モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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第五章 故郷
其の壱


 ドドブランゴはいきなり、現れた狩人らを怒りの形相で睨みつける。

 繊細な警戒に狩人らは簡単に手を出すことが叶わず、戦況は冷え固まった様に動かなくなった。十秒と数秒後、ドドブランゴが四本の足で雪を抉り飛ばし、凄まじい勢いで突進した。その狙いはハザンとアルの組。

 二人は左右に分かれて駆け出し、その間をドドブランゴが恐ろしい勢いで通過する。

急停止するドドブランゴを振り返って見、ハザンは驚愕した。

 

(いつの間に!?)

 

 踵を返す直前のドドブランゴへとエリックが肉薄、一閃する。飛竜刀【青葉】から毒が流れ出る。

 あの距離を一瞬にして詰めたエリックの足の速さを純粋に褒める暇もなく、すぐ後ろから追走するカルラを見て、再び驚く。

 エリックとカルラが素早く入れ替わり、強烈な刺突がドドブランゴを襲う。しかし、雪獅子の白い体毛による自然の鎧がランスの侵入を拒んだ。

 再度、エリックとカルラが入れ替わる。その瞬間、ドドブランゴの腕が振るわれるも、虚しく空を切った。

 ランスの短所である戦線離脱が難しい点を小刻みな入れ替わりで補う。これを実現できるだけの体力を身に付け、そして実践でも完璧にやってみせる。エリックの補助も適切で、かつ無駄がない。

 しかし、体力には限界が付き物で特にランス使いのカルラには負担が大きい。そこで、狙撃手であるアルの援護射撃により、二人を後退へと導くのだ。

 三兄妹による手慣れた連携にはもう、ハザンが入るだけの空席はなかった。

 

(あの動き……参考になるな)

 

 今となっては傍観するだけになっていたハザンはエリックによる飛び退きながら斬撃を繰り出す太刀のリーチを活かした動作を目に焼き付けた。

 

「さて、どう付け込むか」

 

 柄を握る手を緩めて、ハザンは辺りに視線を巡らせた。壁の反対側には崖があって、下には針葉樹が生え広がっている。今はもう太陽のおかげで場は明るい。ブランゴの増援や他のモンスターの気配はまだない。

 ハザンは視線を戻した。その次の瞬間、一驚する。

 雪獅子が消えた。脳が慌てて演算する。

 ――左右か。――後ろじゃない。――上でも、ない。――居ない?

 

「ハザン君っ!」

 

 ――下か。

 その瞬間、足元から轟音と、吹き上がる雪と共に白い巨大な影が飛び出してきた。窺い知れぬ筋肉を潜ませた剛腕が、ハザンの体を軽々と打ち上げた。

 衝撃は恐ろしく、しかし、体が回避動作の途中であった為に重体は免れた。一寸の狂いがあれば、今頃、虫の息かもしれない。ハザンは背筋が凍るような悪寒に身を震わせた。

 ハザンは雪に埋もれた体を起こし、即座にその場から離れる。雪獅子と相対峙しながら雪を手で払い、もう片方の手でしっかりと太刀の柄を握りしめる。

 

「大丈夫!?」

「ああ」

 

 ハザンは駆け寄ってきたアルに短く受け答えした。

 

「少しでも無理だと感じたら、気にせず休んでいいから」

 

 回復薬を飲みながら、ハザンはアルの言葉を鼓膜に吸い込む。

 彼自身はきっと、その気なんてないのだろうが、好敵手と認め合ったハザンにとってその言葉の真意は挑発されていることと同然だった。

 負けていられるか。そんな思いが頭を過り、ハザンの中で燃え上がるものがあった。

 

(考えろ。見出せ)

 

 流れゆく景色を凝視し、思考を巡らせる。

 そうして、探す。三兄妹の卓越された連携に割り込めるだけの隙間を。己の役割を。

 絶え間なく続くカルラとエリックの入れ替わりは時に銃撃による区切りをつけながら、激しさを増していく。

 ハザンは思いがけない展開に狼狽えただけだとすぐに理解する。冷静になって見れば、おのずと答えは見えてきた。

 小刻みな入れ替わりの動作の中では、やはり、限定されるものがあった。例えば、方向。彼らには立ち位置を大幅に変えるだけの余裕がないのだ。その所為でドドブランゴは一方向のみを警戒すればいいことになる。更にそれが続けば、やがて、ドドブランゴは単調なパターンを理解し、対応し始める。

 ドドブランゴを多方向から攻撃して攪乱し、攻撃のパターンを無限化してやる。

 思い付いたとほぼ同時、ハザンは駆け出し、ドドブランゴの右方から気配を殺しながら肉薄した。踏み込み、腰を捻り、思い切り振り下ろす。手首を切り返して切り上げ、血飛沫を吹き上げた。

 

「ハザン君……」

「ふーん。やればできるじゃん」

 

 アルの感激の声とカルラの控えめな称賛。その期待に応えるようにドドブランゴの剛腕をひらり、と躱して兜の内で微笑んだ。

 ハザンが兜の中から視線を送り、それをエリックが受け取る。頷き、ハザンの動きに引かれるように向きを変えたドドブランゴにエリックが情けのない斬撃を浴びせる。

 荒々しい息を吐きながら、ドドブランゴが投げやりに腕を横一線に振るう。しかし、エリックは既にその場から消えていた。代わりに現れたのは突き出された尖鋭な槍。直撃だ。

 

「ヴォォオオ! ヴオオォォッ!」

 

 痺れを切らしたドドブランゴが前足を雪原に叩き付けながら、何度も吼える。威嚇というより、怒号に近かった。

 日々の訓練とは無能なもので、本能的な恐怖ばかりは抑えられない。何度も怒号をあげるドドブランゴから接近していた三人が距離を置く。

 断たれてしまった。あの入れ替わりによる猛攻は一度、断たれれば効果を失う。次の機会を作るか、待つかしないとあの連携は無暗には使えない。

 それまでは耐え続け、地道に反撃する他ない。

 

「閃光玉使って、もう一回……」

「カルラ。焦り過ぎだよ。体力を使いすぎた。しばらく、体力を温存しながら凌ごう」

「……分かった」

 

 カルラは掴んでいた閃光玉を離す。エリックは安堵の息をついて、アルとハザンにハンドシグナルによる簡単な指示を送った。

 二人がこくり、と大きく頷く。アルが緩慢に後退し、ハザンはアルを追うようにして後退する。狙撃手のアルを援護しやすい位置に立つ為である。

 

「よし。まだまだ先は長いね」

 

 柄を握りしめ、エリックはそう呟いて、駆け出した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 薄暗い洞窟の中、散らばった水晶が尚更、綺麗に輝いていた。

 洞窟内は全くの無音であったが、奴は確かにその場に潜んでいた。岩床に幾つもできた円錐状の膨らみが、奴がそこに吸盤を吸い付けたという証拠を残していた。

 無音――突如として大きな着地の音が響いた。

 盲目の竜、フルフルは地上を移動手段とせず、天井に張り付いて移動していたのだ。首を伸ばし、怪奇な顔を巡らせる。目、耳、鼻と思しき部位はなく、代わりに異様な大きい口があった。白いブヨブヨの皮膚、飛竜種としての翼、比較的小さな体躯。その独特な外見は魅せられる者と忌み嫌う者とをはっきり二分している。

 そして、青く暗い闇の向こうでそれを忌み嫌う側の目で窺う者達がいた。少女の方は弓を、少年の方は片手剣を身につけ、防具は同じくマフモフである。

 

「っ、気味悪い」

「シッ……静かに」

「小声だろ」

 

 フルフルがどうやって、生物や障害物を感知しているかは定かではない。熱か、音か、はたまた人類がまだ知らない別の要素なのか。現在では多種多様な仮説が飛び交うのみである。

 故に彼らは息遣いさえも小さくするのだ。ずっと息を潜め続ける。目的は戦いではない。

 彼らは別の場でドドブランゴと奮戦する隊とはまた別の隊。彼らはフルフルを監視し、混戦にならない様にするための舞台裏の役である。

 

「俺も向こう側が良かったなぁ」

「何言ってんの。私達はまだまだ新米。それに、この役だって大事なんだから」

「ま、そうだよ―――なッ……!?」

 

 少年の顔色が突然一変し、少女が驚愕した瞬間の出来事だった。

 フルフルの奇怪な顔がこちらを見た。考えるより先に体が動き、少年は地を蹴って少女を押し倒した。

 

「わっ……!? 何を……ひぃっ!」

 

 先ほどまで二人がいた場所を巨大な口が覆った。恐るべき光景を目の当たりにし、少女の表情が青ざめ、悲鳴が鳴り響く。

 食い損ねたフルフルは首を伸ばし、何ともつかぬ顔で二人を覗き込んだ。狂気の顔が獲物を察知した。

 反射的に飛び起き、少年が片手剣を構える。盾を突き出し、剣を振り回して威嚇する。

 

「早く! 笛だ!」

「う、うんっ!」

 

 慌てて起き上がった少女が洞窟の外へと向かって走り出す。走りながら、皮袋から用意しておいた笛を取り出す。

 振り向くと少年は果敢にフルフルに立ち向かっている。急がねば。

 

「ヴォオゥッ! ヴォォウ!」

 

 奇声を発し、フルフルが少年を威圧する。盾を突き出しながら、少年は腰弱に後退する。それにつられて、フルフルは追い詰めるように漸進した。

 びくびくと震えながら少年は目の前の目標を全うしようと眦を鋭くする。構えていた盾を戻し、代わりに剣を構えた。そして、渾身の雄叫びを上げた。

 その勇敢な様子を尻目に見ていた少女が洞窟の外へと抜けた。

 仲間が、幼馴染の命が危険だ。危険信号は一回。

 精一杯に息を吸い、笛へと力強く吹き込んだ――彼らへ届け、と願って。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ドドブランゴとの奮戦中、それは突如として大音響で響き渡った。

 彼らの鼓膜がその笛の音を捉え、数秒後に戦慄が巻き起こる。

 逸早く顔色を変え、走り出したのは果たしてカルラだった。嫌な予感がして振り返ったエリックが思わず叫ぶ。

 

「カルラ! 駄目だっ!」

 

 先日に仲間を失くしたカルラにとって、仲間の危険とは最優先に排除すべき事柄であった。故にカルラは衝動に駆られ、その意識はもう既にここにはなく、目が見ているのは笛の鳴った方であった。

 そして、この現状に行動を起こした次なる者はアルだった。

 

「ハザン君。僕……行ってくるよ」

 

 ハザンはゆっくりと振り返り、アルの声の奥にある感情を読み、兜の内の眼差しをしっかりと見て。

 

「ああ。頼んだぞ」

 

 答えを聞くより早くアルは駆け出し、それを確認したエリックが驚愕する。臆病な彼が最も向かおうとしない候補であったからである。弟の勇気ある行動を称賛するところではなく、エリックは閃光玉を取り出す。

 このままでは総崩れだ。一先ず、ドドブランゴの視界を奪い、救援に向かう。そう判断した、が。

 

「待ってください!」

「っ……」

 

 投げる構えに入った途端、ハザンの声に堰き止められた。警戒は怠らず、彼の声に耳を傾ける。

 

「俺たちが向かっても、そこにドドブランゴが乱入しないとは限らない。それこそ、最悪の状況じゃないですか」

「確かにそうだけど……!」

「それに、アイツなら心配いらない」

 

 エリックもそれが道理だと理解していた。闇雲に全員で向かってもドドブランゴとフルフルを同時に相手する状況になる可能性は否めない。分かっていても弟と妹に対する兄としての感情が考えたくないと遠回しにする。

 苦渋の表情を浮かべ、歯を食いしばりエリックは踏み止まった。

 

「……っ、そうだね」

 

 ハザンは安堵の息を吐き、小さくなってゆくアルの背中に一瞥を与える。

 

(……頼んだぞ、アル)

「閃光玉、いくよ」

 

 ハザンが頷き、それを確認したエリックが閃光玉を投擲する。

 光が弾け、ドドブランゴの視界が潰れる。

 怒鳴り散らすドドブランゴの剛腕を掻い潜り、ハザンはでたらめに斬り付けた。無数の血飛沫が、二人の狩人が交差し、ドドブランゴがその中心で踊り狂う。

 一頻りの斬撃を浴びせ、二人の太刀を握りし狩人が同時に下がった。

 頭を乱暴に振るい、視界を取り戻したドドブランゴが忌々しそうにハザンとエリックを睨んだ。二人の流麗な太刀にはおびただしいほどの己の血がついている。それを見、ドドブランゴの怒りが噴火するように湧き出した。

 両腕を高く上げ、体重を上乗せして雪原に叩き付けた――瞬間、絶大な咆哮が放たれ、雪中から取り巻きのブランゴが二頭、飛び出す。

 二人の狩人は雪を吹き飛ばすような咆哮を真正面から凌ぎ切り、平然と立ち塞がった。

 

「ハザン君はきっと、良いハンターになれるだろうね。冷静な判断ができて、それでいて力強い」

「エリックさんこそ、あんなに綺麗な受け流しは見たことがない。俺には到底、できません」

「もう一踏ん張りだよ。僕が隙を作る。攻撃は頼んだよ」

「任せてください。先行します」




まるまるです。

今回は挿絵を用意しました。本文に加えてもいいのですが、絵に時間をかけたくなくてあまり描き込んでないので後書きに乗せておきます。

では、今回の挿絵。

【挿絵表示】


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