ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄 作:バカヤロウ逃げるぞ
「というワケで、いっくんのISを開発できる可能性がグーンとアップアップ!」
束はその日の夕食の席でフフンッとドヤ顔で倉持技研との秘密協定書をクロエとジャックに見せつけた。念願の一夏の専用機を開発出来る可能性が上がったことから非常に機嫌が良かった。
それを見たクロエは、おお、と呟き逆にジャックは今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。
(まさかこれほど簡単に行動するとは……しかし、咎められないな)
ジャックは束の大胆な行動に突っ込もうとしたが、考えてみると自分も勝手に嘗ての戦友であったレイヴン達と通信をしているのだから束の行動にあれこれ言う資格はないと思い口から出そうになった言葉を喉の奥に引っ込めた。
「ところで、その秘密協定とは?」
ジャックは代わりの言葉を束に吐き出す。
「内容は至ってシンプルシンプル! あの研究所が何時まで経っても専用機が出来ないなら束さんが特別に作ってあげるよ、て言う条約」
束はそう言いながら協定書をペラペラと振った。しかしジャックからすればたったそれだけで協定を結んだとはとても思えず、この場では言えないまた別の交渉があったのではと予想する。
「一つ訊きたいが……」
テーブルに片足を乗せている束にジャックはある事を訊く。それは、ひょっとしたらという恐れからくるものだった。
「まさかとは思うが、私を売り渡す、ということはないだろうな?」
その言葉に食卓の空気が一瞬凍る。
「な、な……」
クロエが言葉に詰まる。彼女にとっては無理もないだろう。
クロエにとって束は母のような存在であり、ジャックは恩師であり本人は認めないだろうが父親だと思っている。非常に小さなコミュニティではあるが2人を家族と見ているクロエはジャックの口から何故そんな言葉が出てくるのか信じられなかった。
しかしジャックはそうではない。
ここ最近雇い主である束にいろいろと干渉しているが、あくまでも依頼主と傭兵の関係だと彼は考えている。あの世界で生きていれば、それも上位ランカーのレイヴンであればある程闇討ちや罠等珍しくもなくなり疑い深くもなってしまうものだ。
故にジャックは束が何も言っていないだけで、本当はフォックスアイと強化人間である自分を相手に売り渡すのではないかと疑ってしまう。
「やっだな~、ジャックくん。そんな不吉なこと言わないでよ」
ジャックの冷たい声色など全く聞いていなかったかのような陽気さで束は彼をあしらった。
「流石の束さんもそんなことはしないよ。それにジャックくんがいなくなったら、こんな美味しいご飯も食べられなくなっちゃうからね!」
そう言って片足をテーブルに乗せたまま食卓に置かれてあるスモークビーフにフォークを突き刺し口へと運ぶ。束の口の中では燻製にしたことによるスモーキーと甘い香り、アフリカで手に入れたであろう独特のスパイスの風味が広がる。また味だけでなく食感も非常に柔らかく束を満面の笑みにさせるには充分な代物だった。
因みにこれはジャックが次いつ食料調達出来るかどうかわからなかったので、アフリカに調達しに行った際にンジャムジから貰ったのを保存用に燻製にしておいたのだ。
「んん~……このお肉……こんな美味しいご飯を作れるシェフを手放せるわけないよ」
しかし束に対してジャックは未だに懐疑の視線を送っている。少なくとも自身が売り渡される可能性が低いということを知って多少は安心しているが。
「あの、束様。はぐらかさずに言ってもらえませんか? そうしていただけると私もジャック様も安心出来ると思うのですが……それと」
クロエはジャックと束の不穏な雰囲気を解消する為に提案をするが、他にも何か付けたそうとするも顔を背けてしまった。
「……? どうしたの?」
束は不思議そうに首を傾げながらクロエを見つめる。
因みにだがテーブルの配置は束が座っている位置の反対側にジャックが座り、ジャックの左側にクロエが座っている。
「……その、目のやり場に……」
束が片足をテーブルに乗せていることでエプロンドレスのスカート部分が捲りあがってしまっている。いつものことなら別に問題はないのだが、今回に限って束の予想以上にスカートの裾が捲られ短くなってしまい、彼女の真正面にいるジャックはともかく、クロエにまで白いガーターベルトと、特定の人にしか見せたくない白い下着が見えてしまっていた。
因みにだがクロエは紅潮させながら束の姿をチラチラと見、ジャックは野獣の如き眼光でその純白の下着を食い入る様に見ていた。
「いやん! 二人ともエッチなんだから」
わざとらしくおどけた口調で言う束は、漸くテーブルに乗せていた足を降ろしスカートの裾を両手で押さえて下着を隠す。そう言う風に言われてしまったクロエは思春期に入ったばかりの男子のように見てしまった罪悪感と興奮から顔を紅潮させ目を伏せた。
しかし一方のジャックは束に対して不敵な笑みを浮かべる。
「おや? 私は見せつけられているから見させてもらっただけだが?」
何を突然言い出すのか、とでもいいたそうな表情を浮かべたクロエが紅潮していた顔を青ざめさせながらジャックの方へ視線を向ける。束は束で今迄のジャックならばとりえない反応に少しだけ困惑した。
「あれれ、ジャックくんったら意外と積極的だね? ひょっとしたら束さん、夜這いされちゃうかも……」
「ま、それは置いておくとしよう」
クロニクルが空気を和らがせてくれたからな、とジャックは付け加え一つ咳払いをすると、また真面目な表情に戻り椅子に座った束の顔を見た。
「クロニクルが言った通り、博士から何らかしら譲歩したか? この研究所に住まわせてもらっている身ではあるが、私も知っておきたい」
「うーん、しょうがないな。でもその前に……」
束は内容を話す前にそれまでのしまりのない雰囲気から真面目な顔つきに変える。
「ジャックくん、キミはフォックスアイの整備の際に何かしていなかった?」
ふむ、と思わずジャックは呟く。
フォックスアイに搭載されているメール機能は、説明は省くが、端末から端末へと電波の中継無しに相手へ直接送受信が出来るものだ。
まさかその電波を傍受したのか? とジャックは思う。
確かに以前他者に傍受されない通信システムを束は作り、それをクロエがサンプルとして扱われていた研究所を破壊する際に使用した。ならばメールの通信をキャッチした、というのはおかしなことではない。
だが、ジャックの脳裏にふとあることが浮かび上がる。
(鎌をかけているのか?)
かれこれ数ヶ月近く束と同居し、チェスを通じて戦略や戦術を指導し続けてきた。そして束の戦略性はジャックがここに現れた時と比べ恐ろしい速度で上達している。そんな彼女がこうして鎌をかけてくるのも、あり得ない事ではない。ジャックは両肘をテーブルに突き手を合わせ口元に当てる。
「システムの確認をしていただけだが、何か問題でもあったのか?」
誘導に乗っかるのは簡単だが、今ここで簡単に乗ってしまっては束が調子に乗ってしまうと考えたジャックはライウンとンジャムジとのやり取りを無かったことにして会話を進める。
「ふーん、とぼけるつもりなんだ……」
唇を尖らせ頭を揺らし束はジャックを挑発する。しかしジャックはアクションを見せなかった。束の口調からやはり傍受されたのか、と一瞬考えるがまだブラフの可能性が充分にあるからだ。
「とぼけるもなにも、私が何をしたのだ?」
「……」
「……」
ジャックは合わせた両手を口元に当てたまま、束は唇を尖らせ椅子の背もたれに体重を掛けロッキングチェアの様に椅子を揺らす。テーブルを挟んで両者の間に沈黙が流れ、夕食の食卓には束が揺らしている椅子の軋む音と、若干荒くなっているクロエの息遣いだけが流れる。
「……ぷはっ。ダメかぁ……」
我慢比べの末、先に束が表情を崩して悔しそうに苦笑いを浮かべ椅子を揺らすのを止めてテーブルに突っ伏した。対するジャックは合わせていた手を解き前に曲がっていた背中を真っ直ぐに正し、すぐさま背もたれにもたれかけた。
「鎌をかけてみたつもりだったんだけどなぁ、ジャックくんには通用しなさそう……」
「やはりそうだったか」
ジャックの即答に束はガバッと身体を起こす。
「この際私も隠し事はせず、何をしていたか話しておこう。と、その前に……」
ジャックはこのまま束との間で隠し事をするのは得策ではないと判断し何をしていたのか告白する前に左腕を伸ばすと、未だに固まっているクロエの頬を軽く指で弾く。
「ひゃあっ!?」
「くーちゃぁん? 何を考えていたのかなぁ?」
嫌らしい笑みを浮かべながら束は耳まで顔を赤くしているクロエの顔を覗き込んだ。
「え!? あ、あの。そのぉ……」
クロエは自身の妄想を決して口にする気などなかった。
ジャックとの厳しい稽古等の後、大抵束はクロエと一緒に風呂に入ろうとする。その際クロエは束の、女性としての自信を簡単に喪失させるほど見事なプロポーションを目に焼き付けてしまった。
白人であるクロエよりも綺麗で瑞々しい肌、自身の物とは比べ物にならない程大きく形が整った乳房と淡い桜色の先端、女性であるというのに見とれてしまうくびれた腰。
そんな束が、パジャマを無理やり引きはがされ露わにされた乳房を、いつも自分を軽々と投げるジャックの剛腕に荒々しく揉みしだかれ、涎が零れ落ちようとも構わず生々しく舌を絡め合わせながら激しく男女として繋がり合う。そんな光景を思い浮かべてしまったとは口が裂けても言いたくはなかった。
それでもクロエが何を考えていたのか言わせたい束は俯く彼女の顔を無理やり覗き込み、クロエは顔をそっぽに向けるがその度に束は移動して覗き込む。
「やめておけ、博士。今そんなことはどうでもいいことだ。いい加減にしないと飯が冷める」
あまりにもクロエが可哀想に思ったのか、ジャックは束にそれ以上の追及を止めるように言った。
元をただせば彼がクロエを起こしたのだが。
「美味しいご飯が冷めるのはいただけないね」
クロエを追求するよりもジャックの手作り夕食が冷めて味が落ちる方が嫌だと思い束は空いている椅子に戻った。自身の卑猥な妄想を口にせずに済んだことで深い安堵の溜息を漏らした。
「クロニクルの意識がこちらに戻ったところで、話をさせてもらおうか」
その前に喉が渇いたのでジャックはコップを自分の目の前に持ってくると、キッチンワゴンからある飲み物が入った容器を取り出しコップに注ぐ。コップに注がれていくのは黄金の如く輝く液体に雪よりも白く雲よりも柔らかそうな泡、ビールだ。
それまでキンキンに冷やされていたビールがコップに注がれていくと、芸術品の様に見事な比率の泡を立てるビールと纏わりつく空気の温度差からコップの表面には水滴が発生する。
そして一流の画家が描いた油絵の様なビールをコップに注ぎ終えると、ジャックは舌で味合わずにそのまま一気に飲み干し喉を潤す。麦芽の香ばしさと甘さが広がり、しかしホップの苦味と炭酸の刺激が味をしっかりと引き締め、癖の無い爽やかな味わいを演出していた。
真夏の炎天下で大量の汗を流している時であれば、さぞ極上の飲み物であっただろう。
「博士、お前のブラフ通り、私はフォックスアイのコックピットで、アフリカで再会したンジャムジと連絡をとった。その際この世界に他のレイヴンと出会ったという情報も入手した」
ジャックの報告は聞いていた二人に緊張を与え、遂に来たか、と束は内心不機嫌になる。
「ジャック様。そのンジャムジ様が出会ったと申されましたが、何人のレイヴンと出会ったのですか?」
その質問は束も訊きたかったこと。先に質問をしてくれたクロエに束は言葉にはしないが、心の中で感謝する。
「……4人だ」
その数字は今度こそ二人に衝撃を与えた。
「よ、4人!? 何かの間違いじゃないの!?」
「間違いではない。しかも出会ったレイヴンもンジャムジがまだ出会っていないレイヴンと接触したと言う。そうなるとこの世界に相当数のレイヴンが流れ着いているという事だろう。そのうちの一人が非常に厄介な存在だがな」
ジャックはそこで一息吐いた。二人を見ると明らかに表情が良くない。特に束は不機嫌な気持ちを抑えようともせず眉間を寄らせて険しい表情になっていた。
「幸いなのが出会ったうちの一人が私の優秀な手駒だという事か。それで彼と接触して状況次第では協力するよう取り付けておいた」
「……私に無断で接触したのはちょっといただけないとして、他の連中は?」
束は怒っているため明らかに低い声でジャックに訊いた。ジャックもこの事態を想定していたのかズボンのポケットから紙媒体に印刷したリストアップを広げて確認をする。
「ンジャムジの報告では、3人は特に警戒する必要の無いレイヴンだ。レイヴンズアーク時代にランキング入りするか否かという腕だったからな。だが……」
ジャックはそこまで言うとテーブルの上に並べられている夕食を少し移動させ、紙媒体が束とクロエに見えるように置いた。
「その接触したレイヴンがまた別の時に出会ったというレイヴン、こいつだけは話は別だ」
束とクロエはその書類に目を通す。書類には残っていたレイヴンズアーク時代のプロフィールが印刷されており、レイヴンの顔写真と使用しているACの情報も記載されていた。
写真には他人に見られるという意識が全くないのか乱雑にその長い髪を後ろに束ねている女性が写されていた。
「上位ランカーのレイヴンでその名を知らぬ者は居ないと言われるほどの腕を持っていた。厄介なのは、普通、上位ランカーともなれば暗殺も考えて慎重に行動するレイヴンが多いが、こいつは後先考えない豪快な性格だ。私も何をしでかすか予想が出来ん」
「……覚えにくい名前ですね」
「むしろなんかの開発ナンバーみたいだよね?」
束とクロエはそのプロフィールに書かれてあるレイヴンの名前を見てそう口にする。
「いちいちレイヴンネームを考えるのが面倒だったのだろう、自分の強化人間のナンバーをそのままネームにした女だ」
顔を上げていた二人は再び書類のレイヴンネームの欄を見る。
「この噂が本当でなければいいのだが、如何せん特徴のある女だからな……見間違えという可能性は限りなく低いだろう」
「面倒なことになって来たねェ……」
束は非常に面倒くさそうにそう呟く。以前自分が恐れていた事態が本当に怒ってしまうかもしれないと思うと、先ほどまでの上機嫌が嘘の様に顔を更に険しくさせ不機嫌になる。
「私からは以上だ。それで、博士? 私とクロニクルにも教えてほしい」
テーブルに広げられていた紙媒体を手に取り、折り目に従って畳み直しポケットに入れるとジャックは束に、協定書に書かれていない情報の提供を催促した。
「あっ、そうだったね」
本来の目的をジャックの告白で忘れかけていた束はふと思い出し、内容を話した。
「至って簡単なものだけどさぁ、束さんにとってどうでもいい技術をプレゼントするっていう内容」
束は簡単にそう言うが彼女にとっていらない技術も、現状の世界中の科学者や技術者にとっては垂涎の代物。そんな代物を彼女にとって最も得意とする分野であるISを組み立てさせるだけで手に入るとなると、客観的に見れば倉持技研が圧倒的に得をしている様に見えるだろう。
事実ジャックもそう思っているため、なんてことを……と絶望的な表情になってしまう程だ。
「言っておくけど、本当に束さんにとってどうでもいい技術だからね。例えるなら……火を付けるのに束さんはライターやマッチを持っているのに、木の棒で板を摩擦させて火種を作ってから、ていうのを教えるレベルだからね」
「……本当に信用していいのか? 少し不安だぞ?」
「私も今回ばかりは……申し訳ありません」
束のフォローもあまり意味をなさず、ジャックとクロエに不信感を与えるだけだった。
「それより、何故そこまでしてあの少年のISを作ることに拘る?」
前々からジャックは気になっていたことを束に問う。
ジャックが観察した束という人間は究極的に自己中心、ただし身内や強い関心を抱く人物がいる場合はその限りではない、という印象だった。
だとしても、少なからず彼女にとって不利になってでも一夏の専用機を作りたいという思い、何らかしらの目的があってのことだとジャックは考える。
「だってさ、今の世界って、束さんでも把握できない事態になっているからね。レイヴンとかACとかのせいで」
「……」
「だからこそ、いっくんやちーちゃんが自分の身を守れる為に、束さんが少しでも力になってあげられればいいなって思って、専用機を作ってあげようと考えているの。変かな?」
初めて束の胸の内を聞いたジャックは、暫く黙りこんでしまう。
篠ノ之束という人間は、特定の人物にだけ関心を抱き、それ以外の人物は、例えそれが両親だとしても、徹底して無視する。しかも関心、興味を抱く人物も興味を抱くだけで特に守ったりもすることは無かった。
そんな彼女が変わり始めたのは、間違いなくジャック・Oという人間が突如として彼女の研究所に、オーバーテクノロジーであるフォックスアイと共にこの世界に現れたことだろう。
それまでたった独りでこの研究所で生活していたが、ジャックが現れたことで常に対話することになったり、チェスを通じて彼から様々な事を学ぶという機会を束は得た。それらの事がきっかけで彼女の中に人間性というものが生まれたに違いない。
更にクロエ・クロニクルという存在が現れたのも大きい。
今迄はジャックという指導され、対話する関係の人物だけだったのが、娘のような存在であるクロエという教育し、愛する人物が加わったことによりその人間性が育まれていった。
三人で生活していくうちに、彼女の親友である織斑千冬ですら成し遂げられなかった人間性を彼女は無意識に自身の手で生み出し育んでいたのだ。
それが、彼女が譲歩してでも一夏の専用機を作りたいという思いに繋がった。
「……羨ましいです、織斑一夏という人が」
クロエは本当に、心の底から羨ましそうにそう呟いた。そこまで思ってもらえる束の妹や親友とその弟に対して無意識に嫉妬してしまう程に。
「ううん。前の束さんだったら絶対こんなこと思わなかったよ。くーちゃんやジャックくんのおかげだよ」
そう言いながら束はテーブルに置かれてあるパンを手に取り、ちぎってから口へと運ぶ。小麦粉と砂糖、牛乳とバターのほんわりとした甘さ、しかし少量の塩が味の無駄な広がりを抑制することで、しつこさの無い絶妙な味わいを演出する。
「うーん、このパンも美味しい」
束が何時もの様にジャックが作ったであろうパンの美味しさを褒めると、何故かクロエが嬉し恥ずかしそうな表情をし、ジャックはそんなクロエを横目にニヤリとする。
「えっ……ひょっとして、このパン」
「そう、それは私が作ったのではない」
二人の表情を見てもしや、と予想したが、ジャックの一言で驚きのあまり目を見開く。
「それはクロニクルが作ったものだ。私が隣で指導してやったがな」
ジャックにそう言われたクロエは恥ずかしそうに縮こまってしまう。
「うわあああ! くーちゃん、本当に美味しいよ! 束さん感動のあまり涙が出そうだよおぉ!!」
クロエの簡単ながらも料理の腕が上達したことに束は感極まり涙を流しながらクロエに抱きついてしまう。そして最早お馴染みの様にクロエは緊張で動けずにいた。
(博士は人らしくなってきたな……フッ、私も同じかもしれないが)
その後も束は美味しい美味しいと言いながらテーブルに並べられた料理を平らげ、非常に満足した。勿論クロエもジャックの料理の腕の高さを痛感しながらもその美味しさを純粋に楽しんだ。
◆
ジャックと束が互いに腹を割って話し合ってから数日後……
「それで、また私をここに呼び出した理由とは?」
これもまたお馴染みとなりつつある光景、ジャックは束に呼び出され彼女の研究室に入った。
「やあジャックくん、待ってたよ。それよりも、お茶なんてどう?」
以前呼びたした時と同じ様に、束はティーカップとティーポットを手に取りジャックに見せ付けるように差し出した。
「……今回は貰うことにしよう」
前回と違い苛立ちが無かったので貰うことにする。
返事を聞いた束はそのまま手に持っているティーカップに紅茶を注ぎ込む。出来立ての紅茶が湯気を上げながらその琥珀色の液体でティーカップを満たしていく。
「はい、どうぞ」
束は紅茶で満たしたティーカップを受け皿ごとジャックに差し出され、ジャックは受け取ると軽く香りを嗜む。
以前ミラージュ製レーションに含まれていた安物ではない、香ばしさと甘味な香りが湯気を伝って彼の嗅覚を刺激した。
「何処でこれを?」
ジャックは思わず束に訊く。買い出しにアフリカに行った際に、自分はこんな紅茶を購入した覚えが無かったからだ。
「ああ。それはね、倉持技研の同級生ちゃんからついでに貰ってきたの。お願いして」
簡単にお願いして、などと言っているが、相手をしたヒカルノが内心相当ビビっていたことは簡単に予想できた。相手をさせられたその同級生ちゃんとやらに弔いの念を送りながら紅茶を一口飲んだ。
◆
「へっくし! 誰か私を死んだ扱いしてるのかしら……?」
倉持技研第二研究所所長室で、篝火ヒカルノは鼻の下を擦りながら独りそう呟いた。
◆
「で、私を呼び出した理由を訊きたい」
紅茶をある程度飲んだジャックはティーカップをその辺の机の上に置いて、呼び出された理由を問う。因みにだがその紅茶はレーションの物よりもはるかに美味であり、また飲んでみたいとジャックは心の中で思った。
「そうそう、見てほしい物があるんだよ。まずは、これ!」
束はそう言うと空間投影パネルを操作して、ガレージからあるモノを出した。それは灰色がかった白色をしており、長い四肢と背部に大きなスラスターらしきものが装備されている。しかし肝心の胴体に当たる部分が無い。
「……これが」
「そう、倉持技研から譲ってもらった欠陥機。これを改修していっくん専用機にするの。そして」
またパネルを操作すると、今度は大きな空間投影ディスプレイが表示される。それにはISの設計図らしきものが表示されていた。
「これがこのISの改修プラン!」
確認をとったジャックは今一度設計図に目を通す。彼自身技術者でもないしISについて詳しいわけでもないが、ある程度機械についての知識は持っている方だ。図面を見て気になる箇所を探した。
「……博士、背部にOBと書かれてあるが、どういうことだ?」
「ふっふっふ」
待っていましたと言わんばかりに束の不気味な笑い声が研究室内に響く。
「以前ジャックくんがくれた戦闘データを参考にして、ISにACの技術を盛り込んでみようと頑張っちゃいました!」
ドヤ顔で胸を張りながらそう宣言する束。
ジャックは他にも注意すべき点があるのではと見直していく。すると他にも多くのAC技術の流用が見て取れた。
「しかし、ACの技術を流用して製作したことが無いのだろ? いきなりこれだけ多くの技術を使用して大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、と、言いたいところだけどねぇ……」
結局のところ、この設計図は束の妄想の産物でしかない事がハッキリと分かった。しかしジャックはそれでも束ならばいつかこのISを現実のものにするのではないかと思ってしまう。
「それとダメだしをさせてもらうとだな、いくら史上初の男性操縦者の専用機とはいえ、ISは現在表向きには競技用のパワードスーツという扱いだ。この設計図通りだととてもじゃないが競技向けとは思えない。寧ろ世界征服をします、と宣言しているようなものだ」
「ぐぅ……やりすぎたかな?」
束もこの設計図を作成する際、協定を結び終えハイテンションのまま後先考えず思うが儘に作成してしまったため歯止めを利かすのを忘れていた。加えるのであれば、今の束でもこの設計図通りに製造してしまうと、安定性という言葉が全く見当たらないISになってしまう程技術のごちゃ混ぜ状態であった。
「やりすぎも何も、博士はどうしたいのだ?」
「ISにACの技術を流用すること。OBとかインサイドと技術から思い浮かんだ『展開装甲』っていう技術の確立が目的かな?」
以前ジャックが提出したフォックスアイの戦闘データと、コアのOB機能及び腕部のインサイドという追加機能から、あらゆる局面において最適な武装へと変更可能な機能を備えた装甲、『展開装甲』という構想を束は生み出していた。ただそんな技術は束の頭の中にしか存在せず、未だに実現化されていない。
「つまり、あの少年のISはその『展開装甲』という技術のノウハウ回収用のテストベッド機にする、ということでいいのか?」
「言い方悪いよ、ジャックくん。でも、まぁ、そんな感じになっちゃうのかなぁ……本来ならば即実戦に投入可能な状態にしたいけどね」
「それ以前にその『展開装甲』の機能を備えたものが存在しない以上……」
「それなら大丈夫!」
束はパネルを凄まじい速さで操作すると、床の一部が吹き抜け、そこから長い棒状の物が上がって来た。
それは、刀のシルエットを持つ武装だった。
「これが『展開装甲』の技術を扱った武装、『雪片弐型』だよ!」
刀のシルエットを持つことから接近戦用の武装だとジャックは捉え、その雪片弐型をじっくり観察する。
刀身部分は鈍色だが、刃の様に細くて薄いわけではなく、むしろ鈍器の様に太い刀身をしていた。
「刀と言うより、むしろ鈍器だな」
「一見すると確かにそうだね。でも……」
そう言って束はまたパネルを操作すると、雪片弐型の刀身の継ぎ接ぎ部分が開き、青白く強い輝きを放つエネルギーの刃を生成した。
「まあ、今の所だとこういった感じかな」
「……レーザーブレードと似た構想だな。まあ、こちらは余計なエネルギーを使わずに実体ブレードとしても使えるか。で、これをあの少年に使わせる気か」
「はい、そのつもりです」
「……」
ジャックの脳裏には“剣豪”と呼ばれたレイヴン達が浮かび上がる。
AC開発初期のようにFCSの並列処理能力が未熟で左腕部に銃火器を搭載させることが出来なかった時代ならばまだしも、AC用FCSが発展し両腕に銃火器を搭載させられるようになるとブレード不要論が出てくることがあった。
ブレードは接近戦に置いて無比の威力を発揮できる武装ではあるが、逆に言うと近づかなければ無用の長物と化す。先述したとおり、FCSの並列処理能力が発展したことにより両腕に銃火器が搭載できるようになると火力と弾幕が強化されたことにより近づく前に撃破されるブレード搭載ACが続出するようになり、ブレード不要論が出現したのだ。
事実ブレードを搭載させるランカーレイヴンなど、ジャックの時代では極僅かしかいなかった。それでも、銃火器を持たせることが常識のACにおいてブレードに己の全てを賭ける者達がいた。
圧倒的な操縦技術と相まって、大方の予想を裏切りブレードで勝利する。そんな彼らの事を人々は“剣豪”と称えた。
「素人にこれを使わせる気か? ISは開けた会場での高機動下での銃撃戦がメインと聞くが……」
「逆に言うと銃を使う機会が無いからね。昔剣道をしていたからこっちの方が合うかも。でもこれしか使えないかもね」
「は?」
ジャックは束が何を言っているのか分からず戸惑いの声を上げてしまう。
「いやー。あのね、これ作ってみたはいいけど、かなり拡張領域を食っちゃうんだよね。だから最悪の場合、武装はこれだけになっちゃうかも」
ジャックは今度こそ一夏に対して心の中で合掌した。
「いくら競技用とはいえ、可哀想だとは思わんのか?」
「……ジャックくんの口から『可哀想』ってことばが出てくるとは思わなかったよ。ということは本気でやばいってことだね……」
「ISにはシールドエネルギーがあるとはいえ、銃弾の雨を掻い潜ってこのブレードで斬るなど、常人には出来る事ではない。どうにかしてやれんのか?」
「うーん。現状だと無理だね。一応拡張部分を追加して、その都度束さんがいっくんにプレゼントして、アップグレードするってことなら出来るかも」
「そうしてやれ。その方があの少年の為になるだろう……」
この様にしてジャックのダメだしの下、束は一夏の専用機開発を開始する。ジャックが現れなかった世界でも同じように彼女が一夏の専用機を開発するわけだが、それでもジャックが居ない世界よりは一夏の為になる専用機として、この欠陥機は生まれ変わることだろう。