「よーし。じゃあ今日はこれから久々の実習だ。各員、怪我せず無理せず、私の仕事を増やさないように心がけろよー」
いつもの担任の気の抜けた声に返事を返す。
俺たちは現在、学校の教室の中ではなく、里近くの森の入り口に来ていた。
「先日里の暇人達で行われた魔物退治。そんときにワザと弱そうな魔物だけ残して貰ったから、そいつら殴り殺してレベルを上げて下さい。それが今日の実習内容です。あ、武器はそこに落ちてるの適当に使って。自分のがある奴は自分の使っても良いぞー」
担任が指差した先には大小様々な武器が落ちている。
ハルバードや大剣、巨大なモーニングスターなどなど。形状も様々だ。これを使ってモンスターを叩き潰せと言う事だろう。
この世界でレベルを上げるには自らの手で、モンスターや生き物の命を奪う必要が有るからな。安全に戦える機会だとはいえ、命を預ける武器は慎重に選ばなければ。
まあ、俺には『ダーク・ソウルブレイド』があるから、ここの武器達を使う気は無いのだが。
クラスメイト達が思い思いの武器を手に取る中、俺は背中から下げているブロードソードをゆっくりと引き抜いた。
「ーーさあ。征こうか、我が漆黒の魔剣よ。邪悪を固めた黒の刃よ。獣の血潮で、化け物の魂で、その刃の渇きを潤すといい」
「お、やる気だなー、よろろん。いつもよりポエムに気合が入ってんじゃん」
「まあ、得意ですしね。こういう身体を動かす授業の方が。俺的にはこうして机から離れられるってだけでテンションが上がるわけですよ」
軽く剣を振りながら言う。
勉強もまあ、不得意な訳ではないが、机に噛り付いてペンを走らせるよりは、こうして外に出て剣を振る方が好きだし得意だ。
幸い姉さんの様に運動が苦手な訳じゃないしな。
学校を卒業したら冒険者となって、世界を旅して周りたいと思っているし、今のうちに体力を鍛えておかねば。
最近は師匠とのスパルタ修行のお陰で、レベルも結構上がってきたしな。この調子で今日の授業でもガンガン経験値を稼ごう。
「まあ、張り切り過ぎて怪我しないようにな。俺の仕事を増やさないようにな」
「……ふっ。この程度の相手に本気なぞ出す気はありませんよ。軽く捻ってやります」
「それならよし。鍛えた剣の冴え、身動きを封じられた哀れなモンスター達に見せつけてやれ」
欠伸を一つしながら、担任の女教師は去っていった。
代わりに俺の元にやってきたのは、長いローブを羽織ったメガネの男子生徒だった。
「やあ、よろろん。今日の授業はよろしくね」
「よろしく、つむつむ。互いに頑張ってモンスターをボコってレベルをガンガン上げようぜ」
授業中、俺とペアを組む事になったつむつむと握手を交わす。
クラス一の優等生は、緊張しているのか固い笑顔を浮かべていた。
「よろろんは武器持ち込みなんだ。いい感じに黒光りしててカッコいいね。黒くてつやつやしててカッコいいよ」
「なんか素直に喜び難い褒め方してくれんな、おい。……つむつむの獲物は槍か。シンプルで無骨だがそれが良い。いい趣味してるぜ」
つむつむは、鈍く光る穂先を持つ短槍を肩に担いでいた。
真面目な彼らしいなんとも手堅いチョイスだ。これは安心して背中を預けられそうだぜ。
「そんじゃ準備が出来た奴から先生の所に集合な。森ん中にはお前らが殴り殺せるような弱いモンスターしかいないけど、先生が更に念を入れてモンスター達の動きを止める。みんなはその隙に倒す様に。女子も一緒に森に入ってるから、獲物を取り合って喧嘩しないようになー。なんかあったら遠慮せず大声で俺を呼ぶんだぞー。わかったなー?」
はーい。と、集められたクラスメイト達がそれぞれ返事を返す。
「……くっくっく。今宵の『ダーク・ソウルブレイド』は血に飢えてるぜ」
「……いやまだ午前中だけど」
冷静に突っ込むつむつむと並んで、俺は担任の後に続いて森の中に入った。
♦︎
「え、えいっ! やぁ!!」
つむつむが気合を入れて槍を振るう。
矛先には赤い巨大なトカゲの姿がある。四足を全て凍らせられて、身動きが取れないモンスターは、つむつむのふらふらと揺れる槍の攻撃を、時折うめきながら受けていた。
「つむつむ、もっと腰落として。しっかり頭を狙って。拘束されたモンスターを攻撃するの、気が進まない気持ちも分かるけど、覚悟して一気に殺してやらないと寧ろかわいそうだぞ。それ木製で刃がついてない分殺傷能力低いし、このままだと致命傷を与えられないまま、動けないところをじわじわ嬲り殺しに……」
「い、言わなくていいからっ! わかってるから!!」
軽く涙目になりながらつむつむはトカゲの頭を殴り続ける。
しばらく続いた打撃音は、トカゲの頭骨が槍の穂先に潰されたなんとも言えない湿った音によって止まった。
「お、倒したか。初討伐、おめでとう」
「……ああ、うん。すっごい喜びにくいや。僕、嬉しさよりも罪悪感の方が強いよ今」
はははは、と。乾いた笑いを浮かべるつむつむ。
まあ、そこら辺を這ってる虫を潰すのとは訳が違うしな。ある程度の大きさを持つモンスターを倒すには慣れが必要だろう。肉体的にも、精神的にも。
なら次見つけたモンスターもつむつむに譲るか。俺は最悪今日の授業で経験値を稼がなくても師匠との修行があるし。普段の修行のお陰でレベルだけは他の生徒達より高いし。
ここはまだ慣れていない様子の彼に、モンスターを退治する経験を積ませた方が良いだろう。同級生とはいえこの分野に関しては俺の方が先達だしな。
「じゃあ、次行こうぜ。次のもつむつむが倒していいからな。今度はしっかりぶち殺すんだぞ」
「……い、いや。僕はもういいよ。次はよろろんがやっていいから」
「いやいや。遠慮する事ないって。俺の事は気にしなくていいからさ。ささ、ずいっと」
「だ、大丈夫大丈夫。そんな僕に気を使わなくていいから! もう僕はお腹いっぱいだから! だから次はよろろんがやってくれ! 頼む!」
「お、おう。そうか」
頼まれてしまっては仕方ない。
次は俺が殺る事にしよう。俺は背中から『ダーク・ソウルブレイド』を引き抜いた。
「た、助けてえええええええっ!! 誰かああああっ!!」
俺がモンスターの探索を再開しようと歩き始めると近くの茂みが揺れて、女子の一団が勢いよく飛び出してきた。
その中には姉さんとゆんゆん、あるえの姿が見える。そういや女子もレベル上げしてるんだっけか。一体なにをそんなに慌てているのだろう?
そう彼女達に視線を向けていると、その背後から巨大な黒い影が現れた。
両手に鋭い爪を持ち、漆黒の毛皮に覆われ、背中から一対のコウモリの羽を生やすモンスターだ。
まるで物語に出てくる典型的な悪魔の姿をなぞった様なソイツは、姉さん達一団に狙いを定めて追い回していた。
……はっはーん。これはアレだな。
ナイスな展開じゃないか! というヤツだな。
俺がかっこよくモンスターを斬り倒して、みんなのヒーローになっちゃうヤツだな!
俺は『ダーク・ソウルブレイド』を握り直すと、悪魔を見て背後で固まるつむつむに声をかける。
「つむつむ! 今すぐ先生を呼んでくるんだ! 俺は姉さん達を助けに行く!!」
「え、あっ、ちょっ……!? だ、大丈夫なのっ!? あんなモンスターこの辺りじゃ見た事ないよ! 魔王軍の手先だったり……」
「だったら尚更好都合だ! あのモンスターは俺に任せろ!!」
「よ、よろろんっ!? よろろーん!?」
つむつむに言い渡した俺は、体に魔力の強化を施し大地を蹴った。
強化された俺の体は森の木立の中を軽々潜り抜け、あっという間に姉さん達の背中に追いつく。
……よし。ヤツはまだ気づいていない。
今のうちにその背中に一撃仕掛けさせて貰おう。
俺は『ダーク・ソウルブレイド』の柄をぎゅっと握り直した。
「ーー卑王鉄槌。極光は反転する」
腕を通して『ダーク・ソウルブレイド』に魔力を流し込む。
紅魔族が有する膨大な魔力を飲み込んだその刀身が黒く輝き出した。
刀身から溢れ出る黒光が周囲の空間を蝕んで行く。
その光の禍々しさに、姉さん達も気づいたのか、振り返った緋色の瞳が俺を捉えた。
「ーー光を呑め。
裂帛の気合いと共に光を放つ刀身を悪魔の背に向けて叩きつける。
しかし悪魔の巨体はビクともしない。やはり刀身が黒く光を放つだけではダメだったか。この剣、刃ついてないしな。
頑丈な毛皮は俺の全力の一撃を全て吸収し、逆につけた勢いを殺しきれなかった俺の体は、空中で制動を失い姉さん達一団の中に投げ出された。
「ちょっ、ちょっと!! よろろん貴方何しに来たんですか!? 散々カッコつけておいて全然効いてないじゃないですか今の攻撃! あの黒い光はなんだったんですか!? 高まる魔力の奔流を解き放つ一撃、みたいな必殺技じゃなかったんですか!?」
「……くっ。俺の全力をもってしても倒しきれないとは……。気をつけろ姉さん、アイツは相当の手練れだぞ……!」
「よーし。このバカはあの悪魔の餌にしましょう。その隙に私たちは逃げるのです。さあ、早く! 手遅れになる前に!」
「お、落ち着いてめぐみん! いくら期待外れだったからって簡単に弟を生贄に捧げようとしないで!!」
ふらつきながらも転ぶ事なく着地した俺に、姉さんが掴みかかってくる。
いやぁ、まさかビクともしないとは。一応一撃熊くらいなら怯ませられるくらいの勢いをつけた筈なんだけどなぁ……。
まあでも、もうやりたい事はやり切ったし、個人的には満足した。あとはこいつから逃げ切るだけである。
と、姉さんに揺らされながら軽く悪魔の様子を振り返って見ると、その鉤爪付きの右腕が振り上げられているのが見えた。
……これはマズい。あんな太い腕の一撃。食らったら内臓が飛び出そうだ。
そう攻撃の予備動作を観察している間にも、その悪魔の黒い腕が振り下ろされる。
俺は姉さんの腕を振り切ると、丁度姉さんの隣を走っていたゆんゆんと、振り下ろされる悪魔の腕の間に体を入れて、その爪の一撃を『ダーク・ソウルブレイド』の刀身で防いだ。
まるで金属同士がぶつかり合うような硬質な音が辺りに響き、凄まじい衝撃が俺の体を襲う。
体に回す魔力の量を最大にしてなければ軽く吹き飛ばされていただろう。
奥歯を噛み締めて、その攻撃を受け止める。
「……よ、よろろん!?」
「無事かゆんゆん!? 怪我ないなら早く逃げろ!! 俺の事は構わなくて良いから!!」
「へ……? あ、あのっ、今私を……」
「ぼーとしてないで行きますよゆんゆん! あの弟なら大丈夫です! 逃げ足だけは一流ですから!」
俺は漆黒の腕から逃れると、悪魔と逃げる姉さん達の間に立ち塞がる。悪魔が前に出て来た俺を見据えている間に、姉さん達は逃げたようだ。
……仕方ない。時間稼ぎになるかどうかすら怪しいが、姉さん達だけでも逃げ切れるよう、少しでもこいつの進行をこの場に留めておかなければ。
なるべく頑張って時間を稼ぐから、早く助けに来てくれよ先生方……!
そう悪魔の威圧感に体が震え出さないよう、力を込めて立っていると、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「ーー漆黒の雷よ、悪魔の雷撃よ。その猛る憎悪によって我が仇敵を討ち滅ぼせ! 『カースド・ライトニング』ッ!」
迸るのは漆黒の雷撃。
雷の凶槍は悪魔の体を穿ち、その命を音もなく奪い去る。
どうやら救援は間に合った様だ。緊張の糸が解けた俺は、思わずその場に尻もちをつく。
「よー、よろろん。間一髪だったなー」
「せ、先生。来るの遅いっすよ……」
「いやー、結構前には気づいてたんだけど、一番かっこいいタイミングで飛び出そうと隙を探してたら出遅れちゃってさー。いやーほんと、ごめーんね☆」
「くそっ……! 俺にもっと力があれば目の前の邪悪を殴り殺せるのに……!」
俺は三十路女教師のてへぺろを見ながら、悔しさで歯噛みした。