歌の女神たちの天使 〜天使じゃなくてマネージャーだけど!?〜   作:YURYI*

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56.過去

 

 

 

 

 

 

 

 

コン、コン、コン。と、誰かがはしごを登ってくる音がする。

私は、目を閉じたまま寝たふりをすることにした。

ひとつ、またひとつと音は上に登ってくる。

しばらくして音が止まった。上についたのだろう。

 

 

「みはねっ」

 

音の主であろう人は私の名前を呼んで、寝ている私に抱きついてきた。

 

「よかった…いなくなっちゃったと思った」

 

そう言って私の頬をなでる。少しくすぐったい。

なんだか少し興味が湧いて、ゆっくりと目を開けた。

 

「ん…誰?」

 

目を開けた先には、きれいな金色の髪と青色の瞳があった。絢瀬絵里…だっただろうか。絵里の瞳からは宝石のようにきれいな涙がこぼれていた。

 

「みはねぇ…っく、うぅ…」

 

起き上がった私にしがみついて泣いている彼女に戸惑う。どうすればいいのかわからない。

 

「どうして、泣いてるの?」

 

「っそんなの、みはねが心配だったからよ!当たり前じゃない!」

 

肩を震わせながらより強く抱きついてきた。

心配だったから、か。そんなこと言ってくれるような人が今はそばにいるのか。

なぜだか、そんな些細なことで絶望的な気分になる。

しかし、だんだんと泣いている絵里を見ていたたまれない気持ちになってきた。

とりあえず、謝ればいいのかな。

 

「ごめんなさい…?」

 

「ばかぁ。いなくならないでよ…」

 

泣き止まない絵里をどうすればいいのかがわからない。彼女ならどうするのだろうか?

こういうことはわからない。なにも。

ただ、わかることが一つだけある。それは、私は、みはねは絵里のことが好きだ。大好きだ。私自身にその気持ちがないにも関わらず心臓がうるさい。鼓動が全身を伝わっていく。身体中が、心が絢瀬絵里のことを好きだと叫んでいるようだった。

これが、人を愛するということなのだろうか。初めての感情にどうすることもできない。なぜこんなにも苦しいの。

 

「ねぇみはね。いつもみたいに慰めてよ…」

 

それはたぶん、伝えるつもりがない言葉だったのかもしれない。

小さくそう呟かれた言葉に疑問を抱く。

 

「慰める?」

 

慰めるとは何をするのだろうか?

 

「えっと、どうすればいいの?」

 

思わず聞いてしまった。

これは言わないほうがよかったかもしれない。

 

 

「ねぇ。なんだか変よ?」

 

絵里の不審そうに私を見つめる。

あぁ、やっぱりダメだ。こんなのバレてしまうに決まってる。

だって、私ともう一人はあまりに違いすぎる。

 

「ごめんなさい」

 

「どういうこと?なんで謝るの?」

 

「実は、私は、みはねだけどみはねじゃないの」

 

信じてもらえるだろうか?いや、説明くらいは私からするべきか。無理にかわったのは私だし。

私はそう決心して困った顔をしている絵里に話すことにした。

 

「私は、もう一人なの。わかりやすく言うと…みはねのもう1つの人格。私の話を、聞いて?」

 

 

 

 

私の、過去を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は人に愛されたことも人を愛したこともなかった。

私の両親は望んで私を産んだわけではなく、ただ、できてしまったから。それだけだった。

両親は結婚しているわけではなかったらしい。

だんだんと私という存在が邪魔になって、それが原因で両親の仲はどんどんと悪くなった。私に物心ついた時には既に母親の姿はなかった。

 

 

父親はというと、仕事で家にいることはほとんどなかった。

家に帰ってくるたびに女の人を連れてきていた。

 

隣の部屋から声が聞こえる。

 

私は邪魔にならないように、息を殺して、部屋の隅にうずくまっていることしかできなかった。

 

 

 

 

いつも考える。

 

 

 

 

 

あぁ、私の名前ってなんだったっけ。

 

 

 

あぁ、私の存在価値ってなんだろう。

 

 

あぁ、私はなんで生まれてきてしまったんだろう。

 

 

 

 

 

邪魔なだけなのに。

 

 

 

答えなんて、誰も教えてくれない。

 

名前なんてそもそもなかったのかもしれない。私が誰かに名前を呼ばれることは一度もなかった。

存在価値。そんなものあるわけない。だって、ただ存在しているだけなんだから。

なんで生まれてきたか。教えてほしい。私はなんで生まれてきてしまったのーーー

 

 

 

 

机の下に落ちた写真たて。中に入っている写真は過去の両親。その写真は、誰がやったのか、マジックペンで黒く塗りつぶされていた。

 

部屋に置いてある本棚にはぎっしりと本が詰まっていて。毎日少しづつ読み進めていった。簡単な絵本から少しずつ難しい本へ。本から知識を得ることは楽しかったと思う。

 

 

 

たまに帰ってくる父親。

彼と一緒にたまに家に来るきれいな女性。

机と写真たて。

たくさんの本。

この静かな部屋。

それが私の世界で、私の全てだった。

 

 

 

ある日、本棚の隅に見つけた小説、それが私の人生を変えた。

その本の主人公は心羽(みはね)

天使に憧れる心優しい女の子。彼女はとても優しくて、周りのみんなから愛されて、それで、ちょっとだけ泣き虫だった。

 

私は心羽がとても羨ましくて、彼女みたいになりたいと思った。

 

 

それで、なんだかこんなところでなにもできない自分がすごく嫌になって、部屋の窓から飛び出した。もちろん一階じゃないし、どのくらいの高さかわからなかったけど、まぁ、落ちたんだ。不思議と怖くなかったけどね。

怪我はしてたけど無事だった。下にいつも父親といる女性が女の子を連れていて、私に何かを言おうとしていたけど、それすらも怖くなって逃げ出した。よくわからないけど走って走って走りまくって。どこだかよくわからないところで力尽きて、倒れて。

もう、いろいろと疲れてたんだと思う。このまま死んでもいいかなとさえ思ってしまった。

そう、あの家から自分の力で、自分の意思で出たってことだけで満足したのかもしれない。

 

そしたら、いつの間にか、なんて言えばいいのかな、心の中?みたいなところで自分自身と向き合ってた。

何かを話すわけでもなく、彼女の頬に少しだけ触れたの。

優しく抱きしめられて、大丈夫だよって言ってくれた。それが今私の中で眠ってるもう一人の私。

 

どっちの私も私で。どっちも本物。

 

 

 

 

あなたは、()()()()()()幸せになってーーー

 

 

私はそれだけを願って、彼女に自身のこれからを託した。

そうして自分は心の奥深くに閉じこもって、記憶のない彼女に守られてきたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の話を聞き終わった絵里は、疑問と悲しみが入り混じったような顔をしていた。

 

「ということは、二重人格ってことになるのよね」

 

絵里の言葉にゆっくりと頷く。

 

「そういうことになる」

 

「そうなのね…」

 

「うん」

 

信じてもらえただろうか?私の話を。嘘のようで、本当の話を。

悲しそうに私の話を聞いていた絵里は突然怒った顔になる。

 

「…なんで無表情なのよ」

 

「そんなこと言われても、これが私の普通だから」

 

そう、とため息をつくと私のほっぺたをむにゅむにゅといじりだす。

 

「にゃにすりゅの」

 

「もう。なんかむかつくわね」

 

なんて言いながらも絵里は笑っていた。

二重人格ってところに触れてこないってことは、信じてもらえた?のかな。

 

「ねぇ。どうしていきなりあなたになったの?」

 

その言い方に、少しだけ嬉しくなる。

ちゃんと、今は眠っちゃってる私とは別の人間として扱ってくれているようで。

 

「あぁ、それも教えなきゃね。もう一人、追い込まれちゃったみたいで。綺羅ツバサに君たちにすぐ捨てられちゃうって言われたみたい。彼女、ひどく不安になって」

 

むすっと不機嫌になった絵里は、突然がっしりと肩を掴んできた。

 

「ねぇ、戻ることできないの?」

 

「なんで?」

 

「いや、また私たちになにも言わないで悩んでってことじゃない?頭にくるわよ」

 

頭にくる、と言っているわりには全然怒っていなさそうだ。どちらかというと、不安な顔をしている。

 

「彼女のこと、大好きなんだね」

 

「当たり前よ」

 

「そう。彼女は他人の気持ちにとても敏感。記憶にないだけで、体はきっと覚えてる」

 

それが、なかなか難しいのだ。

 

「どうしたらみはねは戻ってくるの?」

 

「今はまだなんとも言えないけど…みはねが、出てきたいと思ったら自分で出て来るんじゃないかな?」

 

だから今は彼女が出てきてくれるのを待つしかない。

 

「そう。じゃあ、あなたのことサポートするわ。このまま今までみたいに生活できないでしょ?」

 

「うん。ありがとう」

 

なんだかすごく愛されているんだね。すこし、羨ましかったり。

はやく彼女が戻って来るといいんだけど。それが、私にも、μ'sにも、彼女自身にもベストだと思う。

 

「そういえば、あなたはもともとなんて名前だったの?」

 

「名前なんてなかった。あったとしても君に教える必要はないと思うけど…?」

 

「そうなの。って、そこまで言わなくてもいいじゃない!もう」

 

彼女は頬を膨らませてむすっとした顔をして拗ねている。

 

「まぁ、名前がないのは本当なの」

 

「そうなのね…」

 

ごめんなさいと絵里は俯いてしまって、どんな顔をしているのかわからなくなってしまった。でも、たぶん、悲しい顔をさせてしまっただろう。

 

「たぶん、もう一人はあの物語の主人公の影響を無意識に受けているんだと思う。いや、違うか。私がそうあってほしいって願ったからかもしれない」

 

南ことりと初めて会った時、彼女は自然とみはねと名乗ったのだ。

だから、彼女はみはね。私がそう望んだから。

 

「でも、影響を受けていたとしてもみはねはみはねよ」

 

絵里は少し悲しそうに笑った。

 

「そうだね」

 

「でも、あなたもきっと優しいのね。じゃないと、そんなに優しい顔で笑わないもの」

 

「え?」

 

絵里の言葉を不思議に思い、自分の顔をペタペタと触って確認する。

そんな私を見かねてか、ポケットから鏡を出して、私に向けてくれた。

鏡に映る私は、絵里がいうように笑っていた。

ぽろりと涙がひとしずく溢れる。

 

「頑張ったのね、今まで」

 

そう言って、優しく頭をなでるものだから、余計に涙が溢れてきた。

 

 

あまり、優しくしてほしくない。

嘘、本当はもう一人の私が羨ましかったのだ。

 

 

 

 

こんな感情、知らなくてよかったのに…

だって、私はただ一時的に代わりをやっているだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます!

やっとみはねの過去が出てきました。
なんか、意味がわからなかったらすみません。
質問していただけたら、わかりやすく書き加えていきたいなって思ってます。


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