ツォーネ1984   作:夏眠パラドクサ

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食料などの生活必需品をベルリンへ陸輸、または空輸するお仕事です( ^ω^)ノ ♪

慈善財団と国連が運営する公益事業で、あなたも働いてみませんか(*>ω<*)

西ベルリン基地は最新の対NBC設備も実際充実!!(灬ºωº灬) 
福利厚生を重点した、とてもアットホームな職場です♡(≧▽≦) 【担当:シスター・スティージュ】









軍務経験者優遇。盗賊の迎撃を想定した採用試験があります。状況により、BETAからレーザー攻撃される可能性があります。状況により、東ドイツ軍と戦闘になる可能性があります。状況により、国連軍がベルリン近郊を核攻撃する可能性があります。労災加入は不要です。


【急募! 日給五〇〇USドル! 食事、宿泊所つき】〈宇宙旅行協会〉 2【ミドリ=ヒシオズ製薬・西ベルリン基地事務所】



 ビンゴ・ベガスMBA戦隊をアメリカ東海岸からハンブルクに運んだミドリ=ヒシオズ製薬の強襲揚陸艦 アルデバランは、ヴェーザー河口沖の北海に臨戦態勢で待機している。

 対BETA戦争のため独自の部隊を設立した国連軍、に見せかけている、通常時はもっと暖かい海にいる北大西洋艦隊 ヒアデスの旗艦だった。

 これに乗って仕事場へ直行したことも何度かある、ラ・キンタにはなじみの船だ。乗り組んでいる二五〇〇人の〝国連軍兵士〟にはEU経済が崩壊するにつれてドイツ人も増え、そのアルデバランからTSF特別機をあつかえる操縦士が飛び立ったという通信を、シスター=スティージュは受けたのだった。

 操縦士を乗せた高速ヘリコプター(縦につけたプロペラで上下に動き、横につけたプロペラで前に動くという、すばらしく斬新な発想のヘリコプターだ)AHワマンチは、アルデバランからベルリンまでの二四〇マイルを一時間で飛べる。

 ラ・キンタは腕と壁の時計で、時刻を確認した。

 一時間と少しでベルリン・タイムゾーンの三月二七日が終わる。

 

「そいつが動けば、今の政権がどうなってもベルリンは防衛できるんだな?」

「できます」

 

 ラ・キンタの念押しに、シスター=スティージュは半月前に質問したときと同様に即答した。

 

「ベルリンを指向しているBETA群は、残り一四になりました。規模は三〇〇〇から六〇〇〇……大きなもので一万です。搭載されているTASシステムは、通常の人間ではあつかえないという欠陥はありますが、動かせさえすれば七万前後のBETAなら問題なく制圧できます」

「そいつは頼もしい。さすがは、……本社が作ったアメージング・ウェポンだ」

「エキゾティック・ウェポンです」

 

 通信室のディスプレイ群と、窓外の格納庫を一望できる司令台に登ってシスター=スティージュは訂正した。

 この『合成食料を安全に輸送する業務のための』通信室には、数個大隊を指揮するに充分な設備がそろっている。一〇〇時間を越えてBETAが攻め寄せつづけている現在は、昼夜に関わらず一〇人ばかりは常駐して通信・監視をおこなっていた。

 西ドイツ軍は『正常に』ここへ情報を送っているが、東ドイツ人民軍と武装警察軍の情報は入ってきていない。ミドリ=ヒシオズ製薬に対する東ドイツの明確な反逆は、数十日前からだという。

 ユーラシア諸国の紙幣や債券は紙切れと化しつつあり、合成食料に対するそれらでの支払いをミドリ=ヒシオズ製薬は受けつけていない。

 一九七四年以後、彼らに平伏し主権を切り売りすることに同意した国々だけが食料の需要を満たし、秩序と体制を維持できているのだった。

 どこかから湧き出しているように見える国連軍の正体は、ミドリ=ヒシオズ製薬が合成食料の代価として諸国から徴収した兵士と兵器だ。国連へ身を寄せた諸亡国の兵士には太っ腹なアメリカや日本が最新鋭の軍備を与えている、と大衆は信じこまされているが、それは真実ではない。

 高価な兵器と設備を、所詮は他国の援助を頼みとして存続している喰いつめ寄り合い集団にすぎない国連軍に、大きな裁量権つきで委託してやるなどというバカげた予算案は、議会を通らない。

 本当の国連軍独自部隊とは、安く雇用でき、後腐れなく死ぬまで戦場に置いておける、貧弱な個人用武器しか持たされていない難民兵だけだ。油田などの重要地を一時的に維持するためだけに投入され、帰還は期待されない使い捨て部隊だった。

 

「予備策として」司令台の戦域ディスプレイを見せて、シスター=スティージュは言った。「もう少しゼーロウ要塞へBETA群を密集させれば、この基地にある分の核ミサイルをウェスト軍が撃つだけでも、確実な対処が可能でしょう」

「ここの参謀連中と同じ御意見か」

「はい。五マイル圏内に集められれば四〇〇キロトンの使用で一掃攻撃が可能です」

 

 ラ・キンタは首肯した。

 

「了解だ、シスター。サイコファットのほうはまかせとけ」

「ボス。攻撃隊が降りちまってるぞ」

「なんだって?」

「西方総軍のTSF攻撃隊が、街に降りた。市街戦をやる感じだ」

 

 壁の大型ディスプレイをチョッパーが手で示し、無人偵察機が空撮する東ベルリンの映像を再生表示させた。

 

「奇襲には成功してると思うんだがな。歩兵と連携して、もう一押しってか」

「ミサイルは?」

「もうミッテのほうへ撃った後だってよ」

 

 遠隔操縦席で無人偵察機を飛ばしている女が、ディスプレイを見つめたままドイツ語で短く喋った。

 隣に立って彼女と話していたチョッパーが眉をしかめながら通訳した。

 

「えーっとだな……、一五分前にTSF攻撃隊が搭載しているミサイルを、マルクス=エンゲルス広場に一斉射撃した。これは、飛んできてすぐのことみたいだ」

 

 空撮映像では、東ベルリン・テレビ塔を中心として、多数の場所から黒煙があがっている。逆にビルディングから撃ち返している銃火は、この事務所通信室が事前に把握していた布陣より少ない。西方総軍の先制攻撃は成功したと評価してよい光景だった。

 

「それより早く、少なくとも二〇分前から歩兵? ……レジスタンスがパンツァーファウストをイースト・ベルリン市街でブッパしてるらしい。機銃陣地は、レジスタンスに南側から半包囲を受けている」

「TSFが一撃離脱しない? このまま勝負をつけるつもりか」

 

 TSFにとって不安定な肩につけた重い攻撃ミサイルは温存しておく火器ではない。対人戦闘で機銃陣地へ侵攻せねばならないのであれば、四~五マイルは距離を保って、できるだけ急いでそれを撃ち逃げ、というのが教科書的な戦いかただ。

 市街地へ降りて歩行状態になったとき、TSFは歩兵より弱い存在に変わる。空襲に成功したTSFが積極的にそうしているなら、支援してくれる味方の歩兵が充分に強力だということだった。ハーフェル川方面でもおこなわれている戦闘でどちらが優勢なのかはまだ未確定ながら、もう一押しでシュタージ本部を破壊できそうだと思えば、このまま東ベルリンで攻勢継続を選ぶだろう。

 シュタージ政権は危機的状況にある。武装警察軍の大多数を人民軍の背後につけておくしかない今となっては、シュタージ本部は一蹴りすれば倒れる。このことに幻惑された東ドイツ人のほとんどは気づいていないようだが、西方総軍にはわかっているのだ。

 

「サイゴン陥落みたいな? ベトコン戦力が当てになるんだろうね」

「サイゴンはこんなにひどくなかったぜ……どうする? シスター。まだ、しばらくは戦闘状態が収まらんよ」

 

 ラ・キンタは戦域ディスプレイのハーフェル川を指でなぞった。

 

「武装警察軍はベルリンに留めておける機動戦力が、底をついたようだ。あるだけ全部をハーフェル川の西方総軍へ向けているんだろう。……突入したTSFとレジスタンスの動きからして、ベルリンを今、守っているのは歩兵だけだ……と、思う。あとは、せいぜい装甲車くらいだな」

「確認できた西方総軍とレジスタンス――彼らが自称する革命軍の戦力で、シュタージ本部を攻め落とすことはできません」

「レジスタンスも目眩ましの陽動しかできないわけじゃなさそうだぜ? 軍からRPGも提供されてるみたいだ」

「シュミットは、無敵なのです。このベルリンにおいて〈夢見るアンディ〉を支配できている限りは」

 

 シスター=スティージュは別の小型ディスプレイにシュタージ本部を映した。

 数ヵ所の屋上と車輌から隠し撮りされているらしい構図の庁舎は、煙る東ベルリン市街を背景に無傷だった。

 

「先ほどの一斉射撃でシュミットを殺せていなければ、ベルリンへの攻撃は失敗に終わるでしょう。ESP波の精密な照準投射ができる範囲に敵が入れば、〈アンディ〉は人間の意識を一まとめに破壊することができます。人格の書き換えすら、多少の時間をかければ可能なのです」

「プロジェクションによる絶対防御というやつか……どうにも〈夢見るアンディ〉ってのは、戦力としての勘定が難しいね。国民を従順な家畜にするESPも、レジスタンスには利いてないんじゃないか?」

「ブランデンブルク広域へ恒常的に放っているプロジェクションは、微弱なものです。強い敵意は消せないでしょう。レジスタンスを鎮静できる強度で無差別放射すれば、味方の部隊も無力化してしまいます」

「なるほど。ベルリンの親衛隊にも、ESP防護装備は支給されてないと考えてよさそうだな」

「そうですね。シュミットは人間を信用していませんから」

 

 シスター=スティージュの言葉に、ラ・キンタは苦笑した。エーリヒへの評価にではなく、人間を卑しい家畜とみなしているミドリ=ヒシオズ製薬の大幹部がそう言ったことにだ。

 この九年、当然ながらミドリ=ヒシオズ製薬から合成食料生産施設・技術を奪おうとした者は多い。そのことごとくは、地球のいたるところで、彼らの隔絶した先進技術によって叩きのめされてきた。

 彼らの先棒をかついでいるラ・キンタが言えた筋合いではないにせよ、飢えたる子羊に対して人類牧場の支配者たちがおこなってきた躾は残酷なもので、決して慈悲に基づいても信用に基づいてもいはしなかった。

 

「それで、全員に集合はかけたが、どうすんだ?」

 

 司令台の下まで寄ったチョッパーに問いかけられ、ラ・キンタは格納庫を見た。

 ラ・キンタとチョッパーに何分か遅れて入ってきた本社の整備班が、TSF特別機の点検にかかっている。

 

「出撃準備だ。攻撃側は一時間もたてば息切れする。〈最高指令室〉が気をとられてくれれば、隙を突けるかもしれん」

 

 


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