ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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02 そして2人は手を組む

 目が覚める訳がなかった。

 あの時確かに自分は死んだ。口から大量の人工血液を吐き出し、内臓がズタズタになり助かる身ではなくなった。

 そして意識がなくなった後フォックスアイは機体負担が限界を越して爆散した筈だ。

 だがジャックは目を覚ました。

 ジャックはベッドに横になった侭部屋の中を見回す。やけにレトロチックな病室だと思う。

 ふと自分の身体に手当をした跡があるのにジャックは気が付く。身体を起こそうとして痛みを感じる。それは自分がまだ生きていることの証明にもなった。

 

(何故助けた……?)

 

 計画実行寸前のバーテックスは既に戦力と呼べるものは無くなり崩壊することは火を見るよりも明らかだった。

 バーテックスの人員が自分を助けられるわけがない。たとえフォックスアイが爆散しその中から奇跡的に助かったとしても、残り24時間で残っていたレイヴンの中で最高金額の賞金首の自分を助ける者はまずいないだろう。いたとしても目の前のドミナントだ。

 だがそのドミナントはアライアンスに肩入れしていた筈。助けたとしてもアライアンスに自分の身柄を渡す筈。そうなればアライアンスがわざわざ自分を手当てする必要もなく、気絶しているうちに殺しているだろう。

 ジャックは何故自分が生きているのか考えていると、ベッドの隣に備え付けられているスピーカーからノイズが流れた。

 

『あ、やっと起きたんだね~』

 

 何とも言い難い間の抜けた女性の声。思考の海に深く潜っていたジャックはその声に現実という地上へ無理やり引き上げられた。

 

『今行くから、そのままで待っててね』

 

 聞き返すことも出来ずに一方的にその女性は通信を切る。

 ジャックは状況が益々理解出来なくなり混乱しているとあっという間に病室の自動スライド式ドアが開く。そのドアの前に立っている女性をジャックは見ると、めまいを起こしそうになった。

 目の前に立っている女性はエプロンドレスという中世近代的格好をしており、頭にはウサギの耳を模したカチューシャを付けていた。

 そんな常識を遥か斜め上を行く格好をした女性が突然現れた事で、ジャックは暫く言葉を聞く事が出来なかった。

 

「ちょっと~。せっかくこの束さんが助けてあげたのにお礼の一つもないの?」

 

 ジャックとしては自分が今置かれている状況を全く理解出来ていないため、礼を言えと言われても納得出来ない状態だった。それと、

 

(日本語か……)

 

 まだ地下世界に生活の基盤を置いていた頃、嘗て地上で暮らしていた時に祖先が代々伝承してきた文化の消滅を惜しんだ管理者は、人々の祖先が使用していた言語の教育を義務付けていた。それは来るべき人々の地上への回帰に備えたものでもあったが、結果として管理者の思惑通り地上へ回帰した人々は大破壊以前の生活文化を取り戻すことに成功した。

 だが、地下世界と変わらず企業が支配する世界においては依然として英語を世界共通語として使用し、その他の言語が使われることは殆どなかった。

 ジャックは陰謀家として活動する際には多くの言語を修得しておく必要があるだろうと判断し、数十の言語を扱うことが出来るようにしておいた。日本語も修得した言語の一つで、読み書き会話は卒なくこなすことは出来る。

 

「……礼を言う」

 

 つい先程ドミナントに向けて言ったものとはまるで違う、表面上の礼を一言だけジャックは目の前の謎の女に言った。やはりと言うか、そのお礼を受け取った束という女性は不満そうな表情を浮かべる。ジャックとしても心の底から礼を言ってはいないので当然かと思った。

 

「まぁ、いいや。取り敢えず目を覚ましたんだし」

 

 女性は不満そうな表情を変える事なくブツブツと言っているが、ジャックは目の前の女性の事などどうでもよく、今自分が置かれている状況が知りたいという一心だった。

 

「すまないが、お前は何処の所属で、此処は何処だ?」

 

 情報を引き出すには先ず我が身について教える方が効率の良い方法ではあるが、ジャックは自分の名前は知らぬ者が居ない程知れ渡っていると認識していた。それに目の前の女性は愛機であるフォックスアイから自分を引っ張り出した筈だから自分のことは知っているだろうと判断し、ジャックは名乗ることなく表情を一切変えず相手に物事を尋ねた。しかし、女性は急に不満そうな表情が誰から見ても嫌悪に満ち溢れたものに変わった。

 

「何なの君は? 人の研究所に鋼鉄の巨人を落としておいてさ。せっかくこの束さんが助けてあげたっていうのにお礼も言わないで自己紹介もしないなんて、本当に常識ってものが無いの? それともその頭には脳味噌が入っていないの?」

 

 その女性、篠ノ之束らしい無関係な者に対する熾烈な態度と罵倒。その罵倒を受けてジャックは目を見開いてしまう。

 束はこの男もどうせ今の罵倒で自分に怒りを覚えたのだろうと予想した。

 

「バカな……」

 

 しかしジャックは束の予想に反して急に起き上がり、明らかに動揺し驚愕の表情を浮かべた。突然ジャックが勢いよく起き上がったことで束は驚き、後ずさってしまう。

 ジャックは自由に動く手を口元に当て一人で何やら考え事をし始めた。その間に束は幾つか声を掛けるが、ジャックの耳にそれが入ることはなかった。

 

「すまないが……」

 

 少ししてからジャックは手を口元から外し束に顔を向ける。

 

「『クレスト』『ミラージュ』『キサラギ』『レイヴンズアーク』『アライアンス』『バーテックス』どれか一つでも知っている組織はあるか?」

 

 ジャックは束にそのような質問をした。

 ジャックは最初、何故目の前の女性が自分の事を知らないのか不思議に思った。バーテックスの総帥だった彼は全世界に対して当時世界の秩序でもあったアライアンスに宣戦布告をしたのだから、知らない方がおかしかった。それとも通信が遮断された場所にいたのかもしれないと考えたが、この女性がACのことを『鋼鉄の巨人』と言ったことに目を付けた。いくら情報が遮断されていようとも世界でその名を知らぬ者はいない最強の兵器、アーマードコアを女性は堂々と知らないと言ったのだ。

 その時ジャックの脳裏にある一つの仮説が浮かび上がる。それはあまりにも非科学的であり摩訶不思議なものでもあった。その仮説の確証を得る為にジャックは束に今の質問をした。

 ACと共に知らない者が居るわけがない世界の支配者たる企業、傭兵『レイヴン』を統括していた組織、そして特攻兵器襲来後世界をある程度安定させた企業連合と、それに対して新たなる秩序を掲げた反動勢力。

 どれか一つでも知っているのであればジャックの仮説は覆される。だがジャックとしてはその仮説が覆されることに期待していた。

 

「……さぁ? そんな組織知らないし、世界には無いよ?」

 

「なんだと!?」

 

 今度こそジャックは冷静ではいられなくなった。

 少なからず予想していたとはいえ目の前の女性が全ての組織を知らないと断言したということは彼の仮説が限りなく正しい物に変わってしまったのだから。その仮説はジャックにとってはあまりにも受け入れがたいものでもあった。

 

(なら、ここは……まさか)

 

「ねぇ、あのさ」

 

 動揺しているジャックに対して束は口を開く。

 

「似たような質問になるけど、『インフィニット・ストラトス』『白騎士事件』『篠ノ之束』『織斑千冬』どれか一つでも知っている単語はある?」

 

 ジャックには全て聞いたことがない単語だった。全て聞いたことが無いと素直に答えると束は情けなく口を開けて呆然としてしまう。しかし束は次第に顔を紅潮させ、無機質だった表情が何とも嬉しくてたまらないと言った顔つきに変わっていく。

 

「あはは! これは凄い事になったよ! いやー、日頃の行いが良かった束さんに対してのご褒美かな!」

 

 突然の束の喜び様にジャックは思わず引いてしまう。腹の底から嬉しそうに束は笑い終えると今度はジャックの手を取った。

 

「多分君も薄々感づいているかもしれないけど、束さんが思うに君は別の世界の人間なんだよ!」

 

 それはジャックが既に立てた仮説でもあり、出来れば夢であって欲しいと思う程、ジャックにとって受け容れ難い残酷な事実でもあった。

 

 

 

 

 その後ジャックと束は一旦落ち着くと互いに簡単な自己紹介をし、ジャックが別の世界から来た人間だということを確認した。そしてジャックは束に頼み、この世界に関する情報を出来るだけ多く持ってきてほしいと頼む。

 一方束は自分だけが渡すのは不公平だと当然の如く主張したが、ジャックが居た世界に関する情報はフォックスアイにしか残されておらず、そのフォックスアイも生体認証システムを搭載しているためジャックが体を動かせない間は起動させる事も出来ず、情報を引き出せないのだ。

 そういった理由をジャックは説明すると束は必ずそちらの情報を渡すという条件付きで渋々ジャックの頼みを受け入れ、ジャックが今居るこの世界についての情報を渡した。

 ジャックはその膨大な量の情報を目にすると、束に情報を熟読したいと申し出1人にさせてもらった。そして再び1人になり手に取った情報を目に通すと驚かずにはいられなかった。

 

 まずこの世界はジャックが今迄居た世界とは歴史の根底から違っており、人々は地下世界で暮すことなく、人類誕生のその時から依然地上で生活しているということ。

 今日まで世界規模の戦争を二度行っているが、大破壊の様な深刻な地球環境の汚染には至っていないということ。

 この世界では企業は国家という体制に従属しており、企業に代わり国家というものが特定の地域と人種を支配しているということと、その多数の国家によって形成される平和を目的とした巨大組織が存在する等、元居た世界では考えられないものばかりだった。

 そして先程まで共に部屋に居た女性こそ、現在の世界のパワーバランスを決める、女性にしか扱えないパワードスーツ『インフィニット・ストラトス』をたった1人で開発した科学者、篠ノ之束であった。

 

 情報をある程度読み内容を一文字残らず頭に叩き込んでいるジャックはふと、束が何故自分を助けたのかと考える。

 だが予想はついており、大方彼女にとっては未知の存在であるACについて聞き出すためだろうと予想付けていた。

 知らない物を調べるのならば、それを知っている者から聞き出した方が圧倒的に早いし効率が良い。

 だがジャックはタダでフォックスアイについて、ACの情報を与えるつもりはなかった。

 今こうして今居るこの世界に関する情報を頭に入れているのも、交渉事になるのを見通していたからだ。

 ジャックだけではなく恐らく世界中を探しても異世界と交渉をした前例など無いだろう。

 ジャックとしては見ず知らずの異世界の人間との交渉を有利に進める為には、この世界が元居た世界とはどのように違うのかを理解する必要があった。この情報に目を通さなかったら自分の愛機フォックスアイがこの世界において如何に大きな存在であると知ることは出来なかっただろう。

 ジャックは恐らく束の要求を拒否すれば自分を助けた事と世界情勢についての情報を提供した事をカードにしてねじ伏せてくるだろう。だがその時はACの情報ではなく自分が居た世界についての情報をスケープゴートにして渡してやればいい。

 ジャックは束が自分の身の安全と衣食住の保証というこの世界で生きていくための必要最低限の条件を呑まない限りACの情報を提供する気はなかった。

 もし条件を呑まなかった場合は自死する他無い。ACの情報を搾り取られ殺されるのであれば一度死んだ身、もう一度死ぬ事に対して然程恐怖心はなかった。

 ジャックは尚目に通す情報を頭に刻み込みながら、如何にして束に此方の要求を呑ませるか様々な策を頭の中に巡らせていた。

 

 陰謀家ジャック・O。世界を欺き世界を救ったその策謀の腕の前では、篠ノ之束という少女は余りにも小さな存在だったとはこの時彼は予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 暫くして篠ノ之束は再び病室へ戻ってきた。スライド式ドアが開く音を聞いてジャックは読みかけの情報から目を離し、顔を上げて束の姿を確認する。

その意味不明な服装を確認するとジャックはこれから行われる戦いに備えて気を引き締める。

 

「どう? 少しは落ち着いた?」

 

 まずは心配そうに此方の様子を伺うか。

 交渉はこういう時から既に始まっているとジャックは心得ていた。一般人にとっては何気ない怪我人を心配する言葉に聞こえるが、相手を安心させてそこにできた隙に要求をつけ込む。一見くだらない方法ではあるがお人好しの馬鹿は助けてくれたお礼として要求を呑む事もある。ジャックも嘗てそういった頭の中がお花畑から搾り取るだけ搾り取ったことがあった。

 

「あまりいい調子ではないな。如何せん元居た世界と根底からちがうのでな……」

 

 束の言葉にジャックはやんわりと応える。

 

「ふーん。ま、それはいいとしてさ、君が乗っていたあのロボットって何なの?」

 

 いきなり本題に入った束に対してジャックは少々戸惑ってしまう。だが、こういう性格の人間は話が早く済みそうだとも同時に思った。だがここで馬鹿正直に全てを答えようとはジャックは思わなかった。

 彼にとって交渉は彼が趣味として愛好している盤上遊戯「チェス」と同じだと考えている。

 この時ジャックは将棋という遊戯を知らないのだが、チェスは将棋と異なり持ち駒という概念は無く、取った駒はそのままゲームから除外されてしまう。言い換えるのであれば一手のミスによって勝敗が左右されると言っても過言ではないということだ。

 束は白の歩兵(ポーン)を進める。

 

「何なの、と言われてもな……」

「もう、しらばっくれないでよ! 名前位は教えてくれるよね」

 

 随分と積極的な少女だとジャックは思う。だが果たして目の前の少女は防御を考えているのかと疑問を抱く。ジャックは流れを読み、頃合いを見て切り崩すスタイルを頭の中に描く。

 

「あれはアーマードコア、通称ACと呼ばれる兵器だ」

 

 ジャックは束の質問に対して素直に答えた。

 

「ふーん……って、それだけ?」

 

 ジャックの余りにも少な過ぎる答えに束は聞き返してしまう。

 ジャックは束の表情がコロっと変わるのを見ると、束が感情と表情に隔たりの無いある意味素直な人間だと予測する。

 

「それだけとは?」

 

 一方のジャックは表情を一切変えることなく束に言い返す。

 

「だから、あのACっていうのをもっと束さんに教えてよ」

 

 あまりにも愚直な要求。

 ジャックはここまで愚直な人間と交渉などしたことは無く見たこともなかった。強いて言えば子供の様に己の欲望に忠実な人間だとジャックは思った。

 

「何故だ? 私は君に名前を教えてやっただろう?」

 

 ジャックの言い方は明らかに束を逆撫でするものであったが、同時に事実を述べてもいた。

 束は自分の言い方が拙かったことに気が付くが訂正するには既に遅かった。

 

「は? せっかく助けてあげてこの世界の情報を渡してあげたっていうのに、そっちは何も渡さない気?」

 

 束がそう言うとジャックは思わず眉をピクリと動かしてしまう。

 束はジャックの僅かな表情の変化を見て動揺していると予測するが、ジャックは別の意味で動揺していた。

 

(いきなり王妃(クイーン)を動かしてきただと!?)

 

 チェスにおいて王妃(クイーン)は最強の駒として扱われている。その動きは将棋で言うと角と飛車を合体させたような動きを可能にしているが、白黒それぞれ一つしか存在しない為少しでも扱いを誤り取られてしまうだけでも大きな痛手となることが多い。

 ジャックは束にとって王妃(クイーン)でもある自分を助けたことを早々に使ってきたことに動揺していたのだ。

 だったらむしろジャックにとっては好都合だ。序盤定跡(オープニング)でいきなり王妃(クイーン)を使ってしまう程度の相手だと分かってしまえばジャックにとって束は恐れるに足らない人間だと分かってしまった。

 ジャックは早々に束の王妃(クイーン)をとるように駒を配置し始めた。

 

「なら、私が居た世界の私が知る限りの情報を提供しよう」

 

 ジャックが示したのはオブラートに包んだ拒否というものだった。その言葉を聞いて束の表情は先ほどと同じく不機嫌で冷たいものへと変わっていった。

 

「なんでそんな物しかくれないの? 不公平だよ」

 

 束の冷たい口調には怒りが含まれていたが、ジャックにとっては交渉のペースを自分に持ってくることに集中していたため特にどうとは思わなかった。

 

「不公平とは……私は君に世界の情報の提供を求めたが、ISについての情報は要求していないぞ?」

 

 ジャックがそう言いかえすと束はいよいよ怒りを抑えられなくなってきたのか、青筋を立てていた。

 

「つまり、ISの詳細情報を渡していないからACっていうロボットの情報を渡さないつもり? ふざけないでよ!?」

「ふざけるつもりなどもとよりない」

 

 束は抑えられなくなった怒りをそのままジャックにぶつけるが、当のジャックは何事もないかのように涼しい顔をして束の怒りをすんなりと受け流した。更に束が怒ったことで冷静さを失い交渉のペースを此方に持ってきやすくなったと内心細く笑んでいた。すると束は溜息を吐くと又してもジャックを見下すような目付きをする。

 

「ねぇ、もう一度言うけど、束さんは死にかけていた君を助けてあげたんだよ?」

 

 束はジャックに自分が命の恩人であることを念に押すが、それでもジャックの表情が変わることはなかった。

 

「悪いが、助けてもらったことなど別に感謝していない」

 

 そんなことどうでもいい、と言わんばかりにそう吐き捨てるジャック。

 

「……どうしても喋らないなら別に殺したっていいんだよ?」

 

 いよいよ束は殺意を剥き出しにしてジャックに圧力を掛ける。

 この異様な殺意には多くの人間が恐れひれ伏してきたが、束の殺意など常に死が付き纏ったジャックに対しては温すぎるものであった。彼はこの交渉が段々大人と子供の喧嘩の様に思えてしまい煩わしく思えてきてしまう。

 

「そうしてくれるなら大いに助かる。私は一度死んだ身。今更もう一度死ぬことに恐怖など抱かん」

 

 ジャックの言うことには偽りは無かった。彼としては何故生かされているのか理不尽に思っていた。

 あのまま死ぬことが出来れば(レイヴン)として羽ばたきながら何の悔いも無く死ねたというのに、また陰謀家として生きなければならないのかと嘆いてもいた。勝手に助けた束に対して今度はジャックが殺意を剥き出す。

 ジャックとてレイヴン、それ以上に荒くれ者たちを纏め上げたバーテックスの総帥。常に死ぬ覚悟を持っている彼の殺気は束をも怯えさせた。

 束にとっては王手(チェック)のつもりだったのだろう。しかしジャックは動じることなく(キング)の真ん前に置かれてある束の王妃(クイーン)(キング)で討ち取り、束は切り札とも呼べる物を失った。

 

「貴様が私を助けた理由など大方予想付いている。ACに掛けられたプロテクトを破れなくて私にデータを吸い出させようとでも考えているのだろう?」

「……っ!」

 

 図星だった。直球ど真ん中だった。悔しいがジャックの言うとおりであった。

 ジャックが目覚める前のこと、束はなかなか目を覚まさないジャックに痺れを切らし、彼女だけでフォックスアイのデータの吸い出しを試みたが、結果は散々なものだった。

 フォックスアイに掛けられているプロテクトは束が今まで見たことがない程高度なもので、3時間も解除に費やしたが結局プロテクトの第一段階すら破ることが出来なかった。

 これはフォックスアイのプロテクトが通常のACと異なり強化人間用の生体認証型に変えられているということと、仮にもジャックはバーテックの総帥。総帥たるジャックの愛機のプロテクトが簡単に破られるものではあってはならないと判断したバーテックのメンバー達によって更に強化されているものだったからだ。

 束は一度解除を不本意ながら諦め、フォックスアイのプロテクトの解除に掛かる時間を単純計算すると目を疑うような結果がはじき出された。

 今の束の力でフォックスアイのプロテクトの完全解除に掛かる時間は単純計算で25年と算出されたのだ。

 実に四半世紀かけてもプロテクトの解除しか出来ないと言われたのだ。

 これには束も流石に単独でのデータ吸い出しを諦めざるをえなかった。だからこそ、このフォックスアイのパイロットであるジャックにデータの吸い出しをさせるしかないと思い立った。

 

「図星か。悪いがタダで渡すことは出来ないな」

 

 ジャックは騎士(ナイト)僧正(ビショップ)であっさりと束の(キング)を追い詰める。攻めだけしか考えていなかった束の陣は既にガタガタで、防御もままならない状態だった。束の(キング)にはジャックのありとあらゆる駒が、穴が無いように狙いを定めている。何処に(キング)を動かしたとしてもとられてしまう、所謂詰み(チェックメイト)の状態であった。

 束は自分の置かれている状態を思い知らされると諦めたのか溜息を吐き苦笑いを浮かべた。

 

「面倒な拾い物したなぁ……」

 

 束が興味を持っているのはあくまでもフォックスアイでありジャックではなかった。

 本来ならばジャックへの恩を出汁にあっさりとACの情報を吸い出させて用が済んだらそのまま捨てるつもりでいたが、目の前の男は自分の切り札を全てかわし逆に自分を追い詰めているではないか。

 それにその男の目付きには偽りが無く、本人が言うように死ぬことへの恐怖が無く覚悟が出来ている目付きだった。

 束が今日まで会ってきた者たちの中にこれ程まで覚悟を宿した者が居ただろうか?

 その覚悟は幼馴染とその弟にも見たことがなかった。そのことが、束がジャックに対して興味を抱く原因にもなり同時に、ジャックの事についてもっと知りたいとも思わせることにもなった。

 

「一つ言わせてもらうが、私は()()()()渡すつもりはないと言ったぞ」

 

 束の心境などいざ知らず、ジャックは漸く自分の要求を突き付ける為の皮切りを始める。

 

「それってつまり、束さんに対して何らかしらの条件を突き付ける気?」

「話が早くて済むな」

 

 束の話を理解する能力の高さにはジャックも感心すると同時に、回りくどい言い方をせずに済むと分かり要件をそのまま伝えることにした。

 ジャックが束に要求した内容は大きく分けて二つ。

 一つはまずジャックの身柄の安全を保証すること。これは恐らく束は自分の手当をするついでに、強化人間でもあるこの身体を調べたと予想したジャックが、束に下手な人体実験や解剖をさせないためのものである。

 もう一つはこの束のラボを生活空間として貸与するということ。束はACのプロテクトを解除出来なかったとしてもこの世界では一の頭脳を持つ科学者。この世界では彼女以外にフォックスアイを任せられる人間は居ないと判断した結果である。

 その見返りとしてジャックは自分が居た世界の情報の提供、ACのデータの段階的な吸出し及びその解析の手伝いを申し出た。

 ジャックが段階的な吸出しにした理由はオーバーテクノロジーであるかもしれないACのデータを一斉に解析しようとして頭がパンクするかもしれない事を見越した予防線でもあり、全てのデータを早々に解析してしまった場合、用無しと見なされ追い出されるかもしれない事を見越した予防線でもあった。

 

「つまり、君はここに居候させて欲しいって言うつもり?」

 

 束の言葉は嫌に的を射た発言をするのが恐ろしいとジャックは思う。

 束が言うようにジャックの要求は簡単に言えば居候させてくれというものではあった。行く宛の無いこの世界で生きるには、やはり其れ相応の力を持つ者の下が一番安全だと彼は判断していた。

 だがジャックは、束は高い理解力はあるが戦略性が皆無だということも見抜いていた。

 

「これが最低条件だ。そちらからも何らかしらの妥協案を出しても構わない。悪い話ではないと思うが?」

 

 ジャックの言い方はこの交渉の場は自分が収めているのだということを強く示すものであった。

 自分が他の者の手の上で踊らされている。

 それは束にとっては耐え難い屈辱であり、現に彼女は青筋を浮かべ歯を食いしばった表情をしていた。

「あー、もう分かったよ! 背に腹は替えられないよ!」

 

 悲しいことだが彼女は天災ではあるが科学者としての性、目の前のジャックが気に食わない人間であろうがオーバーテクノロジーの塊であるかもしれないフォックスアイを、その詳細な情報を持つ人間と共に解析したくてたまらなかった。それに彼女にとっての日常は退屈そのもの。せっかく新しい刺激的なモノが目の前にあるというのに手を出さないわけが無かった。

 

「ちょっと私からの提案をまとめさせてね! また後で来るから!」

 

 束は声を大きくしてジャックにそう言うと病室から足早に出て行った。

 ジャックはとりあえず要求をのませることに成功し安堵するが、束がこの場から去ったのは自分の頭を冷やす為だと予想する。そうなると先ほどの様に冷静さを失ったところに付け込むことは出来なくなるだろうと思うと、ジャックは少しばかり不安が募りだした。

 

 

 

 

 一方の束は自分の部屋に戻ると回転式の椅子に座り、机にへばり付きながら机をバンバンと両腕で叩き怒りを発散させていた。

 

「チクショウ~あのヤロ~! この束さんを自由自在に弄びやがってコンニャロ~!!」

 

 束はまるで小学生のような愚痴を言うが、今はこうでもしていなければ冷静になれなかった。ある程度落ち着くと今度はジャックへの要求を冷えた頭の中で考え出す。

 

「うーん。あいつ、どんな要求なら通せるかな? 下手な要求だと全部叩き落とされそうだし……」

 

 椅子に座りグルグルと回りながら束は考える。

 ジャック・Oは束が今迄交渉してきた人物とは格が違った。別次元の人間だった。これでは自分が満足出来る要求も叩き落とされそうな気がしてしまい、不利な状態で居候を認めてしまう。それだけは如何にかしてでも束は避けたかった。

 

「あの交渉力といい、話術といい、束さんには足りないモノばかり……!!」

 

 そこで束は椅子の回転をピタッと止めた。別に目を回したわけではない。

 

「そうだ。そうだよ! 何で束さんは気付かなかったのかな!!」

 

 ジャックへの要求を思いつくと束は興奮した状態で病室へと向かった。この要求なら通る。束の中にはそんな確信があった。

 

 

 

 

「ヤッホー、束さんだよー!」

 

 先程とは打って変わって満面の笑みを浮かべながら部屋に入ってきた束を見てジャックは、この短時間で心を入れ替えてきたのかと思い少しだけ驚く。

 

「えーと、ジャック・Oだっけ、君の名前?」

「そうだが?」

 

 何故今更そんな確認をする、とジャックが思っていると、

 

「それじゃ、ジャックくん。君に対する束さんの要求を言うね」

 

 突然自分のことを『くん』付で呼んできたことにジャックは表情を崩し、驚きを隠せなかった。

 

「ジャックくんの要求を束さんは吞むよ。その代り、ジャックくんはこれから束さんの悪巧みのプランに対するアドバイスや修正、それとウザったい奴らに対する交渉の相手をする、まぁ束さんのお手伝いをしてもらうよ!」

 

 その要求を聞いたジャックはとてつもない安心感を覚える。

 

「それは、私を信用するということか?」

「そういうことかな? 悔しいけど束さんにはジャックくんのような交渉術や話術が無いからねぇ。居候するならとことん色んなことを手伝ってもらうよ!」

 

 これで自分の命と衣食住は保障された。

 ジャックはとりあえずこの世界で生きていく場所を見つけられたことに安心した。たとえ陰謀家として生きることになろうとも、まだ自分が生かされている理由を知るまでは死ぬ訳にはいかないと決心した。

 

「医療費、情報と衣食住の提供、それらを見込んでも問題は無い。分かった。これからは君の手先となろう、篠ノ之博士」

 

 ジャックはそう言うと自由に動く腕を束に差し出した。

 

「束で構わないよ、ジャックくん。よろしくね」

 

 束もその手を取り握手を交わす。利用し利用される。今の二人を表すのであればそう言う関係だった。

 

 こうして世界が知らない所で天災科学者と天才陰謀家は手を組んだのであった。




因みに作者の最初の職業はアーキテクト(ACFF)でした

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