とりあえず一区切りついたかなぁ?
疲れた…。
戸部は八幡の嘘告白を疑いもせずライバルと認識しながらも、勝手に戦友の絆みたいなのを感じてるような感じだった。
これも好意と言えば好意なのだろうが、嘘を基本に認識した好意だ。
しかし、由比ヶ浜が言うには戸部はあの性格だから嘘が無くても変わらず八幡を認めているだろうと言われて、そうだろうなと思えた。
八幡の戸部への感情は多分、材木座と同じだと思うと言ったら由比ヶ浜からそれはさすがに失礼だと言われ。八幡は、材木座に失礼なのでは?しかも聞く対象に入れてなかったよね?忘れてたでしょ?と思ったが八幡も忘れてたのでスルーした。
例え戸部でも好意を向けらるのは八幡には気恥ずかしさがあった。そして、戸塚からの好意を受けたらと思うとドキドキするなぁ、と一人想像して悶える。
何故そんな想像をしてるのかと言うと、八幡は千葉中央駅でお店の前にあるベンチに一人で座っている。
近くの店内では由比ヶ浜と一色が小町を着せ替え人形のように連れまわしていて、八幡はコバンザメのように付いていくだけなので暇なのだ。
俺必要なくね?と思いながら三人の女の子を眺めていると小町がさすがに疲れたように八幡の元にやって来た。
次世代ハイブリッドぼっちでも、二人のリア充相手は荷が重かったご様子。
「お兄ちゃ~ん」
「ご苦労様だ」
小町はヘトヘトっと八幡の隣に座るともたれかかってきて燃え尽きたボクサーの様に項垂れる。
「タッチ」
「家に全巻あるぞ?帰るか?」
「……」
八幡は軽口にも返事を返す力もないのかと思ったが、そもそも普段からそんなに相手にされてない事実を思い出して悲しくなりながら、思考を切り上げて由比ヶ浜と一色を見る。
二人は何が楽しいのかアクセサリーをお互い手に取り、なにやら話している。遠巻きに見ればほんと二人とも可愛い女の子だと思いながら視野を広げると、周囲の男達もチラチラ見ているのが見てとれる。
「お兄ちゃんはいろはおね……いろはさんのことどう思ってるの?」
二人を眺めていた八幡に不穏な間違いをしつつ小町が塞ぎこんだまま問いかける。
「一色か……よくわからんな」
「?……なにそれ?」
「なんだろうな」
八幡は一色について自分がどう思っているのかあまり深く考えてなかった。
というのも一色は雪ノ下や由比ヶ浜と比べることはできないし、かといって困っているなら助けてやりたいとは思うくらいの気持ちはある。
共通の『本物』を求める同士とも言えるが、友情みたいな感覚はない。何考えてるかわからないし本人もあまり知ってもらおうなどと思ってないだろう。
お互い自由に自分勝手に本物を求め続ける、ほんものフレンズといったところだ。
「珍しいね。お兄ちゃん、好きか嫌いかってハッキリする人なのに」
「確かにな……。まあ…、嫌いではない」
「……変なお兄ちゃん」
一色はなにやら買い物をしてレジにいる。
小町は、そんな一色を優しい顔で眺めている八幡を見て、お義姉ちゃん候補に一色をそっと加えるのだった。
「ヒッキー、小町ちゃん、そろそろ映画の上映時間だよー」
「あ、はーい。じゃ、お兄ちゃん立って立って!」
由比ヶ浜が時計を確認して八幡と小町に聞こえるように大きな声で伝えてくると、小町は立ち上がり八幡の腕を引っ張り立たせると由比ヶ浜の方へ向かう。
「先輩の老後は縁側でお茶をすすりながらぼーっとしてそうですよね」
「理想の老後だな、そうなりたいと切に願うまである」
「へー」
八幡の理想を一色は心底興味なさそうな返事で返し、苦笑いする由比ヶ浜と小町を連れて映画館へ向かう。
「でも、先輩の周りがそれを許してくれなさそうですけどねー」
くるりと振り返りそう付け足す一色の言葉に八幡は、ヤバイです~!と言って平穏を砕く想像が容易にできた。
映画は小町の見たかったディスティニィの最新作映画。パンさんが作中特別出演で登場するとネットで話題になった作品だ。
劇場公開初日に雪ノ下が見に行ったらしく、次の日の奉仕部で雪ノ下が八幡と由比ヶ浜に熱く盛大にネタバレしてきたある意味衝撃の作品。
八幡と由比ヶ浜はシーンの合間に雪ノ下の力強く説明する光景を思い出し、感動もなにもなかった。
パンさんの登場シーンにいたっては雪ノ下の一挙手一投足を完全に再現された通りの動きだったので、パンさんより雪ノ下に感心したほどだ。
「面白かったー。いろはさんはどうでした?」
「うん。特にパンさんがインパクトあったねー」
「……ゆきのん、声まねも完璧だったね」
「ああ……。才能の無駄遣いだかな……」
二人の謎感想に一色と小町は首を傾げる。
あの雪ノ下は二人だけの秘密にしておこう、それは暗黙の了解だった。
『二人だけの秘密』親密な関係を想像させる甘く官能的なその言葉。そのはずなのに全くドキドキしない。
「そうだ小町、パンさんについてお前どれだけ知ってるんだ?」
「え?まあ、世間一般の範疇くらいかなー」
「そうか……」
「?」
場所を駅のファーストフード店に移し映画についておしゃべりをしている。
由比ヶ浜と一色はディスティニィについて話しているのだが、分からないことは小町が答えたりしていたので八幡は期待を込めて聞いた。
以前、雪ノ下になりゆきで小町はパンさん好きと言ってしまった。
小町がパンさんに詳しければ問題なかったのだが結果は雪ノ下の言う一般常識の範囲には足らないだろう。
そんな心境の八幡など分からない小町は意味が分からない。ただ、また兄が何かやらかしたことだけは分かったが。
「小町ちゃん」
そんな小町に由比ヶ浜が声を掛ける。
「誕生日おめでとう!これ、あたしのとゆきのんのはこっち」
「あ!ありがとうございますー」
時刻も夕方、そろそろ帰る頃合いだ。由比ヶ浜のプレゼントは小さめの箱、雪ノ下のは少し大きい箱だ。
荷物になるから帰りまで渡さなかったのだろう、八幡にはできぬ心配りだ。
「開けていいですかー」
「うん。ゆきのんのプレゼントも中身気になるし」
「え…。お前、知らないのか?」
雪ノ下の判断したプレゼント。それはとても耐久性に長けた実用性のある独特なプレゼントなのだろう、八幡も気になるところだ。
「ネックレスですね!カワイイです~、ありがとうございます!」
「えへへ~、どういたしまして」
「ほーん。アクアマリンか」
「あ、3月の誕生石ですね~。結衣先輩さすがです!」
小町は早速首に付けて鏡で確認している。
でも、八幡はそれより早く雪ノ下のプレゼントが知りたくてウズウズしていた。
「じゃあ雪乃さんのプレゼントを……」
ガサゴソと開ける小町。八幡は、ごくりと固唾を呑んで見守る。
そして、全員の息が詰まる。
「うわぁ……」
八幡は雪ノ下のプレゼントらしいプレゼントについ声を漏らす。
「……ヒッキー、これなに?」
「……電動ペッパーミルだ。しかも充電式」
「あ、わたしの家の喫茶店にも似たようなのあります。手動ですけど」
胡椒を挽く機械、ペッパーミル。味に拘る料理店に必須の商品だ。
「うわー!欲しかったんですよー!雪乃さん!ありがとうございます!!」
しかし、小町は感激している。そりゃ白物家電を欲しがる変わり者だ、無理もない。
天井を見上げて感謝する小町の目には、きっと得意気に微笑む雪ノ下がいるのだろう。
雪ノ下雪乃らしいプレゼント。
「よかったな小町。雪ノ下からのプレゼントなんてレア中のレアだ、大切にしろよ」
「もちろんだよ!」
おそらく雪ノ下が人生で初めて自分の意思で選んだプレゼントだろう、プレゼントとしてはアレだが小町が喜んでたことを教えてあげたいと思う八幡だった。
雪ノ下のプレゼントにはブラックペッパーも付いており、由比ヶ浜は胡椒の実を初めて見たらしく凄く食いついた。
一色や小町も胡椒についてあまり知らないらしく八幡は得意気に胡椒の種類とか語りだして由比ヶ浜の反応を楽しんでいるといつの間にか、かなり日が落ちていた。
「じゃ、そろそろ帰るか」
「そだねー、いい時間だし」
そして、八幡と由比ヶ浜に促されるように小町と一色も席を立ち店を出る。
「一色は葭川(よしかわ)公園駅に行った方か早いよな」
「まぁ…そうですけど……」
八幡は一色の言いたいことは分かる、ナンパ通りの近くだからだ。いくら近寄りがたい美少女でも、そんな通りを歩けばナンパされるに決まっている。
「送ってやるよ。由比ヶ浜、小町よろしくな」
「え?いや、でも……」
そう言って由比ヶ浜と小町をチラチラ見る一色。
「送ってもらいなよ、ヒッキーじゃ少し頼りないかもだけど」
「小町も賛成です!お兄ちゃん、ポイント超高いよ!」
一色は二人の対応に戸惑いつつ「は、はい」と返事をする。
「んじゃ行くか」
「ヒッキー、よろしくね」
「お兄ちゃんファイトだよ!」
小町が何と戦わせるつもりか知らぬ言葉に疑問を抱きつつ由比ヶ浜に「おう、お前もな」と言って別れる。
千葉中央駅東口から出て葭川公園駅へ向かう。
一色は前回のデート同様、今日の出来事などを弾んだ声で話している。
八幡は楽しげに話す一色に、面白い返しもできないのによく喋る気になるな、と思いつつも一色の話を聞いている。
「それで、先輩はどこに行ってたんですか?」
「この近くのピザ屋だよ」
由比ヶ浜と行動してた時の話を聞かれそう答えると、あそこですか~と一色は呟く。多分戸部から聞いたのだろう。
「どうでした?」
「……まあ、なんつーの?美味しかったか?」
「…なんかあったんです?」
「雪ノ下の姉の方と遭遇してな……」
八幡は察しがいいなこいつ、と思いながら陽乃の名前をだすと一色の瞳に一瞬だけ『恐れ』の色が見えた。
「はるさん先輩と何話したんですか?」
「まあ、色々とな……。お前は雪ノ下さんと仲良かったりするのか?」
「仲良いかと聞かれましても、そんな会わないですしなんとも……」
追求されると困るので八幡は咄嗟にそう聞くと一色も察してくれるようにその問いに答える。
「やっぱ怖いか?」
「まあ、わたしと真逆のタイプなので正直苦手ではあります」
「いや、同じタイプだろ……」
八幡はやれやれと呆れ気味に言うと一色は不貞腐れたようにそっぼを向いた。
「違いますよー。…そりゃ、わたしは裏表ありますけど……、はるさん先輩には裏がないからです」
「裏がない?正直者とでも?」
「そうですよ?真っ直ぐだから、わたしの嘘も誤魔化しも見抜かれてしまうんです」
一色は進路相談会の時に平塚先生と一緒に陽乃と話していたようだった。八幡に笑顔でばいばーいとばかりに手を振ってカーテンを閉めた一色。
あの時の一色が妙な態度だったのは陽乃に何か言われたのだろう。
八幡は、その事を思い出して落ち込んだ様子の一色の頭を撫でそうになるのを堪える。
そんな事をしたら通報待ったなしだ。例え一色が許そうとも通行人が通報するだろうと思い、亜麻色の髪を睨んで右腕を左手で掴む。
くそっ!静まれ俺の右腕よっ……!
その姿こそ通報モノなのだが八幡はスキルのおかげで難を逃れる。ステルスヒッキーがなければ即死だった。
「先輩、送ってくれてありがとうございました!」
「ん?」
八幡がくだらない思考で悩んでいると、気付けば駅に着いていた。
一色は笑顔で感謝を述べて県庁前駅方面のゲートへ向かおうとしている。
「おい、一色…」
「ふぇ?なんですかー?」
あざとく、くるりと振り返り八幡に向き合う一色。素であざとかったな、と思いながらも八幡は由比ヶ浜に課せられた任務を遂行する。
「その…、お前が俺のことどう思ってるか聞いていいか?」
一色はその問いに目を見開いて驚くと、あの、その……と狼狽える。
「あ、いや、そう言う意味じゃなくて。由比ヶ浜に色んな奴に聞けと言われてだな…」
どう考えてもそう言う意味にしか取れない言い方、ひと昔前の八幡なら告白して振られただろうに一色は耐えた。
「戸部先輩に聞いてたのはそれですか…」
一色は内容を理解して納得した表情をして小さくうなずく。
そんな一色に心の中で称賛を送りながら返事を待つと、んんっと咳払いをして姿勢を正す。
『先輩……、今付き合ってる人って、……いますか?』
『年下の女の子は、……嫌い、ですか?』
あざと砲第3弾が来る!と八幡は警戒する。
一色は胸のあたりにある右手をきゅと握りしめて頬を少し赤らめ、切ないような笑顔を八幡に向けながら重々しく口を開いた。
「……はい。先輩のこと、……好き、ですよ」
それは、あざといなんてものじゃなかった。真っ直ぐと八幡に向けられた言葉は自然と心に落ちて、たまらず八幡は呆けてしまう。
そんな八幡を見て、一色はニヤリと笑みを浮かべ勝利とばかりに笑顔になる。
「あれー?先輩、ときめいちゃいましたー?」
「ぐっ……。慣れてないんだよ、こういうの」
悔しそうに顔をしかめる八幡をなめ回すように見つめ満足した一色は「それで」と言い、八幡に問う。
「先輩はどうなんです?」
「あー。同じだ、同じ!くそっ」
「なんですかー!その投げやりな言い方!!」
投げ捨てるように言い放つ八幡に憤慨だとばかりに頬を膨らませる一色は、そう言って踵を返し駅のゲートに向かう。
「では、先輩。また学校で」
怒らせたかな?と不安を抱いた八幡だが一色は笑顔で小さく手を振って立ち去る。
その一色に手を挙げて応え、見えなくなるとふいに笑みがこぼれる。
一色の素敵な何かは、それを悟らせない強さなのだろう。雪ノ下にも由比ヶ浜にも無い完成された強さ。
それはスパイスをきかせすぎな一色に釣り合うだけの強さで八幡と同種の強がりでもあるのだろう。
「責任とってください、か……。ま、生徒会で困ったことがあれば多少助けてやろう」
そんなことを考えるも、一色は何を考えてるかわからないが自分に好意を向けてるのは間違いないと確信できた。
由比ヶ浜から言われたから信じられたのではなく、一色の言葉は正しく受け止められた。
一色の八幡へ向けた感情は八幡が一色に向ける感情と同じモノだったから。
原作では雪乃か陽乃かな~と思っていたりします。
でも一色も可能性大だとも思います。
八幡は一貫して受動的で本物発言の時だけ自分の意志で動いたのに対し、一色にはお兄ちゃんスキル発動とかで自発的にダンボール持って運んだりしてますからね。
八幡に一色は年下って印象無いはずなのにね。
後、アニメでは雪乃を意識している描写がありますが(膝の手当てと料理教室での見つめ合い)、原作では実はそうでもないんですよね。
殆ど異性を意識しないように振る舞う八幡は由比ヶ浜にだけ嫉妬みたいな感情を見せているだけですけど、由比ヶ浜ルートは作者さんが書いてるのでまず無いでしょうね。