ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄 作:バカヤロウ逃げるぞ
生徒会長は更識楯無…ではなく梧桐勢十郎と思った自分は、
ISをそこまで愛していないのでは、と思ってしまった。
「凄い……これが、AC……!」
太平洋上に浮かぶ小さな孤島郡。天気は晴れ、気候も快適。もしここがリゾート地であるならば、多くの人がここで過ごしたいと思うだろう。
そんな心落ち着く癒しの空間に、あり得ない物が存在していた。
そう、フォックスアイである。
あのクロエがわがままを言った後物凄い速さで工作を束が行った結果、二日後にプログラムを完成させてしまったのだ。それを知ったジャックが、その熱意を改修作業に全てぶつけてくれれば私は楽が出来るのに、と愚痴を零したのは別の話。
そして今日、プログラムを作動させフォックスアイを稼働させることになった。また今回は運動データだけを収集する目的であるため、全ての武装を解除した状態にしてある。その為か通常モードだが武装して戦闘モードによって運動性能を上げた状態よりも遥かに速く動くことが出来た。
≪クロニクル、大丈夫か? コックピットでなくて良かったのか?≫
「はい、ジャック様。出来れば、こうやって風を感じたいのです」
通信機を通じてジャックが心配そうに声を掛けてきたので、クロエは興奮しつつフォックスアイの
◆
クロエはかねてより見てみたかったというフォックスアイの動く姿に、それは大興奮だった。最初はモニター越しだったが生で観たいと言い出し、束も承諾し器材を持って研究所の外に出て実際に動いている姿を二人そろってその眼に焼き付けた。
普段は倉庫で仰向けになっているだけの鋼の巨人。それが青空の元で自由自在に飛び回っているのを見てクロエは見ているだけでは気が済まなくなり始めてしまった。
クロエの次の提案には流石の束も顔をひきつらせた。何故ならISを展開してフォックスアイに掴まっていたいと言い出したのだから。
ACは装甲表面に展開する防護スクリーンによって搭乗者へかかるGを軽減させているが、その範囲はISの様に周囲に展開するものではない。服の様に装甲表面に薄く展開されるのだ。つまりクロエがフォックスアイに掴まったりしたら、そのGはジャックの様に軽減されることは無くISによって軽減されるだけのものになるだろう。
危ないから止めろ、と珍しく同意見になった束とジャックがクロエを制止させようとしたが、興奮から冷静さを欠いたクロエも頑なに二人の静止を振り払った。
「私の操縦の腕前が、クロニクルの安全にかかっているというのか……」
離陸前にジャックはそう呟いた。
結局クロエに押し負けられた束とジャックは身の安全を第一にした機動しかとらない事を条件にフォックスアイの右肩に乗ることを承諾した。勿論束は離陸前に、ジャックにはクロエに危害が及ばないようにと言い、クロエには少しでも気分が悪くなったらジャックに告げるようにと口酸っぱく言った。それはまるで、叔父とアウトドアに出かけるわが子を心配する母親の様だった。
◆
クロエと同期化しているISコアは一応ISとしての機能も兼ね備えている。現在PICを機能させ襲い掛かるGと突風の大半を軽減させていた。
クロエにとってはそれすらも新鮮で、興奮を掻き立てるものだ。しかし物足りなさを感じているのも事実。
フォックスアイの機動は束に釘を刺されたこともありかなりの安全運転であることが少々不満だが、本格的な戦闘機動となると束の心配性が激しくなると思い、クロエはこれ以上の激しさは求めるのは止めておく。
だがそれはむしろ向こうからやって来た。
≪クロエ、これよりOBを起動させる。直線的な動きになるが先ほどよりもキツイGがかかるぞ。行けるか?≫
通信からジャックがそう告げてきた。
いよいよフォックスアイの最大出力を体感する時が来た。今使用している
≪くーちゃん、いくらISでGが軽減されていると言っても、振り落とされるかもしれないからしっかりと掴まっているんだよ!≫
ジャックの警告を、無線を通じて聞いていた束がクロエを心配して声を掛けてきた。
「大丈夫です、束様、ジャック様。覚悟は出来ています」
しかしクロエは二人の心配に対して自信に満ちた声で答える。
≪……了解した。しっかり掴まっていろ!≫
ジャックはそう告げるとブーストペダルとは別の、少し重みのあるペダルを踏みしめた。するとコア後方にある装甲が展開され、コアに内蔵されているOB用ブースターの大型エンジンが露出した。
そしてそのエンジンはまるで呼吸するかのように熱と、黄緑色の光を収束させていく。
(……来るっ!)
クロエは光が収束し終え一瞬消えたのを見ると、フォックスアイの肩に取り付けられている整備用のフックを一段と強く握りしめた。そしてその直後……
(ッ!! うぐぅっ!!)
今迄溜めこまれていた熱と光が一気に放出されると、凄まじい轟音と共にフォックスアイはその巨体を瞬時に900km/h以上の速度を叩き出す。
フォックスアイに装備されていた重武装を全てパージしている上に、この世界に来たことによる性能の総合的な向上によって、元居た世界ではあり得なかった機動力を持つようになった。
その速度の中でクロエは必死にフックを両手で掴んでいた。
最初は、それまでせいぜい300km/h程度の速度しかなかったものが、いきなりOBによる劇的な加速を体感することになり、押しつぶされそうな感覚に襲われた。しかし数秒が経過するとクロエもISもその速度に慣れてきたのか、それまでのGは感じることは無くなった。
≪大丈夫か?≫
ジャックが心配して声を掛けてきてくれた。
「……」
≪く、くーちゃん!? 大丈夫!?≫
「……大丈夫です。慣れてきました」
応答が無かったので何事かと束が心配して声を掛けるが、その直後にクロエから無事である答えが返ってきた。頭に血を回すことに必死になっていたため、中々返答出来ずにいただけだ。
ISコアによる補助と、酸素が体中に正常に回ったことで視界がクリアになる。
次々と横切る雲。
広い青空と同じく青い海。
果てしない地平線。
そして自分たちの上で輝く太陽。
生まれて初めて見る“空”。クロエはその絶景に目を奪われてしまった。
◆
地上、孤島の浜辺では、直射日光を避けるように設置されたビーチパラソルの下で、束は折り畳み椅子に座りながら空を自由自在に、ISの様に飛び回るフォックスアイを見上げていた。膝元には空間投影式のスクリーンとコンソールが展開され、回収されるクロエのバイタルデータと、フォックスアイの稼働データが映し出されていた。
(くーちゃん……バイタルデータでは一瞬危なくなったけど、今は大丈夫そうだね)
スクリーンに映し出されるクロエのデータを見て異常がないかをチェックするが、特に問題は見当たらなかった。強いて言えば、ISで修正できる程度の興奮状態にあるだけだ。
(にしても、OBの加速性能っていうのは、ISで言えば瞬時加速に似ているねぇ)
クロエの安全を確認した束は続いてコンソールを操作すると、先ほどから送られてくるデータのログを表示する。
スクリーンに映される膨大なログの海。一秒以下の時の刻みでログが更新されていく中で、束は素早くフォックスアイのOB起動時のデータとその時のクロエのバイタルデータを割出し、拡大表示した。
クロエがOB起動時に体感した負担を表示したグラフを見つめながら、束はもう一つ別のスクリーンを投影させるとそこに別のバイタルデータを表示する。それは、数年前に束が千冬から採ったISの稼働データだった。その中に瞬時加速で千冬にかかった負担も蓄積されていた。
(これがちーちゃんが使用した瞬間のデータ。んでこれがくーちゃんが体感したデータ……やっぱり、似ているねぇ)
束はグラフを表示したスクリーンを重ねてみた。すると千冬が瞬時加速を使用した際の負担と、OBの急加速を受けたクロエの負担がほぼ一致していた。
そうと分かってしまえばOBの再現と運用方法には目処がつく。後はどうしてくれようか? と束は悪い笑みを浮かべた。
(フッフッフッ……それに、くーちゃんのバイタルデータだけを採取しているわけじゃないし)
束は2人のバイタルデータを映しているスクリーンを閉じると、それとは別のログが表示されているものに視線を移す。そこに次々と蓄積されていくのは、今空を飛び回っているフォックスアイのデータだった。
(いやぁ、これは本当に有難いね。こうも次々とACのデータが入手出来るんだから)
勿論ジャックがクロエの願望の建前として提示したフォックスアイのデータ回収も束は怠ることはしていない。何せ動かそうと思っても環境を整えるのも大変であるし、予備パーツが未だ製造出来ていないことからジャックが起動を渋るため、そんな機会が訪れることはなかったからだ。
この日の為に短時間でどれだけの労力を費やしたことか。どれだけこの
◆
大まかな事後処理は意外と呆気ないもので、束が各国の衛星に気づかれることなく侵入し
「……クソ、はしゃぎ過ぎたか」
だがジャックだけは暗い表情をしていた。
全体的な性能が向上し全ての武装を外し軽量化されたフォックスアイにどれ程の機動力があるのか、ジャックはその限界を知っておこうとクロエを乗せた状態だったが様々なマニューバを繰り広げてしまった。その結果格納庫へと帰還し、フォックスアイを再び仰向けにして機器に接続し消耗度を調べ、苦難の表情を浮かべる。
フォックスアイのパーツは未だに製造出来ていない為、整備は倉庫に転がっている機材から規格が合うものを探し出し、それを使用するという状態だ。強度は二の次。そうしなければ見つからないからだ。
純正品を使用していないことにより今回の消耗具合は、もう紛い物で誤魔化せるものではなくなってしまっている。
(やはりクロニクルを抑えれば……いや、今回の件でデータを回収出来たと博士は大いにはしゃいでいたな。とすれば、パーツの製造も早まるかもしれん)
そんなに事がうまく進む確証は無いがジャックはそう考える。否、考えざるを得ない。あのジャックですら現実逃避したくなる程フォックスアイの状態は酷いのだ。
ジャックは頬を両手で2回叩くと、やらないよりはマシと思いフォックスアイの整備に取り掛かる。
≪ジャックく~ん、聞こえる~≫
意を決してジャンクの山へ足を向けたところで束から渡された端末に連絡が入る。二言目は言わせまいとジャックはすかさずポケットに手を入れ端末を取り出し、耳に当てた。
「どうした、博士。トラブルか?
≪トラブルっていうわけじゃあ無いんだけど、IS改修のプランを一部変更しようと思ってね。そこで……≫
それ以上は聞く必要が無い、と言うかのごとくジャックは喋り続ける束を無視して端末の通信を切り、速足で研究室へ向かった。
束の目的などジャックには予想がついていた。大方、無謀なプランの変更でもしようとしているのだろう、と。
納期も迫っているこのタイミングで、何故そんな愚行に走るのか? ジャックには甚だ理解出来ない事である。本来ならばあのタイミングで端末に向かって怒鳴り付けたくもなった。
しかし束とジャックは雇用者と被雇用者、いわば主従関係にある。下手をしたら追い出される可能性が無いとは言い切れない為、主である束の依頼には応えなければならない。
怒り心頭のジャックはしかし、主である束の無茶を嫌々聞き入れることを決意し、足の速さを更に速めた。
その表情は冷たい仮面の様に、一切の感情を表していなかった。
研究室の扉の前に立つと束が操作したのか、自動的に扉が開く。研究室には椅子に座りコンソールを操作する束と、機材を操作しているクロエが居た。
「もうジャックくん! なんでいきなり電話を切る……」
入室してくるジャックに向って椅子を回転させ束はそう言うが、途中で口を止めてしまう。研究室の明かりに照らされたジャックの顔には、一切の表情が含まれていなかったからだ。同じくジャックの表情を見たクロエも、作業中の手を止めてしまった。
(ヤバイ……怒っている)
これまでの生活でジャックは怒ると無表情になるというのは、束は既に学習済みだ。一番生命の危機を感じたのは、あの夫婦発言の時だろう。あの時よりまだ感情が感じられる分、まだマシなのかも知れないが、無傷で済む確証はなかった。
「……あのさ、アイスティーしかないんだけど」
「用件を聞こう」
飲み物でも出してジャックを落ち着かせようと企む束であったが、それをバッサリと切り捨てられてしまった。こうなってはもう荒療治を覚悟で素直に全てを話した方が良さそうだ、と束は苦笑しつつも固唾をのみ込む。
「いっくん専用のIS改修、ちょっと追加したい機能があるの」
「それでその機能を追加するためのプログラムを構築する期間は? 実装する開発期間は? デバッグの手間は? どうするつもりだ?」
束がひと言言っただけでこの有様だ。相当怒っていることを再認識した束は落ち着かせるかのように一つ一つ説明することにした。
「まぁまぁ、今回は無茶をいう訳じゃないから、ちょっと落ち着いてほしいな。追加したい機能っていうのは、フォックスアイのデータログから見つけたジャックくんのアドバイスに応えられるものがあったんだよ」
「ほう……して、その機能とは?」
以前一度ログを見せたことは覚えているが、その中に使えそうなデータがあったかどうかジャックは回想する。
「これだよ、これ」
ジャックが答えるより先に、束は空間投影ディスプレイにそのパーツを表示した。それは。
「CR-C89E……」
「そう、イクシード・オービット。これなら、これならあるいは……」
射撃武器の一つも付けていないという欠陥をジャックに指摘されて以来、束は何とかして
しかし先程のフォックスアイの稼働によりACのパーツデータを多く回収できたこともあり、フォックスアイが搭載していないパーツも大体は理解出来るようになった。そう言うこともあり、今一度ログを参照し、搭載出来そうな射撃武器を探した矢先に見つけたのがこれだった。
「搭載可能かどうかはシミュレーションで証明済み。ちょいと作業が増えるけど、ジャックくんのアドバイス通り何とかできそうだよ」
「……」
自分がああ言ったのがきっかけでこうなったか、とジャックは多少後悔する。しかし束の言うとおり
だが、ジャックにとって他人であるはずの一夏を苦労してまで助ける道理があるのかどうかを考えると、複雑な気持ちにさせられてしまった。
「私への負担が増えるのか……困ったものだ」
「でもやってもらうと束さんとしても助かるんだよ。改修作業が終わったら、フォックスアイの予備パーツの製造も加速化出来そうだし~」
束は純正品のパーツを開発出来る状態までこぎつけているらしく、この作業をさっさと終わらせればフォックスアイのコンディションをベストな状態へと戻せると考えると、断りづらくなる。ジャックはどうせ断る権利もないことを思い出し、渋々頷いた。
「分かった。だが、私とクロニクルを過労死させるなよ」
「大丈夫、大丈夫。束さんもちゃんとやるって」
その軽いノリの返答に、激しい不安をジャックは抱かざるを得なかった。
◆
時は経ち4月。日本では新学期が始まる月として認識されている、ある意味特別な月でもある。
束の研究所ではそんなことは関係ない……筈だったが、住人である三人は、研究室に缶詰め状態になっていた。
「クロニクル、修正データが完成した。転送するから、ISコアと確認を取ってくれ」
作業服でコンソールを素早く操作するジャックは、ISに搭載するEOのデバッグ作業を行っていた。
あの束の申し出を受け入れたジャックは、その日からEOの実装作業に当たることになった。その過程は正しく、忙殺と言っていいものだった。
EOを搭載するにあたって、まずはそれまで組み込んできたデータをほぼ白紙にしなければならない事を告げられ、次に一からEOを組み上げる必要があり、最後に膨大なデバッグ作業が待っていた。
強化人間である筈のジャックが、過労で幾度も倒れそうになる事態が多発したことから、その改修作業の過酷さが窺えるだろう。
現在はデバッグも終盤にかかっており、クロエが割出すエラーを束とジャックが修正し、そのデータをクロエに転送し彼女がインストールするという作業を行っていた。
「……はい、データ修正を確認しました。問題ありません。」
「分かった。博士、そちらはどうなっている?」
今送ったデータに問題が無いことを確認したジャックは、次のデータの修正作業に取り掛かる前に、束に声を掛ける。
同じ作業、いや、それ以上の作業をしているのだ。ひょっとしたら自分以上に負担が掛かっているのでは、と心配しての配慮だった。
しかし束からは返答が無い。
「……博士?」
不安に思ったジャックは一度椅子から立ち上がり、束の様子を窺う。
もしかしたら、疲れで寝ているかもしれない。そうなれば叩いて起こそう、と思いジャックは束の真後ろまで向かったところで、何が起きているのか理解した。
「えへへ~、箒ちゃんその制服似合っているよ~。あ~もう今すぐ会いに行きたいよ~」
別に体調が悪いわけではなかった。
恐らくIS学園に侵入させていたカメラを通じて入学式を終え、1年1組の席に座っている束の妹、篠ノ之箒の姿を見て我を忘れデレデレになっていた。
「……」
予想外。
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこのこと。
ジャックは錆びたブリキのおもちゃの様に首をクロエの方へ向ける。
「……」
クロエは何も言わずに頷いた。
つまり……“殺れ”と。
ジャックは一度彼が作業していた椅子まで戻ると、椅子の下にしまっていた
それを確認したジャックはフライパンを何回か掌に叩くと、大きく振る。
「ぐへへへ、もう箒ちゃんったら、そんなツンツンな態度じゃあいっくんは落とせないよ。もっと束さんみたい……」
◆
「あ、頭が……割れる……」
三人は作業を中断し、休憩がてら軽食を取っている。研究室に簡易テーブルを設置し、その上には色とりどりのサンドウィッチが並べられている。材料はジャックがンジャムジから貰ったものの余りを使用し、パンはジャックからレクチャーを受け確実に進歩しているクロエが作ったものを使用している。
ジャックとクロエは何も言わずに小腹を満たすべくサンドウィッチに手を伸ばし、それらを口に運ぶ。パンによって乾燥する口内を、これもンジャムジから貰ったジュースで潤した。
そんな中束だけが頭の上に氷嚢を乗せ、両手でそれを押さえうずくまっていた。
「さ、流石に縦はないよ、ジャックくん」
「黙れ。まだ口答えする気か?」
先程意図的なサボタージュを行った束に対して、ジャックとクロエによる制裁が加えられたわけだが、今回は今迄とは一味違う。
以前であればジャックはフライパンの底で束の頭部を打撃していたが、今回ばかりはクロエの怒りも込めてフライパンの側面による強撃を行ったのだ。その為研究室内には普段のフライパンの底から発せられる音ではなく、響の悪い鈍い音が広がった。
「だってまだ頭がジンジンして痛いんだもん」
「その責任は束様にあると考えられますが?」
「ちょっ!? くーちゃんまで!?」
今回ばかりはクロエも束を庇う気はしなかった。
何せ納期目前であるにもかかわらず、溺愛する妹の映像を見て欲望を満たしていたのだから。
忙殺されそうなクロエからすればそれは、万死に値する行為だと言えよう。
「ちょっと、束さんの味方はこの場にいないの!?」
「逆に訊こう。いると思うのか?」
「ありえません。理由はおわかりですね?」
二人からの総攻撃を受け轟沈する束。
しかしそれは当然の結果、自業自得でしかない。
床に沈み込む束を尻目に二人はせっせとサンドウィッチを口に運ぶ。
「ところでクロニクル。現状で残っているバグはどのくらいか、わかるか?」
「目立ったバグはほぼ抹消しました。あとは細かいプログラムの修正くらいです」
ジャックはクロエの報告を聞き、もう少しでこの作業が終わることを思うと些か気が楽になる。
この改修作業に付き合わされてから社畜というものがどの様なものか、身を以て知ることが出来たのは無駄ではない、と思いたかった。
クロエはジュースをお代わりしようとボトルに手を伸ばすついでに横目で地にひれ伏している束を見る。まだその姿勢のままなのか、と思ったが、よく見ると僅かながら顔の辺りから光が漏れている。
「束様……?」
「えっ……? あっ!!」
反応してしまったが最期。束が顔を上げた瞬間にジャックは素早く空間投影ディスプレイを
「貴女は……恐ろしい人ですね」
「
ディスプレイに映っているのは先程と風景が少し変わっているが、妹の箒を映していることには変わりなかった。
「いや、あの、その……」
束は冷や汗を垂らしながら見苦しく弁解しようと試みる。
「……? あれ、何もしないの?」
追い打ちが来るかもしれないと身構えていたが、ジャックとクロエは先程とは異なり溜息を吐くだけで、実力行使はしなかった。
「仮にも今は休憩中。ならば別に構わない」
「私もジャック様に同感です」
許す、と言うよりは投げやりな感じに吐き捨てる。二人共、恐らく束の
二人からの制裁が無いことに安堵の溜息を漏らす束を他所に、ジャックはディスプレイに映る篠ノ之箒と、織斑一夏を観察する。実際に会って話をすればどの様な人間がすぐわかるが、二人の会話内容と風景を見るだけでも粗方予想が出来る。
「それにしても、再会していきなりあのように言えるとは……女を口説くのに慣れているのか?」
IS学園に潜入させたカメラには高性能集音機も備わっており、箒と一夏の会話もバッチリ拾っていた。その会話の内容を聞いたジャックはそう呟く。
「いやいやジャックくん。残念ながらいっくんは自覚しないであんなことを言えちゃうんだよ。しかも超が付く程の鈍感」
「……」
ディスプレイに視線を戻したジャックはそのまま固まったかのように動かなくなる。
一夏の容姿は上々。外は女尊男卑らしいがこれだけの眉目秀麗で、しかも性格も束からの伝聞と、先程までの話し方から予想してンジャムジと同類、清く人当たりが良いとなると充分生きていけるだろう。
そんな彼が鈍感であるとしたら、無用意に女性に好意を抱かせ、それに気付かずに他の女性にも好意を抱かせるというスパイラルを繰り返し、やがて好意が憎悪へと変わり、その津波に飲まれてしまうのではとジャックは想像してしまう。
質が悪い。
それがジャックの一夏に対する素直な感情だ。
「……だが、そうでもなければ女性だけの環境では生きていけない、か……」
しかし必ずしも鈍感であることが悪いことかと言えば、そうではないとジャックは思う。
多くの好意に揉まれ気を病むというのは限りなく低い確率になるだろう。
鈍感であるがゆえに下手に下心を持つことなく優しく人と接せるだろう。
女性だけで同性が居なくとも、多少は上手くやっていけるだろう。
一夏が自分の様に鋭い男でなくてよかったと、ジャックはそう思う。
(しかし、
一夏の観察を終えたジャックは箒に視線を移すも、最初に思った評価がそれだった。
先程からの一夏に対する態度は思春期特有の反動形成のものと予想できるが、少し度が過ぎているところがあるように見えた。あの様子ではいつか問題を起こすだろう、とジャックは思う。
そしてもう一つ気になるのが、箒の目付きだ。
確かに彼女の目付きは他の女子と比べると鋭い。だが問題はそこではない。
その瞳に隠された彼女の心。
それが、嘗てジャックが見たことがある人物のモノと非常に似ていたのだ。
「……似ている」
「ほぇ? 何が?」
ジャックは思わず呟いてしまった。それほど
「なに、博士に似ていると思って、な……」
「でしょでしょ~!」
束に尋ねられたジャックはありきたりなことを言って誤魔化す。それでも束は箒が自分と似ていると言われ嬉しくなりはしゃいでしまう。しかしそのはしゃぎ様はジャックの耳に入ることは無かった。
一応顔の形づくりや
(そうか、あの瞳……エヴァンジェ……ヤツとそっくりだ)
嘗てアークに所属し、契約違反を起こし追放されたレイヴン。
バーテックスへ内偵をしに自分の元へやって来て、ドミナントを吹聴しただけで任務を忘れ、ドミナントであると思い込んだ
最後は己の使命を果たし、アライアンスを勝利に導いた男でもあった。
エヴァンジェとは二回程顔を合わせたことがあるが、彼の瞳に隠された自己顕示欲は忘れることは無かった。
そのエヴァンジェと箒の瞳が異様に似ている、とジャックは思っていた。
(もしかすると、
転生という言葉がふと頭を過ったジャックは、箒はエヴァンジェが転生した姿なのではないかと考えてしまうが、流石にそれは無いと思った。だが、そう思わせられる程箒の目付きと瞳が似ているのだ。
(問題は性格が彼と一緒であるとすれば、問題行動を起こすのは必至だな)
ジャックは出来ればそのようなことが起こらないよう祈りつつ、尚も自分の隣で箒の自慢話をし続けている束の頭部をチョップし、黙らせた。
「自慢話はそれまでだ。いい加減に作業を再開しないと、納期に間に合わなくなるぞ」
束が研究室に用意した納期までの残り時間を示す時計に目を配りつつ、折り畳み式テーブルと、サンドウィッチの無くなった皿をキッチンワゴンにしまう。そしてチョップの当たり所が悪く頭を押さえ痛みで震えている束を無理やり立たせると、作業を再開するべく機材へと足を向けた。
◆
因みにこの改修作業は納期ギリギリに完了し、束が直接送り届けるという最後まで強行日程になった。
納品後には死んだかのように眠りにつく三人の姿があったそうだ……
最初はOBを白式に乗せようと思いましたが、何故かEOを搭載することに。
更新を再開してから明らかに質が低下したような気がする……