ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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24 老師と弟子ら

 中国内陸のとある山岳部。主要都市から離れた位置に存在するその辺境に、ポツンと軍事施設が構えられていた。周辺に住民がいるような場所でもなく観光名所でもない場所なので、軍隊が訓練をする場所としては良い環境とも言えるだろう。

 その軍事施設の重要区画、基地司令官の執務室に一人の将校が革製の椅子に腰を掛けながら机の上に投影されている映像を見ながら紅茶を嗜んでいた。

 

「まさか、このような形で再会するとは思わなかったぞ、ジャック」

≪私もこうなるとは思っていなかったさ、烏大老(ウーターロン)。出世したみたいだな≫

 

 老人の将校、鋼を連想させる肌に猛禽の如く鋭い目つきを持ち、白髪の混じった長髪をオールバックにした男性、烏大老(ウーターロン)は、空間投影ディスプレイに映る嘗ての同志、ジャック・Oを見ながらそう言った。ジャックも烏大老が今身に纏っている中国人民解放軍の制服と将校の階級章を見てそう応えた。

 

≪私が送った土産は、気に入ってもらえたかな?≫

「あれのお陰で私も大分助けられたわ。上の連中をどうにかして欺こうかと頭をひねらせていたからな」

 

 烏大老はそう言うと高価なティーカップに注がれた紅茶を飲み、口を潤す。

 彼がいる執務室は今、完全な防諜対策が機能しており、誰もこの部屋に入ることも、二人の会話を盗聴することも出来ないようになっていた。更に通信方法もレイヴン時代に使っていた機能を利用したものであり、これも通信をジャックされることは無い。

 

「今回の騒動は私の部下のISに残されていた映像ログで確認した。相変わらず大胆なことをするものだな、貴様は」

≪褒め言葉として受け取っておこう。その部下というのは、凰鈴音のことだな?≫

 

 ジャックの問いかけに対して烏大老は頷き答える。

 

「無人自律型ISと無人遠隔操作型IS……両者は未だに世界では実用化されていない代物だ。しかも搭載されている武装もどれもが凄まじい威力。上の連中に映像ログを流出させないようにするのには、苦労したぞ?」

≪あの程度でか? まぁ、その件についてはご愁傷さまと言っておこう。だからこそ、助け舟を渡してやったのだがな≫

 

 ジャックの言う助け舟というのは、烏大老が中国軍の将校で、しかも鈴の上官であることを知ると今回の襲撃事件の事後処理に苦労しているのではないかと思い、中国政府を黙らせ、偽の報告書を作るためのデータを提供したことである。

 

「あの程度とは……すこし感性がズレてしまってはいないか?」

≪居場所が居場所だから、な。襲撃内容はやりすぎたと流石に思ってはいるぞ≫

「篠ノ之束の所か……お前もなかなかに苦労していそうだな」

 

 烏大老がジャックの居場所を呟きそう問いかけると、ジャックは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。

 

≪苦労というべきか、ある意味ではレイヴン以上に過酷な環境だ≫

 

 ジャックの答えを聞いた烏大老は紅茶を飲み干すとティーカップをソーサーの窪みにはめ、執務机の上に置いた。

 

「だが、簡単に表情を浮かべるのを見るに、悪いとは思ってはいなさそうだな」

 

 烏大老の言葉にジャックは表情を強張らせる。

 

「フフフ、貴様もそんな表情が出来るのだな。狐の貴様が、な」

≪……≫

 

 ジャックは陰謀家としてなら向こうの世界では勿論、この世界でも天才として謳われるだろう。だが、そんな彼をしても油断ならないのがこの烏大老である。

 実年齢ならばジャックよりも遥かに高く、踏んだ修羅場も彼とは比べ物にならない。まさに年季が違うのである。

 そんな彼を前に思わず表情を浮かべてしまったことにジャックは後悔してしまう。

 

「別に悪いとは言ってはおらんぞ。機械の様に冷徹で、どこか強迫されていたあの頃と比べれば、今の貴様の方が親しみを持てる」

 

 烏大老はバーテックスの前線指揮官として戦っていた頃を思い出し、その時のバーテックスの総帥であったジャックと今、通信で会話しているジャックを比べながらそう言った。

 

≪……すべてが終わったのだから、当然だ≫

「だが、また別の強迫と、悩みを持っているようだな、小僧」

 

 烏大老は投影されているジャックを見つめ肘を机に突き手を合わせながらそう言った。

 

≪全てお見通し、か……やはり私は、まだ貴方に敵うような領域にたどり着けていない、ということか≫

「今後も精進するのだな。それに、迷える狐よ、私でよければ貴様の悩み、聞いてやろう」

 

 それはまるで老師と弟子のやり取りのようであった。

 ジャックは目を瞑り彼に悩みを打ち明けるかどうかをしばし考え、何時までも抱え込んでいても解決は出来ないと決意し、烏大老に打ち明けることにした。

 

≪話したいことは二つある。が、その前に、何故私がアライアンスに宣戦布告したのか覚えているか?≫

「この前打ち明けた真実か? 勿論覚えているぞ」

≪そのことが一つだ。私はこの世界で蘇り、頭の中から切り離すことが出来ないモノがある≫

「……インターネサインと、パルヴァライザーという、大破壊以前の兵器のことか?」

 

 ジャックはその答えに頷いた。

 

≪我々がこうして蘇ったのだ。アレも、この世界に存在しているのではないかと、思わずにはいられないのだよ。未だに、あの雨の光景(大破壊)を、夢で見てしまうのだからな≫

 

 ジャックはそう言うと、烏大老からは見えないが、椅子の背もたれに寄りかかり瞼の上に手を置き仰いだ。

 

「狐よ。お前は親しみを覚えやすくなっても、狐のままだったのだな」

 

 烏大老は弟子を諭す様に、同時に感心したようにそう言う。

 

「私は、そのような事を考えてはいなかった。今ある命を懸命に生きようとだけ考えてしまっていた。だが、貴様は蘇ってもなお、そのことを危惧しているのだな」

 

 流石は人類の救世主、と烏大老は心の中で付け加える。口頭で伝えられある程度は理解したA(アライアンス)V(バーテックス)戦争の真相ではあるが、それでもやはりジャックこそインターネサインとパルヴァライザーの真の脅威を一番理解出来ている人物であることには変わりないと烏大老は考えた。彼自身もいまいちそれらの脅威を理解しきれているわけではなかったからだ。

 

≪臆病と言われようと構わない。ただ、あれらがこの世界に存在していないという確信を抱けるようになるまで、私は安心しきれないのだ≫

「その言い方から察するに、未だに確信出来ていないようだな?」

≪杞憂で終われば、どれだけ良いことか……≫

 

 そう言うジャックの姿を見て烏大老は腕を組み考え込む。

 もしも自分がフリーの状態であれば快く協力を申し出ることが出来ただろう。しかし今の彼は、将校という高い階級を持つ軍人。下手に動き回ることが出来ないのだ。

 

(身の安全を確保するためとはいえ、まさかこんな裏目に出るとは)

 

 まさかこんなことになるとは思ってもいなかったとはいえ、烏大老は己が下した選択を悔やんでしまう。

 

「もう一つの悩みというのは、なんだ?」

 

 烏大老は話を進めるために、ジャックのもう一つの悩みについて問いかけた。

 

≪……烏大老。貴方は何として生きている?≫

「どういうことだ?」

≪私は、実を言うと、まだ決めかねている。狐として生きるべきか、鴉として生きるべきか……≫

 

 その言葉だけで、烏大老はジャックが(策士)として生きるか、(レイヴン)として生きるのかを決めかねているということを理解する。

 

(大義を成し遂げ、己の生きる目的を失ったが故か)

 

 元居た世界でジャックは世界を救うという重責を背負い続け、そしてそれを成し遂げたのだ。そして狐としても生き、最期は鴉として羽ばたき悔いも無く息絶えたのだろう。にもかかわらず蘇らせられたとなれば、いったい何のために生きればよいのか分からなくなるのも仕方のないことだと烏大老は考える。加えて、ジャックがレイヴンとして生きることに強いこだわりを持っていることを思い出すと、どうアドバイスすればよいのか、瞼を閉じて悩んでしまった。

 

「……すまんな、ジャック。その悩みに対して、私では助けになることは出来ん。どのように生きるかなど、他人が決めることではないからな」

≪……そうか≫

 

 自分よりも年上であり頼りにしていた老師(烏大老)からそう言われ、ジャックは落胆してしまう。しかし、烏大老は「だが、」と言葉を付け加えた。

 

「この世界で生きるとしても、元の世界とは大して変わらん。我々は何者にも束縛されぬ自由な存在。すなわち、『好きなように生きて、好きなように死ぬ』。それが我々レイヴンの掟だっただろう?」

≪好きなように生き、好きなように死ぬ……≫

 

 ジャックはその言葉を反復するように呟く。何か考え事をするかのように目を閉じ俯いた。暫しの後、ジャックは深呼吸をして目を開くと、再び烏大老の顔を見た。

 

≪まだ結論は出せないが、その掟を忘れてしまうところだった。お陰で思い出せたよ≫

「それは何よりだ。まぁ、せいぜい悩み、そして自分の答えを見つけるのだな」

 

 あの戦争の時も、このようにして烏大老はジャックに知恵や助言を与えていた。通信越しではあるが、二人はあの時の懐かしさを覚えていた。

 

≪参考までに訊きたいが、貴方は今、何をして生きていらっしゃる?≫

「私か?」

 

 参考までに、とジャックは言ったが、ここで何をしているのかを知るためにそのような質問をしたのではないかと烏大老は考える。しかし、助け舟をわざわざ渡しに来たジャックが今更自分と敵対することは無いと予想すると、その質問に答えることにした。

 

「見守ることだな。私が見込んだ、若者たちの成長を」

 

 烏大老はそう言いながら執務机の上に飾られてある写真立てに入れられた写真を見る。烏大老を中心に、彼の部下である隊員たちがズラリと整列した写真ではあるが、所々でふざけ合いやポーズを決めているなど、軍隊としてはあまり考えられない緩さがあった。勿論その写真は公式では使われず撮り直しがされたが、烏大老が思いのほかその写真を気に入ったため、捨てずに飾っているのである。

 

≪見守る、か……そう言えば、凰鈴音という少女は貴方を随分慕っているようだったな≫

「ああ、凰か? あいつは、今まで見てきた中では一番の原石だ。上手く磨き上げれば何物にも劣らぬ輝きを持つ宝石になるだろう」

 

 そう言う烏大老は、どこか孫の自慢をする祖父のような柔和な表情になっていた。

 

≪随分と気に入っているようだな、彼女のことを≫

「そう言われても仕方あるまい。だが、彼女ほど鍛えがいのある弟子は初めてだ。私の教えと合っていることもあるが、天才だよ、彼女は。ただ直感に頼り過ぎている部分はあるな。もう少し落ち着きを持つことが出来れば、いずれは私を超えることも不可能ではない」

 

 まさか烏大老がそんなに鈴のことを高く評価しているとジャックは思ってもおらず、驚き目を見開いてしまう。

 烏大老の経験の豊富さはレイヴンズ・アークの時から誰もが知っていた。そして彼に弟子入りするレイヴンも少なからずおり、その中からトップランカーになる者も勿論居た。

 そんな様々な弟子をとってきた彼が、そこまで鈴のことを評価しているのだ。ジャックはそのことに驚かざるを得なかった。

 

「フフフ、そこまで驚くか? そうだ。貴様が助け舟を渡してくれたお礼を、少ないがさせてもらおう」

≪礼か?≫

「情報だ。知っていれば無駄になるが……亡国機業(ファントム・タスク)という組織を知ってはいるか?」

 

 初めて聞く組織の名前にジャックは首を横に振る。

 

≪知らんな。初めて聞くぞ≫

「ならば、無駄にはならなさそうだ」

 

 ジャックが亡国機業について知らないと分かると、烏大老はそれについて話し出す。

 

「この世界で半世紀以上前に行われた大戦争。その最中に生まれた組織だ。存在は認知されているがその目的や存在理由が一切不明というのがより一層ややこしくしているのだ」

≪聞いたところではあやふやな組織だな。分解しないのが不思議だ≫

「ジャック、侮るなよ。奴らのしつこさは企業などとは比べ物にならん。現に私も、何度も世話(・・)になっているのだからな」

≪お前が、か?≫

「火種をばら蒔くことに関しては天才だ。ただの寄せ集めや落ちこぼれ連中とはわけが違うぞ。今の私では守ることに精一杯で攻めることが出来ん」

 

 烏大老からの情報にジャックは目を瞑り考え込んでしまう。今まで自分たちが手を出されなかったのは偶然なのか、それともあえてなのかと。

 

≪……警告は受け取っておこう。今まで手を出されなかったのが不思議だ≫

「奴らも馬鹿ではない。天災に下手に手を出せば返り討ちに遭うことぐらい予想できるのだろう。現にやつらは、確実に成功し、尚且つ失敗は最小限に抑えるやり方をしてくる。手を出されれば、ただでは済まないのだ。奴らは奴らでお前たちに対する牙を研いでいる最中かもしれんな」

 

 烏大老はバーテックスの前線指揮官としてもかなり優秀な人物であり、ジャックは前線に関しては彼に一任させるくらいに信頼を寄せていた。そんな烏大老がここまで言うのだ。亡国機業というまだ見ぬ脅威に対して、ジャックは警戒心を抱いた。

 

≪牙を研ぐか……一つ聞きたいが、レイヴンの存在は確認できたか?≫

「私の範囲では確認できなかった。だが、奴らは世界各国に支部を設けているらしい。ひょっとしたら、別の支部には居るかもしれんな」

 

 今現在では亡国機業にレイヴンの存在を確認出来ていないらしいが、烏大老の言う通り別の支部には居るのかもしれない。ジャックの中で亡国機業が益々無視できない存在になりつつあった。

 

≪こちらとしても、同志か協力者を一人でも多く確保したい。貴方には、出来れば今一度協力をしてほしい≫

 

 ジャックは姿勢を正すと通信越しに烏大老に対してそう申し出た。それは、バーテックス結成前に協力を申し出た時と似たものでもあった。

 一方の協力を申しだされた烏大老は、二つ返事というわけでもなく、腕を組み椅子に深く座り込み目を閉じると、暫し思考の海へと潜っていった。

 

(再びこやつと手を組むか……だが、それは私にメリットはあるのか?)

 

 フリーの身であれば協力しただろう。だが、軍人として生きる彼は、部下の成長を見守り、一応とは言えこの国を守るという使命を持っている。おいそれと協力をして、かえって自分が不利になるのであればそうする必要は無いのだ。

 

「私に何かしらメリットはあるのか? 悪いがタダでは協力出来ん」

≪……分かっていたとはいえ、やはりそう言われてしまうか≫

 

 しかしジャックはまるでそう言われるのが分かっていたかのように、頭を掻くのであった。

 

≪無理やりではあるが、今生きているこの世界を大破壊から守る、というのはどうだ?≫

「フン、まるでとってつけたような理由だな」

 

 だが、と烏大老は言葉を続ける。

 

「アレが無いとは言い切れんな。協力は、今は保留させてもらおう。もう少し誠意を見せるのであれば、考え直してやろう」

≪そう言ってもらえるだけでも、助かる。こちらとしてはお前たちと敵対するつもりは無い。敵対するとなれば、そちらが何らかしら攻撃してきた場合だ≫

「ならば私も、お前とは今のところ敵対するつもりは無い、とだけ言っておこう。勿論、敵対する可能性は無いとは言い切れん」

≪お互いに考えることは同じか。ならば敵対しないためにもいずれまた、誠意を見せに来よう≫

 

 そこまで話し終えると通信が切られ、空間に投影されていたジャックのホログラムが消滅し、部屋の明かりが少なくなり暗くなる。烏大老は執務机の上に置かれてあるスイッチを押して照明を点けた。

 

「悪いな、ジャック。昔と今とでは、私も変わってしまったのだよ……」

 

 まるで時の流れは残酷、という雰囲気を醸し出しながら烏大老は他に誰も居ない執務室でそう呟くのであった。そして通信機からログを念入りに削除し、しかるべき場所に隠すと椅子から立ち上がり、執務室の扉へと近づいていく。ドアノブを回し廊下へ出ると、そのままある場所へと向かっていった。

 

「あ、隊長、お疲れ様です」

 

 途中、基地の廊下で烏大老の部下数名と鉢合わせる。彼らは烏大老の姿を確認すると皆一斉に立ち止まり姿勢を正し、見るものを感心させる敬礼をした。それらに対して烏大老も歩きながらではなく、わざわざ足を止めて敬礼を返すのであった。

 

「ご苦労」

「隊長は、これから何方に行かれるのですか? ISの演習場でしょうか」

「勘の良い奴め。その通りだ」

「ということは、凰の成長具合の視察でしょうか?」

「それも否定はせんよ」

 

 烏大老はそう答えると、足をIS演習場へと向けるのであった。

 この基地は周辺に住民がいないことを利用して様々な演習場を設営しているが、その中にはISのモノもある。そこへ向かうには今彼が居る基地施設から車を利用するのが手っ取り早かった。歩いてでも行けないことは無いが、基地施設から離れた場所にあるためかなり時間が掛かる。烏大老は軍用車の運転手を一人捕まえると、IS演習場へと車を向かわせるのであった。

 

 

 

 

 この基地に設営されているIS演習場に到着すると、烏大老は車の運転手に礼を一つ言いドアを開けて施設の内部へと向かうのであった。

 一般的に使用される入口とは別の入口から施設の中に入ると、人の居ない廊下を歩き、エレベーターに乗り込む。そして行先のボタンを押すと、エレベーターは地下へと降りて行った。

 地下に到着すると烏大老は再び廊下を歩く。そして一つの大きなドアの前に立つと、認証装置に手をかざし、網膜をスキャンさせる。ロックが解除されると、ドアは自動で開かれた。

 

「? あっ、お勤めご苦労様です!」

 

 ドアから入った部屋は、この地下設営アリーナの管制室であった。そして試合の監視をしていた一人が、ドアから誰か入って来たことに気づき振り返り、それが烏大老だと分かると椅子から立ち上がって敬礼をする。そしてそれにつられて他の者たちも立ち上がり一斉に敬礼をした。

 

「うむ、ご苦労。仕事に戻れ」

 

 烏大老にそう言われると、隊員たちは再び各々の仕事へと戻るのであった。烏大老はと言うとそのまま部屋の中に入っていき、彼の前面に張り巡らされた強化ガラスの前に立つ。そして窓越しに、行われているISの戦闘を眺めた。

 今、彼の目の前で行われているのは中国製第二世代型訓練機を用いたISバトルであり、片方はこの基地にわざわざ訓練をしにやって来た代表候補生、片方は烏大老の秘蔵っ子である鈴であった。

 

「凰のやつ、今日はノリにのっているな」

「代表候補生が混じっているっていうのに、9連勝中だぞ?」

 

 管制を担当している者たちは試合の光景を眺めながらそう話し合った。しかし今試合をしている鈴からは疲れの表情も動きも一切見て取れず、逆に対戦相手を圧倒するような攻撃を与えていた。相手をしている代表候補生も僅かな隙を使い初期武装であるマシンガンで反撃を行うが、鈴はその大半を躱し、残る数発を展開させているブレードで弾き防いでしまう。

 

(この距離で全て防ぐというの!?)

 

 鈴との距離は15mにも満たない。それ位の接近戦であるにもかかわらず鈴はマシンガンの攻撃を殆ど躱して、しかも躱しきれない弾丸は弾き無効化してきたのだ。代表候補生はとてもではないが真似できない防御をしてみせた鈴の技量の高さに、驚愕せずにはいられなかった。

 一方の鈴はというと、今の攻撃を躱した後に接近して一気にブレードでトドメを刺すつもりであったが、数発躱しきれなかったため防御してしまいチャンスを逃したことに舌を打つ。

 

(出来れば今の一瞬で仕留めたかったなぁ)

 

 しかし管制室のモニターに表示されているシールドエネルギー残量は、代表候補生が残り約二割に対して鈴は八割以上残しているという圧倒的優位な状態ではあった。しかし鈴は油断をすることは決してしない。そんなことをすれば烏大老に徹底的にしばかれることなど火を見るより明らかだったからだ。

 鈴は一度距離を取るとブレードを格納しマシンガンとアサルトライフルを両手に展開する。一秒足らずで格納と展開を終えると跳躍するようにスラスターを吹かし、代表候補生の頭上に位置を取る。そして両手に持つアサルトライフルとマシンガンの引き金を引き、弾丸の雨を降らした。

 弾丸の雨に打たれる代表候補生はたまらず攻撃を躱そうとするが、鈴がしっかりと彼女の頭上に回避行動を織り交ぜながらも張り付いており、逃げようにも逃げ切れない状態に立たされてた。

 このままでは敗北する。そう思った代表候補生は負けるとしてもせめて一太刀報いようと考えると、ブレードを展開し被弾を無視して鈴に突撃する。

 

(面白いじゃない!)

 

 鈴もそんな彼女に応えるように、右手に持つアサルトライフルとブレードをチェンジすると、相手の突撃に合わせて彼女も突撃した。

 

「うおおおおお!!」

 

 代表候補生はブレードを両手で持つと、向かってくる鈴に対して雄たけびを上げながら両手で構えた武器を力いっぱい振り下ろした。

 

「はっ?」

 

 しかし彼女の腕からはブレードが何かに当たった時の振動も、衝撃音も伝わってこず、ただ虚しく空を切る音だけがした。

 

「これで、おしまい」

 

 代表候補生は気が付くと鈴が既に背後におり、しかも両手にはハンド・ロケットランチャー(携帯型無誘導式噴進弾)を構えているのを、ハイパーセンサーを通じて確認した。だが、もう逃れる術はない。

 鈴が引き金を引くと、訓練機最強の攻撃が打ち出され、凄まじい加速と共に隙だらけになっている代表候補生のISに直撃する。凄まじい爆発と威力が代表候補生を襲い、残されていたシールドエネルギーを一瞬にして全て削り取ってしまう。

 ISのシールドエネルギーが切れると同時に、試合終了のブザーがアリーナに響き渡った。

 

「何故……いったい、何が……」

 

 敗北した代表候補生は、負けたことよりも、鈴がいったいどんなマジック(手品)を使ったのか、それだけが気になりうわごとの様にそう呟き続けた。

 一方の管制室で試合を見ていた管制員たちは、鈴の一瞬の攻撃を見逃しておらず、しかし、その攻撃に舌を巻いた。

 

「すげぇ……あんな機動、日本に留学する前はしたっけ?

「ブレードがぶつかる瞬間に格納し、スラスターを吹かして相手の横を通り抜ける」

「そして空振らせて一瞬で反転、ロケットランチャーを叩き込む、か。にしても何を使ったんだ? イグニッション・ブースト(瞬時加速)か?」

「いや、違うぜ。こいつを見てみろ」

 

 鈴と彼女が使用していた訓練機のバイタルデータをチェックしていた管制員が、他の者たちを手招きしディスプレイを見せた。

 

「ありゃ瞬時加速っぽいが、それならもっと爆発的にエネルギーを使うぜ。あいつは、あらかじめエネルギーをスラスターに回して、そいつを爆発させることでイグニッション・ブーストを疑似再現したみたいだ」

「イグニッション・ブースト擬き、か。いつの間にそんな器用な事出来るようになったんだ、あいつは」

「全く、見ていて飽きないぜ。あいつの成長はよ」

 

 管制員たちは自分たちの妹分である鈴の成長速度に驚かされつつも、家族の成長を喜び合った。

 

(あの回避機動は……)

 

 一方、烏大老は窓の前に立ち続け、動けなくなった相手である代表候補生を担ぎピットに戻って行く姿を見ながら、先ほどの彼女の機動について思考を巡らせた。

 烏大老は答えにたどり着くと、誰にも見えないところで思わず笑ってしまう。

 

(ジャックの差し金である二機目の無人機。奴との格闘戦から閃いたということか)

 

 彼は鈴の専用機、甲龍に残されていた映像ログをチェックしている。そこにはジャックによって差し向わされた無人機との戦闘も記録されていた。烏大老は無人機が収束させたビームブレードを格闘戦で使用し、鈴が持つ双天牙月を溶解した光景を脳裏に浮かべる。

 もし、今の鈴がその攻撃をされたらどう回避するかを予想すると、先ほどの試合の通りビームブレードという防ぎようのない攻撃が当たる寸前に相手の脇を通り抜けるだろう。加えて彼女は、ただ避けるだけではなくそこから更に反撃まで行った。今は訓練機だったが、専用機である甲龍に置き換えれば龍咆を相手にぶち当てていたことだろう。

 

(私の目に狂いは無い)

 

 たった一回の戦闘、局面から回避方法と反撃方法を閃き、それを実戦で使用してしまう。

 

(凰よ、貴様は天才だ。私が手掛けてきた者たちの中で、一番の天才だ!)

 

 その感性、その才能、その度胸。どれもが烏大老を魅了して仕方がないのである。

 

 故に彼は思った。もし自分がISを扱えれば、彼女に己の全てを叩き込めただろうにと。

 

 しかしそんな()()()を考え続けていても仕方がないと烏大老は思うと、鉄は熱いうちに叩けと言うように愛弟子(凰鈴音)の下へ向かった。

 

 

 

 

 烏大老がアリーナのピットに到着すると、鈴が対戦相手であった代表候補生と問答を行い、それに対して鈴の同期や後輩であるIS操縦者たちが煽るという、この基地では見慣れた光景が広がっていた。

 

「先輩! 9割残せていないじゃないですか!」

「はぁ!? 静! あんたねぇ、そういうのはあたしを倒してからにしなさいよ! 器用貧乏止まりだからあんたは代表候補生になれないのよ!」

 

 弄る後輩に対して鈴は鋭く言い返す。そのやりとりを対戦相手であった代表候補生は苦笑いを浮かべながら、他の者たちはより一層盛り上がるように煽りながら聞いた。だが、その盛り上がり様は、鈴が10連勝という快挙を成し遂げたことに対する祝福も交えたものであった。

 

「ほう、見ないうちにデカイ口を叩くようになったようだな、凰」

 

 その一声がピットに響き渡ると、冷や水を打たれたかのように先ほどまでの喧騒が一瞬で静まり返った。

 

「た、大人(ターレン)! お勤めご苦労様です!」

 

 鈴は輪の中心にいるにもかかわらず一番最初に烏大老の存在に気が付くと、真っ先に敬礼をする。それにつられて他の操縦者たち、対戦相手であった代表候補生と同じくこの基地の所属ではない者たちも一斉に敬礼をした。

 烏大老はそれに敬礼で答えると、鈴に歩み寄る。彼が近づくにつれて、彼の進行方向に居る者たちは必然と左右に分かれ、まるで割れた紅海を歩くモーセの様であった。

 

「10連勝とは、それくらいやってもらわなくては、こちらとしても困るのだよ」

「はっ!」

「戦闘データも見させてもらった。成る程、確かに他の連中が絶賛するだけのことはあるな」

「恐縮です!」

 

 烏大老は手に持ったボードに取り付けられた戦闘データを見ながら、鈴の周りを歩く。鈴もその間決して烏大老に背を向けなかった。

 他の者たちはそんな二人から距離を取り、その光景を見続ける。ピットには烏大老の軍靴の音と、紙をめくる音が響き渡った。

 すると突然、烏大老は持っていたボードを鈴に向けて目に留まらぬ素早さで投げつけた。

 

「っ!」

 

 鈴は回転しながら迫り来るボードを身体をずらして避ける。彼女の後方には誰も居ないので気兼ねなく避けることが出来た。しかし次の瞬間には烏大老が眼前に迫り、正拳突きを繰り出そうとしていた。鈴はそれに対して避ける()()()をし、()()()()を躱す。正拳突きはフェイントと瞬時に理解し、視界では捉え辛いところから繰り出されるアッパーを避けたのだ。

 

「凄い……」

 

 どの攻撃も情けも容赦も無い。当たれば骨折で済めば御の字、そう言っても過言ではない威力を持った拳を烏大老は繰り出し、鈴はそれらを瞬時に見極め躱し続ける。そんな異様な光景を、この基地の所属ではない者たちは動揺と焦りで見、隊員たちは固唾を飲みながら鈴を見守り続けた。

 しかし、烏大老が拳だけではなく蹴りも織り交ぜ、とてつもない素早さでフェイントと攻撃を織り交ぜると流石の鈴も見切ることが出来ず、左から迫り来るフックをガードしてしまった。その瞬間に烏大老は足払いをし、鈴の身体を宙に浮かせる。

 

「ああっ!!」

 

 背中から床に叩きつけられた鈴の眼前には、烏大老の拳が止まっていた。

 

「だが、私からすれば、この程度ではしゃがれるのは、気に入らんなぁ」

 

 烏大老が退くと、鈴は跳ね起きをして立ち上がると、直ぐに姿勢を正した。

 

「凰よ、貴様は今しがた、慧静に対して何と言った?」

「……『器用貧乏止まりだからあんたは代表候補生になれない』と申しました」

「そうか……」

 

 烏大老は鈴の正面に立ち止まると、力いっぱい握りしめた拳で鈴の頬を殴り飛ばした。鈴も殴られることを承知で歯を食いしばっていたため舌を噛むことは無かったが何処かを切ったのか、口元から血が出ていた。

 

「先輩!」

 

 それを見た後輩操縦者が鈴に近づこうとするが、鈴は彼女を手で制し立ち上がり、烏大老の正面に立ち姿勢を正す。

 

「私が疲れ果てるまで避け続けてくれると期待したんだがなぁ……それすら出来ないで国家代表になれると思ったのか?」

「……」

「自惚れるな! 小娘が!!」

 

 ピットに鳴り響く()()。初めて彼の怒声を聞いた者は恐ろしさのあまり、震えだしてしまう。だが、鈴はそれに臆さず、瞼を閉じることもなくただ、じっと烏大老の目を見続けた。

 

「凰よ。貴様の戦果はこの基地だからこそ絶賛されているのだ。だが、この基地から一歩外に出れば、それは嫉妬と偏見に塗れたものになる。何故だか分かるか?」

「私が……日本で暮らしていたからでしょうか?」

 

 鈴の答えに烏大老は頷く。

 

「血こそ我が国のものが流れているが、他の者から見れば貴様は他所からやって来た者と大して変わらん。代表候補生になったことも、他の所では大層気に入られておらんようだぞ? そんな貴様が国家代表になるには、ブリュンヒルデに簡単になれる程の技量があることが絶対条件なのだ……それを貴様は理解しておらんのか!!」

「……」

 

 烏大老からの説教に鈴は反論できず、ただじっと聞き続けることしか出来なかった。

 

「この程度で満足するな。私を失望させたいのか?」

 

 その言葉に鈴は勢いよく首を横に振り否定した。その瞳には涙が浮かんでいた。彼女は己の愚かさを認識することよりも、恩人であり自分を育て上げてくれている烏大老を失望させることの方が強い後悔を覚えたのである。

 

「……申し訳ございませんでしたっ!!」

「フン。ならば、今後も精進するのだな」

 

 烏大老はそこまで言うと投げつけたボードと散らばった紙を拾い、ピットから立ち去って行った。ピットに残された者たちはタオルと水を持ち鈴に近寄り、切れてしまった鈴の口内を洗い流し止血を行う。

 

(そうか。そりゃ、私たちが勝てないわけだわ)

 

 他の基地からやって来た代表候補生たちは今の烏大老と鈴のやり取りを見て、彼女が己らよりも遥かに大きな覚悟を持っているということを思い知らされてしまった。そして何故負けたのかも理解し、偏見を持っていた者たちも鈴を見直す切っ掛けになった。

 

(これだけやれば、天狗になることもあるまい)

 

 背中から聞こえてくるピットでのやり取りを耳にした烏大老は、これで鈴が調子に乗らずより精進してくれるだろうと考えた。

 鈴と接していくうちに、彼女の場合は褒めるよりも叱った方が伸びる傾向にあることを知り、先ほどの様に図に乗らせないように釘を刺し、さらに高みへと昇らせる道筋を作るという育て方をしている。それにより僅か二年足らずで代表候補生になったのだ。偉業と言う他が無い。

 だが烏大老の言った通り、長い間日本で生活していた鈴が代表候補生になったことに対して、かなりのバッシングがあったというのも事実である。彼が考える限り鈴が国家代表になるためには、実力で黙らせるしかない。それこそブリュンヒルデになるぐらいの実力をだ。

 

(さて、ここからどう成長するのだ、凰?)

 

 誰も居ない廊下で烏大老は鈴のこれからの成長を心底楽しみにするのであった。

 

(そうよ……あたしはここで立ち止まっちゃいけない。まだまだ高みへ向かってやるんだから!)

 

 鈴も烏大老からの説教で己の甘さを認識したのか、より精進せねばと決意しなおす。その瞳には確固たる決意と野望の炎が宿っていた。

 

 

 

 

 場所は変わり、日本。倉持技研第二研究所では白式の修理に取り掛かっていたものの、異常な進化を遂げ、オーバーテクノロジーと化しているため中々作業が進まず、整備士たちは焦りと苛立ちが募りだしていた。

 

(やっかいなモノを送り付けれられたよ、全く)

 

 第二研究所所長である篝火ヒカルノは、頭をガシガシ掻きながら修理の進捗状況を映し出すパッドを眺めていた。

 

彼女()が大規模改修してそれをIS学園に送っただけだからね。私たちじゃどうしようもできないっつーの。打鉄弐式のスタッフを呼び寄せてもこのザマだからね)

 

 ()()()は倉持技研製とされている白式であるが、それは束をはじめとした者たちによりACの技術を融合させられオーパーツと化してしまっている。そのため修理しようにもどうすれば良いのかすら分からないのである。

 

(だからと言って、納期を遅らせられないっていうね。もう詰んでいるじゃん)

 

 今日の作業は終了させ、今後の修理のスケジュールをどうするかを考えながらヒカルノは所長室の扉を開けた。

 

「ヤッホー。また来ちゃったよー」

 

 いつぞやと同じように、ヒカルノの椅子に何故か開発者(篠ノ之束)が座っており、またしても勝手に秘蔵の紅茶を飲まれていた。

 

「……」

「あー、待って待って。警備員呼び出そうとはしないでね。取引をしに来てあげたんだから」

 

 ヒカルノは白衣の下に隠していた警報を鳴らすスイッチを押そうとしたが、束にそう言われてボタンを押すのを止める。だが、ボタンには手を付けたまま、何時でも押せるようにだけはしておく。もっとも、天災相手に警備部隊が役に立つかどうかは分からないが。

 

「……何を取引しに来たんだい?」

「いやぁ、改修をし過ぎて修理に困っているんじゃないかと思ってね、そのお手伝い的な?」

「それで、タダでは手伝わないって事かい? なら、私たちは何を出せば手伝ってくれるんだい?」

 

 以前現れた時は一方的に交渉を進められ、勝手に白式を改修されてしまった。だが今回は一応束からそれなりの提示がされたため、必要以上の警戒はせずに済みそうだとヒカルノは考える。しかし、束が提示してきた条件に、流石にヒカルノは顔を強張らせてしまった。

 

「あー、白式の稼働データと戦闘データ全部ちょうだい。あと、戦闘データ閲覧する前に消させてね。余計だから。それが絶対条件」

 

 ISは未だに解析されていない部分の多いブラックボックスであり、その稼働データ等はどんなものでも企業や研究所からすれば垂涎モノである。その稼働データを全て彼女に渡し、しかも戦闘データを全て消去させろと言うのだ。余計だからと束は言うが、ヒカルノからすれば財宝を山分けし、更にこちらの財宝を減らされるようなものであった。

 

「理不尽じゃないかい?」

「でもそれに頷いてくれなきゃ、兎さんは助けてあげられないよー」

 

 マイペースな物言いだが、譲れないという気迫が伝わってくる。

 凡人であれば怯えながら彼女の言うままにしただろうが、ヒカルノは束と比べなければ日本が誇る頭脳の一人。だからこそ束との交渉でも怖気ずに臨めているのである。

 

「……どうしても戦闘データは消さなければならないんだね?」

「あのねー、どうしてもその部分は見られたくないんだよ。や、束さんが困るんじゃなくて、操縦者がね……」

 

 その言いようにヒカルノは違和感を覚える。

 

(彼女自身が困るのではなく、織斑一夏が困る? 何か、知られたくないことでもあるのか?)

 

 しかしそのことについてヒカルノは追及しない。相手は天災。触らぬ神に祟りなしなのだ。

 

「必ず、約束は守ってもらえるかい?」

「これで破ったら流石に外道というかねー、まぁ、束さんもたまには、ほんとーにたまには他人を助けるからね」

 

 ヒカルノは今一度考える。果たして彼女の言う通りにして良いのかと。しかし、ここで彼女からの手助けを断ったとして、自分たちだけであのオーパーツの白式を納期までに修理出来るのだろうか? 日本の代表候補生の為の専用機の開発チームまで一時的に合流させても殆ど作業が進んでいない現状が長引けば、そちらの納品にも多大な遅れが出ることは間違いない。

 

(背に腹は代えられない、か)

 

 ヒカルノはある種の諦めに達し、束を連れて白式の下へと向かった。

 

「あー、これは……派手に壊れているね」

 

 格納庫にたどり着き、ドックに収められている白式を見た束の第一声がそれだった。彼女は白式に近づくと、どこから取り出したか分からないが裏面にニンジンのマークの入ったタブレットを手に取り、そこから伸びるプラグを白式の装甲に張り付けた。ヒカルノは束に近づきそのタブレットを覗くと、最新式の演算能力を持つコンピューターよりも圧倒的に早くデータの吸出しが行われていた。それを見てそのタブレットが欲しくて仕方なくなるのは、技術者としての性なのだろうか。

 束は白式から全てのデータをコピーし終えると続けて戦闘データの領域を表示する。

 

「お掃除、開始」

 

 タブレットに表示されたボタンを束は突くと、白式に記録されていた戦闘データは全て抹消されてしまった。天災である束によって削除されたのだ、如何なる手段を用いても復元は不可能だろうとヒカルノは考えた。

 

「ふい~、作業おしまい……あっ、待ってね~、今渡してあげるから」

 

 束はタブレットを仕舞うと、今度は別の何かを取り出した。それは広辞苑並みの厚さのする本であった。

 

「なんだい、これは?」

 

 ヒカルノはそれを受け取りながら束に尋ねる。

 

「表紙にも書かれてある通り、白式の直し方。執筆、束さんだよ~」

 

 ヒカルノは試しに本を開いてみる。そこには恐れていた束直筆の文字ではなく、印刷された文字があった。

 

「これを見て、私たちで直せと?」

「壊した度に束さんが直していたら、何時まで経ってもあんたたちで直せないでしょ? だから束さんが、()()に用意してあげたんだから。あ、言っておくけど、本当に直し方だけだからね。作り方とか複製とかはその本じゃ出来ないから」

「へぇ。なら、いつか複製してやろうじゃないか」

「言うねぇ~同級生ちゃん。まぁそんなことで、修理頑張るんだよ~」

 

 束がそう言うと、まるで霧の様に彼女は消え去ってしまった。

 

(まるで魔法だな……)

 

 今の現象を見てヒカルノはそう思わざるを得なかった。それよりも、束が残していった本を熟読することの方が今のヒカルノにとって大事である。

 

(これは徹夜だな)

 

 あまりもの厚さに苦笑いを浮かべ、溜息を吐くヒカルノであった。




中国製の訓練機の名称、思いつかず

ちょっと捕捉:オリキャラ
・慧 静
 何かにつけて鈴を弄る小生意気な後輩でありIS操縦者。烏大老に雷を落とされた回数を記録しているのも彼女。
 その性格に反して高い適応力を活かしどんな相手でも苦にしない汎用的な戦闘スタイルを取るが、鈴が評する通り特出して秀でた部分が無く器用貧乏止まりなため、代表候補生になれない。鈴にはパワーで押し切られ敗北する。

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