欠けているモノを求めて   作:怠惰の化身

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この素晴らしい教師に祝福を、ほんとお願い!

日曜日。

津田沼駅から少し歩いたところにある大型書店。

品揃えも千葉随一を誇る。(八幡調べ)

そこに颯爽と踏み入った八幡は、検索機に事前に調べておいたISBNコードを打ち込み、お目当ての本を探す。

本の検索にタイトル名を使うのは素人。

ブックマスター八幡は、そんなことを考えながら検索機に表示された『在庫あり』を見つめニヤリと笑う。

そして表示されたデータを元に向かうと、流れるように手を棚に滑らせ、お目当ての本を手に取る。

 

10万3000冊を遥かに越える本の中から一冊の本を簡単に手にしたことに満足気な笑みを浮かべ、意味もなくページを捲る。

 

「うむ」

 

意味もなく捲った本をそっ閉じ、小さく頷くと謎の声を発し、くるりとターンをしてレジに向かう。

コートを払う仕草をするが、別にコートを羽織ってなどいない。

 

レジに到着すると、店員さんに「お願いします」と声をかけ、ブックカバーをつけてもらう。

レジで事前に用意していたお金を払うと、「ありがとうございます」と言って颯爽と去る。

礼儀も忘れないブックマスター八幡だった。

 

「比企谷、買い物か?」

 

そんな、妙な達成感に浸っている八幡は、その間近に聞こえる声の先に視線を向ける。

そこには国語を担当する教師であり、奉仕部の顧問である平塚静が、オッスと片手を挙げていた。

 

「先生。……奇遇ですね、買い物ですか?」

「ああ、いやな。家に電話したら比企谷がここに行ったと聞いてな」

「俺、ですか?」

「君が電話しても出ないから、どうしたものかと思ったがな」

 

言われてスマホを取り出すと、確かにメールと着信が表示されていた。

しかし多い、履歴が全部平塚先生で埋め尽くされている。まるで闇金の取り立てのようだった。

 

「すみません……。で、俺に何か用ですか?」

「いやなに、ちょと様子をうかがいにな」

 

なんとなく怖くなって謝罪をするが、平塚先生は終始笑顔だ。

普段なら何で出ないのかと拳の1つでも飛んできそうなのにその様子は無い。

その様子が気にかかり疑念を抱くと、表情から察したのか平塚先生は笑顔を深めた。

 

「いや~。比企谷の買い物をする姿が実に面白くてな。『ふっ、またつまらぬものを買ってしまった』みたいな?」

「ガハッ!」

 

比企谷八幡の黒歴史が、また1つ更新されたのだった。

出会いからものの数秒で精神力をすり減らされた八幡は脳内で身悶える。

 

「で?何を買ったんだ?」

「何でもいいでしょう」

「あ~。比企谷も男の子だもんな。皆には内緒にしてやる」

「いや、見てたんでしょ!?だったら違うことはわかってますよね!?……あ、でも内緒にはしてくださいお願いします」

「はは、冗談だ」

 

黒歴史を自然に口にしそうな人だから八幡の不安は拭えない。

材木座なんかの耳に入ったりすれば最悪なんてものではない、と自分の行動に後悔する。

しかし、短い付き合いだが、平塚先生は生徒の頼みを無視するような人ではないだろうとは思っている。

いや、そう思うしかないのが八幡の実情だろう。

切り替えるしかない。己の失態なのだから、運を天に任せてひたすら祈るしか手がないのだ、と。

 

「……で。本当に様子を見にきただけじゃないんでしょ?」

「ん?ああ、まあな。まあ、立ち話もなんだな。比企谷、ちょと付き合え」

「はあ」

 

そう言って歩き出す平塚先生にストーカーの要領で付いていく。

書店から駐車場まで歩いていくと、前に見た黒のスポーツカーが目に入る。

平塚先生は愛車のキーを手でクルクルと回しながら自分の愛車近づくと、ロックを外して乗車する。

 

「比企谷」

 

乗れと言うことだろう、と推測して八幡も乗車する。

 

「どこに行くんすか?」

「とりあえず、メシにしよう。まだ食ってないんだろ?」

「まあ、そうですが……。あまり金持ってきてないっすよ、俺」

「おごってやるから安心しろ。じゃ、行くぞ」

 

どこのラーメン屋に向かうのかわからないが、ただメシは嫌いじゃない。

そんなことを考えていると車は駐車場から出る。

街中は信号も多く、スポーツカーの本領を発揮できないせいか、平塚先生のテンションは少し下がり気味だ。

八幡は、先生と食事をするのもこれで最後なのだろう、と思いながら外の景色を眺めていた。

 

「そういえば比企谷は大学の進路希望は決まったのか?」

「まあ、近くの文系の大学で行けそうなところならってとこで。特に希望校はありませんね」

「そうか。まあ、それなら問題ないだろうな。推奨が決まったら教えるように頼んでおく」

「……は?推奨?なんすかそれ?」

 

何かの聞き間違えかと思いながら聞くと、平塚先生は「……聞いとらんのか。あいつめ……」と言って困った顔をする。

 

「指定校推奨だよ。比企谷は文系なら問題ないと判断された」

「いや、指定校って……。俺、学校側に評価されるようなことしてないんだけど……」

 

指定校推奨、大学側が高校へ推奨枠を与え、学校は推奨する生徒に与える制度。

その性質上、学校側の評価が高い生徒に優先して送られる制度といえる。

各クラブの部長などから選ばれるのが基本で、八幡が選ばれる理由が何一つ無い制度といえよう。

それどころか、八幡の普段の授業態度、文化祭の噂などで、先生達の心情は最低となってもおかしくないほどだ。

 

「生徒会長には、毎年必ず指定校推奨が与えられる。その枠を使ったんだよ」

「……一色、ですか……」

「ああ。一年が生徒会長を勤めた前例が無くてな。本来なら推奨を与えられる立場の一色も選別をする権利が与えられたんだよ」

 

来年に持ち越しできる制度でも無いし、来年も一色が生徒会長を勤めることを先生達も望んでいるようで、『だったら一色の推奨する人物に与えよう』、といった流れになったようだ。

 

「でも俺ですよ?それで、はいそうですか、とはいかないでしょう」

「まあな。文化祭の噂や体育祭なんかで先生側の心情は最悪だったからな」

「でしょうね」

 

八幡は、一色が自分の名を出した時の先生達の表情を想像して同情するような顔になる。

 

「だから一色は生徒会にある文化祭や体育祭の資料を調べて、貢献率からの評価を示したわけだ」

「……なるほど。……でも、それで納得されたんですか?」

 

作業の貢献率では他の委員を圧倒していることは間違いないだろう。

しかし、推奨するには能力面だけで選んでいいわけがない。推奨する生徒なのだから、学校のイメージを損なうような人物ではいけない。

社会でも同じことで、評価される基準の大半を占めるのは、やはり性格なのだ。

そんな疑問を八幡が言葉にのせているのを察したのか、平塚先生は楽しそうに話しだした。

 

「相模、城廻、海老名、そして雪ノ下に君の印象を聞いた結果が噂と真逆だった事を先生達に伝えて、『人に物を教える立場の教師が、生徒の噂を真に受けてどうするんですか!』と、力説したんだよ。特に被害者と噂にあった相模の君への好印象が決め手になって、無事に推奨を貰えたわけだ」

「お、おおう……」

 

相模の好印象とは、城廻先輩の評価を詳しくとか、材木座がまたスルーされてるとか、俺の知ってる一色と違う!など、平塚先生の語った内容が濃すぎて脳が追いつかない。

今にも『すごーい』と言いそうなほど混乱している八幡をよそに平塚先生は思い出したように笑う。

 

「いやはや、同じ先生である私が言うのもあれだが、スカッとしたさ!」

 

平塚先生は、あの教師の顔~とか一色が私に見せたどや顔~、と楽しげに話す。

何やら他の教師の愚痴も途中途中に含まれているところから、平塚先生は力説の内容が本当に気分がよかったのだろう。

その一方、八幡の表情は優れない。

 

「勘違いするなよ」

 

そんな八幡を横目で確認した平塚先生は、サイヤ人の王子のようなセリフを口にして、やれやれといった顔で話しかける。

 

「一色は私のためにやったんだ。私が比企谷に推奨の話しを通そうとしてたのを知ってたからな」

「……え?なんで……」

「まあ、お礼みたいなものだ」

 

一色に助けられたから中途半端なお礼になったがな……、と呟く平塚先生の顔は穏やかだ。

 

「礼って……。俺、先生に何か感謝されるようなことしてないですよ?」

「私が何故、君を奉仕部に入れたと思う?」

「それは、俺の性格の更正ですよね」

「それもあるが、雪ノ下の更正も個人的に期待したからだよ。そして君は応えてくれた」

 

これは、前に話した雪ノ下へ踏み込んだことに対してであるのが明白で、だからこそ八幡は納得できることではなく。

 

「いや、それは何も解決してませんよ。むしろこのままだと雪ノ下は……」

「それは雪ノ下が解決する問題だ。それとも君は、雪ノ下の人生にも責任を負うつもりなのか?」

 

八幡は、平塚先生の問いに息を飲んだ。

『雪ノ下の問題は、雪ノ下自身が解決すべきだ』と言っておきながら、雪ノ下陽乃から聞かされた話しから自分が解決しようと頭を働かせていた。

その考えがいかに身勝手で、傲慢な考え方かと、思うこともしなかった自分の愚かさに項垂れる。

そりゃこんな中途半端な人間が可愛い妹の近くをうろちょろしてたら腹の1つや2つ立てる。

小町の近くにこんな男がいたら八幡は殴り飛ばしているだろうと思い、雪ノ下陽乃がどんな気持ちでいたのか理解した。

 

だが、それでも雪ノ下のことを他人事と割り切って見過ごすことはできない自分もいる。

その気持ちが正しいのか間違ってるのかわからないが、本心は文化祭の時から変わらない。

 

「でも……俺は……。雪ノ下を助けてやりたいんです。勝手だとは思いますが、困ってる友達を助けたいって気持ちは嘘じゃないと思いますから……」

 

八幡の絞り出すように言った言葉を受け、平塚静は小さく頷く。

 

「その言葉を聞けて安心したよ。今日来た意味がなくなるからな」

 

茶化すような口調で言っているが、平塚先生は安堵した気持ちを表すように息を吐く。

 

「私に協力した見返りに、奉仕部で困ってることがあったら助けてあげてほしい、と一色に頼まれてな」

「何で一色がそんなことを……」

「陽乃の奴が色々と一色に話したんたよ。だから奉仕部の現状も大体把握しているはずだ」

「……それでも、あいつには関係ないことですよね?」

「彼女も奉仕部について何か思うことがあるのだろうな」

 

そう言って平塚先生は優しく微笑む。

その表情から、一色の思うことを察しているのだろうことはわかる。

 

「……一色にとって、奉仕部の俺達は大切な存在だからですか」

「そうだな。だから助けてあげたいと思う気持ちは、君が雪ノ下を思う気持ちと同じだろう」

 

自分の力で解決しようとしないで他人に頼る。

八幡が忌み嫌っていたやり方だが、誰かを大切に思うからこそ、その考えに至る。

そんな簡単な理屈を否定してきた、自身の思考に妙な違和感を覚える。

 

「とりあえずその話は後だ。着いたぞ」

 

着いた先は幕張本郷駅からすぐ近くのオシャレな中華料理店。

ジャニーズの誰かが通ってるお店で、予約必須な有名店だった。

平塚先生はそのお店の前に車を止める。

 

「あの。予約とかしてるんですか?」

「問題ない」

 

八幡は、何が問題ないのかと疑問を抱いたが、それはすぐ理解した。

店に入ると何を聞かれるまでもなく、個室に案内される平塚先生。

顔パスだ。

 

(何者だよ、この先生……)

 

その姿は実に堂々としており、八幡でさえドン引きするほどだ。

 

(これじゃあ、男も逃げるでしょ……。美人なのに……)

 

一番に性格を更正しないといけないのは先生なのではないだろうか、と思う八幡だった。

 




原作で一色が提唱した「別カテゴリー」が胸に刺さりました。
私の人間関係で「別カテゴリー」に入れて接している女の子がいるんですよ。
一般的に美少女といえる子には、基本的に「妹」や「娘」のように接していました。
凄く反省しています。

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