歌の女神たちの天使 〜天使じゃなくてマネージャーだけど!?〜 作:YURYI*
ユメノトビラずっと探し続けた
君と僕との
つながりを探してたーーー
「みう?A-RISEのライブが始まるわよ」
絵里に声をかけられて、意識が現実へと一気に引き戻された。
「ん、見る」
約束。守らなきゃ。
ライトがチカチカと光り、曲が流れ出す。
後ろを向いていた三人が踊りながら前を向く。後ろからライトが当たっていて表情がよく見えないが、それがまたさらにかっこよく見える。
「すごい…」
誰かがぽつりと呟いた。
その言葉に素直に頷いてしまった。
ーーー誰かのためじゃない
ツバサと目があって心臓が跳ねた。
その瞬間、さっきの言葉が思い出される。
“これからのライブ、あなたのためだけに歌うってことはできない”
あの真剣な瞳。ツバサは、スクールアイドルとしての意志をしっかりと持っている。
スクールアイドルの頂点に君臨している彼女は、誰か一人のために歌うことはない。それはわかっている。でも…
ーーー自分次第だから
“でも、あなたを魅了できるくらい本気で歌うわ”
あんなこと言われたら、自惚れてしまう。
今、ほんの少しでも私のこと考えてくれてたらなんて思ったり。みはねじゃなくて、私のことを。
…自分の都合のいいように考えるのはダメだ。
ーーー主役は自分でしょ?わかるでしょ?
下を向こうとした時、またツバサと目があった。しっかりと私のことを見つめて、ウインクをひとつ。
もう、本当に、かっこいい。
そこからは、一度もツバサから目が離せなかった。
曲が終わり、A-RISEの三人がステージから降りてくる。そのまま、まっすぐと私のところへ来た。
「みはねちゃん♪…もう、ツバサと英玲奈は本番前に会ったのに。私とは会ってくれなかったのは何でなの?」
あんじゅは笑顔でこっちまで来たかと思ったら、すぐに拗ねた顔をした。
「その、もともと会うつもりじゃなかったっていうか…。ご、ごめんなさい」
最初の言葉でツバサの眉間にシワが寄った。英玲奈はそれに気づくと、やれやれと首を振る。
「まぁ、今回はこれで許してあ・げ・る♪」
あんじゅは私の頬にキスをした。
「な、あ…!?」
なぜか驚いたのはツバサで。咳払いをひとつすると、ツバサはそっぽを向いた。
「はぁ…ステージチェンジまで少し時間があるから、ゆっくりしていてくれ」
英玲奈はとうとうため息をつくと、あんじゅの手を引いてその場を離れていった。
この状況はかなり気まずい。
隣にはなぜか怒っているツバサ。この状況を救ってくれる人は誰もいない。
ここは、自分で切り抜けるしかないと言うことだ。
「ツバサ…?なんで怒ってるの?」
「………怒ってないわ」
声がいつもより低いし、こっちを向いてくれない。ツバサが怒っているなんてわかりきっているのに、なんでわざわざ否定するんだろう。
「ふーん」
これ以上何を言っても、同じことを繰り返すだけな気がして。私も視線を横にずらした。
しばらくすると、隣からの視線を感じて、思わず顔をしかめた。最初から、私のこと見てくれていたらよかったのに。
「好き。初めてなの、私が誰かのことを追いかけるなんて」
ツバサは突然そう呟いた。
好き。その言葉に胸の奥が熱くなる。
ゆっくりとツバサに目を向けると、案の定じっと見つめられていて。
「え?」
ツバサの腕が首元に回ってきたかと思ったら、そのままぐいっと引き寄せられた。
心臓に悪いにもほどがある。
「だから、私から目を離そうとなんてしないで」
視界いっぱいに広がるツバサのきれいな顔。恥ずかしくて目をそらしたいけど、もちろん少しも目線をずらせない。
だって、ツバサの顔、すごく必死だから。
「ははっこれじゃ、近すぎて逆によく見えないよ」
なんだか急におかしく思えて、ついつい笑ってしまった。
「もう、ここ笑うところじゃないのに。このまま恋に落ちるところよ。まったく」
そのままツバサは私から離れて顔をそらした。
「ツバサから目を離してる」
「そ、それは、べつにいいのよ」
照れてるのか、顔を赤らめて両手で顔を隠してしまった。こういうのを、ギャップ萌え?って言うんだろうか。
でも、だからってなんでも許してしまうわけではない。顔を隠されているのが腑に落ちなくて、ツバサの腕をつかむ。
「ツバサもちゃんと私のこと見て」
「ど、どこからそんなセリフ覚えてくるのよ。μ’sから?ねぇ?」
真っ赤な顔で睨まれても、少しも怖くない。
またまた込み上げてくる笑い。しかし、今度はそれをこらえる。ほっぺをつんつんと叩くと、ツバサは覗き込むように私を見た。
「思ったことを言ってるだけだよ」
思っていた以上に自分の声が優しくて、びっくりしてしまった。
「はぁ…あなたには勝てる気がしないわね。負けなんて絶対に認めないけど」
ふっと目を細めて、本当に楽しそうに。
きゅんってしたなんて、今は内緒にしておこう。私も、ツバサには負けたくはないし。
なんだか急に恥ずかしくなって、逃げ道を探す。
「そろそろ、準備できたみたい。戻ったほうがいいかもよ」
「そうね。そうするわ」
少しだけ名残惜しそうな顔。
罪悪感を感じながらも、身を守ることに徹する。だって、もう、どちらにせよこの時間はおしまいだから。結果的には、ツバサを守ることにもつながるから。
「じゃあ、また」
そんなことを考えている自分に違和感を感じながらも、ツバサに手を振った。
*
ツバサが行ってから、時間が経つのは早かった。いや、もしかしたら、遅かったのかもしれない。ほんの一瞬、一コマ進むのがスローモーションに見えて。この時間が続けばいいのに、とか。まだもう少しだけ、なんて。そんなことを考えて、私は自分の中の時間を遅らせようとしていた。
悪あがきにもほどがある。
決心なんて、とっくについていたと思っていたが、言い聞かせていただけだったのかもしれない。
めまぐるしく動いていたスタッフさんたちも立ち止まり。さっきとは真逆と言っていいほどのシンプルなステージにμ’sのみんなが立った。頭には花かんむりをつけ、ふんわりとした水色を基調とした衣装に身を包んでいる。
それはまるで妖精のようで、私もみんなから目が離せなくなった。
曲が流れ出すと、時間がゆっくりと流れているように感じられる。
穂乃果、海未、絵里の三人が真ん中にいて。残りのメンバーが、その三人の周りをゆっくりと円になって一歩ずつ歩く。
最初は穂乃果。
「ユメノトビラずっと探し続けた」
次に海未。
「君と僕との」
きっと、この君はみはねで、僕はμ'sのことだ。
最後は絵里。
「つながりを探してた」
"つながり"
私が一番欲しくなかったもの。
でも、もう、たくさんのつながりを持ちすぎて。みんなからもらいすぎて。最後には、自分からつながりを持とうとしてしまった。
曲が一気にアップテンポになると、みんなは笑顔で跳ねるように踊りはじめた。
目をそらしたいのに、そらせない。これはみはねのための曲。それなのに、どうして、こんなにも惹かれるんだろう。
ふと、自分が紙を握りしめていることに気づいた。
「そうだ…絵里の、気持ち」
まだ見ていなかったことを思い出す。
これは今、私が持ってる、一番強い絵里とのつながり。さっきはこわかったんだ。
つながりを形にされてしまったことが。絵里の気持ちを受け取ることが。そして、それらすべてを失うことが、こわかった。
でも、今は違う。絵里の気持ちをちゃんと受け取らないと、諦めがつかないから。
紙を開くと、上の行から順番に目を通していく。半分を過ぎたあたりからが、絵里の言っていた2番の歌詞だ。
"Chance! 自分の想いがみんなの想いが
重なり大きくなり 広がるよ"
突然いなくなってしまったみはね。それによって、もっともっと、みんなのみはねに対しての想いが大きくなった。それは、あの時の私にも感じられていて。羨ましいような、でもどこか温かい気持ちになった。
"Chance! 期待の波へと身を任せてみよう
素敵さ…どこまででも続くPower"
このライブで、みはねに気持ちを届けると決めたあの時のこと。みんなのあの自信に満ち溢れた顔は、本当に眩しかった。
"瞳はレンズ僕の心へ 君の笑顔残そう
やがて思い出へ変わるのかい?
そんなことは今は考えないで"
なぜか、この部分だけ二重丸で囲われている。疑問に思ってよく見てみると、矢印が引っ張ってあって、その横にも何か書かれていた。
『みうの笑顔、大好きよ。消えるからとか、みはねじゃないからとか、そういうのなしでもっと笑ってほしい!』
絵里…
どこまでも優しくて。一緒にいると安心できて。ほんとに、本気で、大好き。
紙の上に、ぽたりと雫が落ちる。
まだ全部読み終わっていないから。涙なんか、出てほしくないのに。止まらない。
「ふっ…う、絵里…っ」
困らせてばかりだったことを、今さら後悔する。ごめんなさい。
"キボウノユクエ 誰にも解らないね
確かめようと見つけようと走ってく
キボウノユクエ きっと追い続けたら
君と僕にもトビラが現れるよ"
"ユメノトビラ 誰もが探してるよ
出会いの意味を見つけたいと願ってる
ユメノトビラ ずっと探し続けて
君と僕とで旅立ったあの季節
青春のプロローグ"
曲が終わると同時に読み終える。なんだか、くらくらする。そろそろ、終わりの時間だろうか。さよならは、やっぱり悲しいよ。
目の前にどこからか光が現れる。光の中に、扉が見える。まるで、歌詞の通りになったみたいに。
「みはね!?」
一気に体の力が抜け、私はその場に崩れ落ちた。
*
「みう!そろそろ起きて」
ぺちぺちと頬を誰かに叩かれる。
なに。今、私、機嫌悪いんだけど。
「機嫌悪くてもいいから、目を開けてよ」
は?なんで?喋っていないのに。
ゆっくりと目を開けると、目の前には私がいた。
「み、はね…?」
「うん。ちょっとぶりだね、みう」
ふんわりと微笑む彼女。
あの時の、絶望的な顔をしていた時のことを思い出して、少しだけほっとする。
「もう、大丈夫でしょ?早く戻って」
少し、ぶっきらぼうになってしまった。みはねはそんな私をみて、ふふっと笑みをこぼす。
「あのね、その事について、少し話があるの」
「なに」
「私たち、一つにならない?てか、もともと一つだったしね」
突然のことに、一瞬頭が真っ白になる。
「な、に…言ってんの?みんなが待っているのは…!」
さっき、ちゃんと諦めようって。
私は、もともとみんなと一緒にいたわけじゃないし。今さら、そんなこと…
「落ち着いて。そのね、絵里にはもう言ってあるよ。もちろん、賛成してくれた」
「いつの間にそんなこと!ちょっと待って、全然追いつかない」
だって、みはねはずっと私の中で眠っていて。いつだ。いつーーー
「…っまさか」
「うん。今日の朝だよ」
そうか、だから起きた時あんな状況になっていて。部屋を出るときの、あの絵里の表情にも納得がいく。
「もうちょっと言うとね、もうだいぶ私たち一つになり始めてる。いや、もう新しい私たちって言ったほうがいいかも。完全になるんだよ、これで」
少しだけみはねの言っていることが分かる気がする。私自身、自分の言動に驚く場面もいくつかあった。
「だって、でも…」
「いいでしょ?お願い。私、ちゃんとした桜心羽になりたい」
それは、私の希望でもある、か。
手を伸ばされて、なんとも言えない気持ちがこみ上げてきて。でも、ゆっくりと手を伸ばすと、絡めるとるように繋がれた。
触れている部分がじんわりと温かくなっていく。お互いの記憶とか、気持ちとか、全部が溶けて絡み合っていく。
再び現れたトビラに、二人で歩いて行く。
もう、迷いなんて少しもない。
私たちは、きっと、一緒じゃなきゃ意味がない。
お読みいただきありがとうございました!
ユメノトビラ歌うまでが長かった…