ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

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唯の準備回


17 悪巧みの準備

 その日の研究所の朝食の場で、束は考えついたとある計画をジャックとクロエに発表していた。

 

「簡単に言えばいっくんに場数を踏ませるんだよ。訓練だけだとどうしても命の保証がされている場合が多いしね~特にIS学園の場合だと」

 

 食卓に並べられているのはクロエが作った目玉焼きと厚切りベーコンにソーセージ。レタス、きゅうり、コーン、プチトマトと緑黄赤と色とりどりの鮮やかなサラダ。微塵切りになったタマネギとニンジンがたっぷり入ったコンソメスープ。手作りパンに飲み物には牛乳といった西洋風に仕上げられている。

 因みに食卓の隣にあるキッチンワゴンの上には、おかわり用のコンソメスープが入った鍋が置かれていた。

 

「……その為にIS学園に対してちょっかいを出す、と?」

 

 クロエが作ったパンをちぎり、その欠片を口に運びながらジャックは束に尋ねる。

 

「そっ! ついでに他の技術の実験もしてみたいし~」

 

 ナイフとフォークを使って厚切りのベーコンを丁寧に切りながら束は答えた。

 ジャックは今の答えを聞き、「一夏に経験を積ませる」という目的以外にも自身の利益にもなる「実戦テスト」を同時に行う柔軟性を少し評価する。同時に思考に柔軟性を持ち始めたにもかかわらず、未だにチェスで完封されてしまう事を不思議に思った。

 束はフォークに刺したベーコンを口に運び、それを頬張り味わった。

 

「ハムハム……ん~、このベーコンすっごく美味しいよ~! 胡椒で漬けたのかな? でもきつ過ぎないこの口の中がカッと熱くなる感覚の調整は、流石ジャックくんと言いたいね~!」

 

 そのベーコンは束の言うとおりジャックの自家製で、防腐として塩と胡椒をたっぷりと表面に塗り込まれ、そのためか調味料を使わずとも既に味が染み込んでおり焼いただけでも十分美味しかった。

 ジャックは目玉焼きの黄身を中心に二つに切り分ける。黄身の中はしっかりと固まった完熟状態で、裏側も必要以上に焦げ目がつくことはなく、綺麗な仕上がりになっていた。そのまま切った片方をフォークとナイフで二つに折ると、フォークで刺し口に運ぶ。クロエの上達した焼き加減と調味料の匙加減のおかげで黄身本来の味は失われないまま、塩がその味を上手く引き立てていた。

 ジャックは、クロエが最初に作った時目玉焼きを真っ黒焦げにしてしまった事が随分と昔のように感じてしまう。

 

「ちょっかいを出すとおっしゃられても……仮にもIS学園ですよ? どうなさるおつもりですか?」

 

 クロエはプチトマトにフォークを突き刺しながら束の考えに疑問を投げかける。

 以前のクロエは束の提案全てを無条件で肯定していただろう。しかし日々行われるジャックとの稽古と、分野を問わない読書を続けた結果視野が広がった。それに加え前回の束の悪乗りによって、例え束の提案であろうとも疑問を抱いた部分は必ず問いかけるようになった。

 因みに野菜関連だが、鮮度が落ちやすいことを危惧したジャックの提案を受けた束により徹底改造され脅威の保存性を獲得した冷蔵庫のおかげで、採れたての様な新鮮さが保たれるようになった。その結果冷蔵庫に保存されている野菜の大半は少なくとも一年近くは新鮮さが保たれることになった。

 

「ま~何とかなるよ……と、言うのは流石にマズイね……」

 

 束は一瞬だが、ジャックがキッチンワゴンに格納されているフライパンを取り出そうとする姿勢をとったのを見て前言を撤回した。

 

「そのためにも二人から意見を訊こうと思って、二人に発表しました~という次第でごぜーます!」

 

 そう言うと束はコップに注がれている牛乳を一気に飲み干す。

 束が牛乳を飲んでいる間ジャックとクロエは顔を合わせ、またあの多忙な日々が訪れる事になると思い溜息を吐いてしまう。

 

「しかし、あの少年に実戦を積ませることを考えれば……悪くはないか」

 

 ジャックは束の提案がデメリットばかりではない事を考えると、食器を置きテーブルナプキンで口元を拭いた。

 

「それで、博士としてはどのような方法で襲撃をするつもりだ?」

 

 ジャックは手を組み、現状でどの様な作戦を立てているのか束の口から説明されるのを待つ。クロエもジャックと同じ様にスープを飲むのを一旦止め、食器をテーブルに置く。

 二人の視線を受ける中、束はお代わりの牛乳をコップに注ぎ、ある程度コップが満たされると牛乳をキッチンワゴンに戻し、正面に座るジャックと右隣に座るクロエに視線を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい! 決まっていません!」

 

 束の発言が行き当たりばったりのものだということを知ったジャックとクロエは、ひと昔前のコント番組の様にずっこけそうになってしまった。

 

「な、ならば何故私たちに、け、計画を打ち明けた?」

 

 流石のジャックも今回の束の計画性の無さに動揺を隠せず所々言葉を噛んでしまう。同じく驚いたクロエは、その衝撃があまりにも強かったのか咳き込んでいた。

 

「いや~、白式の改修で調子に乗り過ぎて二人から制裁されちゃったからね~。束さんが独断で行動して怒られるのはもうこりごり……あっ、でもあの熱さやジャックくんに引っ叩かれるのも、なんか癖になりそう……」

「私は最後の付け加えが聴こえなかった。それで、だ。計画に関してはこれから練る、と言うことでいいのか?」

 

 ジャックの確認に対して束は満面の笑みでサムズアップをした。その笑顔は、ジャックが彼女と出会った頃の不健康な肌と寝不足気味の表情は無く、健康的な顔つきと艶やかな肌と相まって輝いていた。

 

「あの……束様、ジャック様。計画を練るのもよろしいですが、その……朝食が冷めてしまわれませんか?」

 

 会話から外されかけていたクロエだが、スープから湧き上がる湯気の量が減りかけている事に気づき、食事を勧めることを提案した。

 

「確かに……冷めた食事ほどさびしいものは無い。博士、続きは食事の後にしたいが、どうかな?」

「むむっ! 確かに美味しいご飯が冷めるのももったいないしね。このまま続けたらお昼ご飯になっちゃいそうだし、いいよ~」

 

 食事を再開させる三人。しかし静寂が食卓を覆うことは無かった。

 束はジャックとクロエが作った朝食に舌鼓を打ち、その都度料理の味に関する寸評を口にした。

 それはジャックが料理を作るようになってからずっと続く行為。それも朝昼晩全ての食事で行われる。普通ならば飽きてただ食べるだけかもしれない。しかし束は飽きることを知らず、むしろ表現豊かになりつつある。

 一方、寸評を貰うジャックとクロエは、料理をしたことがある人ならば分かるだろうが食べてもらって「美味しい」と言ってもらえるだけでも嬉しいものである。二人もその例にもれず、束からの「美味しい」の一言でいい気分になった。

 加えてジャックは束の寸評を逐一覚え次回調理する際、どのように手を加える(アレンジする)かの発想のもとにしていた。

 

 

 

 

 朝食とその片付けが終わると、何時ものように三人は束の研究室に集まっていた。因みに三人の手には束が倉持技研から貰ってきた紅茶が注がれたティーカップが握られている。

 

「おっほん。それでは、『IS学園襲撃計画(仮称)』会議、第一回を開催しま~す!」

 

 束による会議開催の宣言がされると、クロエは拍手をし、ジャックは紅茶を一口啜った。

 

「ではでは~、現段階で決めている項目をお知らせしましょう!」

 

 テンションの高い束は手元に呼び出した投影型パネルを片手で操作し、大型投影ディスプレイに箇条書きで決めてある項目を二人に見せた。

 

「計画実行日は……ふむ、いささか問題がありそうだが……」

「IS学園の、クラス代表戦当日?」

「そう! 当日、IS学園のアリーナは超満員。そこに現れる謎の敵影! そして後ろには護るべき人……う~ん、いいんじゃないの?」

 

 その護るべき人というのは、()だけなのだろうな、とジャックは言葉に出すことなく束の考えを予想しながら、紅茶を啜った。

 

「しかし、そんな日に実行してよろしいのでしょうか? むしろ何もない日に彼だけを狙った方が……」

「ノンノン、くーちゃん。それじゃあ束さんの狙いにならないんだ」

 

 束はクロエの提案をあっさりと却下し指を振る。

 

「くーちゃん、束さんは優しいから状況を説明してあげる。ジャックくんは色々と察してくれるから大丈夫だと思うけど」

 

 束はそう言いながら目をジャックへ向ける。しかしジャックは無関心そうに紅茶のお代わりをティーポットから注いでいるところだった。そんな彼の態度を見て束は口先を尖らせ、不満そうな表情を浮かべる。

 

「……えーっとね~、くーちゃん。さっき束さんはふざけた調子で言ったけれども、さっきのあれ、結構マジなんだよね~」

「と、言われますと?」

「要は逃げられない状況に追い詰めるってこと。何もない日に襲ったとしても逃げられる可能性はあるからね~、いっくんはしないと思うけど。逃げるのは悪くないんだけど、今回の目的はいっくんに実戦を積ませること」

「つまり……観客(ギャラリー)を人質にする、ということ、でしょうか」

 

 クロエの答えに対して束は満足そうに頷いた。

 

「いっくんの性格上もし周りの人間に危害が加えられそうだったら、まず間違いなくその人間たちを助けるだろうね。逃げるなんて選択肢は最初から存在しない」

「彼のお人よしを逆手に取った計画、か……」

「しかし、どうして“助ける”と断言できるのですか? 仮にもIS学園の教師たちが直ぐに救助に向かうとすれば、一般生徒たる織斑一夏は退避する……」

 

 クロエは束の理論に対して疑問を抱いていた。そしてそれを抑えようとはせず、素直に自分の思う事をまるで水が流れるように口にする。しかし束の突き出された掌という制止によってその流れはせき止められた。

 

「くーちゃん。一つ言っておくけど……」

 

 その声は何時に無く真剣なものだったが、そこに怒りは含められていない。

 

「くーちゃんと……いや、ジャックくんと出会うまでの束さんの世界はね、たった四人だけだったんだよ」

「四人?」

 

 そう、と束はクロエに応え、一息置いてから話を続けた。

 

「束さんとちーちゃん、それと箒ちゃんといっくん。束さんにとってそれ以外の人間なんてどうでもいい存在。その辺に落ちている石ころと同じだったんだよ」

「……」

「裏を返せば、束さんはちーちゃんに箒ちゃんといっくんの事は何でも知っている。三人の隠し事も、思考も全てね。だから束さんは断言出来るんだよ。いっくんは窮地に立たされている人間を見捨てず助けてしまうって」

 

 束の反論にクロエは納得し、ジャックは妙に理解してしまう。

 

(しかし、そう上手くいくものか?)

 

 ジャックには、理解はしても束の理論に納得は仕切れなかった。

 彼にとって人間とは短期間で変わってしまうもの、という認識がある。特に若いうちは多くの外的要因によって価値観が変わりやすい、とも同時に思っていた。束が三人から離れて結構な時間が経っていることを考慮すると、織斑一夏の思考も自然と変わっている可能性もある。

 だが、束の言葉にある妙な説得力に感化されたジャックは、これ以上反論するのも野暮なことと切り捨て計画の組み立てを促した。

 

「襲撃を仕掛けることを最早否定する必要はない。問題は、どうやって(・・・・・)襲撃するか、だ。そうだろ、博士?」

 

 ジャックはティーカップに注がれていた紅茶をグイグイと飲み干している束に視線を移す。彼女も飲み終えるとカップをソーサーに乗せ、ジャックの方を向いた。

 

「うん、それね。一応二人と確認しながらしないと、まーた痛い思いをしそうな気がするし」

 

 余程前回の白式改修で、内緒で雪片弐型の威力を上げ過ぎたことによって二人に制裁を下されたことが、より正しく言うのであれば、自身の行き過ぎた行動によって二人に嫌われかけた(・・・・・・)ことが相当応えたらしい。束としてはこれ以上二人から嫌われるということは、新しく出来た世界が崩壊することと同意である。それだけはなんとしても回避しなくてはならない、と流石の奔放な彼女も今回ばかりは慎重に事を進めることにした。

 おかわりの紅茶をクロエに注いでもらっている傍ら、束は片目でジャックを見つめ続ける。

 

「現段階であり得ない案は……まぁ、ね」

 

 束の、そのなんとも言えない呟きでジャックも安心する。

 

「フォックスアイは暫く寝たままか。まぁ、当然だな」

 

 もしもフォックスアイをIS学園に投入する、というあり得ない言葉があの瑞々しい唇を持つ口から発せられたら、彼は離反もやむを得ないと考えていた。だがそんな彼の心配は、今朝の彼女の態度を顧みても杞憂に終わると予想しており、現に予想通りの結果になった。

 

「んでもって今の所考えているのは、束さん特製のISを投入するかってかんじかな~?」

「メリットとデメリットは?」

「こっちからコントロール出来るタイプにすれば必要以上に攻撃をすることは無くなる。だからいっくんが大怪我を負ったり、人質(観客)に犠牲が出ることも無くなるよ。んで、デメリットだけど、勘のいい奴は私たちが犯人だと察するってことかな?」

 

 束からの説明を聞いたジャックは口元に手を置き暫し考える。

 

(マッチポンプの様になってしまうな。加えて、恐らく学園に居るというブリュンヒルデ(織斑千冬)にはばれるだろう……だが、代案が無いのも事実だな)

 

 彼も他の方法を詮索したが、そのどれもが犠牲者が出る可能性のあるものばかりであり、束の言う案よりも安全が保障されているものが思い浮かばなかった。そこまで頭の中を整理し、湯気が立つ紅茶の香りと味を嗜んだ。

 

「私はその方法で問題ないと思う。クロニクル、お前は何か異論でもあるか?」

「いえ、私もこれと言ったものはありません」

「んっふっふ~何とか二人を納得させることが出来たぞー!」

 

 二人からの同意を得ておちゃらける束であったが、内心ではまだ何か言われるのではと思っていたこともあり、認めてもらえたことに安堵の溜息を吐いていた。

 そんな束の心情を知ってか知らでか、ジャックはすかさず釘を刺しにかかる。

 

「だが問題が多数あるのは事実だ。その一つに、証拠を残さぬようには出来ないものか?」

 

 彼は束が今回の襲撃に当たってISコアを新造し、それを使用するということを説明の段階で理解していた。しかし、もし襲撃用のISが撃破されコアが残ってしまった場合、世界では量産の目処が立っていないそれを一つ贈呈することと同じになる。

 そうなればそのコアが火種となり、様々な火災(・・)を引き起こすことになってしまうのでは? とジャックは危惧していた。

 

「確かに……しかし、ISコアは特殊合金の塊のため安易に破壊できるような代物では……」

「一応、自爆は出来ないことは無いよ」

 

 そう応えた束をクロエとジャックが見つめる。すると束は立ち上がりフィンガースナップ(指ぱっちん)をすると、突然彼女が来ているエプロンドレスとトレードマークの金属製ウサ耳型カチューシャが発光し粒子化する。

 そして彼女が身に纏っている粒子が拡散したかと思うと、次の瞬間には黒のスーツとインテリメガネをかけた女性教師の姿になっていた。

 

「というわけで……『教えて! 束先生!!』のコーナー」

「……」

 

 突然の出来事と、束の技術の進化の方向の意外性(ぶっとび)にジャックは言葉を失い、クロエはテンションの高い束のコールに合わせて呆然としながら拍手を送った。

 

「さっきくーちゃんが呟いていた通り、束さんが生み出したISコアはダイヤモンドがクッキーと思える程頑丈に出来ているよ。核攻撃を喰らっても、搭乗者はどうなるか確証はないけど、ISコアは『なんか当たった?』程度で済んじゃう」

「そこまで頑丈、なのか?」

「伊達に宇宙目指したわけじゃないよ、ジャックくん。まぁここまで強固になったのも束さんが夢中で、もっと頑丈に、壊れないようにって調子に乗ったからだけどね」

 

 そう言う束の表情は何か懐かしいものを思い出し、その瞳はその時の光景が映っているようだった。

 それもほんの少しの間だけで彼女は咳払いをすると、何時量子化していたのか分からないが黒板を実体化させた。

 

「話が逸れちゃったね。それで、さっきの束さんの発言だけれども、ISコアは理論上(・・・)自爆させることが可能です」

 

 束は黒板に二次移行(セカンドシフト)前の球状のISコアを黒板に描き、それに矢印を引いて爆発した図を描いた。どちらも芸術的に描かれており、この方面にも才能があることを示していた。

 

「理論上と言うことは、まだ誰もしていない、と言うことですね」

「467個しか存在せず、量産化も出来ないコアに自爆などさせる筈が……」

「その通り、とは少し違うんだよ。くーちゃん、ジャックくん」

 

 ジャックも束が理論上と言ったものだから、誰もしていないだけと想像していただけに肩透かしを喰らわされた。

 束はそんな二人を無視し、黒板を裏返しにすると新しくISコアと女性のシルエットを並べて描いた。

 

「理論上、と束さんは言ったけれども、こればかりは束さんの命令で自爆させることも出来ないんだよ」

「出来ない理由とは、なんだ?」

「ヒントはくーちゃん」

 

 そう言われジャックはクロエに視線を送り、クロエはというと突然名指しされ驚いていた。

 

「この事と私に何の関係が?」

 

 彼女は最初自分がこの問題の答えに対するヒントになることに疑問を抱いてしまった。だが、彼女の隣に居るジャックは、己の記憶と束の言葉を照らし合わせその(ヒント)を探り出す。

 

「コアの意識か」

「その通り!」

 

 ジャックの答えに束はいつの間にか手にしていた指示棒で彼を指した。

 

「ISは束さんが命令すれば大抵その通りに動いてくれるんだけれど、それは自分の子供に『あれをして』『これをして』って言っているのと同じこと。だから『自爆しろ』って命令は()子供(IS)に『死ね』って言っていることと同じになるの」

「そのためISはその命令を拒否し、自爆できない。ということでよろしいでしょうか?」

「まっ、そういうことね~。親から『死ね』って言われて……いや、そもそも親が子供にそんなこと言う時点で色々とアレだと思うけどね」

 

 そう言うと束は勢いよく指示棒を指した時に少しずれたインテリメガネを空いている左手で直した。

 

「それが大まかな理由として、自爆させる方法はあるのだろう?」

「おいおいジャックくん、ちょっとせっかちだよ~」

 

 自爆させられない理由を知ったジャックは束の言う「理論上」可能な要因を問いただし、束はいきなり次の話題に移され、話の流れから若干振りほどかれそうになってしまう。しかし話の流れという手綱を取り直すと、黒板に描いたISコアと人の図を線で結び合わせた。

 

「さっき言った通り、ISコアには意識があるから自爆の命令を拒否しちゃうの」

 

 そう言うと黒板に描いた人の図の上に「自爆しろ」という吹き出しを書き、矢印をISコアに向けて引く。ISコアの方には「ヤダ!」と吹き出しに書き、矢印をバツ印で消し大文字で拒否と書いた。

 

「そうなるのは一方的な命令だからっていうのもあるの。でもね……」

 

 するとISコアと人体の図以外の板書を黒板消しであっさりと消すと、今度は二つを太い線で結びその上にハートマークを描いた。

 

「ISコアと人が、それこそ唯一無二の繋がりを持つようであればISコアは操縦者と運命を共にする可能性があるんだよ」

「……つまり心中するということか」

 

 ここまでの話を聞いたジャックは、予感はしていたもののISを自爆させるためにはそのISコアと長い時間を共にし、尚且つISに対する深い理解のあるベテラン操縦者が必要であると確信する。それと同時にISは兵器というそれまで持っていた印象から、意識を持った生命体だという認識に入れ替えた。

 

「その代りその威力たるや、水爆に勝るほど。しかも範囲の調整も出来るというおまけつきってところかな? 一応理論上だけれども」

「盛大な一発だな。その後のことを考えると釣りに合うかどうか分からんが」

「しかしベテラン操縦者とISコア一つと引き換えでそれだけの威力が出せるとなると決して無意味ではない気がします」

 

 理論上の威力を聞いてジャックとクロエは異なる意見を出した。片やその後の戦略を考慮し貴重なISとベテランを破壊の為だけに失うことに価値を見いだせず、片やその破壊力は無視できない脅威になると恐れる。

 そこでジャックはある疑問を束にぶつけた。

 

「自爆させるISコアだが、クロニクルに使用したような意識の無いモノでは出来ないのか?」

 

 これまでの話を聴けば当然思い浮かぶであろう考えを尋ねる。だがこの時点で、ジャックは束が最初にこの話をしなかった事からその可能性は低いと予想していた。

 

「それは誰もが思い浮かぶことだね~。結論から言うと出来ない」

 

 ジャックの疑問を束はバッサリと切り捨てると、その口が閉じることはなく言葉を続けた。

 

「原因はもう少し解析が必要ってところ。それに意識の無いISコアだと基本的な機能こそ備わっているけれど、戦闘となると完全に足手まといになる程の性能しか出せないんだよね~」

 

 ISコアを自爆させる方法と質疑応答が終わると束は眼鏡を外し黒板を量子化し一瞬身体を光らせ、普段のエプロンドレスとウサミミのカチューシャという姿に戻った。

 

「話が大きく逸れた気がするけど、これで分かってくれたかな?」

「……大雑把ではあるが、理解した。で、話を戻そう」

 

 ティーポットを手にしたジャックは残っている紅茶を三つのティーカップに作法に従って注ぐ。その丁寧さは何処かの貴族の下で働いていたと言われてもおかしくないものだった。

 ティーカップに注がれた紅茶は少し冷めていたため、研究室に来た時と比べて湯気の出る量が少なくなっている。

 

「襲撃にはISが適切。しかし撃破されればIS学園にコアを一つ贈呈するということになる。背に腹はかえられぬとは言うが、これは決定事項でよいのだな?」

「そーだね」

 

 ジャックの確認に適当な態度で束は答えた。

 

「ではどうやってISを動かす? 博士特製と言うが、どうするつもりなのだ?」

「う~ん。無人機にするのは頭の中では確定しているんだよ」

 

 何気なく呟いた束にクロエは驚きティーカップを落としそうになってしまう。

 

「む、無人状態で起動させることができるのですか?」

「あれ、くーちゃんに教えていなかったっけ? まぁこの束さんがISを生み出したんだから、それくらいはしてみせないとね!」

「自爆出来ぬ原因は知らないくせにな」

 

 自慢げに胸を張り調子に乗る束にジャックはすかさず毒を吐いた。

 

「いちいち水を差さないでよ! 流石の束さんも今のは傷付いたよ! 傷物にされちゃったよ!!」

 

 流石にやり過ぎたとジャック自省すると同時に、お手上げをし、束の余計な一言に対してリアクションを起こさず謝罪の姿勢を見せる。束もジャックの態度が彼なりの謝罪の姿勢であることを理解し、それ以上追求することはしなかった。

 

「話を戻すよ。使用するISは無人機。これも決定事項。理由は省略」

「言わずとも何となく察します」

「んで、あと決めるのはそのISを自律式にするか遠隔操作式にするかってところだよ」

 

 さらっと凄まじいことを束は発言した。

 今の世界では「ISは搭乗者が絶対に必要」であり無人機の開発など夢物語である。しかし束はそんな世界の常識などを完全に無視し無人機を、しかも自律式か遠隔操作式かを選択することが出来ることまで暴露している。

 このことを今の技術者たちが聞いたらどうなるか、想像に難くない。

 

「この機会に自律型のAIのデータを回収するのもいいけど、なんか危なっかしいんだよね~。遠隔操作式にしてもいいけど、どうしようかな~」

 

 束はこれまたどこから入手したか分からない回転式高級革製椅子に腰かけるとグルグルと回りながらブツブツと呟いた。

 そんな彼女の呟きを聞き逃さなかったジャックは“製造費”や“製造期間”に問題があるのではなく、“方法”を悩んでいることに気づく。

 

「ならば簡単な話だ。二体(・・)送りつけてやればいい」

 

 ジャックの大胆な戦略にクロエも束もぎょっとしてしまう。

 

「いつから襲撃するISが一体だけと決まっている? 一体目を撃破した勝利の瞬間こそ最大の油断が生じる時。もしあの少年に実戦というものを積ませたいのであれば、そういった不測で最悪の事態を乗り越えさせるのだな」

 

 ジャックは自分でそう言いながらもこのプランに欠点があることを自覚していた。

 襲撃と訓練を兼ねた二体のISが撃破されるとすれば、それはIS学園にコアを二つも提供することになってしまう。それも十分大きな問題だがそれだけではなくIS学園は無人機に関するデータを持つ唯一の組織になってしまうことだろう。そんな技術、世界中が放っておくことなど考えられずIS学園を更なる危険に曝すことに他ならない。だが束はそんなことをあまり深くは考えていないだろうと彼は予測する。

 勿論このプランはこちら(束たち)にもメリットはある。ジャックからすれば今回の襲撃によって映像でしか確認できなかったIS学園の実際の防衛機構を試す絶好の機会であり、今回の計画によっては彼の中でIS学園の脅威の度合いをほぼ見極めることが出来る。束にとっては無人機の自律式と遠隔操作式、両方のノウハウ回収を逐一ではなく一度に行うことが出来る。その分準備が大変なことにはなりそうだが……。しかしジャックがこのプランで最も重視したのは今回の襲撃の目標である「一夏に実戦を積ませる」ということだった。

 ジャックの居たあの世界でも謀殺というのは頻繁に起こっておりレイヴン、特に上位ランカーとなるとそれは熾烈を極める。契約、意図的な依頼情報の不提出、裏切り、騙し討ち。逐次投入になるが二体ものISによる襲撃を受けるというのは戦いと無縁だった一夏にそれと同じ位の衝撃を与えるのには十分とジャックは予測しており、あの性能のIS(白式)を持ちながらこれくらいの襲撃で死ぬようであればそれまでと割り切っていた。

 ジャックからの提案を受けた束は腕を組みながらうーんと頭の中を捻らせていた。

 

「……準備とデメリットに目を瞑れば、確かに悪くはなさそう……。それに無人機のそういった部分は撃破と同時に自壊するように設定すれば情報が漏れることもないだろうね~」

「なんだ。ISコアは出来ずとも部品は出来るのか?」

「それくらい出来なきゃ天才を名乗れはしないよ、ジャックくん。さ~て、自律式はAIを作ればいいとして、遠隔操作式はどうしようかな~?」

 

 束は空間投影ディスプレイを複数呼び出すと、遠隔操作式ISにどの技術を使うか品定めをする様にそれらを見つめながらブツブツと呟く。ジャックがそんな彼女を見ていると、空になったティーポットとカップをキッチンワゴンに片付けているクロエの姿が視界に入った。その時彼の脳裏に白式を改修した際にクロエが使った特殊な力を思い出す。

 

「そう言えば博士。クロエはISコアと意思疎通をすることが出来ると記憶しているが、間違いないな?」

「うん、そうだよ。流石の束さんもそれには驚いたよ~」

「ならばその能力を利用して“ISを操る”ことは出来ないか?」

「……へ?」

「……は?」

 

 ジャックの新たな提案に、二つの間抜けな声が研究室にこだました。

 

 

 

 

 所変わり夜のIS学園寮。既に太陽は地平線の彼方へ沈み、空は太陽の光に隠されていた星々がその存在を主張するように光り輝いていた。

 

「もうっ! ほんっと信じられない!」

 

 寮の一室に甲高い怒声が響き渡る。その声の主である鈴は勉強机に突っ伏し瞳に涙を浮かべていた。

 因みにだがこうなることを予め考えていた同居人は別の部屋に居る友達の所に居座らせてもらっている。

 

「なんでよ……あたしがどれだけの勇気を振り絞って言ったと思ってるのよ、あいつは!」

 

 時間は少し遡る。

 セシリアと箒のタッグとの実戦訓練を終え更衣室で一息ついている一夏に、鈴はねぎらいとしてスポーツドリンクとタオルを渡しに向かった。一夏もそんな鈴の気遣いをありがたく思いそれらを受け取り一服すると少しだけ昔話に花を咲かせた。ふと、その時鈴は一夏の傍に居た二人についてどのような関係なのか尋ねる。セシリアに関しては特に問題は無かった。だが箒には問題があった。

 彼女は一夏と幼馴染であり、あろうことか同居している。

 そんなこと許されないと鈴は叫んでしまうが「幼馴染だから問題ない」と一夏は反論してしまう。

 それが引き金だった。

 「考えるより先に行動」が目立つ鈴は、寮長である千冬ではなくいきなり一夏の部屋に向い、箒に対して堂々と自分も幼馴染だから変わってくれと申し出てしまった。当然箒も反発し言い争いに発展してしまい、決着がつかない状態になってしまう。

 埒が明かない。そう思った鈴はそこで切り札を切る。

 それは「料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?」という所謂味噌汁プロポーズの事だった。もしこれで一夏が覚えていたならば形勢は大きく彼女に傾く。そう考えたからこそ鈴は一夏に約束を覚えているか尋ねた。

 だが悲しいかな。一夏はその約束に秘められた意味を理解しておらず文字通り(・・・・)の意味で覚えていたのだった。

 そんな彼の鈍感っぷりと勇気を出して尋ねたにもかかわらずこの仕打ちに耐えられず、鈴は彼を引っ叩き涙が溢れる前に部屋に帰って来たのだった。

 

≪全ての非が彼にあるとは、儂は思えんがな≫

 

 そんな傷心した彼女に対して全く心配などしていない老人の声が部屋に広がる。そのドスの効いた声は丁度彼女が突っ伏している机に展開されている空間投影ディスプレイから流れていた。

 

「そ、そんなぁ~」

≪はぁ……。凰、代表候補生である以上、会話をする時は相手がどのような人物なのか探れと儂は常々言い聞かせていたはずだぞ。加えて今回は貴様の旧知の友。こうなる可能性を予想出来なかったとは言わせんぞ?≫

 

 ディスプレイに映る人民解放軍の軍服を着た、衰えを全く見せず百戦錬磨をくぐり抜けてきたことを思わせる鋭い瞳を持つ老人にきっぱりと説き伏せられ、鈴はぐうの音も出なくなってしまう。

 

≪まったく、貴様が着任して早々に連絡があったと思えば……。色事にうつつを抜かしていたとはな≫

「ちゃ、ちゃんと代表候補生としてのアピールはするから!」

≪ほう……? 騒ぎを起こしていなければいいのだがな≫

 

 老人のその一言に鈴はギクッと表情が固まってしまう。

 してしまったのだ。大騒ぎではないが。

 簡単に言えば一年一組のクラス代表が一夏であるという情報を入手した鈴が、二組のクラス代表に半場脅す形でクラス代表の座についたのだ。それがこの老人の望む代表候補生の姿であるか? と聞かれれば全力で首を横に振るだろう。

 余談ではあるが二組の元クラス代表は、クラス代表トーナメントで優勝したクラスに商品として渡されるデザートフリーパスを熱望するクラスメイト達のプレッシャーに押し潰されかけていたため、鈴の申し出は正に助け舟だったことを鈴自身は知らない。

 

≪いいか、凰。その少年は貴様が出会った頃から色事に鈍感であるということは重々承知していた筈だ。そんな少年に回りくどい言い方をした時点で……≫

「お願いだから、もうぶり返さないで~!!」

≪ハッキリ言おう。今回の件は貴様の暴走でしかない≫

 

 今度こそバッサリと斬り伏せられてしまった。

 

「はい……。ごめんなさい」

≪それを言うのは引っ叩いてしまったその少年に言うのだな。まったく、世話の焼ける娘だ≫

 

 呆れたように呟く老人であったが、その声には失望だとか無能といったものは含まれておらず、単純に騒ぎを起こした娘を許す、そんな優しさが混じっていた。

 

≪とにかく、謝罪は儂にではなく貴様が引っ叩いてしまった少年にしろ。これは命令だ。いいな?≫

「は、はい!!」

 

 鈴はディスプレイに映る老人の命令に対して立ち上がり見事な敬礼で返事をする。それを受け取った老人は満足したのか、僅かに微笑み通信を切った。

 ディスプレイがブラックアウトしたのを確認した鈴は敬礼を止めて腕をおろし、椅子にドカッと座りこんだ。

 

(はぁ~。予想はしていたけど……結局、説教だけになっちゃったわね)

 

 鈴は先程のやり取りを思い返しながら苦笑いを浮かべた。

 彼女が老人と出会ったのは中国に帰国し、入隊してあまり時間が経っていない頃。失意の底にあり訓練が身に入らず、落ちこぼれになっていた彼女を強引に自らの部隊に引き抜くことを宣言されたことが出会いだった。

 鈴を引き抜いた後も放置せず面倒を良く見た。彼女が悩み事を素直に話せば真摯に対応する。彼女が馬鹿にされると己の事の様に怒りを見せた。勿論その態度は他の部下にも同じく見せる。

 その態度が惚れた男(一夏)に通ずるものがあると無意識に感じ取った鈴は、その老人……烏大老(ウーターロン)を深く尊敬するようになった。彼の部隊の隊員たちも皆彼の事を尊敬しているが、その中でも鈴の尊敬はずば抜けており烏大老の事を、敬意を込めて烏大人と呼ぶようになった。

 経歴不明という怪しい部分はあるが、しかし烏大老の魅了を覆すことは出来ないと彼女も、彼の部隊の隊員たちは考えている。

 

(烏大人に怒られたおかげで頭が冷えたわ……あいつには、悪いことしちゃったな)

 

 訓練生時代も似たようなことは何回もあった。

 他の隊員といざこざを起こしてしまい隊長である烏大老に愚痴を吐きに行くも、それは自身の思い上がりだとキッパリと切り捨てられてしまった。しかしそのおかげで頭が冷えその隊員に素直に謝ることが出来たのだ。

 今回のこの連絡も、無意識のうちに彼女が頭を冷やす機会を求めてしたことなのかもしれない。

 

(明日、一夏に会ったら謝ろう)

 

 それは別に烏大老に命令されたからではなく、理由も言わず一夏に平手打ちをしてしまったという非を素直に認めたからだ。

 そうと決まれば今日はゆっくり休もう。そう考えた鈴はディスプレイをしまうと寝る前にシャワーを浴びようと思い服を脱ぎ捨てはじめる。

 この行動力の高さは烏大老にも褒められていた。加えて彼女の前向きな性格がそれを後押ししているのだろう。

 

 

 

 

 しかし翌日、鈴は一夏に謝ろうとするが言葉が詰まってしまい、そこに彼が禁句(貧乳)を口にしてしまいより一層対立。

 その日の晩、同じように烏大老に泣きながら連絡をするも、堪忍袋の緒が切れた彼の雷を落とされる羽目に遭ってしまった。

 


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