モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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第十四章 狼と獅子と紅の戦線
其の壱


「流石だな」

「こんなのボウガン使いなら誰でもできるよ」

「本番でも簡単にできる奴はそういないだろ。アルはもっと自信もっていいと思うぞ」

「そうかな。ありがとう」

 

 少し軽銃の状態を見てからアルはハザンの前に座り込んだ。

 先ほどまでランポスと交戦していたとは思えない素っ気なさでアルはハザンに話しかけた。

 

「それで……途切れちゃったんだけど話って?」

「ああ。その……あの事件の後、俺だけ好き勝手にやっていてすまかったな」

「ミラさんの見舞いに行っていたんでしょ? 仕方ないよ。むしろ、良いことだと僕は思うけどな」

「傍から見ればそう思うかもな。でも、俺の場合は違うんだ。俺はきっと本心では心配なんかしていない。どうでもいいと思っているんだ」

「ハザン君はそんな人じゃない。……何があったの?」

 

 顔を伏せたままハザンは寂しげな影を映しながら語り出した。

 

「……ミラをあんな風にした犯人を前にして俺は殺してやりたいって思ったんだ。冗談なんかじゃない。太刀を握って首を切ってやろうって何の躊躇いもなくそう思ったんだ」

 

 ハザンは自分の掌を見つめながら苦渋の表情を浮かべて続けた。

 

「それからさ、本当の自分が分からなくなったんだ。ミラを心配する自分も、今話している自分さえも……偽りなんじゃないかって疑うんだ」

 

 心の中で渦巻く黒い塊。それは靄に包まれながら徐々に形をとり、やがて自分の影へと姿を変える。それとは初対面ではない。ナルガクルガとの戦闘中、ハザンの中に芽生えた復讐者(それ)だった。

 そして影は悪魔の囁きを延々と続ける。ハザンを心の闇へと誘い込もうと手を招く。身体を乗っ取ろうと目を光らせていた。

 

「僕の話をしても良いかな。……僕はね、最初にハザン君に会った時、強い人だなって思ったんだ。そして、ちょっと怖かったりもしたんだ。でも、今は違う。ハザン君は直情的で少し大雑把なところがあって、不器用なんだ。でも、人を思いやることができて努力家で、負けず嫌いで……他にも沢山あるけれど、僕が言いたいのは、僕の知っているハザン君は命を無価値だと考えるような人じゃないってことだよ」

「……アルが知っている俺が本当の俺じゃなくてもか?」

「うん。だって、今の僕も本当の僕じゃないから。本当の僕は臆病な弱い奴なんだ。でも、今は理想の自分でいるつもり……なんだけどね」

 

 そう言って自信なさげにアルは微笑んだ。ハザンは目を丸くして聞いていた後、憑き物が落ちたように強張っていた表情が緩んだ。

 

「理想の自分、か……。そうだな。ありがとう、アル」

「どういたしまして。じゃあ、僕はそろそろ交代に行くよ」

 

 そう言ってアルは先ほどの自分を思い出しながら顔から火が出るような思いをして早々に立ち去った。

 ハザンは渦巻く黒い塊が緩んできたとみえて、悪魔の囁きも聞こえなくなり、軽やかな幸福に包まれながらキャラバンから晴れ渡った空を覗いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ドンドルマを出てから四日。村を仲介した四台のキャラバンは再び森へと姿を晦ました。

 舗装された道はなく、しかし、キャラバンはすんなり通れるだけの余裕があり、道には困らない森だ。強いて問題点を挙げるならば景色に代わり映えがないことか。方向感覚が狂えば瞬く間に迷宮入りだ。

 周りのほとんどが巨大な樹木ばかりで細かい樹木が目立たない厳かな空気だ。木漏れ日も上等で温かみがあった。

 キャラバンの車輪は地面の凹凸に翻弄されながらもその働きを絶やすことはない。積み荷が載せられた最後尾のキャラバン、その屋根に設けた木の柵に囲まれた所からアルはこの揺れを厄介に思っていた。

 一般人が乗って揺られている分には何の影響もない揺れだが、狙撃手には致命的な揺れだった。これでは出発当時のようにランポスを撃ち抜くことは叶わない。

 

「困ったなぁ」

 

 双眼鏡を覗き込みながらアルはそう呟いた。

 すぐ傍で待機している伝令役のカルンがアルの弱音を聞きつけて疑問符を浮かべる。

 

「そんなに困るもんかい。モンスターの気配はしないし、撃ち難いってのは別に良いんでねぇか?」

「確かにモンスターの気配はないですが、痕跡は沢山ありますよ。あそこの草木が不自然に跳ね除けられているのは大型モンスターが通った跡ですし、ここは少し開けた場所が多いので大型モンスターの棲み処には丁度いい場所のように思えます」

「そういうもんか。つか、よく見てんだなあ」

「いやいや、僕なんかまだまだですよ。多分、一流のハンターさんなら僕よりもっと痕跡を見つけているかと思います」

「謙遜しねぇでいいさ。オイラなんか一つも見つけれやしねぇ。ハンターからしてみればオイラはフルフルみてぇに盲目なんだろうな。はっはっはっ」

 

 カルンは大仰に笑いながらアルの背中を何度も強く叩いた。硬い防具越しに伝わる衝撃にアルは苦笑いを浮かべてやり過ごす。

 商人の陽気さと他人との距離の近さはやはり職業的なものがあるのだろうか、と考えながらアルは再び見張りに集中した。

 

「ところで、兄ちゃん。可笑しなことを言うかもしれねぇけどよ、兄ちゃんはポッケ村出身かい? どうも見覚えがあるんだが――……聞いてる?」

 

 思考に没頭してしまったアルの聴覚は外界からの音を受けつけなくなっていた。カルンは寂しげに「職業病かねぇ……」と呟いた。

一つ、アルの中には気がかりな点があった。しかし、それは狩人の端くれによる推測に過ぎず、カルンを過度に脅かしかねないので口には出さなかった。

 自分の第六感を信じている訳ではないが、その気がかりはアルの中で色濃くなりはじめる。

 先ほどからアルは五感を研ぎ澄まし、動物の気配(・・・・・)を探っていた。しかし、小鳥の囀りも獣の遠吠えも虫の羽音でさえも感じ取れない。

 まるで植物だけが森の中で生きていて、動物が砂漠化してしまったような不吉な感覚。

 それは不意に視界の端に映った。巨木と巨木の間に見えた生物のシルエット。

 慌てて双眼鏡を向けたそれにアルは最悪だ、という感想を抱く。

 気付くな。勘付くな。心の底から神に頼んだ。

 遠方にも関わらずアルは息を殺し、最大限に気配を殺し、また別種の意味でキャラバンの揺れを嫌った。

 が、願い叶わず――双眼鏡からアルの蒼い眼へと戦慄の視線が貫く。

 

(気づかれた……ッ!)

 

刹那、身の毛が逆立って全身から恐怖し、しかし、対策は誰よりも早かった。

 

「カルンさん、緊急伝令をお願いします! 敵はラージ――ッ!?」

 

 激震と爆音。瞬く間にキャラバンは激しい衝撃に襲われて揺らぐ。

 舌を噛みそうになったアルは必死に木の柵に掴まりながら音の正体を探る。それを見つけるのにそう時間はかからなかった。

 先ず、頬に飛びついたべっとりとした液体に勘付く。そして、目も当てられないほどに惨く爆散した草食竜アプトノスの幼体をそこに見た。

 

 

 

 次に見張りの役が迫ってきているのでエレナが早々に狩人用のキャラバンに戻って来た頃合いのことだった。

 何気なく眺めていた緑の景色。この森に入った頃は壮大な樹木の列に圧倒され、心躍ったものだが今となっては見飽きた景色だ。

 右から左へと流れていく景色に代わり映えはなく溜息をついた次の瞬間だった。

 背筋が瞬時に凍りついた。見間違いだと思ったエレナは急いで外へと身を乗り出し、それを再確認する。

 間違いないと思った。刹那、抱え切れないほどの感情と情報が錯綜する。

 どうする。大変だ。何故アレが。逃げないと。思い返すな。振り払え。そうだ。報告を。

 

「ジルバさ――ッ!?」

 

 地面から伝わった衝撃は一瞬、キャラバンの車輪を浮かせた。途端、キャラバンは操縦権を失い、アプトノスが足を止める。

 バランスを崩したエレナは強く打った頭を抱えながらも必死にジルバへと叫んだ。

 

「ジルバさん! 金獅子ですッ! ラージャンですッ!」

 

 

 

 黄金の体毛。太く厚く猛々しい腕。傷だらけの顔が更に兇悪さを倍増させる。眩く輝く黄金色の角は見惚れるほどに美しいと聞くがそんなのは真っ赤な大嘘だ。その付け根にある双眸が見惚れることすら許さない。

 超攻撃的生物。破壊と滅亡の申し子。羅刹。激昂の金獅子。ハンターズギルドがそう表現するのも無理はない。

 アルはそれが牙獣種に分類されていることを心底、疑問に思った。

 が、焦燥は一瞬。多くの尊大な命を預かっている実感と狩人の経験がこれを吹き飛ばした。辺りを確認、キャラバンが止まっている。伝令役のカルンが腰を抜かしている。先ずはこれを対処する。

 

「カルンさん、伝令を! キャラバンは逸早く走って下さいッ!」

 

 これまでに出したことのない怒鳴り声をアルはあげた。

 その怒気に後押しされたのか、鍛え抜かれた体幹を駆使して逃げるようにカルンが最後尾から最前までキャラバンの上を駆けていく。

 アルは最後尾に残り悪魔と遠方ながら対峙する。幼体ではあるが、草食竜を投げたあの腕力で真っ先に猛追してくる。

 貫通弾LV1を装填、アルは躊躇いなく発砲した。が、それは呆気なく弾き返された。

 

「っ……まだッ」

 

 流れるように徹甲榴弾を装填。キャラバンがゆっくりとだが、動き出した。

 急がず慌てない。息を吸い込み、緩慢にスコープを覗き、十字線を腕へと合わせる。

 アルは気合いを入れる。次はない、と意気込み集中する。

 

「当たれッ……!」

 

 指に力を入れる。刹那、徹甲榴弾が押し出されて銃口から瞬刻で飛び出す。空気を引き裂き、膨大な筋肉へと突き刺さる。

 一拍遅れて爆撃。腕の自由を持って行かれたラージャンは瞬く間に体勢を崩して地面を転がった。四、五転して巨大な幹に激突、土煙に包まれた。

 

「よし、やったッ」

 

 アルは思わず拳に力を入れる。相当な衝撃を受けたに違いない。かなりの時間は稼げた筈だ。

アルはそう思っていた。侮っていたのだ。だからこそ、次の弾も込めず突っ立っていた。土煙の中から命を狙われているとも知らずに。

 歓喜も束の間、土煙が内部から破裂する。僅か一跳び、飛び出してきたラージャンが腕を振り上げる。

 時間が止まろうとする。輝く双角、涎塗れの鋭利な牙、漆黒の大きな拳が迫る。

 アルが死を覚悟した、その時。

 

「よくやった、アル」

 

 アルの横を声と共に通り抜けたジルバが躊躇なくキャラバンから飛び降りた。

 飛び降りると同時に振り上げられた戦鎚が僅か瞬きした間隙の後、ラージャンの脳天へと敲きつけられた。

 ラージャンの勢いが殺される。振り遅れた漆黒の腕がキャラバンの木材を僅かに削り取っていく。

 ジルバは老体を感じさせぬ曲芸のごとき身のこなしで受け身を取りながら接地する。その一連の動きを瞠目していると続けて飛び降りる二の人影があった。

 

「エレナちゃんッ!?」

「心配いらん! ワシが許可した。そちらの指揮権と動向はハザンに委ねた。ゆけっ!」

「はいッ! ジルバさん、エレナちゃん気を付けて!」




まるまるです。

さて、ラージャン戦になります。調べたところ激昂したラージャンはある商人と護衛のハンターが発見者らしいです。後々に知ったのですが、商人達に乗り合わせたエレナの家族が発見者という少し原作に沿うような形もありかな、と思ったのですが。発見者のローランは報告する前に殉職、他に乗り合わせたハンターの描写もないため厳しいかなあ、と考えていた次第です。
激昂したラージャンには他のモンスターと比べて異名が沢山あり、どうせならということで馬鹿の一つ覚えみたいに本文中に並べてみました。因みに作者は超攻撃的生物と破壊と滅亡の申し子がお気に入りです。

それでは。

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