ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄   作:バカヤロウ逃げるぞ

15 / 32
「一夏ぁ、俺ぁまた心配しちまったんだぜ? また寄ってたかって袋叩きにされて、ベソかいて泣いてんじゃねえかってよぉ」
「織斑、俺はお前の事が目障りだっんだよ……何をやるにしても、俺が必死に努力しても、お前は簡単に一足も二足も先に行きやがる。いつもそうだ……どこにでも出てきて見下しやがる!」
「オメェもトップになったんだろぉ? その吹き溜まりの中でよぉ」
「織斑あぁ!」
「なんだぁ!!」
「死〜ねェ〜〜!!」



オリ兄アンチもの書くならこんな展開を書くかもしれない


15 白熱! クラス代表決定戦! 後編

 セシリア・オルコットはクラス代表決定戦までの一週間、ひたすらに勝利(・・)するための準備を続けてきた。

 本来であればアリーナで機体のデータ回収を兼ねた調整をしたかったが、入学して間もない一年生にそんな時間は無いに等しかったが、しかしそれでもセシリアは準備を怠らない。

 一週間後を見据えた体力づくりとコンディションの調整。

 ほとんど使われない射撃場での生身での狙撃訓練。

 本国から送られてきた機材を用いてのBT兵器のイメージトレーニング。

 そして、会場となるアリーナの把握。

 狙撃戦を主体とするセシリアにとって戦場の把握は最優先事項である。会場の広さと高さ等の環境をはじめに、どの箇所が狙撃ポイントとなりえるのか、どの位置ならば追い込まれても逃げられるようになっているのか等の戦術的側面からの観察を忘れない。

 それ以外にも試合当日の時刻と気温、天気の確認も忘れない。

 ISは基本的に全天候対応、ハイパーセンサーにより常に視界がクリアに、補助機能によって身体は常に最適な状態になる。だが人が操る以上影響が無いわけが無い。

 相手がどのようなISを使用するのかだけは試合開始まで分からなかったが、それ(不確定要素)も考慮した上でセシリアは戦術を立てる。

 BT兵器の事は他の誰よりも己が一番熟知していると彼女は自負している。勿論、今の自分がBT兵器を扱いこなせていないことも。だからこそ、その欠点をカバー出来る戦術を立てた。

 

 時刻は西日。天候は天気予報通り晴天、雲一つ無く青い空が一面に広がっている。相手は出てくるまでに時間がかかったみたいだが予想通り専用機、ただ武器一つ持っていないことだけが不安要素だ。しかしそれを誤差だと彼女は切り捨てる。そしてセシリアは当初立てた戦術に従って戦闘を行った。

 何千回も練習した、構えてから射撃までの高速動作。素人の一夏が避けられるわけもなく予想通り命中する。その無様を見届けることもなくセシリアはBT兵器もスラスターとして使用し、アリーナの上限ギリギリまで飛翔、そして計算通り太陽が自身の背中にくるように位置取りする。

 まだ毛が生えた程度の操縦者だった頃、同じく狙撃を得意とする先輩にこの戦術をとられ目を焼かされた苦い記憶がある。そのせいなのか、操縦に慣れた今でも補正を掛けたハイパーセンサーで太陽を見ることに抵抗がある。

 太陽を背にすることで相手は自機を捕捉しても強烈な太陽光を、普段の何十倍にも細分化された太陽を強制的に見る羽目になる。例えその戦術を知っているとしても、ハイパーセンサーに補正をかける必要がある。必然的に、相手のハイパーセンサーは数%機能を低下させてしまう。射撃戦においてその数%が勝敗を分けてきたのも、セシリアは身をもって体験してきた。

 これで、狙撃するには若干距離が短いものの、その環境と態勢を整えることは出来た。あとはシールドバリアーを前面に集中させ、訓練通りに戦えばいい。

 セシリアは予定通りBT兵器を分離させると、目にも留まらぬ速さで遠く離れている一夏を包囲するように展開させると、先ずは小手調べとして四機に一斉射撃を命じる。流石の一夏もこの程度の攻撃は避けられるのを見て一安心した。

 これしきの攻撃すら避けられないのでは叩き潰し甲斐が無い。セシリアは一夏が狩り甲斐のある獲物(・・)だと知ると歪な笑みを浮かべるのを必死に堪えつつ、次に本来の戦い方を彼に見せつける。

 BT兵器の一斉射撃など素人でも避けられる攻撃。セシリアは展開させている四機のBT兵器に細かく指示を与え、時間差攻撃を仕掛けた。

 一夏を包囲するBT兵器はセシリアが操作しているにも関わらず各々が意識を持っているかのように飛び回る。急停止、急発進、ホバリングをする蜂の如き予測困難な行動で一夏を翻弄し一撃を刺した。それでもセシリアは攻撃の手を緩めない。BT兵器の攻撃に気を取られ、それらの攻撃の回避に専念している一夏をスターライトmkⅢでロックオンせずに己の目と腕だけで撃ち抜く。ロックオンアラートも無いためセシリアから背を向けていた一夏は直撃を受けてしまった。

 困惑の表情を浮かべる彼を、ハイパーセンサーを通して確認したセシリアは種明かしと挑発を込めてロックオンをする。何が起きたのか理解した一夏がようやく武器を取り出すが、それがブレードだけということにセシリアは驚きと哀れみを抱いてしまう。

 いくらデータ回収目的の機体と言え何故満足な装備も渡さない。操縦者を殺すつもりか? セシリアは白式の開発者たちの神経を疑ってしまう。だがそれはそれ、無駄な考えだと切り捨てると、目の前の戦闘に再び集中する。見れば一夏が初心者とは思えない突撃機動で迫って来ていた。 

 BT兵器での包囲網を振り切れるだけの機動力があること以上に、それを扱っている一夏の才能に驚かせたセシリアはBT兵器のコントロールを緩め、狙撃に集中した。

 白式は確かに速い。だが、それだけだった。

 ただ真っ直ぐ突っ込んでくる白式を、慣れた手つきで撃ち落す。これも訓練生時代の鍛錬の賜物だった。自身のISの欠点を知っているからこそ接近戦を仕掛けてくる敵を的確に狙撃する技量を磨いてきた。そしてそれが今発揮されている。

 

「何故ならわたくし、面倒は嫌い(・・・・・)でしてよ」

 

 一夏を撃ち落としたセシリアは回線を通して彼にそう宣言すると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 面倒が嫌い。

 以前のセシリア・オルコットは面倒事も進んで解決しようと励んでいた。しかしある時期からことあるごとに口癖の様にそう言い、面倒事は彼女のメイドであるチェルシーに押し付けるようになってしまった。

 面倒が嫌い。

 何時しか頻繁に口ずさむその性格は、皮肉にも彼女が最も嫌う男、父親(・・)のものと同じだった。

 セシリアは嫌う、面倒なことを。だからこそセシリアはイラつく、あの男と同じ性格であるということを。

 自己嫌悪に陥っていると一夏は起き上がり、こちらを睨みつけているのがハイパーセンサーを通して見えた。セシリアはすかさず彼の周りにBT兵器を包囲しプレッシャーをかけるが一夏の瞳に諦めが見えず、その大型ブレードを持ち直し構えなおしていた。

 

(これだけの差を見せつけられておきながら、まだ諦めないとでも……?)

 

 対戦相手である一夏の諦めの悪さに舌打ち、BT兵器による連続攻撃を再開させた。初心者だろうと手加減など一切かけない。勝たなければならない。

 ブルー・ティアーズを受領する前、代表候補生になる前? 否、母が無くなったあの日からセシリアに敗北は許されない。勝って、勝って、勝ち続ける。負けてしまえば全てが奪い去られてしまう。彼女は常にそんなプレッシャーを背負い続けていた。

 このIS学園に入学したのも自分の実力を示し、オルコット家の名誉をより高めるためだ。その最初の相手がこんな才能だけはある新人(ルーキー)であることに呆れてしまった。しかし、相手を侮れど全力で叩き潰す。油断はしない。いつも通りのモチベーションで立ち向かった。

 

 

 

 

 尚も続くクラス代表決定戦をスクリーンで観戦する二組。片方は先程より潜入カメラを通した映像を見る束たち、もう片方は管制室より観戦している織斑千冬、山田真耶、そして篠ノ之箒の三人。その中の箒は苦難に満ちた表情を浮かべていた。

 

(一夏……)

 

 彼女はこの一週間、ひたすら剣道の稽古だけ(・・)しか一夏にしてやれなかった。彼が望むISの事ははぐらかし、彼と一緒に居たいからそんなことをしてしまった。その結果が目の前のスクリーンに映る状況を生み出していると思うと、後悔の念が湧きあがってくる。

 

「オルコットさん、見事にBT兵器を扱っていますね」

 

 セシリアの理にかなった戦術に感心し、真耶は思わずそう呟いてしまった。

 

「だが、あれは扱い切れていないのを誤魔化す為の戦術だ……そうだな、山田くん。きみならばどう対応する?」

 

 千冬は感心している真耶にそう問いかけ、セシリアの戦術の欠点を洗い出させた。

 

「そうですね……第三世代型はその特殊兵器を使用する為にイメージ・インターフェイスを使用していますが、そのためには大量の集中力を必要とします。更にBT兵器は適性が無ければ扱うことが出来ません」

 

 真耶はまず第三世代型とBT兵器の欠点を挙げる。

 

「加えてオルコットさんは固定砲台の様に動かないのでこちらも銃撃戦で対応する、狙いは粗くてもマシンガンやアサルトライフルで集中力を切らさせ、BT兵器を使用させない、という方法もあります。あ、勿論、織斑先生が得意とする突撃による近接戦も有効かと思われます」

 

 スクリーンを見ながら真耶は対ブルー・ティアーズの戦術を、主観ではあるが、説明した。

 

「ありがとう。だが、オルコットに近接戦は無謀かもしれんな。現に先程接近を試みた織斑を撃ち落としている。それも相当の精度で、だ」

 

 真耶が最後に挙げた戦術を千冬はそう言って切り捨てた。彼女はあの一回の攻撃だけでセシリアが狙撃に関しても相当の腕の持ち主であることを既に見抜いていた。

 

「加えて、織斑の機体には射撃武器は搭載されていない……こう言うと、一次移行(ファースト・シフト)もさせられずに試合に放り出したことを申し訳なく思うな」

 

 溜息を吐きながら千冬は一夏に対して遠まわしに謝る。

 

「一夏は……勝てるのでしょうか?」

 

 箒は尚も劣勢の一夏の姿を見て不安な気持ちでいっぱいだった。

 

「さあな。だが、あのバカの事だ。何かあるかもしれん。」

 

「それに……」と呟きかけていたところで千冬は口を慎む。そのこの場の後に何が続いたのか真耶と箒は気になるが、彼女が咳ばらいをしたので二人ともスクリーンに視線を戻した。

 

(それに、あいつ()が改修したISだ。何かが搭載されているかもしれん)

 

 いきなり倉持技研に姿を現し、白式の改修を申し出たという親友の事を思い出す。そんな親友が改修したあのISが、唯のISであるとはどうにも考えられない千冬だった。

 

「ん? 一夏のやつ、急に動きが良くなったぞ?」

 

 その呟きに俯き考え事をしていた千冬が顔を上げた。スクリーンに映る一夏は先程までのぎこちない動きをしていたが、まるで錆を落とした機械の様にスムーズに動き始めた。あのBT兵器の包囲網も軽々と避けられるようにもなっていた。

 

「山田くん、一次移行(ファースト・シフト)は完了したのか?」

 

 その見違える動きに内心驚く千冬はコンソールを操作する真耶に、白式の一次移行(ファースト・シフト)が完了したかどうか尋ねた。

 

「いえ、これは……まだ完了していません!」

「えっ?」

「なに?」

 

 その報告に千冬と、箒が驚きの声を上げる。

 明らかに動きが違うというのに一次移行(ファースト・シフト)が完了していない。確かに一次移行(ファースト・シフト)移行段階でも動きは良くなるが、同じISとは思えない程良い動きをしているというのに完了していない事には、疑問を抱かざるを得なかった。

 

 

 

 

(すげぇ……よく分からないけど、動きがかわった)

 

 操縦している本人、織斑一夏は白式の動きが格段に良くなったことを実感していた。

 

(あの『仮最適化』を訳も分からず使ってみたけど、賭けてみて良かった!)

 

 一夏は戦闘中、突然AIとハイパーセンサーが表示した『仮最適化』というボタンを訳も分からず押したが、そのおかげなのか白式が恐ろしく軽く感じセシリアの攻撃も思い通りに避けられるようになった。それだけではない。ブースターに使用するエネルギー量も減少し効率化が図られている。その為エネルギー残量50%でも元々の100%と変わらない状態だ。

 この仮最適化はクロエが提案しジャックがプログラミングした、いわば保険。一定基準にまで最適化(パーソナライズ)が完了することで使用可能になり、その状態の搭乗者(織斑一夏)とのシンクロ率を一致させるもの、簡単に言えばギアをチェンジすることだ。この機能のおかげで一次移行(ファースト・シフト)は完了せずともISとのシンクロ率は飛躍的に上昇し、水を得た魚の様に自由自在に動き回れるようになった。それだけではなく一次移行(ファースト・シフト)までにかかる時間の短縮という作用もある。

 

 この一夏の突然動きが良くなった現象は管制室の三人は勿論、観戦席に居る生徒たちだけでなく、対戦相手であるセシリアまでも驚かせていた。

 

(急に動きが……いったい何が起こっているんですの!?)

 

 動揺を何とかして隠しBT兵器の操作に集中するセシリア。しかし、先程まで当たっていた攻撃は簡単に避けられ、隙あらばこちらを狙おうとしている一夏に若干焦りを感じていた。それでも狙撃に関してはまだ命中する。ただし、直撃ではない。

 

(まるで人が変わったかのような……もしや、手を抜いていた(・・・・・・・)とでも?)

 

 もしも一夏がそんなことをしているとすれば、セシリアにとっては最大の侮辱。素人に毛が生えた程度の分際でありながら、代表候補生の彼女に対して舐めた真似をしているのだから。だとすれば……

 その瞬間彼女の頭の中で何かが切れ(・・)、血が沸騰するかのように熱くなり、スターライトmkⅢを握る腕がワナワナと震えはじめる。

 

(ゆ……赦せませんわ!!)

 

 彼女の誤解(怒り)はBT兵器にまで伝わったのか、それまで計算された連携をとっていた攻撃が途端に苛烈さを増し、狙撃もそれまでは追い詰めてから撃っていたのを止め、積極的に使用した。

 

「なっ!?」

 

 それまでのセシリアの攻撃とは全く異なる攻撃方法、一夏はレーザーライフルの狙撃に対応しきれず被弾し、その吹き飛ばされる。そして吹き飛ばされ宙を舞っているところにBT兵器の容赦のない猛攻を受けてしまった。

 

「うああああぁ!!」

「一夏ぁ!!」

 

 一方的に嬲られる一夏の痛々しい姿を見た箒は溜まらず悲鳴を上げてしまう。観戦していた生徒たちには、地に落ちてもなお一夏への攻撃を止めないセシリアの容赦の無さに目を覆い隠す者もいた。

 

 

 

 

「あなた、随分と面倒な真似をしてくれましたわね……」

 

 回線から聞こえたセシリアの声は、怒りなどと言う生易しい物ではなく、かといって獲物を追い詰める狩人の物でもなく、明確な殺意を持ったものだった。その冷たい声に痛みで意識を失いかけていた一夏は一気に現実へ戻される。それと同時にロックオンアラートが鳴り響き、うつ伏せの状態からスラスターを使用しそのまま上昇する。ふと先程まで倒れていた場所を見ると大きなクレーターが出来ていた。

 

「このわたくしに対して、素人の分際でありながら手を抜くなどと言う舐めた真似をしてくれましたわね……」

 

 セシリアの瞳を見た一夏は脂汗が体中の汗腺から噴き出るのを感じた。その瞳は怒っている千冬や、気に食わない人物を前にした束以上の、人殺しの目のように感じてしまう程冷たく鋭い物だった。

 

「手を抜いていたわけじゃない。こいつと少し慣れてきただけだ」

 

 セシリアが誤解していると分かった一夏はやむを得ず素直にそう言う。だが彼女はそんな応えを聞かされても怒りが収まることは無い。

 

「万全の状態で出てくると思っていましたが……その程度だという事でしょう……」

 

 諦めが混じった声色でセシリアはそう呟く。

 

「もういいですわ。こんな面倒な戦い、さっさと終わらせていただきますわ!!」

 

 セシリアにとって最早この試合は、何の目的を持たない面倒(・・)なものへと変わってしまった。それならばさっさと終わらせよう。そう考えた彼女は再びBT兵器による包囲攻撃を開始した。一夏のシールドエネルギーは風前の灯。それでも彼は諦めず、逆転の機会を窺う。

 

(あいつは今、怒りで冷静さを失っているはずだ……)

 

 一夏は四方八方から飛来するBT兵器の攻撃を何とかかわしつつ、今のセシリアの状態を整理する。

 

(だとすれば、どこか一瞬でもこの包囲網に穴が出来るはずだ。それまで耐えられれば!)

 

 だからこそ一夏は耐え凌ぐ。その僅かな一瞬を逃さない為にも、絶対に諦めたりはしない。

 BT兵器の攻撃は最初と比べると計算された連携は無くなり、殺意がBT兵器を通して分かる程の暴力的なものになっている。そのヒシヒシと伝わってくる殺意を頼りに一夏は攻撃を予測し、回避する。

 

(焦るな、チャンスは必ず来る!)

 

 一夏はBT兵器に視線をやりつつハイパーセンサーでセシリアと自分の位置を逐一確認し、包囲網に穴が出来るタイミングを見計らう。

 そして遂に一夏が待ち望んだ好機がやって来た。

 BT兵器の包囲網に粗が出来て前面部分にBT兵器が集中している。そのため一夏の後方に大きな穴が出来た。更にその穴はセシリアと直線状になっている。

 

(俺の武装はこのブレードだけ……だったら、近づかない事には始まらない!)

 

 今、この好機を逃すわけにはいかない、と一夏はスラスターにありったけのエネルギーを充填させた。そして限界まで膨れ上がったエネルギーを爆発させ、セシリアへと突撃する。先程よりも圧倒的な加速力、セシリアも見たことが無いその速さに若干遅れながらもレーザーライフルで迎撃した。

 

(来た!)

 

 しかし一夏は先程迎撃されたことを既に学習したのか、セシリアの精密射撃をその高機動下での強い負担の中、何とか回避しつつ彼女に迫る。

 

「まさか、もう避けられるようになりまして……ですが」

 

 セシリアは一夏が眼前に迫り来ているにもかかわらず、彼の学習速度に感心したかのように呟いた。

 

「うおおおおおお!!」

 

 セシリアに斬りかかる一夏。

 

「誘いに乗ってくださってありがとうございますわ」

 

 そんな彼に対してセシリアは腰部に装備されているBT兵器の銃口を目標(一夏)へ向ける。そして一対の銃口から光が発せられ、何かが射出される。恐らくハイパーセンサーが無ければ認識することは出来なかっただろう。

 

「なにっ!?」

「BT兵器は6機ありましてよ!」

 

 逆袈裟斬りの構えをしている一夏に2本のミサイルが高速で迫りかかる。スラスターの制御も直進だけを考えていたため今更横にそれる事も出来ない。

 このタイミングで一夏は、あのBT兵器の包囲網の粗はセシリアが意図して作り出したものだということに気づかされた。それと同時に怒りながらも冷静さを保てる彼女の、代表候補生としての実力を漸く思い知ったのだ。

 

 

 

 

「一夏っ……!」

 ブルー・ティアーズによって射出されたミサイルが一夏に直撃し、その爆発によって発生した光と炎、黒煙が彼を包む様子をモニターで見ていた箒の叫び声が管制室に響き渡る。同じくモニターを見つめている千冬と真耶も真剣な表情をしていた。

 

「……ふん」

 

 しかし突然一夏を包み込んでいた黒煙と熱気が弾けるように吹き飛ばされ、その中から現れたISの姿を見た千冬は鼻を鳴らす。

 

(機体に救われたな、馬鹿者が……)

 

 千冬は表情に出さずとも一夏が無事であった事に内心安堵した。

 そしてモニターを見つめていた二人もそのISの()の姿を見て息をのみ込んだ。

 

 

 

 そしてそれは、IS学園だけではない。

 

 

 

「漸く、か……時間が掛ったな」

 

 モニターを見ながらシャンパンを呷るジャックは、白式が一次移行(ファーストシフト)を終えたことに対してそう呟く。

 

「ん~。でも予定よりも10分近く早く終わったね。くーちゃんとジャックくんが組み込んだプログラムのおかげかな?」

 

 束もジャックと同じシャンパンを嗜みながら、一次移行(ファーストシフト)が予定よりも早く終わった事を不思議に思った。

 

「それにしても、あの金髪ドリル、チョロイかと思いきやなかなかやるみたいだね? まぁ、未熟者だろうけれど」

「あのまま試合が終わらなくて、本当によかった……」

 

 二人とは全く違う意見を述べるクロエ。それもそうだろう。

 あのまま試合が終了してしまっては、地獄の改修作業が全くの無駄なものに終わってしまう。そんなことになっては恐らく彼女は卒倒しかねなかっただろう。

 

「今までがあのISにとっての前座だ。これからが本領発揮っと言ったところか……」

 

 モニターを見つめ不敵な笑みを浮かべるジャックは右手に持つグラスに残っているシャンパンを一気に喉へと流し込んだ。

 何せこれから始まるのは、()(ジャック)、そしてその(クロエ)によって改修された怪物による一方的な蹂躙なのだから……

 

 

 

 

 セシリア・オルコットは目の前の存在(IS)に目を見開いていた。

 先程、黒煙が晴れる前まで彼女は勝利を確信していた。まんまと自分の策に引っかかったルーキー(一夏)に対してトドメを刺し、白式のエネルギーが0になるのをハイパーセンサーと、アリーナの電光掲示板に映されている情報で確認した。

 それが、だ。突然白式のエネルギーが急激に回復し、完全に回復したのだ。

 いったい何が起きた? セシリアが疑問に思っていると空中に漂っていた黒煙が吹き飛ばされた。

 

 そこにあったのは……純白(・・)

 

「これが……白式の本当の姿?」

 一次移行(ファーストシフト)を終えた白式のデータが映されているハイパーセンサーを見ながら一夏はそう呟く。それと同時に自分の四肢に装着されているISを直に見つめた。

 先程までの工業製品らしい直線的なデザインは一部残しているが、無駄な部分を絞り小柄になり有機物、生物を連想させる曲線のデザイン。淀む程の鈍色から打って変わって恐ろしささえ感じてしまう程の純白と青のディテール。胸部装甲は無くなり腕の稼働部分が増え、その代わりに出来た、恐らく整流目的の形状の背部装甲と、より巨大化した翼型のメインスラスター。

 これこそが白式の真の姿であった。

 

「まさか……一次移行(ファーストシフト)? あなた、今迄初期設定で戦っていたというのですか!?」

 

 セシリアは驚かずにはいられなかった。今の今迄戦ってきた相手は一次移行(ファーストシフト)どころか初期化(フォーマット)すら出来ていない状態だったのだ。

 それでいてあれだけの機動をとっていた。セシリアはその事実を知り一夏が搭乗するISに底知れぬ恐怖を感じ始めていた。

 一方の一夏は漸く白式が自身の専用機になった事を認識する。

 

(これでやっと、白式は俺の専用機になったわけか……)

≪最適化終了。現在使用している武装が変化しました≫

 

 一夏は白式に搭載されているAIの報告を受けハイパーセンサーに映るデータに視線を移し、その名称を思わず呟いてしまう。

 

雪片弐型(ゆきひらにがた)……」

 

 嘗て自身の姉、千冬がモンド・グロッソにおいて使用し絶対的な強さを誇った近接特化ブレード「雪片」。一夏とて今握っているブレードがその後継型であるということに気が付き、同時に()()も変わらず千冬に守られているということを思い知らされた。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

 セシリアも動揺から立ち直ると同時にBT兵器を呼び戻しスターライトmkⅢを構えなおす。

 

「結局、最後の最後までわたくしをコケ(・・)にしてくれるつもりでして?」

 

 相変わらずセシリアの怒気の籠った声を通信越しに聞いた一夏は、目を瞑り深呼吸をし、真剣な表情になる。

 

「守られっぱなしはもう終わりだ。俺も、俺の家族を守る」

 

 目を見開き、セシリアを睨みつけながら一夏はそう宣言する。それは彼なりの宣戦布告であり、決意の表明であった。

 

「そう……でしたら、そんなちっぽけな決意、簡単にへし折って差し上げますわよ!!」

 

 先に動いたのはセシリア。回収したBT兵器を分離、今度は一夏の死角へ回り込む様に大きく広がるように展開させた。そして彼女は展開している最中も構えていたスターライトmkⅢのトリガーを引いた。

 

(来る!)

 

 スターライトmkⅢの銃口が光ると同時に一夏は回避行動を取った。

 

「えっ?」

 

 セシリアがそう呟いてしまうのも無理はない。撃つ直前まで視界の中央に捕捉していた白式が、トリガーを引くと同時に視界から消えて居なくなった(・・・・・・・・・)のだから。

 直ぐにハイパーセンサーを利用し白式を再捕捉する。

 

「ただのまぐれ(・・・)でして!」

 

 再びトリガーを引く。そしてまた居なくなる(・・・・・)白式。

 

「!?」

 

 セシリアは絶対の自信を持つ狙撃が二度も回避されたことで、一夏がまぐれで避けたのではないということを理解してしまった。

 

(なんだ、これ……)

 

 驚いているのはセシリアと観戦している者たちだけではなかった。操縦者である一夏でさえ白式の大幅な性能の向上に目を白黒させている。

 スターライトmkⅢからレーザーの銃口が光ったのを確認した一夏は照準を少しずらして避けようとしただけだった。しかし彼が思った以上に加速性能があるらしく、気が付くとレーザーが通過した地点からかなり離れた場所へ一瞬で移動していた。そして二度目の攻撃も同じように避けようとすると、またも大きく離れた地点へ移動してしまった。

 

(すげぇ。重さが無いって言うか……人馬一体って、こういう事なのかな?)

 

 仮最適化を行った時よりも遥かに反応速度が向上していると一夏は実感する。それ以上にISを装着している実感が無い程の一体感に戸惑ってしまった。

 

(でも、これならば!)

 

 最適化(パーソナライズ)完了前ならば避けることも困難だったセシリアの狙撃を悠々とかわすことが出来る。一夏はこの試合に勝算があると自信を持った。

 立て続けに通過するスターライトmkⅢのレーザー弾。ただ回避するだけでは勝利することは無いと一夏は考えると、雪片弐型を両手で掴み直しブルー・ティアーズへと突撃する。

 

「うおおおおお!」

「なっ!?」

 

 セシリアですら予測できなかった凄まじい突撃速度。彼女ですら狙撃による迎撃が間に合わなかった。一夏もあっさりと彼女の懐付近に迫られたことに驚きつつも、漸く得られた反撃の機会を逃さないよう雪片弐型を握りしめる。

 

「はあああああ!!」

 

 一夏は咆哮を上げながら袈裟払いをセシリアに放つ。

 だが、彼女とて代表候補生。その一太刀が入ることはなかった。

 懐まで入られてしまった以上取り回しの悪いスターライトmkⅢでの迎撃は不効率、両腰部に装備しているミサイル型BT兵器で迎撃しても爆風による被害が自身にも及ぶため使用不能。そう分析したセシリアは空いている左手から武装を展開する。

 

「くぅ!」

「なに?」

 

 セシリアに斬撃を防がれ何が起きたのか分からない一夏。そこにハイパーセンサーが新たな武装情報を表示した。

 

 近接ショートブレード『インターセプター』

 

 一夏はこの時になってセシリアが握っている実体ブレードを目視した。それは近接戦闘を考えて作られたものとは思えない単純な構造をしており、威力も低そうだった。接近された際の迎撃用兵器ではないか、と彼は予想する。それに加え―――

 

(セシリアは接近戦慣れしてなさそうだな。腕が震えて(・・・)やがる)

 

 鍔迫り合う雪片弐型(織斑一夏)インターセプター(セシリア・オルコット)。方や両手で全身全霊を込める男性、方や迎撃するために利き腕ではない方で受け止める女性。

 力比べの結果は歴然だった。インターセプターを握るセシリアの左腕は一夏の力押しにギリギリ耐えているだけで、既に震え始めている。このまま押し込み続ければどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

(よし! なら、このまま……)

≪警告。BT兵器接近≫

 

 一夏が追撃を加えようとしたところで白式のAIがBT兵器の接近を伝える。すかさず彼はセシリアを突き飛ばし距離を取る。そして彼が居た場所に四本のレーザーが通過した。

 

(あの鍔迫り合いの最中に操作したのか……)

 

 セシリアの集中力の凄さに一夏は改めて感心した。

 今の反撃をかわされたセシリアは舌打ちするも追い払えたことに安堵する。

 

(下手に狙撃していても距離を詰められてしまいますわ……ならば)

 

 距離を取った一夏に対してセシリアはBT兵器による包囲攻撃を再開させる。一夏もそれに呼応するように回避行動へ移った。

 

(せっかく食いついたのにまたあれ(BT兵器)に取り囲まれたりしたら……こうなったら、やけっぱちだ!)

 

 高速飛来した4機のBT兵器が包囲網を完成させたが、一夏はその包囲網から抜け出そうとスラスターにエネルギーを集中させ、そして空を翔けた(・・・)。一本のレーザーが発射するのと同時にスラスターから青白い光の粒子が飛び散り、白式はそれまで以上の速度を叩きだしたのだ。そして悠々とBT兵器の包囲網を破ってしまう。

 

(そんなっ!?)

 

 包囲網を突破されたセシリアは急いでBT兵器に指示を飛ばし、一夏を捉えんとした。しかし捉えるどころかBT兵器が追い付けない圧倒的速度を白式は出しており、包囲網再形成は不可能になる。

 本国(イギリス)に居た頃からブルー・ティアーズと共に模擬戦を幾度となく行い、無敗記録を出してきたセシリア。勿論その対戦相手の中にはイギリスが開発した強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を用いた者もいた。そしてその高機動ISですらBT兵器で包囲し叩きのめしてきた。

 それなのに、目の前のISは高速機動可能なBT兵器を余裕で振り払う程の加速性能と最高速度を持っている。

 

(じゃあ―――あのISはいったい、なんなのですの!?)

 

 セシリアはここにきて白式に対して異様な恐怖感を抱き始めた。

 そしてBT兵器による包囲が不可能だと分かると、一定距離からの牽制攻撃に専念させる。今の一夏にとってはむしろこちらの方が厄介であり、近づこうとしても無駄に攻撃を受け続け気づかぬうちにエネルギーを削り取りかねないと予想した。

 

(あのBT兵器さえ何とか出来れば―――)

≪報告。特殊兵装の使用が可能になりました≫

 

 一夏が打開策を考えていたところに再び白式のAIから報告が入り、ハイパーセンサーに情報が表示される。ナイスタイミングだと思う反面、もう少し早いタイミングで使用可能になってほしかったと思ってしまう。しかし、これが反撃に使えるのでは、と期待を込めて情報に視線を移す。

 

(自動半自律攻撃兵器『イクシード(E)オービット(O)』?)

 

 詳細なスペックも表示されているが、生憎とレーザーの弾幕を必死に避けている今の一夏にそれを読む暇はない。

 

「何でもいい! EO、起動!!」

ROGER(了解)

 

 起動方法もよく分からず一夏がそう叫ぶと白式がその命令を受諾したらしい。その瞬間、「バシュッ!」という気圧が抜けるかの様な音と同時に整流用と思われていた背部装甲の一部がパージ、戦闘機のようなシルエットを持つ一対の小型半自律兵器が展開された。そして展開された自律兵器(EO)が自動でターゲット(BT兵器)をロックオンする。

 

「あれは、いったい?」

≪攻撃、開始≫

 

 セシリアの呟きに応える者はおらず、白式のAIの宣言と同時にEOの銃口から銃声と銃弾が連射される。手始めに一番近くにいたBT兵器を蜂の巣にし、全体が穴だらけになったBT兵器は黒煙を噴き上げながら落下し爆散した。

 

「そんな!?」

 

 セシリアが驚愕の表情を浮かべている隙にEOは次の獲物を捉え攻撃を続行する。我に返った彼女は直ぐに回避行動を取らせるが既に遅く、2機目のBT兵器も為す術無く撃ち落されてしまった。

 

「すげぇ……」

 

 使用している一夏も驚きの声を上げてしまった。なにせ彼はEOを起動させただけで全く操作はしていない。ハイパーセンサーに表示された通り自動で攻撃を行っているのだ。

 

「これなら、いける!!」

 

 EOがBT兵器を撃ち落としてくれるのであれば必要以上に恐れることは無い。一夏は再び肉薄せんとセシリアへ迫った。

 

(いけませんわ!)

 

 再び接近されてはもう一度引き離すチャンスは無いと考えているセシリアは、BT兵器に回避行動を取らせつつ一夏の側面と背後から攻撃を行わせ、同時に牽制としてスターライトmkⅢで攻撃を行う。だが―――突然ブルー・ティアーズのシールドバリアーに火花が飛び散り、シールドエネルギーが徐々に減らされてしまう。

 

「なっ! まさか!!」

 

 ハイパーセンサーで白式を拡大すると、一夏の背後を浮遊する2機のEOがセシリアをロックオンし攻撃しているのが見えた。だが一夏の顔はこちらを向いておらず、回り込ませたBT兵器を気にしているようだった。この時点であの自律兵器は自動で攻撃を行う、とんでもない補助兵器だということが分かった。問題なのは―――

 

「あの距離から当てられますの!?」

 

 一夏とセシリアの距離は先程よりは近づいたが、それでも充分距離は離れている。にも関わらずあの兵器は平然と狙撃するような距離であっても銃弾を当てることが出来るのだ。最早出鱈目どころではない。

 一方の一夏はISの操縦に慣れてきたことに加え、狙いが粗いことでスターライトmkⅢの攻撃を簡単にかわす。しかしBT兵器が死角に回り込んでいることが不安要素になっていた。

 

「ちくしょう、どうにかできないか?」

 

 そう呟いたのと同時にEOの1機が180°転換、彼の死角に回り込んでいたBT兵器に対して攻撃を開始する。多角直線機動をとっているため当たるかどうか心配したが、彼の心配など知らぬ顔でEOは残っているBT兵器を的確に撃ち抜いた。

 

「ああ!!」

 

 今度こそセシリアは認めたくないとばかりに悲鳴を上げた。BT兵器に絶えず多角直線機動をとらせていたのだ。普通の人間であれば機動を予測して撃ち落とすことなど出来ない。なのに、あの自律兵器はBT兵器の移動先を予測し攻撃したのだ。

 1機目と2機目、そして本体(セシリア)への攻撃は仕方ないと思っていた。何せ回避行動などとらせていなかったのだから。そして自身も動きをとらず固定砲台化していたのだから。

 だが、今のは、いくらなんでも……

 

≪報告、EO残弾数ゼロ。格納します≫

「ええ? もう?」

 

 気づかぬうちにEOはかなり攻撃していたのだろう、300近くあった銃弾を全て使い切ってしまったらしい。一夏からすればそれほど展開していたとは考えられず疑問を抱いてしまった。

 射撃武器は無くなってしまったが、それに引き替えBT兵器が無くなったことで不安要素が大幅に減った。一夏は今度こそとばかりにセシリアへと飛びかかる。

 セシリアもまだ残されている攻撃手段を使って迎撃を行う。レーザーライフルで出来るだけ接近までの時間を稼ぎミサイル型BT兵器で引き離す算段だった。

 

「クソ、ミサイルが!」

≪ミサイル迎撃装置、作動≫

 

 ブルー・ディアーズのミサイルの接近を感知した白式はショルダーアーマーから小さなレーザー装置を展開させ、そこから細い2本の金色に輝く光の線が放たれる。それらは飛来してくる2本のミサイルに照射され、ミサイルの信管を起動させることなく小爆破に収め迎撃した。

 その光景をセシリアは、呆然としながら見つめていた。

 

 現行で最速を誇る機体性能。

 自動で、しかも相手の移動先を予測し、高精度で攻撃する自律兵器。

 ミサイルに対する防衛手段を備えている機体構造。

 

 こんなIS、どの国だって実用化出来ていない。BT兵器だって漸くセシリアの使用している試験型がロールアウトされたばかりだというのに。

 

 あの自律兵器はいくらなんでも卑怯ではないか。

 

 あの機動力は卑怯ではないか。

 

 あの防衛能力は卑怯ではないか。

 

 持てる手段を用いても、一次移行(ファーストシフト)を終えた白式に傷一つつけられない。セシリアは抱いていた恐怖が一転し、諦めの境地に入ろうとしていた。

 だが、そんな彼女を現実へ連れ戻したのは、対戦相手であった。

 

「はああああ!!」

 

 いちいちうるさい、と思っていた一夏の雄叫びが、皮肉にもセシリアを我に帰らせるきっかけになった。

 気づいた時には白式がかなり迫ってきており下段の構えをとっていた。そして何よりも目についたのは握られているブレード。実体の刃部分が展開され、その中から青いエネルギーブレードが発生していた。

 

(まさか、あれは)

 

 そのブレードを見ているものはその名を知らぬはずがない。IS操縦者であれば映像記録で一度でも見たことがある武装。そして、その武装が持つ特殊能力―――

 

「零落白夜!!」

 

 今まさにセシリアに逆袈裟払いを放とうとしていた一夏が彼女の口から出された技の名を聞いた瞬間、世界が停滞し始めた。

 

(零落白夜って、確か……)

 

 この一週間、一夏は箒から剣道を教わる以外にも自身でISの資料を図書館から借りるなどしていた。そしてその資料の中から、今迄知ることの出来なかった千冬のモンド・グロッソでの活躍を改めて学ぶことが出来た。

 その千冬に関する資料で必ずと言っていいほど出てきたのが「雪片」であり、「零落白夜」であった。

 

(シールドバリアーを無効化して攻撃出来る最強の攻撃。でもそれは―――)

 

―――絶対防御すらも切り裂くことが出来る―――

 

 それを思い出した時には既に雪片弐型を振い始めていた。焦りの表情を浮かべる一夏。このままでは刃が直撃してしまう。

 

(間に合え!)

 

 一夏は咄嗟に腕を引き、少しでも雪片弐型の刃がセシリアに当たる確率を減らす。そして振るわれた雪片弐型はブルー・ティアーズのシールドバリアーを引き裂き、セシリアが盾にしているスラーライトmkⅢの銃身を真っ二つにする。その勢いは止まらず、剣先は絶対防御をも突破しセシリアの左頬に火傷痕を作り、更には左右揃えていたロール状の横髪の左側をも切り落としてしまう。

 

 静寂に包まれるアリーナ。

 

 当然だろう。ISの最大の特徴である“完全無比な防御力”を無効化し、操縦者へ直接攻撃してしまったのだから。

 自分がしでかしたことに動揺する一夏。だが試合は終わっていない。セシリアはこの最大のチャンスを逃す程覚悟の無い代表候補生ではなかった。セシリアは真っ二つにされたスターライトmkⅢのプログラムにアクセスし、最後の手段に出る。

 ISを通してセシリアがスターライトmkⅢのプログラムを変更すると、突然銃床部分の装甲がパージし、保護されていた装置が露わになった。

 破損したスターライトmkⅢをハンマーの様に握るセシリア。それと同時に銃床部分にエネルギー状の刃が生成され、未だに動揺から立ち直れていない一夏に対してセシリアはエネルギーの刃を振った。

 

「はあああああ!!」

 

 その一振りを一夏が避けられるわけもなく直撃する。そしてセシリアはトドメと言わんばかりに残っているブルー・ティアーズのエネルギーを銃床のエネルギーの刃へと回し、渾身の突きを放った。

 腹部から伝わる凄まじい衝撃に一夏は一瞬嘔吐感を覚える。だがその痛覚も直ぐにおさまった。

 

≪エネルギー残量、0%。地上へ降下します≫

 

 白式のAIが今の攻撃でエネルギー残量が無くなったことを告げ、予備エネルギーを使用し地上へとゆっくり降下していく。それと同時にアリーナから試合終了を告げるブザーが響き渡った。

 元々白式が持っている雪片弐型はその前身である雪片と同じく、自身のシールドエネルギーを利用して攻撃する諸刃の刃。先程の攻撃をした時点で一夏は気付いていなかったがかなりエネルギーを使用していたため、あの程度のセシリアのカウンターでエネルギーが尽きてしまったのだ。

 

「勝つには、勝ちましたけれども……」

 

 セシリアは肩で呼吸をしながらそう呟くと同時に、こんな足掻いての勝利になってしまうとはと、思ってしまった。

 

「情けない姿でして……」

≪オルコット、聞こえるか?≫

 

 セシリアが若干の自己嫌悪に陥っているところに管制室の通信で千冬の声が耳に入った。

 

「は、はい。なんでございましょう?」

≪済まないが織斑をピットへ運んでやれんか? エネルギーが尽きてISが解除されてしまっていてな≫

 

 千冬にそう言われセシリアは地上を見る。確かにそこにはISが解除され、自分と同じように肩で呼吸をしながらグラウンドに座っている一夏の姿があった。

 

「……分かりましたわ」

 

 教師に言われては仕方ないと思いセシリアは千冬の指示を受け入れグラウンドへ降下し、そして言われた通り一夏を抱え彼が出撃したピットへと向かった。

 

「セシリア」

 

 ピットへと向かっている最中一夏に声を掛けられたセシリアは無言のまま彼の顔を見る。その顔は後悔というものを言い表している表情をしていた。

 

「……すまない」

「……? なにがですの?」

 

 突然出てきた謝罪の言葉にセシリアは疑問を浮かべてしまう。

 

「俺がちゃんと雪片弐型の特性を知っていれば、お前の髪の毛を切り落とすことも、お前の顔に傷を付ける事もなかった。だから、すまなかった!」

 

 一夏にそう言われセシリアはハイパーセンサーで自分の頬を見る。一夏に言われた通り細い火傷痕が出来ていた。少しだけ軽く撫でてみると、今迄脳内麻薬の影響で痛みを感じていなかったが、確かにヒリヒリと火傷をしたような痛みが伝わってきた。

 

「気になさらなくて結構ですよ」

「でも、女の命の髪と顔を傷つけたのは―――」

 

 謝罪を続けようとした一夏の唇にそっとISの指を当てた。

 気が付けば、もうピットから伸びている滑走路に到着していた。セシリアは一夏をゆっくりと優しくその滑走路へと降ろす。

 

「わたくしは代表候補生。そうである以上傷がつく事には慣れていまして。それに、ISの登場で医療技術が発展したおかげでこの程度の火傷痕ならばすぐに消えますわ。髪の毛も禿げている訳ではありませんので、また伸ばすまでですわ」

 

 だからお気になさらずに。

 セシリアは一夏にそう言うと身を翻し、対面にある自身が出撃したピットへと戻って行った。

 その道中彼女は頬に出来た火傷痕を撫でていた。ヒリヒリと痛みが伝わってくるがその表情は屈辱でも苦痛でもなく、疲れてはいるがどこか少し嬉しそうな、そんな表情を浮かべていた。




オリジナル設定
≪白式≫
 表向きは倉持技研が開発したとされているが、実際は欠陥機だったのを我らが天災、篠ノ之束とジャック・Oが主体となって改修したナニか。
 一夏とのシンクロ率を高める為に以前一夏から採取した遺伝子情報をプログラムに組み込むことで、動作のラグを極限まで減らしている。また、ISの生体補助機能もそれによって一夏用に特化されており、通常のISでは考えられない身体再生、保護機能が備えられている。
 ジャックとクロエの手によりACの頭部パーツに搭載されているAIを再現した物を搭載されているが、これは音声による情報伝達だけではなく、操縦者に負担が掛かる姿勢制御などのサポート機能も備えられており結果的に一夏にかかる疲労も格段に抑えられている。
 束によって開発されたIS用EOは、ジャックのアドバイスによりリボルバー銃と同じく銃弾の口径さえ合えば射撃可能という信頼性の高い構造になっている。使用可能な銃弾はIS学園が標準装備として採用しているIS用突撃銃と同じものなので補給の心配をかけずに済むのも、ジャックの提案によるもの。

≪スターライトmkⅢ≫
 ブルー・ティアーズに搭載されている大口径特殊レーザーライフル。
 セシリアが常々提唱している、一つの武器に複数の武装と機能を持ち合わせる≪複合武装化計画≫の一環でセシリアが独自の改修を施している。
 その一つが銃床に大型レーザーブレード発生装置を組み込ませるもので、これによってインターセプターを展開せずとも接近戦を可能にさせようと彼女は考えている。
 他にも銃口付近にレーザーブレード発生装置を組み込ませ銃剣にしたり、グレネードライフルを組み合わせるなどのプランがセシリアの頭の中にはある。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。