ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄 作:バカヤロウ逃げるぞ
世界は大混乱に包まれた。それは白騎士事件と同じか、それ以上の衝撃かもしれない。
時は新年を迎え数週間過ぎた頃。北半球では冬真っ盛り、南半球では夏を迎えていた。そして衝撃の発信源は北半球の島国、日本のとある場所。
日本では受験シーズンを迎え、全国各地で受験に挑む生徒たちであふれかえっていた。それは日本に存在しISについて詳しく学ぶ『IS学園』も例外ではなく、日本に受験会場が設置されていた。
その事件はそこで起きた。偶然にもとある私立高等学校がカンニング対策としてIS学園と同じ受験会場を使ったのだが、一人の男子学生が施設内で迷いIS学園の受験会場に入ってしまう。そして受験生用に用意していた日本製第二世代型IS『打鉄』に触れた所、ISが反応。世界の常識であった『ISは女性にだけ扱える』を覆してしまった。
束は普段世界のニュースなど見ることは無いのだが、その時はISコアたちが妙にざわついていたので何事か、とテレビを見て仰天した。そこに映っていたISを起動させた男とは束の親友、織斑千冬の弟である織斑一夏だったからだ。その映像を見て椅子から落ちて頭にたんこぶが出来たのは別の話。
何故一夏がISを起動できたのかは束でも理解できていなかった。分かっているのはISコアたちがざわついたことだけ、それ以外は今日まで全くの原因不明のままだ。
束としては元々身内、とは言っても箒と千冬と一夏に『宇宙を見せてあげたい』という単純な理由からISを作ったのだ。
実は束がまだ世にISを発表する前に、密かに三人に対してISを起動出来るかどうか確かめるためにビー玉サイズのISコアを作り触れさせたことがある。その時にプログラムのエラーなのか女性である千冬と箒にしか反応しなかったため、一夏には宇宙を見せてあげられないのか、と残念に思っていた。
しかし今になって一夏がISを起動させられるようになり、束はますます原因が理解できなくなった。
「いっくんだから仕方ない、ってことにするしかないのかなぁ……?」
彼女にとってどうでもいい話になるが、一夏がISを起動させたことで、世界中の国がIS適性がある男性を血眼で探しているらしい。一夏が起動できたのだから、まだいるのではないのか? とういう魂胆でだ。
しかし束ですら原因が分からないのだ。見つかるわけがないと束は決めつけていた。
因みにだが、この研究所に住まわしているジャックにも、試しに反応するかどうか実験したが、結果は反応せず。これは束の予想通りだったため、特に何も思わなかった。
「例え私が扱えたとしても、信用できるのはフォックスアイだ」
ジャックがIS適性検査を受け終えた後に言った言葉を束は思い返す。
如何にISが兵器として高い性能を持っているとしても、コアに深層意識があったり、形態移行で性能が変わったり製作者自身も把握しきれていない物を信用しろなど無理な話だ、とも付け加えていた。
例えばの話だが、大半の戦闘機のパイロットたちは常日頃厳しい訓練を行い扱いなれた兵器を愛機にするだろう。戦場で信用出来るのは自分自身であり、熟知した兵器だ。
しかしそんな兵器の性能が突然変わってしまったら?
戦場で全く扱ったことのない兵器で出撃しろなど死にに行けと言われるのと同じことだ。それをIS操縦者は承知しているのだろうか? 戦闘中に突如形態移行してしまい扱いなれたISと大幅に性能が変わっていても生き延びられるだろうか?
束は少しだけジャックの言葉を思い返すと、朝起きて少し時間が経ったことから空腹を覚えた。昔であれば別にどうでもよく思い適当な保存食を食べていたが、ここ最近はすっかりジャックの作る料理の虜になっていた。
(胃袋を掌握されちゃったな。でも、悪くないかも)
ジャックの料理の虜になってしまった事を自覚しつつも、それは別に悪いことではないと束は思った。むしろ研究所に匿ってやっているのだから、これぐらいやってもらわないと利害が少々不釣り合いになってしまう。
束は研究室のドアを開けると、ジャックが、いやクロエも居ると予想する格納庫へと向かった。二人ともここ最近朝早くから格納庫であることをしているのだ。今日も変わらずやっているだろうと束は足を進める。そして格納庫の入り口の扉を開くと、案の定今日も二人はそこに居た。
固い木と木がぶつかり合う音と、素早い動きで空を切る音が静寂な格納庫に響き渡る。ジャックとクロエが手にしているのは、木製のナイフ。刃渡りは長く、コンバットナイフと同じ位だろう。二人はそれを持ち、体術の稽古を付けていた。
つい最近とは実は束が気付いた時期であって、この稽古を始めたのは二人があのアフリカ大陸から帰って来て直ぐだった。
というのもクロエがジャックに訓練をしてほしいと申し出たのがきっかけだ。何故クロエがそんなことを申し出たかと言うと、やはり砂漠での調査で自身の体力が低いことを認識し、このままではジャックや束の足を引っ張ってしまうと不安に駆られたからだ。
ジャックとしても自身の訓練に加え、クロエの戦闘技術を向上させることによって身の周りの守りを固めるというメリットもあった為快く引き受けた。その日から今日までジャックは自身の技能をクロエに伝授する為に、日々稽古を付けるようになった。
(今日もやっていますねー)
束は二人の邪魔をしないように格納庫の隅に置かれてあった椅子に腰かけ、二人の体術の稽古の様子を眺める。いつもは簡単な動作の稽古なのだが今日は模擬戦なのだろうか、かなり本格的な稽古をしている。
束が来た時点でかなり時間が経過していたのか、クロエの息が乱れているのが遠くから見ても分かった。しかしジャックはというといつもと変わらぬ表情を一切崩さず、まだまだ戦えるという雰囲気を醸し出しながら、クロエが振る木製ナイフを受け止める。呼吸もクロエと違い乱れていない。
(これは、どうなんだろう?)
束はジャックが強化人間であることは知っているが、クロエにも彼女を蘇生させるために強化人間の技術を流用したのだ。更に言えばクロエは遺伝子強化兵士のプロトタイプ、聞いただけだとベースが人間であるジャックの方が不利だと思われるが、目の前の光景は逆だった。
だからこそ束は思う。ジャックはあえて表情を崩さず、呼吸を乱れさせていない、つまりポーカーフェイスをしてクロエを焦らせているのでは? と。それはクロエよりも少し長くジャックと生活していたからなのか、それとも天災と呼ばれる頭脳を持っているからこそ想像できるのか。
ジャックと向き合っているクロエは、呼吸を乱していないジャックを見て焦っていた。かれこれ長い時間ナイフでの応酬を繰り返しているにもかかわらず呼吸が乱れていない。一方、クロエは既に肩から呼吸するほど疲れを見せてしまっている。
(このままでは……)
既にクロエの体力は底を突きかけている。このままでは負ける、負けてしまう。そのことがより一層彼女を焦らせていた。このままでは埒が明かないと判断すると、次の攻撃に全てをかけることにする。
ナイフを構え直してからクロエはジャックと距離をとる。そしてその距離を保ちながら呼吸を整えた。離れず近づかず、ただその距離を保ち続けた。束はその様子を見ていたが、長時間一向に動きが無かったことから思わず欠伸をしてしまった。その欠伸が合図にもなった。
ジャックが逆手に握っていたナイフを持ち直し、すかさずクロエに突きかかる。クロエはこの時を待っていたかのようにその突きを屈んでかわすと、突き出したジャックの右腕を両腕でしっかりと掴み身体を捻らせる。
その結果―――
(……え?)
突然の出来事に理解が追い付かず呆然としていると、気が付いた時には地面に仰向けで倒れ喉元にナイフを突きつけられていた。
「甘いな、クロニクル」
ジャックはそう言うと馬乗り状態から立ち上がり、クロエに手を差し出す。クロエは何も言わずに差し出された手を握り、立ち上がった。
「
クロエはジャックがナイフで攻撃してきたらその腕を掴み背負い投げ、今の自分の状態の様にジャックの喉元にナイフを突き立てて勝つつもりだった。
しかしジャックからすればクロエが何を考えているのかなど表情丸出しでは読めない事の方が難しく、一気にケリを付けようと考えている事など容易に読めた。だからこそ全ての攻撃に対応できるようにしてから敢えてナイフで攻撃した。結果的にクロエはジャックの攻撃に釣られたのだ。
「肉弾戦ではなるべく無表情でいろ。幾ら身体能力が勝っていると言っても、表情から攻撃を読まれるぞ。今みたいに、な」
ジャックは今の組手で浮き上がった他の反省点をクロエと共に確認していく。その光景は師匠と弟子のそれと同じようなものだった。
「……このくらいにしておこう。そろそろ切り上げないと、そこに居る仔兎が飢死しそうだからな」
ジャックはある程度反省点を挙げると、組手をずっと見せられ空腹が限界を訪れ椅子に沈み込んでいる束を指さしてそう言った。振り返りジャックが指さした束を見たクロエは目を回している束に驚き急いで近づいた。
「た、束様! 大丈夫ですか!?」
「く、くーちゃん……かゆい……うまい……」
束はなにやら物騒な事を呟いたが、クロエに噛みついたわけではないので問題ない。ただ半開きになった口の端から大量の涎が流れているため二人の服を汚しているのは見逃しがたい。そんな汚い光景を見せられたジャックは溜息を吐き、朝食を作りに厨房へと向かおうとした。
「まって、ジャックくん!」
先程までの瀕死は何だったのか。束は両肩をクロエに掴まれていたがまるで魚両手に掴まれた魚類の様にスルリ、と抜けるとそのままジャックの傍までジャンプし着地する。
「ジャックくんのご飯は確かに美味しいよ。でもくーちゃんも女の子なんだから、料理ぐらい覚えさせないと!」
「……つまり、今日の朝食はクロニクルが作る、ということか?」
ジャックは束が何を言いたいのか要約するとクロエは完全復活した笑顔になり、両腕で頭上に大きな○を作った。
「ピンポンピンポーン!! 流石ジャックくん、10ポイント!」
「くだらない茶番はいらん。何の目的で、クロニクルに作らせるのだ?」
「そのままだよ。くーちゃんは女の子だから、料理を作れないと女子力がナッシングだからね~」
くだらない、という表情を浮かべるジャックを尻目に束はクロエを捕まえると厨房に連れて行こうとしている。
(今日の朝食は、まともなものが食べられそうにないな)
ジャックの勘からしてクロエの料理は失敗すると予想し、今のうちに胃薬でも探しておこうと考える。それと同時に、厨房はこの研究所で数少ない自分のテリトリーであるため、勝手に入られて勝手に荒らされるのはさすがに許しがたいので、仕方なく束とクロエの後に続いた。
「待て、私も少しは手伝わせてもらおう」
◆
「そして出来たのがこれか……」
「……」
「も、申し訳ありません……」
ダイニングルームのテーブルの上に置かれた朝食。
それは今朝クロエが初めて作ったものだが、目の前にあるのは黒い物体と無言の束、そして料理に失敗して目に涙を浮かべるクロエ。
その過程を見ていたためジャックはその正体が嫌でも分かる。クロエが焦がした目玉焼きだった。
(しかし、目玉焼きを焦がすとはな……)
ジャックはまさかただフライパンで焼くだけの目玉焼きを失敗するとは思わなかった。
しかしクロエにも情状酌量の余地はある。ジャックは自炊になれている人間だ。それ故どのタイミングで料理を次のタイミングに移せばいいのか分かっているため、タイマーや計量カップの類を厨房に置いていないのだ。その為初めての料理に挑戦したクロエは火を止めるタイミングが分からず、目玉焼きを焦がしてしまった。
因みに隣にいた束も目玉焼きの作り方すら分からなかったようで火を止めるタイミングが分からなかった。居ても邪魔になるだけの存在だった。
今日の朝食の救いと言えば、他のつけ合わせなどはジャックが担当したためそれだけはまともな料理だという事だろう。これが全てクロエの失敗作だけであったら、本当に胃薬が必要になったかもしれない。
「ま、まぁ、あまり気負いすぎないでね、くーちゃん。は、初めてだったわけだし」
束は隣に座っているクロエを励ますがいまいち効果が無い様子。それを見かねたジャックは溜息を吐きながら、
「クロニクル、今後は私が料理についても指導してやる」
その一言に二人は同時にジャックの方を向く。クロエは感謝の表情で。束は拍子抜けた表情で。
「ジャ、ジャック様。本当に、よろしいのでしょうか?」
「……私とて、焦がされた料理を毎食出されては気が滅入る」
その言葉にクロエはショックを受けてしまったのか落ち込んだ表情で俯いてしまった。
「いやー、まさかジャックくんのツンデレが見られるとはねぇ! いまの発言だけで三日分のオカズにぃぃぃ……!」
束の少々不適切な発言に対してジャックはすかさずテーブルからその身を乗り出すと、束の頬を両手で強引に引っ張る。女性特有の柔らかい肌であるために思ったよりも頬が伸びたことに対してジャックは少しだけ驚くが、表情に一切出さない。
「今の余計な事を言ったのはこの口か?」
「
端から見ているクロエは、ジャックは手加減をしていると思っているが引っ張っているジャックは至って本気だ。凡人ならば千切れていても可笑しくない本気の力で引っ張られては痛いどころではないのだが、痛い程度で済ませられる束はやはり規格外の存在だということだ。
束がギブアップと言う意味で頬を引っ張るジャックの腕を叩くと、ジャックも料理が冷めるのはよくないと思い手を放した。束の引っ張られた頬は見事に真っ赤になってしまった。
「もう、ジャックくんったら。本当に乱暴なんだから」
「何が原因だと思っているのだ? 何が?」
勿論束は自分の言葉が原因であるためあまり強く反論はしない。死にはしないのだが痛められる行動をまたされるのはよろしくない。
もし束がマゾヒスト体性であれば喜んでまたジャックを挑発するのだろうが、生憎
「あの、束様、ジャック様、そろそろ朝食を……」
クロエがそう言うと二人はしっかりと椅子に姿勢よく座りなおす。
朝食の献立はクロエが失敗し焦げた目玉焼きにトースト、新鮮な生野菜にウィンナーのソテーとコンソメスープ。他にはトースト用のジャムやバター、飲み物のフルーツジュースなどが並べられている。
「それでは今日もみなさんご一緒に!」
束は赤く若干腫れた頬を無視して両手を胸の前に合わせる。それを見てクロエとジャックも両手を合わせた。
「いただきます!」
束のこの号令で食事を始める。ジャックは最初こそこの様式に抵抗はあったが、いただきますの由来を知ってからは気に入った。天然食品をあまり食べられなかったからこそ俗説ではあるが、その食材となったモノへの感謝を込めているという由来を非常に気に入っている。
ジャックは焦げた目玉焼きにフォークを向ける。この焦げた目玉焼き、片面が焦げているがもう片面は半端な焼け具合で食べづらいしあまり美味しくもない。正直このまま飲み込むこと自体が苦痛、そう思いたくなる味と言い食感だった。しかしどこか懐かしい気分にもさせられた。
(私も、初めはこんなものだったな)
料理を自分で作るようにして間もない頃、ここまでとは言わないがジャックも目玉焼きを焦がした時があった。クロエが作った失敗作はジャックを懐かしい気持ちにさせ、彼の人間としての心を少なからず蘇らせた。
「……ま、ありじゃないか」
「おや? ジャックくんがまさかの好評?」
何時もならばこんな些細な束のひと言にもジャックは反応したが、今回ばかりは懐かしい気持ちに浸りたかったので水に流しておくことにする。
「そして束さんを許してくれた! これはジャックくんのスーパーデレデレタイムっ!!」
そんなことは無かった。ジャックは面倒くさかったので口に含んでいたフォークを引き抜くとすかさず束の額めがけて投げつける。投げつけられたフォークは綺麗にぶれることなく飛んでいき、束の額に突き刺さった。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
朝食というほのぼのするはずの時間が一転して殺伐な光景へと様変わってしまった。
◆
悲惨な朝食を食べ終えジャックとクロエは汚れた食器を洗いに厨房へ、束は額にでっかい絆創膏を貼りジャックに後で研究室へ来るように伝えると早々にダイニングルームから立ち去って行った。どうせまた仕様がない依頼に付き合わされるのだろうと予想しながらジャックは次々と汚れた食器を洗い流し、食器洗い機に突っ込んでいく。
「何故一度食器を洗うのですか?」
「そうした方が汚れが確実に落ちるからな。それに、この食器洗い機は型が旧いタイプらしくてな」
一手間掛ける意味をジャックから聞いたクロエは少し理解すると、そのまま作業を続けた。
やがて全ての食器を軽く流し食器洗い機に入れて起動させると、ジャックは束の下へ行き、クロエは充てがわれた部屋で自由な時間を過ごす事にした。
ジャックは廊下を歩き束の研究室の前にたどり着き扉の前に立つ。前回の様にノックをしようとするが、その前に扉が勝手に開いた。
「それで、一体何の用だ?」
「いきなり本題に入るのもいいけど、お茶ぐらいどう?」
束は研究室に入って来たジャックにティーポットを差し出した。
「遠慮しておこう。今はな」
ジャックはそう言うと掌を束に向けやんわりと断ると、束は少し残念そうな顔をしてグルリと椅子ごと回りティーポットをデスクに置くと、またグルリと回ってジャックの方を向いた。
「まあとりあえず、この映像を見て」
束は服のポケットからリモコンを取り出しボタンを押すと、空間投影ディスプレイが現れ現在世界中で流されているニュースの映像が映った。その殆どの番組が世界初の男性でISを扱える少年、織斑一夏の身を巡る話題だった。
「……彼はどうなる?」
ニュースを眺めていたジャックはぼそりと呟く。
「世界中がいっくんを狙っているみたいだから、とりあえずIS学園に入学させようってことになったらしいよ。ソースはちーちゃん」
ワケの分からないあだ名を自然と口に出した束にジャックは少し混乱する。少なくとも束の身内であることは予想出来るのだが。
「……誰だ? そのいっくんと、ちーちゃんというのは?」
「へっ? そっか、紹介していなかったもんね」
束はリモコンをまた操作すると、ディスプレイの映像の上に二人の人物の画像が映し出された。
「こっちの男の子が今世界中で絶賛話題中のいっくんこと、織斑一夏くん。んでこっちの女の子が世界最強のIS操縦者で私の大親友、ちーちゃんこと織斑千冬ちゃん」
ディスプレイに映された写真を見てジャックはそういうことか、と気付いた。
(成る程、千冬だからちーちゃん、一夏だからいっくん、か……)
「ちーちゃんは今IS学園で教師をしていて、ちなみにだけど、二人は姉弟なんだよ」
束は物凄く重要な情報を付け加えるとジャックは束の方を向いていたがディスプレイに視線を戻し成る程、と頷いた。それならば下手に一夏がどこかの国家や研究機関が彼を強引に引き連れてしまおうとは思えないだろうし、IS学園が女学校だとしても多少の無理をして男子である一夏を組み込ませられたのだろう。
「それで、彼を見せてどうするつもりだ?」
ジャックはここに呼ばれた理由を知る為に束に聞く。
「それでね、いっくんがIS学園に入学することになったみたいなんだけど、今の所世界で唯一ISを扱える男性なわけでしょ? 脂ぎったハゲや豚みたいなブスがいっくんのIS稼働データが欲しいってうるさいみたいなの」
「それとこれと、どう関係がある?」
「つまるところ、いっくんにはデータ収集用の専用機が支給されるみたいなんだけど、それを束さんの実験台にもしたいわけ! でも接点が無いからプレゼントしてあげられないんだよ」
ジャックはここにきて呼び出された理由がただ束の愚痴を聞かされるだけだということに気が付く。そして気が付くと同時に本日何度目になるか分からない溜息を吐き、頭を掻くが、そんなジャックの気持ちなどいざ知らず、束は椅子に座りながらグルグルと回っていた。
「ねぇ、ジャックくん。どうやったら束さんはいっくんの専用機を作ることが出来るかな?」
「知るか。下手にこちらから接触すれば怪しまれる。向こうにとってそれ以外の選択肢が無くなったのを確認してから接触すればいいのでは?」
愚痴を聞かされ若干イラついているジャックは適当ながらもしっかりと束の質問に答えるが。その答えを真面目に聞いた束はふーん、と頷くだけだった。
「これ以上用が無いならフォックスアイの整備をさせてくれ」
「はいはーい、束さんの愚痴話を聞いてくれてありがちょ!」
ジャックは束に手を振られながら研究室から立ち去って行く。通路へと戻ったジャックは束に伝えたとおりフォックスアイの格納庫へと足を運ぶ。勿論フォックスアイの整備目的でもあるが、その他にもジャックはあることを確認する必要があった。
所変わり格納庫。以前よりも器材が充実したことで多少は整備を行いやすくなっている。しかし予備パーツの開発は未だ完了していない為代用パーツで何とかしている状況は変化していない。
格納庫にクロエの姿は確認できていない。恐らく自室で本でも読んでいるのだろうとジャックは考えながら整備機材ではなく、フォックスアイのコックピットへと足を進めた。
外部からコックピットブロックを解放するための指紋認証と網膜認証をすると背部からコックピットブロックが突き出される。ジャックは昇降機を使ってコックピットに入り込むとブロックを閉じ、両袖を捲り腕を露出させると両腕の皮膚の一部を剥がし接続プラグを露出させた。そしてシートの側面に保管されてある接続プラグのコードを取り出すとその先端を両腕に差し込む。
「さて……」
ジャックはそう呟くとフォックスアイのコンピュータを起動させる。
別に動かすわけでもないのでプラグを差すことに意味はあまりないと思われるが、ジャックとしてはコックピットにいる時は常にフォックスアイと接続し戦闘モードと同じ状態に慣れておく必要があると考えているのでわざわざプラグを差し込んでいる。
両腕にプラグが差し込まれているがそんなことは知ったごっちゃないと言わんばかりにジャックは素早くコンソールを操作する。
モニターに表示される情報のメニューから必要なものだけを選び取る。モニターに映るメニューにはメールと表示され、数件の既読メールとNEWと光っている一件の未読メールが届いていた。
ジャックはそれを確認するとすかさずメールを開く。差出人は誰でもない、メールアドレスを渡したンジャムジからだ。
「……」
光の少ないコックピットの中でジャックはモニター自体が発する光を頼りにメールを読み進める。表情を変えずに目だけを動かしてメールを読んでいると、とある一文に視線が移すと思わずニヤリと表情を変えた。
メールの内容を要約するとこういうことだ。
『レイヴンを確認した。内一人は俺たちの同志だ』
◆
―――倉持技研―――
日本に存在するIS関連研究室であり、純国産第二世代量産型IS「打鉄」の開発メーカーでもある。その倉持技研第二研究所は大騒ぎになっていた。
何せいきなり政府機関及びIS学園から織斑一夏の稼働データ収集用に専用機を開発しろなどと通達されたのだ。
「まったく、上の連中は無理難題を良く言うよ」
まるで女性競技用水泳服のようなISスーツの上に白衣を羽織っているその特徴的過ぎる格好をして研究所の廊下を歩いているのは、この倉持技研第二研究所の所長である篝火ヒカルノである。彼女は通達が記された手紙を睨みつけながら所長室へと戻っているのだ。
「いきなり専用機を作れなんて、パンケーキを作るんじゃないのよ? それに打鉄弐式だって未完成なのよ?」
倉持技研第二研究所は現在日本の国家代表候補生用の専用機も開発している。だというのに4月中旬までに納入しろなどと言われては頭を抱えたくなるもの無理はない。
「仕方ないわね。弐型の開発を一時中止してスタッフを全て新型の開発に当てるしか……」
若干イラついているのだろう。歩く速さも心なしか速く、それによって豊満な乳房が上下にぷるんぷるんと揺れる。所長が通るので廊下の隅に寄り道を開ける男性研究員のほぼ全てがその揉みしだきたくなる衝動に駆られるバストに魅了され、頬を赤くさせてしまう。
しかしそんな男性の卑猥な視線など今のヒカルノには気付く暇すらない。今後の開発スケジュールの大幅な変更を頭の中で描きながら所員証明カードをコンソールに通し、それぞれの認証とパスワード入力をして所長室の扉のロックを解除した。イラついているヒカルノが所長室に入り扉を閉め明かりを点けて最初に見た光景は、
「やあやあ、同級生ちゃん。お久しぶり~!」
何処から入って来たか知らないが高級皮製の所長椅子に座り、何処から持ってきたかは分からないティーポットをデスクに置きティーカップを手に持ち紅茶を嗜んでいる、エプロンドレスを着た天災、篠ノ之束であった……
◆
―――中東―――
現在世界で最も治安が安定していない地域の一つである。
元より男尊女卑が当然であったが故にISによってもたらされた女尊男卑の風潮は、保守派と新体制派の対立をより克明なものにしてしまい内乱に陥ってしまっていた。
とある国。
繰り返される戦闘によって無人と化してしまった市街地。そこは数分前まで政府軍と反体制軍による激しい戦闘が行われていた。
しかし今は戦闘が終了したのか銃声が鳴る頻度がかなり低くなっていた。
その市街地のとある複数階建ての中。政府軍であろう軍人とISの操縦者が足に銃を撃たれ動けなくされていた。その前に立っているのは肥満気質の日本人風の男。
「ぐっ……何故日本人が……?」
銃弾による痛みに苦しむ操縦者が反体制軍であろう日本人を睨みながら言い放つ。
「日本人の血が混じっているだけだ。それに傭兵だとは思わないのか?」
手慣れた手つきで手に持つ突撃銃を弄りまわすとトランシーバーを使用して仲間を呼んだ。呼び出して少しすると増援がやって来た。捕虜になった軍人と操縦者を確認すると部隊長らしき男が傭兵の前に歩いてきた。
「ご苦労。報酬は帰還後にちゃんと渡そう」
「ちゃんとお財布の中身は渡してもらうぞ」
部隊長は短い会話を終えると歩けなくしていた捕虜たちを連行するように部下に命じる。しかし一人だけ扱いは別だった。
「その女は特別扱いだ。お前たちの好きにしろ」
その操縦者は新体制派によって極秘裏に派遣された操縦者だったが、その筋では有名な操縦者だ。女尊男卑の煽りに乗り男性を殺すことに対して全く抵抗を感じず、多くの反体制派の男を虐殺してきた女だった。
部隊長としては他の捕虜同様に扱いたかったがそれでは部下たちの怒りが収まらず示しがつかない。だからこそ彼女には犠牲になってもらうことにした。
部隊長の命令の意味を理解してしまった操縦者は目を大きく見開き血の気が引いてしまった。そして部下たちはにやついた顔をして操縦者へと手を伸ばす。操縦者は大声を出して激しく抵抗していたが、動けない身体で複数の鍛え上げた男たちの前では何の意味もなく無理やり倒されISスーツをナイフで破られその肌を露出させていく。
「しかし、どうやってISを倒したのだ? 我々が多大な犠牲を払っても撃破できなかったというのに」
隊長は部下たちの宴を背にしながら傭兵に疑問に思った事を聞いていた。
「ちょっとしたルートから入手した兵器と、地形を利用してな。狭い空間のISなんぞちょいと火力と防御力の高いパワードスーツにしか過ぎないからな」
まるで手慣れたかのように話す傭兵に部隊長はますます興味を抱くが、相手は傭兵。信用はしても信頼するまではいかない存在であると再認識しそれ以上聞くのは止めた。
「?」
傭兵はポケットに入れている個人用端末に振動があることに気が付くと取り出して内容を確認する。部隊長にその場から離れることを告げ、建物の外に出て周りの安全を確認してから内容を確認する。
「ンジャムジ、ではない?」
メールが届いていたが差出人が知り合いであるンジャムジでない事を確認してメールを開くと映像ファイルが添付されていた。傭兵はイヤフォンを取り出し端末に接続すると耳にイヤフォンを差し込み映像を再生した。
『……久しいな、ライウン。また会えるとはな』
「!? ジャック!!」
その傭兵、嘗てジャック・Oに忠誠を誓い、彼の計画の為に進んで犠牲となったレイヴン、ライウンは再び主に出会えたことに驚きと喜びを隠せなかった。
◆
こうして天災と天才はそれぞれ動き出した。
なんかジャックと束がのだめカンタービレっぽくなっちまった。