ツォーネ1984   作:夏眠パラドクサ

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【人類の】超常領域からの物体X 1【支配者】

 

 

 TAS搭載機は時速二〇〇キロメートルの戦闘速度で東へ飛び、ビンゴ・ベガス戦隊と別れて一五分でオーデル防衛線に達した。

 ベルリン市街地を越えてすぐに始まったBETA群からのレーザー攻撃は、最後の数分間でルクスの加勢により強烈なものとなった。

 頭部カメラは緊急遮光され送信中断。シスター=スティージュが見る壁の大型ディスプレイは、要塞陣地にいる無人機からの粗い望遠画像に切り替わっている。

 一〇〇体か二〇〇体そこそこの光線属種にTAS搭載機の飛行をさまたげることなどできはしないが、東ドイツ軍の観測カメラにも、レーザーの集中照射を押して空を進む巨大な虹の花が映ってしまった。

 

「〈ザ・ソード・オブ・ゼクス〉着陸完了」

 

 時代に先行する映像だ。

 遠い量子的平行世界の記憶となった戦いを現実界面のむこうに見て、シスター=スティージュは思った。

 かつて、崩壊の危機へ追いこまれた日本軍が実戦投入したXG‐70。あの自滅的な超科学実証機も似たような現象をおこしていた。

 

「フランクフルトから、かなり北にずれたぞ」

 

 今から数年後には、XG‐70は予定されている製造段階へいたるだろう。

 慎重に脳を強化した天才科学者どもがアサバスカの教材を頼りに、三次元宇宙においては重力として認識される高次元から浸透しているエネルギーを、やぶにらみながらも操作する技術をアメリカで確立しつつある。

 連動して、既に〈宇宙旅行協会〉が完成させている、重力によって物体の分子結合を破壊する分解爆弾の技術を授けてやることになる。アメリカ軍は両方とも実用化する気でいるが、あいにくXG‐70に量産の予定はない。

 XG‐70は救世主に神話を授ける神輿なり。

 予備を含めて、数機を製造すれば充分である。

 あれに兵器としての過度な期待はしないでください。とインナードメインの中枢たる〈非業の修道会〉の教母たち、〈宇宙旅行協会〉の最高指導者〈無貌の淑女〉たちは言う。

 

「着陸地点はM進路U‐一の北、二五k」

「映像、回復します」

 

 それでも、アーネンエルベからの「XG‐70を動かす頭脳は〈夢見るアンディ〉の一部を使えばよい」という提案は、魅力あるものだった。数年後に一〇機のXG‐70が運用可能になるならば、BETAとの地球においての戦争にそれなりの余裕を保って勝利できるはずなのだから、実験する価値はあった。

 

「直線飛行では、レーザー照射が目立ちすぎる」

 

 シスター=スティージュの横に立つ通信室司令官が、そう言ってふりむく。

 BETA群は、オーデル丘陵に下降したTAS搭載機へのレーザー攻撃を止めている。

 回復した頭部カメラ映像には、行動中止を指令されたらしい一体のエクウス・ペディスが、ぼんやりとたたずんでいた。脅威に対処するべく急行する小集団も、頭部カメラの視界に捉えられる端から動きを止めた。

 

「標的M予測進路U‐一の北、二五キロメーターに着陸です。通常の匍匐飛行を指示しますか?」

「必要ありません」

 

 TAS搭載機とは無線での通話を禁じている。それを解除してよいか、と問うた通信室司令官にシスター=スティージュは答えた。

 

「その程度なら許容範囲です。このまま4D/QF潜行するでしょう」

 

 諸軍が駒として表示されている戦域ディスプレイを、シスター=スティージュは再確認した。

 東ドイツ軍はオーデル戦線において著しく弱体化している。東ドイツとBETAの戦いは、既に勝敗が決しているのだった。

 西ドイツに配備した一キロトン・一二〇ミリ核砲弾三〇〇発の管制斉射と、三〇キロトン弾による要塞陣地とオーデル・フランクフルトの爆撃で、地上に残るBETA群は無力化できる。

 バルト海では安定した東向きの風が吹き、戦争によって生じた内陸の重い雲を、ゆっくりと北東へ流していた。核の灰も、ほとんどは風下へ、この場合はポーランド側へ向かう。

 BETA群の国境突破が数時間以内に迫り、気象条件にも不都合がなければ、西ドイツ政府は核爆弾使用に本気で反対はしない。自らが責任を負わずにすむよう、NATOからの決定と発令を待つだけだ。

 

「NATO司令部に通達。オーデル戦線への核爆撃は決定です。担当部隊出撃の指示は三時間以内」

 

 NATO軍との通信を担当するドイツ人士官は座席から腰を浮かし、短い躊躇を見せてから応答した。

 

「了解。通達します」

 

 一キロトンの核火力は直径七〇メートルの火球を形成し、その周囲、おおむね半径四五〇メートルのBETAを熱線で焼く。

 人間ならばより広範囲で第三度の熱傷を負い、放射線によっても致命傷を負い、さらに爆風で吹き飛ぶ。彼らの撮影機器も、同様に一掃される。

 放射線への高い耐性をそなえるBETAに対しては熱線が重要となるため、一二〇ミリ核砲弾は空中爆発が望ましい。地表爆発では効果範囲が半減するし、放射性粉塵も多くなってしまう。

 NATO軍は東ヨーロッパにおける五年間の戦いで一キロトン・TSF用一二〇ミリ核砲弾のあつかいに習熟しており、陽動射撃とともにグラヴィスの頭胴部を狙って撃ちこみ高度三〇~四〇メートルの低空爆発を生じさせると、最良の結果が出るとの経験則を得ていた。

 TAS搭載機〈ザ・ソード・オブ・ゼクス〉は当然ながら、このようにNATO軍でも対処できる七万のBETA群ごときを撃滅するために動いているわけではない。目的は、東ドイツ軍もNATO軍も探知できていないBETA本隊だった。 

 標的M――ミンスクから東ドイツへ向かっているメガワームは長さ一〇〇〇メートルの胴に、推定五〇〇〇万トンの巨体を動かすための反応炉とも動力炉とも呼ばれるものを抱えている。

 

「TAS稼働率は?」

「PGインイェクトア、最大値一六%。現在値、二%」

「ゾライウム消耗率、一%。E‐TH、三五」

「出力一/六? あの集中照射を浴びてか」

「快調ですね……」

 

 ミンスクのBETA頭脳は半年前から、つまり〈夢見るアンディ〉の存在を感知したときから、ベルリン方面への強行偵察をくりかえし試みていた。

 BETAにとって人類は対等の存在ではなく、真の脅威には値せず、その駆除は新たな地区の開拓に付随して場当たり的におこなわれる優先順位の低い作業にすぎなかった。ESP発現体との話によると、BETAは地球生命体など、うごめく有機物の断片らしきものとみなしているようだ。

 BETA地球開拓支部は、未知の天体に湧く風土病やその媒介物に相当するものを根絶するつもりで、環境整備に努めているわけだ。妥当な認識であろう。BETAから見て地球生命体は、あまりにも不完全な存在だった。

 そして人類は、凡俗の人間どもは、彼らが建設している高次元構造体になんら干渉できないし、そんなものがあると気づいてすらいない。

 しかし、神経細胞を整列され超人となった〈夢見るアンディ〉は違う。高次元構造体の恒星間連絡路へ侵入してのけた〈アンディ〉を、BETA頭脳は急いで調査したい不審物と認めたということだった。

 地上を歩いてミンスクから仕事に出かけた偵察団が何度か爆炎の魔境へ消えてしまうと、BETA頭脳はメガワームを発進させたと思われる。ところによってやたらに危険な地球の固体表面を往復させる簡易調査はあきらめ、まずは不審物の近くにホルトを作ることにしたらしい。

 メガワームは数ヵ月かけて地下深くを掘削しながら進み、オーデル国境地帯へ到達している。

 地上の騒々しさで正確な位置は不明ながらも、アーネンエルベの誘引作戦が成功していれば、オーデル・フランクフルトを目指しているはずだった。

 

「シュヴェスター、三時間後では遅いかもしれません」

 

 戦域ディスプレイを見つめたまま、通信室司令官が言った。

 

「遅い?」

「フランクフルトが白兵戦状態に陥って、そろそろ一時間です。市街地まで入りこまれると、どんな兵科であれ急激に消耗するので、地上部隊は二時間後には壊滅していると思われます」

「今すぐに出撃させよと? まだ戦っている同朋もろともフランクフルトを焼くことは担当部隊がためらうでしょう」

「ですが、BETAにブンカーへ侵入されると、核攻撃が効きません。〈夢見るベティ〉の近くで生き残ったBETAだけが残照放射線の中で行動できることになってしまいます」

 

 エーリヒ・シュミット率いるアーネンエルベ東ドイツ支部は、ベルリンから株分けした〈アンディ〉の囮(愛称はベティ)をオーデル・フランクフルトに設置した。

 核ブンカーの最も堅牢な場所に〈夢見るベティ〉は置いてあるそうで、エーリヒは自信満々に「メガワームはフランクフルトに必ずあらわれる」と言ってのけた。〈無貌の淑女:三〇〇〉は横浜の玉座から、厄介事を勝手に増やしつづけるエーリヒの抹殺を指令した。

 

「なるほど。核攻撃のあとで、BETAのわずかな生き残りに持ち去られる可能性ですか」

「はい。でありますから、ここは核攻撃を早めるより、むしろフランクフルトに支援爆撃があることを伝え、できるだけブンカーへ籠城するよう勧告したほうが確実性があがると考えます」

「……」

「BNDや革命軍の連絡線を使うことになりますが」

 

 BETAによる〈夢見るベティ〉の収奪は、最優先で阻止する必要がある。これはエーリヒの抹殺より重要であり、一戦場にいる兵士の運命より、一国家の存亡より遥かに重要であった。

 しかしフランクフルトの兵力を核ブンカーに温存することは、予備計画としての有効性がないこともなかった。TAS搭載機の飛来もフランクフルト方面軍司令部から二五キロメートル離れたところにであり、地上の目撃者が撮影機器ごと吹き飛んでしまえば、数多ある戦場伝説の一つにすぎなくなる。

 

「……わかりました。フランクフルトのことはまかせます」

「了解しました。おまかせください」

 

 通信室司令官は敬礼し、いつになく熱意ある声で言った。

 

 


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