モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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第一章 幕開け
其の壱


 故郷であるジォ・ワンドレオから海路で七日。目指す舞台は旧大陸の南端に位置する村、ジャンボ村である。

 豊富な緑と水が広がり、様々なモンスターが生息する密林がこのジャンボ村を囲み、時として危険を伴わせつつ恵みを含蓄していた。

 交流を目的とした船の停泊ができる河沿いのこの場は立地としては十分であった。しかし、開拓したばかりであるが故に、名声に欠けており、優良な要素を含みながらもジャンボ村は目覚ましい発展の切欠を待つ途中にいた。

 そして、その切欠と成り得る者―――「ハンター」がこの地を訪れた。

 

「ぷはぁ。解放されたぁ」

 

 狭い船室から抜け出して、暫くぶりの広い空間に歓喜の声を上げる。気分よく歩き出したものの平衡感覚を保とうとして、酔ったように左右に無意識に揺れていた。代わり映えのしない海の上で七日間も揺られていたのだから無理もない。

 港には船が泊まった、と聞いて駆け付けてきた人々で壁ができており、それが少女の足を止めた。

 肩甲骨まで伸びた流麗な金髪に、翠の宝石のような目。整った小顔に愛らしく少し幼げで豊かな表情は誰もが想像する屈強なハンターとは差が大き過ぎた。しかし、その身に纏う鼠色の防具は間違いなくハンターである証だ。腰にぶら下がった双剣も愛らしい顔には不釣り合いだ。

 人々の視線を感じて、金髪の少女は大きく空気を吸い込んで、深々と頭を下げた。

 

「よろしくお願いします! エレナといいます!」

 

 集まった人全員に聞こえる声量と、声音から彼女の活発な性格が滲み出る。元気な気分良い挨拶に村民達は応える様に盛大な拍手を湧かせた。

 村の発展を担う者であるからこそ、期待と不安を抱いていた村民達は彼女の曇り空を晴らすような明るい笑顔と雰囲気に思わず笑みが零れる。

 そんな喜びで溢れた人垣をすり抜けて、エレナの前に出てきた耳の長い一風変わった青年が手を差し出して、笑ってみせた。

 

「よろしく、オイラがこのジャンボ村の村長さ」

「お世話になります!」

 

 差し出された手をぎゅっと握って、一礼する。

 その元気の良さに村長は苦笑いにも似た笑みを零すと、早速、話を切り出した。

 

「じゃあ、早速、キミの家に案内しよう」

「はい、お願いします」

 

 人垣があっという間に道を開け、歓迎の祝賀を受けながら、村長の後を追い、道行く先で会う愉快な村民達と心地良い挨拶を交わした。

 エレナがジャンボ村の活気の無さと設備の不便さに気づくのはこれから直ぐ後のことである。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 エレナがジャンボ村に到着し、三日が経過した。

 借家に荷物を全て運び終えて、整理も終えてしまっていた。その為、今日は久し振りの暇を酒場にて、持て余していた。暇といっても荷物の整理を一日中している訳でもなく、結局のところ、この三日間は暇だった。

 暇を代表するような顔で机に突っ伏して、開いた入口から外を眺める。陽が中天へと昇ろうとしている。外では人々が忙しなく足を運んで働いている。

 ジャンボ村に着いてこの三日間、全く仕事が降りてこない。

 故郷のジォ・ワンドレオで期待した依頼で溢れ返った多忙な日常とは対照的である。暇な現状に嘆くばかりで見る見るうちに鈍っていく身体に不足感は募っていく。

 

「あ~……暇だなぁ」

 

 暇という現状の深部まで読み取れば、それは村の平穏という事にも繋がる。が、駆け出しである彼女の思考はそこまでには届かず、ただ暇という現実だけが彼女を苛ませた。

 そんな彼女に朗報が舞い降りるのはそう遠くない、間近の未来だった。

 

「あ、いたいた。やっぱり、とても暇そうだね」

「そうなんですよー。もう荷物の整理が終わってしまって……」

「だよね、そんな君に朗報だよ」

「仕事ですかっ」

「そう。嬉しそうで何よりだ」

 

 飛び跳ねて、喜ぶエレナを苦笑いして落ち着かせ、羊紙と羽根ペンを机に置いた。

 

「これがその依頼だよ」

 

 羊紙に飛び付いて、並べられた文字を一気に読み上げた。

 

「――ランポス討伐依頼!」

 

 久方振りの狩りにエレナの胸が高鳴る。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 密林の影に紛れ込む鼠色の者。正確には鼠色の金属を纏った狩人である。

 纏う金属の間から見える長い金髪は狩人とは思えない流麗さを持ち、私服であれば彼女を狩人とは皆、思わないだろう。

 だが、密林の影で光るその目は間違いなく狩人であった。光る目の先、跳び回る小勢の青い鳥竜、ランポス。人間はそう呼んでいる。

 今回の討伐対象であるこのランポスは最近、この密林で数を増やしつつある。彼らの生息域が大きくなり、ジャンボ村への危険性がちらちらと見え始めたのだ。この危険な要素を放っておくような呑気な村長ではない。勿論、直ぐに討伐依頼が要請された。

 村の専属ハンターとして、この依頼を見過ごす訳にはいかないし、失敗する訳にもいかない。初仕事なのだから、尚更である。言うまでもないが、断るつもりも失敗するつもりも毛頭ない。

 万が一、この依頼が失敗に終われば、ハンターとしての信頼は失われ、村人たちにも危険が迫る。自分の他に専属ハンターがいないのだから、絶対に自分がやり遂げなければならない。重大といえば言い過ぎかもしれないが、大きな責任がある。

 この責任に耐え切れなくて、辞めていったハンターも少なからずいるそうだ。実際にこの立場に立ってみると解らなくもない

 だが、高揚していた。鼓動がそれを十分に証明してくれている。

 

「よしっ」

 

 小声で気合を入れ、徐々に距離を縮めていく。慎重にかつ素早く足を動かし、体勢は低く保ったまま。

 木陰に身を潜ませ、ゆっくりと顔だけを出して、様子を窺う。

 二頭が辺りを見回している。警戒の役割を担っているのだろう。もう二頭の口元には血と肉、食事中のようだ。牙が見える辺り、ブルファンゴだと予想がつく。

 二頭が食事中となれば、即時の対応は難しいだろうと判断し、これを好機と見る。見張り役を叩けば、随分と楽になるだろうと考え、見張り役の二頭に照準を絞った。

 見張り役のランポスの視線を確認しながら、双剣の柄に手を掛けた、その時。

 背後で舞い上がる野鳥。羽ばたく音がランポスの鼓膜を刺激し、即座に反応する。

 ぎょろりと振り向いた眼にエレナが晒される。

 

「ギャアァ! ギャア!」

 

 甲高い声が響く。仲間を呼ぶためか、獲物を見つけた悦か。恐らく両者。

 

「うぅ、最悪!」

 

 悪態をつきながら、嘆く暇もないと喝を入れた。不測の開戦ではあるが、覚悟は十分。

 エレナは腰に下げた双剣を引き抜いて、急接近する青の群れを睨み付ける。前線を二頭、遅れて二頭。先頭を切った二頭が左右に分列し、挟撃を狙ってくる。

 これが彼ら、ランポスの特有の連携だ。個体による危険度は低いが、複数体となると簡単にはいかない。先ず、各個体の動きを把握し、次の攻撃に備えなければならない。一度、体勢を崩されれば後は一瞬だ。それだけは避けたい。

 

(先ずは、様子見からっ)

 

 思うが早いか走っていた足を止め、左右に分かれたランポス二頭の動きを目で追いかける。先手を打とうとするランポスを叩きのめし、続けて二頭目も斬る手筈だ。

 しかし、足を止めるという判断の危険性を新米であるエレナは知らなかった。

 二頭のランポスは同時に足を曲げ、銃身を低くし、跳躍の体勢へと入る。

 

「えっ。ど、同時!?」

 

 思わず声が漏れた時にはランポスは宙の最中。口内が露わになり、涎が滴る牙を向けられる。

 予想外の状況に頭の中が真っ白になり、咄嗟に跳び退いた。牙は幸運にも避けることができたが、突然の回避に精確性は皆無であった。

 脚の踏み込みが甘いが為に腰だけが引け、尻から転倒する。慌てて立ち上がるが、目前に牙が迫る。

 

「うわっ!」

 

 咄嗟に振り上げた剣がランポスの顎に直撃し、肉を持っていかれるという最悪の事態は防いだが、衝撃までは防げなかった。肩を押す形で力が加わり、その場に再び転倒する。

 目の前のランポスがこの機を逃す訳もなく、牙を剥いた。ほぼ反射で寝た状態で横に転がる。

 素早く立ち上がって、顔色変えて振り返らず、走り出す。何度か前のめりになって転倒しかけるが、持ち前の体幹でこれを凌ぐ。

 直ぐ背後までランポスが接近したのを感じる。爪が空気を裂いた音も聞こえた。

 やがて、気配が少し遠退いたのを感じて足を止め、反転する。一度、湿った空気を大きく吸い込んで吐き出す。

 何度死にかけたか、と思い起こすだけでも身震いが止まらない。本能が頭の中で警鐘を響かせる。無意識に足が後ろへと下がっていく。比例してじりじりと迫る四頭のランポス。恐怖はより一層、増す。

 先程まで、高揚を証明していた鼓動も今では恐怖を証明している。

 逃げるべきか、否か。

 その二択に迫られた時、再び高揚が湧き上がってきた。

 

「こんなの……逃げられないよっ!」

 

 出発前の決意を改め、恐怖を胸の奥に押し込んだ。

 勝ち取りたい、この手で、栄光を。命を懸ける理由はそれだけで十分だった。

 

 機敏に跳ねて翻弄を誘うランポスの一頭一頭を確実に目で追いかけ、四頭の全ての動きを頭に叩き込む。

 見逃すな、見極めろ、そう何度も自分に言い聞かせ、何度目の時だろうか。左で跳び上がったランポスに向かって強烈な刺突を繰り出し、更に押し込む。

 喉に突き刺さった剣を抜かず、虫の息と化したランポスに身を寄せ、肉塊を盾に使って追撃を防ぎつつ、素早く飛び込んでもう一頭を斬り付ける。急所を上手く斬ったのか、ランポスがその場に倒れる。

 止めの追撃を試みたが、視界の端に映ったランポスが攻撃の姿勢に入ったのを確認し、即刻に退いた。難なく不意打ちを回避した。

 しかし、優勢も束の間、不測の事態に見舞われる。

 

「っ!?」

 

 ぐじゅり。嫌な音がしたと同時に派手に転倒する。頭を打ったせいか、思考が追いつかない。

 鮮明に見え始める足にべっとりとこびり付いた肉血。その直ぐ向こうで酷い血肉と真っ赤な牙があった。ブルファンゴの死体に足を取られたのだと、やっと理解する。

 はっと我に返ると跳躍する影が見えた。黒い影がエレナを覆う。咄嗟に出した剣が牙と交じり合い、竜骨と牙とが激しく擦れ合う。

 

「離してよ!」

 

 必死にもう片方の剣の柄尻でランポスの側頭部を叩くが、頑固として剣を離さず、顎の力は抜けない。噛まれた剣を激しく揺らすがこれも徒労だ。やはり、少女一人の力ではランポスの膂力には徹底的に敵わない。

 目前に迫る殺意のこもった眼と荒い吐息に生理的な恐怖を感じ取る。

 血肉の混じった垂れ落ちた涎が泥まみれの頬を流れる。その不快感に嫌悪が膨れ上がり、遂には叫ばずにはいられなかった。

 

「もう、離してッ!」

 

 動かせる方の剣を勢い付けて捉えられた剣にぶつけ、ランポスの牙に強烈な衝撃と振動を与えた。

 嫌な音と共に血と牙が飛び、悲鳴を上げたランポスが大きく仰け反った。

 この機会を逃さず、起き上がると同時に連続的に斬り付ける。止めと言わんばかりに剣を振り下ろす。確実に絶命したのを確認し、残ったランポスを視界に入れ込む。

 跳び上がる直前である。

 

「いける!」

 

 確信的な意志を持って踏み出す。

 跳躍してくる勢いを利用して、一点目掛けて剣を突き出す。剣から腕、肩へと走り抜ける衝撃に耐え、ランポスの身体が静止させた瞬間に地面へと叩きつけた。

 血を吐き出して、びくん、と一度だけ動くとそれっきり動かなくなった。

 腕に残った衝撃の余韻が痛覚となって腕を駆け巡る。少々、手首を酷使してしまったかもしれない。思った以上に関節と筋肉に痛みが生じている。

 

「無理し過ぎちゃったかな……」

 

 右の手首を軽く回すだけでも顔をしかめるほどに痛い。

 反省している暇などなく、辺りを見回して増援がいないのを確認すると早速、素材の剥ぎ取りにかかった。

 ランポスの死体の腐食は早い。腐食した素材に価値は付かない。無論、用途もかなり限られる。

 腰に装着していたナイフを取り出して、ランポスの青い鱗に覆われた身体を切り裂いていく。鱗、皮、牙と順調に素材を確保していく。

 使えそうな部分だけを剥ぎ取り、残りは自然に返す。やがて、それは形を変えて自然の循環に残り続けるのだ。そう信じてハンター達は礼儀と少しの自己満足を残して狩り場を後にする。

 ハンターとは、モンスターを狩猟することを専門とする血気盛んな者達、そう想われがちだが、実際は違う。ハンターは決して殺戮者ではない。自然の調和を正したり、人間の繁栄と安寧を目指したりする為の者たちである。ハンターズギルドの定めた様々な規定がそれを立証している。

 そして、エレナもまたハンターの端くれであり、ランポスに対する礼儀は忘れてはならない。忘れてしまえば、それは唯の殺戮者と化してしまうからだ。

 剥ぎ取った戦利品をバッグに収納し、自らが殺めたランポスを全てが見える位置に立って、深々と一礼する。

 顔を上げる瞬間、防具の隙間から覗いた眼は見紛うこと無き、狩人の眼だった。

 駆け出しでありながら彼女もまた、「ハンター」なのだ。

 


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