武器、弾薬、充電池、飛行燃料の搭載を終えた最後の六機が格納庫から出てくると、ラ・キンタも〈夢見るアンディ〉専用輸送車の通信席を立った。
輸送車の横には、先に準備が完了した二四機のMBAが搭乗部に覆いをかけられて並ぶ。三〇〇フィート四方の格納庫も今はごったがえしており、作業が済んだものから外へ出さねばならなかった。
「輸送車は?」
指揮官機を歩かせてくるチョッパーが、駐機場へ降りたラ・キンタに尋ねた。
「格納庫のF‐15で運ぶ。シェルター前に空輸だ。シスターが話をつけてくれた」
「そりゃ良かった、ベルリンの壁をブチ破らずに済む」
滑走路をまわる除雪車が温水を撒き散らしているせいで、輸送車もMBAも濡れている。
ラ・キンタは顔に当たる汚染された水滴を手で払い、気密ヘルメットをかぶった。雪に混ざる劣化ウラン粉塵は、体に悪い。
「こっちは良くない知らせだ。北の西方総軍は、ベルリンまで来られないみたいだぜ。未確認情報だが、オラニエンブルクの拠点も爆撃し返されたそうだ」
「やれやれ、だらしねえな」
「武装警察軍の伏兵が地下の秘密基地からあらわれたとかいう情報も、人民軍TSFノード発で入ってる」
「秘密基地ってのは、ベルリンのシェルター複合体か?」
「詳細は不明だ。どこに出たのか位置はわかってない」
三〇分ばかり前、NATOはもはや東ドイツの意向にはかまわず、西ベルリン基地に全力出撃の準備を指令した。
BETA群内部へ一〇~二〇発の核爆弾を送りこむために、西ドイツ軍は基地の航空戦力を最大まで使うのだろう。燃料をケチってか普段は雪置場状態だった駐機場にも、大急ぎで湯を浴びせていた。
遠方からミサイルを発射して、あとはハイテックなマシーンにおまかせではBETA群の頭上で核爆発をおこすことはできない。光線属種の迎撃は、鈍重な人類軍より段違いに速く正確だからだ。
今回のように済し崩しの投射をする場合、核ミサイル発射より起爆まで、BETA群に別方向から牽制弾を間断なく撃ちつづけることが望ましいとされる。
オーデル要塞群に大砲を撃つ力が残っていればよいが、残っていなければそれも西ドイツ軍が出さねばならないということになる。
「シェルター複合体から出てきたなら、それは〈最高指令室〉を守る親衛隊のはずだ。武装警察軍は最後の隠し部隊を吐き出したと思ってよかろう」
「要塞もそろそろ限界って悲鳴をあげてるみたいなんだが……空輸脱出できる選択肢を捨てたことは奇妙じゃないか? なんでそこまでベルリンにこだわる」
「まあシュミットも、そうホイホイ逃げ出すことはできんのだろうよ。なにしろあいつは、無敵の総帥らしいからな」
「奴はこの基地に核ミサイルがあることを確信してるのか……? 要塞と政権がもってるあいだにNATOが核を撃てば、粘り勝ちってことになんのかね」
「それは無理だな。西側が加勢しようがすまいが、シュタージ政権は終わりだ。要塞は、おれたちが〈アンディ〉を奪ってくるまでもてばいい」
駐機場へ出てきたシスター=スティージュを認めて、ラ・キンタは空を見あげた。
「御到着かね?」
「一〇マイル」
チョッパーが西の空低くをMBAで指し示した。MBAの望遠カメラは一〇マイル離れた大型兵器を、コンピューターと連動して機種識別できる。ラ・キンタはヘルメットのバイザーにチョッパー機のカメラ映像をつないだ。
東ドイツ軍はBETA群の生体レーザー砲を、まだ撃滅できていない。
晴れた夜空を、東から何本も、人間の肉眼では見えないガンマ線レーザーが走査していた。
数は減っている。オーデル戦線、つまりBETA群にとっての前方へ向けられている走査用レーザーは、北と南に遠いものを合わせても数十本のようだった。
ただし悠然と空をなめるレーザーの動きは、負けているBETAのそれではない。撃ち落とすべき飛翔物がなくなって退屈しているとでも言いたげな、それとも人間同士で潰しあうベルリンとオラニエンブルクをいぶかしげに探ってでもいるかのような動きだった。
「ボス、抱えて飛んでくれる相手だ。敬礼でもしとけよ」
「ヌキテ・ハンドをケツに突うずるっ込んでやるのは、相手のツラを見てからって決めてるんで」
「病的な性向がとてもキモイです」
鬱陶しく山盛りの雪を攻撃していた除雪車が退避すると、ワマンチは水飛沫を吹きあげて駐機場へ着陸した。
ラ・キンタはバイザーにかかる水滴を袖でぬぐった。
西ドイツの燃料節約は、しかたがないことではある。地球の平均気温は一五℉も低下し、高緯度地帯では燃料の年間消費量が三倍になっていた。しかも原油価格は、イスラエルがエジプトを滅ぼした第五次中東戦争の動乱も一因となり、一九七三年以前の一〇〇倍を超えてしまっている。
一九七四年、最終中東戦争とも呼ばれるユダヤ人とアラブ人の戦いが地中海東岸でおこなわれた。地球を覆った黒い雲の下で、狂気に駆られた現代人が古代メソポタミアさながらの殺戮をやってのけた、凄惨な戦いだった。
エジプト・シリア・イラク(クウェートを巻きこんで油田を争奪する内乱がおきていた)・ヨルダン連合は〈核の冬〉による破産と飢饉に追いつめられ、この年の一一月にイスラエルを再攻撃する。スエズの支配を完全なものとし、航送される合成食料の権益に力づくででも喰いこむためだ。
しかしスエズにおける前年の勝利は、イスラエルの圧倒的に優勢な空軍力が火を噴いて、くつがえされてしまう。アラブ連合軍は壊滅し、ナイル三角洲にあったエジプト政府も消し去られた。
一九七五年始、イギリス・フランスは平和維持軍なるものをかつての植民地へ派遣して、イスラエルと共同でナイル川をアスワンまで征服した。イスラエル空軍によって、イギリス製またはフランス製の核爆弾がカイロやアレクサンドリアに投下されたという噂もある。
原油価格と合成食料価格の吊りあげ合戦が本当の戦争になってしまった危機の元凶が、自制心に乏しい砂漠の蛮族にあったのか、ソビエトとアメリカの苦境に狂喜したヨーロッパの陰謀集団にあったのかは定かでない。
ただ、アサバスカ決戦後におきた大混乱の中で『先制攻撃されたから対処しただけ』にしてはユダヤ連合のエジプト征服は手際が良すぎた、と無視できない数の陰謀論者が主張する。どうであれ、ソビエト難民、カナダ難民ほど一般に知られてはいないが、このときからエジプト人も〈核の冬〉の底知れぬ暗黒へ蒸発しつづけていた。
そしてヨーロッパ、アラブ諸国を巻きこんだ第五次中東戦争は、資本主義陣営の石油市場をも連鎖的に蒸発させてしまった。
アラブ諸国を〝国連軍〟がなかば制圧下においた今も、その場しのぎの協力と分裂をくりかえすEUには不公平な石油分配という争いの根が絡みつく。
ラ・キンタに勝ち組の仕事をくれたミドリ=ヒシオズ製薬の警備局マネージャーによれば(あのCIA崩れも今では本社の役員だ)、アサバスカ決戦がおこなわれたまさにその日に、人類の支配者はニューワールドオーダーを諸政府の主だった者どもに告示した。それは、BETAとの戦争を妨げる『存在に値しない国家』からは主権も自治権も没収し管理下におく、といった極めて挑発的なものだったらしい。
アメリカ、ソビエト、中国は不承不承の同意を示し、敏速に対応したイギリスとフランスは帝国主義をよみがえらせる機会を得て、応じ遅れた西ドイツはEUから抜けられないまま分配される資源の不足に苦しんでいるのだった。
「ホーリー、ファック!」
ワマンチの後部銃座室にカメラを向けたチョッパーがうなった。
小翼脇の扉を開けて、女が滑走路に降り立つ。
「エメラルドグリーン……! ジャパニーズ・アボミネーションだぜ!」
その女は、左手にたずさえた日本刀を見るまでもなく、あからさまに日本人だった。
哺乳類のものとはまったく異なる、繊維質の宝石のごときエメラルドグリーンの髪が、黒革のクロークを撫でて風に舞っている。
「どうも、シスター=スティージュさん。お待たせしました、ゲッツェ・マンニョです」
濡れた駐機場に膝をつける恭しいカーテシーで迎えたシスター=スティージュに、異次元の色彩に汚染された髪を整えて女は頬笑んだ。
「〈協会〉から話は聞いています。事態を収拾に来ました」
暑すぎる(´・ω・`)