、グレネードで吹き飛ばされるかという運命であった。

 

≪ジャックくん、試製した弾薬の調子はどう?≫

 

 ある程度試し撃ちを終えた頃に束からの通信がジャックの下に届く。

 

「及第点、と言っておこう」

≪ええ~。あれだけ頑張ったのにぃ、満点ちょうだいよ!≫

 

 束としては元々の性能を忠実に再現したのだからもう少し褒めてくれてもいいのにと不服を感じてしまう。

 

「及第点の理由は帰ったら話そう。我々の今後の為でもあるからな……ところで、クロニクルは上手くやっているか?」

≪そりゃもうやりたい放題やっちゃっているよ≫

 

 束はそう言うとチラッと無人機を操作しているクロエの方を見た。

 

≪束さんが作ったISなんだから、そっとやちょっとのことじゃやられるわけないし、くーちゃんを鍛え上げたのは他ならぬジャックくんでしょ? 負けるはずがないよ≫

「上手くやっているならば良い。目標は達成できているか?」

≪少しは褒めてあげなよ! まったくもう……今、最高セキュリティの区画に侵入するところだよ≫

 

 地上に存在する敵の殆どを破壊したため、ジャックはその場で束とクロエからの報告を待つことにした。

 

≪シークレットラボに侵入し……ッ!?≫

「ん? 博士、何が起きたのだ?」

 

 恐らくこの施設の研究成果が存在する区画に侵入した途端、クロエが絶句したことにジャックは何が起きたのか束に尋ねる。

 

≪あ~らら。これはこれは……静止画像だけど、この施設の()()を送るね≫

 

 束にそう言われるとフォックスアイのモニターに侵入したゴーレムが撮影した研究の産物の静止画像が映し出される。

 

「ほぅ、これは……」

 

 そこに映し出されていたのは、檻に閉じ込められてている年端も行かない子供たち。下手をすればクロエよりもずっと幼いのが見て取れる。

 しかし、どの子供も、体の一部が異様に肥大化していたり、身体の造形が異形と言っても差し支えないものになっていたりしていた。

 

「何をしていたのだ? ここは」

≪今くーちゃんに頼んでデータバンクを吸い出しているところ。くーちゃん、大丈夫?≫

 

 ジャックと束はこのような光景に慣れているためビクともしなかったが、クロエはあまり慣れていないのか束に心配をされていた。

 

≪こんなの……あんまりです≫

 

 その口調からこの施設に対してクロエが静かな怒りと子供たちに対する哀れみを抱いていることをジャックは瞬時に察知する。

 

「クロニクル。その感情を抱くのは間違ったことではない。しかし今が任務中だと言うことを忘れるな」

≪ッ! わ、分かりました≫

 

 ジャックから忠告を受けたことで、クロエは今自分がなすべきことに再び意識を集中させる。

 

≪成る程ね。後天的に強化人間を生み出すための施設だったってわけなんだ≫

「研究内容が分かったのか? 博士」

≪うん。この研究施設はくーちゃんのように先天的に改造を施す遺伝子強化兵士とは逆に、元々居る人間の遺伝子を改造することによる強化人間の開発を目的としたものだったみたいだね≫

「後天的に、()()()を改造、か。惜しいな。もう少し頭を使えばPlusに辿り着けただろうに」

 

 ジャックの皮肉に対して束は大きく咳払いをする。

 

≪でもそんな無茶苦茶が上手くいく筈ないでしょ。まだこいつらが目指す完成体は出来ていないみたい。それで画像にある檻に閉じ込められている子供たちは、一部成功したけれど副作用で身体が滅茶苦茶になった失敗作だって。実験体は世界各国から拉致または、人身売買された子供たち。男の子が多いのは女尊男卑のせいかな? 研究ログを辿ってみたけど……ちょっと、同じ目に遭わせるだけじゃ物足りないかもね≫

 

 束は一ページで収まらないログを眺めながら、楽に研究者をクロエに殺させたことを後悔した。

 束は人体実験は行わない。

 それは唯一とも言うべき友である織斑千冬が、彼女の為と思って必死に人間性を説き続けたためだからである。

 ジャックが言う強化人間(Plus)の技術に対してすら嫌悪を抱いた彼女が、このやり方に怒りを抱くことがないだろうか?

 

「相当な数の実験を失敗を繰り返した、ということは分かった……残念だが」

≪うん。こればっかりは、仕方ないよね……≫

 

 どうやらジャックと束が思うところは同じところだったようだ。

 

≪くーちゃん。とても残念で、苦しいことだけれど……この子たちを()()して≫

≪ッ!? そんな、お母さん!!≫

 

 束からの指示にクロエは激しく拒否をする。

 

「クロニクル。仕方のないことなのだ」

≪ジャック様まで……どうしてッ!?≫

 

 ジャックまで何故同じことを言うのかとクロエは混乱してしまう。

 

≪くーちゃん。仕方ないんだよ。いくら束さんでも、この子たちを元に戻すことは出来ないし、助け出すことは出来ないの≫

≪で、でも! それならお母さんとジャック様は私を助けてくれた!≫

≪くーちゃん。それは、本当に()()なんだよ。偶々だったからくーちゃんを助けてあげられた。でも、束さんは神様や仏さまじゃない。全部を助けるだなんてこと、出来ないんだよ≫

≪でも……≫

 

 言い聞かせられたクロエは、それでも自分が行わなければならないことを拒否したくて仕様が無かった。

 手を汚すことは慣れている。元々が遺伝子強化兵士のプロトタイプであり、幼い頃から実戦を経験していたのだ。北アフリカでのンジャムジのカフェでは暴徒を明確に敵と認識。し、機械の様に始末することにすら何の罪悪感を抱くことは無かった。

 だが、H(ヘッド)M(マウント)D(ディスプレイ)越しの眼前に居る子供たちは?

 本来愛してくれるはずの親から売り払われ、こんな辺境で物扱いされ、挙句の果てに人の形から外されてしまったのだ。

 こんな哀し過ぎる子供たちの命を刈り取れと言われても、素直にそれを実行できるほどの割り切りをクロエはまだすることが出来なかった。

 

「……クロニクル。出来ないのであれば施設から出てこい。私が代わりにこの施設ごとこの子たちを吹き飛ばす」

≪……≫

 

 返答らしい返答は無く、荒く整わない呼吸が研究室に響き渡るだけだった。彼女なりに決心と割り切りを抱こうとしているのだろうが、ジャックから見ればそれは危うい決心であり彼女に()を遺しかねないと判断する。

 クロニクルに汚れ仕事はまだ早すぎたか、とモニターに映る束と顔を合わせながら頷くと、カラサワの出力を最大限に調整するためにコンソールを操作し始める。

 

≪北西に、反応を確認≫

 

 操作しているところにフォックスアイのコンピューターが増援らしき反応を察知したことをジャックに告げる。レーダーを見ると確かに、彼がこの施設に接近する際に使用した渓谷を多数の反応がやって来ていることを示していた。

 威力調整のために操作していたコンソールから手を離すと、操縦棒を握り直す。

 しかしこの時初めてジャックは、集団のうち二つの反応が通常の兵器とは明らかに異様なスピードで接近していることに気が付いた。ISかと最初は思うが、ISにしてはあまりにも反応のサイズが大きく、少々の不安が募る。

 

≪増援を確認しました。ACです≫

「何?」

≪ACだって!?≫

 

 コンピューターが告げる情報にジャックと束は冷静さを欠き、声を荒げてしまう。

 この世界に自分以外のACとレイヴンが混入したことは既知の事実。しかしここで会敵することになるとはと寝耳に水だったが、ジャックは直ぐに武装の残弾数とAPを確認し何時でも戦闘が出来るように態勢を整えた。

 こちらに向かってくるレーダーの反応を見据えていると、渓谷を縫うように滑走する2機のACがフォックスアイの前に現れた。

 片やこの荒れ果てた大地と同じ砂色で染められ、四連装のバズーカ腕をしたフロート機体。片やフレームと武装は旧式のモノで揃えられた、ネイビーグリーンのAC。そしてそいつは嘗てジャックの旗下で共に戦った、復帰した老兵――

 

≪ACを確認しました。スフィル及びパンツァーメサイアです≫

「G・ファウストか」

≪えっ? お仲間?≫

 

 束は増援らしき存在がまさかジャックの知人であるとは思ってもおらず、彼に問いかけずにはいられなかった。

 

≪G、こいつは……!≫

≪ああ、ジャックだ。やはり生き返っていたか≫

 

 ACスフィルの操縦者、ハラフ・アッディーンはスクリーンに映るACのシルエットを見て僚機であるG・ファウストに尋ねる。そしてG・ファウストはフォックスアイの姿を見ると驚く様子をさほど見せず、まるでそうなるのが当たり前だったかのように呟く。そして元上官でもあった彼と話をするべくファウストはハラフを制すと、パンツァーメサイアをフォックスアイに近づけながらジャックに通信を繋いだ。

 

≪お前も生き返っていたのだな、ジャック≫

「あまり驚いていない様子だな、ファウスト」

≪当たり前だ。この老兵の俺が生き返ったのだ。何故悪運の強いお前が生き返らない?≫

 

 ファウストは皮肉気にそう言いながら、識別信号を友軍のものにし交戦する意思は無いと言うことを示した。その様子からジャックはファウストとハラフがこの施設に所属しているのではないと言うことを理解した。

 では、救援に来たのではないすればいったい何故、と考えているとレーダーに映し出されていた団体がようやく渓谷から現れた。それは一般車両に武装を施すという改造をしたに過ぎない集団だった。

 

「関わりがあるようだな、その集団とは」

 

 フォックスアイの左手で装甲車の集団を指差しながらジャックはファウストにそう言う。それに対してファウストはその質問に答えることはせず、ただ振り返ってその集団を見つめるだけだった。

 ジャックはその車両集団に対してフォックスアイのカメラの倍率を上げる。すると車両から降りてくるのが分かった。その大体が大人の男女であり、人種も様々だった。そして車両から降りた大人たちが燃え上がっている施設を見ると、何故か狼狽しだす様をカメラが捉える。

 

「お前たちは何をしに現れたのだ? この施設から強奪するものなど、特には無かったが」

≪ジャック・O。まさか――この施設の有様は、貴様がしたとでもいうのか!?≫

 

 先程まで後方に控えていたハラフは下げていた武器腕のバズーカの銃口をフォックスアイに向けながら、威圧的に問いかける。

 真実を告げてしまえば束との繋がりがバレてしまう。しかし、ウソを言えば戦闘を躱すことは難しい。

 少しだけ考え、ジャックは片方の選択肢を取った。それは――

 

「こいつも最強の兵器と言われようと、所詮は兵器。消耗するパーツの代用品を探すのは、可笑しいことか?」

 

 ジャックは誰かと繋がりがあるということを知らせないために、さも当然の様子で嘘を吐きエネルギーをカラサワに充填させた。戦闘するのであれば、KARASAWA-MK2の対AC威力のテストでもしておこうと自然と思い付いたのだ。

 

≪貴様っ!≫

 

 その引き金を引こうとするも、ハラフは突然眼前に現れたパンツァーメサイアの腕に抑えられる。

 

≪待てハラフ! ……とぼけても無駄だ、狐よ。私たちの目の前に居るのが本物のお前ならば、誰かをそそのかして果報を寝て待つのがお前のやり方のはずだ。何故、お前自身が戦地へ赴くやり方をする?≫

 

 あまり接点の無いハラフからすればそれが真実だと思わされたが、ファウストからすればそれは出来損ないの嘘でしかなく直ぐにそれだと見抜き、必要の無い戦いを回避するためにハラフとジャックの間に立ち両者を抑えた。

 

「私を狐と言うな。私とて、一羽の(レイヴン)だ。戦場に出ることが、それほど可笑しいことか?」

≪ああ、そうか。だがな、お前程の奴が何故考えも無しに一人で行動するのだ? 慎重さならば右に出る者が居なかった、お前がだ≫

 

 復帰したとは言え老兵。その鋭い洞察力と勘、同じ旗の下で戦ったジャックと言う人物を理解しているからこそ、ファウストはジャック自身が考えてこの施設を攻撃したとは考え辛かった。

 

「仮に貴様の言う通りだとしても、ならば貴様らは何をしに現れたのだ? この施設の用心棒でもしていたのか?」

 

 ジャックもフォックスアイが右腕に持つカラサワをパンツァーメサイアに向ける。

 

≪G!≫

≪……皆。少し待っていてくれ。こいつと話しを済ませる。ハラフ、私が『やれ』と言うまで、決して引き金を引くな≫

 

 ファウストがハラフと恐らく車両集団に向けてそう言うと、パンツァーメサイアの後方に控えている集団のエンジン音が収まる。その様子を見たジャックは、G・ファウストが何をしたいのかを直ぐに理解する。

 

「成る程……博士、クロニクル。彼らと少々話がしたい。悪いが通信を切断させてもらうぞ」

≪大丈夫、ジャックくん?≫

≪ジャック様、私も一応地上に出ます。もし戦闘になった場合、居ないよりはマシかと思いますので≫

「いや、まだその場に留まらせてほしい。博士、例の被験者たちの様子を観察していてほしい」

≪う~ん……わかった。ジャックくんがそう言うのなら、任せるよ。それじゃ、吉報を待ってるよ≫

「すまん」

 

 ジャックは二人との通信を切断すると、カラサワの銃口を下ろしパンツァーメサイアへと歩み寄る。

 白銀の巨人と常盤色の巨人が相対し、その常盤色の巨人の少し後ろに砂色の浮遊体が控える。

 

「接触回線か。これならば傍受される恐れはないか?」

≪こちらの方がお互いの事情を話すことが出来ると思ってな≫

 

 老兵の気遣いにジャックは内心感謝する。

 

「もう一度先に訊かせてもらうが、貴様らも、あの集団もこの施設にやけに執着心があるようだな? それにこのありさまを見て狼狽するとは。どんな理由があるのだ?」

 

 ジャックはあえてストレートにその理由を尋ねる。

 その問いかけに答えたのはファウストではなく、その後ろに控えているハラフだった。

 

≪……この施設に子供たちを、連れ去られた皆の子たちを助けるためだ≫

 

 その瞬間、ジャックはファウストとハラフが少なくとも()は敵になる可能性が無くなったことを確信した。

 

≪とは言えあそこに居る者たちの子供は、皆拉致されたらしい。愛する我が子を助けるために皆少しずつ情報を集めていき、漸く連れ去られた場所を特定することに成功したのだ。そして僅かではあるが戦う術を持ち、己の手で我が子を救い出そうと立ち上がったのだ。そして――≫

「施設が破壊されているのを見て、助けるべき子供たちが死んでしまった、と思ったわけだな?」

 

 ファウストからの事情を聞き、先ほどまでのハラフの威嚇とその親たちが狼狽した理由をジャックは理解した。そして彼の確認を聞いたファウストは肯定し、ハラフは何も言わずに黙った。

 

「成る程。それならば道理が通る。フフフ、全く、貴様らは運が良かったな」

≪……!?≫

≪生きているとでも言うのか、ジャック?≫

「ああ。破壊したのは外面だけだ。内部に居る子供たちまだ生きている」

 

 ハラフのことはよくわからないが、ファウストらしい戦う理由だとジャックは思った。

 都市動力炉をアライアンス戦術部隊に破壊されそうになった際も、ジャックの計画にバーテックスの戦略にも支障が無かったにもかかわらず、都市の病院施設の機能が停止する恐れがあったため制止を振り切り独断で行動したことを思い出す。結果として彼は死に、彼が守ろうとした病院施設も機能を停止したらしいが、それを今の彼に伝えるのは意味が無いことだとジャックは思考の片隅にその提案を追いやった。

 弱きものに手を差し伸べる。それが眼前に居る老兵が選んだ道なのだろう。

 

≪そうか。良かった……≫

「だが、殺してしまった方が良いかもしれんぞ?」

 

 ジャックは安堵しているハラフに対して残酷な事実を告げる。

 

≪どういうことだ?≫

 

 そう訊いてくるファウストに対して、ジャックはクロエから受信した奇形になった被験者である子供たちの静止画像を独断で二人に送った。

 

「言った通りだ。このような姿になって生きる意味などあるか? 私ならば情けで殺してやるべきだと思うが」

≪これは! そんな……なんということだ≫

≪……≫

 

 事実を突きつけられたハラフはショックを隠すことが出来ずにいた。助けに来るのが遅すぎたと後悔しているのかもしれない。一方、ファウストから返答は無く、空電だけが帰って来る。

 

≪G……≫

≪……それでも、私はこの子たちを助ける≫

「ほう。生きる苦しみを味わわせるつもりか?」

 

 挑発でもなく、彼が選んだ選択肢に対する事実をジャックは述べた。

 

≪その通りかもしれないな。今この瞬間は、それ()が救いになるかもしれん。だが、果たしてそれだけが正解か?≫

 

 パンツァーメサイアの頭部パーツにあるスリットバイザーが、フォックスアイを見つめる。

 

≪お前より長く生きていたのだ。生きるという喜びを私は知っている。だからこそ、この子供たちを助ける。たとえ自己満足と言われようと、この子たちが、生きていて良かったと言えるように、私たちは支え続けるさ。それに……どんな形にされようとも、愛する我が子をそう簡単に見捨てることなど出来んのだよ≫

 

 そう語るファウストからは決して曲がることのない決意が溢れ出しているのを、ジャックはひしひしと感じ取った。

 

「……そこまで言われてはもう何も言い返せんよ」

≪ああ、そうしてくれると助かる。ところで、お前はどうしてここを攻撃した?≫

 

 今度はファウストが、ジャックが施設を攻撃した理由を訊く。通信が遮断されていることと、片方はどうかは分からないがもう片方が手綱を握っている様子だったので特に問題はないと思い、部分部分を隠しながらも理由を語り始めた。

 

「雇い主から依頼されてな。何らかしらの非合法の研究をしているこの施設を破壊し、その研究成果の調査と奪取を命じられていたのだよ」

≪詳細も分からないと言うのにか? 死んで来いと言われているのと大差ないぞ?≫

≪随分と大雑把な依頼だな。それでも貴様は出たということは、雇い主を信頼していると見えるぞ?≫

 

 ファウストの発言に思わず吹き出しそうになりそうだったのをジャックは必死に堪える。

 今の会話を通信が繋がった状態だったら、博士は大はしゃぎしていただろうとジャックは思うと同時に、遮断しておいてよかったと心の底から安堵した。もし繋がりっぱなしだったら、それはそれで大騒動になっていただろう。

 

「強引な人物、と言っておこう」

≪そんな雇い主で大丈夫か?≫

≪我々の組織に来ても良いのだぞ?≫

 

 先程までの触発した態度は何処へやら、ハラフはジャックに対してそう言った。それは善意からの発言であり、組織の戦力増加を狙ってのものではない。

 しかしジャックにとってそれは、この世界に来て初めてとなる他の組織からの勧誘でもあり、他の組織へと移るチャンスでもあった。

 あまり接したことのない人物だが、本人にその意思は無いと分かるも自然とそういう風に捉えてしまう。

 

「確かハラフと言ったか? その申し出は魅力的だが、遠慮させてもらおう。何分、気に入っている場所なのでな。それに、善意で人命救助をする貴様らと暗躍と策謀の世界で生きる私とでは水と油だ」

≪ハラフ、こいつの言うとおりだ。我々とあいつとでは馴染みあうことは出来んよ≫

≪そうか……そこまで言われてしまっては仕方がない≫

 

 ここまでのやり取りをしていた中でジャックは彼ら二人に協力するよう要請するのを諦めていた。

 二人がもう少しレイヴンらしい生き方をしているのであれば試してみようと思えたのだがあまりにも善意で動いているため、陰謀家である自分に対してそう簡単に協力をしてくれるとは思えなかったからだ。かえって悪化する恐れがあると考えてもいた。

 

「施設内部に侵入させている協力者を回収し終わったら、この施設と被験者はお前たちにくれてやる。好きにしろ」

 

 ジャックは背後で燃え上がっている研究施設をフォックスアイの親指で指しながらそう言うとフォックスアイをパンツァーメサイアとスフィル、そして車両集団に背を向け、切断していた束たちとの通信を再び繋ぐ。

 

≪あ、終わった?≫

「ああ。悪いが、独断であの静止画像を使わせてもらった」

≪えっ、勝手に使ったの?≫

 

 元部下とはいえ勝手に情報を流したことに対して束は苦い顔を浮かべる。

 

「その方が手っ取り早く説得することが出来たからだ。その分の謝罪は後でさせてもらおう。それと、施設に残された被験者たちはあの組織が保護するらしい」

≪それって、あいつらの戦力として回収するつもりかな?≫

「ファウスト曰くあの集団は拉致され被験者にされた我が子を取り戻しに来たようだ。どんな姿にされようとも、我が子を見捨てられない、とな……クロニクル。殺す必要は無くなった。急いで回収した後、ここを去るぞ」

 

 その瞬間、研究室の中でひときわ大きな溜息が漏れた。それは他でもない、クロエのものだった。

 

≪かしこまりました、ジャック様≫

 

 しかしクロエが感じているのは子供を殺さずに済んだという安堵と、いざという時の覚悟の甘さに対する悔みが混じったものだった。非情にならなければならない時に、甘さが出てしまったのだから。

 

「クロニクル。今回はお前の甘さに助けられたぞ」

 

 急にジャックにそう言われクロエは目を見開いてしまう。

 

「あの時直ぐに攻撃していたら、私は彼らとも戦わざるを得なかった。余計な戦いを引き起こさずに済んだのは、お前のお陰だ」

≪……はい≫

「しかしそれは今回だけかもしれん、ということは忘れるな」

≪はい≫

 

 例外的な事だったとはいえジャックから感謝されたことにクロエは少しだけ嬉しく思う。しかしジャックから釘を刺されたとおり、それが通じるのは今回だけだろうと思いながら無人機を施設の外にまで移動させ、休止状態に移行させる。

 無人機が出てきたのをジャックは確認すると、フォックスアイの左手で人形のようにそれをつまみ上げるとコアパーツの左わき腹部分を展開し、休止状態のそれを格納した。

 

「ではまた会おう、G・ファウスト。今度も、味方として」

 

 G・ファウストらの集団には顔を向けずにジャックはOBを起動させる。

 

≪ああ。そうであってほしいものだ。ジャック≫

 

 G・ファウストへの返答をすることなく、フォックスアイは光の翼を生やすとそのまま来た道とは別の方角へと飛び立っていった。

 

≪……G、見たか? ジャック・Oのやつ、ISを格納しやがったぞ≫

 

 ジャックとの通信が完全に切断されていることを確認したハラフは、ファウストに対してカメラが捉えた映像を見た感想を素直に述べた。

 

≪ああ。私もはっきりと見た。ジャックめ、相当()()()雇い主に飼われているようだな≫

≪どうやら奴のバックは、私たちなど目にもならない程強力なようだな≫

≪敵対せずに済んだのは幸いだったな。あいつのACが改造されている可能性も十分あり得たのだからな≫

 

 ファウストは心底敵対せずに済んだことに安堵した。

 もしもあの時自分がハラフを制さずに戦闘になっていたらと思うとゾッとしてしまう。

 

≪さて、我々は我々がなすべきことをするとするか≫

 

 ファウストはそう言うと車両集団に対してジャックから提供された情報を流す。

 愛する我が子があらぬ姿にさせられているという事実に泣き崩れる者が後を絶たなかった。

 それでも、ファウストがジャックに対して言った通り、漸くたどり着いたというのに諦めるわけにはいかないと、彼らは二羽の鴉の先導の元、施設の中へと入っていく。

 親たちが流す涙が悲しみから喜びへと変わるのは、目前だった。

 

 

 

 

「ジャックくん。及第点ってどういうことなのさ?」

 

 研究施設へ帰ってきたジャックに対して束が開口一番に放った言葉がそれであった。

 彼女からすればジャックから文句を一つも言わせないように、フォックスアイの武装を忠実に復元した筈であった。しかしそんな努力に対しての評価がそれであっては、天災としては納得がいかなかった。

 

「別に悪いとは言ってはいないぞ、博士」

「ジャック様。紅茶をどうぞ。お母さんも」

 

 腕組みをして口を尖らせている束とその正面に立つジャックにクロエは注いだばかりの紅茶を渡した。因みに紅茶の注ぎ方はジャックに仕込まれ、短期間で中々の出来に仕上がっている。

 渡された紅茶を飲むジャックと啜る束。温かいそれがヒートアップしそうな会話をクールダウンさせた。

 

「使い勝手に関してだが申し分は何一つ無い。見事な出来だった」

「なら何で及第点なのさ?」

 

 ジャックは再び紅茶を口につけ香りと味を嗜み、カップをソーサーに置くと束にその理由を告げる。

 

「元の性能に忠実過ぎることだな。私が使っていた頃と全く変わりのない出来栄えだったが、それ故に短所も残されていた」

「でもそれは、勝手に改造して『勝手なことしやがって』と言われないために、()()()そうしたんだよ?」

 

 束は、彼女らしくもない使用者からすれば気軽に扱える仕様にあえてしたと弁解をするが、ジャックからすればそれは想定内だという態度を取った。

 

「ほう? 天災ともあろうものが、単なる再現で()()するとは私は微塵も思っていないのだが……博士はただの再現で満足するのか?」

「……な~んか、おだてるのが上手いというか。だから昔の仲間からこぞって狐って呼ばれているんじゃないの?」

 

 おだてられた束も、切り返されたジャックもお互いに何かが気に障ったのか、淀んだ空気が研究室内に漂う。二人きりならばそこから何かしらの攻防に発展するかもしれないが、幸いにもぶつかり合いそうになる二人を受け止める緩衝材であるクロエが、朧気な気迫を漂わせる二人にも恐れずに進んで仲介をした。

 

「あの、紅茶のお変わりはいかがですか? 熱いのもあれですので、アイスティーに仕上げたものでもどうぞ」

 

 ささっと束とクロエの間に立つと二人からソーサーとティーカップを取り上げトレーに乗せると、代わりのアイスティーが注がれたガラスのコップを渡した。

 ひびの入った氷が紅茶を冷まし、コップには水滴が滲み出ている。

 受け取った二人はお互いに視線を外すことなく何も言わずにその琥珀色に透き通ったそれを喉に流す。だが、二人が思っていた以上にキンキンに冷やされていたため、思わずこめかみをおさえたくなる頭痛が襲った。

 熱くこみあげそうになっていた怒気はその強烈な冷気によりすっかり消え失せ、自ずと冷静さを取り戻した。その様子を見て自分の作戦が上手くいったとクロエは確信すると表情に出さずに内心喜び、二人のお替りの熱い紅茶をティーカップに注ぎつつ空いている片手で小さくガッツポーズをした。

 それは余程冷たかったのかジャックはまだ眉間をおさえており、束に至っては涙目になっている。そして画策した当の本人であるクロエは知らん顔でお代わりの熱い紅茶を二人に渡しにやって来た。

 

「冷たいものを一度に沢山飲まれてしまってはそうなってしまいますよ。温かい紅茶のお代わりを入れてきましたのでどうぞ」

 

 紅茶が注がれたカップを手に取った二人は、熱過ぎないかどうか確認してから少しずつ啜る。

 頭痛がようやく収まりを見せると、束とジャックは先ほどまでの話を再開させる。

 

「回りくどい言い方をしたのは詫びよう。だが、博士ならばこの程度で満足してもらっては困ると言うのは本音だ」

「つまり、この束さんに更なる強化をしてほしいと、ジャックくんは物申しているわけでございますな?」

 

 そう言われたジャックは頷く。

 

「とは言ってもねぇ、まだ解析が完璧に終わっているわけではないし、ちょいと時間はかかりそうだよ?」

「機体自体に関しては特に問題は無い。武装は忠実に再現されているため使い勝手も悪くは無い。ただ、早急に改良してほしいのはミサイル系統のFCSについてだ」

 

 そこまで言うとジャックはそのまま先の戦闘で感じた改良点について述べ始める。

 早急に改良してほしい点として、現在のミサイル系統のFCSでは施設に対して攻撃が出来ないということがあり、彼は束に攻撃対象の施設にもロックオンマーカーが出るようにするか、もしくはトリガーを引くだけでミサイルが射出されるよう安全装置を意図的に解除出来るようにしてほしいと改善案を出した。

 束は改善案を述べる彼に口を挟まず、研究者らしい真剣な眼差しでそれらを一つ一つその優れた頭脳へと叩き込んでいく。

 

「ふむふむ。性能は追々改良するとしてまずはミサイルをロックオンしていなくても撃てるように、ね」

「ああ。今のままでは施設を攻撃するには両腕の武装に頼るしかない。それでは豊富な装弾数を持つあのミサイルの特徴を飼い殺ししてしまっているのだ」

 

 束は紅茶を一口飲むとカップをクロエに預け、どうするかと顎に手を置き頭を捻らせる。

 

「やれないことは無いと思うけれど、その場合束さんにフォックスアイを触らせてもらうことになるよ?」

 

 直接その場で触れた方が手っ取り早いということをジャックに伝えると、彼は返答するのに一呼吸入れる。

 

「……分かった。だが、コックピット周りを勝手にいじるなよ」

 

 ジャックとしてもこの問題点は早急に改善しなくてはならないと感じており、その為には束にフォックスアイを触れさせることを躊躇ってはいられないと腹をくくった。

 一方の束はと言うと出会ってからそれなりの時間が経つと言うのに、未だにまともにフォックスアイに触れられていなかったため、今回彼から一部とはいえ触れることを許可され、これもまたとないチャンスだとニヤニヤと笑い顔を浮かべた。

 いかにも怪しげな雰囲気を漂わせるが二人はそれには触れず、ジャックは束にメインコンピューターからコピーした戦闘データが収められている媒体を渡し、クロエは会議がお開きになりそうなのを察知し使用したコップとカップをキッチンワゴンにせっせと片付けた。

 程無くして会議は終わり、束はデータの解析とジャックが提案した改善案を基にどのようにして改良するかを思考し、クロエは厨房へ行くと使用した食器の洗浄を始める。ジャックはというとクロエについて行き、食器洗いの手伝いをした。最初はクロエが遠慮しようとするも彼は「厨房も自分の拠点だ」と言いくるめられたためである。

 

「……」

 

 無言で、慣れた手つきで次々と食器を水洗いする二人。

 

「クロニクル。何か思うところがあるようだな?」

 

 静寂を打ち破るようにジャックがクロエに対して声を掛ける。すると彼女の手が止まり、持っている洗い流されたコップから水滴をタオルで拭き取り水切りラックに置く。

 

「ジャック様。私は今になって思うことがあるのです」

 

 そのあまりにも大きな身長差からクロエは見上げるようにジャックの顔を覗く。

 

「私がお母さんとジャック様に助けられたのは、本当に偶然が重なったからだと。当たり前のことではなかったのだと、そう思っているのです」

「……そういうことか」

 

 束に依頼され遺伝子強化兵士の製造研究所を襲撃した際に、サンプルとして昏睡状態で培養液漬けにされていたクロエのことをジャックは思い出す。

 あの時束はPlusの技術を持っており、その技術を自分のモノにするために回収したクロエを実験体として扱った。結果として実験手術は成功し、彼女は再び息吹を取り戻すことが出来た。

 だがもしも、その時既に他にPlus技術による成功した実験体が居たら。

 もしも、あの場でクロエが収められていたカプセルも施設と共に運命を共にしていたら。

 もしも、束があの施設を攻撃対象に選んでいなかったら。

 他にも星の数ほどの()()()があるが、今、この場にクロエ・クロニクルという少女は居ないかもしれない。

 

「あの子たちを見たとき、私は心のどこかでお母さんが助けてくれると、そう思っていました。でも、現実は私が思っていたこととは真逆で……私が思っているように、お母さんは甘い世界で生きているのではないと、その時初めて思い知らされたのです。割り切った生き方をしているのだと、そう感じたのです」

 

 水切りラックに置かれたコップとティーカップにソーサーを食器洗い機に入れながら、クロエは束に対して思ったことをつらつらと独白する。

 

「ドライな生き方だと言えるな。だがだからこそ、親しみのある者たちには甘く接するのだろうな。私は何の因果か分からないが、お前は娘という特別な関係になったのだ」

「……確かに、そうですね。それと、出来ることならばあの子供たちも、私と同じように救われてほしいと思っています」

 

 洗剤を入れ終え食器洗い機のスイッチを押すと、クロエは遠くを眺めているような目つきでそう言った。

 

「私とあまりにも似た環境に置かれたからこそ、あれ程の親近感を抱いたのでしょう。だからこそ、私と同じように、幸せな生き方をしてほしいと思うのです」

 

 その彼女の姿を見たジャックは、甘い考え方だと思うが心のどこかで嬉しさというのを感じた。まだその正体がハッキリとしないが、烏大老の言っていた弟子が成長する喜びというのはこういうことなのだろうか、と漠然と理解した。

 

 

 

 

「う~、ハードを弄るかソフトを弄るか……弾薬そのものを改造するかFCSを改良するか……」

 

 束はコンソールを操作しながらどの改善案を採用するか悩んでいた。

 ジャックから渡された戦闘データを閲覧した結果、彼の言う通り施設に対してはロックオン出来ないミサイルが役立たず状態だと言うことを再認識し、これではマズいと彼女もその焦りを理解したのだ。

 

「でもいちいち弾薬を製造する際に余計な手間暇加えると時間が掛かりそうだしなぁ。いや、この大天才束さんなら別に造作もないけど面倒臭いしなぁ」

 

 その場に誰が居るわけではないが、束はあたかも他の誰かに尋ねるように独り言を大声で発し続ける。

 

「うん、やっぱりジャックくんには申し訳ないけれど、ソフト面を弄らせてもらおう。ふっふっふ、このツンツンさんめ。コックピットに忍ばせておいた録音装置でばっちり言質はとっちゃってあるぞ~!」

 

 彼女の本当の耳にはイヤホンが填められており、そこからジャックが通信を切断していた間の録音記録が流れていた。そして彼女は何度も彼が今居るこの環境が気に入っているという発言を再生している。

 

「フハハハハ!! これは良いネタを入手しちゃったぞ~! たとえぶっ叩かれようが、出会った時にこの束さんを愚弄した借りはずっと返し続けるのだ!」

 

 奇人変人と言われても仕方のない程のオーバーリアクションで束は高らかに笑いながらそう宣言する。もう一度言うが、その場には彼女以外誰も居ない。

 

「さてと、ちょいと頭を冷やす為に箒ちゃんを観察しようかな~っと」

 

 束が何もない空間に拳を上げ手を開くと、突如としてそこに空間投影ディスプレイが現れる。まるで魔法の様に。

 そしてディスプレイにはIS学園に忍ばせているカメラが1年1組のクラス内を捉えている映像が流れていた。

 

「さ~て、箒ちゃ……何あのコスプレ?」

 

 愛する妹の姿を眺めようとした彼女の瞳には、先日まで居なかった金髪の人物が居ることに気付く。そしてその人物が、何故か男装していることにも瞬時に気が付いた。

 

「え? 確かに制服改造OKの学園だったけれど、あいつ男装したがる子なの? オカマ?」

 

 束はその()()()()していることに理解が追い付かず、素っ頓狂な発言をしてしまう。

 落ち着いてから更に教室を観察すると、教壇の前に銀色の長髪を持つ少女の姿を確認した。

 

「あー、くーちゃんに似ているね。ま、そういうことかな?」

 

 束はその少女がクロエと似ている部分があるなと思うと、彼女も試験管ベビーであり遺伝子強化兵士の完成型ではないかと推測する。

 するとその少女は一夏の近くに寄ると、突如手を上げそのまま彼の頬を平手打ちした。

 

「は?」

 

 その時、天災の中で何かが()()た。




貴様が…ッ!>(  ・ へ ■)
          ⊂彡☆))夏´)<ちょっ!?
                        ∩ ∩
           よろしい、ならば戦争だ>( ゚ェ ゚# )
Σ(;興)Σ(; ゚ク ゚)<やべぇ!! ←次回はこの辺から?

※ラウラのaaはクロカタ氏のモノを参考にさせていただきました。

補足-レイヴン
ハラフ・アッディーン
 アーマード・コア ナインブレイカーに登場するランカーレイヴン。
 愛機であるスフィルは葉フロにクレスト製重OBコアの一見すると重量タイプだが、皿頭に4連装バズーカというどうしたいのかいまいち分かりにくいアセン。ただ油断して接近されると8発同時発射のバスーカフルヒットでこちらが蒸発する。肩はマルチミサイルのHYDRAにオービットカノンのHAPPY。エクステには軽量4連装ミサイルがチョイスサレテイル。個人的にブースト吹かしまくりでも熱暴走を起こさない脅威の冷却性能に目が行く。
 裏設定によると地上のとある部族出身だが、その部族を同作品ランカーレイヴンであるリュミエールにより壊滅させられその復讐心に燃えているらしい。

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