梅田の地下迷宮を出ると、世界は終了していた。
ただちに影響はない時期はすぎたとか、経済が喰い荒らされてるとか、社会が救いがたいアホのジレンマによって相互監視状態で袋小路だとか、ゾンビが出て殺すとかってレベルじゃねえぞ。
道端から空のかなたまで、全盛期のベク○ンスキーばりの終了っぷりだった。
我輩は、とりあえず懐中より文明の利器を出して、記念撮影した。
いえーい、みんな見てるぅ~~?
……撮影はできたが圏外だ。きさらぎ駅にも中継局はあるというのに。
そもそも、ここは梅田なのだろうか? 地下鉄に乗ったら未知なるかたすを越えてしまったとでもいうのだろうか?
時計は九九時九九分を表示していた。ハハハ、時がカンストと申すか、こやつめ。
振り返ったときには暗黒の洞になってしまっていた地下へ戻ることは危険と判断した我輩は、決然たる意志力を発揮して、スープおじさん状態の道路へ踏み出した。
ほら、あれだよ。懐中電灯とか持ってないしね。
暗いと危ないだろ?
決してびびったわけではない。
道路の消失点あたりで滲む灯し火を目指して、圧倒的死臭の中を歩くしかなさそうだった。ビル群はでかい棺桶と化している。たたずむ人影はあるが、あからさまにベクっていた。
遠く、狂おしい太鼓の轟きが聞こえる。
腐乱死体色の空で、ドドメ色の陰鬱なお日様が笑ってる。
ヌンヌヌヌヌッヌンッ♪
キョォ~~~~はええ天気~~\(^o^)/
「よう来やーたわ。まあ坐りゃー」
重々しい金属の扉を我輩が開けると、そうメイドは言った。
灯し火は、メイド喫茶だった。メイドの背後には、壁一面に酒瓶が並んでいた。
扉の飾りにされている〝考える人〟が、強制頭突きで釣鐘を鳴らした。
「えーと、バー……テキーラ」
我輩はカウンター席に坐りながら言った。
メイドはカウンターにグラスを二つ置き、氷を入れ、気前良くテキーラをそそいだ。
「これはサービスだもんで、まずは飲んでおちついてほしい」
「おおきに」
我輩はテキーラを飲んだ。
「汝は死んだでよ。転生だがね」
「ブーッゴホゴホッ!」
「行先は柴犬」
「そ、それはゴホッゴホッけもフレ的な」
「オーウェル的な、一九八三年の」
「ゴホッゴホッ、ゴホォッ!」
「うん、まただわ。ハンメルン定番の」
「シバケンナンデ!?」
「ブッダの顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない」
テキーラを噴きながらの抗議をものともせず、メイドは悠然と言葉をつづけた。
「でも、転生と聞いたとき、汝は、きっと言葉では言いあらわせない『ときめき』みたいなものを感じてくれたと思う」
「そんな神様転生みたいにゴホッ!」
「どうも、神ですww」
「そんな予測変換できた神様転生みたいに!」
「殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないでほしい。そう思って、この冥土ハウスを作ったんだわ」
自分もテキーラを飲みながら、メイドは台詞を言いきった。
手渡されたおしぼりで口元をぬぐい、我輩は茶道の呼吸法をもって平均的精神を回復させた。
いかにも、我輩は三次元には、つくづく絶望している。二次元へ帰れるならば望むところだ。
「ドーモ、神さん。初めまして、えー、折主 太郎です」
「じゃあ、注文を聞こうか」
「それは、転生特典みたいな?」
「ときめき転生特典みたゃーな」
「特典ヤッター!」
「必要らしいんで」
「そら折主には必要なもんでっせ。だから神様、ボクにしか見えないちいさな恋人をください。」
「ボクにしか見えないちいさな恋人、と」
「やったぜ、御免な○い。それから神様、転生先はあの花にしてください」
「二〇一一年……二〇〇一年の秩父、と」
「二〇一一年」
「二〇一一年だと、ちょっと溺死するから」
「なんでそんな崖から落ちて死ぬ確定みたいな」
「いっそのこと、まだBETAが少ない一九八一年にしときゃあ」
「あの花にBETAておかしいでっしゃろ」
「公式でそんな感じのコラボがあったがね」
「あー……あったあった。ちゃうねん、そうやない」
「転生先は変更不能だで、受諾してちょ」
冥土ハウスの店内放送がブリティッシュ・グレナディアーズになっていることに、我輩は気づいた。
フルートの音色は、悪夢めいてひずんでいた。スピーカーが安物に違いない。
「せ、せめてガルパンに」
「希望兵器は戦車、と」
「なんたる無慈悲な強引さか!」
「神は強引。……パンツァーディヴィズィオンにアルフレート・シュトラハヴィッツがおるで、このあたりにしよみゃあ」
「パンツァーデブズボンとかクラウゼヴィッツとか、もう秩父へ送る気もない件について」
「秩父には牛車ディヴィズィオンしかにゃーでかん」
「翔んで埼玉の秩父かっちゅうね。ないわー。冷戦時代のオモチャみたいな戦車とか戦闘機でBETAと戦えとか、ありえへん。スパロボの一個艦隊くらいないと。ミストさんしか知らへんけど」
「スパロボは却下」
「生産拠点つきのスパロボでもないと、ゆきゆきて赤軍にしかならしまへんで」
「予算枠もあるし」
「よ、予算? 神に予算?」
「まあ」
「なんぼ?」
「四〇〇神点。いわゆるゴッドポイント」
「ゴッドポイ……あの、ちょっと難解すぎるんですが」
「これが単位換算できる最も近い概念と思われ」
「たとえばゴッドレクイエムを撃つにはおいくらポイント?」
「信徒の力なしで撃つだけなら一ポイント」
「エクスプロージョンを撃つ能力なら?」
「一日一回が限度の放射線をともなわない〇.〇〇二五キロトンの核火力として、一〇〇〇ポイント」
「さすが真の主役」
「超自然能力で直接攻撃は高くつくから」
「……アメリカ合衆国の大統領になるには?」
「なるだけなら四〇。英語の会得には更に四ポイント」
「なんかそんなゲームがあったような……英語はカタコトのアメリカ大統領が爆誕する事態もありうる、と。因果を無視して能力を得られるなら、逆に考えて、BETAをサクサク倒せる兵器を無限に製造、いや創造できる能力があればええね」
「三七二ポイント」
あるんかい。しかも予算内。
「どんな兵器を?」
「量子的平行世界に存在する核砲弾でも物質分解機でも」
我輩は身震いをこらえて、テキーラを飲み干した。
「……いかれた国粋全体主義者から身を守るための、なんちゅうか語弊のある言いかたになりまっけど、人間を洗脳支配できるような能力は?」
「支配能力単体に二〇ポイント。五〇億人を支配するなら更に二六一ポイント」
「ゴッドパワーごっついわあ」
「ただし、相手は自我のない精神的ゾンビと化す」
「ぜーんぜんオケ」
暗い窓の外から、狂おしい太鼓の轟きが聞こえる。ジュブジュブと鼓膜を鳴らすそれは、近づいていた。
「支配人数を増やすことは、転生後でも?」
「できる。感染するでよ」
我輩は震える声で選択を伝えた。
「BETAをサクサク倒せる兵器を無限に創造できる能力と、人間を洗脳支配できる能力をください」
「よろしい。あと一七ポイント」
我輩にしか見えないちいさな恋人はマイナス九ゴッドポイントらしい。
なにか恐ろしい罠が潜んでいる気がして、とっさに我輩は言った。
「ほな、我輩も残りポイント目いっぱいで美少女にしてくだたい!」
「よろしい」
「フェルマータ!」
フルートの劈くような輝きが転生のときを告げた。
太鼓の轟きが冥土ハウスの壁を砕き、宇宙に穴を穿った。
冥土神はキャベツ検定するハッカドールめいて冒涜的な角度でポーズを決め、我輩の前途を祝福した。2号、掩護を。許されざるよ。
「往ってりゃ」
GURPSがとてもおもしろい作品集だった記念(´・ω・`)
マスコンバットで地球人とBETAを戦わせてみると、地球人側が継続的戦闘で急激に消耗することがよくわかる