モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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第十三章 帰路へ
其の壱


 陽が傾こうとする頃合い。リオレイアの狩猟達成を受付嬢に報告するとともにエレナとアルはレイラに半ば強引に誘われて祝いの食事に参加した。 

 エレナとアルが他人と一つの依頼の為だけに隊を組むのはこれが初めてだった。だから、これがハンターにとって通例であることを知らなかった。

 レイラは教えてくれたのだ。ハンターはこうして絆を深め、命を頂き、そして、命あることをその度に喜び、実感し、感謝していると。これはいわゆるハンターにとっての務めにも近い。

 エレナもアルもレイラの気遣いに勘付かないほど鈍感ではない。躊躇いなく参加し、エレナは「スネークサーモンの熟成チーズ乗せ」を、アルは「大雪米のガビアルカルビ丼と北風みかん」を食べた。

 食事中にも会話は絶えず盛り上がり、エレナとレイラは主にジルバの話を、アルとデイヴは銃への愛情や狙撃の魅力について語り合った。

 充実した時間もあっという間に過ぎていき、二人は顔を真っ赤に染めたレイラとそれを介抱するデイヴを前に一礼した。

 

「ありがとうございました」

「また……来いよぉ」

「はい」

「お世話になりました」

「今度は一緒に撃てると良いな。アル」

「はい。是非」

 

 アルとエレナはドンドルマの高地、宿がある場所を目指し、デイヴはレイラを家へと連れていくためドンドルマの低地の方へと。どうやらこの光景は毎度らしい。

 四人は惜しみながらも別れ、二手に分かれた。

 

「ジルバさん、褒めてくれるかなぁ」

 

 踊ってしまいそうなほど嬉しそうに微笑むエレナの横顔。相変わらずの性格だ、とアルは横目で見ながらまだ緊張のせいで動悸がする左胸をそっと押さえる。

 エレナの鼻歌を横に聞きながら数分。宿屋が見えてくるあたりで二人は異変に気がついた。

 

「なんか、人が多いね」

「そうだね。どうしたんだろう?」

 

 アルの言葉を皮切りに二人の間にある共通の感情が湧き上がった。

 物事が頭の中に早送りされる映像のように次々と流れ込んできて全身が総毛立つ。激しい焦燥に駆られながら思わず飛び出したエレナ。人混みを突き抜けようとするエレナの手首をアルは咄嗟に掴んだ。

 アルが首を振る。エレナは苦しそうな表情を見せた。しかし、アルは確りと力強く手首を握った。

 刺激の多かった日々が自分達の置かれた状況をすっかり忘れさせていた。

 どうして鼻歌など歌っていられたのだろう。どうして自分の好きな事を楽しく語っていられたのだろう。時は待ってはくれない。

 二人が激しく後悔する最中、密集した野次馬の中から一つ、声があがった。

 

「な、何だアレ!?」

 

 途端、混乱が波紋のように広がっていき、やがて大きな喧騒となり、悲鳴のようにすら聞こえてくる。

 遅れて気づいた二人が野次馬の視線を追った。

 遠くない過去に見たことのある景色だった。蒼い空。薄っすらと見える山脈の影。ゆったりと流れていく雲。

 

 蒼を横断する黒い影。それも色濃く大きくはっきりと。

 

 ハンターならば、否、この地に住む者ならばその名を知らぬ者はいない。

 悲鳴や怒号が連鎖し、最早、叫び声しか聞こえなくなった大音響の中でそれは誰かが呟いた言葉だった。

 

「――空の王者、リオレウス」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 塵が支配する室内は外からの太陽光を遮り、暗くなっていた。

 崩れた壁が自然に剥がれ落ち、床の亀裂は見るだけで恐ろしい。

 目の前でのたうち回るリオレウスの頭が書棚を倒し、天井を叩く。室内が全壊するのを躊躇わない勢いだ。時折、ちらつかせる炎がリオレウスの兇悪な相貌を照らす。

 咄嗟に飛び退いたジルバは背中を壁にぶつけ、流れるように背負われた戦鎚に手を伸ばすもその存在がないことに気がつく。腰に装着したナイフを構えるので精一杯だった。

 

「何なんだ……」

 

 依然として暴れ回るリオレウスの呻き声に臆しながらジルバは着実に状況を整理していた。

 室内全体を見回す。しかし、マードックの姿はなく、代わりに見えたのはリオレウスの牙と鼻先が血で真っ赤に染まっていることだった。

 いずれ部屋が崩落しかねない。しかし、下手に動けばリオレウスを刺激してしまう。部屋を出る為の扉を横目で確認する。飛びつけば一瞬で逃げられる。

 ジルバがリオレウスの動きを窺っていると、突然、建物が大きく揺らいだ。姿勢を保てず、千鳥足になりながらもジルバは構えを取った。

 

「行った……のか」

 

 建物が大きく傾いているのか、大きな風穴に身体が吸い込まれるようだ。ジルバは足に確りと力を入れながら遠く離れていくリオレウスの後ろ姿を怪訝に眺めていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 一晩を明けた今でもリオレウスが書士隊の本部を襲った事件は街中を騒がせていた。

 派手に描かれた号外がばら撒かれ、そこに人が殺到する騒動。大衆酒場に集うハンター達の中ではその話題で持ち切りだった。広場では竜を擁護する宗教の者達が熱く演説し始める。

 無論、事件の渦の中にいるジルバとハザンもこれの影響を多大に受けた。半日に及ぶ事情聴取は容赦なく行われた。

 夕方。先に帰ったハザンの心身を心配しながらジルバは久方ぶりに外界に凝り固まった身体を伸ばす。

 

「長い間、すみません。ジルバさん」

「仕方のないことじゃろう」

 

 ジルバの旧友であり警官隊員のデリクは煙草を吸いながら夕陽を眺める。

 まだジルバが老山龍迎撃戦に参戦する前の頃、幼少期のデリクと出会った。問題児であったデリクは度胸試しをするために街の外へと姿を晦まし、両親が依頼した息子の捜索をジルバが承った。

 ジルバは今でも鮮明に思い出せる。ランポスに囲まれながらも木の棒を振り回す勇敢なデリクの姿を。

 

「俺はあの時からジルバさんみたいに格好良くなりたいと思い、こうして警官隊に就いたんです」

「あの悪戯っ子が今では悪を裁く立場か。人間、分からんもんじゃのう」

「はは、本当そうですね」

 

 口から吹いては消えていく煙をデリクは惜しみそうに見つめた。

 沈黙が訪れ、それを機に二人を包んでいた空気が変わる。遠回しにしていた触れるべき、そして、触れたくない話をデリクが零す。

 

「ジルバさん、奥さんの事はまだ……?」

「ああ。今でも時々、夢に見る。苦しむメルラの顔を」

「……覚えてますか。俺が初めてジルバさんの前で煙草を吸った時の事。格好良くなりたかった俺は煙草を吸い始めて、ジルバさんの前で自慢げに吸って見せたんですよ。それで俺がジルバさんも吸いませんかって誘ったらジルバさん、こう言ったんですよ」

 

 デリクは一拍置いてから懐かしむように笑みを浮かべた。

 

「妻と息子の体に障るから吸えないって。改めて敵わないなって思いました。俺が目指していた格好良さはただの自己満足なんだってその時、気づかされたんですよ」

 

 灰皿に煙草を捨て置いてからデリクがジルバに歩み寄る。残り二本になった煙草入れの蓋を開け、一本取り出した。そして残り一本になった煙草入れをジルバの目の前に差し出す。

 

「吸いますか?」

 

 ジルバはしばらく、差し出された煙草入れの()()()をじっと見続けてから横に首を振る。

 

「遠慮しておこう。三人……()()()がいるんでな」

「ふっ。そうですね」

 

 デリクは眼を閉じて残念そうにまだ一本残っているにも関わらず煙草入れをごみ箱に放り捨てた。

 

「俺もこいつで最後にします」

 

 そう言って人差し指と中指に挟んだ煙草をジルバに見せつける。

 デリクは名残惜しそうに煙草の先に火をつけて、惜しみなく吸い込んでから空に向かって吐き出す。

 

「赤ん坊が生まれるんです」

「そうか! それはおめでたいのう」

「ええ……」

「そろそろ、行かねばならん。待たせてしまっている人がいる」

「ああ、それは行ってあげないとですね。そうだ。女性は花束を贈られると大変喜ぶそうですよ。ちょうど十字路に良い花屋があります。買って行ってはどうですか?」

「そうじゃな。寄ってみよう」

 

 ジルバが荷物を担ぎ直し、ゆっくりと歩き出した。名残惜しくも去っていくジルバの背中を見送りながら不意にデリクが言葉を落とす。

 

「ジルバさん……今度は家族と一緒に」

 

 歩きながら確かにジルバは首を縦に振った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 頭に思い描かれたこの景色は何時ぞやのものだろうか。

 変わっていたドンドルマの風景。変わらぬものと変わったものを目に焼き付けながらジルバは暫く思いに耽った。

 まだ自然の緑が残る丘の上から眺めるドンドルマは大きく、また小さかった。大きく風穴の空いた書士隊の本部で修復作業に取り掛かる者達が働いている。

 ここに居てはいけない。一生愛すると誓い、共に生きてゆくと信じ合った筈の自分は彼女を裏切った。自分はここに居ていい存在ではないのだ。

 ジルバは、そう思っていた。

 しかし、今では心地よい。彼女の、墓石の隣で見るドンドルマの景色が鮮やかだった。

 

「変わったものじゃのう。ああ、お主にはもう見慣れた景色か」

 

 独り言だ。墓石に耳はなく、語らない。その下に彼女であった欠片が埋められただけの石だ。

 届く筈もない。分かってはいるが、届いて欲しいと願ってしまう。ジルバは寂しい風に吹かれながらまた呟き始めた。

 

「もう少し早く会いに来るべきじゃったな。ワシはもうこんなに老けてしまった。ワシだと、お主の夫だと分かるじゃろうか? まだワシを、愛する人と見てくれるじゃろうか?」

 

 墓石の前で静かに屈み込んだジルバは、不意に、誰も気づかないような静かな涙を落とした。

 メルラの墓は綺麗にされていた。確かに夫婦であった証拠の苗字とあの頃数え切れないほどに呼んだメルラの名が彫られていた。あの時と同じようにまるで呼ぶように、そっとその名を指で撫でる。

 また不意に堪えようのない悲しみが溢れ出してジルバはどうしようもなく墓石にすがりついた。持ってきたばかりの花束と既に供えられていた花束に涙を伝わせて、また言葉を落とす。

 

「どうか、ワシを許して欲しい。お主を幸せにしてやれなかったワシを許して欲しい」

 

 ジルバは時間も忘れて泣いていた。それからはこの街に帰って来るまでのことを雄弁に語った。時折、笑みを零しながら惜しみないほどに語り尽した。

 頭の上に上がっていた太陽が西の空へと隠れようとする頃、ジルバは全てを語り尽し、立ち去ろうと腰を上げた。

 

「付き合わせて悪かったの。最後に一つ――

 

 

 

――愛している。

そして、

 

愛してくれて、

 

 

 

ありがとう――。




まるまるです。

まだ日常回が続きます。最終戦までにはまだもう少しかかる予定です。
はっきり言って狩猟描写不足ですね。最近、抑え切れなくなって新しい短編を考える口実で狩猟描写を裏で書いています。投稿するつもりはなかったんですが、一通り出来上がってしまったので考え中です。

それでは。

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