歌の女神たちの天使 〜天使じゃなくてマネージャーだけど!?〜 作:YURYI*
「っていう夢を見たんだよ!!!」
穂乃果の声が部室に響く。
今日は、ラブライブ予選の結果発表があるということで、部室に集まっているわけだけど…
「あ、ごめん。全然聞いてなかった…なんの話だっけ?」
なんか、穂乃果が長いこと何かを説明していたが、途中で飽きてしまって聞いていなかった。あくびをしながらみんなのほうを見ると、呆れた顔で返される。
「μ'sがMutant Girlsで予選突破できなかった話っ!」
「ちょっと!縁起でもないこと言うんじゃないわよ!」
穂乃果の言葉が終わるなり、にこがパコッと頭を叩いた。
痛いよー、なんて言いながら、穂乃果は私にくっついてくる。
「で?結果はどうだったの?花陽」
「なんでみはねちゃんは、そんなに冷静なんだにゃ?」
凛は首をかしげて私を見つめてくる。
じーっと見つめ返すと、凛はさらに首をかしげる。
「信じてるからだよ」
にこっと返すと、凛はほっぺたを赤く染めた。
「ず、ずるいにゃー…」
その反応を見て、ひとりで満足する。
「4位…」
いつの間にか、3位まで言い終わっていて、次が最後のひと枠となっていた。
「…………みゅ、μ's!」
全員から、安堵の息が漏れる。
「や、やったー!!!」
穂乃果の声を横で聞きながら、黙って喜びを噛みしめる。
1番喜んでいたのは、たぶん私。
声には出さないけど少し、ほんの少しだけ、泣きそうだった。
***
あんなことがあった後でも、私を普通にマネージャーとしてくれているみんな。
今の私にできることは、余計なことは考えずに、全力でμ'sを支えることだけだ。
「よし!それじゃあ、練習始めよう!!!」
予選突破もあって、みんなにやる気がみなぎっている。絵里や海未から今後の練習について軽く触れた後、いざ練習を始めようと言う時に問題は起きた。
「待って、誰か足りないような…」
ことりがぽつりと呟く。
しかし、他のメンバーはぽかんとしている。
明らかに、一人足りない。
「にこ」
私の一言で全員がハッとする。
声にならない驚き。
屋上から下を見下ろすと、昇降口からにこが出てくる様子が見えた。
*
「どこ行くの、にこ」
後ろから声をかけられて驚いたのか、にこはびくりと肩を揺らした後、ゆっくりと振り返った。
「今日はちょっと、用事があるの」
少し離れたところで、眉間にしわを寄せながらそう言う。
みんなはもちろん不審がっていて。
「本当に?」
たまらず聞き返す。
「…っ!ほんとよ。じゃあ」
一瞬、驚いた顔をして、そのまま早歩きで門を出ていってしまった。
こんなタイミングで隠し事なんて、不安でしかない。
みんなのほうを見ると、意見は一致しているみたいで。
あとをつけるなんて、ほんとは良くないんだけど。今回ばかりは仕方ないよね。
にこが最初に向かったのは、とあるスーパーだった。
まぁ、学校帰りに買い物するのは誰にでもあることだが。にこが周りを気にしながら入っていったことがとても気になる。
さすがに店内まで尾行するのは、お店側にも迷惑なので、入り口のところで待つことにした。
「…何やってるんだろう」
穂乃果の質問は、なにを期待しているのか。
「いや、普通に買い物じゃないの?」
どう考えても、これしかないだろうに。
「まさか……バイト…?」
「だから、買い物」
「大切な人が来てるとか!?」
「みはねちゃんがいるのに!?にこちゃん、すぐ乗り換えちゃったの…?」
「はぁ…もう、なんでもいいよ」
私の話、聞いてくれない。
勝手に盛り上がっている面々をよそに、絵里と希は私の腕を引っ張る。
「にこっちのことやから、裏から出てくるんやない?」
「だから、裏口にまわりましょう」
私の返事を聞く前に、二人は私をぐいぐいと引っ張って歩く。
「…あ、にこだわ!」
絵里が指差すほうににこの姿。
にこは私と目が合うと、一瞬悲しげな顔をした。
今のは、なに?
手を伸ばせば届く距離にいたのに、一瞬ためらってしまった。
そうこうしているうちに、希と絵里からうまく逃げて、にこは走り出す。
私もそれにつられて走り出すが、後ろから来た他のメンバーに抜かされてしまった。
みんなのことも見失ってしまい、たどり着いたのはにこの家の近く。
近くにあった階段の隅っこに腰をかけて、ぼんやりと考え事をする。内容は、まぁ、察しがつくだろう。
μ'sが予選が突破できて、すごく喜んでいたはずのにこ。
でも、今大切にしているμ'sの練習を休んでまでやらなきゃいけないことがあって。
そして、そのことを誰にも相談しない。
「うーん…」
なにか、理由はあるんだろうけど。
それってやっぱり、本人から聞くしかないよね。
「みはね…さん?」
家に行こうか、なんて思って立ち上がったら、急に声をかけられた。
「…はい」
少し間があいてしまったのは、目の前にいたのがにこにそっくりな女の子だったから。
「あ、もしかして…」
「はい!はじめまして。矢澤にこの妹の、矢澤こころです」
丁寧なお辞儀をした後、にっこりと笑う姿はとても愛くるしい。
思わず抱きしめたくなってしまった。
にこから話は聞いていたけど、本当に妹なのだろうか。
「はじめまして。桜みはねです」
「お姉さまから、お話はたくさん聞いていますっ。お姉さまの、こんやくしゃ?なんですよね!?」
ん。あれ。それは違うなぁ。
いや、聞き間違いかもしれない。
「にこが婚約者って言ってたの?」
「はい!」
うん。おかしいね。
それに、今は恋人ってわけでもないので、とりあえず訂正しておこう…
「ごめんね。私、婚約者じゃなくてマネージャーなんだ」
「お姉さまのマネージャーになれるのは、こんやくしゃで特別なみはねさんだけだって言ってましたよ?」
そんなに純粋な目で見られると、反論しづらいというか。そもそも、こころちゃんに反論したところでなにも解決しないし。
「…私のこと、さん付けしなくていいよ」
結果、無理に話をそらすことにした。
「…っ!?みはねぇさま…でも……」
目をキラキラさせて、上目遣いで。いつのまにか、袖まで掴まれていて。
予想以上の食いつきに、びっくり嬉しい。
「いいよ」
どんな呼び方とか関係なしに、ふにゃりと顔の力が抜ける。
「あーっ!みはねちゃん!」
「凛!と、花陽と真姫。みんなも」
みんな考えることは同じだったようだ。
続々と集まってくるメンバーに、思わず笑みがこぼれる。
「あっ、お姉さまのバックダンサーのみなさんですよね?」
掴まれたままだった袖を、くいっと遠慮がちに引っ張られる。
その言葉に、驚きを隠せないままこころちゃんの顔を見ると、すごく純粋な瞳。
「みはねぇさま?」
「う、うん。これ、どうしようか」
引きつっているであろう顔でみんなを見ると、表情は様々で。
なんだかよくわからないまま、こころちゃんに案内されて矢澤家に行くことになった。
「みはねぇさま!こっち、こっちに座ってください!あ、こたろう」
弟君、かな?モグラ叩きをしていたようだが、私に気づくとそばまで来た。
しゃがんでこたろうくんの頭に手を置く。
「はじめまして。お姉ちゃんの友達の、桜みはねです。お邪魔してもいいかな?」
こたろうくんは一瞬じーっと私のことを見つめた後、こくりと大きく頷いた。
「ありがとう」
今度は小さく頷いた。
そして、私の袖を掴むと、ようやく部屋に上がってきた他のメンバーを指差した。
「バックダンサ〜」
一瞬にして固まるみんな。
こたろうくんはそれだけ言うと、またモグラ叩きをしに座っていた場所に戻った。
よく見てみると、モグラにμ'sのメンバーの似顔絵が貼られている。
ことりはそれに気づいたようで、若干ひきつった笑顔をした。
「落ち着いてね、ことり」
「う、うん。大丈夫だよ」
ことりは、怒っているというよりかは困っているようだ。
絵里と海未は完全に怒った顔してるけど。
しばらくすると、絵里は携帯を取り出した。
少しの間の沈黙。
たぶん、にこに電話をかけているのだろうが相手が出る気配はない。
切れてしまったのか、絵里の顔がより不機嫌になった。
「あなたのバックダンサーの絢瀬絵里です」
いや、声低すぎだし。
なんだか怖くなって、他のメンバーがいるところに逃げることにした。
しかし…
「これ、μ'sのポスターだよね…?」
穂乃果は目をパチクリさせている。
視線の先には、確かにμ'sのポスターが何枚か飾られていた。
しかし、明らかに違和感がある。
そう、センターである穂乃果の顔とにこの顔が入れ替わっているのだ。
穂乃果からしたら、なんとも言えない気持ちだろう。
しかし、穂乃果よりも海未の顔がこわい。
「海未」
「なんですか」
その顔のままこっちを向く。
「顔、こわいよ?」
指摘されると、少しだけ眉を曲げた。しかし、怒った顔は変わらず。
「すみません、今はちょっと」
そう言って、私から顔を逸らそうとする。
「だめ。こっち向いて」
ほっぺたを掴んで無理やりこっちに向ける。
「海未は、怒ってる顔よりも、笑顔のほうがかわいいよ」
なんて、ベタなセリフで機嫌が直るのか。
「しかし…みはねっ」
駄々をこねる子どものように、私の制服を掴んで揺すってくる。
「気持ちはわかるけど、にこのことも考えてあげよう?まだなにも、わかってないし」
まだ何か言おうとする海未の手をとって、リビングへと戻った。
*
あの後、家に帰ってきたにこを捕まえて事情を聞くことになった。
しかし、にこが詳しく事情を説明することはなかった。
隣の部屋にはこころちゃん、こたろうくん、そして、にこが帰ってきたときにちょうど帰宅してきたここあちゃん。
三人は、モグラ叩きで遊んでいるようだ。
帰り際、下までお見送りに来てくれた3人は、にこのグッズを自慢げに見せてくれた。
帰り道、みんなの顔は難しい顔をしている。
今の、私にできること。
「ねぇ、にこって、お姉ちゃんじゃん?」
誰も、何も答えてはくれなかった。
「それでいて、忙しいお母さんの代わりに家事もやってるし」
それは、みんなもわかっていること。
それがどれだけ大変なのかは、実際やっている本人にしかわからないこと。
「一年の頃からスクールアイドルやっててさ。まぁ、結果その時はうまくいかなかったみたいだけど」
希の顔が、少し泣きそうになった。
絵里の顔は、何かを後悔しているような。
「またこうして、今度はみんなとスクールアイドル…μ'sをやってる」
今のにこの笑顔は、いつみても輝いていて。本当に、アイドルが好きなんだなって思う。
「でも、こころちゃんたちにとっては、ずっとアイドルだったんだよ。μ'sを始める前から。だから…」
ファンのためにも、どんな手を使ってでも、自分のアイドル像を崩してはいけなかった。
「わかってるよ」
穂乃果は、優しい笑みを浮かべて私にピースを向けていた。
「にこちゃんは、家ではずーっとアイドルだから。教えてくれなかったこと、ちょっと寂しかったけど。でも、言えない状況作ってたのかもなぁって、穂乃果思うんだ!」
穂乃果の隣には、ことりと海未が寄り添うように立っていた。
少し視線を右にずらせば、一年生3人の姿。
この3人は、本当ににこに懐いていると思う。凛と花陽は頷く。
真姫は、照れ隠しからか肩をすくめた。
今度は反対に目を向ける。
希。
「にこっちは、がんばり屋さんやし。ずっと前から、にこっちのこと見守ってたけど…でも、見守るだけじゃなんも解決しないやん」
希の瞳がキラリと光る。
「希が支えてくれてたから、今こうしてみんなでμ'sになれたんだよ」
私の言葉にこくりと頷いて、絵里は希のほうを向く。
「そうよ、希。希は私と違って、自分よりも他の人のことを気にしてしまうから…」
絵里の後悔は、今でもまだ消えてはいない。
きっと、責任感の強い彼女だからこそだと思う。でも、アイドル研究部をそのままにしていたのは、絵里が優しかったからだ。
「それはちゃう!えりちのほうが、優しいよ」
希はそれをわかってる。
「どっちも優しい。それでいいんじゃない?」
私が声をかけると、ふたりは困ったように笑った。
そしてこう言う。
なんだかんだ言って、一番優しいのはみはねだと。
そんなこと、ないんだけど。
むしろ私は、自分のことしか考えてなくて。誰にも嫌われないようにズルをして。
「今なら、私たちなら、にこのことを助けてあげられるかしら?」
絵里は、もう答えを持っているらしかった。
「穂乃果、ちょっといいこと思いついたかも」
にんまりと笑った穂乃果は、もう、μ'sのリーダーの顔だった。
***
次の日、穂乃果は学校にこころちゃん、ここあちゃん、こたろうくんを連れてきた。
その他のメンバーは、屋上で準備をしていたり、被服室にいたり。
つまり、にこのライブをするのだ。
スーパーアイドル矢澤にことしての、最後のライブ。
妹たちは悲しげな顔をしたが、にこは言ってのけたのだ、これからはμ'sと一緒に宇宙No.1アイドルを目指すと。
もちろん、バックダンサーという誤解もといてね。
私は、にことこころちゃんたちを家まで送ることにした。
「今日は、ありがと」
「私はなんもしてないよ。お礼は、明日みんなにね」
「…っ、それでも、あんたにも感謝してんの」
「はいはい」
私の右手にはにこ。左手にはこたろうくん。
こころちゃんとここあちゃんは、少し先を歩いている。
「昨日、家で反省してた。みんなのこと、頼らなかったこととか。今回、すごく迷惑かけたし」
「ふーん」
「あんた、興味ないわよね!?」
「ないよ。だって、これからは頼ってくれるんでしょ?」
「う、うるさいっ!」
顔を真っ赤にしているあたり、照れているだけだろう。
「そんな態度取るんだ。私のこと、婚約者…とか家で言ってたのは、どこの誰だったかな…?」
ジト目でにこのことを見ると、気まずそうに目をそらされる。
なんか、ごにょごにょと言っているが、何を言ってるのかさっぱりだ。
「なぁに?」
「そのくらい、みはねのこと本気で好きだって言ってるのよ」
うわ、ずるい。
「結婚したいくらい?」
「ーーーっ!そう!」
耳まで真っ赤にしてそう言い放つもんだから、眠そうにしていたこたろうくんが驚いてにこのことを見る。
「今こっち向いたら怒るからね」
絶対、私の顔も赤くなってる。
こたろうくんにすらバレるのが嫌で、こたろうくんを抱きかかえる。
やはり眠かったようで、すぐに眠りについてしまった。
今、家族っぽいかも、とか思ってる私を誰かぶん殴ってほしい。
「みはね、顔真っ赤じゃない」
もう、こっち見るなって言ったのに。
お読みいただきありがとうございます。