ゆんゆんが我が家に来て次の日の放課後。
早速昨日交わした約束を果たすために、学校の近くの喫茶店に俺達は来ていた。
女の子にご馳走になるのは気がひけるが、お礼をしなければ気が済まないというのなら仕方ない。有り難く相伴に預かるとしよう。
そう久しぶりの外食にわくわくしながらメニューをめくっていると、対面に座るゆんゆんが控え目に声をかけてきた。
「そ、その……。よろろんには助けて貰ったし、好きなの頼んでいいから……」
「あ、それはどうも。じゃあ遠慮なく……」
「め、めぐみんには言ってないっ! というかなんでめぐみんもいるの!? 昨日何もしてないわよね!?」
「ご存知ありませんか? 『弟のものは姉のもの、姉のものは姉のもの』という遠い国のシステムを。この里ではあまり馴染みが無いかも知れませんが、我が家ではそのシステムを採用しているのですよ。よってよろろんが得たご馳走は私とこめっこのものとなるのです」
「いや、どこの暴君のシステムだよそれ」
俺以上に熱心にメニューを見る姉さんに、呆れながら突っ込みを入れる。
ちゃっかりついて来た姉さんは、俺以上にゆんゆんからご馳走になる気満々だった。
流石に二人分も奢って貰うのは心苦しいので、姉さんが食べた分は俺が払って、あとで姉さんのへそくりから回収する予定である。なけなしの貯金を切り崩してしまうが、是非もなし。
そうこうしている内に、全員注文が決まったみたいなので俺は手を挙げて店員を呼んだ。
「……ごめんな、ゆんゆん。姉さんは食い気と空腹がローブ着て歩いてる様なもんだから。多少食い意地が張っていても、大目に見て欲しい」
「ちょっとそこの弟。人を勝手に暴食の化身呼ばわりしないで貰おうか」
「あ、うん。めぐみんが食べ物を前にすると野生に帰るのは知ってるから、全然大丈夫。もう慣れたから」
「……ゆんゆんもたまにさらっと毒吐く事ありますよね」
と、俺達が談笑していると、店長らしき中年の男性が注文を取りにやって来た。
男性は俺の顔を見ると、
「おや、ひょいざぶろーのとこのせがれじゃないか。珍しい顔を見たもんだ。いらっしゃい。注文は何にするんだい?」
「……では、この『魔神に捧げられし子羊のサンドイッチ』を。この店の評判は聞き及んでいます。その腕前、じっくりと見せて貰いましょうか」
「……ふっ、任せておけ。必ずや貴様の舌を唸らせてやろう……」
「あ、私はこの『白き衣を纏いしハニートースト』で」
「わ、私はこのシチューで」
「はいよ。『白き衣を纏いしハニートースト』と『暗黒神の加護を受けしシチュー』だな! ちょっと待ってな!」
「……もうそれでいいです」
ゆんゆんが何かを諦めたようにため息を吐いた。
注文を取り終えた店主は厨房へと戻っていく。
俺はその後ろ姿を見送りながら果汁入りの水をちびちび飲む。
「そういえばよろろん。貴方スキルポイントはいくつぐらい溜まったんですか? 料理が来るまでの暇潰しに冒険者カードを見せて下さいよ」
姉さんが片手を差し出しながら言ってくる。
スキルポイントというのは、技能や魔法を習得する為のポイントだ。
レベルアップや学校で配られるスキルアップポーションを使用する事で得る事が出来る。
紅魔族の学校は、このスキルポイントを使用して魔法を習得する事で卒業となる。
同じく学校に通う同士がどのくらいスキルポイントを貯めているのか、姉さんだけでなくゆんゆんも気になっている様子だった。
「……俺のカード? いや別に見てもいいけど、大して面白くないと思うぜ。……ほら」
懐から取り出した冒険者カードを姉さんに渡す。
自分のステータスやレベルが自動的に記入される便利なカードを、女子二人は興味深そうに見ていた。
「……れ、レベル高っ。いつの間にこんなにレベル上げしてたんです貴方。私の倍以上あるじゃないですか。というかこのレベルって、普通に私達の同級生の中で一番レベル高いんじゃないですか?」
「ほ、本当だ。凄い……」
「……なんかまじまじ見られると照れるな。いやでも、別にそんな大したことはないって。ただ人よりモンスターとエンカウントするだけだから。みんなも俺くらいモンスターと戦ってればこのくらいは余裕だって」
「それですよ。そこがおかしいんです」
俺を指差しながら姉さんが言う。
何やら矛盾点を見つけた探偵のような仕草で、姉さんは俺に尋ねて来る。
「最近、貴方の修行が捗り過ぎてませんか? ちょっと前まで一人じゃまともにモンスターを倒せてなかった貴方が、急にメキメキレベルを上げてますよね? 一体誰に手伝って貰ってるんです? まさかその玉ねぎもじゃがいもも人参も、野菜すら満足に切れない黒光りする剣の性能とでも言うんですか?」
「あ、いやっ……。……つーか、姉さん。野菜の件がやけに具体的なのが気になるんだが。まさか本当に野菜切るのに使ってないよな? 昨日の肉なし肉じゃがの野菜の一部が、やけに潰れてたのは単に煮込み過ぎただけだよな?」
「質問を質問で返すのはやめなさい。今質問してるのは私ですよ」
「……に、肉なし肉じゃがって。それただの野菜の煮物じゃないの?」
姉さんの追求から逃れるように顔をそらす。
……い、言えない。特に姉さんの前では言いたく無い。占い師に食べ物で釣られて弟子になりましたとか、絶対に馬鹿にされる。
適当に誤魔化そう。俺は嘘を悟られないよう、平静を保って姉さんに答える。
「ま、まあ。少し知り合いに手伝って貰っててな」
「……へぇ。貴方の知り合いでそんな暇がある人といえば、ぶっころりーあたりですか」
「そ、そうそう。ぶっころりーに手伝って貰ってたんだレベル上げ」
「……ふーん。……まぁ、この場はその答えで納得しておきましょう。深く追求はしないで上げますよ」
俺を見つめていた姉さんの何かを探るような瞳が窓の外に移動する。
一応助かったのか……? 姉さんにバレないようにため息をこぼす。
なんだか妙な空気になってしまったな。ゆんゆんもなんだか落ち着かない様子できょろきょろしてるし。
切り替えるために今度は此方から話題を振ろうか。
「ゆ、ゆんゆんはどんな魔法を覚えたいんだ? 俺はやっぱり上級魔法の『ライト・オブ・セイバー』かな。寧ろそれ以外に選択肢は無い。俺には剣しか扱えないからな……。……まだ先は長いけれども」
「そ、そうなんだ。私も上級魔法を覚えて卒業したいかな。『カースド・ライトニング』なんて使い勝手が良さそうだし。今のところ一番の候補かも。めぐみんは? めぐみんはどんな魔法を覚えて学校を卒業するの?」
ゆんゆんの問いに、姉さんは窓の外を見たまま、
「……まあ、何かしらの上級魔法を覚えて卒業しますよ。そろそろポイントも貯まりますしね」
らしくない姉さんの受け答えに、俺は疑問を抱かずにはいられなかった。
♦︎
喫茶店からの帰り道。
ゆんゆんを家まで送った俺と姉さんは、夕暮れの道を歩いていた。
「……なあ、姉さん。姉さんは本当はどんな魔法を覚えるつもりなんだ?」
こめっこ用に包んでお持ち帰りしたサンドイッチが入った袋を揺らしながら、隣を歩く姉さんに聞く。
姉さんは夕日で赤く染まった空を見上げながら、
「……どうしても答えなきゃダメですか?」
「まあ、無理なら答えなくても良いけど。……あんまり変な魔法は習得しないでくれよ。魔王が開発したっていう、服だけ溶かすスライムを召喚する魔法とか」
「どうやったらそんなの覚えられるんですか。そんな趣味を疑われる魔法は覚える気ありませんよ」
「えぇー? 本当にござるかぁー?」
「………………」
「あ、ちょっ、やめっ! 脛を蹴るのは止めて!!」
げしげしと無言で蹴ってくる姉さんから逃げる。
姉さんも追撃する為に、俺を追いかけてくるが、体力に自信が無い姉さんはすぐにへばって、膝に手をついてその場に立ち止まった。
「……いや、流石にもやしっこ過ぎない? まだ二百メートルも走ってないと思うんだけど」
「あ、貴方が、体力バカなだけですよ……! 『アークウィザード』の癖に、体ばっかり鍛えやがって……!」
はぁはぁ荒い息を吐く姉さんの背中を摩る。
しばらく姉さんの背中を撫でてると、落ち着いたのか姉さんが顔を上げた。
「……はぁ。仕方ないですね。貴方の質問に答えて上げますよ。このままはぐらかしてると、勝手に変な結論出されて、勝手に納得されそうで怖いですし」
ため息を吐く姉さん。
姉さんの中で俺がどんな弟と認識されてるのか、少し気になったがここは黙って話を聞こう。質問したのは俺だしな。
「……答えますけど、笑わないで下さいよ? 絶対笑わないで下さいよ?」
「笑わないって。正直姉さんがどんな素っ頓狂な選択肢を選んだって、それ今更だし」
「絶対の絶対ですよ? 笑ったら本気で怒りますからね?」
「いやだから笑わないって。大丈夫だって」
「絶対ですよ? 絶対の絶対の絶対ですよ?」
「だぁ! もうしつこいなぁ! 笑わないって言ってんだろ! 答えるなら早く答えろよ!」
何回も念を押してくる姉さんに憤る。
そんな俺の様子を気にせず、姉さんは咳払いを一つすると、
「…………ば、爆裂魔法」
「……は? ……え、いや、なんだって?」
「だから……。……爆裂魔法ですよ。爆裂魔法」
「……………………はぁっ!?」
姉さんの答えは流石に俺の想像超えていた。
爆裂魔法。名前の通りかなり強力な魔法の一つだ。いや、単純な威力だけなら最強と言ってもいいかもしれない。
長い射程を有し、全てを灰塵と化す爆焔の魔法。
……と言えば聞こえが良いが、実際は習得に必要になる大量のスキルポイント、膨大な魔力を持つ熟練の魔法使いでも一日一回しか撃てない燃費の悪さ、広過ぎて制御できない攻撃範囲、普通にモンスターを倒すなら必要無い程の大火力と、大抵はネタ扱いされる魔法である。
強大な魔力を有する紅魔族だとしても、初めて覚える魔法に選ぶ事はまず無いだろう。
覚える気が起きないヤツの方が多い筈だ。
……目の前の姉を除いては。
「……な、なんでまた、爆裂魔法なんだ? 高火力の魔法なら他にもあるだろ」
「高火力なら良いという訳では無いのです。爆裂魔法でなければ私は満足出来ないのです」
「……一応聞くけど、ちゃんとデメリットのことも知ってるよな?」
「もちろんです。学校の図書室にある爆裂魔法について書かれた本は全て熟読していますから。爆裂魔法の知識に関してだったら、里で一番の自信がありますよ」
はっきりと言い放つ姉さん。
どうやら本気で爆裂魔法を習得しようとしているらしい。
初めて覚える魔法に小回りが利かないどころか、一発撃てば全ての魔力を使い果たして、その場に倒れてしまう出オチの極み、みたいな魔法を選ぶとは。とても正気の沙汰とは思えない。
そうは思えないが、よく考えてみれば目の前に立つこの小柄な少女は俺の姉なのだ。
前世の夢に魅せられ、魔法使いなのに剣を振るい続ける俺の実の姉さんなのだ。
そう考えると何故だか、彼女が爆裂魔法に拘る事に、妙に納得出来てしまう自分がいた。
「……まあ、良いんじゃないか。そこまで本気なら、どんな魔法を選んだって後悔しないだろうし」
「ええまあ、爆裂魔法を選んで後悔するつもりは毛頭ありませんが……。……そんなにあっさり理解を得られてしまうとなんかこう、釈然としないといいますか……。もっと反発があるものだと構えてましたから」
「……なんだよ。反対して欲しかったのか?」
「いえ、そういう訳では……」
なんだか微妙な表情を浮かべる姉さんに、俺は苦笑いを浮かべながら答える。
「ま、強いて言うならやっぱ俺たち双子なんだなぁ。……って思ったくらいだよ。こそこそ隠れて呪文の練習してたのも、そう考えると納得がいくし」
「き、気がついてたんですか?」
「何年も前からずっとやってればそりゃな。一つ屋根の下で一緒に暮らしてるんですし」
俺が答えると姉さんは再び、今度は先ほどより大きくため息を吐いた。
「……なんだかあれこれ悩んでたのが、一気に馬鹿らしくなりましたよ。それについては感謝します」
「気にするな。大した事はしてないよ」
「で、お礼と言ってはなんですが貴方の悩みも聞いてあげましょう。特に最近熱が入っている剣の修行の事とか。一体誰と二人きりで早朝から修行してるんです? さあさあ、遠慮なさらず、お姉さんに聞かせてみなさい」
「くっ……、やっぱり諦めてなかったかこの姉……! こうなったらーー」
俺は姉さんの追求から逃れるために走り出した。
その時見た夕焼けは、ほんの少し何時もより綺麗に見えた。