Fate/kaleid blade   作:サバニア

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VSセイバーオルタ、完!


12話 Break

 庭園を統べていた魔女はもう居ない。

 (あるじ)を失った庭園はいずれ崩れ去り、この度の夜に終わりを告げる筈だった。

 

 

 だが、それは訪れなかった。

 その場所は庭園から鉄と鉄がぶつかり合う舞台へと遷り変わったからだ。

 

 

 切っ先を交差させながら舞台で舞うのは二人。

 己の全てを収斂させた一刀を携える“錬鉄の剣士”。

 数多の願いに鍛えられた後に、闇に染められた黒い聖剣を携える“黒い騎士”

 

 

 彼らの間に会話は無い。代わりに周囲へ伝わるのは絶えることが無い剣戟。

 銀線を奔らせ闇を斬り裂く太刀筋、

 黒い閃光で標的を照らす剣線。

 刀と剣は何度も鮮やかな橙色の花を散らして、闇夜を彩る。

 

 

 剣士が空気を切りながら踏み込み一刀を振るえば、騎士は突風を纏った剣で迎え撃つ。

 騎士が瓦礫を散らし嵐を叩き込めば、剣士は巧く嵐の流れを捌き、即座に一刀を返す。

 

 

 剣士と騎士はそんな自分たちが生み出す花に興味を示すことなく舞い続ける。

 その東洋と西洋の乱舞を、新都へ繋がる大橋の下で観ていた少女からは言葉が漏れる。

 

 

「スゴい…………」

 

 未だに地面に倒れている凛とルヴィアを足元に、イリヤは目先で繰り広げられている光景に釘付けになっていた。

 先程まで彼女の心は恐怖しかなかったが、今では他の感情が沸き上がっていた。

 目の前で繰り広げられている光景に魅力されていたと言ってもいい。

 それ程にまで闇夜を奔る銀閃は美しいモノだった。

 

「お兄さん……正面からガチンコ勝負してますね。

 魔力で肉体強化をしてるようですが、あれでは一撃を受けた瞬間に終わりですよ」

 

「えっ!? どういうことルビー!?」

 

 手元から聞こえてきたルビーの張り詰めた声に、イリヤは慌ててその意味を訊く。

 落ち着きを取り戻しかけていた心に影が再び姿を見せ始める。

 

「お兄さんはイリヤさんや美遊さんのように、物理保護も無ければ魔力障壁も有りません。

 お兄さんの状態を例えるなら、宿を捨てたヤドカリ――――守りを捨てて、攻めに特化しているんですよ」

 

「何で……時間稼ぎなら守りに集中すればいいだけじゃないの!?」

 

「それでは防御仕切れない、と士郎様は判断したのでしょう」

 

 イリヤとルビーの会話に割って入ったのはサファイア。

 彼女の声は一見普段と変わらない冷静な声に聞こえるが、姉妹であるルビーからしてみれば、その声は緊迫感が漂っているのが解る声色だった。

 

「あの敵を前に防御はあまり有効ではありません。

 我々カレイド魔法少女でさえ防ぎ切れない攻撃を、通常の人間が防ぐことは出来ないのは道理。

 ならば、攻めることで時間を稼ぐ……極めてリスクを伴う手段ですが、それならば対抗し続けられる。

 士郎様は自身の全てを賭けて戦っているのです」

 

 サファイアの説明にイリヤと美遊の表情が凍り付く。

 自分たちが生き延びる為には、鏡面界を脱出する他に手段が無い。

 魔術師である凛とルヴィアは気絶したままで、傷を負っている。意識を取り戻したところでカレイド魔法少女でない二人に戦線復帰は不可能。

 戦闘経験が短過ぎるイリヤと美遊は黒い騎士を相手にするには戦力外。

 全ての負担を押し付けられて、一人で命の綱渡りをしている少年の姿は、少女たちへ重く押し掛かる。

 

「そうだ! 砲撃援護を――――」

 

「ダメ! 今横槍を入れたらそれこそ士郎さんを危険に曝すだけ!」

 

「それじゃあ! 私たちに出来ることは無いの!?」

 

「――――――――」

 

 何か出来ることは無いか、とイリヤは必死になって頭を回転させて浮かばせた考えを口にしたが、美遊に止められた。

 無論、彼女も出来ることならば彼に加勢して一緒に戦いと思っている。

 しかし、それが出来ないのが現状だ。

 下手に手を出して、士郎を逆に追い詰める結果を作ってしまったら本末転倒。

 

 

 彼女たちが悲痛に満ちた視線が激化していく剣戟に向き直す。

 剣士が白と黒で一対の夫婦剣を振るっていた時と戦局は変化していた。

 さっきまでは清流のような滑らかな軌跡で黒い聖剣に対して防戦的だったが、今では剣士が攻めに回っている。

 

 

 鋼鉄を容易く切断するであろう一閃が、黒い聖剣を叩き、押し飛ばす。

 その速度を維持した細く鋭い銀閃は連撃を刻み込む。

 怒涛の攻めに、騎士は後退することなく平然と銀閃を弾き、迎撃してくる。

 剣士が限界を超えた攻撃を繰り出したとしても、彼に有利が訪れない。

 しかし、それは無意味ではない。

 今の“状態”でなら剣士は騎士に食らい付いている。

 

 

 銀閃が騎士の鎧を掠める。

 表面から数ミリ程度だが、鋼を削り取った。

 

「…………」

 

 さして反応を示さず、騎士は反撃の一撃を返す。

 

「…………ッ!」

 

 剣士は体を捻って避けるが、鋭利な剣圧が肌を斬り付ける。

 自身の傷になど目もくれない。

 すかさず一刀が剣と重なり、弾け合う。

 

 

 自分の無力さを感じながらも、美遊は士郎を視界に収め続ける。

 映るのは――――額から血を流しながらも、刻一刻と傷が増える彼の姿。

 イリヤと同じく美遊の心も悲鳴を上げる。

 

(何か……何か無いの……。隙され作れれば士郎さんの攻撃は敵に通る。そうすれば――――)

 

 思考を駆け巡らせて、打開策を講じる。

 全員が生還出来る……そんな夢の手段を求める。

 だけど、その考えは彼を打ち鳴らす鈍い音が遮った。

 

 

 ガン、と鈍器が叩き付けられたような音が少女の鼓膜を叩き、意識を剣士と騎士へ向けさせる。

 続けて聞こえてきたのは、ガラガラと舗装された道を踵で砕きながら剣士が後方へ押し返されている音。

 近距離で斬り合っていた両者は距離を開く。

 

 

 剣士を押し飛ばした黒い騎士は、手を休めること無く剣を縦、横、斜めなどと様々に振るい、無数の斬撃を飛ばす。

 距離を開かれては剣士に攻撃手段は無い。

 剣士は大地を蹴り、飛んで来る群れへと飛び込んで行く。そして、視界を埋めてくる斬撃の中心点へ、垂直に交わるように銀閃を奔らせて、立ち斬る。

 

 

 上下に分断された斬撃たちは剣士の後方へ流れていき、爆発を引き起こす。

 そこから生まれた爆風を背に、剣士は騎士へ疾走する。

 加速を得て騎士へ踏み込んだ所で、一刀は喉、肩、眉間、心臓と突き刺そうと飛び出す。

 高速の打突。槍のようなそれらを、騎士は未来予知で既に判っていたと言わんばかりに弾く。

 

 

 ―――――剣士が相手をする騎士は正真正銘の化け物だ。

 近距離、遠距離共に隙は無く、正確な防御と全てを叩き潰す攻撃。

 全てにおいて剣士を上回っている。

 それでもなお、剣士が対抗し続けていられるのは、自身の限界を超えた業を繰り出しているに他ならない。

 

 

 彼の一刀は“無限に剣を内包した世界”の結晶。

 そこから引き出されるのは、記録された武器の能力だけではなく、担い手の技術も含まれる。

 先の打突も、とある槍兵の業を再現したもの。

 

 

 だが、身に余る業の行使は身を滅ぼす。

 剣士は自身の限界を超える度に、外傷とは別に何かが欠けていく。

 それを理解していても、剣士は止まらない。

 ブレーキが壊れた列車のように、彼は走り続ける。

 

「――――――ッ!!」

 

 怒涛の4突きを防がれが、剣士は刀を滑らかに流して銀閃を奔らせる。

 今度は騎士がそれら全ての中心点に剣を振るって迎え打つ。

 ここから再び乱舞が起こると感じ取った剣士は、再度一刀から“未来の自分”から技術の読み込み(リード)をする為に意識を潜り込ませるが――――

 

 

(――――ぁ)

 

 一秒に満たないが明白な空白が剣士の中で生まれた。

 切り替えに脳が追い付かない。体と思考がリンクしない点を強引に補強していたが、それがここにきて途切れた。

 

 

 少女たちからは認識出来ない程の僅かな“間”。

 けれども、剣士と騎士から見てみればその“間”は生と死を決定付ける価値の有るモノだ。

 

 

 騎士の剣に黒い嵐が巻き上がる。

 死を叩き付ける一撃は、剣士の頭上から振り落とされる。

 

「っ――――!」

 

 一刀を斜めに構えて、その一撃を左に逸らす。

 だが、剣士は逸らしただけで威力を相殺させた訳ではない。

 黒い嵐は剣士の脇腹を裂き、大地に切っ先を接触させた瞬間に暴風を発生させて、敵を弾き飛ばした。

 

「ガァッッ!」

 

 サッカーボールが蹴り上げられたように、剣士の体が勢いよく宙を舞う。

 頭から地上へ落下すれば即死。

 左脇腹を中心に痛む体を無理に動かして、足から落下する体勢を取る。

 

「がは…………!」

 

 最初は足から地面に接触するが、勢いに押されて背中が落ちる。

 が、そこで体は止まらず、数メートル地面を転げ回って倒れ伏す。

 

「お兄ちゃんっ!?」

 

 イリヤは黒い騎士の存在を気にも止めないで、士郎へ向かって飛び出そうとすが、再びルビーに止められる。

 

「ルビー―――――」

 

「死にますよ……イリヤさん。

 ここから一歩でも動けば、標的はこちらへ移ります。そうなったら最後です。我々ではあの敵に対抗出来る手段がありません」

 

 イリヤとルビーの言い争いをよそに、騎士は剣士へ向かって歩き出す。

 ゆっくりと――――だが確実に距離を詰めていく。

 

 

(死ぬ――――お兄ちゃんが……?)

 

 白い少女は心の中で呻く。

 

(ダメ――――そんなのダメ……!)

 

 思い浮かぶのは兄の背中。大きく、立派で、いつも追い掛けていたその背中。

 

 ――――“ふーん。そうやってここでも貴女は彼の背中に隠れるんだ”

 

 自分の中から自分の声が響く。

 

 ――――“追い掛ける? 隠れるの間違いでしょ?”

 ――――“貴女は力が有るのに彼の隣に立とうしない”

 

 感情の暴走を塞き止める壁が決壊しそうな彼女の中で魔力が渦巻き始める。

 

 ――――“退きなさい。貴女が踏み出さないなら、わたしがやるから”

 

 イリヤは自分が自分でなくなっていく感覚に飲み込まれ始める。

 自分が持つ白い空間に、黒い空間が融合し始める為に前に出始める。

 そうして、イリヤがアーチャーのクラスカードを手に取る寸前、黒い騎士は足を止めた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――――」

 

 立ち上がっていた。イリヤの視線の前で剣士はしっかり両足で大地を踏み締めて、立っていた。

 血を流し体を赤く染めてもなお、剣士は一刀から手を放さない。

 立たずに倒れたままの方が楽な筈なのに、それをしない。

 

 

 錬鉄の剣士は顔を上げて、黒い騎士を睨み付ける。

 その瞳から光は消えていない。

 どれだけ自分が追い詰められても、彼の眼光は鋭いままだ。

 まだ剣士の炎は燃え尽きていない。

 

 ――――“……貴方が諦めないなら……いいわ。今回は大人しくしてる”

 

 

 

 

 まだ決着は訪れない。

 剣圧が薄れることも、張り詰めた大気が弛緩することもない。

 この場に存在する“絶望”は、訪れるべき夜明けを拒み続けていた。

 

 

 

 

 ×   ×   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 一瞬だけど、完全に呼吸が止まっていた。

 落下の衝撃は全身に行き渡り、体から正常な感覚を奪う。

 でも……今は逆に有難い。もし正常な感覚を保ったらままだったら、俺は立ち上がれなかっただろう。

 それにしても……間違いなく幾つかの骨に罅が入っているな……。

 

(……傷は……大丈夫か……)

 

 左脇腹の傷口は塞がりかけていた。

 いや、正確には覆われていた(・・・・・・)

 肉を食い破るように、突き出し始める剣の刃が出血を防いでいる。

 

「――――こふっ」

 

 体の状態を確認して途中で、迫り上がってきた血の塊を吐き散らす。

 口の中に鉄の味が広がる。

 それで、余計な手間は省けた。

 

 

(もう……まともに打ち合うなんて厳しいか……)

 

 外は全身傷だらけ。内に在る内臓もイカレてきている。

 けれども、体はまだ動く。両腕、両足は折れずにくっついている。

 

 

 さっきまでと同じ剣戟を交わし続けるのは不可能。

 左脇腹を覆う剣の所為で、動きが鈍くなっている。

 もう残された選択肢は1つ。

 

(来い……『セイバー』)

 

 それでも、一刀の切っ先を向けて、俺の闘志が尽きないことを示す。

 俺の一刀(からだ)が尽きない限り、俺に終わりはない。

 何故なら――――それが俺自身だから。

 

 

 『セイバー』の表情に変化は無い。

 金色の瞳は相変わらず揺れないで、冷たい眼差しで俺を見据え続けている。

 

「…………!」

 

 黒い旋風を巻き起こして突進して来る『セイバー』を正面から向かい入れる。

 直線で奔る黒い閃光と、湾曲で奔る銀閃が激突する。

 

「っ……!」

 

 激突する衝撃が痛む体に追い討ちを掛ける。

 その痛みも無視だ。一々気にしている場合ではないし、外界からの痛みなんて内界から食い破れられることと比べれば些細なことだ。

 今は防御に徹する。

 

 

 上からの斬り落とし、横への一閃、下からの斬り上げ――――それら全てに俺は一刀を振るい続けて、弾き返す。

 鈍い音が立て続けて大気を揺らし、火の花を咲かせる。

 止まることを知らない剣を阻み続けて、チャンスが来るのを待つ。

 

 

 右から首を斬り落としに迫る薙ぎ払いを受け流す。

 『セイバー』の剣はそのまま俺の左に側へ流れて行ったが、その身を翻して俺の左脇腹へ吸い込まれていく。

 

(――――それを待っていた……!)

 

 黒い剣が俺の体を捉える。

 両手持ちから繰り出された横一閃。受ければ上半身と下半身が分断される筈の出来事。

 が、俺の体を離れ離れになることがなかった。

 

「――!?」

 

 漸く『セイバー』の表情に焦りが見えた。

 それはそうだろう。自身の剣は俺から生えている剣に防がれているのだから!

 

「捕まえたぞ……」

 

 歯を砕かんとばかりに噛み締めて、崩れ去りそうな意識を保つ。

 余った力を回した左手で『セイバー』の右手を掴む。

 俺自身の剣が体に食い込むで来る痛みが襲ってくるけど、どうでもいいことだ。

 

「はぁッ!!」

 

 右手に握った刀に渾身の力を込めて、『セイバー』の左腕を斬り落とした。

 続けて二撃目を振るおうとしたが、莫大な魔力を纏った『セイバー』の腕力に振り切られて空を斬る。

 

 

 再び距離が開く。

 でも……これで『セイバー』も痛手を負った。

 どんな剣使いでも、片腕が無くなることは無視が出来ることではない。

 腕はバランスを保ったり、調節したりするバランサーだ。

 体を動かし、剣を振るう者たちにとって、それの機能が鈍ることがどれだけ重大な問題は考えるまでもない。

 それでも『セイバー』が優勢なのは変わらない。

 しかし、勝機は残った。後はそれを掴むだけ。

 

(……持ってくれ……あと少しだけ……)

 

 ギリギリ、と金属が擦れる音が中から聞こえる。

 もう生きて帰れることなんて考えてない。

 俺は……俺の全てを賭けて『セイバー』を倒すと決めたんだ。

 セラとの約束を破ることになりそうだけど……引き返すことはしない。

 

 

 狭まった視界で『セイバー』を見据える。

 左腕を失い、隻腕になったというのに放たれている威圧感は薄れない。

 むしろ――――

 

 

 ……何故今になって気付いたのか。

 “あれ”は究極の聖剣であったことを。

 そして……開かれた距離。さっきみたいに斬撃を飛ばしてこない理由。

 それは……目の前の俺を跡形も無く消し飛ばす為ではないのか――――――

 

 

「――――来るのか……!」

 

 『セイバー』の右手に握られている剣から黒い光の奔流が生まれる。

 渦巻く膨大な魔力が周囲を焦がす。

 

 

「――――投影開始(トレース・オン)

 

 俺は“鞘”を作り出し、それに刀を納める。

 姿勢を落として、居合いの構えを取る。

 俺の一刀はあの世界を収束させたようなモノ。

 そこから引き出すのは彼女の聖剣に届かなくても、永久(とわ)に輝き続ける黄金の剣。

 その輝きで“鞘”に身を納めた刀身を鍛える。

 

 

 ――――――鋭く

 ――――――速く

 ――――――強く

 

 反転した極光を打ち砕くには、極光をぶつけるしかない。

 確立された僅かな領域で、溢れ出す光を収束させて、極光を形作る。

 

「――――――…………ぁ」

 

 “今”の限界値なんてとっくに超えている。

 極致に足を踏み入れたこと、

 これから永久の輝きを解き放つこと、

 それらが硝子が砕けたような音を響かせて、俺の中から何かを欠けさせる。

 でも、何が欠けたのか解らない。

 

「“約束された(エクス)――――”」

 

 剣が右斜め上に上げられる。

 “闇”の奔流が収束、加速して、全てのモノに消滅を与える黒い彗星が誕生しようとしている。

 

 

「“収斂されし(リミテッド)――――”」

 

 鍔を持ち上げて、(はばき)の端を覗かせる。

 刀身に限界まで光が収束、蓄積していく。

 鍛えられるのは“闇”を一閃する刃。

 解き放つは、白銀の一撃。

 

 

「“勝利の剣(カリバー)――――!!!”」

「“白銀の剣(カリバー)――――!!!”」

 

 

 闇夜を相反する光が照らし出して、対峙し合う光は正面から(しのぎ)を削る。

 黒い彗星は全てを無に還すべく、濁流のように呑み込んでくる。

 白銀の一閃はその奔流を両断するべく、鋭く突き進む。

 

 

 本来ならば『セイバー』に敵う訳がない。

 魔力量、星々の結晶、担い手の力量――――

 その全てを覆すことなんて到底出来ることではない。

 

 

 白銀の一閃は暗黒の奔流を裂き続けているが、進撃を止め、拮抗し始める。

 『セイバー』の極光が広範囲を飲み込むことに対して、俺の一閃は一点集中。

 

 

 これだけの威力を誇っていても、『セイバー』は片腕を失っていて為に、全力を出し切れていない。

 そんな万全でない『セイバー』を相手にしても、俺はこの一撃で勝利を得られないと理解している。

 例えこの競り合いに勝ったとしても、勝利には届かない……。

 

 

 だから――――飛び込む。

 無意識に、一閃が作り出す奔流の裂け目に走る。

 走りながら、最後の投影を解放する。

 

 

「“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――――!”」

 

 空拳になった左手を翳して、4枚の盾を作り出す。

 俺の正面に花弁が咲き誇り、足りない点を補う。

 奔流に一閃が奔って、周囲へ散らしている後なのに、荒れ狂う衝撃が伝わってくる。

 ブレる左腕を固定し、奥歯を噛み締めながら前に進む。

 

 左手の指と指の間から鮮血が溢れ始める。

 気を抜けば指の角度は不自然な方向へ曲がるだろう。

 それを把握しても、止める訳にはいかない。

 未だに一閃は奔流を裂きながら前へ進もうと意地を張っている。

 道が切り開くまでは、(アイアス)を保つしかない……!

 

 

 耐え続ける。外からの押し潰して迫る圧力と内で暴れる魔力の両極から攻められても、左腕はそのままで留まる。

 視界は白くなり、敵の姿も、名前も、白く塗り潰されていく。

 それでも……敵が見てなくても、名前が解らなくなっても、俺は前に進む――――!

 

「ア、アアアァァァァァア――――!」

 

 役目を終えた(アイアス)は砕け散り、破片を撒き散らす。

 白銀の一閃が黒い極光の終尾まで到達して、道を切り開いた。

 黒い嵐を抜けた先で視界は色彩を取り戻し、俺の両目は黒い騎士を捉える。

 敵は剣を振り切って、切っ先は地面に接触している。

 

 

 極光を飛び越えて、その懐に飛び込んだ。

 荒れ狂う灼熱に曝されたのに、溶けずに原形を保った左手を右手に納めた一刀の柄の下部に沿えて――――

 

「セイ、バー――――…………!!!!!」

 

 白く塗り潰された筈の名前を叫ぶ。

 着地した左足を軸に、敵の命を司っている心臓(霊核)へ――――他でもない“俺”の切っ先(一撃)を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

「――――――、――」

 

 握り締めている一刀は、敵を鎧の上から深々と心臓(霊核)に突き立ち、反対側の背中から切っ先を露出させている。

 手には肉を貫いた重い手応えが残っていた。

 

 

 それで勝負は付いた。

 敵からの反撃は無い。今の一撃で、その命を奪い去った。

 

 

 自分の裡から沸き上がるモノは何も無い。

 勝利への喜びも……。

 目の前の敵を葬って得られる安堵も……。

 生きている実感も……。

 強いて言うなら、“俺”の中から“何か”が欠けたという喪失感か。

 

 

 “俺”は確かに俺の全てを賭けて戦った。

 “誰か”を守る為に、“誰か”と死闘を繰り広げた。

 今は……それが思い出せない……。

 でも……きっとこれは一時的なことだろう……。

 疲労し切った脳が働きを放棄しているから……そうなっているだけの筈だ……。

 

「――――――――」

 

 心臓を貫かれた敵は、ぼんやりと金色の瞳をこちらへ向けて、見詰めてくる。

 そこには……氷のように冷たい眼差しも、若干白ぽかった顔色も、もう無かった。

 口から血を漏らしていながらも、どこか満足そうに口元を綻ばせていた。

 

 

 それだけだった。

 交わす言葉は無く、“俺”に伸し掛かっていた重さは、粒子となって次第に空へ昇って行った。

 その光景に漏らす言葉も思い浮かばない。

 だと言うのに……体はまだ動きを止めない。

 

 

 意識が断絶しかける最中、“俺”は敵の心臓が在った位置に残されたクラスカードに手を伸ばしていく。

 僅かに左手を動かすだけなのに……体は軋む。

 割れ物に触れるぐらいゆっくりと手を動かして、カードを手に掴んだ。

 

 

 直後に“支え”を失って、地面に背中から倒れ込む。

 薄くなっていく――――意識が……自分の存在が……。

 それは許さない、と擦れる金属の音が鼓膜を叩いてくる。

 けれど……体は揺れることなく、仰向けのまま、時間に身を任せる。

 

 

 どうあれ……“闇”を砕き、敵を倒した。

 ……それは今日の戦いが終わっただけだ。

 明日も……その先も……まだまだ戦いはある。

 

 

 だから、今日は目蓋を閉じる。

 今は体を休めて、次の戦いに備えよう。

 夜明けが訪れる頃には、目蓋は上がっている筈だから。

 

 

 




黒化英霊は喋らないので話を書き辛いですね……。
BGMに〈Mighty Wind〉、〈Black Saber mix〉を掛けながらあれこれ考えて書いたので楽しんでいましたけどね!

話は変わりまして今話について。
士郎VSセイバーオルタでしたが、普通に考えたら勝てる訳がないです。
HFでも後がない状態でセイバーオルタに致命的を与えるのが限界でしたから。そもそもSNはマスターからのバックアップがね……。

プリヤの方では弱体化している+マスターからのバックアップが無い状態だったので辛うじて勝利した形です。
勿論、士郎は無傷ではありません。それは次回で説明ですね。久々の昼間の話になりそうですし。


エクスカリバーとのせめぎ合いは―――――
セイバーオルタの片腕が欠損していて100%でない一撃。(これは美遊兄と同じ状態)
対抗にイマージュを抽出+アイアス。

HFでのベルレフォーンがA+なところにアイアスのフォローしていました。
イマージュの正確なランクは不明ですが、オリジナルがA++の劣化版なので少なくともAは在ると仮定。A+有ってもおかしくないかなと個人的には思っています。
ベルレフォーンの部分がイマージュに置き換わったと考えれもらえれば。

片腕欠損+弱体化という条件下でイマージュ+アイアスが勝った感じです。

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