ツォーネ1984   作:夏眠パラドクサ

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【突撃! \(^p^)/】〈宇宙旅行協会〉 5【隣の秘密基地】

 

 

 

 轟くF‐15の飛行音にまぎれて車道を突き進んだ一五機のMBAが、東ベルリン・核シェルター地上施設を急襲する。

 西ベルリン基地のミドリ=ヒシオズ製薬事務所が小型無人機により確認した、地上施設を守る装甲車(BRDM)は六輌。

 玄関側に二、東西断絶により廃線となった裏側の鉄道上に四。空を広く見通せる線路の四輌は、ソビエト開発の四連ロケットランチャー ガスキンをつけた対空仕様だった(ラ・キンタの記憶では、東ドイツに車載のガスキンはなかった。ポーランド軍からでもかっぱらったものだろうか?)。

 ウィッカー隊の奇襲により、〈夢見るアンディ〉専用輸送車の通信席ディスプレイに映されたそれらが次々に燃えあがる。BRDMの搭乗員はF‐15に気をとられ、小さな道路へは注意が不充分だった。

 燃料缶の焚き火に集まっていたシュタージ武装警察軍の外套を着た歩兵は、七〇ミリHEDP誘導ロケットにつづき七.六二ミリNATO弾を浴びせられて、線路や地下鉄の廃車に倒れた。

 同時にチョッパー隊が、散開した市街地のビルディング屋上から、地上施設の窓という窓へ五〇キャリバーを撃ちこむ。

 粉塵に包まれる地上施設からの反撃は、見当外れの近すぎる建物を撃ち、二〇秒たらずで止まった。

 本社の最新兵器は、圧倒的な性能だ。冷戦期の装備しかない田舎軍隊では勝負にならなかった。

 

「カーネル、撃ちすぎじゃないか?」

「これで普通だ」

 

 隣席からディスプレイを見る〝運び屋ムスターマン〟の問いかけに、ラ・キンタは大声で答えた。対NBC仕様の輸送車内にも一〇万馬力のジェットエンジン音は響いている。

 F‐15は輸送車を乗せた車台を両手で抱えて、高度二〇〇フィートを一〇〇ノットで飛んでいた。

 

「いや、捕虜は? 皆殺しにしそうだ」

 

 ムスターマンがドイツ人の訛りはあるが流暢な英語で言った。

 

「地上にいるのは緊急配置された護衛だろ。皆殺しでいい」

 

 西ベルリン事務所が案内人として雇ったエージェントに、ラ・キンタは短く説明した。

 

「シェルターや〈指令室〉の常勤は、地下にもいるはずだ」

 

 かれこれ二五年も東西間の非合法物資を運ぶ稼業をしているという冷戦期の老人は、〈宇宙旅行協会〉や〈夢見るアンディ〉のことはなにも知らないようだった。数週間前にBND経由でミドリ=ヒシオズ製薬からの仕事を引き受け、〈最高指令室〉の存在と位置を教えられただけだという。

 この西ドイツ人は〈最高指令室〉を、武力で統一党と人民軍を押さえた僭主 エーリヒ・シュミットが用心深く拵えておいた、ちょっとした監禁設備もある秘密指揮所のごときものと考えているらしかった。

 

「まあ、それならいいんだがね――うおっ!(註 ドイツ語ではない)」

 

 急上昇と直後の浮遊感に、体を傾けていたムスターマンが肘掛から手を滑らせた。

 チョッパー隊の射撃が終わり、市街地上空を不規則旋回していたF‐15が地上施設の線路側に着陸する。上昇で前進を止め、そのまま一〇〇トンを大きく超える機体を数百フィートのわずかな制動距離で着陸させる、高い技術を駆使したおそろしく荒っぽい操縦だった。

 排気噴流で武装警察軍の兵士や燃料缶が吹き飛ぶ。

 地上施設の横に停められていたトラックも垂直着陸による噴流(ジェット)の直撃で飛び、鉄道の区切りフェンスを破壊して車道に転がった。

 

「無事か? ヘル=ムスターマン」

「操縦が、乱暴すぎる」

「撃たれる危険があるからな」

 

 戦域ディスプレイに表示される地上施設の周辺から、敵の戦力記号は消えている。

 こちらへ近づく敵の記号もない。今も東ベルリンの各所でレジスタンスとの市街戦はつづいており、武装警察軍にここへ増援をよこす余裕はないのだった。

 しかし、この輸送車やF‐15、三〇機のMBAが発信する情報を即座に処理し戦域データとして返信している西ベルリン基地事務所のメインフレームは極めて高性能だが、それでもベルリン市街上に表示されている敵は無人機が見つけたものだけで、屋内の歩兵までは捕捉しきれていないのだ。

 

「モンスターロボットで戦場を飛ぶなんてのは、年寄りにはきつい仕事だ」

「まだつかまってたほうがいい」

 

 戦域ディスプレイの縮尺を一/一万から一/四〇万に換えると、既にゼーロウ要塞はBETA群hとの隣接状態に陥っていた。

 

「レーザーも高度を下げている」

 

 人類軍が通常弾頭の砲撃でBETA群に勝つには、二マイルの間合いを維持する必要がある。

 防衛線が一部でも間合いの有利を失えば、BETA側の全体的な突破も時間の問題だった。夜明けまでには、防衛陣地は広範囲にわたって壊滅するだろう。

 

「NATO軍は、なにをグズグズしてるんだ……。なぜ、テーゲル基地を出られない?」

「先のことを考えてるんだろうよ」

 

 F‐15がジェットエンジンの飛行燃料を止め、車輌を打ち鳴らす砂利飛沫がやむと、ウィッカー隊も鉄道車輌所へ進入し、地上施設の線路引きこみ口を掃討した。

 施設の屋内に倒れている、死にかけているか死んだふりをしている人間にとどめを刺す。もがく元気がある生き残りの腹や脚をMBAで踏みつぶし絶叫させても、施設二階と地下からの反撃はなかった。

 

「この状況でシュミットが小うるさい注文をつけられるとは思えないが」

「シュミットのことじゃない」

 

 F‐15はトラックをどけて空いた場所に、車台を降ろした。ぎこちないデッドリフトで輸送車を揺らされ、絡まったシートベルトを外しディスプレイに見入っていたムスターマンは、ふたたび体をぶつけた。

 カタログにはペイロード部と書いてあった、出っぱった膝というか脛の伸長部が邪魔そうだ。その両膝の天面にも三文字のエムブレム、意匠化された『TAS』の社名が、封じの呪符めいて印刷されている。

 

「一階、クリアー」

「よし。Uバーンを見てくれ」

「了解」

 

 東ベルリン・核シェルターは冷戦期には地下鉄の廃線駅を再利用した、非公開ではあったにせよ一般市民のための非軍事施設だった。

 軍事基地機能の追加は、三八万の駐留ソビエト軍が東ドイツから撤収し、その数十倍にも達したといわれるソビエト難民が東ヨーロッパへ押しかけていた一九七〇年代なかば、秘密裡におこなわれた。

 軍事基地化を主導していたのは、武装警察軍を設立させて間もないエーリヒだ。難民問題の最終解決を断行し、統一党政権で押すに押されぬ地位を確立した頃だと思われる。これは、BETAに蹴散らされている真っ最中のソビエトも、二〇〇〇万のカナダ難民で溢れかえったアメリカも諜知できなかった極秘工事だった。

 

「さて、わたしはオーデル戦線をトリミングせねばなりません」

 

 通信席付属ディスプレイに専用回線で映る、F‐15操縦席のマンニョが告げた。

 

「あとはまかせましたよ、カーネル」

「すばらしい操縦だったよ、マダム」

 

 ラ・キンタはマンニョに敬礼した。魔性を孕む完璧な微笑でマンニョは応じ、ラ・キンタを惴慄させてディスプレイから消えた。

 二機のウィッカー隊員が車台の固定器を外したことを伝え、手ぶりで輸送車の運転士に前進を指示する。

 F‐15はフェンスを蹴りのけて車道に出ると、ジェットエンジンを再起動させ東へ飛び去った。

 

「人は見かけによらない。ああいうのは車を走らせても狂暴化するんだぞ」

 

 手首をさすりながらムスターマンがぼやく。私服の袖口に血がにじんでいた。

 

「あ……? ああ……。シュミットも、スピードフリークだったか? オートバーンを一五〇ノットでカッ飛ばすとかいう」

「それはゾビエトのラリってた書記長だ――そう、シュミットだ。あいつがテーゲル部隊を止めてるんじゃないのか?」

「いや、NATO軍は……、自分から出撃を見計らってるはずだ。そのほうが節約できる」

「節約?」

「核の使用量を節約できる。防衛線に程良くBETAが密集したほうがな」

「防衛線の、兵士はどうなる? もろともに焼くってのか」

 

 ラ・キンタは肩を竦めた。

 

「要塞の奥にいる連中は助かるんじゃないか? まあ、今年はヨーロッパの当たり年だ。しかたあるまい」

「当たり年か……、去年から攻めてくる大群は『開拓団』と判定されたらしいが」

 

 ムスターマンは顔の皺を深めて戦域ディスプレイを見つめた。

 

「ベルリンは終わりか。……今回の仕事、危険を感じていたんだ。いやな予感が当たった」

「情報どおりなら、ここからは地下道を走って、〈アンディ〉を救出して、郊外へ抜けるだけだ。数時間で終わるし、三〇キロトン弾ならベルリンまで影響はない」

 

 ムスターマンは「ベルリンが終わりってのは……」と言いかけ、声を溜め息に変えて座席に身を沈めた。

 

「線路の片側が自動車用に改造されているとは、確かな情報なのか?」

「〈フライング・バーナード〉情報では、確かだ」

「シスターもそう言ってたよ……〈フリーゲンデ・ベルンハルト〉か」

 

 シスター=スティージュとはドイツ語で話したであろうムスターマンは、確認するようにつぶやいた。

 

「ここまでは、じつに正確だったぜ?」

「そうだな。有能なんだろうが……そいつも〈アンディ〉も〈最高指令室〉も、初めて聞く名だ」

「だろうね」

「あんたは?」

「〈バーナード〉のことか? 七五年頃からシュタージに張りついてる監視班だとは聞いた」

 


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