歌の女神たちの天使 〜天使じゃなくてマネージャーだけど!?〜 作:YURYI*
心地よく、あたたかい光。
浮遊感。
見えない波に身を任せ、ゆらゆらと光の中を漂っている。
「……う。…みう」
目を閉じていてもわかる、大好きな声。
そして、大好きな温もり。
大好きなあなたの、その優しくやわらかい手に触れられている。
このままずっとーーー
いや、このままじゃダメなんだ。
声のする方へ向かって、手を伸ばした。
お願い、届いて…!
***
目が覚めると、窓から差し込む光と私をじっと見つめる絵里の姿が目に入った。絵里の金色の髪に、朝日の白い光が反射してキラキラと輝いていて、微笑んだその顔すらも眩しくて。
手を伸ばせば簡単に届いてしまうほどの距離。いや、手を伸ばすまでもないな。って…
「絵里。ち、近くない、ですか…?」
その距離の近さに一気に目が覚めた。
変に敬語になってしまった私を見て、ふふっと笑みをこぼす絵里。その息さえも当たってしまうくらいの近さ。
「おはよう、みう」
本当に、穏やかな微笑みと優しい声色。
「お、おはよう」
嬉しさが込み上げてくるのを無理矢理に閉じ込めて、絵里に挨拶を返した。
そんなことよりも、そう、離れてくれないことだけが気がかりだ。
その気持ちがダダ漏れだったのか、絵里は困ったように笑って右手を上げた。
それと同時に私の左手も上がる。
「起こそうとしたら、急に捕まって。ね?少しだけ、このままでもいいかなって」
そう思っていたときに、私が起きてしまったと。
「あ、え…」
私が、絵里のことを掴んでいて。離さなくて。この近さで。
ぐるぐると頭の中で思考を巡らせて、すべてが合点した時には、心臓はばくばくと音を立てて頭の中も沸騰したかのようにぐつぐつなって、とにかくあつい。
嘘だ…いくら寝ぼけていたからって、私がそんなことするはず…
「ご、めん」
「いいえ。朝からいいものが見れたわ」
なんてウインクを決められて、全身から力が抜ける。
再びベッドに仰向けになって、顔を腕で隠すようにすれば、絵里は楽しそうに笑った。
「…忘れて」
「それは、なんのことをかしら?私のこと掴んで離さなかったこと?それともーーー」
「もう、全部!」
ガバッと起き上がって、絵里の言葉を遮るようにそう叫ぶ。
絵里を睨みつけるように見れば、いたずらが成功したように笑う顔。目があって、無性に悔しくなる。
絵里が私の頭に手を伸ばして、頭、そして頬へとなでながら移動させた。
頬を親指の腹でくすぐるようになでられれば、なんの言葉も出なくなって。
「ふふっ、かわいいわね」
ーーーでも、いやよ。
私のおでこにキスしてから、絵里はそう呟く。
「え?」
「忘れるなんて、絶対にいや。今のことも、あなたのこと全部」
顔では笑っているが、とても真剣な目。そんな絵里から目が離せない。息が詰まりそうだ。
いつもは悲しそうするのに、今日は違う。
少し困ったように眉を曲げている。
「絵里?」
なんだか無性に触れたくなって、絵里の顔に手を伸ばす。
指先が微かに絵里の頬に触れる。
「お姉ちゃん!みはねさん!もう、朝だよー!」
部屋の外から亜里沙の呼ぶ声。
ハッとなって手を下ろした。
「さ、亜里沙も待っているわ。行きましょう」
なにもなかったかのような声に小さく頷くと、絵里は私の手をとって部屋を出た。
…絵里、何かあったの?
そんなこと聞けるはずもなくて、私は絵里に手を引かれるままだった。
***
「あーっ、ついにライブだよ!しかもA-RISEだよ!?楽しみ!」
衣装に着替えるなり、ぴょんぴょんと犬のように飛び跳ねる興奮気味の穂乃果。
「穂乃果、少しは落ち着いてください」
そう言って穂乃果を見て、呆れたようにため息をつく海未。
「そういう海未ちゃんは、緊張してるよね…」
ことりは、あきらかに緊張している海未を指摘する。
「それはことりも同じです!」
そう叫ぶ海未に、ことりは苦笑いで返す。
なんでも、ライブ直前の二年生3人はいつもこうらしい。
「あまり緊張しなくてもいいんじゃない。A-RISE?だっけ?たちよりもかわいいし、自信持って」
それと、穂乃果はさっきからふわふわと衣装が舞っていて、目のやり場に困る。なんてことは言えなかった。
私の声に振り返った3人は、いつもの練習の時のような笑顔で。
その笑顔を見てなんだか満たされた気持ちになる。それと同時に胸がぎゅっと苦しくなった。
「あーあ、絵里の近くにいたせいで、みはねまで天然タラシになったわね」
準備を終えたにこが、そんなことをぼやきながら軽くデコピンしてきた。
「痛いんだけど…ってあれ、髪型いつもと違うね。似合ってる」
「っな!?あ、あんたね…!に、にこならなんでも似合うわよ!」
ぷいっと顔をそらされてしまったが、にこの耳は赤い。
「なに照れてんの」
「照れてないわよ!って、そんな目で見ないで!」
どんな目だよ。
なんか一人で騒いでいるにこをスルーして、花陽たち一年生のところへ向かう。それに気づいてさらにギャーギャー騒いでいるが、無視しよう。
「みはねちゃん、どうしたの?」
花陽は、本番前にもかかわらず普段通りにこにことしていた。
「花陽はあんま緊張してないの?なんか、意外」
思ったままを素直に伝えると、花陽は少し困ったように笑った。
「違うよ。かよちん、ほんとはすっごく緊張してるし、不安なんだよ」
凛が後ろから抱きついてくる。
「そうなの?」
「うん。みんな、おんなじ気持ちなんじゃないかな」
声はいつも通り明るかったが、そう言う凛の手は微かに震えていた。
花陽の手をとると、やはり震えている。
そうだよね。緊張しないわけないよね。こういうところ、もっとちゃんと、すぐに気づけるようになりたかったな。
「私は別に、緊張なんてしないけど」
いつも通り、自分の髪をくるくると指で弄っている真姫の手を両手で包む。
真姫の嘘、いや、小さな強がりを見抜くのは簡単だった。
「な、なによ」
「冷たいね、真姫の手。いつもあったかいのに」
やっぱり緊張してるんだ。そう言うと、真姫の顔は赤くなった。
図星だ。
ちょいちょいと凛と花陽の手もこちらに誘い、三人の手を一緒に包み込む。
「大丈夫だよ。私の持ってる気持ちとか想いとか、全部あげる。だから、ライブ成功させて?信じて待ってる」
ね?と首をかしげると、3人とも悲しそうに笑った。こんな顔、させたいわけじゃないのに。なんて今さらか。
少しだけ気まずい空気になってしまったところで、控え室のドアが鳴った。
「本番前にごめんなさい。少しいいかしら」
現れた人物を見て、思わず顔をしかめてしまう。
「綺羅ツバサ…」
ツバサはまっすぐ私のところへ来る。
「あら、みはね。そんなに警戒しないでほしいわね」
余裕そうな笑みを浮かべるツバサを睨みつける。
「私、今あまりキミに会いたくない」
「なぜかしら。嫌われるような事、した?」
完璧なまでのきれいな笑顔で。
なんだか二人きりになりたくて、いや、みんなのいるこの空間で話がしたくなくてツバサの手を引いて部屋を出た。
「ずいぶんと大胆ね。自分から手を繋いでくれるなんて」
「繋いでるんじゃなくて、掴んでるんだけど。はぁ…ねぇ、私怒ってる」
ツバサは一瞬真顔になると、また笑顔を作った。
「それは、なにに対してなの?」
さっきの笑みとは違う、普通の笑顔。
笑ってるのはムカつくけど、こっちの方がまだましだ。
「あの時、私がみんなに捨てられるって、言ったでしょ」
ずっと聞きたかったこと、あったら必ず聞こうと思っていた。そして、場合によっては文句の一つでも言おうとも。
ツバサは、あぁ、そのこと。と呟くと、じっと私を見つめてくる。
「あれは私の本心よ。だって、そのほうが好都合だもの」
実際に言われたのは私じゃないけど。
そうか、この目で言われたら確かに無理だ。
μ’sにはない、絶対的な自信に満ち溢れた瞳。
王者の風格というものなのだろうか。オーラが他の人たちとは全く違う。
でも、ここで怖気付くわけにはいかない。
「好都合。ってなに」
「私、あなたのことが好きだって言ったのよ?捨てられたって私が奪う、この前も言ったはずよ」
待って、私がみはねから受け継いだ記憶にはそんな言葉入っていない。
「言ってたっけ?そんなこと」
「言ったわよ。捨てられるわよの後に」
その言葉にくらっとくる。
なにそれ、それって、だいぶみはねが思ってたことと違う意味になるんじゃないか。
聞くまでもないが、確認しないわけにはいかない。
「…つまり?」
「え、あぁ。誰が相手でも、あなたは私が奪う。ここまで言えば、ちゃんと伝わるのかしら?」
伝わったよ。
もう、これでもかってくらいに恥ずかしいこと言われてるはずなのに、ツバサが言うと心にすっと入ってくるのはなぜだろう。
「なるほど、ね」
私が彼女と入れ替わった意味は一体なんなのか。そんなことを考える。
ツバサがもっとストレートに伝えていたら。みはねはとても大切なライブにいられなかったこと、もしかしたらすごく嫌かもしれない。
それでもこんなことを思ってしまう。
みはねの勘違いでも、入れ替わることができてよかったと。私にとってはとても意味のある時間だったと。
「ねぇ、私はみはねに嫌われてしまったの…?」
黙っていると、突然ツバサは私の袖をぎゅっと握って上目遣いで見つめてきた。
「へ?…あ、えぇ?」
さっきの態度とはあまりにもかけ離れた。いや、自分の知っている限りのツバサとは全く違う。それゆえに、うまく対応ができない。
あれ、ツバサってこんなにかわいい感じだったっけ。
「ねぇ、どうなの?正直に言って」
顔をぐいっと近づけられて、思わず仰け反ってしまう。
そんな私の態度に何を思ったのか、ツバサの瞳が潤む。
「え、あ、ちょっと待って。なに?これ、なんなの?」
「私のこと、嫌いなのね」
演技なのか。
これは、演技なんだろうか。
私の記憶にあるツバサは、いつも堂々として自分に自信を持っていて。涙なんて、見せるわけない。
「待って、ほんとに。ちょ」
「謝るから、嫌いにならないで」
ポタリと涙が瞳から落ちる。
え、なに。ツバサの涙を見て、動悸が激しくなる。
本当に、私は何をやっているんだ。
「嫌いじゃないから!ほんと待って」
「ほんとに、嫌いじゃない…?」
「ほんとだって!ね?私のこと信じて?」
こくり。
ツバサは頷くと、ぎゅっと私の首元に抱きついてきた。
「初めて、人前で泣いたかも」
すんと鼻をすすっている事で、本当に泣いているんだなってわかった。
「これからライブなんだから。目、赤くなったら困っちゃうよ?」
「そうね。なんとかするわ」
へらりと笑ったツバサを見て、胸がぎゅっとなる。ねぇ、こういうのを、反則って言うんじゃないの。
照れを隠すように、ツバサの目元を親指で拭う。
「なんとかするって…もう。ほら、落ち着いて?」
初めて絵里と会った日教えてもらったように、抱きしめて、とんとん、とあやすようにツバサの背中を叩いてあげる。
しばらくすると、ツバサはありがとうと言って離れた。
「今、自分でもびっくりしてるわ。私、あなたに嫌われるの、すごく嫌みたい」
そう言って、私の顔色を伺うように下から見つめてくる。
「よかった、目赤くなってないね。その…ありがとう。嫌いになる事ないと思う」
私はこれから消えるから、先のことはみはねにしかわからないけど。たぶん、彼女なら嫌いにならないと思う。
ツバサの気持ちは、周りが思っている以上に大きいものらしいし。きっと、みはねにも伝わっているはずだ。
「その、ね。これからのライブ、あなたのためだけに歌うってことはできない。でも、あなたを魅了できるくらい本気で歌うわ。だから…」
ツバサは目を伏せて、ゆっくりと私に手を伸ばしてくる。
その手を私に触れるよりも先に取って、優しく握った。
「うん。A-RISEの時は、A-RISEのことだけ…いや。ツバサのことだけ考える」
「ふふっ嬉しい」
いつの間にか、ツバサに指を絡められていて。
きゅっと握ったり、力の入れ具合を変えてみたり。親指で手の甲をなでられたりと、私の手は完全にツバサのおもちゃ状態で。ちゅ、と手にキスを落とされて顔が熱くなる。
止めようとは思うが、時折嬉しそうに目を細めるから。そんな姿を見て、何も言えなくなってしまう。
「ツバサ、こんなところにいたのか。最後の確認をするから来てくれ」
どうすることもできず、困っているときに英玲奈がやってきた。
「わかった。今すぐ戻るわ」
私から離れたツバサの顔は、普段画面越しに見るときの顔に戻ってしまっていた。
一体どっちが素なんだろうか。
「じゃあ、みはね。約束は守ってね?」
「もちろん」
また後で、と言ってツバサは背を向けた。
別れは案外あっさりしているな。なんて、なにを期待しているのか。
「ツバサが世話になったみたいだな」
そう言ってツバサ背中を見つめる英玲奈の横顔は、まるで姉のようで。絵里が亜里沙といる時のような顔にとてもよく似ていた。
「いや、そんなことないよ」
ツバサのことを見つめながら、英玲奈はぼそりとこんなことを呟いた。
「ツバサに振り回されるのは嫌いじゃないが…」
たまに疲れる時もある。と。
でも、英玲奈の顔はとてもいい笑顔で。
「そっか。私、かっこよくてみんなの憧れの的であるA-RISE好きだよ」
そんなA-RISEであれるのは、紛れもなくツバサのおかげだろう。ツバサが周りを振り回すことも、穂乃果が周りを振り回すことも、どっちも必要なことなのだ。きっと。
「ははっそうか。なら、私ももっと頑張らないとな」
ふわっと私の頭をなでて微笑んだ。
「応援してる。もし疲れたら、話くらいは聞くよ。いつでも」
ポケットに入っていた紙に、ボールペンで自分の連絡先を書いて渡す。渡してからハッとした。みはねは嫌がらないだろうか。
「何から何まですまない。ありがとう」
「いいえ。ライブ、がんばってね」
「あぁ。それじゃあ」
私が小さく手を振ると、英玲奈はそれに答えるように軽く手をあげ去って行った。
ふっと目を細めて微笑む顔は、見惚れてしまうくらいにかっこよかった。クールな印象が強かったが、それよりも優しい人だということがよくわかった。
みはねに戻って連絡が来ても、彼女ならたぶん会いに行くだろう。大丈夫だ。
これから消えるはずなのに、周りと関わりを持ってばかりなのはなぜだろう。
それで困るのはみんなだし、みはねだ。
いや、それよりも今一番私自身が迷惑だと思っている。嫌だ、こんなの。
過ぎたことは仕方がない、か。
少し遅くなってしまったが、これからμ’sのみんなともちゃんと話をしよう。
私は少し緊張しながらも、μ’sの控え室へ急いだ。
お読みいただきありがとうございます。