モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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其の弐

 獣のような咆哮をあげて、武を放棄した一撃で景色を薙ぎ払った。それと共に鮮血に濡れるのだ。

 しかし、猛烈な一撃を顔貌に喰らったにも関わらずナルガクルガは泥濘の地を踏み抜き、耐え凌いだ。憤激に身を委ね、忌まわしい老爺を頭から食らおうと――否、その動きは老爺と呼ぶべきか疑わしい。

 鋭くバックステップして即刻に踵に力を加えて急停止、一足踏み込んで迅竜の顎に目がけて戦鎚を振り抜いた。生れ濡れて消えゆく炎がジルバの驚愕の形相を照らした。

 

(これも耐えるのかッ……!)

 

 ジルバは必殺の一撃を予見し、足元から寒気が駆け上ってきて咄嗟にその場から跳び退いた。直後、たったいまジルバがいた位置を迅竜の足が踏み抜いた。泥が恐ろしい量飛び上がり、その合間から赤眼と視線が合う。一瞬、ときが遅く流れるのを感じてまたバックステップする。

 

(……違う。受け流したのか)

 

 インパクトの瞬間に頭を逃がし、ナルガクルガは衝撃を抑えているのだ。何と恐ろしいことか。

 滑りやすい泥濘の地に靴跡を引きながらジルバが筋肉を総動員する。背後を振り向き、エレナとの距離を確認した。

 

「エレナ、下がっておれ!」

 

 ナルガクルガの学習能力は底知れない。考えを改める必要がある。すぐにでも逃げるつもりだったが、死と隣り合わせの激戦は免れないだろう。

 なのに体の調子は悪いようだ。まだ口の中で血の味がする。しかし、彼が積み上げてきた経験は恐ろしく、脳内は劇的に冷徹であった。

 ジルバはナルガクルガの一挙手一投足に見張り、殺さんとする尾の薙ぎ払いを回避。ブオンという音が破壊力をジルバに物語る。

 エレナが遠退いたのを尻目に見て、ナルガクルガとの間合いを余分に取る。

 お互いは伝心によって意思を汲み取った訳ではなく、戦う者同士にしか分からぬ沈黙の期を感じて制止、膠着する。

 静寂が訪れたかと思えば、淀んだ空を雷が駆け、嘶きと雷光が景色をより混沌に見せつける。

 どれほど動かず雨に打たれたのだろう。

 雷が落ちて鳴き、一帯が光に包まれたその数瞬。雷光に紛れてジルバが膝を曲げ、何かを拾い駆け出した。

 ほんの一瞬だった。ナルガクルガの意思が落雷に削がれたのが勝敗の分け目。

 

「ふんッ!」

 

 ジルバが水平に手を払った。投げられたのは緑色の剣。少女が握っていた双剣の片方である。

 切っ先の延長線には赤眼。反応が遅れたが、間一髪で硬い目蓋が剣を弾いた。しかし、目の前は暗闇で睨むべき敵の姿は見えない。

 無論、ジルバはこれを意図的に狙っていた。あわよくば眼の機能停止。そうでなくとも、確立された好機。

 振り被り天に備えた戦鎚をナルガクルガの脚の甲に叩きつけた。優れた俊敏力を削いで追走を防ぐための非情の一手。即座に戦鎚を引っ張って距離を置き、閃光玉のピンを抜いて下投げで放る。

 痛々しい歪んだ前脚を見て、怒り狂ったナルガクルガの眼前に閃光玉――視界が白色に占領された。

 

「エレナ、行くぞ!」

「はいっ!」

 

 エレナの声は場違いにも殺伐な空気を壊すほど喜色を含んでいた。彼女が笑顔になったのとほぼ同時、奇しくも雨が止み、雲が割け、青い空が覗いた。

 一方、二人が走り逃げる足音を雨音の中から掻き分けて見つけるもナルガクルガは追い駆けなかった。足の激痛、見えない眼、三度も逃がした無念さ。

 最早、あの狩人の姿を忘れぬ日はない。次に会う時は最高の好敵手として死力を尽くそう。その時が楽しみだ。

 碧空を穿つこの咆哮に誓う。

 

 ――次に会う時はその命を頂く、と。

 

 果たしてこの声の趣旨がジルバに届いたかは分からない。

 しかし、不思議にも心地良くジルバの鼓膜を打った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 すっかり晴れた空は雷雨の時に感じさせた不安を吹っ切れさせるような心地よさだった。

 ガタガタ、と音を立てるのは車輪が地面の凹凸を進む音。時々跳ねるのはまだ残る水溜り。その竜車に乗って揺れるのはジルバとエレナ。

 予定通りに迎えに来た竜車は行きとは違って一人多く乗せ、もうじき着くだろうジャンボ村を目指していた。

 二人は何かを話す訳でもなく、お互い移ってゆく景色を眺めていた。その顔には見て取れるほどに疲労の色が見られた。

 空を悠々と流れる雲を見上げていたジルバの肩に小さな頭がそっと乗りかかった。まだ少し濡れている髪が防具に張り付く。

 

「どうしたんじゃ?」

「えへへー。こうしたい気分なんです」

「……そうか」

「ジルバさん」

「何じゃ?」

「私、ずっと悩んでいたことの答えが見つかったんです」

「ほぉ……」

「でも、村に着いたら教えます」

「む、そうか」

「今は眠たいです」

「そうじゃな。ワシも少し眠たい」

 

 それから少し沈黙が流れて、ジルバはエレナが寝てしまったのか、と思った頃。

 

「……ジルバさん」

「ん、起きておったのか」

「助けてくれて、ありがとうございました」

「……フッ。可愛らしい寝言じゃな……」

 

 寝息が聞こえて、肩に乗ったエレナの寝顔を盗み見た。

 ほんのりの笑みを浮かべる愛らしい口元。頬にくっ付いた綺麗な髪の毛。閉じた瞳をあどけなく飾るまつ毛。無防備な寝顔がしばしば見せる夢のような笑顔。

 肩から落ちてしまいそうで危なっかしい。ジルバはエレナの小さな頭に支えるように自分の頭を重ね、ゆっくりと瞼を下ろした。

 

 澄み渡る青空。竜車が揺れる快いリズム。葉から落ちる雨の雫。水溜りに映るのは鮮やかな虹。

 

 詩人が詠ったような雨上がりの景色。

 その景色の中で、寄り添う二人の寝顔は師弟というよりも――親子そのもので。

 ジャンボ村に着き、竜車を止め、振り返った御者はくすっと笑った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 普段と変わらずジルバの邸に集まった面々は新たなメンバーを加えようとしていた。

 真っ黒で艶やかな長髪に全く顔色を変えない端整な顔。澄んだ翠色の瞳は何を訴える訳でもなく虚無そのものだった。

 当初は狼狽えたものの、竜車に揺られる中でハザンとアルは慣れてしまった。エレナは馬鹿丸出しともいえる分け隔てない純粋な眼で無感情のミラを捉え、歓迎した。この時ジルバの眼の色が大きく変化したのを誰も気づかなかった。

 

「ミラです。よろしくお願いします」

「じゃあ、ミラちゃんだね! 私はエレナですっ!」

「クシャルダオラの現地調査を兼ねて、俺たちに書士隊の立場から助言してくれるそうなので……どうですか、ジルバさん?」

 

 ジルバのミラに対する怪訝な目に気づいたハザンが発言権を寄越す。正式な指示書に不審な点がないことを確認し、ジルバは視線をあげた。

 そうして暫く考えた後、ジルバは突然言葉を漏らす。

 

「ハザンは……どう思うんじゃ?」

「知識は本物です。その……ちょっと接し方がアレですけど、怪しむほどでもないかと思うんですが……」

 

 ジルバは内心の怪しみが露わになっていたのかと慌てて目の色を戻した。この事に気づけていないエレナとアルは疑問符を浮かべるばかりである。

 しかし、目の色を変えどもまだ引っ掛かる点があるようでジルバは少し間をあけてから答えを述べた。

 

「分かった、迎え入れよう。ただし、ワシの家で過ごす事……これが条件じゃ」

「えっ」

「……ん?」

「な……何でですか!?」

 

 アル、ハザン、そしてエレナの順に顔が驚愕に染まる。どれも反応の度合いは違うが、驚く理由は皆同じであった。

 年老いた男が それも皆が信頼し憧れるジルバが初対面の端麗な少女に対して同じ屋根の下で暮らそうと言うのだから。下心が働きなされたと思った訳である。

 しかし、本人に全くその気はなく、また誘われた少女も何の反応も見せず淡々と同意する。

 

「解りました。では荷物を……」

「ダメぇ! ミラちゃんは私と暮らします!」

「き、急にどうしたんじゃ、エレナ」

 

 心臓が張り裂けそうなくらいジルバは驚き、目を見開いて大声を張り上げたエレナを見た。大声を張り上げた主は頬を膨らませ、かなりお怒りのようでジルバは訳が分からずハザンとアルを順に見た。

 二人は怒りはせずともその表情は確かに引き攣っている。

 

「どうしたもこうしたも無いですっ! いきましょう、ミラちゃん」

「あ……」

 

 言われるがままミラがエレナに連れて行かれ、部屋を出る直前、エレナはキッとジルバを睨んで玄関の扉を強く響かせていった。

 まるで嵐が過ぎ去った後のような静けさ。残された男三人は魂が抜けたように黙りこくってしまった。

 頭を抱えたジルバにハザンが真相を伝え、ジルバが口をあんぐりと開けたのはすぐ後の話である。

 

 

 

 さて、邸に残ったのがポッケ村へ行っていた二人だった。

 ジルバはある情報を覚悟して二人に公開した。最も危惧すべきはこの情報を得た後のハザンの言動である。

 ジルバは机に両肘を付き、手を組んで顎を乗せる。その真っ直ぐな眼差しにハザンとアルは穏やかなじゃない空気を感じて唾を飲み込んだ。

 

「お主ら二人がポッケ村へ行っている間、ジャンボ村付近にナルガクルガが現れた」

「!」

「ナルガ……クルガが……」

 

 一先ず様子を見る限りハザンから異常な反応は見られない。しかし、一見は平常心を保っているようだが、内なる心は殺伐としていた。

 ジルバは言葉を慎重に選びながら続けた。

 

「かなり村に近づいている事もあって……正式な依頼が出された」

「じゃあ……」

「うむ。受けようと思っておる」

 

 この時ジルバはハザンの眼の色が変わったのを見逃さなかった。内で渦巻いていた感情が露わになった瞬間だった。

 避けては通れないこの運命の時をジルバは無意識に遠回しにしていたのかもしれない。しかし、宣言した以上は突き進まねばなるまい。それに脅威は今でもジャンボ村を脅かそうとしている。どちらにしても覚悟を決めなければならなかった。

 問題視すべき点はもう一つある。自分の調子だ。エレナをナルガクルガから助け出した日から結構な日にちが経ったが、まだ完全に体は回復していない。

 

「ワシは神様が大嫌いじゃ。こうして、戦う運命を無情なほどに突きつけてくる。お主らは辛いと思うじゃろうが……覚悟を決めておいてほしい」

 

 こんなことを言われたのは初めてだ。まるで、余命宣告を受けたような気分。しかし、ハザンだけは同時に噛み締めて気持ちを高ぶらせていた。

 

「そう怖い顔をするな。ワシが命を懸けて守ってやるからの」

 

 ジルバの一言でアルの表情から黒雲のような不安が薄れ、安堵したように笑みが零れた。それを見、表情を変えず一点を見つめるハザンを一瞥してジルバはふぅ、と息を吐く。

 場の空気が険しくなったことでこれといった話題も見つからず、沈黙が流れるかに思われたがジルバがすぐに別の話を切り出した。

 

「さて、ここからが本題なんじゃが……」

 

 先ほどの衝撃な発言を経て本題となるとそれは。不安な要素を予見してハザンとアルは身を乗り出して、

 

「エレナの誤解、どうやって解くか相談したいんじゃ」

 

 拍子抜けした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 フルフルの狩猟の成功を祝うという表の理由で夜に食事会を開くこととなった。裏の理由はジルバの誤解を解くこと。更にジルバのみが企むミラを見極めるという裏のまた裏の理由もあった。

 ジルバが外出したのは食材を買い集める為である。アルはエレナとミラを誘いにハザンは料理に取り掛かっている。

 買うべき食材をメモした紙をポケットに捻じ込んで、ジルバが足を運んだのは雑貨屋だった。

 

「んニャ、ジルバさん。何が欲しいニャ?」

「買う訳ではないんじゃが……ちと、頼みがあっての。狂走エキスか、強走薬グレートを仕入れてはくれんかの」

「良いけど、多分、高値になるニャ」

「構わんよ。近々、必須になるんでな」

「分かったニャ」

 

 雑貨屋のアイルーと別れを告げ、食材屋を目指す。食材屋は最近になって設けられたらしく港で賑わいを見せている。

 見映えのいい雰囲気が漂う新築の食材屋は非の打ち所がない品揃えとして村では有名であるが、棚や木箱はほぼがら空き状態だった。理由は端的に言うならクシャルダオラだろう。奴のせいで物流が乏しく、農場も雨風に荒らされた。折角、植えて育ち始めたものもランポスの群れに荒らされる始末。

 酷い現状。それを実際に感じていながらジルバの目はもう別の問題を注視していた。

 年は看板娘のパティや可憐純情のエレナと同じくらい。しかし彼女らと違って、その眼に湛える光は非常に冷たい。謎多き書士隊、ミラである。その彼女が今、この食材屋に訪れていた。声をかけぬ訳にはいかない。

 

「何かをお探しで?」

 

 なるべく穏やかに警戒心を解かせるような口調でジルバは話す。少し変だったのか、彼女は不思議そうな眼をしてからまた並ぶ食材に視線を配った。

 

「いえ……村の特徴を見る為に」

「ほう。それはここを見て分かるものなのか?」

「育つ作物で気候を、建物の建材で木の種類を、採れる植物で環境を。まあ、色々……」

 

 ジルバは話すきっかけをつくるつもりが彼女の豊富な知識に思わず感心してしまう。声の起伏がなく、常に冷然としているので感情が全く読めない。

 しかし、ジルバは見逃さなかった。羽織の中から覗いた小刀の柄を。

 人が小刀で刺す一連の動作を期し、それを捻じ伏せる動作を頭の中で再現する。ジルバは注意深く探るように質問を投げた。

 

「その腰のナイフは何の為に?」

「……これは」

 

 冷や汗が流れる。――来るか?

 

「あの……女の子が……」

「……エレナが?」

 

 ジルバは探るように問う。

 

「そう。エレナちゃんが護身用に持て、と言ったので」

「エレナ……ちゃん?」

 

 合点がいった。エレナちゃんと呼びを強要し、護身用と表してナイフを持たせジルバの下心を警戒するエレナの姿が鮮明に思い浮かべられる。

 全身の力が抜けるようだった。溜息が出る理由は言うまでもない。

 結局、得られた成果はなく、エレナの誤解を逸早く解かねばという決意が改まるだけであった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 月の綺麗な夜。ジルバの邸には夜とは思えないほどの賑やかさがあった。

 物置から運んできた大きめの食卓には豪勢な料理が並べられ、幾つかはもう皿だけになっている。部屋中に良い香りと笑いの声が充満していた。

 ジルバの巧妙な言い訳とハザンとアルの介入でようやく誤解は解け、エレナはすっかり機嫌が良くなった。しかし、まだ不安は残る。

 料理が美味しいのか、少しずつ料理を口に運びながら、無言を貫くミラである。全く喋らないのは彼女を勘繰るジルバとしては誤算だった。それどころか、楽しい筈の食事会は暗黙の了解で一人の少女に気を配る始末である。

 とは言え、食事会は佳境を迎えていて、話題はお互いが知らないこの数日間のことである。

 ポッケ村へと行っていたアルとハザンはドドブランゴとフルフルとの戦いは勿論のこと、ミラの目覚ましい功績やポッケ村で過ごした数日間のことを話した。そして。

 

「……俺は頂いた電気袋で斬破刀を」

「僕は靴以外をフルフルシリーズに。ハンターナイフをドドブランゴの素材を使ってアレンジしてもらう予定です」

 

 それぞれが得た素材を武具の新調に使うことを初めて報告した。

 

「何で? ライトボウガンを強化すれば良いんじゃないの?」

「うん。でも、フルフル戦で分かったことなんだけど、ガンナーは自分の身を守ることが最優先かなと思って」

「良い判断だと思うぞ、ワシは」

 

 ジルバの褒め言葉を聞いてアルの頬が緩む。それを見て羨ましく思ったのか、エレナが自分のことを饒舌に語り始めた。

 

「私だって頑張ったんだもん。大きなランポスの群れを一人で倒したし、ジルバさんにも一杯褒めてもらったよっ」

「うん。エレナちゃんは凄いよ」

「でしょー! もっと褒めていいんだよぉ、アルぅ」

「お前はアイツの扱いが分かってるな」

「あ、扱いって……」

「ハザン、聞こえてるぞー?」

 

 ぷっくりと頬を膨らませ、エレナがハザンを睨みつける。ハザンは大袈裟に手を挙げて、面倒くさそうに降参の意を示した。

 そんな一時の光景を傍から微笑ましく見守っていたジルバが不意に口を挟む。

 

「そのランポスの件で少しおかしな点があってな。村長が雇ってくれた三人のハンターがいたじゃろ。あの三人、何度もランポスの狩猟依頼を受けているというのに、今回エレナの遭遇したランポスの数が多すぎるんじゃ。さらに、村の農場を襲うまで近くに来ているときた……だから――」

 

 はたとジルバが口を止めた。つい、ハンターとしての悪い癖が出てしまった。今は食事会。仕事と日常の生活を混濁してしまうのは――

 

(――昔からの悪い癖じゃな……)

「ジルバさん?」

「ああ、スマン。今する話ではないと思ってな」

「……あ、そうだ。私も料理作ったんだった」

 

 一度、もつれかけた会話を再び繋ぎ直そうとしてエレナが口走る。

 

「ほう、そうなのか。それは楽しみじゃな」

 

 ジルバも自分が崩してしまった空気を立て直そうと話に積極的に乗っかった。

 「ちょっと待っててね」と言ったエレナが自分の荷物からその作ってきた料理を取り出し、机に置いた途端、皆が顔を顰めた。

 

「こ、これは?」

「えへへー。……ちょっと焦げちゃった」

 

 真っ黒なそれは果たして料理と呼ぶに相応しい過程を辿ったのか。それは生み出した本人にしか分からない。

 この机に出してしまった以上、食べない訳にはいかない。しかし、これを食べて生き延びる保証がない事に三人は気付いていた。舌を死守すべきか、少女の真心に応えるべきか。

 皆が戸惑い狼狽える中、パニック状態に陥ったアルが無鉄砲に口走る。

 

「お、美味しそうだね」

 

 止めておけば良かったのかもしれない。しかし、アルの優しさが裏目に出てしまった。これでは大タル爆弾を目の前にして松明握って踊るようなものである。

 

「そ、そうかなー……」

 

 不穏な空気が流れる中、黒いソレに伸びる手があった。怖いもの知らずのその手は黒いソレをフォークに刺して、躊躇なく口に放り込んだ。

 驚きの視線が集中する先には、咀嚼するミラがいた。

 感想は――

 

「――大変不味いですね」

 

 直球だった。

 表情を微動しなかったミラの表情が初めて歪む。それほどの脅威をもった物だということを残る三人は悟った。

 

「だ、だよねー……」

 

 エレナの目に寂しげな影が宿る。

 見兼ねた三人はついに勇気を振り絞った。フォークを手に黒いソレに震える手を伸ばし眼を閉じ、食べ物じゃないと訴えて受け付けない鼻を黙らせて口に放り込んだ。

 果たして、その先に待ち構えるものは未知の領域。

 

「み、見た目はアレですけど味は案外……ゲフッゴホッ」

「あぁぁ、アル無理しないでー」

「ヅッ」

「ハザンまでぇぇ」

「……ヴッ、喉がッ」

「あわわわ、大丈夫ですかー!?」

 

 ジルバは治りかけた体の調子が遥かに悪化して舞い戻ってくることを悟って暗澹たる気持ちになった。




まるまるです。

申し訳ないです、大分長くなってしまいました。
地の文が少ないとどうしても不安になってしまう日常回でした。

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