欠けているモノを求めて   作:怠惰の化身

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比企谷家の死闘の末、一色の暴走で命を落とした八幡。
愛する彼の復活の為、一色はサバトを開催することに。
八幡のいない日常、復活の儀式が始まろうとしている…


3月3日のサバト 前編

一色いろはは可愛いかった。

それは4歳になる頃から、少しずつ容姿が形成されてきた段階に突出されてきた。

両親は喫茶店を経営しており、当然お店に居ることになる幼女は必然と大衆の目に止まることが多くなる。

千葉城近辺といった立地にある喫茶店は年配客も多い。そんな年配客は、幼女に『可愛い』といった言葉を無遠慮に浴びせる事に躊躇がない。

そんな言葉を毎日浴びせられる幼女は自身の可愛さを自覚し、誇るのは至極当然の結果であろう。

 

しかし、大抵の場合は小学生に上がる頃に、同年代の女子と比較して挫折を味わう。

だか、一色は同年代の中でも突出していた。

4月産まれというのも精神的に同学年の中で優位になり大人びた印象も与えた。

そんな一色に女子は憧れ、男子は敬う。

特別枠に納められた一色は、その期待に応えるよう振る舞うようになる。

一色はそんな人間関係に悦を覚え、捻くれた。

 

変化が起きたのは中学生になる頃。

異性を意識し始める周囲の環境に一色も応える。

女子は畏れ、男子は心酔する。

特別枠に納められた一色は、その期待に応えるよう振る舞うようになる。

捻くれ具合にも拍車がかかり、女子を見下し、男子を利用する快感に浸る。

 

高校生になった一色は、そこで初めて挫折を味わう。

完璧超人、葉山隼人。イケメン、スポーツ万能、成績優秀、周囲の期待に完璧に応える人。

一色は同じ特別枠を自分以上にこなす葉山に尊敬と憧れを抱き、それを”恋”といった感情だと思い葉山にすがった。

 

その頃、一色の周囲も変化し反応も複雑化する。

女子は敵視、無関心。男子は好意、諦め。

一色は葉山のように頭が良いわけではない、だから期待に応える振る舞いを完璧にこなす事ができなかった。

その結果、一色のキャパシティを越えた感情は暴走し、生徒会選挙といった罠に到達する。

 

どうすることもできない。そんな絶望的な状況において、どう振る舞えばいいのか分からない挫折した一色の前に現れた人がいた。

自身の振る舞いを見抜き、自身の性格以上に捻くれた男、比企谷八幡。

 

『生徒会長なのに部活に出てくるわたし』

 

絶望的な状況を利用し、周囲を無理矢理に一色のキャパシティに納める提案をする八幡に抱いた感情は興味だった。

 

最初の印象はクールを気取ってる痛い奴。しかし、生徒会選挙の一件で印象はガラリと変わる。

雪ノ下と由比ヶ浜、生徒会選挙に立候補した二人に一色が勝てる要素が無いと言い放つ八幡に反論ができなかった。

一色は『可愛い』以外取り柄が無い。

そう気付かされる。そして、それすらこの男に通用しないことにも…。

 

生徒会長になり海浜高校との合同クリスマスイベントを八幡に手伝ってもらう事になった。

その頃の八幡の印象は、頭が良い人、冷めてる人、利用価値のある人”だった”。

”だった”のは、奉仕部での八幡と雪ノ下、由比ヶ浜の口論の果てに八幡の言葉を聞くまで。

 

『本物が欲しい』

 

同じように捻くれた人間関係を構築し、挫折した一色だから理解できた言葉。

特別枠に納められ、それに応えるように振る舞い、壁に衝突し挫折する。八幡と一色の進んできた道は一緒だった。

 

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3月3日土曜

 

小町の誕生日。

一色は、千葉駅のコーヒーショップでカフェショコラを注文して空いてた四人用の席に座っている。

一色は、ネイビーのジャケットに杏子色のクローシェスカート、白のパンプス。ピンクのハンドバッグを足下に置いている。

先日、比企谷家で小町の誕生日について話した際、小町の希望で遊びに行くことになった。

時間は8:55分、八幡と小町は10:00時に待ち合わせなので一時間早い。

 

「いろはちゃん、やっはろー」

「こんにちはー」

 

赤のセーターに白のスカート、紺のロングブーツに黒のトートバッグを肩に掛け笑顔で謎挨拶をする由比ヶ浜。

注文したブレンドコーヒーを対面の席に置き、いそいそと席に座る。

 

「待たせちゃた?」

「いえ、今来たとこですよ」

 

待ち合わせに一時間早く来たのは由比ヶ浜から『話たいことがある』とメールで頼まれたからだ。

 

「ゆきのん、やっぱ来れないみたい」

「家の事情じゃ、しょうがないですよねー。雪ノ下先輩の場合、一般家庭と抱える問題の質も違うでしょうし」

「子供の頃はお金持ち羨ましいとか思ってたんだけどねー、…実際は悩みを相談できる人も限られるから_」

 

そこまで言ってパッと手で口を塞ぐ由比ヶ浜。

 

「…いろはちゃん、誘導尋問上手いね…。危うく引っかかるとこだったよ…」

「何が!?」

 

突然の反応に狼狽する一色。由比ヶ浜は、あぶないあぶないと言いながら額を拭う仕草をしつつブレンドコーヒーをこきゅりと飲み心を落ち着かせる。

 

それから少しの間、雑談を踏まえつつ近況のことを話し合った。

 

「ところでいろはちゃん、最近奉仕部来ないけど何かあったの?」

「あー、えーとですね。…まあ、色々調べ物がありまして。平塚先生と相談してから決めようかなーと思ってるので、お気になさらずしておいていただけたらなーと」

「平塚先生?」

「ええまあ、わたしに何かあったとかそんなことはないので大丈夫です。…話ってこの事でしたか?心配かけてすいませんでした」

 

そう言って、申し訳なさそうに眉をハの字にしてカフェショコラをスプーンでこねくりまわす一色。

 

「あ、いや、違くて…」

 

手を胸の前で振ってから、ゆっくりとスカートの位置に戻し、少し俯くとたどたどしく声を発する。

 

「ヒッキーのこと、なんだけどさ…」

 

由比ヶ浜はスカートの裾を握って『話たいこと』を口にする。

一色は、こねくりまわす手を止め、混ぜられたカフェショコラを放置して目を瞑る。

 

「いろはちゃん、…好き、だよね…」

「…はい、好きです」

「そっか…、あたしも好き」

 

その後、しばらく店内に沈黙が続く。

そして、近くの席に座っていた男がコーヒーカップを落とす音が店内に響き渡ると二人はハッと音のした方に注意を向ける。

コーヒーカップを落とした男が気まずそうに片付けてると、店員が優しい笑顔で「大丈夫ですか?」と片付けを代わり、他の客も”大丈夫だよ”と言わんばかりの顔をしている。

千葉駅のコーヒーショップが優しさに包まれる。

その原因を作っている二人は気を取り直し、会話を続ける。

 

「…いつから、って聞いていいのかな?」

「はい。…でも、いつの間にかって感じなので。気付いた時ってことでなら…」

 

由比ヶ浜はこくりと頷く。店内は静まりかえっているが二人は知る由もない。

 

「ディスティニィーランドの後、先輩が初めてわたしを認めてくれて。その時、わかっちゃったんです」

 

一色は奉仕部の一件に感化され、葉山に本物を求めた。

ディスティニィーランドで奉仕部の三人が距離を縮める中、葉山に積極的にアピールする一色は縮まぬ距離に焦りを覚える。

時間だけが過ぎて行き、自棄になり葉山に告白することになる。

そんな心の無い告白に葉山が応えるはずもなく、一色は当たり前のように拒絶される。

嫉妬、妬み、不安、焦り、後悔、恥、空虚、困惑…。色々な感情が涙と一緒に溢れ、虚勢を張って強がってみせる一色に八幡が言った言葉。

 

『すごいな、お前』

 

その一言で、ぐちゃぐちゃの感情が涙と一緒に霧散し、空っぽの心に一つだけ残った感情がわからない筈がなかった。

 

「とまあ、それから先輩に認められるだけで舞い上がっちゃう女の子になったわけです」

 

まあ、先輩なかなかデレてくれませんけどねー、としょんぼりする一色。

 

「そ、そーなんだー…」

 

予想以上の愛の深さに若干引きつつ、由比ヶ浜はふと思った。

 

「でもさ、ヒッキーってまだ隼人くんのこと好きって思ってるよね。それって辛くない?」

 

何故、誤解を解かないのだろうと素朴な疑問が残る。恋敵だけど、だからこそ辛さが理解できる。

その機会がないのなら、そのくらい協力しても良いと思って聞いた由比ヶ浜だが。

 

「でもー、結衣先輩は気付きましたよね?」

「う、うん。そりゃ見てれば流石にね…」

「先輩、人を見抜くのチョー上手いじゃないですかー。だったら真っ先にわかりそうな気がするんですよねー」

 

でも間違いなくわかっていない、それに由比ヶ浜は困った顔で応える。

 

「ヒッキー、その辺り鈍感なんだよ…」

「や、単純に恋をしたこと無いからですよ」

 

恋をしたことないから気付かない。由比ヶ浜は理解できない理由に首を傾げる。

 

「先輩は行動や発言から結論を出すタイプですが、その中に恋は含まれてないんですよ」

 

そう言って一色は腕を組んで「どう言えばいいのか…」と思案する。

 

「うーん…。よくわかんないけど、いろはちゃんは気付くまで待ってるってこと?」

「…そうですね。まあ、まだその時ではないって感じですね!」

 

指を立てて明るく笑顔で宣言する一色。

八幡が恋を知った時。つまり、好きな人ができた時である。

一色が想いを伝えるつもりがないと言ってるようなものだが、感情的に動く由比ヶ浜にはわからない。ただ、近くの席の女が涙を拭うばかりである。

 

「でも、隼人くんのことは本当にふっ切れてるんだね。優美子にあたしから伝えとこうか?意味なく嫌われてるのいい気しないだろうし」

「…いえ、三浦先輩は張り合いのある相手がいた方がいい感じしますし。それにこれは葉山先輩への贖罪にもなるかなと…」

「隼人くんへ贖罪?」

 

何故、気持ちを伝えることが罪となるのか。申し訳なさそうに話す一色に首を再度傾げる。

 

「葉山先輩への気持ちは恋なんて綺麗な物じゃなかったんです…」

「恋じゃない…?それって…」

 

由比ヶ浜は、これ以上聞いてはいけないような得も知れぬ感覚に自然と体を強ばらせる。

その恋ではない紛い物。それは_

 

「言うなれば、依存ですね…」

「いぞ…ん…」

 

親友を苦しめている”依存”、恋の紛い物。

由比ヶ浜の瞳は揺れ、口は喋った状態で固定されたように動かない。

 

「あ、いや!い、依存っていっても別に悪い感情じゃないですよ!尊敬とかそんな感じからくるものですし。…そ、そう!宗教とかも依存じゃないですか?葉山先輩も怒ってるとかそんなんじゃないですし、むしろ嬉しいんじゃないですかね?葉山教祖ですよ、そうですよ!葉山教なんです!」

 

由比ヶ浜の状態を勘違いし、あたふたと言い訳をする一色。

少し遠くの席に座るボウズ頭がぽつりと「葉山教?」と漏らしピクリと眉を動かす。

 

「あ!ごめん。怒ってるとかじゃなく、びっくりしたとかだから気にしないで!…にしても葉山教…葉山神…」

 

想像して口を押さえて笑う由比ヶ浜。それに安堵して一色は話しかける。

 

「わたしの話しばかりなのもあれなので、結衣先輩のも聞かせてくださいよー」

「ふえ?あたし?」

 

もっと一色の聞きたい気持ちもあるが、これ以上一方的に聞くのも悪いと思うので「何を?」と応える。

 

「先輩との馴れ初めですよー」




オンスケできなくなるけど、今回のようなジャストアイデアでストーリーが作られるからアジェンダ通りにならなくてもシナジー効果に期待できるね。
バッファが持てないのが痛いところだけどフェーズを延ばすのはコンバージョンに影響するしね。ウンウン

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