この紅魔の剣士に栄光を!   作:3103

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今回ちょっとオリジナルな設定があります。
身体能力の強化については完全に妄想です。




第5話

 

 

 今日も俺は一撃熊に追われていた。

 毎朝熊に命を狙われるのが趣味になった訳ではない。命懸けの逃走劇のスリルに病みつきになってしまった訳ではない。

 こうして荒ぶる熊に追われる理由、それは非常にシンプル。

 

「ほら、反撃して! 逃げ回ってばかりじゃ成長出来ないわよ! その背中の剣は何の為に背負ってるの! 敵を無残に斬り殺す為でしょう! さあ早く! その刃に血を吸わせてやりなさい!」

 

「すいませんこの剣ただの鉄の塊なんです!! 斬り殺すなんて無理なんです!! カッコつけで背負ってたの認めますから早く助けて下さい!!」

 

 これが今日から行われる事になった、俺の修行内容の一つだからだ。

 木々の間を軽々を駆け抜けながら俺に檄を飛ばす師匠、そけっとに俺は助けを求める。

 師匠との修行開始初日。彼女の言いつけ通り早朝の森にやって来た俺は、餌を探しに里の近くまで来ていた所を、師匠の魔法で散々煽られ怒り狂った一撃熊に、仇の様に追われていた。

 

「だったら殴り殺せば良いじゃない! 鉄の塊である事には違いないわ! いけるいける! 殺れば出来る!」

 

「殺って出来ないから言ってるんですよ!? 子供の俺の筋力じゃ無理です!! 木刀でファイアドレイク殴り殺せる人と一緒にしないで下さい!!」

 

 この師匠、スパルタ過ぎる。

 というか何なの? 何でこの人、素で肉弾戦強いの? それでいて魔法使ったら更に強くなるとかチートなの?

 

「ちっ。仕方ないわね。じゃあ、助けてあげるわよ」

 

「舌打ちした!? 人を死地に送り込んでおいて舌打ちしやがった!?」

 

 俺の叫びを無視した師匠は、手に握っていた木刀を振りかぶると、目にも留まらぬ速度で一撃熊の頭を叩きつけた。

 魔力で強化された紅魔族の体はから放たれた打撃は、その線の細さからは想像も出来ない威力を生む。

 骨が砕ける様な、肉が潰れる様な形容し難い音が聞こえる。明らかに今の一撃、一撃熊に致命傷を与えた様だ。

 しかし師匠の攻撃は止まらない。

 再び木刀を構えると、今度は恐ろしいまでの威力と速さを持った突きの連撃で、熊の巨体を軽々揺らすと、

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

 魔法によって木刀の刀身に光を纏わせ、その鋭い刃で熊の体をサイコロの様に細々と斬り裂いた。

 辺りに大量の血が飛び散る。大変スプラッタな光景だ。耐性がない人間だったら、思わず胃の中身をぶちまけていただろう。

 明らかにオーバーキルだ。いくらモンスターが相手といっても、やり過ぎでは無いだろうか。

 我が師匠の残虐ファイトに思わず疑問が浮かんだ。

 

「……全く。剣士を夢見てる男の子が、一撃熊くらい殴り殺せなくてどうするのよ。貴方に合わせてわざわざ肉弾戦をしてあげてるんだから、ちゃんとよく見てしっかり覚えなさいよね」

 

「あの、師匠。動きが別次元過ぎて全然ついていけて無いんですが。というか師匠って本当に紅魔族なんですよね? 実は里にスパイとして潜り込んだ魔王の手先とかじゃないですよ?」

 

「失礼ね。魔王の手先なんて私がなるわけないでしょう。魔王を手先にするなら、考えてあげてもいいけど」

 

 ヤバい。魔王より恐ろしい相手が目の前にいる。

 というかそけっと師匠、里では一番の美人と噂されてる占い師じゃないのか。よく当たると評判の占い師が、こんな魔王も真っ青な残虐ファイトをしていていいのだろうか。

 

「まあ、でも。貴方のレベルはわかったわ。先ずは基礎からやっていきましょうか」

 

「レベルを知る為だけに殺されかけたんですか俺は」

 

「はい、じゃあ魔力で体を強化してみて」

 

 質問はスルーされてしまったが、ようやく普通の修行っぽい感じになってきた。

 湧き出る気持ちを飲み込んで、俺は言われた通りに体に魔力を施す。

 

「うん。展開するのは中々のスピードね。でもそれじゃまだまだ充分なパワーを引き出せないわ。もう少し、体に通す魔力の量を多くしてみて。体に回る魔力を分厚くする様にイメージすると、やりやすいかも」

 

「……こう、ですか?」

 

「そうそう。中々飲み込みが早いわね。よろろんは今、レベル幾つだっけ?」

 

「確か、この前で五になった筈です」

 

「あら、その年にしては中々レベルが高いわね。ならもう少し魔力を体に回せる筈よ。学校じゃ、身体能力の強化についてはあんまり教えないから知らないと思うけど、レベルと魔力が高ければ高いほど、体に回せる魔力は多くなるのよ」

 

「そ、そうなんですか? それは初耳です。初めて知りましたよ」

 

「まあ、普通の紅魔族は基本的に遠距離攻撃が充実してるから、接近戦はあまりやらないし教えないからね。必要以上の身体能力の強化は魔力の無駄遣いにしかならないから。私たちって、魔力が切れたらただの人だし。身体に施す魔力があるなら、その分魔法攻撃した方が早いし。私達がみんな使える基本的な技術だけど、身体能力の強化に拘って使う人はあんまりいないから」

 

 なるほど。タメになる。

 学校や里の大人は基本的に魔法を使う事しか教えてくれないからな。膨大な魔力を有して、遠距離攻撃だけで戦闘をこなせる紅魔族の中じゃ、魔力による身体能力の強化なんていざという時のサブウェポンとしか扱われてないし。

 こうして白兵戦の知識を学ぶ機会は貴重だ。いきなり一撃熊とタイマン張らされた時は後悔しか生まれなかったが、案外この師匠に弟子入りしたのは良い判断だったのかも知れない。

 

 と、少しそけっと師匠の事を見直していると、がさがさと木立が揺れる音がした。

 音のする方を見ると、そこには一撃熊やその他多彩なモンスター達の姿が。

 どうやら先ほど師匠が斬り殺した熊の血の匂いにひかれてやって来たらしい。

 そういや講義に夢中で処理を忘れていた。この数に取り囲まれたのはかなりマズい。今なら虚をついて包囲網に穴を開けられる。さっさと逃げなければ。

 

「し、師匠。モンスターに囲まれてます。早くにげーー」

 

「あ、来たわね。じゃあ早速、今学んだことを用いて実践と洒落込みましょう。さあ、よろろん。剣を構えて身体を強化して」

 

「た、戦うんですか!? この数相手に!? さっきも言いましたけど俺まだ魔法使えないですよ!? というかその口ぶり、まさか熊を派手に斬り殺したのって……」

 

 俺の疑問に師匠はゆっくりと笑いながら、

 

「じゃあ、頑張って全部ぶち殺してね。私は陰ながら応援してるから。健闘を祈っているわ」

 

「し、師匠っ!? 待って置いてかないで!! い、いやぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 前言撤回。

 やっぱり食べ物に連られて簡単に弟子入りとか、しちゃいけないと思いました。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「た、ただいま……」

 

「……おかえりなさい。なんか今日は一段とボロボロですね」

 

「は、はははっ……。ちょっと激しくやり合ってね。……はい、これお土産」

 

 朝の修行をなんとか逃げ延び、命からがら家に帰って来た俺は、玄関で出迎えた姉さんに一角ウサギを手渡した。

 

「……毎日毎日よくやりますね。わざわざ剣だけで魔物を仕留めるなんて、面倒くさくて危ない事を。紅魔族ならわざわざ肉弾戦に拘る事は無いでしょうに」

 

 怪訝な顔でウサギを受け取った姉さんが言う。

 確かに。俺たちは魔法の才能に恵まれた一族だ。白兵戦も出来ない事はないが、体を鍛えて戦えるよう努力するなら、魔法に関して学ぶ方が遥かに効率的だし向いている。

 普通の紅魔族から見れば、俺がやっている事は無駄な努力に見えてしまうかも知れない。

 強力な魔法を使えるのに、それを使わずわざわざ剣を振って闘うなんて、余りに愚かだ。自分でもそう思う。

 だけどーー

 

「ーー仕方ないじゃないか。夢、なんだもの。剣の腕だけで一流の冒険者になるのが……」

 

 どんなに非効率か理屈を聞かされても、正論で諭されても、こればっかりは譲れない。

 俺は晴れやかな顔でそう言った。

 対して姉さんは、あまり興味無さそうな顔で俺を見たまま、

 

「あ、そうですか。それは頑張って下さい。あと朝ごはんの準備手伝って下さい。何時もの通り、こめっこがお腹を空かせて待ってますから」

 

「ちょっと。もう少しシリアスなリアクションしてくれよ。聞き流すなよ。せっかくいい雰囲気作って言ったんだから」

 

「いや別に。貴方がどんな覚悟で剣を振ってるのかとか、凄いどうだって良いですし。本気で剣士を目指してるなら、頑張って下さいとしか。……というか剣だけで戦うつもりならなんで『アークウィザード』になんてなったんですか? 確かに私達の殆どは職業に『アークウィザード』を選びますけど、強制では無い筈ですよね? 冒険者カードを貰った時に剣士を選んでいればもう少し白兵戦は楽になったのでは?」

 

「え、だってそっちの方がかっこいいじゃん。魔法使いなのに剣術が得意ってかっこいいじゃん」

 

「いやうん、お前は馬鹿か」

 

 白い目で姉さんに突っ込まれた。

 仕方ないじゃないか。紅魔族なんだから。

 

「……まあ、なんでもいいですけど。怪我だけはしないで下さいよ。前世がどうとか言いながら家族が半端な剣術で魔物に挑んで死んでしまったら、私達は一生里の笑い者でしょうから」

 

 我が姉は相変わらず辛辣だった。

 まあ、姉さんならそう返して来ると思ってたけど。

 靴を脱いで家に上がる。すると廊下をペタペタと音を立てながら子猫が此方に向かって歩いて来るのが見えた。

 

「おー、ちびすけ。わざわざ出迎えに来てくれたのか。それはそれは大義である。褒めてつかわそう」

 

「単にウサギの匂いを嗅ぎつけて来ただけじゃないんですか? というか凄いナチュラルに頭を撫でてますけど、よろろん貴方こめっこ以上にその子を食べる気満々でしたよね? 気持ち切り替えるの早くないですか?」

 

 撫でる俺の手から嫌そうに子猫が逃げる。

 やっぱり嫌われてしまっているらしい。子猫はバタバタと慌てた様子で姉さんの足元に駆け寄った。

 

「そっちは随分懐かれてんのなー」

 

「家で面倒を見ているの私ですしね。この子の好感度を稼ぎたかったら貴方も肉を捧げてみてはどうですか?」

 

 言いながら姉さんは子猫を引きずって歩く。

 なぜ懐いているのか謎な扱いの雑さだ。確か名前はクロだっけか。まともな名前をつけて貰った様でなによりだ。我が親たちにもその感性を分けて欲しかったと心から思う。

 

 しっかしあの猫。本当にただの黒猫なのだろうか?

 いや別に厨二マインドを働かせているという訳では無く。なんというか。時折ただならぬ気配を感じるのだ。

 ……もしかしたら封印を解かれた邪神の一部だったり?

 

「あ、こら。クロ。そんなところをバリバリしゃちゃダメです。学校へ行ったら好きなだけバリバリして良いですから、もう少しだけ我慢して下さい」

 

「にゃー……」

 

 ……いやうん。それは無いな。

 十二歳の女の子に爪研ぐの邪魔されてしょんぼりする邪神なんて、いる筈が無い。いやいてたまるか。 

 邪神ってのはもっとこう、おどろおどろしくてカオスな感じなんだよ。あんな可愛いを極めた風貌はしてないんだよ。

 俺の気のせいか。と、変わらず姉さんに引きずられていく子猫を、俺は見送った。

 

 


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