モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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其の肆

「すべて話してもらうぞ。マードック」

「ああ、何から話そうか……」

 

 勿体ぶるようにマードックは思案した。これに対してジルバは焦らずマードックの口が開くのを待った。

 

「動機、からかな? 君の知っている通り、僕は君と同じ街の生まれだ。そこで妻と出会い家庭を築き、書士隊の一員として高名を受けずとも家族を養うために努めたよ。幸せだった……君もそうだろう?」

 

 懐かしむような表情で、しかし、悲しそうにマードックはジルバに同調を求めた。ジルバは肯定も否定もせず、ただ聞くだけの立場を貫いた。

 返事はなくともマードックはジルバの答えを知っていた。幸せでない理由がない。

 家族が当たり前のように家にいて、それが当然のように続く。段々と育っていく子ども、それを隣で共に見守っていく妻、温かな日々。

 幸せとはこういうものなのだ、とマードックは揺るがない答えを出していた。

 

「老山龍――アレが僕の全てを狂わせた。僕は書士隊という立場から情報と知識を提供する部隊で迎撃戦に参加した。君とはその時に初めて知り合ったね。仲間の事は……残念だったね。良い人たちだった」

 

 その穢れた口が言って良いものか。あの散っていった英雄達を弔える立場か。ジルバは憤りを全身に感じたが踏み止まった。彼の眼が本音だという事を訴えていたからだ。

 それどころかジルバはむしろ嬉しい反面もあった。アラン、オスター、マルク、名も知らぬ亡くなった勇士達。彼らの栄誉ある殉職をまだ想っている者がいることに少なからず嬉しさがあった。

 内心で嬉しさを感じるジルバとは裏腹に段々と表情を曇らせるマードック。声は震えながらも言葉は紡がれた。

 

「僕の妻と娘はね……避難の混乱の中で誰も知らぬところで死んでいたよ。皆が狩人達を勇敢だったと称える中、妻と娘は塵のように死んでいた。勇敢な狩人達に救われなかった所為でね」

「それは……ッ!」

「分かっている。これは僕の身勝手な考えだ。でも、じゃあ、どうしたらいい? 僕はどうすれば救われた? 妻と娘の何が悪かった? 教えてくれ。君は僕より賢く偉い筈だろう」

 

 沈黙が流れる。呼吸を荒く、身を乗り出さんとする勢いでマードックが訴える。溜め込んでいた言葉を爆発させるように。

 ジルバの中に納得できる答えはなかった。安易に仕方なかった、と言ったとしても自分が納得できない。その辛さを経験している者として。

 

「……困らせるような質問をしてすまない。話を戻そう。ここからは僕の拙い考えによるものだと思って聞いてくれて構わない。君の感想は全部話した後で聞こう」

「分かった。続けろ」

「……僕は復讐を誓った。古龍を倒す術を模索した。もう彼らに脅かされるだけの時代ではないことを証明したかった。僕と同じような境遇の人たちはきっと居るはずだ。彼らの、そして人類の悲願が果たされることを信じて僕は研究を続けた」

 

 筋は通っていた。ジルバも猛反対するだけの意見を持ち合わせてはいなかった。

 しかし、賛成はできなかった。勿論、結果や過程を後から見て判断したわけではない。ジルバには古龍に勝てる訳がない、と。そもそも彼の願いが果たされる将来図がなかった。

 あの桁外れの龍を斃す術はない、とジルバは諦めていた。

 

「そんな時だ。僕はある資料に目をつけた。君ほどの博識なら知っているはずだ。古代文明の奇跡の産物、生命の集合体、その力は想像すら恐れ多い……竜騎兵、イコール・ドラゴン・ウェポン」

「龍に等しき兵器。龍には龍を……という訳か」

「そうだ。僕は秘密裏に研究を重ね、氷河に凍る竜騎兵の存在を知った。しかし、竜騎兵を動かすことは先ず不可能……だから僕はその一部の恩恵を頂くことにした」

「恩恵……?」

「血だよ。数知れぬ龍を結合し、生み出された生命の混血だ。幸運にも血は凍っていて難なく取り出せた。手始めに僕はこれを様々な生き物に摂取させた」

「まさか……」

「龍の混血だ。なら飛竜の象徴とも言われるリオレウスに試してみた。すると、すぐに変化が起きた。身体は肥大化し、体は変色し、様々な性質を見せた。……しかし、元々、竜の器として似ていた所為か、血が同調してそれ以上の変化は見られなかった」

 

 話はこれで終わりではないはずだ。その先もジルバにはある程度、読めていた。だが、マードックは不意に話すのを止めた。

 気が変わったのか、次に話す内容を考えているのか。どちらも違う。マードックは様子を窺っていた。黙って俯いたまま佇むジルバのことを。

 メルラに誘われて請け負った狩猟クエスト、対象は下位のリオレウス。三人の有望なハンターを失い、ジルバも命を落としかけた。

 それだけではない。再び仲間が目の前で死んだことで見るべき大切なものを見失った、ジルバの人生の分かれ目。それが人間の業によるものだった。

 

「ギルドマスターは? 依頼はあの人が頼んだはずだ」

「共犯だよ。彼も若い頃、古龍に家族を奪われている。しかし、もう今は亡き人だ。……君は、憎くないのか? 君に真実を勘付かれることを恐れて君の失敗を大袈裟にしたのも僕達だ。君の生きる気力をなくすために行方不明に見せかけてまだ十歳のラルフを攫ったのも――」

「――許せるものかッ!」

 

 室内をどよもすほどの凄まじい怒鳴り声があがった。途端、室内は静まり返って、その沈黙の中でジルバの怒りがマードックを震え上がらせる。

 冷静に滑らかになろうと装ったジルバの、憤りに溢れそうな声が沈黙を破る。

 

「許すつもりは欠片もない。だが、その怒りを曝け出していったい何が生まれる? お主をワシの望むままに殴り殺して誰が得をする? ワシは真実を聞きに来た。ワシが望むのはこれからを生きる者達の幸せじゃ」

「失礼な質問をした。話を続けよう。リオレウスでは駄目だった。だから、僕は見方を変えた。竜であり竜であらず……その半端な存在ならば、とそう考えた。それがイャンクックだ。実験は成功だった。怪鳥は規格外の力を手に入れ、立派な生体兵器となった。しかし、ここで誤算が起きてしまった。強力過ぎるが故にその怪鳥を操れることができなかった。操れたかに思われたが、それは全て怪鳥の思惑通りで……逃げられた。そこからは君たちの知っている通りだ」

「二つ質問がある。竜を操る方法は竜操術で間違いないな?」

 

 竜操術。名の通り、竜を操れる術のことだ。遥か古の時代には実在していたが、現代では勿論のことその存在すら明かされていない。

 しかし、世間からその存在を隠し続ける民族がいることを信じて疑わない組織もいる。彼らを除く一般の者達の認識は伝説の類いにあり、あると信ずる者は圧倒的少数だ。

 事実、ジルバもこれを認めていなかった。竜を操れるなどという絵空事があって良い訳がない、と結論付けていた。

 

「メージという男を知っているだろう。彼が鉄騎を利用し、その存在を確かめたと聞いている」

「二つ目、クシャルダオラはお主らが故意に呼び寄せたのではない。間違いないか?」

「間違いない。こちらに古龍を操れる術はない。話は終わりだ。君の感想が聞きたい」

 

 マードックは窓の前に戻ってジルバの方へと向き直った。

 窓から差し込む真っ赤な夕陽にジルバは目を眇める。丁度、マードックから伸びる影がジルバを覆い、ゆっくりとジルバが目を開く。

 マードックは一つ大きな勘違いをしている。的確に伝えるならば彼はそのことに無意識に気づかないようにしている。それを伝えなければならない。ジルバは聞いて感じたことを一言一句躊躇わず話した。

 

「お主はずっと逃げていたんじゃな。自分では戦えないから他人の力で復讐を果たそうとし、現実から目を背けたくてもう一人の自分を作り出していた。亡くなった妻や娘を考えなくともよいマードック・リスカー書士隊筆頭士官という自分を」

「逃げ……か。確かにそうかもしれない。今にして思えば僕は自分のことを『私』とは言わないな」

「ああ、ワシも不思議に思った。老山龍迎撃戦の時に会ったお主は探求心が人一倍で負けず嫌いな男じゃった」

「はあ……すっきりしたよ。君はどうして逃げずにここまで来れたんだ? 少なくとも僕と君は同じ境遇の人間だと考えている」

「そうじゃな。ワシがずっと孤独だったらお主と同じようになっていたかもしれん」

 

 険しい表情をしていたジルバがある人物を頭の中に思い描き、瞬間、幸せに浸るように綻んだ。

 

「しかし、一人の……少女に救われた。荒んだ老人の心には無垢な笑顔が、前向きな姿が眩しすぎたんじゃろう。だからこそ、守りたくなった。やり直したいと願った。ワシはそれから、生きたいと強く思った」

「そうか。僕も君と同じようなものを感じたよ。心を洗ってくれるような、こんな僕でも許してもらえそうなそんな心地いい気分だった。もっと早くに出会えていれば、僕にも変わった道があったのかもしれないな」

「……二人だけで会っていたのか。いつじゃ?」

「偶然、商店街で出会ってね。何やら見知らぬ凄腕の人とクエストを受けるらしく、それで迷っていたよ」

「そうか。決心し切れていなかったんじゃな」

 

 エレナとアルがレイラから提案を持ち込まれた後、逸早く向かったのは宿で違いない。つまり、ジルバが諭し、エレナが決心したかのように思われたその後にマードックと出会ったのは間違いない。

 マードックとの会話が切欠になったのか、ゆっくりと時間をかけて決心したのかは分からない。それでも彼女にとって彼との会話は決してマイナスでなかったのだろう。

 会話を忘れてジルバが重い耽る途中ふと窓の外に視線が向いた。夕陽が落ちようとしている。いつまでも話し込んでいる訳にはいかない。

 

「そうだ。これを渡しておこう」

 

 マードックは書棚の本を一つ手に取ってから分厚い表紙を破り捨てた。すると、中から何枚かの書類が出てきてそれをジルバに手渡した。

 

「この事件に深く関わった人物だ。申し訳ないが、竜操術を扱う人物をここに載せてはいない。彼らは表に出ることを良しとしない。僕たちが勝手に引っ張ってきただけだ」

「分かった。配慮しておく」

「ああ、忘れてはいけない。……これを」

 

 そう言ってマードックはポケットから小さな紙袋を取り出してジルバに渡した。紙袋を通じて伝わる感触から察するに首飾りだろうか。ジルバは首を傾げた。

 

「これは……?」

「君を救った小さな英雄に、僕からの贈り物だ。大丈夫、何も企んではいない」

「……渡しておこう」

「もうこれで僕にやり残したことはない。そろそろ、時間だろう」

 

 再びマードックが窓の傍へと戻っていく。机の端に飾られた額立てを手に取って物悲しげに微笑んで見つめる。

 家族三人並んだ絵が描かれているのだろう。その悲しげに映る目を見ればジルバには分かった。ジルバは密かに自分と彼を重ね、そして亡くなった妻の顔を脳裏に描き出す。

 今でも悔やみ切れない。あの時の自分は本当にどうかしていた、とジルバは自分自身を責めた。

 

「軽率な願いだとは分かっているが……イャンクックのことはどうかお願いしたい」

「言われなくともそのつもりじゃ。もう良いか? 下で待っている者達が大勢いる」

「ああ、そうだな。うん。……僕は最期ぐらい逃げずに戦えるだろうか?」

「ん……どういうことじゃ?」

「怖い、そうだな。怖いんだ。でも、僕はやらなくてはいけない」

 

 様子がおかしかった。先ほどまで確りと言葉を口にしていたとは思えない。その眼は何を見ている訳でもなく意識が夢の中にいるようだ。

 関係性のない独り言の一つ一つ。生気を失い、ひん剥かれた眼球。ジルバはその様子を見て得体の知れぬ恐怖すら感じた。

 

「マードック……?」

 

 ジルバが怪訝な視線を向ける。

 振り向いたマードックはこちらと目を合わせたようで実は虚空を見つめていた。決定的なのは次いで零した言葉だった。

 

「アリス、シンディ……今、逝くよ――」

 

 やはり、飛び降りるつもりか――ふっと音が耳から消えて、衝撃波に吹き飛ばされていて辺りは煙で立ち込め、書類や小物、机などが目も当てられないほどに散らかっていた。

 吹き込む風が立ち込める煙を掻き混ぜて飛んでいく。気づいた時にはジルバは倒れていて喉に引っかかった塵に咳き込んでいた。

 自分の身に何が起こったのか、ジルバの記憶にはなかった。僅か、断片的に捉えた映像を頭の中で思い出そうとして――不意に、ジルバの頭に生温かい鼻息がかかる。

 何気なく目を開けた時に白刃を胸元に突きつけられていたような戦慄。酷い寒気を感じてジルバは咄嗟に顔をあげた。

 そして見た。

 息を吐き、脈を打ち、自分自身の姿を映す巨大な瞳を、眼前に。


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