吼え上げられた高らかな声は勝利を確信した嬉々たる色に染まっていた。
夜の密林を並んで駆け抜ける狩人達は、遂にナルガクルガが目視できる圏内に到達する。それと同時に真ん中を駆けていたジルバの速さが上がり、列から抜きん出る。
草木を掻き分け、流れる視界の中ではっきりと目標を捉え、手を振り翳すことで合図を送る。
後ろを駆けていたアルが足を止め、音爆弾を取り出し、的確に投擲する。エレナが進路を変え、倒れ込んで動かない青年の方へと駆け寄った。
爆音が炸裂。敏感な聴覚を持つナルガクルガは堪らず、悲鳴に似た声を上げて仰け反った。
血溜まりに倒れ込む青年の安否が気がかりだが、それも束の間。懸念を息と共に吐き出し、迅竜へと殴りかかる。
聴覚が回復する間際に戦鎚が迅竜の頭をとらえ、内蔵された火炎袋が火を放つ。大きく仰け反った迅竜は悲鳴を上げながら、後退する。
青年を抱え上げるエレナを尻目に確認し、憤慨で今にも暴れ出しそうなナルガクルガを視界に収める。
「よお、また会ったのう」
周辺に無造作に転がる屍を見回し、凶眼で迅竜を睨む。
「今度は……許さんぞ」
煮え繰り返る憤りと比例し、ナルガクルの目が赤く光り出す。立ち尽くしたまま身構えず、ありとあらゆる隙を見せるジルバに対し、警戒心を万全に何処から攻め殺そうか、と思考を巡らすナルガクルガ。
お互いが決して動かず、夜の密林に静けさが戻った。休戦と開戦の堰を切ったのはジルバだった。
一瞬にして肉薄し、強烈な一閃を繰り出す。だが、これを見切ったナルガクルガはその巨体を景色に走らせ、避ける。地面を踏みしめ、戦鎚を振り抜いた直後のジルバ目掛けて跳躍する。
――もらった。長い読み合いを経て、手にした好機を逃がすまいと内心に笑みを湛え、噛み殺そうと口を開く。
だが、気付いた時には体を捻って次の動作へと移行するジルバの姿があった。
「っがあああ!」
雄叫びと共に振るわれた戦鎚は惜しくもナルガクルガの脚を掠める。
刹那、睨み合った両者はまるで、約束でもしていたかのように同じ瞬間に飛び退く。
地面に擦過痕を残して、勢いを殺し、得物を構える。ナルガクルガも既に次の攻撃体勢へと入っていた。
黒い巨体は加速に加速を重ね、木々を薙ぎ倒し、風を纏い、やがて、完全に闇に紛れた。
超高速でジルバの周囲を駆け巡り、翻弄する。奔走する赤い光跡がその速度を物語る。喧しい連続的な音がジルバを囲み、翻弄し、騒ぎ立てる。
首を忙しなく激しく回し、真っ黒に紛れた黒い影を追いかける。
右か、左か、後ろか、前か。はたまた、上か。思考が激しく、凄まじい速度で巡り巡り、熱が溢れ出す。
数秒による激烈な読み合いの末、迅竜は果たして――背後を取った。
ふと、脳裏に浮かぶ巨大な牙。
恐ろしく迫る殺意。
急接近する今際。
「っ!」
転瞬、腰を捻り、戦鎚を薙ぐ。だが、空を切る。
――間合いが不自然に大きい。――何故。――まさか。
見失えば死ぬという緊迫感と思い通りに動体視力が働かない中、その一瞬を見切ったジルバは多大な賞賛に価する。それでも、戦場では賞賛など無価値に過ぎない。あるのは生か、死か。勝利か、敗北か。
ジルバが人智を越える反応速度を見せながらも、迅竜が上手を行っていた。
両前脚で急停止した迅竜は尋常ならぬ反応速度でジルバが反撃に徹すると見越し、偽りの突撃を挟んだのだ。これによって、大きすぎる隙が出来たジルバは逃げ場を探すも、両側は前脚に塞がされていた。
ジルバは過小評価していたことを自省する暇もなく、追撃に襲われる。
ジルバが死期を悟るより早く迅竜が次の手に動く。開かれた口。その奥を覗き込んで死の具現化を見る。
(コイツ……!)
胴体を狙うのではなく、敢えて左腕を狙って確実に勝利をもぎ取ろうとしてくる。
咄嗟に左腕を引き戻そうとするが、強靭な牙に挟まれた。ぎゃりり、と音を立て、牙が籠手と擦れながら、食い込んでいく。
左腕が食い千切られる。そう悟った時、籠手が上手く外れ、左腕に一本の切り傷ができたものの、最悪の事態を回避する。だが、安心はまだ早い。脅威は今も目の前にいる。
痛む左腕を庇うことなく、むしろ、酷使し、腰に着けられた二発式散弾銃を握り取った。銃身を切り詰め、銃床も限りなく小さくした小型の散弾銃を向ける。
「喰らえ」
引き金を引き、発砲。火を噴く火薬が鋭い反動になって腕を蹴り上げる。
撃ち出された弾丸は発砲の際に起きる衝撃で弾け、無数の子弾となってばら撒かれた。顔面に的中したおかげか、大きく怯みを見せた。
この間に、と退路を探すが、やはり両側は防がれている。だと、すれば、後退するしかあるまい。そう考え、振り返った直後のこと。
ナルガクルガの溢れ出る憤りの執念が贄となった苦し紛れの反攻。背筋に氷塊を入れられたような寒気をジルバは感じた。
振り抜かれた前脚を目前にしたジルバは咄嗟に戦鎚を盾代わりにしながら、体を浮かせる。衝撃を抑えるためだ。
「っ、ぐ……あぁっ!」
為す術もなく、凄まじい衝撃に振り回され、息が止まりそうになる。体は地面を何度もバウンドし、やがて、大きな木の幹に背中から叩きつけられた。
血液が口の中で溢れ返り、外気に飛び散る。重い目蓋を必死に開きながら、ジルバは焦点を合わせようと努めた。ナルガクルガは平静を取り戻し、唸り声を上げてこちらを警戒している。
本来、人間とモンスターとの膂力の大差は計り知れない。故に大抵のモンスターは人間を蔑み過小評価する。だが、こいつは違う。明確な警戒心をもち、こちらと同じ目線で対等な意識を持っている。だからこそ、手強い。
過ぎた日の迅竜はそうではなかった。あの時の完敗を糧に怒濤の意気込みで雪辱を果たしに来たのだ。己の大きな欠点を補った今の迅竜は予想を大きく通り越して、強過ぎる。
アレが平穏を過ごす村人達のすぐ隣に住まわれている。あってはならないことだ。
勝たねばなるまい。この脅威を退かせるためには。
だが、体が言うことを聞かないのだ。脳が沸騰するような痛みが体の自由を蝕むのだ。
迅竜が尾を振り上げ、動かぬ彼に止めを刺そうとした瞬間のこと。
ソレは大気を裂いて突き進み、ナルガクルガの側頭部で爆発物が爆ぜた。
爆風がジルバの頬を撫でる。ジルバはソレを知っていた。内部に複数の爆発物を詰めることで着弾後に辺りに爆発物を撒き散らし、爆破するソレはガンナーの最終兵器とも呼ばれる。
その事実に驚愕すると同時に動揺した。依頼を受けた面々を確認するに、あの弾丸を放つ人物は一人しかいないのだ。しかし、その人物は葦のように気弱で凶悪なモンスターを目の当たりにしたら、尻込みするような性格だ。決して立ち向かえるような肝っ玉を持った人物じゃない。
それでも、目の前で起きていることは幻覚などではない。事実にも銃を構え、震えた声を上げるアルフレッドの姿があった。
「こ、こっちだ!」
全身を震わせながら、その儚い身体を迅竜に的にしろ、と訴える。
あまりに無謀で、しかし、勇敢なアルは腹を括って、銃弾を撃ち出す。その銃身は覚束無いながらも、全弾が的中している。
ナルガクルガは目の前の獲物から興味を逸らし、今にも腰が引けそうな矮小な獲物を睨み付けた。
何弾もの弾丸がナルガクルガに命中するが、依然としてダメージは見受けられない。それに対し、まるで小虫を払うかのように、ナルガクルガ強靭なブレード状の翼を振るう。
だが、アルは決死の表情で紙一重に避けると、にわか仕込みの動きで反撃に出る。反撃によるダメージは微々たるもので、その戦況から彼が打ち勝つイメージは微塵もない。
その場凌ぎの動きだけではあの迅竜には勝てまい。その想像は容易く、実際に恐れていた瞬間が迫った。
ナルガクルガが一旦間合いを取ったかと思えば、速攻で突進を嗾ける。これを間一髪で転がって避けたアルが兜の内で埒外の事態を目撃する。
すぐ傍を駆け抜けた筈の迅竜の速度は一瞬にしてなくなり、前脚で急制動、向き直る。直後、恐ろしい速度で前脚が迫ってきた。刃翼の正面がアルの胴体へと押し込まれる。そして、そのまま宙へと投げ飛ばした。
強引に取れたのか、打ち上げられた兜。吹き飛ばされた体は自然の法則に言われるがまま振り回される。彼の視界が落ち着いたときには緑の天井から満天の星空が覗いていた。
「あが……はっ、はっ」
アルは吐き出された酸素を取り戻し、ゆっくりと起き上がる。胸が焼けるような痛みが呼吸を阻む。
口の中から零れ出る血を厭わず、額の傷から血が流れることも厭わない。今目の前にある脅威との激戦だけを瞠り、体の無事は二の次に。
足はもう震えてはない。その双眸ははっきりと迅竜を捉えている。闘争心は身を削られても尚燃え続けている。
真っ直ぐな視線は迅竜を逡巡させるほどの驚異を見せ、普段の彼からはとても想像できやしない。
「まだ……もう少し、時間をッ」
彼が身を削る理由は果たして値するほどなのか。否、値しない。
彼が望むものは決して、勝利でも、武勇でも、栄光でもない。ジルバが立ち上がるための『時間』が為の戦い。
これを痛感した時、ジルバの脳裏をカッと何かが閃いた。
手を付き、血塗れの手で戦鎚を握り、立ち上がる。戦鎚を引き摺って一歩、また一歩と歩き出す。
「……っ」
やがて、走り出した。血を流し、身を削ってまで。
奔走する彼の頭上を赤い甲殻の色が輝く。それは剛毅な唸りを上げて縦に駆け抜けた。
振り切り、戦鎚はナルガクルガの頭を叩き潰す。脳天から振り下ろされた戦鎚は凄烈な膂力と衝撃によってナルガクルガの鱗を砕き、骨に亀裂を入れ、ついにはその下の地面をも深く窪ませる。
しかし、迅竜の生命力の底は知れず、ジルバの身体ごと頭を持ち上げた。千鳥足で後退しつつ唸る迅竜を瞠る。右に左に揺れる迅竜の頭を見、脳を揺らせたのだろうという考えに至る。
「アル! 走れるか!?」
勇敢な少年は目を白黒させながらも、現実を認めて銃を背負い、頷く。
「何とか!」
「よし……走るぞ!」
そう叫んでナルガクルガがいる位置とは逆の方角へと向けて走り出す。
視界が揺れ、脳が機能しないナルガクルガは覚束無い足取りで追走しようとするが、その場でよろめいて全く進まない。
その無様を尻目に確認したジルバは音爆弾を握って、冷酷に投擲してやる。
そして、それ以降、振り返ること無くひたすらに走り続け、洞穴を目指した。
まるまるです。
出してしまったオリジナル武器についての説明を少し。
ジルバが突然、出した二発式散弾銃ですが、弾丸はモンハンの世界の弾丸と同じと思ってもらえれば良いのですが、散弾に特化しております。作品中にもありました通り、銃身を切り詰めて、銃床も限りなく小さくできる代わりに威力を弱め、射程も短くしました。その割に反動だけは一丁前という欠点を設けました。名の通りですが、二発のみ装填可能です。
オリジナルな為に少々、誤解や矛盾が生じる場合がありますが、温かい目で見守っていただけたら幸いです。