歌の女神たちの天使 〜天使じゃなくてマネージャーだけど!?〜 作:YURYI*
朝の教室で睡眠をとるのは私の日課。
最初の頃はずっと起きて外を眺めていたんだけど、最近は鳥のさえずりと登校してくる生徒たちの声を聞いているとついつい心地よくなって寝てしまう。
そんな私をいつもだったらみんななにも言わずにスルーしてくれていたんだけど…
どうやら今日は違うみたいだ。
ガヤガヤと騒ぐみんなをよそに、寝たふりを決め込んでいた私だけど、ついに髪を片方に寄せられさらに騒がれ体を揺すられてしまえば起きるしかない。
「なぁに?」
少しだけ不機嫌なのは気づかれないように笑顔で首をかしげる。
体を揺すっていたであろうクラスメイトの一人はなんとも気まずそうな顔をしている。
彼女の視線と後ろのみんなの視線が同じところを見ているため、なにが言いたいのかすぐ理解できた。
彼女たちはきっと、私の首についている複数の跡が気になって仕方がないのだろう。
「そ、それって…き、キス」
「なんでもないよ?虫にでも刺されたのかも…ね?」
誰かのセリフとかぶせてすぐさま否定をすれば、誰もそれ以上問いただしてくることができない。
みんなを利用しているような、悪いことをしているような気がして気分が悪くなる。
これ以上は、笑顔も崩れそうだ。
「ほら、席ついてー」
タイミングよく先生が来たためみんなは席に戻ってくれた。
「はぁ…」
何やってんだろうな、私。
女子校で、ましてやこんな目のつくところに赤い痕をつけていれば、誰だって気になるだろう。
それをわかっていて、今この状況を作ったのは自分自身だ。
しかし、私のほうを見てシュンとしている三人の姿がなんともかわいくて仕方ない。
少し意地悪をしたくなって、口パクで「ばか」と言って、拗ねた顔をする。
真姫ちゃんと花陽にはちゃんと伝わったようで苦笑いで返された。しかし、凛にだけ伝わらなかったようで、首をかわいらしく傾げている。
その様子に私が笑えば真姫ちゃんと花陽もつられて微笑んだ。
「みんななんで笑ってるのー!」
笑われたのが気に入らなかったのかそういって立ち上がった凛。教室は一瞬固まり、ドッと笑いが起きた。
「星空…いきなりどうしたんだ?」
先生はあくまで真顔で凛に声をかける。それがまたなんとも恥ずかしい。
「な、なんでもないです…」
顔を真っ赤にしてストンと椅子に座る凛は、やはり怒りより恥ずかしさが勝ってしまったようだ。
「あ、そうだ桜」
「なんですか?」
「理事長が、みはねちゃんは昼休みに理事長室にきてねはぁとって言ってた」
がっつり口ではぁとって言ったよね!?
しかも棒読みすぎて…はぁ…
「わかりました」
なんなんだろう。こんな前もって呼び出されることは珍しいな。
いつもは突然放送で呼びつけたりするから…
これはこれで恥ずかしい。
凛がクラスメイトにからかわれている中、私は一人でひっそりと意味もなく恥ずかしがっていた。
*
いつ来ても緊張する理事長室のドアを軽くノックする。
いつもならすぐに返事が返ってくるのだが、今回は返事が返ってくるどころか人の気配すらしない。
いないなら呼び出さなければいいのに、なんて心で悪態をつきつつドアに手をかける。
中を覗くとやはり誰もいない。
いない時は中で待っていてくれればいい、という理事長の言葉に従って、おとなしく中で待つことにした。
「し、失礼します。いないんで中で待ちますよ」
なんて誰もいないのに。
中に入ったのはいいが、どこにいればいいのかわからない。
「みはねちゃん!」
「きゃあ!?」
突然後ろから抱きしめられて、つい女の子らしい声を上げてしまった。
犯人は…
「理事長!びっくりするじゃないですか!」
私の言葉を無視して耳元でクスクスと笑っている理事長。
「ちょっと、聞いてるんですか?」
「聞いてるわ。いいじゃない、たまにはこういうことしても」
そうなんとも甘い声色で言って、私の顔を優しく撫でる。
ぞわり、とくすぐったさが全身を駆け巡り思わず息をのむ。
「ふ、ふざけすぎですよ」
「あら、ふざけてなんかないわ。こんな見えるところにこんなのつけてる悪い子を、少しだけ…お仕置きかしらね?」
理事長の少し冷たい手が触れたのは、紛れもなくキスマークが付いている場所。なんで知っているのか、なんて考えている場合ではない。
「お仕置きされるようなことはしてません。それに、これはμ'sのみんなから…ぁ」
「そんなの知ってるわよ?」
向きを変えられてお互い向き合う形になる。
いつも穏やかな笑みを浮かべている理事長はそこにはいなかった。
なんとも真剣な眼差しで見つめられてしまえば何もいうことができなくなってしまう。
無言のままゆっくりと後ろに押されていく。それに合わせて逃げるように後ろへ行けば、ついに机に手が付いてしまった。
「それ以上は逃げられないわよ」
「そ、んなのわかってますよ」
わかってるけど、どうすることもできない。
なんだかよくわからないけど、金縛りにあったかのように体が動かない。
「ふふっ、私が理事長だから抵抗できないのかしら?それとも…」
「理事長にこんなことされるなんて思ってなかったから、対処法なんてわからないんです!」
理事長はそう、と小さく呟くと私のブレザーを脱がせて机の上に置いた。
「あついわね」
いや、あつくないです。
なんて言葉はさすがに口に出さない。
「こんなバッチリ見えるところに…ことりにも注意しておかないといけないかしら?」
「それはお願いしたいですね」
「そこは正直なのね」
なんだか疲れてきた。
私がはぁ…っとため息をつくと理事長は目を細めて笑った。
「なんですか」
「いや、かわいいなぁって。みはねちゃんは本当にかわいいわね」
「理事長はいつもとてもお綺麗ですよ?」
「っいきなりそんなこと言われたら…もう、かわいすぎね」
そろそろこの茶番も終わるだろうか、なんてぼんやり考えながら体勢を戻そうとする。しかし、私の体勢は余計に崩れ、気付いた時には理事長の顔が私の顔のすぐ横にあった。
「あ、の…?」
チュッとリップ音が聞こえだと思ったら、首筋に歯を立てられる。
「ちょ、ま…」
ぐるぐるぐるぐる。
なに。私今どうなってんの?
わからない。でも…この状況は非常にまずい!
「失礼します」
「…!?」
まずいと思った途端にドアが開き、嫌な汗がつーっと背中を伝う。
これは、入ってきた相手が誰でもとんでもないことになっちゃう!
そっと理事長の肩越しにドアの方に視線を向けると、そこには見慣れた2人が。
「み、はね…?理事長!?」
「これは、あかんところに来てしもたなぁ」
よりによって、なんでこの2人なの…
なんだか2人から真っ黒いオーラが見える。
そんなこと気にしていないのか、理事長は微笑んでいる。
私は理事長からするりと抜けだすと制服を整えた。
「絵里、希、なんでもないからね」
「あら、なんでもなくわないわよ?」
「なんでもないんです!」
「もう、つれないわねぇ」
理事長、その笑顔は絶対この状況を楽しんでいるからですよね。
「それで、何の用ですか?」
絵里は特にこれといって深くは追求しなかった。これは、今は生徒会長モードの絵里、ということか。
そのことに理事長は驚いたようで、椅子に座っていつもの凜とした大人の女性の表情に戻った。
「生徒会のことよ。次期生徒会はどうなるのかしら?」
にこり、と理事長は笑顔を絵里に向ける。
それに答えるように、絵里も笑顔になった。
なんというか、営業スマイル感がすごく出ている。それは希も気づいたようで、絵里を呆れた顔で見ていた。
「高坂穂乃果に生徒会長をお願いすることにしました」
「そう。楽しくなりそうね?」
「そうですね」
「ええ」
なんだかとんでもなく怖い。
両者全く目をそらさずに笑顔をキープしている。
「理事長?もうほかに用事はないですよね?」
「ないわ。あ、そうだ!みはねちゃん。今日から毎日放課後に私のお手伝いでもしない?」
「「却下です!」」
突然の理事長の発言に、言われた私ではなく絵里と希が反対した。
こんなちょっとしたことで喜んでいる私は相当ちょろいと思う。
「だそうですよ?まぁ、お手伝いくらいはいつでもしますよ」
そう言って携帯を出して振ると、理事長はふわりと穏やかな笑みを浮かべた。
「ほんとに、みはねちゃんには敵わないわ」
その言葉の意味はよくわからなかったが、なんだか心があったかくなる。
「それでは、失礼します」
ほな行くよ、と希に手を引かれ理事長室を出た。
「もう、みはねは無防備すぎるのよ」
「そうやで。ウチらが来なかったらどうなってたことやら」
希と絵里に挟まれて交互に小言を言われる。
「ごめんなさい」
希は手を繋いだままだし、絵里は私の腕に絡みついてくる。
もう、そんなにしなくても誰も私のことなんて取らないよ…?
「いや、あのままだったらみはねは間違いなく理事長に襲われてたわね」
「そうやね。理事長の目、本気やったし」
「あれ?私声に出してた?」